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札幌地方裁判所 平成22年(ワ)368号 判決 2012年3月09日

原告

X1<他2名>

原告ら訴訟代理人弁護士

柴垣結華

伊東浩

被告

北海道

同代表者知事

同訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

同訴訟復代理人弁護士

石橋洋太

同指定代理人

田中宣行<他3名>

主文

一  被告は、原告X1に対し、一億三四七三万六七五一円及びうち一億三〇九二万五四三六円に対する平成二〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、二二〇万円及びこれに対する平成二〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告X1及び原告X2のその余の請求及び原告X3の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X1に対し、二億一八七三万八三五三円及びうち二億一四九二万七〇三八円に対する平成二〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、六六〇万円及びこれに対する平成二〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告X3に対し、四四〇万円及びこれに対する平成二〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが被告に対し、被告設置の高校の柔道部に所属していた原告X1(以下「原告X1」という。)が練習試合中の事故により四肢不全麻痺、高次脳機能障害等の後遺障害を負ったことについて、顧問教諭ら及び学校長に安全配慮義務を怠った過失があるなどと主張し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(本文の括弧内に証拠等を掲記した事実を除いて当事者間に争いがない)

ア  原告X1(平成三年○月○日生)は、平成一九年、北海道a高等学校(以下「a高校」という。)に入学した女子である。

イ  原告X2(以下「原告X2」という。)は、原告X1の母であり、平成一七年四月に原告X1の父と離婚した後、原告X1の観権者となり、原告X1と同居してその養育監護に当たっていた。

ウ  原告X3(以下「原告X3」という。)は、原告X1の祖父である。

エ  被告は、a高校を設置する地方公共団体である。

オ  B(以下「B教諭」という。)及びC(以下「C教諭」といい、B教諭とC教諭を併せて「本件顧問教諭ら」という。)は、被告に任用されて教諭としてa高校に勤務し、その柔道部(以下「本件柔道部」という。)の顧問を務めていた者であり、D(以下「D校長」という。)は、a高校の校長であった者である。

(2) 事故に至る経緯

ア  原告X1は、平成一九年四月ころ、本件柔道部にマネージャーとして入部し、同年六月ころからは選手として本件柔道部の部活動に参加するようになった。

イ(ア)  原告X1は、柔道を始めた当時から腰痛の持病を有していた。

(イ) 原告X1は、平成一九年七月二八日、本件柔道部での練習中、足技をかけられた際に、右足が外側を向いたことから、右膝前十字靱帯挫傷、右膝関節血腫及び右膝内側側副靱帯損傷のけがをし、医師の指示により、約一か月間体育実技を制限されることとなった。

(ウ) 原告X1は、平成二〇年一月七日、本件柔道部での練習後から、左肘の痛みを覚えたため、芦別市立芦別病院(以下「芦別病院」という。)を受診した。

(エ) 原告X1は、平成二〇年五月二〇日、原告X2とともに芦別病院を訪れたところ、右後頭葉硬膜下血腫疑いと診断され、同日、滝川脳神経外科病院(以下「滝川病院」という。)を受診した。滝川病院での精密検査の結果、原告X1には、急性硬膜下血腫及び脳挫傷が生じていることが判明した(以下、この際の急性硬膜下血腫及び脳挫傷を「五月の頭部外傷」という。)。

原告X1は、同月二一日、B教諭に対し、「傷病名:急性硬膜下血腫、脳挫傷」、「約二週間の安静を要する」との記載がある診断書を提出した(以下「本件診断書」という。)。

原告X1は、同月二四日ころ、本件柔道部の練習に復帰した。

ウ  原告X1は、本件柔道部の選手として、平成二〇年五月二七日、高体連地区大会に、同年六月一八日、高体連全道大会に、同年七月二七日、国体道予選に、それぞれ出場した。

エ  平成二〇年八月六日から同月八日にかけて、北海道河西郡内のb体育館において、a高校ほか複数の学校合同の夏期合宿(以下「本件合宿」という。)が行われ、原告X1はこれに参加した。

なお、本件柔道部では、遠征や合宿の際には、親権者の承諾書を得て、B教諭又はC教諭に提出することとなっていたが、原告X1は原告X2の承諾書を得ることなく本件合宿に参加した。

オ  原告X1は、本件合宿中の平成二〇年八月八日午後二時ころ、原告X1と同程度の身長で有段者であった他校の柔道部員との練習試合(以下「本件練習試合」という。)を行い、対戦相手に大外刈りをかけられて右後頭部を畳に強打した。

その後、原告X1は、本件練習試合を観戦していたB教諭のところへ戻り、試合内容や頭を打ったことについて話をしているうちに倒れて意識を失ったことから、社会医療法人北斗北斗病院(以下「北斗病院」という。)へ救急搬送され、同病院において、急性硬膜下血腫と診断され、直ちに頭蓋内血腫除去手術及び減圧術の緊急手術を受けた(以下、原告X1が本件練習試合中に右後頭部を畳に強打し、急性硬膜下血腫を生じた事故を「本件事故」という。)。

なお、原告X1は、同日午前中、B教諭に対し、右肘に痛みがあると申し出ていた。また、B教諭は、本件練習試合前、原告X1に対し、「できるだけ粘ってこい。」との指導をしたが、対戦を制止したり、対戦相手に対し特段の指示又は注意をしたりしなかった。

(3) 本件事故後の原告X1の状況

ア  原告X1には、本件事故後、遅くとも平成二一年四月一日を症状固定日として、四肢不全麻痺及び高次脳機能障害等の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残り、原告X1は、現在、排泄、食事及び移動等を独力で行うことができない状態にある。

イ  原告X1は、本件事故発生後、平成二一年六月三〇日までの三二六日間北斗病院に入院し、同日から平成二三年三月三一日まで、北海道立cセンターに入所し、その後は社会福祉法人d開設の施設(以下「d施設」という。)に入所している。

(4) 既払金

ア  原告X1は、本件事故に関し、北海道高等学校PTA連合会(以下「連合会」という。)から、災害補償制度による補償金として五四四万円の支払を受けた(以下「本件補償金」という。)。

イ  原告X1は、平成二二年八月一六日、独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「センター」という。)から、災害共済給付金として障害見舞金三七七〇万円の支払を受けた(以下「本件見舞金」という。)。

二  争点及び当事者の主張

本件の争点は、(1)本件顧問教諭ら及びD校長の過失の有無、(2)損害の有無及び額、(3)損益相殺の可否であり、争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  本件顧問教諭ら及びD校長の過失の有無

(原告らの主張)

本件顧問教諭らは、危険な武道、スポーツというべき柔道をする本件柔道部の顧問であるから、柔道部員の生命、身体の安全について万全を期すよう注意すべき安全配慮義務を負うのに、以下のとおり、これを怠った過失がある。また、D校長は、本件顧問教諭らに対し、その指導行為に過誤が生じないように適切な助言監督を行い、最低限、文部科学省発行の柔道指導の手引きを始めとする指導書等に準拠した指導を行うよう指導して、本件事故を回避する注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失がある。

ア 原告X1は、(ア)中学校のころの体育の成績が五段階評価における二か三であり、平均よりも悪く、運動神経は良い方ではなかったこと、(イ)本件柔道部において、初心者が受身を中心とした練習をする期間はせいぜい一週間程度であり、その後、受身を十分に習得したか否かについて判断されることはなく、原告X1についてみても、腰痛の持病があり、柔道を始めた直後の平成一九年七月二八日、本件柔道部での練習中、右膝前十字靱帯挫傷等のけがをし、約一か月間体育実技を制限されており、受身の修得が十分にできていなかったこと、(ウ)実際、原告X1は、首の筋力が弱かったこともあり、乱取りの練習の際に、受身をしても頭部を畳にぶつけてしまうことが多かったこと、(エ)原告X1が本件柔道部の練習中に五月の頭部外傷を生じていること及び(オ)原告X1の本件事故当時の柔道歴が一年強に過ぎなかったことからすれば、柔道の初心者(又はそれに準ずる者)であったというべきである。

したがって、B教諭は、原告X1の受け身の習得状況を適宜確認すべきだったにもかかわらず、原告X1に対し特別な指導又は助言を行わなかった。

イ 原告X1は、平成二〇年五月一七日、本件柔道部の練習中、乱取りをしていた際に、頭部を畳へ強打し、五月の頭部外傷を生じた。その際、原告X1は、B教諭に対し、頭痛を訴えたものの、一人で保健室を訪れ、処置を受けた。原告X1は、同月二〇日、芦別病院において、右後頭葉硬膜下血腫疑いと診断され、精密検査が必要となったことから、同日、滝川病院を受診したところ、五月の頭部外傷を生じていることが判明するとともに、約二週間の安静を要するとの診断を受けた。その後、原告X1は、B教諭に対し、本件柔道部での活動中に滝川病院で上記の診断を受けたことを報告するとともに、本件診断書を提出した。

したがって、B教諭は、原告X1に対し、死亡や四肢麻痺を生ずる危険性が高い五月の頭部外傷の危険性について十分な安全指導を行い、さらに、原告X1の担当医の意見を聴くなどした上で、原告X1が柔道の練習に復帰しても問題がないことを確認してから、本件柔道部の練習に復帰させるべきであったにもかかわらず、これを怠り、原告X1に対して十分な安全指導を行わず、特段の措置を講ずることなく、原告X1を本件柔道部の練習に復帰させた。

ウ 本件合宿は、本件柔道部の練習よりも厳しいものであったため、合宿三日目になると、本件柔道部の女子選手には疲労が溜まっており、原告X1は、本件事故当日、体調不良であり、同日午前中の練習において、肘に痛みを感じていたことから、これをB教諭に伝え、練習を休みたい旨を申し出ていた。また、本件練習試合の対戦相手は、小学校のころから柔道少年団に所属し、小、中学校で試合に出場し、中学生で初段を取得しており、原告X1の柔道の実力との差が大きかった。

したがって、原告X1に五月の頭部外傷が生じていたことを併せ考えれば、B教諭は、原告X1に本件練習試合をさせるべきではなく、仮に本件練習試合をさせるとしても、本件練習試合前に対戦相手に対し、原告X1の頭部を強打しないように注意を喚起したり、寝技形式で試合を行うよう要請すべきであったにもかかわらず、これらを怠り、原告X1に本件練習試合をさせた。

エ 原告X1は、平成一九年冬ころには本件柔道部を辞めたがっており、さらに平成二〇年六月から同年七月までのころ、B教諭に対し、本件柔道部の退部を申し入れていた。また、原告X2も、五月の頭部外傷後、原告X1を本件柔道部から辞めさせたいと申し入れた。

したがって、B教諭は、原告X1の本件柔道部からの退部を認めるべきであったにもかかわらず、これを拒絶した。

オ 本件柔道部では、遠征や合宿の際には、親権者の承諾書を得て、本件顧問教諭らに提出することとなっていたのであるから、本件顧問教諭らは、原告X1が本件合宿に参加するに際し、保護者である原告X2の承諾を得るべきであったにもかかわらず、これを怠り、原告X1を本件合宿に参加させた。

(被告の主張)

以下のとおり、本件顧問教諭らには、原告らが主張するような安全配慮義務違反ないし過失はなかった。また、D校長の過失をいう原告らの主張も争う。

ア 本件柔道部では、入部後、最初の一週間については、集中的に受身だけの練習をさせている上、その後も練習の始めには必ず受身の練習を行っており、B教諭は、部員にその技能レベルに配慮した練習を課していた。特に、初心者については、受身をより実践的に修得することを目標とした別メニューを組んでいた。

原告X1は、少なくとも一五〇日以上の間、本件柔道部の練習に参加した上、公式戦にも五回出場しており、原告X1が参加した、本件合宿に先立って平成二〇年七月末に開催された芦別合宿においても、B教諭は、原告X1の受身等の基本技術の修得に特段不十分さを感じることはなく、同年九月には、原告X1が初段を取得するための昇段審査を受験する予定もあったものであるから、その技能は柔道の初心者という程度のものではなく、また、原告X1の受身の修得が特に不十分ということはなかった。また、原告X1は、首の筋力が弱く、頭部を畳にぶつけることが多かったということもないのであって、本件合宿でも、受身に失敗して頭部を打ち付ける場面が確認されていないことからすれば、本件事故当時、少なくとも試合を行うことができるレベルの受身の技能を修得していたことは明らかである。

イ 原告らは、原告X1が、平成二〇年五月一七日、本件柔道部の練習中、乱取りをしていた際に、頭部を畳へ強打し、五月の頭部外傷に罹患した旨主張するが、原告X1は同月七日から二週間以上、練習を休んでおり、B教諭としては、同月一七日の練習についても、原告X1は見学していたものと認識しているし、他の柔道部員においても、原告X1が乱取りの練習をしているのを見たとか、原告X1の相手をしたと説明している者がいないことからすれば、柔道の練習で受傷したものとは考えられない。

また、原告X1がB教諭に提出した、五月の頭部外傷に係る本件診断書には、約二週間の安静を要するとの記載がなされていたことからすれば、二週間安静にしていれば治癒し、治癒したならば再び柔道ができるだろうという認識を持つのは一般的に常識の範囲内である。そして、B教諭は、原告X1から、同月二四日、通院の結果大丈夫だったとして練習再開の申し出を受け、さらには同年六月ころ、「完全復活ですよ先生。柔道してよいってお医者さんが。」と聞いたことから、五月の頭部外傷が治癒したものと信じ、本格的に練習に復帰させたものである。なお、五月の頭部外傷の程度は、軽度なものであり、遅くとも同年六月二六日には治癒していたというべきである。

ウ 五月の頭部外傷に罹患してから本件事故に至るまで、B教諭が原告X1から頭痛や右手の異常等の申出を受けたことはなかった。また、本件事故当日、B教諭が原告X1の健康状態の確認をしたところ、肘に痛み(ただし、可動域が制限されるとか腕に力が入らないというほどのものではなかった。)があるとのほかは、体調が不良であるとの申立てはなく、原告X1は「いくらか大丈夫そうなのでやります。」と述べた。また、本件合宿における練習メニューは、本件柔道部の練習メニューよりも極端に多いわけではなく、練習が午前と午後にわたる場合であっても、休憩時間を二時間設けるなどの配慮がなされており、本件柔道部の練習を積んでいる女子生徒であれば通常耐え得る程度の練習量であった。さらに、本件練習試合の際、原告X1が対戦相手に技を掛けていることや、試合途中に審判から、「待て。」が掛かったことなどの試合経過からみても、原告X1と対戦相手との実力に大差があったわけではない。

エ 原告X1が本件柔道部から退部したいと申し出たことや原告X2から、原告X1を本件柔道部から退部させたいという申し入れを受けたことはない。

(2)  損害の有無及び額

(原告らの主張)

ア 本件事故により原告X1に生じた損害は、以下のとおりであり、損害額及びその計算方法は、別紙「原告X1の損害額一覧表(訴えの変更申立用)」記載のとおりである。

(ア) 治療費 四七六五円

(イ) 入院雑費 四八万九〇〇〇円

(ウ) 付添看護費 二二〇万円

ただし、原告X1の入院期間のうち、原告X2が一四〇日、原告X3が八二日、原告X2の妹であるEが五三日、それぞれ原告X1の付添看護を行ったことについて、一日当たりの付添看護費を八〇〇〇円として算出した金額である。

(エ) 付添人の通院交通費 一八万〇八二六円

(オ) 付添人の宿泊費 一五万四〇〇〇円

原告X2及びEは、帯広市内に居住しておらず、両名が付添看護を行うためには同市内に宿泊する必要があった。

(カ) 文書料 七三五〇円

(キ) 装具・器具等の費用 六一六万一三八四円

原告X1は、要介護度5の状態であることから、日常生活を維持するため、症状固定日以降平均余命までに車椅子、車椅子用クッション、携帯用会話補助装置、電動ベッド、特殊マット、バスマット及び胃瘻カテーテルの交換を必要とする(なお、胃瘻カテーテル交換費用については、口頭弁論終結時までは原告X1の自己負担は発生しないため、口頭弁論終結時から平均余命までに必要とする費用である。)。

(ク) 口頭弁論終結時までに発生する介護費用 四万三六九二円

口頭弁論終結時までに発生する原告X1の介護費用は以下のとおりであり、自己負担額は合計四万三六九二円である。

a 北海道立cセンター 四万三一一二円

入所期間 平成二一年六月三〇日から平成二三年三月三一日まで

合計 一六四一万七二九二円

(うち自己負担分四万三一一二円)

b d施設 五八〇円

医療費については、原告X1は、身体障害等級一級であるから、初診料五八〇円が自己負担額となる。

(ケ) 将来の介護費用 九三四四万二五三一円

原告X1の介護内容及び家族の状況(原告X2には腰痛の持病があり、原告X3は高齢であること)等から、原告X1は、介護施設の利用が不可欠であるところ、原告X2は、原告X1が現在入所している施設では、原告X1の介護に目が行き届いていない面があると感じる場面が数多く、より定員数が少なく細やかなケアを受けられる別の施設へ移ることを予定しており、また、原告X2は、施設の選択肢が広がることや、公共交通機関が充実しており、原告X2の通所の容易性及び親戚や友人による見舞いの頻度の高まりが期待できることから、原告X1を札幌市所在の施設へ入所させる予定である。この場合、一日当たりの施設利用料として一万三三三三円が必要となるから、将来介護費用は、年間四八六万六五四五円に口頭弁論終結時(二〇歳)から平均余命までの六六年間に対応するライプニッツ係数一九・二〇一〇を乗じ、九三四四万二五三一円となる。

なお、原告X1は障害者自立支援法に基づき、介護給付費等を支給されることとなっているが、同法に基づく公的給付は将来永続的に存続することが保障されていないため、これを損害賠償金額から控除することは相当ではない。特に、昨今の政治情勢、日本経済の悪化及び東日本大震災等の影響により、今後、障害者自立支援法がどのように改正されるかは予断を許さないところである。

(コ) 入所雑費 一〇五七万二一一六円

(サ) 逸失利益 八四四八万六〇六九円

(シ) 入通院慰謝料 五〇〇万円

(ス) 後遺障害慰謝料 三〇〇〇万円

(セ) 弁護士費用 一九八八万五三〇五円

イ 本件事故により原告X2に生じた損害は、慰謝料六〇〇万円、弁護士費用六〇万円の合計六六〇万円である。

ウ 本件事故により原告X3に生じた損害は以下のとおりであり、損害額の合計は四四〇万円である。

(ア) 慰謝料 四〇〇万円

原告X3は、娘である原告X2の離婚後、孫である原告X1に父親代わりとして接してきた。

原告X1は、一命を取り留めたものの、本件後遺障害を負い、一人で移動すること、入浴すること、食事をすること等ができない状態となってしまったところ、腰痛がある原告X2が原告X1を一人で介護することは不可能であるため、今後も原告X1が帰宅する際には、原告X3の援助が不可欠である。

原告X3は、本件事故によって、孫の成長を見守る楽しみを奪われ、原告X2と共に原告X1の介護等について不安を背負うこととなり、本件後遺障害の内容からすれば、原告X1の死に比肩する精神的苦痛を受けたものであるから、原告X3の精神的苦痛に対する慰謝料としては、少なくとも四〇〇万円が相当である。

(イ) 弁護士費用 四〇万円

(被告の主張)

損害の有無及び額については争う。

なお、原告X1が現在入所している施設とは別の施設に入所し、週末などに自宅に帰って過ごすということに要する費用の支出は、本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。

(3)  損益相殺の可否等

(被告の主張)

原告X1は、本件補償金及び本件見舞金の各支払を受けているところ、これらは損益相殺の対象となり、損害額から相当の控除が認められるべきである。

特に、本件補償金は、「学校の管理下」で災害に遭遇したときの補償を行うことを目的とした制度であり、支払われた障害一時金は、損害の填補の意味をもつものであるから、損益相殺の対象となる。

(原告の主張)

被告の主張する金員が支払われたことは認めるが、本件補償金が損益相殺の対象となることは争う。仮に、損益相殺の対象となるとしても、本件事故による損害(元本及び遅延損害金)のうち、先ずは遅延損害金に対して充当されるべきである。また、本件見舞金については、損益相殺前の原告X1に生じた損害のうち弁護士費用を除いたものが、本件見舞金相当額に対する本件事故発生日から本件見舞金の支払日の前日である平成二二年八月一五日までの遅延損害金三八一万一三一五円を含めて、二億三六五五万三〇四八円であるから、これに充当すべきであり、そうすると、原告X1の弁護士費用を除いた損害額は一億九八八五万三〇四八円となる。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(本件顧問教諭ら及びD校長の過失の有無)について

(1)  教育活動の一環として行われる学校の課外の部活動においては、生徒は担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから、指導教諭は、できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を採るべきである。とりわけ部活動において、柔道の指導に当たる教諭は、柔道が互いに相手の身体を制する格闘技能の修得を中心として行われるものであり、投げ技等の技をかけられた者が負傷する事故が生じやすく、ラグビーと並んで部活動における死亡確率及び重度の負傷事故の発生確率が他の種目と比較して有意に高いものであって、年間二名ないし三名程度の死亡者が存在するという状況にあることから、生徒の健康状態や体力及び技量等の特性を十分に把握して、それに応じた指導をすることにより、柔道の試合又は練習による事故の発生を未然に防止して事故の被害から当該生徒を保護すべき注意義務を負うというべきである。

これを本件についていえば、本件柔道部の指導教諭である本件顧問教諭らには、本件合宿に参加した原告X1の健康状態や体力及び技量等の特性を十分に把握して、それに応じた指導をして、柔道の試合又は練習から生ずる原告X1の生命及び身体に対する事故の危険を除去し、原告X1がその事故の被害を受けることを未然に防止すべき注意義務があったというべきである。

(2)  そこで、まず原告X1の五月の頭部外傷について検討する。

ア この点、証拠<省略>によれば、急性硬膜下血腫は、外傷により脳と硬膜の間に血腫が広がった病態であって、重症の急性硬膜下血腫についてはスポーツに復帰することは不可能であり、軽症の急性硬膜下血腫についても、血管が内膜、中膜及び外膜を含めて通常の強度を再度獲得するには最低でも一、二か月は必要である上に、受傷前と全く同様の強度を得られるとは限らず、短期間でスポーツに復帰することは、いわゆるセカンドインパクトシンドローム(一度衝撃によりダメージを受けた脳に対して二回以上の同様のダメージを受けることによって軽症であった患部のダメージが広がり致命的になる症候群)を惹起する可能性があることが認められる。

実際、証拠<省略>によれば、原告X1の滝川病院の担当医師であるF(以下「F医師」という。)は、原告X1の柔道への復帰について、最低でも一、二か月はかかり、一、二か月程度経過すれば、頭を打つ可能性がないような軽い練習程度は可能となるが、それでも頭を打つ可能性がある投げ技の練習や試合等への参加はすべきではなく、本格的な練習や試合への復帰については、半年程度経過後と考えており、原告X1に対し、できれば柔道はしない方がよいと伝えていたことが認められる。

そして、前記の急性硬膜下血腫の一般的な危険性に照らせば、本件柔道部の指導教諭である本件顧問教諭らにおいては、原告X1に急性硬膜下血腫が生じたことを認識した以上、本件事故当時において、原告X1が頭部に衝撃を受けた場合の危険性が格別に高いことを当然に認識すべきであった。しかも、証人Bの証言によれば、B教諭は、原告X1から本件診断書の提出を受けたころ、インターネットを利用して、急性硬膜下血腫について調査をしたことがあったというのであるから、少なくとも、B教諭においては、急性硬膜下血腫の危険性を実際に認識していたものと認められる。

そうすると、本件事故当時において、原告X1が頭部に衝撃を受けた場合の危険性は格別に高いものであったといわざるをえず、本件顧問教諭らも、かかる危険性を認識し、又は認識し得たというべきである。

イ なお、被告は、B教諭が原告X1から、平成二〇年五月二四日、通院の結果大丈夫だったとして練習再開の申し出を受け、さらには同年六月ころ、「完全復活ですよ先生。柔道してよいってお医者さんが。」と聞いたと主張し、証人Bはこれに沿う供述をする。

しかしながら、証拠<省略>によれば、原告X1は、同年五月二〇日に滝川病院で五月の頭部外傷が判明した後、同月二四日まで同病院で受診していないことが認められ、さらには本件診断書においては、約二週間の安静を要するとの記載があることに照らせば、原告X1がB教諭に通院の結果大丈夫だったとして練習再開の申し出をし、B教諭がそれを真に受ける形で練習の再開を許したとは考え難い。また、同年六月の原告X1の発言についても、上記アのとおりのF医師の認識等に照らせば、F医師において原告X1が柔道をしてよいと理解するような発言をしたとは考え難く、ひいては、原告X1が、上記発言をするとも考え難い。そうすると、この点に関する客観的な証拠が見当たらないことも併せ考えれば、被告の上記主張及び証人Bの上記供述を採用することはできない(なお、同年六月ころまで本件柔道部の部長であった証人Gは、原告代理人からの「あと、X1さんが完全復活ですよと言った時期はいつぐらいですか。」との質問に対し、「その時期は、明確には覚えていません。」と供述しているが、具体的に原告X1がどのような発言をしたのかを明確に供述していない上に、証人Gの尋問が行われたのは、本件事故から約三年もの年月が経過した平成二三年六月一七日であり、原告X1の発言の有無及び内容について、証人Gが当時の記憶を正確に保持しているか疑問が残る。また、本件事故等についてのa高校による調査が行われた際、同人が本件柔道部の部員らに対して、「余計なことを言うな。」などと口止めをしていることに照らせば、Gが、B教諭に迎合する供述をしている可能性もないではない。以上によれば、証人Gの上記供述を採用することはできない。)。

(3)ア  五月の頭部外傷による危険性に加えて、前記前提となる事実のとおり、原告X1は、平成一九年四月ころ、本件柔道部に、当初マネージャーとして入部して活動していたものであり、同年六月ころに選手として本件柔道部に参加するようになってから本件事故までの期間は約一年二か月であり、原告X1が柔道の練習を積んだ期間は特別長いものではなく、さらには原告X1は、腰痛の持病を有しており、同年七月二八日には本件柔道部での練習中に生じた靱帯挫傷により約一か月間体育実技を制限されていたこともあった。さらに、証拠<省略>によれば、五月の頭部外傷は、平成二〇年五月一七日、本件柔道部における練習中に実際に頭部を打ったことによって生じたものと認められる。

以上の事実によれば、被告が指摘するように、本件柔道部において、原告X1は選手となった後一週間集中的に受身の練習を行っていること及び五回の公式戦に出場しており、平成二〇年九月には初段の昇段審査を受験予定であったことを踏まえても、原告X1の受身を含む柔道の技能はさほど高くなかったものといわざるを得ない。

イ  また、練習試合においては、対戦相手からどのような技を仕掛けられるか予想することは困難であるし、とりわけ、本件のような他校の学生との合同合宿における練習試合にあっては、対戦相手としても、原告X1の技量を把握しないままに試合を行うこととなるため、手加減をすることも困難である。実際、前記前提となる事実のとおり、本件練習試合における対戦相手は、小学校のころから柔道少年団に所属し、小・中学校と試合に出場し、中学生で初段を取得していたものであり、原告X1との間には、相当程度の技能格差もあったことが窺われる。

このことに、前記のとおり原告X1の受身を含む柔道の技能がさほど高くなかったことを併せ考慮すれば、原告X1を本件練習試合に出場させた場合、対戦相手から、原告X1が十分に対応できない技を仕掛けられて頭部を打ち付けるなどする可能性が相応にあったものと認められる。

ウ  なお、被告は、原告X1に五月の頭部外傷が生じたこと自体は争わないが、それが平成二〇年五月一七日の本件柔道部における乱取り練習中のものではない旨主張する。しかしながら、原告X1は、証拠<省略>によれば、同月二〇日、芦別病院を訪れ、医師であるHに対し、同月一七日に柔道をしていて畳に後頭部をぶつけた旨申告し、証拠<省略>によれば、同旨の申告をF医師に対してもしていることが明らかであるところ、原告X1が同月二〇日当時、この点について医師に対して殊更虚偽の事実を述べる動機は見当たらないし、勘違いをするということも考え難い。そして、他に証拠上本件柔道部における練習以外に原告X1が後頭部をぶつける機会のあったことは特段窺われないことも併せ考慮すると、被告の主張を踏まえても、乱取り練習かはともかくとして、原告X1が本件柔道部における練習中に頭部を打って五月の頭部外傷を生じたとの上記判断は左右されない。

(4)  以上によれば、原告X1を本件練習試合に出場させた場合、対戦相手から、原告X1が十分に対応できない技を仕掛けられて頭部を打ち付けるなどする可能性が相応にあり、原告X1が頭部を打ち付けた場合には、原告X1に重篤な結果が生じる危険性は、格別に高いものであったといえ、本件顧問教諭らもかかる危険性を予見し得たといえる。

したがって、本件顧問教諭らは、少なくとも原告X1を本件練習試合に出場させるべきではなかったにもかかわらず、これを怠り、漫然と原告X1を本件練習試合に出場させた過失(以下「本件過失」という。)があるというべきである。

そして、本件過失により、原告X1が本件練習試合に出場した結果、本件事故が発生し、原告X1に本件後遺障害が生じたことは明らかである。

(5)  したがって、その余の点について検討するまでもなく、被告は、原告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故によって生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

二  争点(2)(損害の有無及び額)について

(1)  治療費

証拠<省略>によれば、原告X1の本件後遺障害に関して四七六五円の治療費(オムツ代)の支払を要したことが認められる。

(2)  入院雑費

一日当たりの入院雑費は一五〇〇円が相当であるところ、前提となる事実のとおり、原告X1の入院期間は三二六日であるから、本件事故と相当因果関係のある入院雑費として四八万九〇〇〇円を認めるのが相当である。

(3)  文書料

証拠<省略>によれば、原告X2は、財団法人全日本柔道連盟から同障害補償見舞金制度による見舞金を受領するために必要な書類に関する文書料として七三五〇円を負担したことが認められるが、上記見舞金は、本件事故による損害との間に同質性があるものとはいえず、損益相殺的な調整の対象とならない以上、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

(4)  付添看護費用、付添人の通院交通費、付添人の宿泊費

ア 証拠<省略>によれば、原告X1は、北斗病院への入院中、常時監視を要する看護が必要な状況にあったが、複数名の付添までは必要でなかったこと及び原告X2、原告X3及び原告X2の妹のうち、少なくとも一名が付き添った日数は、一四八日であることが認められる。そして、付添人の員数にかかわらず、一日当たりの付添介護費用は六五〇〇円と認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある付添介護費用は、日額六五〇〇円に上記一四八日を乗じた九六万二〇〇〇円となる。

イ 証拠<省略>によれば、本件事故と相当因果関係のある付添人の通院交通費として、一八万〇八二六円を認めるのが相当である。

ウ 証拠<省略>によれば、本件事故と相当因果関係のある付添人の宿泊費として、一五万四〇〇〇円を認めるのが相当である。

(5)  装具・器具等の費用

証拠<省略>によれば、以下の物品の購入等の費用については、本件事故との相当因果関係を認めるのが相当である。なお、以下の物品の購入等の費用並びに後記の将来の介護費用及び入所雑費のうち将来分については、原告X1と同じく本件口頭弁論終結時現在二〇歳の女性の平均余命が六六年余とされていることから、原告X1が今後直ちにその費用の支払を行うことを前提として、その金額を算出することとする。

① 車椅子(手動・介助用)

前記前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、現在、移動等を独力で行うことができない状態にあると認められるから、車椅子(手動・介助用)が必要であると認められる。

証拠<省略>によれば、車椅子(手動・介助用)の単価は三二万八〇〇〇円であり、その耐用年数は一般に五年といわれていることが認められるから、今後、少なくとも一三回にわたって車椅子(手動・介助用)を購入する必要があると推認することができ、その購入費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると、一二五万三八一二円となる。

(計算式) 三二万八〇〇〇円(単価)×(〇・八六三八+〇・六七六八+〇・五三〇三+〇・四一五五+〇・三二五五+〇・二五五〇+〇・一九九八+〇・一五六六+〇・一二二七+〇・〇九六一+〇・〇七五三+〇・〇五九〇+〇・〇四六二)(ライプニッツ係数)

② 車椅子用クッション

前記のとおり、原告X1については、今後、少なくとも一三回にわたって車椅子を購入する必要があると認められるところ、証拠<省略>によれば、車椅子用クッションの単価は三万三六〇〇円であり、その耐用年数は一般に五年であるといわれていることが認められるから、その購入費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると、一二万八四三九円となる。

(計算式) 三万三六〇〇円(単価)×(〇・八六三八+〇・六七六八+〇・五三〇三+〇・四一五五+〇・三二五五+〇・二五五〇+〇・一九九八+〇・一五六六+〇・一二二七+〇・〇九六一+〇・〇七五三+〇・〇五九〇+〇・〇四六二)(ライプニッツ係数)

③ 携帯用会話補助装置

証拠<省略>によれば、原告X1は他者と意思疎通を図るために携帯用会話補助装置を使用する必要があると認められるところ、証拠<省略>によれば、携帯用会話補助装置の単価は九万八八〇〇円であり、その耐用年数は五年であると認められるから、今後、少なくとも一三回にわたってこれを購入する必要があると推認することができ、その購入費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると、三七万七六七二円となる。

(計算式) 九万八八〇〇円(単価)×(〇・八六三八+〇・六七六八+〇・五三〇三+〇・四一五五+〇・三二五五+〇・二五五〇+〇・一九九八+〇・一五六六+〇・一二二七+〇・〇九六一+〇・〇七五三+〇・〇五九〇+〇・〇四六二)(ライプニッツ係数)

④ 電動ベッド

前記①に説示した原告X1の状態に加え、証拠<省略>によれば、原告X1は、在宅介護となった場合には電動ベッドが必要であると認められるところ、証拠<省略>によれば、電動ベッドの単価は三五万四〇〇〇円であり、その通常の耐用年数は八年であると認められる。

もっとも、上記原告X1の状態に加え、弁論の全趣旨によれば、原告X2には腰痛の持病があり、原告X3は高齢であることが認められ、かかる事実に照らせば、原告X1は、原則として施設介護を利用する必要があり、原告X1が在宅介護を受ける機会は、五月の連休、お盆及び正月程度に限られるというのであるから、電動ベッドは、通常よりも長く用いることができるというべきであり、その耐用年数は一二年として計算することが相当である。

そうすると、今後、少なくとも六回にわたって電動ベッドを購入する必要があると推認することができ、その購入費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると、六六万九三七八円となる。

(計算式) 三五万四〇〇〇円(単価)×(〇・八六三八+〇・四八一〇+〇・二六七八+〇・一四九一+〇・〇八三〇+〇・〇四六二)(ライプニッツ係数)

⑤ 特殊マット

前記①に説示した原告X1の状態に加え、証拠<省略>によれば、原告X1は、在宅介護になった場合には特殊マットが必要であると認められるところ、証拠<省略>によれば、特殊マットの単価は一三万一二五〇円であり、その通常の耐用年数は五年であると認められる。

もっとも、特殊マットは、在宅介護をする場合において利用する機会があるものであるから、前記④で説示した原告X1が在宅介護を受ける機会の程度に照らせば、特殊マットについても、通常より長く用いることができるというべきであり、その耐用年数は七年として計算することが相当である。

そうすると、今後、少なくとも一〇回にわたって特殊マットを購入する必要があると推認することができ、その購入費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると三七万八九三一円となる。

(計算式) 一三万一二五〇円(単価)×(〇・八六三八+〇・六一三九+〇・四六三二+〇・三一〇〇+〇・二二〇三+〇・一五六六+〇・一一一二+〇・〇七九〇+〇・〇五六二+〇・〇三九九)(ライプニッツ係数)

⑥ バスマット

前記①に説示した原告X1の状態に加え、証拠<省略>によれば、原告X1は、在宅介護になった場合にはバスマットが必要であると認められるところ、証拠<省略>によれば、バスマットの単価は三五七〇円であり、その通常の耐用年数は八年であると認められる。

もっとも、バスマットは、在宅介護をする場合において利用する必要があるものであるから、前記④で説示した原告X1が在宅介護を受ける機会の程度に照らせば、バスマットについても、通常より長く用いることができるというべきであり、その耐用年数は一二年として計算することが相当である。

そうすると、今後、少なくとも六回にわたってバスマットを購入する必要があると推認することができ、その購入費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると六七五〇円となる。

(計算式) 三五七〇円(単価)×(〇・八六三八+〇・四八一〇+〇・二六七八+〇・一四九一+〇・〇八三〇+〇・〇四六二)(ライプニッツ係数)

⑦ 胃瘻カテーテル交換費用

証拠<省略>によれば、胃瘻カテーテル交換費用の単価は一万〇六〇〇円であり、胃瘻カテーテルは毎月一回交換する必要があると認められるから、今後、一年に一二回胃瘻カテーテルを交換する必要があると推認することができ、その交換費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して本件事故当時の現価として算出すると二一一万四〇〇〇円となる。

(計算式) 一万〇六〇〇円(単価)×一二(月数)×(一九・三四二七-二・七二三二)(ライプニッツ係数)

(6)  口頭弁論終結時までの介護費用

証拠<省略>によれば、原告X1の本件後遺障害に関して四万三六九二円の介護費用(医療費及び施設利用料の自己負担分等)の支払を要したことが認められる。

(7)  将来の介護費用

前記(5)④に説示したとおり、原告X1は、施設介護を利用する必要があり、現に、前提となる事実のとおり、d施設に入所していることが認められる。なお、前記(6)に説示したとおり、原告X1が口頭弁論終結時までに支出した介護費用は四万三六九二円にとどまり、その余の利用料については障害者自立支援法による公的給付によって支払を免れているものと認められるものの、現在の同法による社会福祉制度について将来の制度見直しがあり得る一方、現在の介護費用の価格水準がそのまま維持される蓋然性は低く、将来の介護費用の変化を正確に予測することは極めて困難であるから、同法による公的給付のあることを将来の介護費用の算定の前提とすることはできない。そうすると、将来の介護費用については、現在の介護費用を前提としてライプニッツ方式による現価を算出するのが相当であるというべきところ、証拠<省略>によれば、d施設の一日の入所費用が一万〇二三〇円であると認められるから、本件事故と相当因果関係のある将来の介護費用は、これに三六五日を乗じ、ライプニッツ方式により中間利息を控除した六二〇五万六三八二円と認めるのが相当である。

(計算式) 一〇二三単位×一〇円(d施設を利用する場合の一単位の金額)×三六五×(一九・三四二七-二・七二三二)(ライプニッツ係数)

この点、原告らは、札幌市所在の収容定員二〇名以下の施設における生活介護サービスと四〇名以下の施設における施設入所サービスを受けさせる予定であるとして、生活介護サービスについては、一単位当たり一〇・一八円、施設入所サービスについては一単位一〇・二円として、一日の入所費用を一万三三三三円として計算すべきである旨主張するが、現在原告X1が入所しているd施設から、札幌市所在の収容定員の少ない介護施設へ介護施設を変更しなければならない必要性やその時期が明らかではないといわざるをえないから、将来の介護費用を算定する基礎は、本件口頭弁論終結時において原告X1が入所しているd施設の費用によるのが相当である。

(8)  入所雑費

本件後遺障害の内容、程度に照らして、原告X1については、オムツ代等の健常人の日常生活においても必要とされるもの以外の費用の支出が必要であると推認される。そうすると、本件事故と相当因果関係のある入所雑費は、一日当たり一〇〇〇円として、平成二一年七月一日から口頭弁論終結日までの八五七日をこれに乗じた八五万七〇〇〇円に、今後の六六年余について、年間三六万五〇〇〇円として、ライプニッツ方式により中間利息を控除した六〇六万六一一七円を加えた六九二万三一一七円を認めるのが相当である。

(計算式) 一〇〇〇円×八五七日×三六万五〇〇〇円×(一九・三四二七-二・七二三二)(ライプニッツ係数)

(9)  後遺障害による逸失利益

前記前提となる事実に認定したとおり、原告X1が、本件後遺障害により、排泄、食事及び移動等を独力で行うことができない状態にあることに照らせば、その労働能力喪失率は一〇〇%であり、一八歳から六七歳までの四九年間にわたって労働能力を失ったと認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、原告X1は、本件事故で負傷しなければ、症状固定の一年後から六七歳までの期間中、平均して、少なくとも、賃金センサス平成二二年第一巻第一表、産業計、女、高校卒、全年齢の平均年収額である二九四万〇六〇〇円の収入を得られたものと推認することができるから、これに、ライプニッツ方式により中間利息を控除した五〇八八万二六七二円を本件事故との相当因果関係のある原告X1の逸失利益と認めるのが相当である。

(計算式) 二九四万〇六〇〇円(基礎収入)×一(労働能力喪失率)×(一八・二五五九-〇・九五二四)(ライプニッツ係数)

(10)  入通院慰謝料

原告X1の入院期間が三二六日に及んだこと、証拠<省略>によれば、本件事故後一か月については生存が危ぶまれるような状態であったこと、手術を五回要したことなど、本件に顕れた一切の事情を踏まえると、入通院慰謝料は四〇〇万円とするのが相当である。

(11)  後遺障害慰謝料

原告X1の本件後遺障害の内容、程度及び本件事故に至る経緯に照らすと、後遺障害慰謝料は二六〇〇万円とするのが相当である。

(12)  原告X2の慰謝料

前記前提となる事実に認定したとおり、原告X2は、原告X1の母であり、原告X1の父と離婚した後、原告X1の親権者となり、原告X1と同居してその養育監護に当たっていたものであり、かかる事情と証拠<省略>を総合すれば、原告X2は、原告X1に本件事故による本件後遺障害が残ったことにより、原告X1が生命を害された場合にも比肩すべき甚大な精神的苦痛を受けたものと認められ、その精神的苦痛についての慰謝料は、二〇〇万円とするのが相当であると判断される。

(13)  原告X3の慰謝料

原告X3は、原告X1の祖父であるところ、証拠<省略>によれば、特に原告X2が平成一七年に離婚した以降は、原告X2から原告X1についての相談を受けたり、原告X1の身の回りの世話をしたりするなどしていたことが認められ、これらの事情に照らせば、原告X1に本件事故により本件後遺障害が残ったことにより大きな精神的苦痛を受けたことが窺われるものの、本件事故までは原告X1と同居していたわけではないことを併せ考えると、原告X3と原告X1との間に、他人の生命を侵害した者は被害者の父母、配偶者及び子に対して損害の賠償をしなければならない旨を定める民法七一一条の規定に列挙された者と実質的に同視できる身分関係が存在するとまでは認められず、原告X3に固有の慰謝料が発生したということはできない。

(14)  合計

ア 原告X1について 一億五六六二万五四三六円

イ 原告X2について 二〇〇万円

三  過失相殺について

被告は、原告X1がB教諭に対し、「完全復活ですよ先生。柔道してよいってお医者さんが。」との趣旨の発言をしたため、B教諭は、原告X1が治癒したと信じて、本格的に練習に復帰させたなどと主張し、さらに、原告X2についても、原告X1が平成二〇年五月二〇日に受診して以降、全ての受診に立ち会い、医師の診断を全て原告X1とともに聞いてきたにもかかわらず、医師の診断内容を全くB教諭に説明することはなく、また、原告X1が宿泊を伴う試合や合宿に参加する際も、選手として参加することを黙認又は追認してきたものであり、本件事故について重大な責任がある旨主張する。

しかしながら、そもそも高等学校における部活動として行われる柔道の練習試合に出場させることの当否は、まずもって柔道部の顧問教諭等の指導者において、生徒の健康状態や体力及び技量等の特性を十分に把握した上で判断すべき事柄であるところ、原告X1は、五月の頭部外傷の事実が記載された本件診断書をB教諭に提出しており、本件顧問教諭らは、本件診断書の記載から原告X1が頭部に衝撃を受けた場合の危険性が格別に高いことを当然に認識するべきであったし、少なくとも、B教諭においては、急性硬膜下血腫の危険性を実際に認識していたのであるから、原告X1又は原告X2から積極的にさらなる情報を提供すべき状態にあったということはできない。

そして、上記一(2)イのとおり、原告X1がB教諭に対し、「完全復活ですよ先生。柔道してよいってお医者さんが。」との趣旨の発言を行った事実は認めることができない上、原告X1が未だ高校生であることからすれば、原告X1において、B教諭に対し、F医師が原告X1に行った五月の頭部外傷の危険性についての説明を正確に再現して説明していなかったとしても、かかる事実をもって、本件顧問教諭らに対する情報提供につき、原告X1に過失があるということまではできない。

また、原告X2は、確かに、本件顧問教諭らに対し、F医師から伝えられた五月の頭部外傷の危険性を直接説明していないものの、前提となる事実及び証拠<省略>によれば、原告X1が平成一九年七月二八日に膝の怪我をしたことについて、原告X2とB教諭が電話で口論となったことが認められ、かかる経緯から、原告X2が、本件顧問教諭らに対し、直接説明することを避け、原告X1に本件診断書を提出させることにより、五月の頭部外傷の事実や危険性を伝え、もって、本件顧問教諭らにおいて、原告X1が本件練習試合を含む練習試合に出場することの当否を適確に判断するものと考えたとしてもやむを得ないというべきであるから、本件顧問教諭らに対する情報提供につき、原告X2に過失があるということはできない。さらに、原告X2は、原告X1が本件合宿に参加するに当たり、本来提出することとなっていた親権者としての承諾書を作成していないのであり、原告X2に、原告X1が本件合宿に選手として参加することを黙認又は追認してきたとして過失があると評価すべき事情があるとも認められない。

その他本件全証拠を精査しても、原告X1又は原告X2に、本件において斟酌すべき過失があるとまでは認められない。

四  争点(3)(損益相殺の可否等)について

(1)  連合会からの災害補償制度による補償

ア 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある。

イ これを本件についてみると、証拠<省略>によれば、北海道高等学校PTA連合会災害補償制度規程五条及び同制度給付規程四条に基づく給付について、当該給付事由の発生につき、国家賠償法等により損害賠償の責めに任ずる者があるときの代位取得に関する規定及び、当該給付事由と同一の事由について、国家賠償法等により損害賠償を受けた際の調整規定が存しないことが認められる。

そうすると、連合会からの災害補償制度による補償が、原告X1に生じた損害のてん補を目的としているものと認めることはできず、原告X1に生じた損害と上記補償金の取得との間に同質性があるということはできないから、連合会から原告X1に給付された補償金五四四万円について、損益相殺的な調整によって原告X1の損害賠償請求権の額から控除することはできないと解するのが相当である。

(2)  本件見舞金

本件見舞金と本件事故により生じた損害との間で、損益相殺的な調整を行うべきものであることについては、当事者間に争いがないところ、本件見舞金が本件事故により生じた損害金の元本及びこれに対する本件事故時から本件見舞金が支給された平成二二年八月一六日までの間の遅延損害金の全部を消滅させるに足りない以上、本件見舞金は、遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきであるが、原告は、本件見舞金の充当につき、本件事故により生じた損害金の元本のうち本件見舞金に相当する金額に対する本件事故時から本件見舞金支給日の前日までの遅延損害金及び上記の損害金の元本に充当する計算方法を主張しているから、原告の主張する上記計算方法に従って計算するに、本件見舞金を、同遅延損害金三八一万一三一五円にまず充当し、残金を以上に認定した損害金の元本に充当すると、原告X1に対する損害賠償債務残額は、一億二二七三万六七五一円となる。

五  弁護士費用について

本件訴訟の難易、経緯、認容額等を斟酌すると本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告X1につき一二〇〇万円、原告X2につき二〇万円とするのが相当である。

六  まとめ

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は主文第一項及び第二項の限度で理由があるからこれを認容し(前記第一の一(1)記載の原告X1の請求は、原告X1に生じた損害金について、本件見舞金に係る損益相殺をした後の元本残額及びそのうち同額から本件見舞金に係る前記四(2)の平成二二年八月一五日までの遅延損害金三八一万一三一五円を控除した残額に対する本件事故日である平成二〇年八月八日から支払済みまでの遅延損害金を求めるものであり、上記の損益相殺をした後の元本残額のうち上記の三八一万一三一五円に相当する部分に係る平成二二年八月一六日以降の遅延損害金を求めていないものと解されることから、同請求については、主文第一項の限度で認容することとする。)、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 石橋俊一 裁判官 長田雅之 佐藤薫)

別紙 原告X1の損害額一覧表(訴えの変更申立用)<省略>

別紙 交通費一覧表<省略>

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