札幌地方裁判所 平成22年(ワ)465号 判決 2011年7月27日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
髙橋智
同訴訟復代理人弁護士
竹信航介
被告
標津町
同代表者町長
A
同訴訟代理人弁護士
佐々木泉顕
同
沼上剛人
同
石橋洋太
同
山口千日
同
下矢洋貴
同
福田友洋
主文
一 被告は、原告に対し、一二五一万三八五八円及びこれに対する平成四年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その一を被告の各負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、八一四二万八三八九円及び内金四三六七万六九五〇円に対する平成二二年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、平成四年に被告による鉄棒の設置又は管理の瑕疵を原因として原告が鉄棒から落下する事故が生じ、平成二一年に同事故による後遺障害が固定したなどと主張して、国家賠償法二条に基づく損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いがないか、後掲証拠により容易に認められる事実)
(1) 原告は、平成四年七月三日、北海道標津郡<以下省略>のa中学校グランド内の鉄棒で、前回りをしようとして体を持ち上げた際、鉄棒が支柱から外れ落ちたことから、鉄棒を握ったまま落下し、頚部を受傷した(以下「本件事故」という。争いがない)。
(2) 本件事故の原因は、鉄棒の両端がさびていたことにある。また、被告は、a中学校グランド内の他の鉄棒はともかく、原告が使用した鉄棒については、保守、点検をせず、その安全性も確認しないまま放置していた。
そのようなことから、被告は、原告に対し、国家賠償法二条所定の公の営造物の設置管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を負う。(以上につき争いがない)。
(3) 原告は、本件事故により、頚骨骨折又は亜脱臼等の傷害を受け、釧路労災病院で第四ないし第六頚椎後方固定術を受けるなどし、平成四年一二月八日、頚椎部に前後屈、左右屈及び左右回旋がいずれも二〇度に制限される可動域制限がある状態で症状が固定したと診断された。
(4) 原告は、平成五年六月二九日、被告との間で、被告が原告に対し、後遺障害慰謝料四五五万円を含む合計五二八万三〇〇四円を支払うこと、及び、本件事故を直接の原因とする後遺障害が発生し、それが国公立大学病院で証明され、原告に損害が認められるときは、原告及び被告は別途協議を行うことを内容とする示談を成立させた(以下「本件示談」という。争いがない)。
(5) 原告は、平成二一年二月一二日、札幌医科大学附属病院で受診し、二年くらい前から両手指にしびれがあるなどと訴え、同年五月八日、椎弓形成術を受け、黄色靱帯の肥厚部分を除去したが、同年一〇月二八日、両手指のしびれ等の症状が固定したと診断された。
二 争点及び当事者の主張
(1) 原告の現在の後遺障害と本件事故との因果関係
(原告の主張)
原告は、平成一六年ころから、両手にしびれが出て、これが徐々に広がり、強くなってきたことから、平成二一年に至って、札幌医科大学附属病院で椎弓形成術を受けたが、その後も身体障害は残り、同年一〇月二八日、自覚症状として、両上肢、特に手指のしびれ、左側は疼痛と知覚異常、筋力低下(両手指)、両肩・肩甲部の疼痛、頻尿等の排尿障害、頚部痛があり、他覚的所見として、両手指の筋萎縮と疼痛、左側上肢の知覚障害、頚部可動域制限、反射の異常があり、これを裏付けるC6/7、T1レベルでの著しい脊髄狭窄という画像上所見もあり、脊柱の障害として、C4ないし6後方固定(スクリュー使用)、頚部の前屈四五度、後屈三〇度の運動障害がある状態で、症状が固定した。
これらの身体障害は、本件事故後に釧路労災病院で頚椎後方固定術を受け、その影響で固定部と隣接したレベルで黄色靱帯が肥厚し、硬膜管を圧迫したことにより出現し、椎弓形成術を受けた際に黄色靱帯の肥厚部分を概ね切除しても、軽快しなかったものであるから、本件事故と因果関係のある後遺障害である。
(被告の主張)
原告が原告主張の身体障害があるとの診断を受けていることは認めるが、その原因となった脊髄損傷を引き起こした黄色靱帯の肥厚は、加齢性の退行現象によって生じていると考えるのが自然である。そのことは、原告の自覚症状が症状固定の後に増悪していることによっても、裏付けられている。
したがって、原告の身体障害と本件事故との間に因果関係はない。
(2) 原告の損害
(原告の主張)
ア 原告は、本件事故により、本件示談後に生じた以下の損害を受けた。
(ア) 治療関係費 一九万六二二二円
(イ) 入院雑費 四万二〇〇〇円
ただし、一日一五〇〇円として入院日数二八日を乗じた。
(ウ) 通院交通費 一万五五二〇円
(エ) 休業損害 一四八万二五三七円
原告は、前記の後遺障害の発症当時、タクシー会社に昼間のみ勤務して年収二三八万三八四九円(一日当たり六五三一円)を得ていたが、発症後の平成二一年三月一六日から症状が固定した同年一〇月二八日までの二二七日間欠勤したことから、六五三一円に二二七日を乗じた標記金額の休業損害を受けた。
(オ) 逸失利益 二七五一万〇六七一円
原告は、前記の後遺障害の発症直前には、タクシー会社に昼夜勤務して年収三七〇万七一六六円を得ていたが、脊髄障害性疼痛と呼ばれる難治性の前記の後遺障害により、日常生活機能が著しく損なわれたものであり、その後遺障害は、後遺障害等級表五級二号に相当する。そこで、労働能力喪失期間を症状固定の五四歳から六七歳までの一三年間とし、これに相当するライプニッツ係数九・三九三六による中間利息控除をし、労働能力喪失率を七九%として、上記の年収に乗ずると、逸失利益は標記金額となる。
(カ) 入通院慰謝料 九八万〇〇〇〇円
(キ) 後遺障害慰謝料 一四〇〇万〇〇〇〇円
(ク) 弁護士費用 四〇〇万〇〇〇〇円
イ 原告は、前記アの損害に以下のとおり充当されるべき金員の支払を受けている。
(ア) 本件示談金 四五五万〇〇〇〇円
本件示談により支払を受けた賠償金のうち、後遺障害慰謝料四五五万円は、損害元本に充当され、これにより、損害元本残額は、四三六七万六九五〇円となる。
(イ) 健康保険傷病手当金 六五万四一〇〇円
原告は、前記の後遺障害につき、平成二一年六月四日に一三万九二六〇円、同月二六日に一二万六六〇〇円、同年七月二三日に一三万〇八二〇円、同年八月二六日に一二万六六〇〇円、同年九月二九日に一三万〇八二〇円の健康保険傷病手当金の支払を受けた。
そこで、これらを支払を受ける都度、前記(ア)の損害元本残額に対する本件事故日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金に充当すると、平成二二年一月三〇日時点での遅延損害金残額は、三七七五万一四三九円と算定される。
ウ したがって、被告は、原告に対し、以上の損害元本残額四三六七万六九五〇円と遅延損害金残額三七七五万一四三九円の合計八一四二万八三八九円及び上記損害元本残額に対する平成二二年二月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。
(被告の主張)
ア 本件事故と原告主張の損害との間に因果関係はない。原告主張の相当性についての被告の主張は、以下のとおり。
(ア) 治療関係費
一八万四五三二円の限度で認める。
(イ) 入院雑費
認める。
(ウ) 通院交通費
不知。
(エ) 休業損害
傷病手当金の標準報酬日額六三三〇円を基準とすべきである。
(オ) 逸失利益
基礎収入は、平成二〇年時の原告の年収二三八万三八四九円とすべきである。
労働能力喪失期間は争わないが、原告主張の後遺障害は、せいぜい等級表一二級一二号にとどまり、労働能力喪失率は一四%となる。
そうすると、逸失利益は、三一三万五〇〇九円と算定される。
(カ) 入通院慰謝料
争わない。
(キ) 後遺障害慰謝料
争う。仮に因果関係が認められるとしても、後遺障害は一二級であるから、後遺障害慰謝料は二九〇万円が相当である。
(ク) 弁護士費用
争う。
イ 原告主張の支払金の充当についての被告の主張は、以下のとおり。
(ア) 本件示談金
争わない。
(イ) 健康保険傷病手当金
原告がその主張に係る健康保険傷病手当金を受領したことは認め、その充当については争う。傷病手当金は、休業損害を填補する性質のものであるから、まず休業損害の元本が減額されるはずである。なお、原告は、健康保険傷病手当金として、原告主張の六五万四一〇〇円のほかに、四三万〇四四〇円を受領している。
ウ 遅延損害金は、これが債務を履行しないことに対する制裁の性質を有することからすれば、新たな債務が発生して債務が確定した症状固定日をその起算日とすべきである。
(3) 過失相殺等
(被告の主張)
ア 本件示談をした原告としては、信義則上、何らかの神経症状を認識した場合には速やかに病院を受診する義務があったというべきところ、平成一六年ころから両手の知覚異常を感じていたというのに、これを漫然と五年間も放置していたのであるから、受診が遅れたという過失がある。なお、原告が早期に病院を受診して脊柱管の除圧術を受けていれば、圧迫性脊髄障害を防止することができた可能性が高い。過失相殺五割が認められるべきである。
イ 被告は、本件事故当時、六つ並んでいた鉄棒に危険性があると判断し、高鉄棒及び中鉄棒の横棒を取り外しており、使用できる状態にあったのは、二つの低鉄棒のみであった。被告は、この鉄棒を体育の授業等に使用しておらず、グランド開放もしていなかった。他方、原告は、何らの利用許可をとることなく勝手にa中学校グランド内に入り込み、鉄棒の安全性について検討することなく、漫然とこれを使用したものであるから、その点においても過失がある。過失相殺五割が認められるべきである。
ウ 原告の後遺障害には、加齢性変化による黄色靱帯の影響があり、五割の素因減額がなされるべきである。
(原告の主張)
ア 原告が早期に受診していればその後遺障害を防止し得たとは一概にいえないし、そもそも原告としてはこのような後遺障害が発生するとは全く知り得なかったのであるから、受診が遅れたとしても、やむを得ないというべきである。
イ 原告には、本件事故当時、他の鉄棒の横棒が取り外されてという記憶はないし、被告主張のとおりであるとしても、取り外されずに残った鉄棒は安全なのだろうと考えるのが当然である。なお、一般人によるa中学校グランドの立入りや鉄棒の使用は制限されていなかった。
ウ 原告に特記すべき退行変化や既往症は何もないから、素因減額は認められるべきでない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(原告の現在の後遺障害と本件事故との因果関係)について
前記前提となる事実、証拠<省略>によれば、原告は、本件事故後一二年を経た平成一六年ころから、両手にしびれが出て、これが徐々に広がり、強くなってきたことから、平成二一年に至って、札幌医科大学附属病院で椎弓形成術を受けたが、その後も身体障害は残り、同年一〇月二八日、自覚症状として、両上肢、特に手指のしびれ、左側は疼痛と知覚異常、筋力低下(両手指)、両肩・肩甲部の疼痛、頻尿等の排尿障害、頚部痛があり、他覚的所見として、両手指の筋萎縮と疼痛、左側上肢の知覚障害、頚部可動域制限、反射の異常があり、これを裏付けるC6/7、T1レベルでの著しい脊髄狭窄という画像上所見もあり、脊柱の障害として、C4ないし6後方固定(スクリュー使用)、頚部の前屈四五度、後屈三〇度の運動障害がある状態で、症状が固定したこと、これらの身体障害のうち、頻尿等の排尿障害については、本件事故との因果関係を認めるのに足りる証拠が存在しないものの、他の神経症状は、黄色靱帯が肥厚し、硬膜管を圧迫したことにより出現したものであること、そして、一般に黄色靱帯の肥厚は、加齢性の退行現象によって生じ得るものであるが、原告の場合、上記の神経症状を生じさせたと思われる黄色靱帯の肥厚が本件事故後に釧路労災病院で受けた頚椎後方固定術の隣接椎間に生じ、他の部位の加齢性変化と乖離していることから、上記の神経症状は、本件事故後に頚椎後方固定術を受けたことによるものであり、本件事故と相当因果関係を有するものであると認められる。
かかる認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
二 争点(2)(原告の損害)について
(1) 損害の認定
後掲証拠等及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、本件示談後に生じた以下の損害を受けたものと認めることができる。
ア 治療関係費 一九万六二二二円
証拠<省略>によれば、標記金額の治療関係費の支出が認められる。
イ 入院雑費 四万二〇〇〇円当事者間に争いがない。
ウ 通院交通費 一万五五二〇円
証拠<省略>によれば、原告は、排尿障害を含む前記の神経症状の原因鑑別のためにやむを得ず小笠原病院に通院し、また札幌医科大学附属病院に通院し、標記金領の通院交通費を支出したことが認められる。
エ 休業損害 一四八万二五三七円
原告が、平成二〇年時にタクシー会社に勤務して年収二三八万三八四九円(一日当たり六五三一円)を得ていたことは当事者間に争いがなく、また、証拠<省略>によれば、原告は、前記の神経症状の発症後の平成二一年三月一六日から症状が固定した同年一〇月二八日までの二二七日間欠勤したことが認められるから、六五三一円に二二七日を乗じた標記金額の休業損害を受けたというべきである。被告は、この休業損害について傷病手当金の標準報酬日額を基準とすべきと主張するが、休業前の現実の収入金額について争いがないのであるから、これを基準とするのが相当である。
オ 逸失利益 一五六七万〇六三五円
前記認定の原告の現在の神経症状それ自体は、現行の労働者災害補償保険法施行規則別表の障害等級表一二級一二号に該当するものというほかはないが、前記前提となる事実、証拠<省略>によれば、そもそも原告が本件事故により頚骨骨折又は亜脱臼等の傷害を受け、釧路労災病院で第四ないし第六頚椎後方固定術を受けるなどし、平成四年一二月八日、頚椎部に前後屈、左右屈及び左右回旋がいずれも二〇度に制限される可動域制限がある状態で症状が固定した時点で、その後遺障害は、脊柱に運動障害を残すもの、あるいはそれと同等の後遺障害であるとして、同表八級二号に該当するものであったというべきところ、原告が元プロ野球選手でその身体が強靱であったこともあって、症状固定後一〇年余はさほどの神経症状を呈することもなかったのに、黄色靱帯の肥厚により神経症状が出現し、肥厚部分を除去してもなお神経症状が残り、原告は現在、疼痛と薬の副作用によって、就労がままならない状態にあることが認められる。そうすると、原告の現在の後遺障害は、逸失利益を算定し、あるいは慰謝料を算定する場合においては、いわば上記の脊柱の運動障害が形を変えたもので、原告に脊柱の運動障害がある場合と同等の労働能力の喪失や精神的苦痛を与えるものと評価するのが相当である。
以上によると、原告の労働能力喪失率は、四五%とみるのが相当であり、また、神経症状が出現し、これが固定する直前における原告の就労は、もともと本件事故による脊柱の運動障害等によって能力が制約された状況下に行われたものであり、これを基礎として逸失利益を算定すべきではなく、神経症状が出現する前の年収三七〇万七一六六円(原告がその年収を得ていたことは、証拠<省略>によってこれを認める。)を基礎収入とするのが相当であると判断される。
労働能力喪失期間が五四歳から六七歳までの一三年間であることは当事者間に争いがない。
そうすると、原告の逸失利益は、三七〇万七一六六円の四五%にライプニッツ係数九・三九三六を乗じた一五六七万〇六三五円と算定される。
カ 入通院慰謝料 九八万〇〇〇〇円
標記金額が相当であることは当事者間に争いがなく、当裁判所も相当であると判断する。
キ 後遺障害慰謝料 八三〇万〇〇〇〇円
前記オに認定した諸事情に照らして、標記金額が相当であると判断する。
ク 弁護士費用 二一〇万〇〇〇〇円
以上認定の諸事情に照らして、弁護士費用については、標記金額の限度で本件事故との相当因果関係を認める。
(2) 損益相殺
原告が本件示談により後遺障害慰謝料四五五万円を受領し、前記認定の後遺障害につき健康保険傷病手当金六五万四一〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、証拠<省略>によれば、その後さらに四三万〇四四〇円の健康保険傷病手当金を受領したものと認められる。
これらの給付は、本件示談の内容及び健康保険法の趣旨に照らして、いずれも損害元本に、ただし過失相殺をする場合には、本件示談金は相殺後、健康保険傷病手当金は相殺前に充当するのが相当である。
(3) 遅延損害金
被告は、症状固定日を遅延損害金の起算日とすべきであると主張するが、不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に、何らの催告を要することなく延滞に陥るものであり、同一事故により生じた同一の身体障害を理由とする損害賠償債務は一個と解すべきであって、一体として損害発生時に延滞に陥るものと解される。したがって、その点において、被告の上記主張は、そのままにはこれを採用することができない。
しかるに、以上に認定した原告の損害は、前記前提となる事実及び原告本人に照らして、いずれも原告が札幌医科大学附属病院で受診した平成二一年以降に顕在化したものというべきであるところ、本件事故当時の損害の金額が以上に認定したのと同額であるというのは、本件事故後損害の顕在化まで約一七年を要していることにかんがみても、いささか首肯し難いところであり、むしろ、本件事故後約一七年を経た時点で以上に認定した金額であると評価されるべき損害が本件事故時に生じたものとみて、新ホフマン方式にて本件事故時の現価を算定するのが相当であると判断される。
三 争点(3)(過失相殺等)について
(1) 被告は、原告には受診が遅れたという過失があると主張するが、原告が医師からその旨の指示助言を受けていたというのであればともかく、単に被告との間で本件示談をしたというのみでは、原告において、何らかの神経症状を認識した場合には速やかに病院を受診する信義則上の義務があったということはできず、被告の上記主張は、これを採用することができない。
(2) 被告は、本件事故当時、六つ並んでいた鉄棒に危険性があると判断し、高鉄棒及び中鉄棒の横棒を取り外していたと主張するところ、その事実は、本件事故後に作成された全国町村会総合賠償補償保険事故報告書にその旨の記載があるだけでなく、原告も訴状においては一部のバーが取り外されていたと主張していたことに照らしても、これを認めることができる。しかしながら、他の鉄棒の横棒が取り外されていたからといって、それだけでは、原告が本件事故時に使用した鉄棒の危険性を察知することができたということはできず、むしろ、他の鉄棒の横棒が取り外されていたにもかかわらず、本件事故時に使用した鉄棒は横棒が取り外されていなかったことから、かえってこれが安全であるとの誤解を招きうる状況であったといわなければならない。
また、被告は、原告が開放をしていないa中学校グランド内に勝手に入り込んだものである旨を主張するが、本件事故当時、被告がa中学校グランド内への町民の立入りを禁止、制限していた形跡はないし、一般に、町民が町立中学校のグランドに立ち入って鉄棒を使用することは、町の財産管理上の問題があるとしても、これが危険であるとの理由で差し控えるべきものであるということはできない。なお、証拠<省略>によれば、原告は、本件事故当時、標津町民であったことが認められる。
そうすると、これらの点において原告に過失があるとする被告の主張は、これを採用することができない。
(3) 被告は、原告の後遺障害には、加齢性変化による黄色靱帯の影響があり、五割の素因減額がなされるべきであると主張するところ、前記一に説示したとおり、一般に黄色靱帯の肥厚は、加齢性の退行現象によって生じ得るものであるが、原告の場合、手指のしびれ等の神経症状を生じさせたと思われる黄色靱帯の肥厚が本件事故後に釧路労災病院で受けた頚椎後方固定術の隣接椎間に生じ、他の部位の加齢性変化と乖離していることから、上記の神経症状は、本件事故後に頚椎後方固定術を受けたことによるものであると認められるのであり、原告の後遺障害の原因となった黄色靱帯の変化は、加齢性のものではないというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、被告の上記主張は、これを採用することができない。
四 まとめ
前記二(1)に認定した原告の損害は、合計二八七八万六九一四円であり、これに前記二(2)に認定した損益相殺をした後の残額は、二三一五万二三七四円である。
そして、前記二(3)に説示したとおりの趣旨において、一七年の新ホフマン係数〇・五四〇五により計算すれば、上記損害残額の本件事故時における現価は、一二五一万三八五八円であると算定される。
よって、原告の請求は、国家賠償法二条に基づき、被告に対し、一二五一万三八五八円及びこれに対する本件事故の日である平成四年七月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 石橋俊一)