大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成23年(ワ)1670号 判決 2013年8月23日

原告

同訴訟代理人弁護士

佐藤哲之

佐藤博文

長野順一

三浦桂子

中島哲

安部真弥

山田佳以

香川志野

池田賢太

被告

国立大学法人Y大学

同代表者学長

同訴訟代理人弁護士

齋藤祐三

齋藤隆広

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告が、被告に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成23年4月1日から、本判決確定の日まで、毎月17日限り前月の総日数から土曜日、日曜日、国民の祝日に関する法律に定める休日及び12月29日から翌年1月3日までの日を控除した日数に8756円を乗じた金額及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成23年3月31日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は、被告に契約期間1年間の契約職員として雇用され、3回の契約更新を繰り返してきた原告が、平成23年3月31日の契約期間満了をもって雇止めとされたこと(以下「本件雇止め」という。)は許されないとして、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認、雇止め後から本判決確定の日までの賃金及びこれらの各支払期日の翌日からの商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払並びに本件雇止めが不法行為であるとして慰謝料100万円及びこれに対する本件雇止めの日からの民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実

認定事実の末尾に証拠を記載した部分以外は争いがない。

(1)  原告(昭和45年生)は、被告に契約職員(正規職員と異ならない所定労働時間で、労働契約の期間を定めて雇用された者(厳密には、証拠<省略>のとおり))として雇用されていたが、平成23年3月31日の契約期間満了をもって退職扱いとされた(本件雇止め)。

(2)  被告は、大学教育事業を行う法人であり、平成16年4月に国立大学から独立行政法人である国立大学法人になった。

被告には、平成22年6月1日現在で、正規職員が3842名、非正規職員が1487名雇用されていた。非正規職員の内訳は、契約職員が465名、短時間勤務職員(正規職員と比較し、1週間の所定労働時間が短く、労働契約の期間を定めて雇用された者(厳密には、証拠<省略>のとおり))が1022名であった。

(3)  被告においては、平成11年度には、非正規職員については、労働契約が更新されても最長3年間に限り雇用するという方針が採用されていた(以下「3年雇用の方針」という。)。なお、原告の主張によれば、被告においては、それより前に2年雇用という方針が相当期間続いてきたものが、3年雇用に改められたものであるとされている。

(4)  被告は、平成16年4月に国立大学法人になった際、契約職員就業規則(証拠<省略>)を制定し、契約職員の労働契約の期間及び更新につき、以下のとおり定めた。

「第6条 労働契約の期間は、原則として1年以内とする。ただし、一定期間内に完了することが予定されているプロジェクト研究等の業務に従事する場合にあっては、業務内容を勘案のうえ、5年以内の範囲で各人ごとに労働契約の期間を定めるものとする。

2  大学は、労働契約の更新を求めることがある。ただし、労働契約の期間は、大学が特に必要と認める場合を除き、当初の採用日から起算して3年を超えることはしない。」

なお、同時期に制定された短時間勤務職員就業規則(証拠<省略>)にも同一の定めがある。これらは、3年雇用の方針が上記各就業規則上も明文化されたものといえる。

(5) 原告は、平成14年10月頃(原告の主張)又は12月(被告の主張)に、被告の大学院a研究科b分野において勤務するようになり、謝金が支払われた。

実践大学事務執務ハンドブック(なお、国立大学を念頭に置いた記述となっている。)によれば、謝金とは、通常、講演、原稿執筆、特定事項の調査研究等業務の性質が不継続的一時的な国の事業又は事務に従事した者に対して給付される金銭をいい、勤務に対する対価という意味では給与と異なるものではないが、謝金の対象となる勤務は極めて限られた不継続的一時的なものであって、それに従事する者は国公法2条6項にいう国の勤務者に該当しないものであり、国の勤務者(職員)に対して支給される給与とは異なるものであるとされている(証拠<省略>)。

被告は、原告には上記のような意味の謝金が支払われているという扱いであり、原告との間で、国家公務員としての勤務関係又は労働契約に基づく雇用関係があるとは扱っておらず、厚生年金、健康保険、雇用保険の手続もされていなかった。労働契約が締結されたという扱いではないから、非正規職員に関する就業規則の適用もない(以下、このような勤務を「謝金業務」という。)。

原告は、まず、平成16年3月までa研究科で謝金業務に従事した(その間、平成15年4月から11月までの間、謝金業務が中断したか否か争いがある。)。

(6) 原告は、平成16年4月1日、短時間勤務職員(科学研究支援員)として被告に雇用され、a研究科勤務を命じられた。契約期間は平成17年3月30日まで、時給1100円、始業時刻9時30分、終業時刻16時30分、休息時間13時から13時15分まで、休憩時間12時から13時まで、職務内容は科学研究費補助金研究遂行業務とされ、その他、詳細は短時間勤務職員就業規則の定めによるとされた。被告から、その頃、上記の点等が記載された発令及び労働条件通知書(証拠<省略>)が原告に交付された(争いなし、証拠<省略>により補充)。

原告は、平成16年4月1日当時、被告の非正規職員につき、3年雇用の方針があることを知っており、短時間勤務職員になった自分にもそれが適用されるものと認識していた。

(7) 原告は、平成17年3月30日までを契約期間とする短時間勤務職員としての労働契約が更新されなかったため、同年4月から平成19年3月まで、再度、a研究科で謝金業務に従事した。

(8) 被告は、被告のcセンター(以下「cセンター」という。)に勤務していた契約職員(事務補佐員)が平成19年3月31日をもって退職することに伴い、関係者を通じて後任候補者を探していたところ、被告の元職員からその情報を入手した原告が履歴書を提出してこれに応募してきたので、同年2、3月頃、当時のd部門長ら(後記のとおり、d部門は、cセンターの1部門である。)が原告と面接した。

その結果、原告は、平成19年4月1日、被告に契約職員(事務補佐員)として雇用され、cセンター勤務を命じられた。契約期間は、同日から平成20年3月31日までとされ、契約期間の更新は有りとされた。日給8661円、始業時刻8時30分、終業時刻17時15分、休息時間12時から12時15分まで、休憩時間12時15分から13時まで、職務内容は、e班、試験年報に関する事務補助、研究業績及び点検評価資料の整理、年度計画及び年度報告作成事務補助とされ、その他、詳細は契約職員就業規則の定めによることとされた(以下「本件労働契約」という。)。被告から、その頃、上記の点等が記載された発令及び労働条件通知書(証拠<省略>)が原告に交付された(争いなし、証拠<省略>により補充)。

cセンターは、d部門(もとはY大学f学部附属演習林であったものを平成13年4月に改組。証拠<省略>)、d1圏、d2圏で構成される被告の学内共同教育研究施設であり、原告が所属していたd部門は、平成22年5月段階で教員17名、技術職員32名、事務員4名、林業技術補佐員等74名で構成され、そのうち、原告が勤務していたd部門の札幌の職場には、教員、技術職員、技術補佐員・事務補佐員(これら補佐員は非正規職員である。)計15名が勤務していた。

前記のとおり、原告は、平成16年4月に短時間勤務職員として雇用された時点では3年雇用の方針を認識していたが、平成19年4月に契約職員として雇用された際にも、d部門長であったB教授から3年雇用の方針の説明を受けた。

(9) 平成20年4月1日、本件労働契約は更新され、契約期間は平成21年3月31日までとされ、契約期間の更新は可とされた。日給は8756円とされた。上記(8)に記載したその他の契約内容に変更はなかった。被告から、その頃、上記契約内容等が記載された発令及び労働条件通知書(証拠<省略>)が原告に交付された(争いなし、証拠<省略>により補充)。

(10) 平成21年4月1日、本件労働契約は2回目の更新がされ、契約期間は平成22年3月31日までとされたが、今回は契約期間の更新は不可とされた。終業時刻が17時とされ、12時から12時15分までの休息時間がなくなったほかは、上記(9)に記載した契約内容に変更はなかった。被告から、その頃、上記契約内容等が記載された発令及び労働条件通知書(証拠<省略>)が原告に交付された(争いなし、証拠<省略>により補充)。

(11) 上記のとおり、労働契約の更新は不可とされていたものの、C・d部門長(以下「C部門長」という。)は、原告が優秀であるため、さらに継続して勤務して欲しいと考えており、平成21年の夏か秋頃、原告に意向を確認したところ、原告もそれを希望したため、原告に対し、契約更新できるか結果はわからないが、契約更新に向けて申請していくと伝えた。

C部門長は、cセンターの事務局に本件労働契約の更新を要望し、同センター長は、被告の人事課に対し、本件労働契約の更新の申請を行い、これが認められた。

(12) その結果、平成22年4月1日、本件労働契約は3回目の更新がされ、契約期間は平成23年3月31日までとされたが、今回も契約期間の更新はしないとされた。今回は、事務補佐員ではなく、技術補佐員とされ、就業場所はe班で、従事すべき業務の内容として従前のものに加え、○○プロジェクト(正しくは◎◎プロジェクト)に関する業務が加わった。上記(10)に記載したその他の契約内容にほぼ変更はなかった。被告から、その頃、上記契約内容等が記載された発令及び労働条件通知書(証拠<省略>)が原告に交付された(争いなし、証拠<省略>により補充)。

(13) 平成23年1月頃、C部門長は、cセンター事務長に対し、本件労働契約の更新を被告事務局と交渉して欲しいと要望したが、要望には沿えないという回答であった。最終的に、cセンターは、同年3月10日頃、被告の人事課に対し、本件労働契約の更新を申請したが、被告としてはこれを認めず、同月23日頃、C部門長を通じて、原告に対し、本件労働契約の更新が認められないことが伝えられた。

(14) 被告は、本件労働契約の更新を認めず、平成23年3月31日の契約期間満了をもって原告が退職したものと扱っている(本件雇止め)。

(15) 平成18年3月、被告のg学部において教授秘書として7年以上謝金業務に従事していた女性が、社会保険事務所に社会保険の未加入を告発した。社会保険庁は、同年5月末に被告に対する立入調査を実施し、当該女性について、社会保険の加入要件を満たしているので、2年前に遡って加入させるように指導した。被告は、この女性を非正規職員とし、社会保険への加入手続も採った。

平成19年10月には、△△誌という雑誌に「「北の雄」を揺るがす謝金雇用問題、労基法違反に社保未加入・・・Y大学の違法雇用疑惑」と題する記事が掲載された。その記事は、被告には古くから正規職員、非正規職員とは別に「謝金雇用」と呼ばれる形態で働くスタッフが数百人規模で存在しており、社会保険にも加入できない等事実上の無権利状態に置かれていることを指摘し、上記g学部の女性の問題も取り上げられた(証拠<省略>)。

(16) 平成20年3月28日、被告の総務部人事課長は、各部局等の事務(部)長宛てに「謝金による業務従事者の非正規職員への切替について(通知)」を発し、平成19年10月開催の部局長等連絡会議及び事務連絡会議において、事務局長より個々の業務遂行が「雇用」の関係に相当する場合は、雇用契約について適切な運用の徹底を周知し、各部局等において、実態を点検し、制度の趣旨に沿った改善を進めてもらっているところであるが、非正規職員の雇用手続に当たっては、次の点に留意して手続を進めるように依頼した。①職の名称にかかわらず、業務の形態が「雇用」に当たる場合は、必ず雇用契約が必要になること、②所定の条件を満たす者は健康保険及び厚生年金保険の加入が必要であること、③所定の条件を満たす者は雇用保険の加入が必要であること(証拠<省略>)。

3  争点

(1)  争点1 本件労働契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっているか(本件雇止めに解雇に関する法理が類推されるか(その1)。)。

当事者の主張は、争点2において一括して記載する。

(2)  争点2 原告が、本件労働契約の契約期間満了時(平成23年3月31日)に契約更新の合理的期待を有していたか(本件雇止めに解雇に関する法理が類推されるか(その2)。)。

(原告の主張)

ア ①原告が、本件労働契約に基づきd部門で行ってきた業務は、資料の整理、書面作成の補助事務が中心であり、臨時的、一時的業務ではなく、継続的、恒常的な業務である。②謝金業務は、労働者を適法に整備された非正規職員制度の枠外に置き、その賃金支出を会計処理上、制度上の非正規職員の雇用のために設定された予算以外の費目から支出するためのものであり、実質は脱法的な労働契約である(謝金雇用)。謝金雇用と制度上の非正規職員の雇用は、適法性について差異があるが、両者共に被告における非正規職員であるという大枠においては共通している。したがって、本件雇止めに解雇に関する法理が類推されるか否かを判断するに当たっては、謝金雇用も、制度上の非正規職員としての雇用と実質的に連続した一連のものと見るべきであり、原告は、平成14年10月から本件雇止めまで8年6か月の雇用期間があることになる。③被告は、原告との間で、契約書を作成せず、労働条件通知書作成時に面談はおろか説明や通知書の手交すらせず、その通知書にも不備がある等労働者の契約期間管理が極めて杜撰である。④原告の職場の上司は、原告の雇用継続を望んでおり、そのことを原告に伝えていたから、原告は雇用継続に期待を抱く状況であった。

イ 他方、原告が雇用継続に期待を抱くことを妨げる要素として、就業規則上の3年雇用の方針と最終の発令及び労働条件通知書に「契約期間の更新不可」と記載されている点(以下、この原告の主張部分において「不更新条項」という。)が挙げられる。

3年雇用の方針が就業規則に定められたのは、原告が平成14年10月に勤務を開始した後のことであり、平成19年4月に本件労働契約を締結する際、その方針の説明を受けたときには、原告は、既に4年6か月の雇用を継続しており、労働契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態に転化し、あるいは契約更新に対する合理的な期待が生じている状態になっているのであるから、その時点での雇止めが認められないのと同様に3年雇用の方針の適用も認められないはずである。4年6か月の勤務によって雇用継続の合理的期待を有していたのに、違法な謝金雇用から適法な有期労働契約に移行するために3年雇用の方針を知りながら本件労働契約を締結したことによって、合理的期待が否定されることは不合理で、原告には雇用継続の合理的期待を維持したまま、適法な労働形態に移行する道が確保されるべきである。

不更新条項については、原告はこれに同意していないし、その記載がされた平成22年4月1日の時点で、原告は既に勤務開始から7年6か月が経過しており、雇用継続への合理的期待が生じている状況であった。この段階での雇止めが無効である以上、不更新条項により、既に生じている合理的期待を失わせることは、解雇法理を潜脱するもので許されない。

ウ 以上によれば、本件労働契約は、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっているか、原告が、本件雇止め当時、雇用継続への合理的期待を有していると認められるから、被告が契約更新を拒絶するに当たっては、解雇と同様に客観的合理性と社会的相当性が必要であるところ、本件雇止めは、期間満了以外の理由が全く示されていないから、無効であることは明白である。

(被告の主張)

①原告の謝金業務の存否は不確実な研究費に依拠しており、明らかに不継続的あるいは一時的なものであり、身分は不安定な状態にあり、将来にわたり継続的に業務に従事できるような期待権が合理的に生じるような状況ではなかった。②また、原告の謝金業務は、被告との雇用関係に基づくものではなく、主任研究者との業務委託契約にすぎないから、謝金業務から本件労働契約へと連続する雇用関係にあったと評価することはできない。原告は、自ら謝金業務を辞した上で、cセンターの雇用に応募したものであり、両者が同一の契約に基づくものでないことは明らかである。③原告は、本件労働契約により3年目以後の雇用延長の可能性が不確実であり、あるいは極めて厳しいことを明確に認識していた。④被告は、本件労働契約の更新の都度、原告に対し、発令及び労働条件通知書を交付しており、原告はその内容に異議を述べていなかった。

以上の事情等によれば、本件雇止めに解雇に関する法理が類推されるとの原告の主張は理由がなく、本件労働契約は、平成23年3月31日の期間満了により終了している。

(3)  争点3 本件雇止めが不法行為を構成するか。構成する場合の損害額

(原告の主張)

被告は、謝金雇用時代から勤務が継続しており、通算での雇用期間は到底3年どころではない労働者が相当数存在することを承知しながら、これらの労働者が正社員化することを嫌って、いわば確信犯的に平成23年3月31日に一斉に雇止めを行ったものであり、その違法性及び悪質性は重大である。原告は、原告自身も、また職場の同僚や上司も雇用継続を望みながら、被告による確信犯的な一斉雇止めという悪質な違法行為により労働契約関係から排除された。このことにより原告が被った精神的被害は金銭にして100万円を下回らない。よって、原告は不法行為に基づき、慰謝料100万円を請求する。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  雇用期間の定めのある労働契約であっても、①労働契約が反復更新されて期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となった場合、②上記①の状態に至らない場合でも、労働者において、労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合には、雇止めについて解雇に関する法理が類推される。

2  まず、事実認定に先立ち、当裁判所が争点についての判断上、重要と考える点を指摘する。本件においては、平成19年4月の本件労働契約締結の際、原告が3年雇用の方針を認識していたこと、更に、原告が、平成16年4月に短時間勤務職員として雇用された際にも3年雇用の方針を認識していたことは争いがない。当裁判所は、本件で最も問題になる点は、原告において3年雇用の方針を認識した時点において、既に、雇用継続についての合理的期待を有していたと認められるか否かであると考える。

①雇用継続の合理的期待を有するに至った後に原告が3年雇用の方針を認識する(あるいは認識し得る)に至ったという場合であれば、使用者が事後的に設けた(労働者に認識させた)雇用期間の制限により労働者の雇用継続の合理的期待が消滅したと判断することが許されるのかという点が重要な論点になる(証拠<省略>の文献でも、雇用継続についての合理的期待が生じた後に、使用者が口頭で次回は契約更新しない旨を告知したり、契約書にその旨の条項や更新回数の上限の定めを新たに設けた場合の問題点が論じられている。)が、②雇用継続の合理的期待を有するに至る前に、原告が3年雇用の方針を認識していたという場合であれば、その方針を前提に、原告が雇止めの時点で雇用継続の合理的期待を有していなかったとしても、①のような問題は生じない(なお、証拠<省略>の文献でも、当初から更新回数の上限が決められていた場合の上限での更新拒否は問題視されていない。)から、この区別は、本件の結論に大きな影響を及ぼす重要な点である。

原告が、4年6か月の勤務によって雇用継続の合理的期待を有していたのに、違法な謝金雇用から適法な有期労働契約に移行するために3年雇用の方針を知りながら本件労働契約を締結したことによって、合理的期待が否定されることは不合理で、原告には雇用継続の合理的期待を維持したまま、適法な労働形態に移行する道が確保されるべきであると主張する(原告最終準備書面の「2 「3年ルール」の存在について」)のも、本件が上記①の場合に該当することを主張する趣旨であると解される。

もっとも、原告は、4年6か月勤務したことを前提に平成19年4月時点で原告が雇用継続の合理的期待を有していたと主張しているが、本項第2段落で述べた事情から、原告が3年雇用の方針を認識した時点(遅くとも平成16年4月)で合理的期待を有していたか否かが重要な問題になるというべきである。

以下では、上記の点が重要な問題になるという点を念頭に置きつつ、本件の争点全般についての判断に必要な事実を認定していくこととする。

3  認定事実

前提となる事実、証拠(証拠<省略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。なお、認定事実の末尾に関係の強い証拠を記載した。

(1)  原告がa研究科で従事した謝金業務は、厚生労働科学研究費補助金(以下「厚生科研補助金」という。)の対象となる研究に関するものであり、原告に支給された謝金は厚生科研補助金を財源とするものであった。

厚生科研補助金とは、厚生労働省が、厚生労働科学研究の振興を一層推進する観点から、応募された研究課題を評価し、採択された研究課題に対し、補助金を交付するという制度である。例えば、平成16年10月28日付けで発表された平成17年度の厚生科研補助金公募要項によれば、化学物質リスク研究事業については、研究期間を1年から3年とし、1年毎に一定の補助金を支給することとされている(証拠<省略>)。

a研究科のD教授(以下「D教授」という。)を主任研究官とし、平成14年度から平成16年度までを研究期間とする「□□」の研究(化学物質リスク研究事業)が厚生科研補助金の対象となっており、原告は、これに関する謝金業務に従事し、この厚生科研補助金から謝金を支給されてきた(証拠<省略>)。

原告が謝金業務を始めた平成14年の段階では、この研究期間は、平成16年度(平成17年3月)までで終了する予定であったが、D教授は、平成16年11月30日、同一の研究につき、平成17年4月1日から3年計画で厚生科研補助金の申請を行い、これが認められたため、平成20年3月31日まで厚生科研補助金の支給が継続することになった(証拠<省略>)。

(2)  厚生科研補助金の直接研究費のうち、謝金は、特定の用務に対する謝礼金が対象であり、支給対象者は、継続的雇用関係のない者である。①医師、検査技師、研究員等特殊技術者に対し、実験助手、研究資料及び調査資料の解析等を依頼する場合、②主任研究者が会議を招集し、講師、討論等のために学会権威者等を招へいする場合、③治験のための被験者に対する謝金等が対象である。

また、直接研究費のうち、調査研究費には賃金の費目があり、これは主任研究者(分担研究者を含む。)の研究計画の遂行に必要な資料整理等(経理事務等を行う者を含む)を行う者を日々雇用する経費(人夫、集計・転記・資料整理作業員等の日々雇用する単純労務に服する者に対する賃金)に充てるものである。賃金職員は、研究者が雇用することができるほか、研究者の所属機関が雇用することもできる(証拠<省略>)。

(3)  厚生科研補助金の管理及び経理は、その透明化及び適正化を図るとともに、主任研究者及び経費の配分を受ける分担研究者の直接研究費等の管理及び経理事務に係る負担の軽減を図る観点から主任研究者等の所属機関の長に委任することが求められている(証拠<省略>)。

(4)  原告への謝金は、厚生科研補助金を財源とするものであったため、それが入金になるまでは、被告から謝金の振込みがされなかったり、3月末には研究費の締めがあるので勤務しないように求められることもあった(証拠<省略>、原告本人調書)。

(5)  原告は、a研究科の謝金業務として、上記D教授の研究に関する業務全般を行い、共同研究者との事務的なやりとり、調査道具の在庫管理・協力機関への送付、追跡調査者への調査票の送付、調査票の管理作業、血液検体処理、血液検体の管理作業、会計に関わる書類全般の作成等を行った(証拠<省略>)。

(6)  原告は、謝金業務を開始する際(平成14年であるから、被告が国立大学の時代である。)、人事発令書を交付されておらず、謝金業務に従事する間は、人事評定、考査もされていない。また、社会保険や雇用保険も加入しておらず、有給休暇もなく、給与明細書ではなく、報酬支払の明細書を受領していた(前提となる事実(5)、証拠<省略>、原告本人調書。なお、原告は給与所得の源泉徴収票を被告から受領していたと主張するが、それを認めるに足りる証拠はない。)。原告が同じa研究科に勤務していても、謝金業務に従事している間は、職員録には登載されず(証拠<省略>)、短時間勤務職員になった1年だけは登載された(証拠<省略>)。

(7)  原告がa研究科b分野に勤務していた平成14年から平成19年3月までの間、同研究室で謝金業務に従事していた者は相当入れ替わりが激しい状況であった(証拠<省略>、原告本人調書)。

(8)  被告は、平成11年度には3年雇用の方針を採用していたが、原告は、平成14年に謝金業務に従事するようになり、平成16年4月に短時間勤務職員として雇用されるまでの間に3年雇用の方針を知った。原告は、自分が従事している謝金業務と異なり、被告にきちんと雇用されている者には3年雇用の方針があるのだと思った(前提となる事実(3)、(6)、原告本人調書)。

(9)  原告は、平成16年4月1日から平成17年3月30日までの間、被告に短時間勤務職員として雇用され、それまでの謝金業務と同じa研究科に勤務し、同様の業務を担当したが、これは、謝金業務が社会保険、雇用保険にも加入していない不利なものであったことから、D教授の計らいで、原告の給与については厚生科研補助金を財源として、被告との間で労働契約を締結することができたためであった。しかし、その後、厚生労働省の担当者から、短時間勤務職員の労働契約の給与として厚生科研補助金を支出することはできない旨の指摘があったため、その労働契約は更新されず、原告は平成17年4月から再び、謝金業務としてそれまでと同様の業務に従事することになった。原告も、短時間勤務職員としての給与の財源が厚生科研補助金である以上、その指摘に従うことはやむを得ないと考えた(前提となる事実(6)、(7)、証拠<省略>)。

(10)  被告としては、平成16年に原告が謝金業務を開始する際、国家公務員としての採用辞令の交付もしておらず、その他上記(6)に記載の点等公務員としての勤務関係又は労働契約に基づく雇用関係にある職員とは異なる扱いをしており、原告を公務員として採用し、また、労働契約に基づき雇用したという認識はない。

(11)  謝金業務が被告との労働契約であるという原告の本件訴訟における法的主張は別として、原告本人の認識としては、謝金業務への従事は、国家公務員としての勤務関係や被告との労働契約に基づくものではないと認識していた(第1回口頭弁論期日における原告の意見陳述、証拠<省略>の「私たち謝金雇用者は、本来なら北大の非正規職員でなければならないと、ずっと思っていました。」等)。

そして、原告は、自らに支払われる謝金が一定の研究期間を定めた厚生科研補助金を財源とするものであるため、その補助金が得られなくなれば(あるいはこれに代わるような補助金を教授が獲得できなければ)、謝金業務が終了する可能性を認識していた(原告本人調書)。前記(1)のとおり、平成16年4月の時点では、D教授の研究につき厚生科研補助金が支払われるのは、平成17年3月31日までの予定であったが、平成16年11月以降に平成20年3月末までに延長された。

(12)  原告は、平成19年4月1日、被告と本件労働契約を締結し、cセンターに勤務するようになったが、そのきっかけは、被告の元職員である知人から、被告との雇用関係がきちんとしているポストだからa研究科の謝金業務から移ったらどうかと勧められたためであり、原告としても、謝金業務より被告との雇用関係がきちんとしている方に勤めたいと考えたことが応募の動機の1つになった。原告は本件労働契約を締結する際、3年雇用の方針は認識していた(前提となる事実(8)、証拠<省略>、原告本人調書)。

(13)  原告は、平成19年3月11日頃、第三者との対談において、同年4月からのcセンターでの勤務について、「今度のところは、非常勤職員で最長3年勤務です。その後はどうなるか分かりませんが、3年間はがんばってみようと思います。」と述べたが、その時点での原告の認識、気持ちを述べたものである(証拠<省略>、原告本人調書)。

(14)  原告は、本件労働契約に基づきcセンターで、教員や研究員の研究費管理、苫小牧ガスフラックス観測水の電導度・pH測定、国際交流科目の授業の準備(資料印刷や機材セッティング、教員への連絡等)、担当教員から依頼された仕事等を担当した(証拠<省略>、原告本人調書)。

(15)  平成21年4月1日の本件労働契約の2回目の更新の際、契約期間は平成22年3月31日までとされ、それまでと異なり契約期間の更新は不可とされたが、原告は、3年雇用の方針があるので、次は契約更新がされないのだと理解した(前提となる事実(10)、原告本人調書)。

(16)  しかしながら、平成22年4月1日、本件労働契約は3回目の更新が行われたが、これは原告の能力を高く評価していたC部門長らによる被告の人事課に対する契約更新の働きかけが認められたためである。C部門長は、このような働きかけを行う際、原告に対し、契約更新できるか結果はわからないと伝えており、また、3回目の契約更新が認められた後には、原告に対し、これ以上の契約更新は非常に難しいということを伝えた(前提となる事実(11)、証拠<省略>、原告本人調書)。

4  争点1 本件労働契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっているか(本件雇止めに解雇に関する法理が類推されるか(その1)。)。

本件労働契約は3回更新されているが、1年の契約期間が経過して契約更新がされる都度、発令及び労働条件通知書が原告に交付されていたこと、2回目の契約更新の際には、契約期間を平成22年3月31日までとし、契約期間の更新を不可とする発令及び労働条件通知書が原告に交付され、原告も3年雇用の方針を認識していたため、それ以上の契約更新はされないものと理解していたところ、C部門長らの働きかけにより特別に3回目の契約更新が認められ、その際にも、それ以上の契約更新は非常に難しいことが原告にも伝えられていたこと(前提となる事実(9)、(10)、(12)、第3の3の認定事実(以下「認定事実」という。)(15)、(16))等からすれば、本件労働契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になっていたとは到底評価できない。

5  争点2 原告が、本件労働契約の契約期間満了時(平成23年3月31日)に契約更新の合理的期待を有していたか(本件雇止めに解雇に関する法理が類推されるか(その2)。)。

(1)  認定事実(12)、(13)、(15)、(16)によれば、原告の生の認識としては、本件雇止め当時(平成23年3月31日)、契約更新が非常に難しいと認識していたというべきであり、原告が契約更新の合理的期待を有していなかったことは明らかである。原告は、契約更新が不可とされていながら、3回目の更新が行われたことから、更に更新される可能性があると期待したと供述するが(原告本人調書)、上記認定事実(12)、(13)、(15)、(16)によれば、それは単なる可能性の認識ないし原告の主観的な期待、願望にとどまり、本件雇止めに解雇に関する法理を類推するのを相当とするような合理的な期待といえないことは明らかである。

もっとも、4回目の契約更新が非常に難しいとの原告の生の認識は、3年雇用の方針を前提に形成されたものであるため、仮に、原告に勤務継続の合理的期待が生じた後に原告が3年雇用の方針を認識するに至った場合であり、その結果、いわば事後的に設けられた3年雇用の方針によって原告に既に生じた勤務継続の合理的期待を否定するのが不当だと判断されるような場合であれば、原告の生の認識にもかかわらず、雇用継続の合理的期待が維持されていると評価し、解雇に関する法理を類推する余地もある。そこで、本件では、このような場合に当たるのか否かが問題となる(第3の2の問題意識)。

(2)ア  原告は、平成16年4月より前に謝金業務に従事している間に、3年雇用の方針を認識した(認定事実(8))。そこで、それまでの間に、原告が勤務継続の合理的期待を有していたか否かを検討する。

イ  原告が謝金業務に従事した期間については、争いがある(前提となる事実(5))が、仮に原告の主張を採用し、平成14年10月頃から平成16年3月までの間継続して謝金業務に従事していたとしても、その期間は1年半である。被告が平成11年度から3年雇用の方針を採用していたことからすれば、原告が平成16年4月より相当前にそれを知っていた可能性もあるが、その具体的時期は不明であるから、原告に有利に見て、平成16年4月の直前に知ったものとしても、それまでの謝金業務の従事期間は、1年半である。

原告の謝金は、厚生科研補助金を財源とするものであり、原告は、3月末には勤務しないよう求められる等それに伴う制約を受けながら、謝金業務に従事しており、原告としても、D教授の研究に厚生科研補助金の支給がなくなれば、謝金業務が終了する可能性は認識していた(認定事実(4)、(11))。

平成16年4月の段階では、厚生科研補助金が支給される研究期間は平成17年3月31日までであったから、原告がその後も謝金業務に従事し続けられるか否かは不確定な状態であった。なお、結果的には、その後、平成16年11月30日にD教授が同じ研究について厚生科研補助金の申請をし、さらに3年間(平成20年3月31日まで)の支給が決定している(認定事実(1))。

ウ  また、謝金業務に従事していた原告は、社会保険に加入していない等様々な点で被告の非正規職員とは異なる扱いを受けており、その地位は不安定で、原告としても、謝金業務への従事は国家公務員としての勤務関係や被告との労働契約に基づくものではないと認識しており、平成19年4月に契約職員に応募したのも謝金業務よりも雇用関係がきちんとしていることが動機の1つになっていた(認定事実(6)、(10)ないし(12))。原告と同じ研究室で謝金業務に従事していた者は相当入れ替わりが激しかった(認定事実(7))。

エ  以上のように原告は、自らが従事していた謝金業務は、非正規社員と比較しても不安定であり、財源を厚生科研補助金に依存しており、その支給がなくなれば、終了する可能性があることを認識していたのであるから、そのような謝金業務に最長で1年半従事したからといって、原告が3年雇用の方針を認識した時点において、その方針を超えて勤務が継続されるという合理的期待を有するに至っていたとはいえない。平成16年4月当時、D教授の研究に対する厚生科研補助金の支給は、平成17年3月31日までの予定であったから、その時点で、原告がある程度の勤務継続の期待を抱いたとしても、それが合理的なものと評価し得るのは、平成17年3月31日までが限度である。なお、原告が、当初予定された厚生科研補助金の支給が平成17年3月31日で終了しても、D教授がさらに研究費を獲得してくれて謝金業務が継続すると期待したとしても(平成20年3月31日より後の研究費の話として、原告本人調書参照)、それは主観的な期待ないし願望にすぎず、勤務継続の合理的期待とはいえない。

原告は、3年雇用の方針を超えるような勤務継続の合理的期待を抱かないうちに3年雇用の方針を認識した上で、平成16年4月から、3年雇用の方針が適用され、しかも、財源を厚生科研補助金に依存する短時間勤務職員として1年間勤務し、その後、それよりも雇用関係が不安定であると原告が認識している謝金業務を2年間継続したが、その経過からして、平成19年4月1日時点(原告はこの時点で既に雇用継続の合理的期待を有していたと主張している。)に至るまでの間に新たに勤務継続の合理的期待を抱くとは考えられない。平成19年4月のしばらく前の状況について見れば、原告は、教室内でいろいろあったこと等から謝金業務を辞めることも考えていた(証拠<省略>、原告本人調書)が、仮にそのまま謝金業務に留まったとしても、D教授の研究に厚生科研補助金が支給される期間である平成20年3月31日までが勤務継続を合理的に期待できる限度であった(上記のとおり、その後については合理的期待とはいえない。)。他方、本件労働契約を締結すれば、雇用関係が安定する上、3年雇用の方針によっても、平成20年3月31日を超えて、平成22年3月31日まで雇用される可能性があった。原告は、そのような状況のもとで本件労働契約を締結することを選択し、3回契約が更新されたが、上記(1)のとおり、本件雇止めの時点においては、雇用継続の合理的期待を有していなかった。

以上の経過によれば、3年雇用の方針は、原告に一旦生じた雇用継続の合理的期待を事後的に覆すようなものではないから、上記(1)の原告の生の認識のとおりに雇用継続の合理的期待は否定されることになる。

オ  なお、原告が従事していた謝金業務は、ある程度継続的な事務作業であり、厚生科研補助金が想定する謝金対象の具体例からも外れるものであり、むしろ厚生科研補助金に関する厚生労働省の説明によれば、賃金の費目で研究者(D教授)又は研究機関(被告)が雇用すること(ただし、日々雇用とされており(現に厚生科研補助金を財源に短時間勤務職員として原告を雇用した際には、厚生労働省からそのような支出はできない旨指摘されている。)、厚生科研補助金の支給が終了すれば雇用関係も終了することになろう。)も考えられた(認定事実(2)、(5)、(9))。加えて、被告においては謝金業務従事者であるが、実質は雇用と扱うのが相当な者が存在していたことがうかがえること(前提となる事実(16))、被告は、平成21年になってから、原告が謝金業務に従事していた平成18年2月から平成19年3月までの間につき、遡って、被告を雇用主として厚生年金保険、健康保険に原告を加入させる措置を採っていること(証拠<省略>)が認められる。

こうした点を踏まえ、仮に原告が謝金業務に従事した期間を実質的には雇用的関係であると評価した場合には、平成14年10月頃から平成23年3月31日の本件雇止めまでの間に8年半の雇用的期間があったことになる。しかし、形式的に雇用的期間が相当連続したと評価したとしても、その実質は変わらないのであり、謝金業務に従事していた期間は、上記のように不安定で、雇用継続の合理的期待を持ち得ない雇用的関係であることに変わりはない。しかも、原告は、そのような雇用的関係が最長でも1年半続いた段階で3年雇用の方針を認識するに至っている。そうすると、謝金業務に従事した期間を実質的に雇用的関係であると評価したとしても、本件雇止め当時、原告が雇用継続の合理的期待を有していなかったという上記判断が変わるものではない(なお、大学の非常勤講師として、1年の雇用契約が20回更新され、21年間にわたって勤務を継続してきた者につき、解雇に関する法理を類推しなかった原審の判断が維持された事例として、最高裁平成2年12月21日第2小法廷判決(亜細亜大学事件)がある。連続した雇用的期間が相当継続したと評価したからといって、当然に解雇に関する法理が類推されるわけではなく、その雇用的期間の性質、実質が問題になると解される。)。

原告は、被告が謝金雇用と契約職員の同質性及び両者の連続性を否定することは、労働契約関係における信義則に反し、また、権利の濫用に当たるものとして許されないと主張するが、上記のとおり、仮に雇用的関係が連続したと評価したとしても結論は変わらない。

カ  原告は、平成16年4月1日に契約職員就業規則に3年雇用の方針が定められ(前提となる事実(4))、これを平成19年4月1日に契約職員になった原告に適用することは、就業規則による労働条件の不利益変更であり、雇用継続の合理的期待が生じた状態に達した原告に対し、残りの雇用期間を最長3年とするもので、原告の不利益の程度が余りにも大きく、許されないと主張する。

しかし、形式的には、原告が平成19年4月1日に契約職員になり、契約職員就業規則の適用を受けるようになった当初から3年雇用の方針は存在するのであるから、就業規則による労働条件の不利益変更には当たらないし、実質的に見ても、上記のとおり、原告は、勤務継続の合理的期待を有する前に3年雇用の方針を認識しているのであるから、原告の主張は前提を欠くものであり、理由がない。

キ  本件労働契約が平成21年4月1日に2回目の更新をした際及び平成22年4月1日に3回目の更新をした際に原告に交付された発令及び労働条件通知書には、契約期間を更新しない旨の記載がある(前提となる事実(10)、(12)、以下「本件不更新条項」という。)。

これは、原告が既に認識していた3年雇用の方針が具体的に予告されたものにすぎないということができ、上記のとおり、3年雇用の方針を前提として原告の雇用継続の合理的期待を否定することに問題はない以上、本件不更新条項も同様に問題にはならない。

原告は、本件不更新条項は、原告が雇用継続の合理的期待を持つに至った後に設けられたものであることを前提に、これを理由に雇用継続の合理的期待を否定するのは解雇法理を潜脱するもので許されないと主張するものと解されるが、その前提事実が認められないから、原告の主張は理由がない。

ク  原告は、本件労働契約に基づき原告が従事していた事務は継続的なものであり、所属部署も原告も互いに残留を希望しているのに4年間で原告を雇止めし、新たに代わりの人を雇用するのは不合理であり、それが提訴に至った理由であるというが(第1回口頭弁論期日の意見陳述、証拠<省略>)、これは雇用の在り方に対する原告の意見ないし願望ということを超えて、原告が、本件雇止めの当時、現実に雇用継続の合理的期待を有していたか否かの判断に影響を与えるような事情ではない(なお、被告において、3年雇用の方針の雇用期間を延長する動きがあるようである(証拠<省略>)。)。

(3)  以上によれば、原告は、本件雇止め当時、契約更新の合理的期待を有していなかったと認められる。

したがって、争点1についての判断と併せ、本件雇止めにつき解雇に関する法理は類推されないから、本件雇止めが許されないとする根拠はなく、本件労働契約は、平成23年3月31日の期間満了により終了している。

6  争点3 本件雇止めが不法行為を構成するか。構成する場合の損害額

争点1、2で判断したとおり、本件雇止めが許されないとする根拠はなく、本件雇止めは不法行為を構成するものではない。

7  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤澤孝彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例