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札幌地方裁判所 平成23年(ワ)2703号 判決 2012年3月29日

原告

破産者A破産管財人 X

被告

Y生活協同組合

同代表者

同訴訟代理人弁護士

新井藤作

桒原康雄

古屋丈順

主文

一  被告は、原告に対し、二四万八〇〇〇円及びこれに対する平成二三年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、破産者A(以下「破産者」という。)が破産手続開始前に被告との間で共済契約を締結していたところ、破産手続開始後に共済事故が発生したことから、破産者の破産管財人である原告が、当該共済事故に基づき発生した共済金請求権は破産財団に属する財産であると主張し、当該共済契約に基づき、被告に対し、共済金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

一  前提事実(文末の括弧内は認定に用いた証拠等。証拠等を掲記していないものは、当事者間に争いがない。)

(1)  破産者は、平成二一年一一月一日、被告との間で、下記のとおり、疾病入院特約付きの生命共済契約を締結した(以下「本件共済契約」という。)。

生命共済 総合保障四型

被共済者 破産者

保障の事由 入院(病気 五日目から一二四日目まで)

共済金額 一日当たり八〇〇〇円

月額掛金 四〇〇〇円

共済金受取人 破産者

(2)  破産者は、平成二二年一二月一七日、札幌地方裁判所で破産手続開始決定を受け、原告が破産管財人に選任された。

(3)  破産者は、平成二三年一月一九日から同年二月二二日までの三五日間、○○の治療のため、a病院に入院した(以下「本件入院」という。)。

(4)  本件共済契約においては、被共済者が、疾病入院特約の効力が生じた日以後に発病した同一の疾病を直接の原因として、その疾病の治療のため、病院、診療所等に継続して五日以上入院した場合、被告は被共済者に対し、疾病入院共済金を支払う旨規定されているところ、本件入院は、疾病入院共済金支払事由である「入院」に該当する。

本件入院に伴い被告が支払うべき疾病入院共済金(以下「本件入院共済金」という。)の額は、以下の算式のとおり、二四万八〇〇〇円である。

(算式) 八〇〇〇円(日額共済金)×三一日(入院日数三五日間から免責される四日間を控除した日数)=二四万八〇〇〇円

(5)  原告は、平成二三年四月二一日、被告から委託を受けた共済取扱団体であるb社に対し、文書により本件入院共済金を請求し、同請求は、同月二二日に到達した。

(6)  本件共済契約においては、共済金は、必要書類が到達した日の翌日からその日を含めた五日以内に支払うものとされており、この五日には土曜日及び日曜日を含まないものとされているところ、これによれば、本件入院共済金の支払日は同月二八日となる(甲四、弁論の全趣旨)。

二  争点

本件の争点は、被告に対する本件入院共済金請求権が、破産法三四条二項の「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」として、破産財団に属するか否かである。

(原告の主張)

本件入院共済金請求権は、破産手続開始前に締結された本件共済契約に基づき、破産手続開始後に具体的に発生したものであるから、破産法三四条二項の「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」として、破産財団に属する。

(1) 保険契約の本質(抽象的保険金請求権)からの帰結

保険契約は、保険法二条一項において、「保険契約、共済契約その他いかなる名称であるかを問わず、当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件として財産上の給付を行うことを約し、相手方がこれに対して当該一定の事由の発生の可能性に応じたものとして保険料を支払うことを約する契約」と定義づけられており、本件共済契約もこの「保険契約」に該当する。

したがって、保険契約者は、保険契約の成立と同時に、現状において「一定の事由」(保険事故)が発生していないものであっても、これが生じたときには「財産上の給付」(保険給付)がなされるという期待を有していることが法律の定義から明らかである。かかる期待権は、講学上、抽象的(未必的)保険金請求権と称される、法的にも保護された権利であって、財産性を有していることが広く承認されている。逆にこうした期待すら存しないとなると、万一のリスクに備えて保険料の支払いをしている保険契約者の合理的意思に適合しないといわざるを得ない。

したがって、かかる期待は、保険契約者につき破産手続が開始された場合にも同様に保護に値するものであるし、ひいては、保険契約者である破産者に対する債権者も、破産者に保険金支払事由が発生した場合に保険金が支払われ、配当の原資になるという期待を有することは当然である。

そうすると、保険契約の存在は、破産法三四条二項にいう「破産者が破産手続開始前に生じた原因」に該当し、抽象的保険金請求権が破産財団に属することは当然であり、破産手続開始後に保険金支払事由が現実化し、保険金請求権が具体化した場合は、当該保険金が破産財団に属することは明らかである。

(2) 破産制度の本質(包括的差押)からの帰結

差押禁止財産が破産財団から除外されており(破産法三四条三項)、破産者が、破産財団所属財産の管理処分権限を喪失することから(破産法七八条一項、同法二条一五号)、破産手続開始の効果は、破産者の財産に包括的に差押えがなされたことになぞらえた説明がなされている。

具体的保険金請求権のみならず、抽象的保険金請求権が、差押命令の発令対象となることは、実務上も学説上も異論がない。

学説上は、保険金請求権に対する差押えを禁止すべきであるという提言がなされているものの、保険法の制定の際にもそうした立法はなされなかった。差押禁止財産該当性判断に当たっては、容易にこれを創設してはならないとの見地から、極めて厳格な検討がなされている。そして、これは、破産財団の該当性判断についても同様であり、安直な自由財産の創設は厳に慎むべきである。

以上によれば、差押禁止財産とする法の規定がないばかりか、現に差押えが可能である抽象的保険金請求権について、これを差押禁止財産であるとして破産財団に含まれないと解することはおよそ無理というべきである。

したがって、抽象的保険金請求権が破産財団に属することは当然であり、破産手続開始後に保険金支払事由が現実化し、保険金請求権が具体化した場合は、当該保険金が破産財団に属することは明らかである。

(3) 具体的な結論の妥当性からの帰結

破産手続開始後に現実化した保険金請求権が破産財団に帰属しないとして、自由財産になると解した場合、破産者から積極的に財団に組み入れしてもらわない限り、破産管財人が関与する機会が全くなくなってしまい、柔軟かつ適切な結論を招くことができない事態が発生する。

破産手続開始前に具体的な保険金支払事由が発生していれば、既に払われた保険金をいわゆるタンス預金として保管していても、これは原則として破産財団に属することになるし、いまだ保険金請求をしていない場合の保険金請求権も破産財団に属することに争いはない。そうなると、たまたま保険金支払事由が破産手続開始後に発生したからといって、保険金を当然に自由財産とすることは、既払保険金や既発生の保険金請求権の事例と比較して著しく均衡を欠いている。

以上によれば、保険金請求権を破産財団所属財産と考えることが相当である。このことにより、破産者に酷な結果となる場合には、自由財産拡張の制度を用いたり(破産法三四条四項)、破産管財人が保険金請求権を財団から放棄したりすること(破産法七八条二項一二号)により、十分に対処することが可能である。また、受取人から保険法上の介入権(保険法六〇条、八九条)を行使することも可能であるし、責任保険契約の先取特権(保険法二二条)の主張により、利害関係者にとっても妥当な結論を図ることが可能である。

こうしたことから、破産手続開始後に具体化した保険金請求権を、自由財産として破産者に委ねると、破産手続の公正・公平を害しかねない事態を招きかねない反面、これを管財人の処分に委ねても、破産者や保険金受取人に酷な結果となることを十分に回避できるのであって、何ら不都合はない。

(被告の主張)

(1) 生命保険の解約返戻金については、それが貯蓄性を持つ契約である場合、破産手続開始時までに支払われた保険料が解約返戻金支払の基礎となっていることから、解約返戻金は破産財団に組み入れられるものと考えられる。これに対し、本件共済契約は、いわゆる掛け捨てタイプの契約であって、貯蓄としての性格は持っていない。

(2) 退職金についても、賃金の後払いの性格を有することから、破産手続開始時までに雇用されたことによる部分については、破産財団に組み入れられるのは当然であると考えられる。これに対し、破産手続開始後の稼動による賃金については、破産財団を構成することはない。

他方、共済契約の掛金は月払いが原則であり、掛金の払込みがなされなければ共済契約は失効するに至る。すなわち、加入時に共済事故が生じたことによって共済金が支払われるのは、共済契約締結と同時に掛金の支払いを継続することが前提となっているのであって、掛金の支払いの継続は、雇用契約における稼動に類比できるものである。

(3) 共済契約は生活の共済を図ることが目的であり、破産手続開始後においても、入通院等の共済事故によって、破産者の生活の再出発が著しく困難になることを避ける必要があると考えられる。

したがって、破産者が破産手続開始後に共済契約に加入することは当然に許されると考えられるべきであるとともに、自由財産から掛金が支払われることを前提として破産手続開始以前に加入した共済契約の継続も容認される必要がある。

(4) 共済契約者が共済金請求権を取得するためには、対価である掛金を継続的に支払うことが不可欠の要件となっている。すなわち、共済金請求権は、共済契約が締結されたことのみに基づいて生ずるわけではなく、掛金の支払が要件となっているから、破産手続開始前に支払われた掛金に対応する保障期間内に生じた共済事故による共済金請求権のみが、破産財団に属するものと考えられる。

(5) 破産者が、破産手続開始後、生活の安定を図るために、自由財産の中から掛金を支払うことを前提として、共済契約に加入することは当然に容認されるものであり、この新たな共済契約に基づき、破産手続中に生じた共済事故に対して支払われる共済金が自由財産になることは明らかであると考えられるが、共済契約が破産手続開始前に締結されたか否かによって、このような差が生ずることの方が、むしろ均衡を失することになるというべきである。

(6) 以上によれば、破産手続開始後の入通院という共済事故によって生じた本件入院共済金請求権が、破産法三四条二項の将来の請求権に属することは明らかである旨の原告の主張には疑問がある。

第三争点に対する判断

一  そこで検討すると、保険金請求権は、保険契約締結とともに、保険事故の発生を停止条件とする債権として発生しており、保険事故発生前における保険金請求権(以下、「抽象的保険金請求権」という。)も、差押えや処分が可能であると解される。このように、抽象的保険金請求権が、差押えや処分が可能な財産であるとされている以上、破産者の財産に対する包括的差押えの性質を有する破産手続開始決定についても別異に解する理由はなく、保険契約が締結された時点で、破産手続開始決定により破産財団に属させることが可能な財産として発生しているものとみるのが合理的である。したがって、破産手続開始前に締結された保険契約に基づく抽象的保険金請求権は、破産法三四条二項の「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」として、破産手続開始決定により、破産財団に属する財産になるものと解するのが相当である。

そして、本件共済契約も保険契約の一種であると解されるから、上述したところが本件共済契約にも当てはまるものと解すべきである。

二  もっとも、最高裁判所昭和五七年九月二八日第三小法廷判決・民集三六巻八号一六五二頁は、自動車保険契約における保険金請求権につき、「保険事故の発生と同時に被保険者と損害賠償請求権者との間の損害賠償額の確定を停止条件とする債権として発生し、被保険者が負担する損害賠償額が確定したときに右条件が成就して右保険金請求権の内容が確定し、同時にこれを行使することができることになる」と判示する。しかしながら、この事例は、保険事故発生により具体化した保険金請求権の発生時期が、保険事故発生時か、損害賠償額の確定時期かが問題となった事例であって、抽象的保険金請求権の発生時期について判示したものではないと解されるから、上記一の結論を左右することはない。

三  被告は、本件共済契約は、いわゆる掛け捨てタイプの契約であって、貯蓄としての性格は持っていない旨主張するが、貯蓄性の有無と、当該権利が破産財団に属するか否か、すなわち、破産手続開始前に発生したか否かとは、何ら関係がないものと解される。

また、被告は、共済金請求権は、共済契約が締結されたことのみに基づいて生ずるわけではなく、掛金の支払が要件となっているから、破産手続開始前に支払われた掛金に対応する保障期間内に生じた共済事故による共済金請求権のみが、破産財団に属するものと考えられると主張する。しかしながら、本件共済契約に適用される生命共済事業規約(甲四)をみても、月々の掛金の支払いに対応する「保障期間」なるものは観念されていない。同規約上は、掛金の不払いが共済契約の終了事由となっているに過ぎないのであって、月々の掛金の支払いが、これに対応する「保障期間」中に生じた共済事故に係る共済金請求権の発生要件となっているものとは解されないから、被告の主張は採用できない。

さらに、被告は、破産手続開始後の稼動に係る賃金については、破産財団を構成することはないところ、掛金の支払の継続は、雇用契約における稼動に類比できるものであると主張する。しかし、上述したとおり、本件共済契約においては、月々の掛金の支払いが、これに対応する「保障期間」中に生じた共済事故に係る共済金請求権の発生要件となっているものとは解されない一方、雇用契約においては、労務の提供が、当該月の賃金支払請求権の不可欠な発生要件になっているものと解されるのであって、両者は性質を異にするといわざるを得ず、これを同一視することはできないというべきである。

四  被告は、破産者の生活の再出発が著しく困難になることを避けるべきであるとも主張する。しかし、破産財団に属する財産か否かは、破産手続開始前に生じたものであるか否かによって決まるのであり、その判断に当たって、破産者の生活再建の必要性を考慮する余地はほとんどないものというべきである。むしろ、破産者の生活再建の必要性は、破産法上、自由財産拡張の決定に当たって考慮すべき要素とされている(破産法三四条四項参照)ことからしても、破産者が共済金を受け取れなくなることにより破産者に酷な事態が生ずる場合には、自由財産拡張等の手段によって対処すべきであると考えられる。

五  また、被告は、共済契約が破産手続開始前に締結されたか否かによって、結論に差が生じるのは均衡を失するとも主張するが、このような不均衡が生じることは、破産財団の範囲につき破産手続開始時を基準とする固定主義を採用している以上、避けられないことであるといわざるを得ない。

六  以上によれば、本件入院共済金請求権は、破産手続開始前に締結された本件共済契約に基づき発生したものであるから、「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」として、破産財団に属する財産であると解するのが相当である。

第四結論

よって、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 南宏幸)

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