札幌地方裁判所 平成23年(行ウ)48号 判決 2017年4月25日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 北海道社会保険事務局長が平成21年12月25日付けで原告に対してした分限免職処分を取り消す。
2 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成21年12月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,北海道社会保険事務局の管内のα社会保険事務所に勤務する社会保険庁職員であった原告が,日本年金機構法(平成19年法律第109号。以下「機構法」という。)に基づいて日本年金機構(以下「機構」という。)が設立されるに当たり,平成21年12月31日をもって社会保険庁が廃止されたことにより社会保険庁の全ての官職が廃止されたことが,国家公務員法78条4号にいう「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当するとして,北海道社会保険事務局長(以下,社会保険庁が廃止される前の北海道社会保険事務局長を「処分行政庁」という。)から,平成21年12月25日付けで同号の規定による分限免職処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,(1)上記の官職の廃止は国家公務員法78条4号所定の分限事由に該当しない,(2)本件処分は,処分行政庁が分限免職回避義務を怠り,分限免職の対象者を公正かつ平等に選定することなくしたものであり,処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用してしたものであるから,違法であると主張し,国を被告として,本件処分の取消しを求めるとともに,併せて,本件処分によって精神的苦痛を受けたと主張し,国家賠償法1条1項の規定により,300万円の損害賠償及びこれに対する本件処分の効力が生じた日である平成21年12月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実
(1) 当事者等
ア 原告(昭和51年4月生)は,α社会保険事務所に所属する社会保険庁職員であったものである。原告は,平成13年3月,β工業大学大学院工学研究科博士前期課程を修了した。原告は,同年4月から,γ株式会社に勤務し,平成15年3月,退職した。原告は,平成17年4月,δ市の臨時的任用職員として採用され,同年12月,任期満了により退職した。原告は,同年8月,国家公務員Ⅱ種試験に合格し,平成18年4月1日,厚生労働事務官に採用された。原告は,北海道社会保険事務局の管内のα社会保険事務所に配属され,船員保険業務を担当した。原告は,エクセルを使用して船員保険業務に関するシステムを作成した(甲各共19)。原告は,平成19年6月頃から,病気休暇を取得するようになった。原告は,抑うつ状態と診断され(甲各B4,6),同年12月2日から,国家公務員法79条1号の規定による病気休職をした。原告は,平成20年6月1日,復職したが,同年8月頃から,再び病気休暇を取得するようになった。原告は,同年11月24日から,再び病気休職をし,平成21年12月31日をもって分限免職されるまで,復職することはなかった。原告は,一般行政職2級の職員であった。原告は,懲戒処分を受けたことがない。(乙B2の1,2)
イ 処分行政庁は,原告の任命権者であったものである。北海道社会保険事務局は,厚生労働省の外局であった社会保険庁の地方支分部局であった地方社会保険事務局(以下「社会保険事務局」という。)の一つであった。α社会保険事務所は,北海道社会保険事務局の所掌事務の一部を分掌するために設置された社会保険事務所であった。社会保険庁職員の任命権は,国家公務員法55条1項の規定により,厚生労働省の外局の長であった社会保険庁長官に属していたところ,社会保険庁長官は,同条2項の規定により,北海道社会保険事務局の管内の社会保険事務所に所属する職員の任命権を処分行政庁に委任していた。
Aは,平成19年9月から平成21年3月まで,社会保険庁総務課課長補佐の職に,同年4月から同年12月まで,同課人事調整官の職に,それぞれあった者である。Aは,本件処分ほかの一連の分限免職処分に係る社会保険庁本庁の事務を担当していた。B課長は,平成21年4月から同年12月まで,北海道社会保険事務局総務課長の職にあった者である。(乙A84,85)
C面接官は,平成18年4月から平成21年3月まで,厚生労働省の地方支分部局である地方厚生局(以下,単に「厚生局」ともいう。)の一つである北海道厚生局の総務課長の職にあった者である。D面接官は,平成19年4月から平成21年3月まで,北海道厚生局企画調整課医療構造改革推進官の職にあった者である。C面接官及びD面接官は,社会保険庁職員の北海道厚生局への転任候補者の選考のための書類審査及び面接審査を担当し,同年2月4日,原告の面接審査を実施した。(乙A91,92)
(2) 本件処分に至った経緯1(社会保険庁の廃止と職員の分限免職)
ア 社会保険庁の廃止と機構の設立
社会保険庁は,政府が管掌する健康保険事業,船員保険事業,厚生年金保険事業,国民年金事業等を適正に運営することを任務としていた。社会保険庁は,事業運営の在り方を批判されていたところ,平成16年3月,年金個人情報の漏洩が疑われる事態が生じ,社会保険庁に対する国民の信頼が大きく揺らいだ。同年8月,内閣官房長官の下に「社会保険庁の在り方に関する有識者会議」が設置され,同会議は,平成17年5月,「社会保険庁改革の在り方について(最終とりまとめ)」を提出した(乙A2)。この取りまとめは,社会保険庁の組織の改革について,公的年金制度の運営と政府管掌健康保険の運営を分離した上,それぞれ,新たな組織を設置し,各事業の運営を担わせることが適当であるとした。同年6月,厚生労働大臣の下に「社会保険新組織の実現に向けた有識者会議」が設置され,同会議は,同年12月,社会保険庁を廃止し,新組織を設立することなどを提言した(乙A3)。厚生労働省は,平成18年3月,「ねんきん事業機構法」案を国会に提出した(乙A4)が,同年5月,国民年金保険料免除等の不適正な事務処理が明らかとなったことから,実質的な審議が行われないまま廃案となった。与党年金制度改革協議会は,同年12月,公的年金制度の運営を再構築し,国民の信頼を回復するため,社会保険庁を廃止し,新たに非公務員型の法人を設立して,公的年金制度の運営に関する業務を担わせることを柱とする提言を取りまとめ,組織人員は必要最小限とし,一層の合理化・効率化を図るものとし,社会保険庁職員を新法人に自動的に承継させるべきでないという考え方(新法人の職員は,社会保険庁を一旦退職した後,第三者機関の厳正な審査を経て,再雇用するという考え方)を示した(乙A5)。厚生労働省は,平成19年3月,機構法案を国会に提出した。内閣総理大臣は,公的年金制度に対する国民の信頼を回復するため,漫然と職員を引き継ぐべきでなく,第三者機関による厳正な審査を行うと答弁した(乙A6)。同年6月30日,機構法が成立し,社会保険庁は平成21年12月31日をもって廃止され,平成22年1月1日,機構が設立されることとなった。
イ 社会保険庁職員の機構への採用に関する機構法の定め
機構法(乙A7)は,次のとおり定めている。すなわち,機構は,業務運営の基本理念に従い,厚生労働大臣の監督の下に,厚生労働大臣と密接な連携を図りながら,政府管掌年金事業に関し,法令の規定に基づく業務等を行うことにより,政府管掌年金事業の適正な運営及び政府管掌年金に対する国民の信頼の確保を図り,もって国民生活の安定に寄与することを目的とする(1条)。機構の業務運営の基本理念は,政府管掌年金が国民の共同連帯の理念に基づき国民の信頼を基礎として常に安定的に実施されるべきものであることに鑑み,政府管掌年金事業に対する国民の意見を反映しつつ,サービスの質の向上を図るとともに,業務運営の効率化並びに業務運営における公正性及び透明性の確保に努めなければならないというものである(2条1項)。政府は,社会保険庁長官から厚生労働大臣及び機構への業務の円滑な引継ぎを確保し,政府管掌年金事業の適正かつ効率的な運営を図るため,機構の当面の業務運営に関する基本計画を定めるものとする(附則3条1項)。基本計画は,機構の設立に際して採用する職員の数その他の機構職員の採用についての基本的な事項について定めるものとする(同条2項2号)。厚生労働大臣は,設立委員を命じて,機構の設立に関する事務を処理させる(附則5条1項)。設立委員は,基本計画に基づき,機構職員の労働条件及び採用基準を定めなければならない(同条2項)。機構法は,社会保険庁職員の機構への承継について何らの定めも置いていない。機構法は,社会保険庁職員からの採用について,設立委員は,社会保険庁長官を通じ,その職員に対し,機構職員の労働条件及び採用基準を提示して,機構職員の募集を行うものとする(附則8条1項),社会保険庁長官は,その職員に対し,機構職員の労働条件及び採用基準が提示されたときは,機構職員となることに関する社会保険庁職員の意思を確認し,機構職員となる意思を表示した者の中から,機構職員の採用基準に従い,機構職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して設立委員に提出するものとする(同条2項),名簿に記載された社会保険庁職員のうち,設立委員から採用する旨の通知を受けた者であって機構法の施行の際現に社会保険庁職員であるものは,機構の成立の時に,機構職員として採用される(同条3項)と定めている。
ウ 基本計画の閣議決定
平成19年8月,国・地方行政改革担当大臣の下に,機構法附則3条3項に定める年金業務・組織再生会議が設置され,同会議は,平成20年6月,「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本的方針について(最終整理)」を取りまとめた(乙A8)。政府は,同年7月29日,機構法附則3条1項の規定により,「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本計画」を閣議決定した(乙A9)。基本計画では,機構職員の採用に係る基本的な考え方について,(ア)国民の信頼の確保,国民の意見の反映,サービスの質の向上,業務運営の効率化,公正性及び透明性の確保という機構の基本理念の下,機構に採用される職員は,公的年金業務を正確かつ効率的に遂行し,法令等の規律を遵守し,改革意欲と能力を持つ者のみとすることを大前提とすること,(イ)社会保険庁職員からの採用に当たっては,国民の公的年金業務に対する信頼の回復の観点から,懲戒処分を受けた者は機構の正規職員及び有期雇用職員に採用しないこと,(ウ)機構の必要人員数について,設立時の人員数は1万7830人程度とし,そのうち,1万0880人程度を正規職員,6950人程度を有期雇用職員とする(正規職員のうち,おおむね1000人程度は外部から採用する)ことが盛り込まれ,(エ)社会保険庁職員のうち機構に採用されないものについて,退職勧奨,厚生労働省への配置転換,同年12月31日に内閣府に設置された官民人材交流センターの活用など,分限免職回避に向けてできる限りの努力をするとされた。
エ 府省横断的な配置転換が活用されなかったこと
社会保険庁及び厚生労働省は,平成19年1月,「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」(平成18年法律第47号。以下「行革推進法」という。)に基づく国家公務員雇用調整本部(以下「雇用調整本部」という。)に対し,社会保険庁の廃止に伴う社会保険庁職員の配置転換に雇用調整本部の枠組による府省横断的な配置転換を活用することの可否について協議を要請したところ,雇用調整本部は,同枠組は平成18年6月の国の行政機関の定員の純減に関する閣議決定に基づくものであり,社会保険庁の廃止に伴う職員の配置転換は趣旨目的が異なるため,同枠組を活用することはできないと回答した。厚生労働省は,平成20年10月及び同年11月にも,雇用調整本部に対し,雇用調整本部の枠組の活用について確認を求めるなどしたところ,雇用調整本部からは,厚生労働省においても制度の趣旨に基づいた取扱いをしてもらう旨の回答があった。厚生労働省は,雇用調整本部の枠組による府省横断的な配置転換により,他府省の職員の転任の受入を行っていたことから,その免除を求めたが,雇用調整本部は,これを拒否した。(乙A88)
オ 全国健康保険協会職員の募集及び採用
平成17年5月の最終とりまとめが,社会保険庁の組織の改革について,政府管掌健康保険の運営を分離した上,新たな組織を設置し,当該事業の運営を担わせることが適当であるとしたことを受けて,平成18年6月21日に成立した健康保険法等の一部を改正する法律(同年法律第83号)により健康保険法の一部が改正され,平成20年10月1日,全国健康保険協会(以下「協会」という。)が設立された。社会保険庁職員の一部は,社会保険庁の廃止に先立ち,協会職員として採用された。
上記の健康保険法等の一部を改正する法律は,次のとおり定めている。すなわち,厚生労働大臣は,設立委員(以下「協会設立委員」という。)を命じて,協会の設立に関する事務を処理させる(附則13条1項)。協会設立委員は,協会職員の労働条件及び採用基準を定めなければならない(同条2項)。同法は,社会保険庁職員の協会への承継について何らの定めも置いていない。同法は,社会保険庁職員からの採用について,協会設立委員は,社会保険庁長官を通じ,その職員に対し,協会職員の労働条件及び採用基準を提示して,協会職員の募集を行うものとする(附則15条1項),社会保険庁長官は,その職員に対し,協会職員の労働条件及び採用基準が提示されたときは,協会職員となることに関する社会保険庁職員の意思を確認し,協会職員となる意思を表示した者の中から,協会職員の採用基準に従い,協会職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して協会設立委員に提出するものとする(同条2項),名簿に記載された社会保険庁職員のうち,協会設立委員から採用する旨の通知を受けた者であって協会の成立の際現に社会保険庁職員であるものは,協会の成立の時に,協会職員として採用される(同条3項)と定めている。
厚生労働大臣に任命された協会設立委員は,全国健康保険協会設立委員会(以下「協会設立委員会」という。)を組織した。協会設立委員会は,協会職員の労働条件及び採用基準を定めた上,平成19年10月25日,社会保険庁長官に対し,社会保険庁職員に,これらを提示して,協会職員の募集を行うことを求めた(乙A23)。同月29日開催の全国社会保険事務局総務課長事務打合せ及び同月31日開催の全国健康保険協会意向調査説明会では,社会保険庁から,社会保険事務局に対し,協会職員の労働条件及び採用基準のほか,協会の理念・運営方針・人事方針,職員意向調査の実施等の協会職員の採用手続の説明がされ,職員全員に周知させるものとされた(乙A24)。社会保険庁長官は,社会保険庁職員全員に対し,協会職員の募集に係る職員意向調査を実施し,協会職員となることに関する職員の意思を確認した(乙A25)。社会保険庁長官は,職員意向調査に対して協会職員となる意思を表示した者の中から,協会職員の採用基準に従い,協会職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して,平成20年4月14日,協会設立委員会に提出した(乙A27,乙A28)。協会設立委員会は,名簿登載者の採用を内定した(乙A29)。同年10月1日,協会が設立され,社会保険庁職員のうち,協会職員の採用内定を得ていたものは,協会職員として採用された。
カ 厚生労働省への配置転換
厚生労働省は,平成20年7月の基本計画で,社会保険庁職員のうち機構に採用されないものについて,厚生労働省への配置転換など,分限免職回避に向けてできる限りの努力をするとされていたほか,社会保険庁の廃止に伴い,年金業務の一部や保険医療指導監査業務(保険医療機関に対する指導監査業務)が厚生労働省本省又は地方厚生局に移管されることとなり,業務の円滑な実施のため,一定数の社会保険庁職員を転任させる必要があったことから,社会保険庁職員の厚生労働省本省及び地方厚生局への転任を受け入れた。また,厚生労働省は,船員保険制度の労働保険制度への統合に伴い,船員保険業務が厚生労働省本省(労働関係部門)及び都道府県労働局(以下,単に「労働局」という。)に移管されることとなったことから,船員保険業務の経験を考慮しつつ,社会保険庁職員のうち一般行政職1級ないし3級のものの厚生労働省本省又は労働局への転任を受け入れた。厚生労働省は,社会保険庁職員の転任を受け入れるに当たり,上記の移管に伴う定員の増分(社会保険庁から,本省年金局への振替166人,厚生局への振替245人,保険医療指導監査業務の移管に伴う厚生局への振替12人,本省労働関係部門及び労働局への振替43人)に加えて,社会保険庁から総務省年金記録確認第三者委員会への定員の振替252人の一部,新規採用の抑制や退職等によって生じた欠員の不補充により捻出した定員をも活用した(甲総67)。
すなわち,社会保険庁は,平成20年11月,社会保険庁職員の厚生労働省又は機構への転任又は採用の希望について把握するため,厚生労働省と共同で,社会保険庁職員全員を対象とする職員意向準備調査を実施した。同年12月,日本年金機構設立委員会(以下「設立委員会」という。)から機構職員の労働条件及び採用基準が,協会から協会職員の労働条件及び採用基準が,それぞれ提示され,機構職員の募集及び協会職員の追加募集を行うことが求められたことを受けて,平成21年1月9日開催の全国社会保険事務局長等事務打合せでは,社会保険庁から,社会保険事務局に対し,機構職員の募集の説明がされ,併せて,協会職員の追加募集,厚生労働省への転任の説明もされた(乙A13,77)。社会保険庁は,同日,厚生労働省に対し,厚生労働省への転任候補者の選考に当たっては当該職員の経験等を踏まえて積極的に採用するように要請するとともに,厚生労働省職員の新規採用及び欠員補充に当たっては社会保険庁職員からの転任を検討するなど社会保険庁職員の分限免職回避に特段の配慮をするように要請した(乙A38)。社会保険庁長官は,同月,社会保険庁職員全員に対し,機構職員の募集及び協会職員の追加募集に係る職員意向調査を実施し,機構職員となることに関する職員の意思及び協会職員となることに関する職員の意思を確認したところ,併せて,職員意向準備調査の際に回答した厚生労働省への転任希望について変更の有無を確認した(乙A14)。同月から,職員意向準備調査及び職員意向調査の際に厚生労働省への転任を第1希望とした社会保険庁職員約6000人全員について,厚生労働省本省又は地方厚生局の面接官による書類審査及び面接審査が実施された。面接審査については,評価の公正及び公平のため,面接要領(乙A39)が定められた。面接要領は,面接目的について,被面接者の人柄,性向を評定し,転任者が就くことが予想される官職への適性を判定することとするとともに,面接手順について,面接開始前に,社会保険庁の人事記録等の資料の確認をするとし,面接評価は,A「是非任用したい」,B「任用したい」,C「任用してもよい」,D「任用には多少疑問がある」,E「任用不可」に従ってするとしている。面接要領は,志望動機,異動可能な範囲,希望分野(保険医療指導監査部門,年金部門),懲戒処分の有無,労働関係部門の希望及び船員保険業務の担当経験の有無,健康状態を確認事項としている。北海道厚生局は,被面接者の一般的資質を評価する観点から,「容姿・態度」,「会話」,「視線」,「意欲・元気度」をも確認事項とした(乙B2の11)。社会保険庁職員の多くは地元での勤務を希望したことから,面接審査は当該職員の所属官署の所在地を管轄する厚生局が担当し,転任候補者の選考は地域単位で行われた。同年3月,厚生労働省から厚生局に対し,級別の転任者数が提示され,これを受けて,厚生局の職員選考会議は,書類審査及び面接審査の評価,厚生局ごとの級別の転任者数,業務経験,年齢等を考慮し,特段の事情がない限り,書類審査及び面接審査の評価が上位にある者から,転任候補者を選考した。
厚生労働省本省(労働関係部門)及び各労働局への転任について,地方厚生局は,厚生労働省本省の指示を受け,船員保険業務の経験者であれば一般行政職3級以下のもの,船員保険業務の経験者でなければ一般行政職1級及び2級のもので,厚生局の面接評価がC以上であるものを,労働局の面接審査の対象者として選定した。平成21年4月,労働局の面接審査が実施され,書類審査及び面接審査の評価等を考慮し,労働局への転任候補者の選考が行われた。労働局への転任候補者の選考の基準は厚生局への転任候補者の選考の基準と同一である。
平成21年5月18日,厚生労働省本省の職員選考会議が開催され,地方厚生局及び労働局が選考した転任候補者について,その内容が確認された上,1216人の転任予定者が内定した。
キ 機構職員の募集及び採用
社会保険庁は,平成20年11月,厚生労働省と共同で,上記カの職員意向準備調査を実施した(乙A32)。職員意向準備調査に当たり,職員には,職員意向準備調査の趣旨目的に関する説明文書のほか,厚生労働省,厚生局及び機構に関する資料が配布された。厚生労働大臣に任命された設立委員は,設立委員会を組織した(乙A10)。設立委員会は,機構職員の労働条件及び採用基準を定めた上,同年12月22日,社会保険庁長官に対し,社会保険庁職員に,これらを提示して,機構職員の募集を行うことを求めた(乙A11)。機構職員の採用基準は,(ア)国民本位のサービスを提供する意識,公的年金という国民生活に極めて重要な制度の運営を担う高い使命感を持ち,法令の規律を遵守し,公的年金業務を正確かつ効率的に遂行するとともに,業務の改革やサービスの向上に積極的に取り組む意欲がある者であること,また,機構の理念・運営方針・人事方針に賛同する者であること,(イ)機構の業務にふさわしい意欲能力を有する者であること,(ウ)職務遂行に支障のない健康状態であること,心身の故障により長期にわたり休養中の者については,回復の見込みがあり,長期的にみて職務遂行に支障がないと判断される健康状態であること,(エ)社会保険庁職員のうち懲戒処分を受けたものは採用しないと定めていた。機構法附則8条5項の会議である日本年金機構職員採用審査会(以下「採用審査会」という。)は,上記の機構職員の採用基準の(ウ)に該当するか否かが問題となり得る職員について採用審査をするには当該職員の健康状態に関する医師の意見を徴する必要があることから,平成21年1月29日,社会保険庁長官に対し,上記職員の主治医1名及び主治医以外の医師1名からの各回答書(当該職員が「回復の見込みがあり,長期的にみて職務遂行に支障がないと判断される健康状態」に該当するかを回答するもの等)が採用審査会に直接送付されるように取り計らうことを求めた(乙A56)。社会保険庁は,平成20年12月24日及び平成21年1月21日,社会保険事務局に対し,職員全員に,機構職員の労働条件及び採用基準のほか機構の理念・運営方針・人事方針に関する資料を配布し,周知するように通知した(乙A12)。同月9日開催の全国社会保険事務局長等事務打合せでは,社会保険庁から,社会保険事務局に対し,機構職員の労働条件及び採用基準のほか機構の理念・運営方針・人事方針,職員意向調査の実施等の機構職員の募集の説明がされ,併せて,協会職員の追加募集,厚生労働省への転任の説明もされた(乙A13,77)。社会保険庁長官は,同月,社会保険庁職員全員に対し,機構職員の募集に係る職員意向調査を実施し,機構職員となることに関する職員の意思を確認した(乙A14)。社会保険庁長官は,職員意向調査に対して機構職員となる意思を表示した者の中から,機構職員の採用基準に従い,機構職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して,同年2月16日,設立委員会に提出した(乙A15)。採用審査会は,提出された名簿を基に,提出された書類を審査し,面接を要すると判断した者の面接審査を実施した上,同年5月19日,機構職員の採否の判定をし,設立委員会に報告した。設立委員会は,同日,正規職員として採用することが適当とされた9613人,准職員として採用することが適当とされた358人の採用を内定した(乙A16)。設立委員会は,健康状態の判断に慎重を期する必要がある等の理由により,183人については採否保留とした。
ク 協会職員の追加募集及び採用
協会は,船員保険法の改正により,平成22年1月1日から,船員保険事業が移管されることとなったことから,平成20年7月の基本計画を踏まえて,協会職員の採用基準を改定し,社会保険庁職員のうち懲戒処分を受けたものは採用しないと定めた上,機構職員の採用内定を得られなかった社会保険庁職員を対象として,協会職員の追加募集をした。すなわち,協会は,同年12月25日,社会保険庁長官に対し,社会保険庁職員に,協会職員の労働条件及び採用基準を提示して,協会職員の追加募集を行うことを求めた(乙A34)。社会保険庁は,同月26日,社会保険事務局に対し,職員全員に,協会職員の労働条件及び採用基準を配布し,周知するように通知した(乙A35)。平成21年1月9日開催の全国社会保険事務局長等事務打合せでは,社会保険庁から,社会保険事務局に対し,機構職員の募集の説明がされ,併せて,協会職員の追加募集に係る協会職員の労働条件及び採用基準,協会の概要,厚生労働省への配置転換の説明もされた(乙A13,77)。社会保険庁は,同月,社会保険庁職員全員に対し,協会職員の追加募集に係る職員意向調査を実施し,協会職員となることに関する職員の意思を確認した(乙A14)。社会保険庁長官は,職員意向調査に対して協会職員となる意思を表示した者の中から,協会職員の採用基準に従い,協会職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して,同年2月16日,協会に提出した(乙A36)。協会は,同年6月,名簿登載者45人の採用を内定した(乙A37)。
ケ 職員への伝達と職員再就職等支援対策本部の設置
機構及び協会は,平成21年6月頃,社会保険庁に対し,機構職員又は協会職員の採用内定を得た者を通知した。厚生労働省は,同月22日,社会保険庁に対し,転任予定者に内定した者にそのことを内々示するように依頼するとともに,厚生労働省への転任を第1希望としていた職員のうち,転任者に選考されず,かつ,機構又は協会の採用内定も得られなかったものに対しては,引き続き厚生労働省への転任の努力,官民人材交流センターの活用など分限免職回避に向けた努力を行うこととしていることを説明するように依頼した(甲共各32)。社会保険庁は,社会保険事務局に対し,職員に対する伝達を行うように指示し(甲共各34),「職員への伝達に関する進め方等について」と題する連絡文書(乙A94)を送付した。地方厚生局長は,社会保険事務局長に対し,厚生労働省への転任予定者に内定した者の一覧表(乙A93)を送付した。社会保険庁は,同月25日,職員に対し,機構職員及び協会職員の採用内定並びに厚生労働省への転任予定者の内定の伝達を実施した(乙A37の2)。
基本計画が,社会保険庁職員のうち機構に採用されないものについて,退職勧奨,厚生労働省への配置転換,官民人材交流センターの活用など,分限免職回避に向けてできる限りの努力をするとしていたことは,上記ウのとおりであるところ,社会保険庁は,機構職員及び協会職員の採用内定並びに厚生労働省への転任予定者の内定がされたことを受けて,平成21年6月24日,いずれにも採用され又は転任することができない可能性のある職員を支援対象職員とし,社会保険庁長官を本部長とする社会保険庁職員再就職等支援対策本部を設置し,本庁に社会保険庁職員再就職等支援室を,各社会保険事務局に社会保険事務局職員再就職等支援室を,それぞれ設置した。社会保険庁は,分限免職回避のための取組として,官民人材交流センターの活用,厚生労働省ほかの府省及び地方公共団体に対する受入要請,退職勧奨を実施するとともに,職員意向確認追加調査及び支援対象職員との面談を実施することとした(乙A31)。社会保険庁職員再就職等支援室は,職員意向確認追加調査の実施の際には,支援対象職員との面談を実施し,官民人材交流センターの活用,職員の求職活動の支援(休暇の承認等),厚生労働省ほかへの受入要請について説明し,職員意向確認追加調査票を手渡すこと,職員意向確認追加調査票の提出後も,支援対象職員との面談を実施し,当該職員の意向を詳細に確認することを指示した(乙A33,90)。
コ 厚生労働省への転任予定者の追加内定
厚生労働省は,平成21年12月末まで,内定を辞退した者の枠や欠員の状況を勘案しながら,職員意向準備調査で広域異動を受け入れる意思を表明し,地方厚生局の面接評価がC以上である者を対象に,厚生労働省本省及び地方厚生局への転任予定者の追加内定をした。厚生労働省は,機構における年金記録問題への対応を支援するため,社会保険庁から厚生局への転任予定者の内定を得た者のうち130人を,平成24年3月までの2年3か月,機構に出向させることとしたところ,その出向者が厚生局で行う予定であった業務を支援させるため,非常勤職員が採用された。厚生労働省は,平成21年12月1日,社会保険庁職員で再就職先が決まっていないものを対象に,非常勤職員の採用をした。
サ 機構職員の追加募集及び採用
設立委員会は,平成21年5月19日,社会保険庁長官に対し,前回の募集の際に機構職員となる意思を表示していない社会保険庁職員に,機構職員の労働条件及び採用基準を提示して,機構の准職員の追加募集を行うことを求めた(乙A17)。社会保険庁は,社会保険事務局に対し,対象職員に,資料を配布するように通知した(乙A17)。設立委員会は,採用審査会から,准職員の追加募集に応じた社会保険庁職員の採否の判定に関する報告を受け,同年10月8日,准職員として採用することが適当とされた154人の採用を内定した(乙A19)。設立委員会は,同年12月1日,社会保険庁長官に対し,前回及び前々回のいずれの募集の際にも機構職員となる意思を表示していない社会保険庁職員に,機構職員の労働条件及び採用基準を提示して,機構の准職員の第2次追加募集を行うことを求めた(乙A21)。社会保険庁は,社会保険事務局に対し,対象職員に,資料を配布するように通知した(乙A21)。設立委員会は,採用審査会から,准職員の第2次追加募集に応じた社会保険庁職員の採否の判定に関する報告を受け,同月17日,准職員として採用することが適当とされた60人の採用を内定した(乙A22)。
シ 機構職員の採否保留者の再審査
社会保険庁は,健康状態を理由に機構職員の採否を保留された職員について採用審査会が再審査をするには当該職員の健康状態に関する医師の意見を再度徴する必要があるとして,平成21年7月27日,社会保険事務局に対し,上記職員の主治医1名からの回答書(当該職員が採用内定者の決定予定日である同年10月1日の時点で「特に勤務制限を加えることなく,通常勤務の形態で職務遂行に支障がないと判断される状態にあるものと考えられる」,「勤務時間を制限する等一定の条件が整えば,職務遂行に支障がないと判断される健康状態に該当するものと考えられる」,「上記のいずれの状態にも該当しないものと考えられる」のいずれに該当するかを回答するもの)が採用審査会に直接送付されるように取り計らうことを求めた(乙A57)。採用審査会は,同年8月頃,健康状態を理由に採否保留とされた社会保険庁職員の面接審査を実施した上,機構職員の採否の判定をし,設立委員会に報告した。機構職員の採用において,健康状態の判断に慎重を期する必要がある者の採否の判定は,上記キの機構職員の採用基準中の健康状態に係る基準に基づいて,採用審査会が面接審査の結果等を勘案して行うものとされており,具体的には,採否保留者が機構職員の採用内定を得るためには,医師の意見書で,医師から,職務遂行に支障のない健康状態であるとされ,かつ,面接審査で,面接員のうちの1人以上から,「採用してもよい」以上の評価を得ることを要するとされていた(面接員は,「採用することが適当である」,「採用してもよい」,「採用すべきか判断に迷う」,「採用することは適当でない」という4段階で評価するものとされていた。)。設立委員会は,同年10月8日,正規職員として採用することが適当とされた59人,准職員として採用することが適当とされた78人の採用を追加内定した(乙A19)。
ス 他府省への配置転換等
厚生労働省は,平成21年7月,他府省に対し,社会保険庁職員の転任の受入に協力を要請した(乙A81)。社会保険庁は,同月から同年8月にかけて,他府省に対し,職員の転任の受入に協力を要請した(乙A42)。社会保険事務局も,他府省の地方支分部局に対し,職員の転任の受入に協力を要請した(乙A43,60,67)。公正取引委員会及び金融庁は,社会保険庁に対し,社会保険庁職員の転任を受け入れる旨の応答をし,それぞれ,書類審査及び面接審査を実施した上,8人及び1人の転任が内定した(乙A44)。社会保険庁は,同年7月3日,各地方公共団体に対し,欠員補充のために採用予定がある場合等には,社会保険庁職員の選考採用について検討するように要請し,社会保険事務局も,同様の要請をした(乙A46,68)。しかし,各地方公共団体からは,上記の要請に応ずる旨の回答はなかった。
官民人材交流センターによる再就職の斡旋も,社会保険庁職員の分限免職回避のために活用された。平成22年3月末までに,官民人材交流センターの再就職支援を依頼をした者は348人,官民人材交流センターの斡旋により再就職した者は108人である(乙A47)。
セ 退職勧奨の実施
社会保険庁は,平成21年6月24日,社会保険庁職員から,勧奨があれば応じたい旨の意思表示がある場合,当該職員の勤続年数,年齢にかかわらず,勧奨による退職を認めることとし,社会保険庁職員に周知させていたところ,社会保険庁は,同年12月,それまでに機構又は協会への採用や厚生労働省への転任内定を得ていなかった社会保険庁職員に対し,退職勧奨をした。(乙A31,51)
ソ 分限免職処分の実施
平成21年12月の時点で,社会保険庁職員であった1万2566人のうち,1万0069人(正規職員が9499人,准職員が570人)が機構に,45人が協会にそれぞれ採用された(協会は追加採用)。1284人が厚生労働省に転任したところ,その内訳は,(ア)厚生労働省が新たに行う業務に伴う定員増の枠内での配置転換として,年金業務の事業管理部門(本省年金局配置)が148人(定員措置166人),年金業務の社会保険審査官等(厚生局配置)が245人(定員措置245人),労働関係部門の船員保険業務(本省内部部局・労働局配置)が43人(定員措置43人),年金記録確認業務(総務省年金記録確認第三者委員会配置)が162人(定員措置252人),(イ)厚生労働省の既定の定員での配置転換として,本省内部部局の実施業務,保険医療指導監査業務(本省・厚生局配置,他府省出向)が570人(定員措置なし),欠員(退職不補充)の定員枠活用(本省・厚生局・労働局配置,他府省出向)が116人(定員措置なし)である(甲総190,乙A41)。厚生労働省は,社会保険庁が廃止される平成22年1月の時点では他府省による社会保険庁職員の転任の受入が困難な場合を想定し,平成21年度の定員要求で,平成22年1月から同年3月までの間,社会保険庁の廃止に伴う残務整理を行わせるための要員として,本省年金局及び厚生局に113人の暫定定員を確保していたところ,この定員は活用されなかった(甲総67)。9人が金融庁及び公正取引委員会に転任され,631人が退職勧奨に応じて,3人が自己都合により,それぞれ退職した。原告を含む525人については,社会保険庁の廃止と同時に,国家公務員法78条4号の規定による分限免職処分がされた。分限免職された社会保険庁職員に対しては,国家公務員退職手当法の規定により,退職金の割増がされた。上記の525人中,401人が退職金の割増がされることから分限免職を希望したものである。(乙A37の1,乙A52)
(3) 本件処分に至った経緯2(原告の意向と処分行政庁等の対応)
ア 協会職員の募集に係る職員意向調査の際の意向
原告は,平成19年11月,協会職員の募集に係る職員意向調査で,第1希望を厚生労働省本省(内部部局,地方厚生局),第2希望を機構,第3希望を協会とした上,広域異動を困難(札幌市にある病院に通院治療中のため,当面通院可能な場所への異動のみ可)と,健康状態を良好ではない(うつ状態で,病気休暇を取得し,実家にて療養中)と,特記事項を情報処理技術者(ソフトウエア開発)取得と,それぞれした(乙B2の3)。原告が送付を受けた関係書類には,調査の目的,協会職員の労働条件及び採用基準,採用等の日程が記載されていた(乙A25)。原告は,上記の職員意向調査で厚生労働省本省を希望に含んでいる職員が記入する調査票でも,同様の意向を示した上,厚生労働省本省での希望する業務を医療関係,衛生関係,福祉関係とし,道外への異動は健康上の理由(札幌市にある病院に通院治療中)により困難であるとした(乙B2の4)。
イ 職員意向準備調査の際の意向
原告は,平成20年11月,職員意向準備調査で,第1希望を厚生労働省本省(内部部局,地方厚生局),第2希望を機構,第3希望をなしとした上,厚生労働省本省での希望する業務を医療関係,福祉関係,年金関係とし,道外への異動も可能であるとした(乙B2の5)。原告が送付を受けた関係書類には,「職員意向準備調査について」と題する書面,調査票の記入要領,厚生労働省の組織・業務関係の資料,機構の組織関係資料等が含まれていた(乙A32)。
ウ 機構職員の募集等に係る職員意向調査の際の意向
原告は,平成21年1月,機構職員の募集及び協会職員の追加募集に係る職員意向調査において,機構への採用を希望する,協会への採用は希望しない,機構への採用が内定しなかった場合は厚生労働省等への転任を希望する,厚生労働省本省の希望順位は職員意向準備調査から変更がないとした(乙B2の6)。原告が送付を受けた関係書類には,機構職員の労働条件及び採用基準,協会職員の労働条件及び採用基準が記載されており,意向調査の目的について記載された書面,職員採用等スケジュール,意向調査票の記入要領等が含まれていた(乙A12,14,35)。
エ 厚生労働省への転任候補者の選考に係る面接審査の実施
北海道厚生局の面接官であったC面接官及びD面接官は,平成21年2月4日,原告と面談し,厚生労働省への転任候補者の選考に係る面接審査を実施した。その際,C面接官が作成した面接票の面接記録欄の特記事項欄には「うつ病」,「ソフトウェア技術者資格あり」,「船員保険の手書きだった保険証や記録をパソコンで処理するようにした」と記載され,評価欄には「予定する業務に対する適性」をD(上記(2)カ)と記載されている。C面接官が作成した採用面接評定票の容姿・態度欄(評価のポイントは,身だしなみは整っているか,動作に落ち着きがあるか)には「ふつう」と,会話欄(評価のポイントは,音声,言語は明瞭か,話に道筋が通っているか)には「ふつう」と,視線欄(評価のポイントは,面接官の目を見て話しているか)には「ふつう」と,意欲・元気度欄(評価のポイントは,積極性はあるか,行動力はあるか)には「不可」と,それぞれ記載されており,その他気付いたこと欄には「うつ病」,「医師からは復職可と言われている」と記載されている。D面接官が作成した面接票の書類確認欄の出勤簿欄及び休暇簿欄には「復帰まち,タイミングをはかっている状態と考えている」と記載されている。同面接票の面接記録欄の特記事項欄には「医療保険の指導に興味あり(船保のレセプトを見ての経験から)」,「PCが得意→手続の自動化,台帳の電子化(手書きだった)を船保担当時代に開発した」,「ソフトウェア開発技術者」と記載されており,評価欄には「予定する業務に対する適性」をDと記載されている。D面接官が作成した採用面接評定票の容姿・態度欄には「ふつう」と,会話欄には「不可」と,視線欄には「ふつう」と,意欲・元気度欄には「不可」と,それぞれ記載されている。(乙B2の11)
オ 厚生労働省への転任予定者の内定が得られなかったこと
平成21年3月,北海道厚生局長,総務管理官,総務課長及び総務課長補佐で構成された北海道厚生局の職員選考会議が開催され,原告を含む北海道厚生局の管内の社会保険庁職員について,書類審査及び面接審査による評価,北海道厚生局の転任予定数,転任先の職務内容を考慮して,41人の転任候補者が選考され,厚生労働省大臣官房地方課に報告された。この報告を受けて,同年5月,厚生労働省本省の職員選考会議が開催され,上記の41人の転任予定者が内定した。原告は,厚生労働省への転任候補者に選考されず,転任予定者の内定が得られなかった。北海道厚生局への転任候補者の選考に係る面接審査を受けた者のうち,原告と同じ一般行政職2級のものは,原告を含めて50人であったところ,面接評価がAであった2人及び面接評価がBであった10人は,いずれも,転任候補者に選考され,面接評価がC以下であった38人は,いずれも,転任候補者に選考されなかった(乙A54)。原告は,厚生局の面接評価がDであったことから,転任候補者に選考されなかったものである。
カ 労働局の面接審査の対象者として選定されなかったこと
地方厚生局が,厚生労働省本省の指示を受け,船員保険業務の経験者であれば一般行政職3級以下のもの,船員保険業務の経験者でなければ一般行政職1級及び2級のもので,厚生局の面接評価がC以上であるものを,労働局の面接審査の対象者として選定したことは,上記(2)カのとおりであるところ,上記エのとおり,原告は,厚生局の面接評価がDであったことから,労働局の面接審査の対象者として選定されず,労働局への転任候補者の選考に係る面接審査を受けることができなかった。なお,北海道労働局への転任候補者の選考に係る面接審査を受けた者のうち,原告と同じ一般行政職2級のものは,8人であったところ,面接評価は全員Cであり,そのうち2人が転任候補者に選考された(乙A55)。
キ 機構職員の採否の判定が保留されたこと
原告の主治医及び主治医以外の医師は,平成21年2月6日,採用審査会に対し,原告の健康状態に関する意見として,原告は現在病気休職中であるが,「回復の見込みがあり,長期的にみて職務遂行に支障がないと判断される健康状態」に該当するものと考えられ,回復の見込時期は同年6月頃と推定するとする回答書を提出した(乙B2の10)。採用審査会は,提出された書類を審査し,原告については,健康状態の判断に慎重を期する必要があるとして,面接審査を実施せず,機構職員に係る採否の判定を保留した(乙A79)。
ク 協会職員となるべき者の名簿に登載されなかったこと
社会保険庁長官が,職員意向調査に対して協会職員となる意思を表示した者の中から,協会職員の採用基準に従い,協会職員となるべき者を選定し,その名簿を作成して,協会に提出したことは,上記(2)クのとおりであるところ,上記ウのとおり,原告は,平成21年1月,機構職員の募集及び協会職員の追加募集に係る職員意向調査において,協会への採用は希望しないとしたことから,協会職員となるべき者の名簿に登載されず,協会職員の採用内定を得ることができなかった(乙A79)。
ケ 機構職員の採否保留の伝達
α社会保険事務所長は,平成21年6月25日,原告に対し,電話を架け,機構職員の採用については,現時点では健康状態の関係から採否の判定をすることができず,採否保留とされたことを伝えた。北海道社会保険事務局次長は,同年7月2日,α社会保険事務所で,原告に対し,機構職員の採用については,採用審査会の審査の結果,健康状態の判断に慎重を期する必要があることから,現時点では採否の判定をすることができず,採否の決定が保留されたことを伝えた上,同年8月から同年9月にかけて,再審査が予定されていることを説明し,健康管理に努めるように話した。原告が厚生労働省への転任予定者の内定を得られなかったことは,原告が機構職員を採否保留とされたことから,原告に対し,伝達されなかった。(乙B2の7)
コ 機構職員の採用に係る面接審査の実施
原告の主治医は,平成21年8月3日,採用審査会に対し,原告の健康状態に関する意見として,機構職員の採用内定者の決定予定日である同年10月1日の時点で原告が「特に勤務制限を加えることなく,通常勤務の形態で職務遂行に支障がないと判断される状態にあるものと考えられる」状態及び「勤務時間を制限する等一定の条件が整えば,職務遂行に支障がないと判断される健康状態に該当するものと考えられる」状態のいずれにも該当しないものと考えられるとする回答書を提出した(乙B2の10)。採用審査会の2名の面接員は,同年8月25日,原告と面談し,機構職員の採用に係る面接審査を実施した。その際,同面接審査を担当した面接員が作成した機構職員採用審査面接評価シートの1枚目のメモ欄には「なぜ病気になったかもよく理解できない」とある。同面接評価シートの1枚目の総合判定欄は「採用することは適当でない」に丸印が記されており,その理由として「業務への熱意は余り考えられない(病気の影響か)。職務歴短く,病歴長期化しており,復帰の可能性疑問。応対は普通だが,回答は全般的なものにとどまる。自己の問題として認識できる状況にない」と記載されている。同面接評価シートの2枚目の総合判定欄は「採用すべきか判断に迷う」に丸印が記されており,その理由として「1月出社の見込み懐疑的」と記載されている(乙B2の9)。
サ 機構職員の採用内定が得られなかったこと
採用審査会は,原告の採否の判定をし,設立委員会に報告した。設立委員会が,平成21年10月8日,正規職員として採用することが適当とされた59人,准職員として採用することが適当とされた78人の採用を追加内定したことは,上記(2)シのとおりであるところ,原告は,機構職員の採用内定を得られなかった。その理由は,原告が,上記コのとおり,健康状態の判断に慎重を期する必要がある者の採否の判定の基準(上記(2)シ)をいずれも満たさないためである。
シ 機構職員の採用内定が得られなかったことの伝達
北海道社会保険事務局総務課長であったB課長は,平成21年10月15日,δ市内のホテルで原告と面談し,機構職員の採用内定が得られなかったことを伝えた上,「社会保険庁職員の分限免職回避等への取り組みについて」と題する書面(乙A31の1)の内容を伝え,現時点での意向の確認のため,職員意向確認追加調査票の作成を依頼した。B課長は,官民人材交流センターについて説明をしたが,原告は,官民人材交流センターに登録する意思を表示しなかった。B課長は,原告の質問を受けて,厚生労働省への転任予定者となっていないことを伝えた。B課長は,他府省への配置転換について,極めて厳しい状況であり,転任の可能性はほとんどないことを説明した。(乙B2の7)
ス 職員意向確認追加調査の際の意向
原告は,平成21年10月19日,職員意向確認追加調査票を提出し,優先順位1を「厚生労働省等への転任の話があれば受けたい」と,優先順位2ないし4を「なし」と回答し,その他相談したい点について,「現在,病気療養中であるが,主治医の意見を受けた上,平成22年1月から勤務したい(転任希望)」と記載した。(乙B2の8)
セ 原告に対する退職勧奨
α社会保険事務所長は,平成21年11月13日,原告に対し,電話を架け,退職勧奨をし,退職についての現時点での意思を確認するなどしたところ,原告は,退職勧奨には応じない,厚生労働省等への転任のみを希望すると回答した。原告は,同年12月1日,抑うつ状態により平成22年3月末まで実家での療養及び通院治療を要するという診断を受け(甲各B4),平成21年12月4日,平成22年1月1日から同年3月31日までの病気休職を願い出た(甲各B2)。α社会保険事務所長は,平成21年12月9日,原告に対し,電話を架け,北海道厚生局の非常勤職員の募集について説明をした。原告は,病気療養中であることを理由に,応募しないと回答した。α社会保険事務所長は,退職勧奨をし,分限免職における退職手当について説明するなどしたところ,原告は,退職勧奨には応じないと回答した。(乙B2の7)
(4) 本件処分
処分行政庁は,平成21年12月25日付けで,原告に対し,国家公務員法78条4号の規定により,同月31日限り免職する旨の本件処分をした。本件処分の理由は,機構法に基づいて機構が設立されるに当たり,同日をもって社会保険庁が廃止されることにより社会保険庁の全ての官職が廃止されることが,国家公務員法78条4号にいう「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当することにある。
(5) 不服申立て
原告は,平成22年1月22日,人事院に対し,国家公務員法90条及び人事院規則13-1の規定により,本件処分についての審査請求をした。
(6) 本件訴えの提起
原告は,平成23年12月15日,本件訴えを提起した。
(7) 人事院の判定
人事院は,平成25年5月31日,本件処分の審査請求に対し,本件処分を承認する旨の判定をした。(甲各共24)
2 争点
本件の争点は,取消しの訴えについて,本件処分の適否,具体的には,(1)機構法に基づいて機構が設立されるに当たり,平成21年12月31日をもって社会保険庁が廃止されたことにより社会保険庁の全ての官職が廃止されたことが,国家公務員法78条4号にいう「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当するか否か,(2)処分行政庁が原告に対し,本件処分をしたことについて,処分行政庁の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか否か(原告についてされた,分限免職回避の措置は十分なものであったか否か,分限免職の対象者の選定は公正かつ平等であったか否か)であり,また,国家賠償請求について,(3)本件処分の国家賠償法上の違法性の有無である。
3 当事者の主張
当事者の主張は別紙のとおりである。
なお,次の当裁判所の判断の各項目中で,必要に応じ,原告の主張の要旨を掲げてある。
第3当裁判所の判断
1 廃職を生じたことを理由とする分限免職が違法となる場合について
国家公務員法78条4号にいう「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当することを理由とする分限免職(以下「廃職による分限免職」という。)についても,公務の能率の維持及びその適正な運営の確保の目的から,任命権者には一定の裁量が付与されていると解されるが,国家公務員の身分保障の見地からすると,任命権者が職員に対し,廃職による分限免職をするに当たり,当該職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかった場合や,当該措置において対象者の選定が公正かつ平等にされなかった場合,当該廃職による分限免職は,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとして,違法となるというべきである。
原告は,廃職による分限免職について,それが適法であるためには私人間の労働関係に適用される解雇権濫用の法理の一場合である整理解雇の4要件を満たすことを要する旨を主張する。しかし,整理解雇の4要件(要素)が,私人間の労働関係において,契約締結の自由の原則の下で,使用者が一方的にすることができる解雇権の行使を制約するものとして,裁判例等によって生成されてきたものであるのに対して,分限免職は,法律による行政の原理によって,法令が定める処分要件がある場合に,法令が定める効果を生じさせるものとしてしか,することができないものであるから,整理解雇の4要件(要素)の適用の前提を欠く。廃職による分限免職に整理解雇の4要件(要素)の適用があると解することはできない。
2 社会保険庁の廃止による廃職の有無について
そこで,まず,機構法に基づいて機構が設立されるに当たり,平成21年12月31日をもって社会保険庁が廃止されたことにより社会保険庁の全ての官職が廃止されたことが,国家公務員法78条4号にいう「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当するか否かについて検討するに,同号の「官制」とは行政組織をいうものであり,また,「廃職」とは官職(同法2条4項)が廃止されることをいうものであると解されるのであって,社会保険庁が廃止されたことにより社会保険庁の全ての官職が廃止されたことは「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当するということができる。
原告は,国家公務員法78条4号の「廃職又は過員を生じた場合」とは,職員が従事していた職務がなくなるなどすることによって,当該職務に従事する職員の人員削減の必要性が生じた場合をいうとした上,社会保険庁は廃止されたが,社会保険庁が行っていた業務は機構に承継されたのであり,社会保険庁職員が従事していた職務は存在し,運営主体が変更されたにすぎないから,人員削減の必要性がなく,廃職を生じた場合に当たらないと主張する。しかし,社会保険庁が廃止され,その業務が機構に承継されたことによって,国家公務員が従事する職務は消滅し,新たに設立された法人である機構の職員が従事する職務が発生したのであるから,官制(行政組織)の改廃(廃止)により廃職(官職の廃止)を生じたものであることは明らかである。原告が指摘する,組織の名称が変更されたにすぎない場合は,組織の名称が変更されても,国家公務員が従事する職務が消滅していないことから,廃職を生じた場合に該当しないにすぎない。原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,うつ病を発症していることを実質的な理由として,厚生労働省への転任予定者の内定や機構職員の採用内定を得られず,本件処分を受けたものであり,本件処分は,実質的には,原告の健康状態が国家公務員法78条2号の分限事由である「心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合」に該当することを理由とするものであると主張し,本件処分は,同号の規定により分限免職をする場合について任命権者が指定する医師2名による診断を要する旨を規定する人事院規則11-4第7条2項に違反し,処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用してしたものであるとする。しかし,本件処分は,社会保険庁が廃止されたことにより社会保険庁の全ての官職が廃止されたことが,国家公務員法78条4号にいう「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当することを理由とするものであり,実質的にみても,同条2号の「心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合」に該当することを理由とするものではない。原告の上記主張は採用することができない。
3 分限免職回避の措置について
処分行政庁が原告に対し,本件処分をするに当たり,原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられたか否かについて検討する。
(1) 分限免職回避の措置の主体及び内容について
まず,社会保険庁長官ほかの任命権者が分限免職回避の措置の主体となるか否かについてみると,社会保険庁は,厚生労働省の外局であったものであり,社会保険庁長官は,国家公務員法55条1項の外局の長として,社会保険庁に属する官職の任命権を本来的に有していた。各社会保険事務局長は,同条2項の規定により,社会保険庁長官の委任を受け,各社会保険事務局に属する官職の任命権を有していた。社会保険庁長官は,この委任により,各社会保険事務局に属する官職の任命権を失ったが,本来の任命権者であるし,社会保険庁に属するそれ以外の官職の任命権は有していた。これらの社会保険庁長官ほかの任命権者は,機構法に基づいて機構が設立されるに当たり,平成21年12月31日をもって社会保険庁が廃止されることにより社会保険庁の全ての官職が廃止されることから,社会保険庁職員に対し,廃職による分限免職をすべきこととなることが見込まれたのであるから,当該廃職による分限免職をするのに先立ち,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとる職務上の義務を負っていたということができる。
次に,厚生労働大臣が分限免職回避の措置の主体となるか否かについてみると,社会保険庁は,厚生労働省の外局として,厚生労働省の所掌事務の一部をつかさどっていたものであり,社会保険庁長官に対する任命権は,厚生労働大臣に属するものであったこと(同条1項ただし書)からすると,厚生労働大臣も,社会保険庁長官ほかの任命権者が社会保険庁職員に対し,廃職による分限免職をするのに先立ち,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとる職務上の義務を負っていたということができる。
内閣及び内閣総理大臣が分限免職回避の措置の主体となるか否かについて,国家公務員の勤務に関わる公法上の法律関係の主体は被告(国)であり,分限免職を回避する措置をとる義務は実体的には被告(国)に帰属するところ,被告(国)の行政権は内閣に属し,厚生労働大臣は,内閣総理大臣及び他の国務大臣と共に内閣を組織し,厚生労働省の主任の大臣として,その所掌する行政事務を分担管理する立場から,社会保険庁長官は,厚生労働省の所掌事務の一部をつかさどる社会保険庁の長としての立場から,それぞれ上記の権限を有していたのであるから,内閣又はその首長である内閣総理大臣も,社会保険庁長官ほかの任命権者が社会保険庁職員に対し,廃職による分限免職をするのに先立ち,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとる職務上の義務を負っていたと解する余地がないものではない。
もっとも,これらの分限免職回避の措置の主体が,いずれも同じ内容の措置をとる職務上の義務を負っていたと解するのは相当でない。社会保険庁長官ほかの任命権者は,社会保険庁職員の分限免職回避の措置を,社会保険庁の所掌事務を遂行する上で,その一環として行っていたものであるから,公務員の勤務に関わる公法上の法律関係の主体たる国の機関として社会保険庁職員の分限免職回避の措置をとる第一次的な義務を負うということができる。また,厚生労働大臣も,社会保険庁長官に対する任命権を有し,社会保険庁の所掌事務は厚生労働省の所掌事務の一部であるから,社会保険庁職員の分限免職回避の措置をとる第一次的な義務を負うということができる。これに対して,内閣及び内閣総理大臣は,社会保険庁の所掌事務を自ら直接遂行するものではなく,内閣においては,行政権の行使について,国会に対し連帯して責任を負う立場から,国の行政機関を統轄するものであり,また,内閣総理大臣においては,内閣の首長であり,閣議にかけて決定した方針に基づいて,行政各部を指揮監督するものであるから,仮に社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとる職務上の義務を負っていたと解するとしても,国の行政権の行使の全体的な見地から,社会保険庁長官ほかの任命権者,厚生労働大臣が分限免職回避の措置をとることに必要に応じて協力し,それを補完する義務を負うにとどまるものとするのが相当である。
そして,裁判所の審査の範囲について,職員の分限免職回避の措置をとるに当たり,どのような時期に,どのような措置をとるか,その措置をどのような手続によって実施するかは,一義的に定められるものでなく,任命権者等のように当該行政組織の状況や当該職員について分限免職回避の措置がとられることとなった事情に通じているものでなければ,時宜にかなった適切な判断をすることは困難であるから,職員の分限免職回避の措置をとる時期,その内容及び手続は,当該措置をとる者の裁量に委ねざるを得ないのであり,裁判所が,職員の分限免職を回避する措置がとられた時期,その内容及び手続を全面的に審査することができるものと解するのは相当でなく,裁判所は,当該措置者の判断が合理性を欠く場合に限り,当該措置が十分なものでないとすることができるというべきである。
被告は,本件訴えの訴訟物は本件処分の違法性一般,すなわち,処分行政庁の権限の行使の適否であるから,処分行政庁の権限が及ばない事項は本件処分の違法事由とならないとし,本件処分の取消事由たり得るのは,処分行政庁が分限免職回避の努力をするに当たり,その権限の範囲内で可能な限りの努力を尽くしたかという点にとどまり,それ以外の本件処分をめぐる政府や厚生労働省の取組等の一連の経過は,本件処分の事情として考慮されるにすぎないと主張する。確かに,廃職による分限免職が,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであるか否かの判断は,任命権者の権限の行使の適否の判断である。しかし,そうであるからといって,その判断の基礎となる事実が,任命権者がその権限を行使してとった措置に限られると解する理由はない。任命権者以外の行政庁がその権限を行使してとった措置に,任命権者の権限が及ばないものとしても,任命権者がその権限に基づき,上記の行政庁がとった措置を前提としてした裁量的判断が合理性を欠くなどするものであれば,その任命権者の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったものとされることは当然である。被告の上記主張は採用することができない。
(2) 内閣又は内閣総理大臣がとった分限免職回避の措置について
ア 原告の主張
原告は,内閣又は内閣総理大臣が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったとし,(ア)平成19年6月30日に成立した機構法は,行政機関が独立法人化される場合の通例に反し,社会保険庁職員の機構への承継の規定を設けないという特殊な方式を採用しており,法案審議の段階から,社会保険庁職員に対し,分限免職がされることが念頭に置かれていた,(イ)平成20年7月29日に閣議決定された基本計画は,機構の必要人員数を意図的に少なくし,相当数を非常勤とした上,民間から1000人採用することとし,また,懲戒処分を受けた職員を採用しないこととしたのであり,分限免職を前提としている,(ウ)社会保険庁及び厚生労働省が平成19年1月,雇用調整本部に対し,社会保険庁の廃止に伴う社会保険庁職員の配置転換に雇用調整本部の枠組による府省横断的な配置転換を活用することの可否について協議を要請したところ,雇用調整本部は,同枠組は社会保険庁の廃止に伴う職員の配置転換とは趣旨目的が異なるため,同枠組を活用することは不可能であると回答し,かえって,雇用調整本部は,厚生労働省が上記の枠組による他府省の職員の受入の免除を要請したのに対し,これにさえ応じなかったと主張する。
イ 上記ア(ア)の点について
しかし,上記ア(ア)の点は,社会保険庁職員の機構への承継の規定を設けないという機構法の立法政策を問題とするものにほかならないところ,そのような立法政策を採用したことが立法府の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはできない。
ウ 上記ア(イ)の点について
上記ア(イ)のうち,基本計画が,機構の設立時の人員数を1万7830人程度とし,そのうち,1万0880人程度を正規職員,6950人程度を有期雇用職員とし,正規職員のうち,おおむね1000人程度は外部から採用するとしたことにつき,社会保険庁職員のうち機構の正規職員として採用されるものを殊更に少なくしたものであるとする点については,政府が管掌する厚生年金保険事業及び国民年金事業の適正かつ効率的な運営を図るという基本計画の目的(機構法附則3条1項)に照らし,また,基本計画が,社会保険庁職員のうち機構に採用されない者については,分限免職回避に向けてできる限りの努力をするとしていたことをも併せて考えると,基本計画が,機構の業務運営の効率化の観点から,機構の設立に際して採用する職員の数を上記のとおり定めたことが,合理性を欠くということはできない。
上記ア(イ)のうち,基本計画が,社会保険庁職員のうち懲戒処分を受けたものは機構職員として採用しないとしたことを問題とする点については,政府が管掌する厚生年金保険制度及び国民年金制度に対する国民の信頼の確保を図るという機構の目的(機構法1条)に照らし,また,基本計画が,社会保険庁職員のうち機構に採用されない者については,分限免職回避に向けてできる限りの努力をするとしていたことをも併せて考えると,基本計画が,国民の公的年金業務に対する信頼の回復の観点から,機構の設立に際して社会保険庁職員のうち懲戒処分を受けたものは採用しないとしたことが,合理性を欠くということはできない。
エ 上記ア(ウ)の点について
上記ア(ウ)のうち,雇用調整本部が,社会保険庁の廃止に伴う社会保険庁職員の配置転換に雇用調整本部の枠組による府省横断的な配置転換を活用することはできないとした点について,「国の行政機関の定員の純減について」(平成18年6月30日閣議決定。以下「純減計画」という。)は,総人件費の抑制の観点から,国の行政機関の定員を5年間で5%以上純減するとした上,それを達成するため必要となる職員の配置転換,採用抑制等については政府全体で取り組むとしており(乙A45の3),「国家公務員の配置転換,採用抑制等に関する全体計画」(同日閣議決定)は,純減計画に基づいて定員の純減を図るに当たり,職員の雇用の確保を図りながら純減を進めることの重要性に鑑みて,公務の能率の維持向上にも十分配慮しつつ,配置転換,採用抑制等の取組を行うとし,その取組を政府全体として着実に実施するとするとともに,それらの取組が円滑に進むように,各府省に対して必要な助言,調整,支援等を行うため,内閣に雇用調整本部を設置した(乙A45の1)ところ,純減計画の取組対象となる重点事項の中には,社会保険庁の廃止に伴う定員の減少は掲げられていなかった(乙A45の3)。このように,雇用調整本部は,純減計画に基づいて定員の純減を図るに当たり,配置転換,採用抑制等の取組が円滑に進むように,各府省に対して必要な助言,調整,支援等を行うため,設置されたものであるところ,純減計画の取組対象となる重点事項の中には,社会保険庁の廃止に伴う定員の減少は掲げられていなかったのであるから,雇用調整本部が,社会保険庁及び厚生労働省がした協議の要請に対し,雇用調整本部の枠組は社会保険庁の廃止に伴う職員の配置転換とは趣旨目的が異なるため,同枠組を活用することは不可能であると回答したことが,合理性を欠くということはできない。なお,純減計画に先立つ「行政改革の重要方針」(平成17年12月24日閣議決定)は,小さくて効率的な政府を実現し,財政の健全化を図るとともに,行政に対する信頼性の確保を図るための改革の一つとして,総人件費改革の実行計画等を掲げ,公務員の総人件費を定員の大幅な純減等により大胆に削減するとし,具体的には,5年間で国家公務員を5%以上純減させるとするとともに,社会保険庁改革をも掲げ,内部統制の強化,業務の効率化,保険料収納率の向上,国民サービスの向上等を図る観点から,平成17年5月の最終とりまとめに即して,社会保険庁を廃止するとともに,公的年金と政府管掌健康保険の運営を分離した上,それぞれ新たな組織を設置する解体的出直しを行い,併せて,大幅な人員削減を行うとしていた(乙A74)が,行政改革推進本部は,平成18年2月,行革推進法案の作成方針として,法案には,総合的な基本方針,推進方策等を定めることとし,個別の改革事項であり,かつ,改革の内容が既に定まっている社会保険庁改革等は盛り込まないものとしたのであって(乙A70),社会保険庁の廃止に伴う人員削減は行革推進法の改革事項には盛り込まれなかった。
上記ア(ウ)のうち,雇用調整本部が,厚生労働省が雇用調整本部の枠組による他府省の職員の受入の免除を要請したのに対し,これにも応じなかった点について,雇用調整本部は,純減計画に基づいて定員の純減を図るに当たり,配置転換,採用抑制等の取組が円滑に進むように,各府省に対して必要な助言,調整,支援等を行うという上記の設置目的の観点から,厚生労働省の要請に応じないこととしたものであり,そのことが合理性を欠くということはできない。
オ 内閣及び内閣総理大臣が,仮に社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとる職務上の義務を負っていたと解するとしても,国の行政権の行使の全体的な見地から,社会保険庁長官ほかの任命権者,厚生労働大臣が分限免職回避の措置をとることに必要に応じて協力し,それを補完する義務を負うにとどまるものとするのが相当であることは,上記(1)のとおりであるところ,基本計画や雇用調整本部の対応等がいずれも合理性を欠くということはできないことは,上記イないしエのとおりであり,内閣又は内閣総理大臣が原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったということはできない。原告の上記アの主張は採用することができない。
(3) 厚生労働省大臣がとった分限免職回避の措置について
ア 原告の主張
原告は,厚生労働大臣が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったとし,(ア)厚生労働省は,平成21年12月末までに,1284人の厚生労働省への転任予定者を内定したが,この配置転換は機構の設立に伴い年金業務の一部が厚生労働省に移管されることを受けたものにすぎない,(イ)厚生労働省は,定員増や新規採用の抑制等によって配置転換可能人数を確保すべきであったのに,定員増要求については,平成20年12月,査定官庁から要求どおり認めないとされ,新規採用の抑制等もしなかった,(ウ)厚生労働省は,機構の設立時,機構の業務を支援するため,職員を出向させたことから,130人の欠員が生じたのに,これを活用せず,平成21年12月,欠員補充ではなく,非常勤職員の採用をするにとどまった,(エ)厚生労働省は,社会保険庁の廃止に伴う残務整理のため,平成22年3月まで113人の定員を確保していたにもかかわらず,この定員を活用して,国家公務員の身分をつないだ上,同年4月以降,更なる配置転換をすることをせず,かえって,大量の新規採用をし,配置転換可能人数を確保しなかった,(オ)厚生労働省は,外郭団体に職員を出向させて欠員を作り,その補充として新たに職員を採用するといった柔軟な対応が可能であるにもかかわらず,そのような対応をしなかった,(カ)原告は,公務災害により病気休職中であったものであるから,より一層の分限免職回避の努力が尽くされるべきであるのに,北海道厚生局の面接審査の手続において,公務災害により病気休職中であることを考慮されないなど,十分な分限免職回避の措置を受けることができず,かえって,病気休職中であることを不利益に取り扱われた,(キ)厚生労働大臣は,機構及び協会に対し,指揮命令権を有しているところ,厚生労働省は,機構の設立時,内定辞退者が相次いだことから,300人の欠員が生ずることが予想されたのに,機構に対し,正規職員の追加採用を指示せず,准職員の追加募集がされるにとどまった,(ク)原告は,機構職員の採用でも,面接審査の手続において,病気休職中であることを考慮されないなど,十分な分限免職回避の措置を受けることができず,かえって,病気休職中であることを不利益に取り扱われた,(ケ)原告は,協会職員の採用でも,病気休職中であることから,十分な情報提供を受けられないなど,不利益に取り扱われたなどと主張する。
イ 上記ア(ア)ないし(オ)の点について
上記ア(ア)ないし(オ)の点は,厚生労働省が,平成21年12月31日の社会保険庁の廃止までに,1284人の厚生労働省への転任予定者を内定したことについて,定員増や新規採用の抑制等によって,より多くの定員を確保し,厚生労働省への配置転換をすべきであったのに,そのような措置をとらず,また,機構の設立時の業務の支援のための出向職員の定員130人,社会保険庁の廃止に伴う残務整理のための定員113人,その他の定員を十分に活用しなかった旨をいうものである。
しかし,厚生労働省は,厚生労働省設置法3条の任務を達成するため,同法4条各号に掲げる行政事務をつかさどる機関として置かれたものであり,その事務を継続的かつ安定的に滞りなく実施するには,組織全体としての業務遂行能力を適切に保持することを要するところ,そのためには,組織の人員構成や個々の職員の職務遂行能力,適性を考慮しつつ,職員の定員の確保や任用を適切に行わなければならず,その判断を適切に行うことができるのは,上記の行政事務に通暁し,かつ,組織の人員構成や個々の職員の職務遂行能力等を把握する厚生労働大臣を始めとする厚生労働省職員の任命権者を措いて,他には存在しない。厚生労働大臣ほかの任命権者は,厚生労働省の職員の定員の確保及び任用について,広範な裁量を付与されているといわなければならない。
このことを前提に,原告の上記主張に係る厚生労働省の職員の定員の確保や採用についてみると,(ア)そもそも,平成20年の定員要求については,厚生労働省は,社会保険庁の廃止に伴い,社会保険庁の業務の一部が厚生労働省に移管されることから,同年夏の定員要求で1381人の定員増を求めたが,査定官庁である総務省行政管理局が,社会保険庁の廃止に伴う定員の措置では,従前の社会保険庁の業務方法を踏襲し,組織人員を平行移動することはできず,業務を効率化,合理化した上で,真に必要な業務を精査し,最小限の定員を措置することとするという方針を採用したことから,社会保険庁からの業務の移管に伴う定員増として706人の増員が認められるにとどまったものであり(甲総187),このことは,厚生労働大臣が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったことの根拠となるものではない(なお,政府管掌年金事業の適正かつ効率的な運営を図るという基本計画の目的(機構法附則3条1項)に加えて,総人件費の抑制の観点から国の行政機関の定員の純減が図られていた当時の状況にもよれば,査定官庁が厚生労働省の要求どおり定員増を認めなかったことが,合理性を欠くということはできない。)。そして,(イ)厚生労働省への転任予定者の内定を得られた社会保険庁職員が合計1284人となったことについて,甲総第187号証,第188号証によれば,厚生労働省は,平成21年度の定員要求で,総務省行政管理局の上記(ア)の査定減のほか,同年度の定員の合理化による定員減や,総務省年金記録確認第三者委員会等への定員の振替による定員減があったことから,全体としては655人の定員減となったところ,厚生労働省の各部局等において,業務遂行上の必要や,職員の年齢構成,級別定数の状況,退職予定のほか,組織の将来を担う人材の確保の要請をも考慮しつつ,新規採用の抑制や,退職等によって生じた欠員の不補充,その他の人事上の工夫によって,欠員を確保した結果,1284人の社会保険庁職員の転任の受入が可能となったものであると認めることができ,また,(ウ)機構の設立時の業務の支援のための出向職員の定員130人を欠員扱いすることにより,その欠員補充として常勤職員を採用するのではなく,同出向職員を欠員扱いしないこととし,非常勤職員を採用したことについて,甲総第188号証によれば,厚生労働省から機構への出向者は,機構における年金記録問題への対応を支援するため,社会保険庁から地方厚生局の保険医療指導監査業務を担当する部署への転任予定者の内定を得た者のうち130人を,平成24年3月までの2年3か月の予定で,機構に出向させたものであり(前提事実(2)コ),この出向に伴い,保険医療指導監査業務の実施率が低下することを防止するため,上記部署で,非常勤職員であっても実施可能な業務を行っている常勤職員を,常勤職員でなければ実施不可能な業務にシフトさせ,その常勤職員が担当していた業務を支援させるため,非常勤職員が採用されたところ,定員及び予算の要求時,査定官庁である総務省行政管理局及び財務省は,当初,出向者に係る定員及び人件費を不必要とする方向を示していたが,厚生労働省としては,年金記録問題への対応が終了した後,出向者を復帰させるためには,その定員を確保しておく必要があったことから,査定官庁に対する説明を重ねることにより,定員のみを存続させ,人件費は措置しないという解決を図ったものであり,人件費が措置されていない同定員に人員を配置することはできないことから,非常勤職員を採用したものであると認めることができる(この点について,原告は,厚生労働省から機構への出向が現在も続いていることを指摘し,同出向は一時的,暫定的なものではないと主張するが,出向が現在も続いているからといって,それが当初から継続的なものと位置付けられていたということはできないから,原告が指摘する上記事実は,上記認定を左右するものではない。)。(エ)社会保険庁の廃止に伴う残務整理のための定員113人を平成22年3月まで確保していたにもかかわらず,この定員を活用しなかったことについて,甲総第188号証によれば,厚生労働省は,社会保険庁の廃止に伴う残務整理のための定員を,同年4月の転任等の待機ポストとして活用することもできたが,その転任等を受け入れる府省や法人は現れなかったことや,厚生労働省の新規採用予定者については,既に平成21年10月1日付けで採用内定がされており,撤回することができないことから,上記の定員を活用せず(前提事実(2)ソ),また,残務整理業務は,社会保険庁が廃止されるまで関係業務を担当していた職員らに行わせることが円滑な事務処理に不可欠であったことから,厚生労働省と機構が協定を締結し,当該職員らが中心となって実施されたため,別途人員を配置する必要はなく,その結果,社会保険庁の廃止に伴う残務整理のための定員は使用されなかったものであると認めることができる。
人事院の判定(甲各共22,24)は,厚生労働省が,平成21年度に,新規採用の抑制等により定員を確保したものの,他方で,新規採用を相当数行ったことについて,新規採用の更なる抑制により,限定的にではあれ,受入数を一部増加させることができた可能性は否定することができないとし,また,社会保険庁の廃止に伴う残務整理のための定員が活用されず,平成22年4月には新規採用が相当数行われたことについて,同月の新規採用に係る採用内定前に検討を行い,残務整理のための定員を活用しつつ,同月の新規採用を抑制することは可能であったとし,これらのことからすると,新規採用の抑制の取組及び社会保険庁の廃止に伴う残務整理のための定員の活用により,限定的にではあれ,受入を一部増加させる余地があったとみるのが相当であると指摘する。しかし,行政庁の裁量に属する判断は,それに当不当の問題があるとしても,直ちに違法となるものではなく,それが行政庁の裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用してされたものである場合に限り,違法となるものであるところ,処分者の処分が違法であるか否かについてのみならず,処分の当不当の問題についてまで,審査する権限を有する人事院と異なり,裁判所は,行政庁の処分が違法であるか否かについてのみ審査する権限を有し,それが行政庁の裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用してされたものである場合に限り,違法とすることができる。厚生労働大臣ほかの任命権者が,厚生労働省の職員の定員の確保及び任用について,広範な裁量を付与されていることは,上記のとおりであり,このことからするならば,厚生労働大臣が社会保険庁職員の分限免職回避の措置をとる第一次的な義務を負うことを踏まえ,人事院の判定の上記指摘を斟酌しても,なお,厚生労働省の組織全体としての業務遂行能力を適切に保持する観点から,組織の人員構成や個々の職員の職務遂行能力,適性を考慮しつつ,厚生労働大臣ほかの任命権者がした,厚生労働省の職員の定員の確保及び任用に係る上記(ア)ないし(エ)の判断が,その裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用してされたものであるということはできないのであり,上記の各判断が違法でないことはもちろん,原告ほかの社会保険庁職員の分限免職回避の措置としても,原告の上記ア(ア)ないし(オ)の主張に係る厚生労働省への転任予定者の内定に係る定員の確保や採用が合理性を欠くということはできない。
ウ 上記ア(カ)の点について
厚生労働大臣や社会保険庁長官ほかの任命権者等が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとるに当たり,その措置の手続に合理性を欠く瑕疵があった場合であっても,その瑕疵を原因として,直ちに,当該措置をとった意義が否定され,当該廃職による分限免職は,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとなると解するのは相当でなく,上記の場合であっても,その瑕疵が当該措置をとった意義を失わせるような重大なものであるときでない限り,当該廃職による分限免職は,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであることとはならないというべきである。原告は,北海道社会保険事務局に採用された後,うつ病を発症し,長期にわたり病気休職をしていたものであるところ,原告に発症したうつ病は公務上の災害であると主張するが,本件全証拠によるも,原告が,当該うつ病の発症前おおむね6か月の間に,公務による強い心理的負荷を受けたと認めることはできないのであり,原告のうつ病が公務による心理的負荷が原因となって発症したものであると認めることはできず,原告のうつ病が公務上の災害であるということはできない。原告は,北海道厚生局の面接審査の手続の瑕疵のほか,厚生労働大臣が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとるに当たり,その措置の手続に種々の瑕疵があったと主張するが,仮に原告が指摘する瑕疵があったものとしても,その瑕疵は,いずれも,厚生労働大臣が当該措置をとった意義を失わせるようなものではないのであり,本件処分が,原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとなるということはできない。なお,原告がうつ病を発症して病気休職中であることが不利益に考慮されたからといって,北海道厚生局への転任の措置における対象者の選定が公正かつ平等にされなかったということはできないことは,後記4(3)ウのとおりである。
エ 上記ア(キ)の点について
厚生労働大臣は,設立委員を命じて,機構の設立に関する事務を処理させるものであり,設立委員会は,機構の設立時の職員の採用を行うものであるから,機構職員の採用は,厚生労働大臣がとる社会保険庁職員の分限免職を回避する措置であると考えることもできる。しかし,設立委員会は,機構職員の採用についての基本的な事項について定める基本計画に基づき,機構の設立時の職員の採用を行うものであるところ,基本計画は,社会保険庁長官から厚生労働大臣及び機構への業務の円滑な引継ぎを確保し,政府管掌年金事業の適正かつ効率的な運営を図るため,定められたものであるから,設立委員会が,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置として,機構が行う事業の適正かつ効率的な運営の観点から,正規職員の追加採用をせず,准職員の追加採用をするにとどめたこと(前提事実(2)サ)が,合理性を欠くということはできない。
オ 上記ア(ク)及び(ケ)の点について
厚生労働大臣や社会保険庁長官ほかの任命権者等が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとるに当たり,その措置の手続に合理性を欠く瑕疵があった場合であっても,その瑕疵が当該措置をとった意義を失わせるような重大なものであるときでない限り,当該廃職による分限免職は,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであることとはならないことは,上記ウのとおりであるところ,この理は,機構職員又は協会職員の採用にも,妥当する。原告は,機構の面接審査の手続の瑕疵のほか,機構又は協会が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとるに当たり,その措置の手続に種々の瑕疵があったと主張するが,仮に原告が指摘する瑕疵があったものとしても,その瑕疵は,いずれも,機構又は協会が当該措置をとった意義を失わせるようなものではないのであり,本件処分が,原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとなるということはできない。
カ 厚生労働大臣が,社会保険庁職員の分限免職回避の措置をとる第一次的な義務を負うことは,上記(1)のとおりであるところ,厚生労働省への転任予定者の内定に係る定員の確保や採用,機構職員の採用等がいずれも合理性を欠くということはできないことは,上記イないしオのとおりであり,厚生労働大臣が原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったということはできない。原告の上記アの主張は採用することができない。
(4) 社会保険庁長官ほかの任命権者がとった分限免職回避の措置について
原告は,社会保険庁長官ほかの任命権者が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったとし,ア 社会保険庁の再就職支援には実態がなく,当初から,公務職場への配置転換は困難であるとしていた,イ 北海道社会保険事務局は,地域内の国の機関や地方公共団体に対し,職員の受入を要請したが,それ以上,積極的な働き掛けをしなかった,ウ 原告は,公務災害により病気休職中であるのに,機構及び協会の採用基準,採用日程,採用人数等について周知されず,かえって,病気休職中であることを不利益に取り扱われた,エ 原告は,厚生労働省への転任予定者の内定を得られていないことを,平成21年10月15日まで知らされなかったなどと主張する。しかし,厚生労働大臣や社会保険庁長官ほかの任命権者等が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとるに当たり,その措置の手続に合理性を欠く瑕疵があった場合であっても,その瑕疵が当該措置をとった意義を失わせるような重大なものであるときでない限り,当該廃職による分限免職は,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであることとはならないことは,上記⑶ウのとおりであるところ,原告は,社会保険庁の再就職支援に実態がなかったことのほか,社会保険庁長官ほかの任命権者が社会保険庁職員の分限免職を回避する措置をとるに当たり,その措置の手続に種々の瑕疵があったと主張するが,仮に原告が指摘する瑕疵があったものとしても,その瑕疵は,いずれも,社会保険庁長官ほかの任命権者が当該措置をとった意義を失わせるようなものではないのであり,本件処分が,原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が十分にとられなかったものとして,処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとなるということはできない。なお,上記エの点について,原告は,厚生労働省への転任を第1希望としていたのであるから,処分行政庁としては,平成21年6月,原告が厚生労働省への転任予定者の内定を得られなかったことが判明した時点で,速やかに,そのことを原告に伝達すべきであったと主張し,原告は,「職員への伝達に関する進め方等について」と題する連絡文書(前提事実(2)ケ)の区分中に該当するものがなく,処分行政庁は,社会保険庁総務課と個別に相談の上,伝達を実施しなければならなかったとする。しかし,原告が,形式的にみて,上記区分中の「F機構保留者(健康面等での保留者)」に該当することからすれば,処分行政庁が,上記の連絡文書の指示に従い,原告に対しては,健康状態の判断に慎重を期する必要があるため,現時点では採否の判定を行うことができず,機構の採否が保留とされたこと,8月から9月にかけてを目途に再審査が行われることを伝達するにとどめたことが,合理性を欠くということはできない。
社会保険庁長官ほかの任命権者が,社会保険庁職員の分限免職回避の措置をとる第一次的な義務を負うことは,上記(1)のとおりであるところ,社会保険庁長官ほかの任命権者が原告ほかの社会保険庁職員の分限免職を回避する措置を十分にとらなかったということはできない。原告の上記の主張は採用することができない。
4 分限免職回避の措置の対象者の選定の公正性について
処分行政庁が原告に対し本件処分をするに当たりとられた措置において対象者の選定が公正かつ平等にされたか否かについて検討する。
(1) 対象者の選定について
国家公務員法27条は,平等取扱いの原則を規定し,同法74条1項は,全て職員の分限については,公正でなければならないと規定する。また,人事院規則11-4「職員の身分保障」は,いかなる場合においても,国家公務員法27条に定める平等取扱いの原則,同法74条に定める分限の根本基準に違反して,職員を免職してはならないと規定する(2条)ほか,同法78条4号の規定により職員のうちいずれを免職するかは,任命権者が,勤務成績,勤務年数その他の事実に基づき,公正に判断して定めるものとすると規定する(7条4項)。同項の規定は,複数の職員のうちいずれを分限免職するかを選定する場合についてのものであるところ,本件処分を始めとする一連の分限免職処分は,社会保険庁が廃止されたことにより社会保険庁の全ての官職が廃止されたことから実施されたものであり,社会保険庁が廃止された平成21年12月31日の時点で,機構職員若しくは協会職員に採用されず,又は厚生労働省への配置転換を受けることもなく,退職勧奨にも応じていなかった社会保険庁職員は,全員が分限免職の対象となったのであるから,本件処分を始めとする一連の分限免職処分をするに当たり,複数の職員のうちいずれを分限免職するかを選定する必要はなく,実際に分限免職の対象者の選定はされなかった。しかし,本件処分を始めとする一連の分限免職処分が実施されるに当たっては,社会保険庁職員の分限免職を回避する措置が種々とられたことは,上記3のとおりである。そして,これらの措置において,機構職員若しくは協会職員の採用内定を受け,又は厚生労働省への転任予定者の内定を得た者は,社会保険庁が廃止された時点で分限免職の対象とならなかったのであるから,これらの措置における対象者の選定は,分限免職の対象者とならないものを選定する行為でもあるということができるのであり,国家公務員法27条,74条1項,人事院規則11-4第7条4項の趣旨に照らすと,これらの措置における対象者の選定が(勤務成績,勤務年数その他の事実に基づき)公正かつ平等にされなかった場合,当該廃職による分限免職は,任命権者がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものとなるというべきである。
(2) 基本計画が懲戒処分を受けた者を不採用としたことについて
原告は,機構職員の採用において懲戒処分を受けた者がその内容及び軽重を問わず一律に不採用とされていたことをもって対象者の選定が公正かつ平等にされなかったと主張する。しかし,一連の不祥事などによって社会保険庁に対する国民の信頼が揺らいだことにより,社会保険庁の在り方に関する国民的な議論がされた結果,社会保険庁を廃止し,新たな組織である機構を設立して,公的年金事業の運営を担わせるという,抜本的な改革を行うこととされた状況の下で,基本計画が,国民の公的年金業務に対する信頼の回復の観点から,懲戒処分を受けた者は機構の職員に採用しないものとしたことが,合理性を欠くということはできない。このことに,厚生労働省への配置転換においては,懲戒処分を受けた者も,転任予定者の内定を受けることができたことをも併せ考えると,機構職員の採用において懲戒処分を受けた者は採用しないものとされていたことについて,対象者の選定が公正かつ平等にされなかったということはできない。
(3)厚生労働省への転任候補者の選考について
ア 原告の主張
原告は,厚生労働省への転任候補者の選考について,(ア)北海道厚生局への転任候補者の選考に係る面接審査の評価は,社会保険庁の人事評価を考慮せずにされたのであり,北海道厚生局への転任候補者の選考は,勤務成績に基づき公正にされなかったものである,(イ)北海道厚生局への転任候補者の選考に係る面接審査の評価は,原告がうつ病を発症して病気休職中であることを不利益に考慮してされたのであり,北海道厚生局への転任候補者の選考は,公正かつ平等にされなかったものである,(ウ)原告は,北海道労働局への転任候補者の選考に係る面接審査の対象者の資格を有していたにもかかわらず,北海道厚生局が北海道労働局の上記の面接審査の対象者を選定するに当たり,北海道厚生局の面接評価がC以上であることという資格要件を新たに加えたことから,北海道労働局の面接審査の対象者に選定されず,北海道労働局の面接審査を受けることができなかったのであり,北海道労働局への転任候補者の選考は,公正かつ平等にされなかったものであると主張する。
イ 上記ア(ア)の点について
確かに,証人Cの証言及び証人Dの証言の中には,平成21年2月4日に原告の面接審査を実施した北海道厚生局の面接官である両名は,それぞれ,原告の「予定する業務に対する適性」をDと評価するに当たり,面接の結果のみにより,社会保険庁の人事評価を考慮しなかったとする供述がある。しかし,上記各証言の中のその他の供述に加えて,厚生労働省の面接官は,書類審査を行い,職員意向準備調査票,人事記録,健康診断書,勤務評価資料に基づいて,事実関係を把握した上,面接審査を実施し,面接審査においては,書類審査に基づく事実関係を確認し,志望動機,業務経験,直近の健康状態などを聴取するとともに,取組姿勢,積極性などを観察し,書類審査及び面接審査の結果に基づいて,総合評価を行ったものである(乙A80)ところ,C面接官及びD面接官が原告の面接審査を実施した際に作成した面接票(乙B2の11)の中にも,C面接官及びD面接官において,原告の面接審査を実施するに先立ち,社会保険庁の人事評価で能力評価及び実績評価がいずれもCであることを確認した旨の記載があることからすると,C面接官及びD面接官は,原告の面接審査を実施するに先立ち,原告が社会保険庁の人事評価で能力評価及び実績評価がいずれもCであることを確認した上,それを踏まえながらも,鵜呑みにはしない考え方で,面接審査に臨み,面接審査の結果に基づいて,上記の面接評価をしたものであり,このことは,北海道厚生局の他の面接官においても,同様であったと認めるのが相当である(なお,この点について,被告指定代理人は,本件訴訟の第18回口頭弁論期日において,原告の求釈明を受けた裁判所の釈明に対し,厚生労働省への転任候補者の選考に当たり社会保険庁の人事評価は考慮されておらず,また,北海道厚生局の面接官は原告の面接評価に当たり社会保険庁の人事評価の内容を考慮しなかったと回答したが,これが裁判上の自白に該当するものとしても,被告は,その後,同陳述を訂正(撤回)しており,かつ,同陳述は,真実に反し,表示の錯誤によるものであると認めることができるから,有効に撤回されているというべきである。)。そうすると,北海道厚生局への転任候補者の選考に係る面接審査の評価が社会保険庁の人事評価を考慮せずにされたということはできないから,北海道厚生局への転任候補者の選考が勤務成績に基づき公正にされなかったということはできないのであり,この措置における対象者の選定が公正かつ平等にされなかったということはできない。
ウ 上記ア(イ)の点について
確かに,C面接官及びD面接官が原告の面接審査を実施した際に作成した面接票(乙B2の11)の面接記録等によれば,C面接官及びD面接官は,原告がうつ病を発症し,長期にわたり病気休職中であること,または,うつ病を発症していることに由来する原告の面接態度そのものを不利益に考慮し,「予定する業務に対する適性」をDと評価したものであると認めることができる。しかし,地方厚生局の面接審査は,多くの社会保険庁職員が厚生労働省への転任を希望する中で,一定数の転任候補者を選考するため,行われたものであり,多数の転任希望者の中から,その一部にすぎない転任候補者を選考するに当たり,当該転任希望者の健康状態が考慮されたことは,やむを得ず,原告がうつ病を発症して病気休職中であることが不利益に考慮されたからといって,北海道厚生局への転任の措置における対象者の選定が公正かつ平等にされなかったということはできない。なお,原告が公務に起因してうつ病を発症したと認めることはできないことは,上記3(3)ウのとおりである。
エ 上記ア(ウ)の点について
確かに,厚生労働省大臣官房地方課長であったE及び同参事官であったFの人事院公平委員会の口頭審理における証言(甲総170の3及び4)の中には,地方厚生局の面接評価が一定以上であることを労働局の面接審査の対象者の選定の基準としたことはないという供述があるのであり,厚生労働省本省で定められた労働局への転任候補者の選考に係る面接審査の対象者の資格は,船員保険業務経験者であれば一般行政職3級以下の者,船員保険業務経験者でなければ一般行政職1級及び2級の者で,かつ,労働関係部門への転任を希望するものというものであり,その中に,厚生局の面接評価がC以上であることは含まれていなかったと認めることができる。しかし,弁論の全趣旨によれば,労働局への転任候補者の選考において,上記の資格要件を満たす者が全て労働局の面接審査の対象者とされていたものではなく,現実の取扱いとしては,そのうち,厚生局の面接評価がC以上であるものに限り,労働局の面接審査の対象者とされていたと認めることができる。そして,労働局の面接審査が,多くの社会保険庁職員が厚生労働省への転任を希望する中で,一定数の転任候補者を選考するため,行われたものであることは,上記の地方厚生局の面接審査の場合と同様であるところ,直前に行われた厚生局の面接審査でC以上の評価(すなわち,A「是非任用したい」,B「任用したい」,C「任用してもよい」という積極的評価)を得られなかった者の面接審査を,労働局において改めて行ったとしても,その者が,多数の転任希望者の中から,その一部にすぎない転任候補者に選考される可能性は,それほど高いものではなかったと考えることができるから,労働局の面接審査の対象者の選定をした厚生局が,面接審査の現場の実情を踏まえた判断として,同対象者を厚生局の面接評価がC以上であるものに限ったことについて,合理性を欠くということはできない。原告が,北海道厚生局の面接評価がC以上であるものでなかったことを理由として,北海道労働局への転任候補者の選考に係る面接審査の対象者に選定されなかったからといって,北海道労働局への転任の措置における対象者の選定が公正かつ平等にされなかったということはできない。
(4) 機構職員の採用について
原告は,機構職員の採用についても,機構職員の採用内定者の選考に係る面接審査の評価は,原告がうつ病を発症して病気休職中であることを不利益に考慮してされたのであり,機構職員の採用内定者の選考は,公正かつ平等にされなかったものであると主張する。しかし,機構職員の採用についての基本的な事項について定める基本計画は,機構職員の採用に係る基本的な考え方について,国民の信頼の確保,サービスの質の向上,業務運営の効率化等という機構の基本理念の下,機構に採用される職員は,公的年金業務を正確かつ効率的に遂行し,法令等の規律を遵守し,改革意欲と能力を持つ者のみとすることを大前提とすると定めていたのであり,機構職員の採用内定者を選考するに当たり,当該採用希望者の健康状態が考慮されたことは,やむを得ず,原告がうつ病を発症して病気休職中であることが不利益に考慮されたからといって,機構職員の採用の措置における対象者の選定が公正かつ平等にされなかったということはできない。
(5) 処分行政庁が原告に対し本件処分をするに当たりとられた措置において対象者の選定が(勤務成績,勤務年数その他の事実に基づき)公正かつ平等にされなかったということはできない。
5 告知聴聞の機会の付与について
憲法31条に定める法定手続の保障が行政手続に及ぶか否かは,当該行政処分により制限を受ける権利利益の内容,性質,制限の程度,当該行政処分により達成しようとする公益の内容,程度,緊急性等を総合較量して決定されるべきものであり,常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁参照)。
これを本件についてみると,行政手続法3条1項9号は,公務員に対してその職務又は身分に関してされる処分について,聴聞に関する規定を含む同法の規定は,適用しないと定めているところ,この適用除外は,公務員は,通常の国民とは異なり,単に行政処分の客体となり得るにとどまらず,一方で公務遂行の主体としての地位を有するものであり,これに対して監督的な立場から行われる処分については,一般の国民に対する手続的な保障を規律する同法を直接適用することは適当でなく,また,公務員に対する処分等に適した手続の整備については,必要に応じ,国家公務員法等の中で適切に処理されれば足りるという考え方に基づくものである。そして,公務の能率的な運営を確保するための処分である分限処分については,原則として,行政不服審査法による不服申立てをすることができないが,公平審査制度が設けられ,事後救済手続が整備されている。これは,公務運営の迅速性の要請と職員の利益保護の要請とを調和させる観点からのものである。これらのことを併せ考えると,本件処分について,告知聴聞の機会を付与しなければならないと解することはできないのであり,原告にそれが付与されなかったことをもって,本件処分が違法なものとなることはない。
6 本件処分の適法性
上記1ないし5のとおり,本件処分は,社会保険庁の廃止により社会保険庁の全ての官職が廃止されたことが国家公務員法78条4号の「官制の改廃により廃職を生じた場合」に該当することから,されたものであり,処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してしたものであるということはできない。本件処分が違法なものであるということはできない。
7 国家賠償請求について
本件処分が違法なものであるということができないことは,上記6のとおりである。このことに加えて,社会保険庁及び厚生労働省ほかの公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについてした行為が違法なものであるということはできず,仮にそれが違法なものであるとしても,当該公務員が,その職務を行うについて,故意によって当該行為をし,または,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく,漫然と当該行為をしたと認めることはできないから,当該行為が国家賠償法1条1項にいう違法の評価を受けるということはできない。原告の国家賠償請求には理由がない。
第4結論
よって,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第1部
(裁判長裁判官 内野俊夫 裁判官 剱持亮 裁判官 中川希)
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