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札幌地方裁判所 平成24年(ヒ)34号 決定 2014年6月23日

主文

1  申立人が有する株式会社道東セイコーフレッシュフーズ(閉鎖事項全部証明書上の本店所在地:北海道帯広市<以下省略>)の株式の買取価格を1株につき80円と定める。

2  手続費用のうち、鑑定費用120万円について、94万8837円を申立人の負担とし、25万1163円を相手方の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨等

1  申立人

申立人が有する株式会社道東セイコーフレッシュフーズ(閉鎖事項全部証明書上の本店所在地:北海道帯広市<以下省略>。以下「道東SFF」という。)の株式32万5950株(以下「本件株式」という。)の買取価格は、1株につき金114円とする。

2  相手方

本件株式の買取価格は、1株につき金71円とする。

第2事案の概要

本件は、相手方を吸収合併存続会社、道東SFFを吸収合併消滅会社とする吸収合併(以下「本件吸収合併」という。)に反対した道東SFFの株主であった申立人が、相手方に対し、申立人の有する道東SFFの株式を公正な価格で買い取るよう請求したが、その価格について協議が調わなかったため、会社法786条2項に基づき、当該株式の買取価格決定の申立てをした事案である。

1  前提事実(一件記録及び審尋の全趣旨により明らかに認められる事実)

(1)  当事者等

ア 相手方は、昭和15年6月25日に設立された酒類及び飲食料品雑貨の卸売等を目的とする株式会社である。

相手方は、取締役会の承認がなければその株式を譲渡することができない、いわゆる譲渡制限株式会社である。

(甲1)

イ 道東SFFは、大正14年12月17日に設立された酒類及び飲食料品の卸売、小売等を目的とする株式会社であったが、後記のとおり、平成24年10月1日、相手方に吸収合併され(本件吸収合併)、解散した。

道東SFFは、取締役会の承認がなければその株式を譲渡することができない、いわゆる譲渡制限株式会社であった。

申立人は、道東SFF(発行済株式総数338万7000株)の株式32万5950株(発行済株式総数の約9.6パーセント)を有する株主である。

(甲2、乙5、21の4、34)

ウ 相手方と道東SFFは、いずれも株式会社セイコーマートの子会社である。

(乙5、21の4、22の4、22の5)

(2)  本件吸収合併

ア 相手方と道東SFFは、平成24年6月6日、相手方を吸収合併存続会社、道東SFFを吸収合併消滅会社として、下記の内容で合併する旨の合併契約を締結した。(甲3)

① 新株の割当

a 相手方は、本件吸収合併の効力発生前日の最終の道東SFFの株主名簿に記載された株主(相手方、道東SFF及び会社法785条に基づき株式買取請求権を行使した株主を除く。)が所有する道東SFFの株式の合計数を6で除した数の株式数を新たに発行して、その所有する道東SFFの普通株式6株につき相手方の普通株式1株の割合をもって、割当交付する。(合併契約書2条1項)

b 相手方が発行する株式数の合計に1株未満の端株株式が発生した場合には、これを切り上げることとし、道東SFFの株主に対して交付する株式数に1株未満の端数が生じた場合には、これを一括売却または買い受けをし、その処分代金に端数を生じた株主に対して、売却代金を1株あたり554円として端数に応じて合併効力発生日から3か月以内に支払う。ただし、1円未満は切り捨てる。(合併契約書2条2項)

② 資本金及び準備金

本件吸収合併により増加する相手方の資本金、資本準備金の額は次のとおりとする。(合併契約書3条)

a 資本金 5299万8750円

b 資本準備金 5299万8750円

③ 効力発生日

平成24年10月1日とする。(合併契約書4条)

イ 相手方は、平成24年8月7日、臨時株主総会を開催し、上記アの内容の本件吸収合併の契約を承認する旨の決議をした。(甲4)

ウ 道東SFFは、平成24年8月8日、臨時株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催し、上記アの内容の本件吸収合併の契約を承認する旨の決議をした。(甲5)

(3)  申立人による本件株式の買取請求と本件申立て

ア 申立人は、道東SFFに対し、平成24年7月31日到達の書面によって、本件株主総会に先立ち、本件吸収合併に反対する旨の通知をした。(甲6の1、2)

イ 申立人は、本件株主総会において、本件吸収合併に反対した。(甲7の1)

ウ 申立人は、道東SFFに対し、本件吸収合併の効力発生日(平成24年10月1日)の20日前の日から効力発生日の前日までの間である平成24年9月12日に到達した書面をもって、本件株式を公正な価格で買い取ることを請求した。(甲7の1、2)

エ 平成24年10月1日、本件吸収合併の効力が発生し、道東SFFは相手方に吸収合併され、解散した。

オ 相手方は、平成24年10月24日付けで、申立人に対し、本件株式を一株あたり71円で買い取ることを申し入れる「買取価格申入書」を送付した。

しかし、結局、本件吸収合併である平成24年10月1日から30日以内に、申立人と相手方との間で、本件株式の買取価格について協議が調わなかった。(甲8)

カ 申立人は、平成24年11月21日、当裁判所に対し、本件株式について買取価格決定の申立てをした。

2  当事者の主張

(1)  申立人の主張

ア 「公正な価格」の意義等

吸収合併が行われる場合、会社法785条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は、吸収合併消滅会社に対し、自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)。

その趣旨は、吸収合併に反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、退出を選択した株主には、吸収合併がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し、さらに、吸収合併によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には、反対株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより、反対株主の利益を一定の範囲で保障することにある。

イ 簿価純資産方式による算定

本件株式の買取価格は簿価純資産方式により算定すべきである。

道東SFFの平成23年12月31日現在の純資産額は、貸借対照表(簿価)によると、3億8839万1768円であり、これを道東SFFの発行済株式総数338万7000株で除すると、本件株式の1株あたりの価格は約114円となる。

ウ 類似業種比準方式を基調とした価格算定

本件株式の買取価格は、類似業種比準価額である1株90円に、プレミアムの分配分20円を加算すると、1株当たり110円と算定される。

(ア) 本件株式の価格を類似業種比準方式で算定すると、1株90円となる。

我が国において法令解釈に基づいて客観性があると認められている評価計算方法は財産評価基本通達だけであり、その財産評価基本通達においては、道東SFFのような大会社の場合には、類似業種比準方式を原則的な評価方法としている。

(イ) シナジー効果

本件で、吸収合併存続会社たる相手方も吸収合併消滅会社たる道東SFFも、ともに酒類及び飲食料品等の卸売を目的とする株式会社であり、両者はそれぞれ営業区域が全道か道東かという違いがあるにすぎない。

また、本件吸収合併の目的については、「営業区域を北海道ひとつとし、合理化・効率化をはかるために合併する。」と説明されている。

さらに、相手方作成の買取価格申入書では、本件吸収合併前の1株約70円の株式についてプレミアムの分配として約20円の加算を考慮したと記載されている。

以上の事情によれば、本件吸収合併において、①売上シナジー、②コストシナジー、③研究開発費シナジー、④財務シナジー等のシナジー効果が生じることは明らかである。

そこで、裁判所は、本件株式の公正な買取価格の算定に当たっては、上記諸事情を総合考慮し、合理的な裁量判断により、プレミアムの分配として1株当たり20円を加算すべきである。

エ 鑑定人A公認会計士作成の株式価格鑑定評価書(以下「A鑑定」という。)について

(ア) 本件で非流動性ディスカウントは採用すべきでないこと

A鑑定は、非流動性ディスカウントとして株主価値を25パーセントも割り引いているが、不当である。

a 株式買取請求権は、反対株主としては株式を手放したくないにもかかわらず、それ以上不利益を被らないためには株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれたことに対する補償措置として位置付けられるものである。

しかるに、市場性がないという理由だけで25パーセントも減額されてしまうことは、少数株主に投下資本を確実に回収する途を与えて経済的に救済するという制度の趣旨を著しく没却するものであり、相当ではない。

株式市場で換価することが困難であるため非流動性ディスカウントを採用するという論理は、独立当事者間の取引では妥当するとしても、株式買取請求事例では妥当しない。売るかどうかを株主が任意に決められる通常の取引事例とは異なり、本件で問題となっているのは、株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれた少数株主に対する補償措置だからである。

b A鑑定で採用されている非流動性ディスカウントは、日本公認会計士協会編の企業価値評価ガイドラインで示されている利益還元法の基本式には組み込まれていない、特別の減価要因である。

c 非流動性ディスカウントを採用しないで、A鑑定の採用する利益還元法によって本件株式の買取価格を算定した場合、株主価値は3億6158万3000円と評価され、これを基に計算すると、本件株式の価格は1株当たり106円となる。

(イ) 裁判所の監督的・後見的役割

裁判所は、株式買取価格決定の裁判において、後見的立場から合目的の見地に立って裁量権を行使すべきである(最高裁判所昭和48年3月1日決定)。

裁判所は、非流動性ディスカウントを採用することが、株式買取請求の制度趣旨に適うものかどうか、職権をもって慎重に判断すべきである。

オ 相手方主張の本件株式の「公正な価格」の算定方法(時価純資産方式により1株71円と算定)は相当ではない。

(ア) 相手方が本件株式の価格を算定するに当たって基準とすべきとする平成24年9月30日現在の道東SFFの純資産額は、負債の部に「退職給付引当金」4131万8000円を、資産の部に「貸倒引当金」-600万円を、それぞれ計上することによって得られた額である。

しかしながら、「退職給付引当金」は道東SFFの貸借対照表にすら計上されていない科目である。また、「貸倒引当金」は、そもそも「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」に原則として計上できない科目である。さらに、国税庁の財産評価基本通達では、「1株当たりの純資産価額の計算を行う場合には、貸倒引当金及び退職給与引当金に負債に含まれない」(186条)と明示されている。

なお、これらの科目を適切に修正した場合、1株当たりの純資産価額は93円になる。

(イ) 道東SFFは、本件吸収合併に関する契約を締結した後、平成24年8月10日に簿価8420万4000円の土地を寄付し、簿価1500万円の土地の寄付申し入れをし、平成24年7月5日に簿価1万円の土地を寄付した。

相手方は、平成23年12月31日現在の純資産額を基礎に合併比率等の合併条件を決めておきながら、本件株式の買取価格を決める際には、上記のように企業価値が毀損された後の平成24年9月30日現在の純資産額を基礎に計算せよと主張しているのであって、到底是認することはできない。

(ウ) 道東SFFと相手方は相互に密接な資本関係があり、必ずしも独立した会社同士の合併とはいえず、セイコーマートグループ全体の利益を優先して道東SFFの合併条件や買取価格が決められた蓋然性が高い。

カ 相手方主張の収益還元方式による評価額について

収益還元法とは、一定の利益が永続し、かつ、純利益=キャッシュ・フローであることを前提として、事業価値を評価する方式である。つまり、予想利益は、将来、永続的に見込まれる正常利益であり、単純な過年度の利益の平均ではない。

しかしながら、相手方は、収益還元法の基礎となる予想当期純利益を算定するに当たって、排除されるべきイレギュラーな損益まで含めている。

また、相手方は、日本の会計実務ではほとんど用いられないサイズプレミアムを加味して評価額を算出しているが、不当である。

さらに、相手方は、類似会社比準法の採用に当たっては、「同種の業種の上場会社」との比較を否定しておきながら、収益還元方式を用いるに当たっては、「同種の業種の上場会社」と比較したβ値を採用している。

マーケットリスクプレミアムの算出に当たって、異常値である1952年のデータを排除していないことも相当ではない。

以上のとおり、相手方主張の収益還元方式によって、本件株式の評価額を1株当たり63円とすることの信用性は乏しい。

なお、予想当期純利益からイレギュラーな期を排除し、サイズプレミアムという概念を使用せず、マーケットリスクプレミアムとして実態に即した妥当な値を採用すれば、収益還元方式を採用した場合の本件株式の価格は、1株当たり154円と評価されることになる。

(2)  相手方の主張

ア 本件で「公正な価格」を算定するに当たっては、本件吸収合併がなければ道東SFFの株式が有していたであろう客観的価値、又は吸収合併によるシナジーを適切に反映した同社株式の客観的価値を基礎とするのが相当である。

また、吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合には、吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格(以下「ナカリセバ価格」という。)を算定し、これをもって「公正な価格」を定めるべきである(最高裁決定平成23年4月19日民集65巻3号1311頁)。

イ 純資産方式による算定

(ア) 本件吸収合併によってシナジー効果が生じることは明らかではない。

したがって、本件株式の公正な価格を算定するに当たっては、道東SFFの「ナカリセバ価格」を算定する他ない。そして、その算定の基礎は、時価による評価換え等の処理を施した後の貸借対照表の純資産価格によることが相当である。

(イ) 本件吸収合併の直前である平成24年9月30日現在の道東SFFの純資産額は、貸借対照表によると、2億3869万7766円である。

これを道東SFFの発行済株式総数338万7000株で除すると、本件株式の1株あたりの価格は約70.474円となる。したがって、本件株式の買取価格については、純資産方式により1株71円と定めるべきである。

なお、平成24年9月30日現在の純資産額が平成23年12月31日現在の貸借対照表上の純資産額と大きく異なっているのは、主に①簿価について時価評価としたことと、②相手方との間で売掛・買掛取引について相殺したことによる。

(ウ) 企業価値の毀損はない(申立人反論に対する再反論)

道東SFFには、本件吸収合併を理由とする企業価値の毀損はない。

退職給付引当金及び貸倒引当金の各科目を計上する行為は、会社の価値をより正確に反映することはあっても、企業価値を毀損することはない。

また、土地の寄付行為も、経済的価値が認められない土地についてしたものであり、企業価値毀損行為には当たらない。

ウ 収益還元方式による算定

収益還元法によると、本件株式の価格は1株当たり63円と評価される。

エ 類似業種比準方式について

(ア) 本件吸収合併の際、両社の合併比率を定めるに当たっては、確かに、類似業種比準方式を用いた。

これは、本件吸収合併においては、合併対価を存続会社(相手方)の株式としたため、合併比率を算出すれば足り、また、合併比率の算出のためには類似業種比準方式による相対的な株式価格の判定で足りたからである。

他方、本件のように株式の買取価格を決めるに当たっては、類似業種比準方式は抽象化や仮定化の程度が高すぎ、妥当ではない。

(イ) 類似業種比準方式の株価算出仮定は、広範かつ大量に生起する評価事案に対し、公平かつ統一的処理をする必要がある相続税課税の場面では必要であるといえ、必ずしも不合理とはいえない。

しかしながら、本件の株価算定は、合併比率を定めるために他社と比較するような局面ではなく、課税の公平統一を図らなければならない相続税の課税局面でもなく、本件合併を期に退出する株主に対して支払われるべき金銭を算出するための株価の算定である。

本件において、類似業種比準方式によると著しく不合理な株価算定となり、同方式を用いることはできない。

オ シナジー効果について

本件吸収合併には、申立人が主張するような「シナジー効果」はない。

なお、相手方が本件吸収合併によって将来的に何らかの効果を期待していたのは事実であるが、それは相手方の事業体全体が不断の努力をしてこそ得られるものである。上場会社の組織再編に見られるように、組織再編行為時あるいはその発表時に株式の市場価値が上昇した際に、その上げ幅をもってシナジー効果とみることとは性質を異にする。

今後の不断の努力抜きには想定すらできない利益を、機会主義的に合併に反対し、企業体から退出することを選択した株主に対して付与することの方が、企業体に残ることを選択した株主と比較した際には、不公正である。

カ A鑑定について

(ア) A鑑定が非流動性ディスカウントを考慮した点について、異議はない。

(イ) 申立人のA鑑定に対する意見についての反論

株式買取請求の趣旨が、反対株主に対する投下資本の回収の途を確保し、当該株主の利益を一定の範囲で保障することにある、ということは認める。

しかし、ここでいう株主の利益は、あくまで組織再編行為がなかったのであれば有していたであろう経済的利益である。

組織再編行為を機に、それまでは非上場株式であり流動性がなかった株式について、その流動性を考慮することなく評価することは、むしろ反対株主に本来得ることのなかった利益を与え、その反面、他の株主に損害を与えうる結果となる。

株式買取請求制度において、反対株主に必要以上の利益を与えることは想定されてもいないし、すべきでもない。

(ウ) A鑑定の位置付け

鑑定人は、その専門的知識と経験をもって鑑定を行い、その中で本件株式については非流動性ディスカウントを加味してこそ株式価格が算定できるとしたのである。

株式価格の鑑定は、極めて高度な専門的知識と経験を必要とする判断であり、純然たる将来の予測に関わるものであるから、裁判所が選任した鑑定人による鑑定については、当該鑑定が著しく不合理かどうかという観点からその当否を決すべきである。

A鑑定は、全ての株主に共通の非流動性を考慮しつつ総合的判断として株価を算定しているのであり、これを著しく不合理であると評価することはできない。

キ 結論

以上によれば、本件株式の価格は、1株当たり63円から71円の範囲内の値をもって算定されるべきである。

第3判断

1  本件申立ての適法性について

前記前提事実によれば、本件申立ては適法にされたものと認められる。

2  本件株式の買取価格について

(1)  判断基準等

当裁判所は、当事者の主張や本件事案の特質を踏まえて裁判所の選任した鑑定人による鑑定(A鑑定)の合理性を検討した上で、これを参考にしつつ、吸収合併に反対した株主による株式買取請求の制度趣旨や本件の個別事情に照らして公正と判断される本件株式の買取価格を算定することにする。

(2)  A鑑定の概要

ア 鑑定事項

道東SFFの平成24年9月12日(本件株式の買取請求権の行使日)時点における普通株式の公正な買取価格

イ 評価方法

(ア) 利益還元法を採用

道東SFFは、最近5事業年度において安定して利益を計上しており、また、卸売事業そのものは、吸収合併存続会社である相手方において現在も営まれていることを考慮すると、事業の継続性及びその安定した収益力を無視することはできない。したがって、会計上の経常利益に税金費用を控除して得た金額を一定の割引率で割り引くことによって株主価値を評価する利益還元法が合理的であると判断し、採用することとした。

(イ) 鑑定評価額の最低額を画するものとして修正簿価純資産法を採用

道東SFFは、残余財産分配といった意味での解散を予定しておらず、また、過去5事業年度において安定的に利益を計上し事業の継続性が十分に見込まれていたため、修正簿価純資産法については、積極的には採用すべき事情にない。しかし、土地や有価証券等の主要資産の含み損益を時価評価した同法は、鑑定基準日現在での清算価値に近い価値評価方法といえるため、鑑定評価額の最低額を画するものとして採用する。

(ウ) シナジー効果について

本件吸収合併は、株式会社セイコーマートを親会社とする子会社同士の合併で、支配権の移動を伴わない、いわゆるグループ内再編による合併である。このような非独立当事者間における組織再編行為等においては、少なくとも独立第三者間の合併のように、誰が見てもシナジー効果を推測できるような明確なものは見受けられない。

また、一般的なシナジー効果の源泉である「規模の経済」の観点から考えた場合、道東SFFは、北海道の道東地区において、主にセイコーマート各店及び一般酒販店向けに酒類・飲食料品を卸売していた会社であるが、その収入の相当部分を吸収合併存続会社である相手方に依存していたことを勘案すると、本件吸収合併の前後において売上増加等のシナジー効果を推測できる程の大きな変化は見受けられない。

以上を総合すると、本件吸収合併において、シナジー効果は極めて限定的なものと考えざるを得ず、明らかに株主価値が増加するといえるほどのものは認められない。したがって、本件においては、株主総会の決議がなければその株式が有したであろう価格が「公正な買取価格」と考えられるので、事業継続を前提にしたインカム・アプローチである利益還元法による評価が最も妥当であると判断した。

ウ 利益還元法による評価額

(ア) 正常利益(税引前)の算定

本来、将来、永続的に見込まれる予想利益を使用すべきではあるが、道東SFFは既に合併により消滅しており、また、将来の事業計画等も存在していないことから、過年度の利益を基に、臨時的な変動要因を排除・平準化したところの持続しうる正常収益を算定するという観点から、道東SFFの過去5事業年度の経常利益(ただし、道東SFFは平成23年12月1日付けで小売部門を分割譲渡していることから、各事業年度の損益計算書における経常利益から小売部門の経常利益を消去し、継続企業価値を測定するための事業は卸売事業のみの数値を使用)を基礎とする。

以上の方法によると、道東SFFの正常利益(税引前)は4824万2000円となる。

(イ) 株主資本コストの算定

① リスクフリーレート 0.774パーセント

平成24年9月末の10年国債発行利回りを使用した。

② マーケットリスクプレミアム 5.5パーセント

株式市場全体の利回りとリスクフリーレートとの差をいう。

上記数値は、鑑定人が所属する法人において定められた数値である。これは、外部の調査データ等を基に総合的に判断・決定して、使用しているものである。

③ β値 1.049パーセント

株式市場の変動に対する株価の感応度をいう。

道東SFFは上場会社ではなく、かつ、事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の上場企業を観測することが困難であったため、卸売業の修正β値(ブルームバーグ社のデータに基づく東証33業種の卸売業の修正β値、2年週次:1.049(R2=0.734))を使用した。

④ サイズプレミアム 3.89パーセント

規模の小さな会社への投資は、規模が大きな会社への投資より一般的に倒産リスクが高く、投資家もより高い投資利回りを求めることから、2012 Valuation Yearbook(Ibbotson Associate社)のMicro-Capの値を使用した。

⑤ 株主資本コスト

①+(②×③)+④=10.43パーセント

(ウ) 株主価値の計算(非流動性ディスカウント25パーセントを採用)

以上を前提に、まず、繰越欠損金使用期間である平成25年12月期から平成29年12月期までの各期の税引後正常収益(割引前)を求め、これに、上記株主資本コストを割引率として使用して導き出した現価係数を乗じ、その合計額をもって平成25年12月期から平成29年12月期までの税引後正常利益(現在価値)とした(金額は約1億7118万6000円(①))。

また、繰越欠損金使用後である平成30年12月期以降における税引後正常収益(現在価値)についても、同様の考え方・方法により、約1億9039万6000円(②)と評価した。

上記各期間の税引後正常利益(現在価値)の小計は3億6158万3000円(①+②)であり、これを、本件における非流動性ディスカウント25パーセントで割り引くと、道東SFFの株主価値は2億7118万7000円と見積もられる。

なお、非流動性ディスカウントとは、最小限のコストで株式を売却できないことに対するディスカウントであり、通常は非上場会社に適用されるものである。これは、非上場会社の株式は上場企業の株式のように株式市場で容易に現金化することが困難であるため、ディスカウントを行うものであり、鑑定人が所属する法人の実務では20パーセントから30パーセントの割引率を用いていることから、本件では25パーセントの割引率を採用した。

(エ) 一株当たりの株価(利益還元法による評価額)

上記(ウ)の株主価値2億7118万7000円を発行済株式総数338万7000株で除すると、一株当たりの評価額は80円(円未満切上)となる。

エ 修正簿価純資産法による評価額

道東SFFの平成24年9月30日現在の修正簿価純資産額は2億3869万7000円であり、これを発行済株式総数338万7000株で除すると、一株当たりの評価額は71円(円未満切上)となる。

オ 総合評価(鑑定結果)

利益還元法による評価額80円が修正簿価純資産法による評価額71円を上回っていることから、本件株式の一株当たりの公正な買取価格は80円とする。

(3)  本件で採用する評価方法

ア 一般に、企業価値(なお、これから有利子負債等の他人資本を差し引いたものが株主価値となる。)を評価する手法は、①インカム・アプローチ、②マーケット・アプローチ及び③ネットアセット・アプローチの三つの手法に分類される。(日本公認会計士協会作成の「企業価値評価ガイドライン」(乙18)参照)

イ ネットアセット・アプローチについて

(ア) ネットアセット・アプローチは会社の純資産を基準に評価する手法であり、本件で申立人が採用すべきと主張する簿価純資産法も、相手方が採用すべきと主張する時価純資産法(修正簿価純資産法)も、これに属する。

ネットアセット・アプローチは、客観性には優れているものの、基本的に企業の清算価値を算定する手法であるため、近い将来における清算の蓋然性が低い企業の株式の評価手法としては必ずしも相応しくないと考える。

(イ) 本件において、道東SFFは、本件吸収合併前の5事業年度において、本件吸収合併に起因する損益を排除すると、事業自体から安定して利益を計上していたことや、道東SFFと相手方はいずれも株式会社セイコーマートの子会社であり、本件吸収合併は、株式会社セイコーマートグループ内での再編という意味合いが強く、道東SFFの事業等を清算するという目的はなかったことが窺われることのほか、申立人が有している道東SFFの株式は発行済株式総数の約9.2パーセントに過ぎず、少数株主で支配権を有していなかった申立人が、自らの意思で道東SFFを解散等させて、その清算価値を現実化させる可能性も非常に低かったことに照らすと、仮に本件吸収合併がなかったとしても、道東SFFが近い将来において解散、清算し、本件株式について、清算価値としての株主価値が現実化する可能性は極めて乏しかったというべきである(乙11の1ないし4、33)。

したがって、本件において、道東SFFの株式価格を算定する手法として、ネットアセット・アプローチを採用することは相応しくない。

ウ マーケット・アプローチについて

(ア) マーケット・アプローチは上場している同業他社や類似取引事例など、類似する会社、事業ないし取引事例と比較することによって相対的に価値を評価する手法であり、申立人が主張する類似業種比準方式(国税庁方式)もこれに属する。

(イ) 本件において、道東SFFはいわゆる譲渡制限株式会社であり、本件株式には取引相場が存在しない上、本件株式は発行済株式総数の1割にも満たず、これを取得しても道東SFFの支配権を取得することはできないため、本件株式を現実に売却することは簡単ではないと考えられる。また、一件記録を検討する限り、比較の対象となるような、道東SFFと事業の種類、規模、収益の状況等が類似する上場企業が存在することは明らかではない。また、一件記録を検討する限り、道東SFFの株式の取引事例は乏しい上(乙27)、各取引事例における価格決定のプロセスがどのようなものであったかも明らかではない。

以上によれば、本件で、道東SFFの株式価格を算定する手法として、マーケット・アプローチも相応しくないというべきである。

なお、申立人が採用すべきと主張する算定方法の一つである類似業種比準方式も、マーケット・アプローチに分類されるものだが、同算定方式は、国税庁の財産評価基本通達に依拠するものである。同通達は、国税庁が、相続税及び贈与税の課税に当たり、大量処理の要請と、過大な課税は財産権の侵害になり許されないが過小な課税の場合にはそのような問題は生じないという事情等を背景に、国税庁の職員が、過大な課税をすることなく、かつ、大量の案件を迅速に処理できるようにするための基準として定めたものであり、株式買取価格請求の場面で要請されるような「公正な価格」の算出を念頭に置いて定めたものではない。このような観点からも、同方式は本件株式の買取価格を算定するための方法としては相応しくないと考える。

エ 利益還元法の採用

(ア) 前記のとおり、本件吸収合併前の道東SFFの中心的事業であった卸売事業は安定した収益を上げていたこと、本件吸収合併後も、道東SFFが営んでいた卸売事業は相手方の下で引き続き営まれていること、本件株式は譲渡制限付株式である上、支配権を有しない少数株式であり、一般に売却は困難であると考えられることに照らすと、本件吸収合併に関する株主総会がなければ申立人が実現できたであろう本件株式に起因する利益は、道東SFFが将来生み出したであろう利益の分配分程度に限られると考えられる。そうすると、本件株式の買取価格を算定するに当たっては、道東SFFが将来生み出したであろうと期待されるキャッシュ・フローに着目して評価する手法であるインカム・アプローチによるのが相当であるというべきである。

(イ) インカム・アプローチには、フリー・キャッシュ・フロー法、配当還元法、利益還元法といった算定方法が含まれるが、本件吸収合併前の5事業年度において、道東SFFにおいて配当が実施されたのは平成21年12月期のみである(乙11の1ないし4、33)ことに照らすと、本件で、配当還元法を採用することは相当ではない。

また、フリー・キャッシュ・フロー法は、将来のフリー・キャッシュ・フローの期待値を一定の値で割り引くなどすることで株主価値を算定する方法であるが、本件では、当事者の主張及び一件記録を検討しても、本件吸収合併がなかった場合の道東SFFの将来フリー・キャッシュ・フローを見積もるに足りるだけの適切な資料(事業計画書等)はなく、本件株式の価格を算定するに当たって同法を採用することもできない。

最後に、利益還元法は、会計上の純利益を一定の割引率で割り引くことによって株主価値を算定する方法である。利益還元法を用いる場合であっても、本件吸収合併がなければ道東SFFが上げていたであろう将来の利益を予想しなければならない。この点、道東SFFは本件吸収合併により消滅しており、将来事業計画等も存在しないが、前記のとおり、道東SFFの中心的事業であった卸売事業は安定した収益を上げていたこと、本件吸収合併後も、道東SFFが営んでいた卸売事業は相手方の下で引き続き営まれていることに照らすと、道東SFFの過年度の利益を基に、本件吸収合併がなかったとしたら道東SFFが上げていたであろう将来利益を合理的に予測することは可能である。したがって、本件株式を算定する方法としては、利益還元法が適しているというべきであり、A鑑定が同法に基づいて本件株式の買取価格を算定していることは合理的であると認められる。

(4)  利益還元法による評価(A鑑定の合理性)

ア 前記のとおり、A鑑定は利益還元法により本件株式の1株当たりの買取価格を80円と算定した。

その具体的方法は、①道東SFFの決算書等上認められる同社の過去5事業年度の経常利益を基に、本件吸収合併前に既に分割譲渡した(したがって、道東SFFの将来利益に反映される可能性のない)小売事業部門から生じた経常利益を消去するなどの操作をした上で、道東SFFの正常利益(税引前)を年間4824万2000円と見積もり、次に、②この正常利益(税引前)に繰越欠損金の使用等、税務上当然に予想される措置を反映した税引後正常収益(割引前)を求め、これに、株主資本コストを割引率として使用して導き出した現価係数を乗じることによって、道東SFFの税引後正常利益(現在価値)を3億6158万3000円と算定し、③これを非流動性ディスカウント25パーセントで割り引くことによって得られた株主価値2億7118万7000円を、道東SFFの発行済株式総数338万7000株によって除することによって、1株当たりの株式価格を算出するというものである。

イ ①及び②の操作は、本件吸収合併がなかったとした場合に道東SFFが将来上げたであろう収益を見積もるのに合理的な方法であり、当事者からも、特段の異論は出されていない。

これに対し、A鑑定が、③の過程で非流動性ディスカウント25パーセントを採用していることについては、申立人から、前記のような異論が出されている。そこで、以下では、主に、道東SFFの株主価値を算定するに当たって、非流動性ディスカウントとして25パーセントの割引をしていることの適否について検討することとする。

ウ A鑑定で採用されている非流動性ディスカウントとは、同鑑定の鑑定書において、「最小限のコストで株式を売却できないことに対するディスカウントで通常は非上場会社に適用される」ものと定義されており、これを採用する理由については、非上場会社の株式は、上場企業の株式のように株式市場で容易に現金化することが困難であるためと説明されている。

これに対し、申立人は、市場性がないという理由だけで25パーセントも減額することは、少数株主に投下資本を確実に回収する途を与えて経済的に救済するという株式買取請求制度の趣旨を著しく没却するものであり、相当ではないと批判する。

確かに、本件は、吸収合併という組織再編行為に反対していただけで、積極的に保有株式を売却したいという意思を有していたわけではない反対株主の株式買取価格算定の場面であり、株式売却意思を有する者と購入意思を有する者との間における通常の売買取引における価格形成の場面とは異なる。そのため、申立人が、売却意思はなかったにも関わらず、市場性がないという理由で、その株式が本来有する価値を割り引かれて価格が算定されることに納得のいかない思いを抱くであろうことにも、一定の理解はできる。

しかしながら、本件で算定しなければならないのは、本件株式の有する価値ではなく、買取価格である。それぞれの立場の者がそれぞれの価値観で抱く価値とは異なり、売り手と買い手がいて始めて形成される価格を算定するに当たっては、たとえ、本件のように市場において売買がなされる場面ではなかったとしても、価格のつきやすさ、売れやすさということも考慮せざるを得ない。

そして、前記のとおり、本件株式が譲渡制限付株式である上、これを取得しても会社支配権を取得することが困難な少数株式であることを考慮すると、本件株式の買取価格を算定するに当たって、相当程度の非流動性ディスカウントをすることはやむを得ないというべきである。A鑑定が非流動性ディスカウントを採用したことについて、不合理と評価すべき事情はない。

また、A鑑定が非流動性ディスカウントの比率として25パーセントを採用したことについても、株式価格の算定、特に非流動性ディスカウントの比率のような判断には、極めて高度な専門的知識と経験を必要とし、だからこそ、そのような専門的知識と経験を有する者を裁判所が鑑定人として採用したことに照らすと、当該鑑定が一件記録から明らかに著しく不合理と認められない限り、これを排斥することはできないというべきである。

これをA鑑定について見るに、A鑑定の鑑定書によると、25パーセントという数値は、鑑定人が所属する鑑定法人の実務が非流動性ディスカウントとして20パーセントから30パーセントまでの数値を採用していることから決めたと説明されており、鑑定人又はその所属する鑑定法人の有する高度な専門的知識ないし経験に基づいて決められた数値であることが窺われる。少なくとも、一件記録を検討しても、A鑑定が非流動性ディスカウントとして25パーセントという数値を採用したことを著しく不合理と見なすような事情は認められない。

エ 以上によれば、利益還元法による本件株式の買取価格は、A鑑定により、1株当たり80円と定めるのが相当である。

(5)  シナジー効果について

申立人は、本件株式の買取価格を算定するに当たっては、本件吸収合併に伴うシナジー効果も織り込むべきである旨主張する。

しかしながら、本件吸収合併は、前記のとおり、グループ企業内での組織再編としての意味合いが強く、一件記録を検討しても、本件吸収合併によってシナジー効果が生じたことを窺わせるに足りる事情は認められない。

(6)  まとめ

以上によれば、本件株式の買取価格については、収益還元法により、1株当たり80円と定めるのが相当である。また、手続費用のうち鑑定費用については、両当事者間において、鑑定価額(1株80円)と各当事者の主張金額(申立人:1株114円、相手方:1株71円)との間のかい離割合に応じて分担する旨の合意があることに照らすと、A鑑定の鑑定費用120万円のうち、94万8837円を申立人の負担とし、25万1163円を相手方の負担とするのが相当である。

3  結論

よって、本件株式の1株当たりの買取価格を80円と定めることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤卓)

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