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札幌地方裁判所 平成24年(行ウ)20号 判決 2012年12月10日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

札幌国税局長が別紙不動産目録記載の不動産について,平成24年7月17日付 けでなした公売処分は無効であることを確認する。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が,滞納国税を徴収するため,昭和56年6月10日になされた別紙不動産目録記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)の差押え(以下「本件差押え」という。)は,昭和54年10月11日になされた札幌市α所在の土地8筆の差押え(以下「本件先行差押え」という。)によって,既に国税徴収権の時効が中断していたことから,改めてその時効の進行に影響を与えるものではなく,先行差押えによる差押物件の公売が終了した平成14年12月17日から国税徴収権の消滅時効が進行し,平成19年12月17日の経過をもって時効消滅したものであると解するべきであるところ,札幌国税局長が本件不動産について平成24年7月17日付けでした公売処分(以下「本件処分」という。)は,時効消滅した上記国税徴収権を原因としており,重大かつ明白な瑕疵があると主張してその無効確認を求める事案である。

2  前提となる事実(争いのない事実に加え,各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)

(1)  原告は,昭和48年7月31日,売買により本件各不動産を取得し,同年8月10日,札幌法務局受付第○号をもって所有権移転登記をした。

(2)  原告は,昭和50年度から昭和53年度までの各事業年度の法人税ないし源泉所得税(別紙表2「番号」欄記載に係る①ないし⑧に係る各国税)について,同表「納期限」欄記載の各納期限経過後の同表「督促年月日(繰上請求年月日)」欄記載の各年月日に,それぞれ督促(国税通則法37条)ないし繰上請求(同法38条1項〔昭和53年法律78号による改正前のもの。〕)を受けたにもかかわらず,その納付を怠った。

(3)  札幌国税局長は,札幌中税務署長から,別紙表2「徴収の引受日」欄記載の各年月日に,上記(2)の滞納国税について,それぞれ徴収の引継ぎ(国税通則法43条3項)を受けた。

(4)  札幌国税局長は,昭和54年10月11日,別紙表2①ないし⑧の各国税(差押調書謄本〔乙3〕添付の別紙「滞納国税等」の各国税)を徴収するため札幌市α所在の土地8筆に対し本件先行差押えを行った。

(5)  札幌国税局長は,昭和56年6月10日,別紙表2①ないし⑧の各国税を徴収するため,本件各不動産を差し押えた(本件差押え)。

(6)  札幌国税局長は,平成23年10月11日,別紙表1の滞納国税(別紙表2の③の延滞税。以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため,本件差押えに係る本件各不動産を公売に付して換価するために,公売の日時を同年11月18日から同月29日まで,公売の場所を札幌国税局,公売の方法を入札,開札の日時を同年12月1日午前10時,売却決定の日時を同月8日午前10時,売却決定の場所を札幌国税局,買受代金の納付期限を同日午後2時とする公売公告(以下「本件公売公告」という。)をし,同公告に係る通知を行った。

(7)  原告は,本件公売公告を不服として,同年10月20日,札幌国税局長に対して異議申立てをしたところ,札幌国税局長は,同月27日付けで棄却の異議決定をした。

さらに,原告は,同年11月21日,国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ,国税不服審判所長は,平成24年7月2日,審査請求を棄却する裁決をした。

(8)  札幌国税局長は,同月4日,本件公売公告に係る売却決定の日時を同月17日午前11時00分に,買受代金の納付期限を同日同時刻に,それぞれ変更する旨の公告を行い,同公告に係る通知書が原告に到達した。

(9)  札幌国税局長は,同月17日午前11時00分,本件公売公告に係る本件処分を行い,同日,本件各不動産の買受人から買受代金の納付を受けた。

(10)  札幌国税局長は,同月18日,国税徴収法131条の規定に基づき,本件各不動産の換価代金等について配当を行い,換価代金等の交付期日を同月25日であるとして配当計算書を作成し,同日,その謄本を原告に対して発送した。

(11)  本件各不動産の登記名義は,同月23日,同月17日の公売を原因として,訴外有限会社Aに移転された(甲5,6)。

(12)  札幌国税局長は,同月25日,換価代金等の交付を行い,換価代金等を原告の本件滞納国税に充当した。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本案前の争点(本件訴えの適法性)

(原告の主張)

重大かつ明白な瑕疵のある本件処分により,本件各不動産が訴外有限会社Aの所有名義となったものであるから,原告は,本件各不動産の所有者として,保護された利益を侵害されており,本件訴えを提起するにつき法律上の利益を有するものといえる。

また,訴外有限会社Aとの所有権を巡る紛争を解決するためには,登記原因とされた本件処分の無効確認を求める訴えがより直截的で適切な訴訟形態であるといえる。

よって,本件訴えは適法である。

(被告の主張)

ア 行政事件訴訟法36条によれば,行政処分の無効確認訴訟を提起し得るのは,無効と主張する行政処分又はこれに続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者が,当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない場合に限られている。

イ これを本件についてみると,本件各不動産に対する公売処分は既に終了して,本件各不動産の所有権及びその登記名義は訴外有限会社Aに移転し,その続行処分というものは考えられないことが明らかである。

そうすると,原告が本件各不動産に対する権利を主張したいのであれば,本件処分の無効を前提として現在の登記名義人を相手方として訴えを提起し,本件各不動産について所有権確認,所有権移転登記手続等を求めれば足り,本件処分の無効確認を求めることは許されないというべきである。

よって,本件訴えは不適法である。

(2)  争点(本件処分の適法性)

(被告の主張)

ア 徴収権の消滅時効

国税の徴収を目的とする国の権利(国税の徴収権)は,その国税の法定納期限から5年間行使しないことによって,時効により消滅する(国税通則法72条1項)。国税の徴収権の時効については,その援用を要せず,また,その利益を放棄することができないとされる(同条2項)。

国税の徴収権の時効については,国税通則法第2節に別段の定めがあるものを除き,民法の規定が準用される(同条3項)。

国税の徴収権の時効の中断については,国税通則法73条のほか民法の規定が準用されるが,民法の中断事由には,①請求,②差押え,仮差押え及び仮処分,③承認の3つが挙げられる(民法147条)。このうち,差押えによる中断の効力は,差押手続が終了するまで継続する(同法157条)。

なお,差押えによって消滅時効が中断するか否かは,その差押財産ではなく,被保全債権である国税ごとに決まるものであり,本件先行差押え時点で本件滞納国税に係る延滞税が未確定であっても,本税について時効が中断されるときは,その中断された本税に係る延滞税についての時効が同時に中断されるので,当時未確定であった延滞税も本件先行差押えの滞納国税に当然含まれると解される。

イ 札幌国税局長は,本件滞納国税を含む別紙表2①ないし⑧の国税を徴収するため,原告が主張する時効完成日(昭和56年6月8日)の前である昭和54年10月11日に本件先行差押えを行っており(なお,同差押えは,その後,平成13年から平成14年にかけて同差押えに係る差押財産が売買又は公売されるまで,取り消されることなく継続している。),これによって時効が中断したものであるから,昭和56年6月10日になされた本件差押えは,本件滞納国税が時効消滅した後に行われたものではない。

また,本件先行差押えに係る差押財産に対する公売が平成14年12月17日に終了したことにより,本件先行差押えに基づく時効中断効自体は失われたものの,昭和56年6月10日に本件滞納国税を被保全債権として含む本件差押えが行われており,本件差押えは平成24年7月17日の本件処分時まで継続していたのであるから,本件滞納国税に係る国税徴収権の消滅時効は,本件先行差押え時から本件処分時まで進行していない。

したがって,本件処分は適法である。

(原告の主張)

昭和54年10月11日,本件先行差押えにより,法定納期限である昭和51年6月8日から進行を始めていた本件滞納国税を含む別紙表2①ないし⑧の各国税の時効は中断した。

昭和56年6月10日,本件差押えがなされたが,別紙表2①ないし⑧の各国税の時効は既に本件先行差押えにより中断していたため,本件差押えは別紙表2①ないし⑧の各国税の時効の進行に何ら影響を与えるものではなかった。なぜなら,時効の中断効は,進行中の時効について生じるものであるところ,別紙表2①ないし⑧の各国税の時効は,本件先行差押えによって,それまでに進行した時効期間が「ゼロ」にリセットされて時効が進行していなかった以上,本件差押えにより中断効が生じる余地はなかったと解されるからである。

平成14年12月17日,本件先行差押えによる差押財産の公売が終了したことにより,本件先行差押えによって中断していた別紙表2①ないし⑧の各国税の消滅時効は,この時から新たに進行を始め(民法157条1項),平成19年12月17日の経過により,別紙表2①ないし⑧の各国税は時効の起算日である昭和51年6月8日に遡って消滅した(民法144条)。

よって,本件処分は,既に時効で消滅した本件滞納国税を徴収するために実施されたものであり,重大かつ明白な瑕疵があって無効である。

第3当裁判所の判断

行政事件訴訟法36条によれば,無効等確認の訴えを提起し得るのは,当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で,当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない場合に限られている。そして,当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない場合とは,当該処分に基づいて生ずる法律関係に関し,処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によっては,その処分のため被っている不利益を排除できない場合はもとより,当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として,当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において,当該処分の無効確認を求める訴えのほうがより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味するものと解すべきことは,最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号1090頁の趣旨に徴し明らかである。

これを本件についてみると,本件処分は,本件各不動産に対する原告の所有権をその買受代金の納付を条件として訴外有限会社Aに取得させる(国税徴収法116条1項)ものであり,本件訴訟の目的は,原告の本件各不動産に対する所有権を保全することにあるものと解される。ところで,本件訴訟の目的である本件各不動産の所有権との関係について見ると,前提となる事実(9)及び(11)記載のとおり,公売処分手続は,訴外有限会社Aにおいてその買受代金を納付して本件各不動産の所有権を取得し,本件不動産の所有権の登記名義が訴外有限会社Aに移転されたことによって完結しており,既に本件各不動産に対する所有権を喪失した原告に対して,さらにその所有権を制約する続行処分というものを観念する余地はないから,原告は,本件処分の無効を前提として現在の登記名義人である訴外有限会社Aを相手方として訴えを提起し,本件各不動産について所有権確認,所有権移転登記抹消登記手続等を求めることによって,本件各不動産の所有権を保全するという目的を達することができるというべきである。

原告は,あたかも本件各不動産につき平成24年7月17日公売という登記原因で所有権移転登記をされていることから,本件処分の無効の確認を請求する方がより直截的で適切な訴訟形態であるかのように主張するが,被告との関係において本件処分の無効を確認したところで,その無効確認判決の第三者に対する拘束力が生じるか否かについてはさておくとしても,その判決によって直ちに訴外有限会社Aの登記名義が原告の下に回復されるものではないのであるから,原告が,所有権に基づく本件各不動産の円満な支配を回復するためには,さらに訴外有限会社Aを相手取って,本件各不動産の所有権の確認を求め,その所有権移転登記抹消登記手続を請求する訴訟等を提起せざるを得ないところ,そうであるならば,本件処分の無効確認請求訴訟を経ることなく,直ちに訴外有限会社Aを相手取って上記所有権確認請求ないし所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟等を提起しても紛争の解決をもたらす結果において同一であり,むしろ本件処分の無効確認請求訴訟を経ない点で一層直截的かつ適切であるといえることに照らし,本件処分の無効確認請求の方が,訴外有限会社Aを相手取った所有権確認ないし所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟等より直截的で適切な訴訟形態であるなどとみる余地はない。

よって,本件訴えは,「当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない場合」に当たらないことは明らかであるから不適法である。

第4結論

以上のとおり,本件訴えは不適法であるから,これを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉和則 裁判官 岸田航 裁判官 瀬戸麻未)

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