札幌地方裁判所 平成24年(行ウ)35号 判決 2015年3月06日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
淺野高宏
同
上田絵理
同
倉本和宜
同
白諾貝
同
高須大樹
被告
国
同代表者法務大臣
A
処分行政庁
函館労働基準監督署長 B
被告訴訟代理人弁護士
吉川武
同指定代理人
Cほか8名
主文
1 函館労働基準監督署長が原告に対して平成23年2月23日付けでした別紙1の日に係る労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,a株式会社(以下「a社」という。)の従業員であった原告が,派遣先の上司からセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)を受けたことにより精神障害を発病して労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償の支給を請求したのに対し,函館労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)から別紙1の日に係る部分について支給しない旨の処分を受けたことから,その取消しを求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 原告(昭和42年○月○日生。女性)は,平成13年1月12日,a社b支店に契約社員として入社し,c株式会社北海道支店お客様サービス部dセンター(以下「dセンター」という。)に派遣され,番号案内等の業務に従事した。
(2) 原告は,平成15年6月以降,新人の研修指導を担当するインストラクターの職務を兼務するようになり,この頃から,dセンターの上司であるD(以下「D」という。)から,「愛している。」等の内容の携帯電話のメールの送付を受けたり,職場において「二人で食事に行こう。」「温泉に行こう。」等の言葉で何度も誘われたり,酒席やカラオケボックスにおいて肩に腕をかけられたり,同乗したタクシーの車内で手を握られて唇を押し付けられたり,誘いを断った後に無視する態度をとられるなどのセクハラを受けた。
(3) 原告は,平成16年6月17日,医療法人社団eメンタルクリニック(以下「eメンタルクリニック」という。)を受診し,適応障害,不安障害,うつ状態と診断された。
(4) 原告は,平成18年7月7日にa社を退職した後,別紙2<「X氏の休業補償請求期間における就労日及び通院日状況一覧」省略。以下,同じ>の「通院日」と記載されている日にeメンタルクリニックに通院し,「司会」と記載されている日に司会業務(就労先:有限会社f)を行い,「選挙事務所への勤務」と記載されている期間にg市議会議員E(以下「E市議」という。)の選挙事務所に勤務し,「看護学校講師」と記載されている日に国立病院機構h病院附属看護学校(以下「本件看護学校」という。)の講師業務を行った。
(5) 原告は,平成19年9月5日,処分行政庁に対し,平成18年7月7日から平成19年8月23日までの期間に係る休業補償給付の請求をした。これに対し,処分行政庁は,平成20年4月4日付けで,不支給とする処分をし,北海道労働者災害補償保険審査官は,平成20年9月29日付けで,原告の審査請求を棄却し,労働保険審査会は,平成21年7月22日付けで,原告の再審査請求を棄却した。
(6) 処分行政庁は,平成23年2月23日付けで,平成18年7月7日から平成19年8月23日までの期間のうち192日分(平成18年7月7日から平成19年2月4日までのうち,待機期間である平成18年7月7日から同月9日までの3日間及び原告が司会業務に従事して賃金を得ている日を除く合計181日並びに平成19年4月28日から同年8月23日までの期間のうち,原告が通院した日であって,かつ,司会業等により賃金を得ていない日の合計11日)について支給要件を充足しているものとして休業補償給付を支給し,他方,それ以外の別紙1の日に係る部分については不支給とする処分(以下,同処分中,不支給とする部分を「本件処分」という。)をした。
(7) 原告は,本件処分を不服として審査請求をした。これに対し,北海道労働者災害補償保険審査官は,平成23年7月28日付けで,これを却下し,労働保険審査会は,平成24年4月11日付けで,原告の再審査請求を棄却した。(証拠<省略>)
(8) 原告は,平成24年10月9日,本件訴えを提起した。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件における争点は,別紙1の日において,原告が「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」(労災保険法14条1項)との要件を充足するか否かである。
(原告の主張)
労災保険法14条1項の「労働することができない」との要件については,休業前の就労能力の程度に回復していなければ,これに当たると解すべきである。この点については,健康保険法の傷病手当金の支給要件に関する最高裁昭和42年(行ツ)第98号同49年5月30日第一小法廷判決が参照されるべきである。仮に,上記要件が「一般的に労働不能であるか否か」という観点から判断されるとしても,その判断は,従前の職務との対比の上で考慮されるべきである。
原告は,選挙事務所就労中の期間も,治療のための薬剤を継続的に処方されており,症状が悪化していた。また,失業保険を受給できず,年金生活の母親から援助を期待することも出来なかったため,生活のために無理をして働かざるを得ない状況にあった。選挙事務所における原告の就業は,E市議が原告の病気のことを知った上で,社会復帰と生活支援のために雇用していたものであり,原告に精神的負担のかかる仕事は行わせないように特別に配慮された環境での就業であり,原告が一般的な労働に従事できるほどに労働能力を回復していたとはいえない。原告は,選挙事務所の勤務を経た後も,男性に対する恐怖心がますます強くなり,音に敏感になったり,音楽を聞けなくなったり,日常生活での支障が生じるようになっていた。
また,原告は,選挙事務所に就労した後の期間において,司会業を延べ20日間,本件看護学校の講師を2日間務めることができたものの,司会業については,原告が生活を維持するために続けるしか選択肢がなく,以前から非常に慣れた業務であって就業日も少なかったことからできたものであるし,E市議に紹介された本件看護学校での講師業については,男性が少なく,インストラクターや司会業の経験を活かせることから引き受けたものであり,単発の簡易な仕事であったことからできたものである。この時期,原告に対する投薬の種類・量は増加しており,原告の症状が回復していたというわけではない。原告の主治医であるF医師(以下「F医師」という。)も,この期間の原告の症状につき,それ以前の期間と比較して症状が増悪しており,要休業と判断している。
以上からすれば,原告は,別紙1の日についても「労働することができない」との要件を充足していたと解すべきである。
(被告の主張)
労災保険法14条1項における「労働することができない」とは,一般的に労働不能であることを意味するのであって,被災前の労働に就けないという意味ではない。軽作業その他の業務に就き得る場合には,一般的に労働不能の状態にあったとはいえない。最高裁昭和42年(行ツ)第98号同49年5月30日第一小法廷判決は,特殊な局面における受給権の喪失の有無について判断したものであるし,健康保険法と労災保険法の各支給要件を同一に解すべき根拠はない。
原告は,別紙2のとおり,司会業務に従事し,平成18年11月9日から平成19年1月31日までの間,i公共職業安定所による1日約6時間の公共職業訓練を,司会業の日及び通院日を除く平日のほぼ毎日(延べ51日)にわたって受講し,症状のピークと考えられるa社退職時から約7か月の回復期を経て,約3か月間,選挙事務所でほぼ常勤とみなされる週4日以上の勤務を継続した。これにより,通常の継続的業務に服することが可能なまでに症状が回復したことが客観的に明らかとなった。原告の主治医も,選挙事務所就労中の期間について,原告が就労可能な状態にあったと判断をしている。原告は,主治医に対し,男性との接近により極めて深刻な症状が出現したなどの症状を話していないし,原告に対する投薬は,むしろ減量されている。
また,原告は,選挙事務所に就労した後の期間において,司会業務に合計20回従事した上,新たに,本件看護学校で2回講義をしているほか,不定期にG(以下「G」という。)が行うボランティア活動等を手伝っていた。選挙事務所就労中の期間以降,休業が必要と判断されるまでに症状が増悪したとの医学的根拠はない。
以上のとおり,別紙1の日については,休業の必要性がないものと認められるから「労働することができない」との要件を充足しない。
第3当裁判所の判断
1 本件の経過
前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件の経過として,以下の事実が認められる。
(1) 業務に起因する精神障害の発病に至る経緯
ア 原告は,平成13年1月からdセンターのオペレーターとして電話番号案内と電報以外の全ての受付販売業務に従事した上,平成15年6月から,新人のオペレーターの研修を担当するインストラクターも併せて従事するようになり,同研修の統括的な担当者であったDから①平成15年12月中旬,忘年会の二次会で,「お前のことが気になる。これ以上のことは言わないでおく。」と好意を仄めかされたり,②「2人で食事に行こう」「2人で温泉に行こう」などと何度も誘われたり,③職場の飲み会の際に,Dの隣に座るように招き入れるようにして誘われ,隣に座った際に椅子を同人の方に向けられたり,肩に腕をかけられるなどされ,④Dからの誘いを断ると,Dから,無視する態度をとられたり,研修中に睨みつけられたり,⑤平成16年2月下旬,「お前のことが好きだ」という内容のショートメールの送付を受け,その後も同趣旨のメールの送付を受け,⑥職場で飲みに行くためにDとタクシーに同乗した際に,何度か背面越しに腕を回され,手を握られ,⑦平成16年5月頃,カラオケボックスからの帰りに,タクシーの後部座席に同乗したDから手を握られた上,Dの唇を手に押し付けられるなどのセクハラを受けた(証拠<省略>,原告本人)。
イ 原告は,平成16年5月又は6月頃から,不眠や吐き気のほか,ストーブを消したかどうかや,ヘアアイロンのコンセントを抜いたかどうかなどを何度も確認し,仕事中も母親に電話をして確認をしたりする確認癖の症状が出始めた(証拠<省略>,原告本人)。
ウ 原告は,平成16年6月17日,eメンタルクリニックを受診し,F医師に対し,同年5月から職場も忙しく,環境も変わり,仕事でも些細なことでもミスが続いたり,確認癖が続いている上,起こってもいないことも気になってしまって考えが止まらないなどと訴え,「心身症,OCD強迫性障害,うつ状態が重畳した状態」であるとの診断を受け,ルボックス錠等の処方を受けた(証拠<省略>)。
(2) a社の退職に至る経緯
ア 平成16年6月23日から平成16年12月27日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>。【 】内は邦訳である。以下同じ。)。
(ア) 平成16年6月23日
朝にすごく楽,いつも朝は動けなかったが,楽になった。眠気が強く出ており,オペレーターと司会の仕事をしているため,フラフラする。副作用は,常に眠いこと以外は全くなかった。眠気が強いので,レキソタン,ドグマチールを減量する。
(イ) 同年7月7日
腹や胸が張ったりする。夜中に2回目が覚める。mamma【乳房】の張り,腹部不快症状などがあり,ドグマチールを中止し,ガスモチンを追加投与する。易疲労感(家に帰ると脱力してしまう)などあり,ルボックス4.5Tに増量してみる。早期覚醒があり,レスリンを追加投与する。
(ウ) 同月21日
夜は眠れるようになった。今週になってから薬なしでよく眠れるようになった。自分で考え事をしているときに,あたかも誰かがいるような感じがすることがある。ふとしたときに,自分のイメージが優位になって,そのイメージの中で行動してしまう。軽いdissociation【乖離】があり,自分でも驚いてしまうことがあるという。イメージに没入しそうなときには,イメージから意識を逸らすように指導。
(エ) 同年8月4日
生理が近いせいもあるかもしれないが,朝起きるときから気分が落ち込んでいることがある。仕事は司会とインストラクターなどをしているので,緊張が強いられ,タイムスケジュールを自分で考えて辛くなる。生理前でうつ状態の増悪があり,ルボックスを増量する。
(オ) 同月20日
眠いこと以外は問題ない。Kr【患者】なりにglatt【順調】なので,眠気対策として,レキソタンを中止し,頓用に変更する。高PRLあるので,プロラクチンも中止する。
(カ) 同年9月3日
変わりない。眠気もなくなった!!来週から新人研修が入るので,仕事がハードになり,遅くまでかかるため,大変です。吐き気がないので,ガスモチン自己調整可とする。
(キ) 同年10月13日
ちょうど薬が切れて,夜中眠れなくなって,研修が続いて,睡眠障害(熟睡障害)が辛かった。体が疲れてくると,マイナス思考が前景化してしまう。ワーカホリックになっているので,どこかでクールダウンするように指導する。
(ク) 同年11月24日
1週間耳鳴りから始まり,眠れなくなり,睡眠不足が続いていて,昨日からイライラして受診した。一種のリバウンド状態にあり,服薬遵守するよう伝える。tapering【減薬】は徐々に進める予定。
(ケ) 同年12月27日
調子は順調です。落ち着きました。Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
イ Dは,平成17年に入った頃からは,原告に対する態度がよそよそしくなるようになり,無視する態度をとったり,仕事上の必要な連絡も,原告に直接伝えるのではなく,同僚を通じて伝えるようになった(証拠<省略>,原告本人)。
ウ 平成17年1月27日から平成17年4月9日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>)。
(ア) 平成17年1月27日
Kr【患者】から電話があり,薬が切れてしまうので,不安という。明日ないしは近日中に必ず受診して,処方を受けるように伝える。
(イ) 同月28日
調子は悪くない,このままfollow【経過観察】。
(ウ) 同年3月9日
司会を4月まで入れないことにして,今週から休みをとれるようになった。10日前から職場が忙しくて,体がムカムカして,胃が痛くなり,吐いたりすることがあった。職場のストレスがあり,感情的になったり,泣いたり,吐き気が強くなったりしていた。吐き気にプリンペラン追加,胃炎にガスターを追加。
(エ) 同年4月9日
胃の症状が治まらなくて,バリウムの検査をし,胃炎と腸の蠕動が良くないと指摘された。司会もそろそろ始めないといけない。職場でも,状態の波があり,疲れもあるが,意欲が今ひとつ出てこないことがある。Hemmung【制止】とStimmung【気分】のSchwankung【変動】があり,ノリトレンを少量追加して処方する。
エ 原告は,平成17年5月頃,Dからのセクハラから逃れようとインストラクターの担当を外れてオペレーターとして従事するようになったものの,Dから内線電話で食事に誘われるなどの行為が継続したため,a社の支店長やDの上司などにDからのセクハラについて相談した(証拠<省略>,原告本人)。
オ 平成17年5月12日から平成17年7月20日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>)。
(ア) 同年5月12日
6月いっぱい忙しいのが続くことになった。仕事もストレスが大きく,来週末から有給を使って休もうと思う。12日間休む。司会もセーブして,と思っている。仕事が忙しく,契約内容などで考えることがある。ワーカホリックであり,調整を付けるように伝える。
(イ) 同年6月17日
だいぶ良くて,インストラクターを辞めることにして,通常勤務に戻してもらうことにしたが,婚礼で遅くなったときに夜眠れないときに頓用で良眠している。仕事のスケジュール調整で,体調もまあまあになってきたという。良い状態が続けば,いずれ薬を減量する予定とする。
(ウ) 同年7月20日
薬をセーブして飲まないこともあるが,その際に頭痛がすることがあった。Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
カ 原告は,平成17年8月19日,F医師に対し,上司からセクハラを受け,付合いを断ると対応が悪くなり,仕事をしづらくなった旨を訴えた。これについて,F医師は,診療録に,「セクハラもどきの,ストレスがあるが,それなりに自分なりに対応できているので,このままfollow【経過観察】!!」と記載している(証拠<省略>)。
キ 平成17年9月21日から平成18年7月3日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>)。
(ア) 平成17年9月21日
職場の方は,環境も変わらず,上司に関する噂が広まり,対処の仕様がない。いろいろ言ってみても改善されないので,仕事を辞めることも選択肢に入れざるを得ない。涙が止まらなくなったり,自分で制御できていたのができなくなり,辛い思いがする。情緒不安定になることがあり,セロトニン欠乏症と考える。加味逍遥散と「FVS」増量で対処する。
(イ) 同年10月21日
職場の環境があまり良くないので,車から出られず,帰りたい。お客と一緒のときは大丈夫だが,恐怖症状が続いている。職場の環境が変わることがないので,退職,転職することも考えようと思う。
(ウ) 同年11月29日
調子は一進一退であり,職場の環境が変わるわけではないが,それがきつい。
(エ) 平成18年1月20日
薬を切らさずに,量を調整して服用していた。耳鳴りや頭痛はなくなっている。職場の環境が変わらないので,転職も視野に入れてこれからは考えていこうと思う。身体症状の消失あり。環境ストレスは同様だが,どうにか切り抜けているという。Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
(オ) 同年4月11日
大丈夫です。仕事は同じ職場に勤めている。忙しくなると食べ吐きが続いている。ストレスで過食嘔吐があり,それが心配。しかし自制内なので,このままfollow【経過観察】。
(カ) 同年5月12日
今日会社に行くことができなかった。そのような状態が2週間前から続いており,調子は良くない。確認癖は治まっていたが,仕事の方が負担になってきている。いろいろな仕事が回ってくる。セクハラの上司と距離を置こうとしているが,それを周囲にわかってもらうことが大変である。自分で環境調整しようとしているが,疲れてしまって何もできなくなったこと,朝に起きられず,昼夜が逆転気味である。抗うつ薬を増量してみる。
(キ) 同月29日
職場については,セクハラがあり,辞めるつもりだったが,忙しい時期でインストラクターを降り,部下を教えていたので普通どおりにしている。「正直者が馬鹿を見る」と派遣元の支店長が言っていたのを聞いてしまった。それを考えてしまうと,布団に入っても眠れない。急な変化があると精神的に不安定になる。どうにか仕事はこなしているが,ストレス性の疲弊があり,「FVS」を増量し,いずれアリピプラゾールを追加処方することも選択肢に考えておく。
(ク) 同年6月15日
調子が良くなく,前回は食欲がなかったが,数日前から食べ吐きがひどくなって止まらなくなってしまった。今日は会社に行こうと思ったが,足が向かずに受診した。自分が制御できないという不安,自分に対する不満が大きい。挨拶もできない自分が腹立たしいということがあり,まずは挨拶をしてみること,形から入ってみることを勧めてみる。
(ケ) 同月28日
1年半前のセクハラのことが忘れられず,その上で仕事を積極的にしようと思って,集中できず,仕事を終えたときにすごく疲れてしまう。この1週間,自分の中で,相手がいないのに自生観念の中で会話をしてみたり,支店長と話をしているのに気づいてしまうことがある。一種の解離状態が生じることがあるようだ。ルーラン追加処方。
(コ) 同年7月3日
薬を昼間飲んでしまうと,仕事にならない。朝晩にして,仕事のことを考えないようにして,今日も仕事に行けるようにと思ったが,行けなかった。セクハラの訴訟を起こしたいが,証拠がない。j団体に相談をしてみたいと思う。
ク 原告は,平成18年7月6日,Dからのセクハラと嫌がらせを相談するため,DV被害者の支援等を行っているNPO法人であるj団体の事務所を訪れて理事長のGと面談し,同日,同人が副執行委員長を務める女性の労働問題をサポートする組合であるkユニオン(以下「kユニオン」という。)に加入した(証拠<省略>,証人G,原告本人)。
ケ 原告は,平成18年7月7日,a社を退職した。
(3) 選挙事務所就労前の期間の原告の就労状況及び通院状況等
ア 原告は,平成18年7月7日から平成19年2月4日までの間(以下「選挙事務所就労前の期間」という。),別紙2の「司会」と記載された日に,括弧内の時間司会業務に従事した。司会業務に従事した日及び時間は,平成18年7月16日(3時間),同年8月5日(2時間),同月6日(2時間),同月14日(5時間),同月17日(1時間),同月18日(2時間),同月19日(7時間),同月26日(3時間),同月27日(2時間),同年9月2日(3時間),同月3日(3時間),同月9日(3時間),同月16日(3時間),同月17日(6時間),同月23日(3時間),同年10月7日(3時間),同月8日(6時間),同月9日(3時間),同月14日(3時間),同月15日(3時間),同月21日(3時間),同年11月3日(4時間半),同月5日(3時間),同月11日(6時間),同年12月2日(3時間),同月16日(3時間),平成19年1月5日(3時間),同月7日(3時間),同月13日(3時間)である。(証拠<省略>)
また,司会業務に関する仕事内容等は,以下のとおりである(証拠<省略>)。
(ア) 原告は,平成2,3年頃から,有限会社fの指示を受けて,結婚式,お祭り,カラオケ大会及びコンサート等のイベントの司会業務を行っていた。司会業務は,原則として同社が委託を受けたものについて原告が派遣されて行うものであり,仕事に関する交渉やクレーム処理は同社が行っていた。仕事の割り振りは,原告の都合により行われていた。
(イ) 原告は,dセンターに勤務していたときも,借金の返済に充てたり,家計の足しにするため,休日に司会業務を行うことがあった。
(ウ) 司会のスケジュール表は約2か月前に会社から郵送もしくはFAXされ,司会の1週間前から前日までの間に打合せを行う。結婚式の司会の場合,タイムスケジュールや新郎新婦の紹介文を自宅で作成した上,司会当日は1時間半程度前に式場入りし,新郎新婦に紹介文の確認をしてもらったり,祝電の確認や会場スタッフとの打合せを1時問程度行い,司会業務を2時間程度行う。お祭り,カラオケ大会などは,事前に資料をもらい,1時間前に会場入りして担当者と打ち合わせを行った上,合計2時間30分程度の司会業務を行う。年に1,2回の港祭りなどの大きなイベントでは,6,7時間程度従事する。
(エ) 原告は,休業補償給付を請求する期間において,司会業務を務める日が決まった後に体調不良により司会業務ができなかったことはなかった。
イ 原告は,平成18年9月上旬,i公共職業安定所に求職申込みの手続を行った上,同月19日から平成19年1月31日までの期間につき失業手当を受給するとともに,平成18年11月9日から平成19年1月31日までの間,同職業安定所による公共職業訓練を平成18年11月に14日間,同年12月に19日間,平成19年1月に18日間受講した。同訓練は,受講資格の筆記試験を経た上,パソコンのオフィス用アプリケーションの操作を習得して検定を受けるという内容であり,訓練時間は,通例,平日の午前9時頃から午後4時頃までの約6時間とされている。(証拠<省略>,原告本人)
ウ 原告は,a社を退職して以降,kユニオンを通じ,a社やdセンターとの間で団体交渉をすることになった(証拠<省略>)。
エ 原告は,平成18年12月頃から,果物ナイフを使ったリストカットを繰り返し行うようになった(証拠<省略>,原告本人)。
オ 平成18年7月21日から平成19年1月31日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>)。
(ア) 平成18年7月21日
7月7日付けで仕事を辞めた。インストラクターをするのにセクハラの男性と一緒にしなくてはいけなかったのと,「正直者が馬鹿を見る」ということを言われたのがショックで辞めた。会社に行こうとしても会社に行けないという状態が続いていた。会社に行かなくなったことで,精神的に楽になった。司会の仕事をしながら社会保険労務士の資格を取ろうと思う。仕事を辞めてすっきりとしている。ルーラン不要,逆に不眠症(中途覚醒)があり,アンデプレ追加処方,自己調整可とする。
(イ) 同月24日
ウィメンズに団体交渉を全面的に依頼して,a社,dセンター,セクハラを働いた男性と交渉をしてもらう。2年間の医療費と治療自体がどれくらいまでかかるのか教えてほしい。平成15年12月くらいからセクハラがあり,2人きりでいるときに食事に誘われたり,手を握られたりした。それを断ったら,手のひらを返したように無視をされたりした。その後会社の方に抗議したら,セクハラを働いた男性と和解しろと言われた。
(ウ) 同年8月12日
これから団体交渉のみ頑張っている。朝まで眠れないことがあり,気分的に落ち込むことがある。イベントが予定に入ることがあるが,休みをとりながら頑張ろうと思った。当事者の集まりがあり,リストカットをセクハラでしてしまったという人の話を聞いたら,冷や汗が今までにないくらいに噴出した。仕事を離れて少しは気持ちが安定している。
(エ) 同月21日
昨日から体がだるくて,体調が悪い。仕事が入ると,薬を飲めなかったり,飲み忘れたり大変だった。風邪も引いたかもしれない。昨日から吐き気,聴覚過敏,不安などが前景化しており,臭いにも敏感になっている。多汗の症状がある。ナウゼリン,グランダキシン及びドグマチールを追加処方する。
(オ) 同月29日
前回の症状はかなり改善した。激しい汗はなくなった。どうしてもガスがたまってしまう。ドグマチールなどの追加薬を減量してこのままfollow【経過観察】。
(カ) 同年9月11日
ハローワークで失業手当をもらうことにした。失業保険の診断書作成。Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
(キ) 同年10月3日
疲れと上手に付き合うことができなかった。自分の疲れが分からないと自分のコントロールができないため,それが苦痛だった。易疲労感や疲労の客観視ができないため,そのことが一番心配である。団体交渉でセクハラに対抗したい(訴訟は起こさずに済ませたい希望有り)。状態は良いので,ドグマチールとグランダキシンを減量する。
(ク) 同月24日
頭が重く痛いときがあり,起きているのが大変なときがある。めまいがあるが,心は元気である。土曜日に仕事があり,日曜日に頭痛があり,起きてまた横になるという状態が続く。買い物に行ったりするときにめまいがするので,切り上げて帰ってくることがある。スーパーなどや婚礼の始まる前に不安を感じることがある。頭痛があり,SG顆粒を処方する。不安やめまいなどの身体化症状があり,要follow【経過観察】(徐々に改善はしている。注意の切替えや症状の客観化が可能になっている。)。
(ケ) 同年11月8日
先週はアナウンサーの仕事が4時間続いても疲れなかった。気持ちが楽になってきたのかもしれない。ブログを作ったので,それも自分の世界を広げることになったのかもしれない。明日からPCのアプリケーションの学校が始まるので,張り切っている。
(コ) 同月22日
疲れが抜けず,家に帰るとぐったりしてしまう。そうなったときは,人の声が耳に障る。学校自体は楽しい。易疲労感はあるが,自制内である。Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
(サ) 同年12月12日
学校に通い始めて,模擬試験を朝から晩までやっているつもりかもしれないが,頭のtremor【震え】が自覚されたり,めまいが強くなったり,呼吸が乱れることがある。家に帰って勉強したくても集中できない。不安感が強いので薬を増量してみる。
(シ) 同月26日
腸の動きが悪い。セレキノンを追加して,大建中湯を増量する。札幌で当事者スピーチをする。大丈夫だろうか。大丈夫でしょうと伝える。
(ス) 平成19年1月17日
お腹の張りがなくなったが,便秘がひどい。エクセルの試験が一段落,パワーポイントの検定に向けて頑張っている。札幌で団体交渉をしている。示談に持ち込めた方が良いと自分が提案したが,交渉団が最後まで頑張ると言い切っていて疲れてしまっている。気分的な波はあり,軽いdissociation【乖離】・depressive【抑うつ状態】になることがあった。何かを話さなくてはならないときには,その後に情緒が不安定になり,涙もろくなってしまう。情緒不安定,気分の波があり,バレリンを追加処方する。
(セ) 同月31日
dセンターの本杜から本日書面で回答が来て,一切謝罪をしないということになった。E市議の仕事をすることになって,団体交渉を続けることがきついと思う。団体交渉は自分抜きで進んでいくが,自分はどのように対応していけばよいのか悩んでいる。そのことにより,物音で吐き気,脂汗をかいてしまう。薬もなくなり,最悪な状況である。まずは司会の仕事を抑制して,E市議の秘書のようなこともやる予定である。
カ 原告は,選挙事務所就労前の期間において,a社退職時点で処方されていた薬(レキソタン錠,ノリトレン錠,デプロメール錠)を継続的に処方されたほか,ドグマチール錠,グランダキシン錠,ナウゼリン錠を継続的に処方されるようになり,また,アンデプレ錠,SG顆粒を一時的に処方された(証拠<省略>)。
(4) 選挙事務所就労中の期間の原告の就労状況及び通院状況等
ア 原告は,平成19年2月5日から同年4月27日までの間(以下「選挙事務所就労中の期間」という。),Gからの紹介を受け,E市議の選挙事務所に勤務した。
(ア) 同選挙事務所における業務内容等は,以下のとおりである(証拠<省略>,原告本人)。
a 後援会名簿の整理,後援者への郵便物の発送並びに事務所の来訪者及び電話への対応等を行う。
b 就労日は,原則として月曜日から金曜日までの週5日勤務であり,就労時間は,平成19年2月は午前10時から午後4時までであり,同年3月及び4月は,午前10時から午後5時頃までであった。
c 賃金は,平成19年2月が10万円,同年3月が12万円,同年4月が14万円であった。欠勤した場合であっても,賃金が減額されることはなかった。
d 原告は,選挙事務所就労中の期間においても,通院のために午後から職場に行くことがあった。
(イ) E市議は,j団体代表者のGから,原告の社会復帰のため,市議会議員選挙を控えているE市議の後援会で働けないか相談があったため,原告に手伝ってもらうこととし,ボランティアによって支えられた後援会活動,選挙運動であったものの原告1人にのみ報酬を支払い,原告の病気のことを承知していたので,仕事の内容や男性の来訪者への対応について,なるべく原告の負担にならないように配慮していた(証拠<省略>)。
イ 原告は,選挙事務所就労中の期間,別紙2の「司会」と記載された日に,括弧内の時間司会業務に従事した。司会業務に従事した日及び時間は,平成19年2月11日(3時間),同月25日(3時間),同年3月10日(3時間),同月31日(3時間)である。(証拠<省略>)
ウ 原告は,選挙事務所就労中の期間に,選挙事務所に出入りしてボランティアをしていた初老の男性から親しげに話しかけられる機会があり,それ以降,男性一般に対して恐怖心があり,男性に近づくと吐き気,震え等の症状がある旨,光や匂いによって吐き気をもよおしたりする旨をGに話すことがあった(証拠<省略>,証人G,原告本人)。
エ 平成19年2月21日から同年4月23日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>)。
(ア) 同年2月21日
週末にかけてがくんと来た。休みでのんびりしたが,それ以外は大丈夫である。選挙事務所の仕事を頑張ってしていた。Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
(イ) 同年3月13日
選挙事務所は男性の出入りが激しく,男性だけしかいないときに目を見て話すことや近づくことが嫌なのです。薬の服用を遵守するように伝える。
(ウ) 同月28日
選挙事務所で忙しく働いている。本日もdiv【点滴注射】
(エ) 同年4月23日
E市議の選挙も終わり一息です。男性に近づかれるのが嫌で,親しくなればなるほど嫌になることが多かった。男性へのトラウマがあり,かなり根強く続いているようだ。4月25日にセクハラの話をしに,明日札幌に行く予定。
オ 原告は,選挙事務所就労中の期間,選挙事務所就労前の期間に処方されていた薬(レキソタン錠,デプロメール錠,グランダキシン錠,ナウゼリン錠等)を継続的に処方されたほか,デプロメール,デパケンR錠を継続的に処方されるようになり,また,バレリン錠を一時的に処方された。他方,ドグマチール錠は処方されることがなかった(証拠<省略>)。
(5) 選挙事務所就労後の期間の原告の就労状況及び通院状況等
ア 原告は,平成19年4月28日から同年8月23日までの間(以下「選挙事務所就労後の期間」という。),別紙2の「司会」と記載された日に,括弧内の時間司会業務に従事した。司会業務に従事した日及び時間は,平成19年5月3日(3時間),同月12日(3時間),同月19日(3時間),同月26日(3時間),同年6月2日(3時間),同月9日(3時間),同月16日(3時間),同月21日(3時間),同月23日(3時間),同月24日(2時間),同月27日(3時間),同月30日(3時間),同年7月6日(3時間),同月21日(3時間),同年8月4日(2時間),同月5日(2時間),同月11日(3時間),同月14日(4時間半),同月18日(7時間),同月22日(1時間半)である。(証拠<省略>)
イ 原告は,平成19年7月3日及び同月10日,本件看護学校において講師業務をした。
同講師業務の内容等は,以下のとおりである(証拠<省略>)。
(ア) 本件看護学校での講師業務は,E市議が本件看護学校から消費問題に関する講演(講演時間約1時間半,全15回。)の依頼を受けたものを,原告がE市議の代理として2回講義を行った。
(イ) 賃金は,1回の講義に対して9400円である。
(ウ) 講義内容は,消費者問題や規格マークなど消費生活に関する話をテキストに沿って説明するものであった。
ウ 原告は,平成19年5月17日にセクハラをめぐる団体交渉が決裂した後,民事訴訟を提起しており,同訴訟の第1回口頭弁論期日は,同年8月20日頃に行われた(証拠<省略>)。
エ 平成19年5月14日から同年8月20日までのeメンタルクリニックにおける原告の症状及び診療の経過は,おおむね以下のようなものであった(証拠<省略>)。
(ア) 同年5月14日
2週間の間に波があるが,今は落ち着いている。司会の仕事があると,その後に服の着替えも出来ないということもなく,そこまでの疲れを感じることもなかった。男性恐怖があり,それが仕事をする上でのネックになっている。それ以外は,Kr【患者】なりにglatt【順調】であり,このままfollow【経過観察】。
(イ) 同月23日
5月17日の団体交渉が決裂してしまって,結局訴訟と労災の申請をしている。セクハラに関しては,訴訟に突入するとのこと。示談決裂!!
(ウ) 同年6月8日
調子は6月3日からよくなってきたが,それまでひどい状態であり,起きていられない,寝ても眠れないという感じだった。匂いや光の刺激で吐いたりしていた。民事訴訟の手続を札幌で進めている。男性恐怖あり。男性との仕事に支障を生ずることがある。イライラするとリストカットをすることがある。体調が悪いので,ドグマチールを追加処方し,不眠症あるためレンドルミンDも追加する。
(エ) 同月20日
和解に応じてもらえなければ民事の訴訟になるかもしれない。その際は札幌地方裁判所での審議になると思う。セクハラの経緯について多少お話しする。初めにセクハラが,次にパワハラがあり,持続的に1年半と1年半で,精神的にも,仕事上でも辛い思いをしたという。男性が近づいてくると,フラッシュバックがあって,脂汗をかいてしまう。司会のアルバイトをしていると,手に汗をかいてしまい,辛い。どうにか逃げ出したい,わけの分からない状態になる。車を運転していると,フラッシュバックはないが,イライラして注意力散漫で困る。夜にはよく眠れているが,明け方に目が覚めてしまう。ドグマチールを増量してみる。
(オ) 同年7月4日
疲れがとれない。人と会ったりすると,疲れがとれない。看護学校の非常勤講師をしたが,昼間も集中ができない。講義の準備にも集中力が低下している。司会や講義自体の疲れが以前と違ってとれにくい。食事も不規則で,それも疲れに影響を与えているのかもしれない。男性が後ろにいるだけで嫌であり,右手を隠してしまう。そのときの動揺している気持ちがフラッシュバックしてしまう。悪夢はありありと見る。見ない日がないような感じ。約2年その状態が続いていたので,トラウマも大きいと思う。
(カ) 同月11日
中途覚醒があり,夢を見ている状態です。薬を飲んだ直後に目の焦点が合わない。北桧山まで車で運転して出かけたらしんどかった。相変わらず,自分で収集がつかなくなると創を付けてしまう。熟睡障害にレスリン追加処方,昼間の眠気には,FVSとレキソタン減量で対処する。
(キ) 同月17日
それまでは外にも出たくなかったが,昨日から調子がよくなってきた。気分に激しい波がある。セクハラの相手の男性から電話がかかってきて,それに対応する自分と,相手の息遣いに苦しむ夢を繰り返し見る。人前に出ると,元気に振る舞うが,その反動を家で表現してしまう。後ろに男性が座って,咳払いをするだけでも駄目になる。散歩でも男性を避けてしまう。コンサートでも,電車での移動でも,常に近くに男性がいないように準備して身構えている。平成19年2月の選挙事務所のときに,男性がダメだということが分かって,男性ばかりの仕事場で男性恐怖が形成された。不安定なときにリストカットが止まらない。平成18年10月から11月まで,a社の担当者と会って,陳述書などを書いていたときに混乱してきて,そうなったのかもしれない。その時に,そういうことで騒ぎ立てるのが不当だと言われたり,自分の言っていることが正しいのか悪いのか,記憶が正しいのかどうなのか分からなくなる。落ち込まないように(防衛)しているが,コントロールが難しくなっている。レスリンは不要とのことであり,処方せず。それ以外は一進一退であり,今日はやや気分は晴れているという。このままfollow【経過観察】。
(ク) 同月23日
むくみがひどくて,顔も四肢もむくんでいる。1回目の期日が8月25日に決まり,そのことでも不安が強くなった。ドグマチールを処方してから全身の軽度のむくみが出現。ドグマチール減量して,ラシックスも追加処方する。
(ケ) 同月31日
ちょっと水分は出るようになっているが,むくみは同様です。締め付けられるような首筋から頭にかけての頭痛がひどく,それがしんどい。筋緊張性頭痛あり。ミオナールとセルシンを追加で処方してみる。
(コ) 同年8月6日
土曜日曜は仕事が入っており,イベントで忙しかった。男性の出入りが多くて,手が震えたり,手を何回も洗ったりした。イベントの担当者に酒が入っている場合が多いので,そういう状況だと不安が強くなる。耳元で話されるのも苦痛である。
(サ) 同月20日
この1週間くらい,イライラがひどくなって,焦る気持ちとイライラが出てきていると思う。期日は今週あるが,私は出ません。体重増加が気になるというが,現状では薬を減量するのは症状不安定のため困難であり,このままfollow【経過観察】することにした。
オ 原告は,選挙事務所就労後の期間,選挙事務所就労中の期間に処方されていた薬(レキソタン錠,デプロメール錠,グランダキシン錠,デパケンR錠,ナウゼリン錠)を継続的に処方されたほか,ドグマチール錠を継続的に処方されるようになり,また,レスリン錠,レンドルミンD錠,デプロメール錠を一時的に処方された(証拠<省略>)。
(6) 原告の状態に関する医師の見解等
ア F医師は,平成19年9月1日付け意見書(証拠<省略>)及び平成23年1月19日付け医師意見聴取書(証拠<省略>)において,適応障害の特徴及び選挙事務所就労後の期間における原告の状態について,おおむね以下のような見解を示している。
「適応障害」は,「うつ病」のように症状が急激に増悪して一定期間その状態が続くといった疾病とは異なり,症状が安定しているように見えても,「適応障害」を発症する要因となったストレスに暴露された場合に症状が増悪するものであり,症状に波がある。また,特性上,休業の必要性の判断に当たって,ここまでは働くことができなかったが,ここからは働くことができるといった明確な線引きができない。
当院を受診した当初は,セクハラ被害があることも担当医にはいえず,症状に対しての対症療法を続けていた。約1年2か月後に本人の一番の悩みを具体的に聞くに及んだ。初診から現在までの症状を遡及的に考えても,現在の状態を観察して全体的に考えてみても,セクハラが本人の病状に影響を与えたことは間違いないだろう。それ故に,本人の状態を適応障害と診断する。当院での心理検査で明らかになった本人の性格要因も症状形成には影響はあったかもしれないが,なによりもストレス因(セクハラ)がなければこのような状態が生じなかっただろうこと,状態は主観的な苦悩と情緒障害の状態であり,遷延化していることから,「遷延性抑うつ反応」としても考えられるかもしれない。
選挙事務所就労後の期間については,それ以前の期間と比較しても症状が憎悪していると判断される。不眠,不安等様々な症状の訴えがあり,薬剤の増量,調整等治療上の対応を余儀なくされた。症状悪化の原因には,選挙事務所での男性との接触や,セクハラの裁判が始まった影響がある。自身の病気の原因であるセクハラを巡って裁判をしていくことにより,継続的な精神的負荷が加わったことが大きいと思われる。原告が強く訴える様々な症状に対して,薬剤の増量,調整を繰り返しており,抑うつ状態,主観的な苦悩,情緒障害が当院での最終診療の平成19年10月まで遷延していた。
男性スタッフとの接触によって選挙事務所勤務後半から正常勤務に困難性を伴ってきた様子から症状の変動が見られることや,セクハラを巡る裁判による継続的ストレスによって諸症状の出現及び増悪が認められることから,要休業と判断する。
イ 北海道労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会座長であるH医師は,平成23年2月2日付けで作成した意見書(証拠<省略>)及び平成26年5月20日付け意見書(証拠<省略>)において,次のような見解を示している。
適応障害は,「抑うつ気分」「不安」「苦悩」「緊張」等多彩な症状が見られ,発症の原因となったストレス因に暴露されることによって症状が悪化し,逆に解放されることによって症状が軽快するものであり,症状の重症度に波が見られることが特徴的である。
適応障害による症状の持続期間は,通常6か月を超えないとされ,遷延性抑うつ反応の場合であっても,持続期間は2年を超えない。症状が2年以上持続するようであれば,患者の精神的な脆弱性を考慮せざるを得ない。
原告が発症した適応障害の症状悪化のピークはa社を退職した平成18年7月7日であったと推定され,持続期間の起算日は同日であると判断する。
選挙事務所就労後の期間については,選挙事務所勤務によって労働能力が回復していることが証明された以上,休業が必要と判断されるまでに症状が増悪したことが医学的根拠をもって証明されることが必要となる。予定された司会業務は支障なく行えていること,看護学校の講師という新たな仕事も行えていることからすれば,休業の要否の判断に影響を与えるほどの症状の悪化はなかったものと判断するのが相当である。原告は選挙事務所における男性との接触時にフラッシュバックの出現を訴えているものの,選挙事務所就労後は男性との接触によるストレスが少なくなっていることを考慮すると,同期間の休業の要否の判断には影響しない。したがって,同期間についても,休業の必要性はないものと判断する。
ただし,治癒又は症状固定として判断することはできないため,症状によって通院することが必要であり,通院のための休業が必要であると考える。
ウ 立正大学のI教授は,平成26年2月20日付け意見書(証拠<省略>)及び同年7月28日付け意見書(証拠<省略>)において,原告がセクハラ及び対人関係をストレス因として適応障害を発症し,就労困難となって平成18年7月7日付けで退職し,その後,平成22年9月30日まで継続して就労可能な常態が認められない旨の見解を示している。
エ 「ICD-10精神および行動の障害 DCR研究用診断基準」には,「F43.2 適応障害」の診断基準,及び,適応障害の前景を成す病像である「F43.21 遷延性抑うつ反応」について,以下の記載がある(証拠<省略>)。
適応障害は,遷延性抑うつ反応(F43.21)を除いて,ストレス因の停止またはその結果の後6カ月以上持続しない。遷延性抑うつ反応は,ストレスの強い状況に長期にわたって曝された反応として出現する軽度抑うつ状態であり,持続期間は2年を超えない。
2 原告が選挙事務所就労後の期間において「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」との要件を充足するか否かについて
(1) まず,労災保険法14条1項の「労働することができない」との要件については,被災前に従事していた労働に従事できない場合を指すのか,あるいは一般的に労働不能であることを要するのかについて議論のあるところである。しかし,これを抽象的に論じてみても,本件における結論とは直結しない。
ところで,本件においては,上記要件につき一般的に労働不能であることを要するとの立場を採る処分行政庁が,選挙事務所就労前において,原告が司会業務に従事して賃金を得ている日を除く合計181日について休業補償給付を支給しており,上記「労働することができない」との要件を充たすものと判断している。そして,本件全証拠によるも,この判断を覆すべき事情はない。
そうすると,原告が選挙事務所就労後の期間において「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」との要件を充足するか否かについて判断するに当たっては,原告の選挙事務所就労後の症状が,選挙事務所就労前のそれと比較して改善しているか否かという観点で検討することが相当である。
上記認定事実によれば,適応障害は,症状が安定しているように見える場合であっても,発症の原因となったストレス因に暴露されることにより症状が悪化し,また,逆にストレス因から解放されることにより症状が軽快するものであり,症状の重症度に波が見られることに特徴があるから,選挙事務所就労後の時点における原告の症状が改善しているか否かは,同時点における原告が受けた業務に起因するストレス因の有無に着目して検討を行う必要があるものと解される。
(2) そこで検討するに,前記認定のとおり,原告は,選挙事務所就労後の期間において,司会業務等の労働に従事しているけれども,その頻度や就労の内容等は,選挙事務所就労前においても同様であり,そのことから症状の改善があるとは認められない。
また,前記認定のとおり,原告は,平成18年9月上旬に公共職業安定所に求職申込みの手続をして失業手当を受給し,同年11月から約3か月間,公共職業訓練に平日のうちほぼ毎日通い,平成19年2月5日から同年4月27日までの間,選挙事務所において就労しているけれども,使用者の指揮監督下で従事する労務ではない訓練を受けたり,支援の趣旨で配慮がされた環境で就労したことをもって,直ちに,原告の症状が休業の必要性がないという程度に回復していたことにはならない。
(3) 前記前提事実及び認定事実によれば,原告は,遅くとも平成16年6月までには適応障害を発症し,その後も,a社を退職するまでの間にDから受けたセクハラや嫌がらせのほか,a社退職後にa社等との間で行われたセクハラに関する団体交渉や民事訴訟,選挙事務所就労中の初老の男性との接触を端緒として,不眠や精神的不安定,抑うつ状態等の症状を生じさせており,適応障害の発症の原因となったセクハラのみならず,その後のセクハラをめぐる団体交渉及び民事訴訟並びに男性との接触も原告の症状を悪化させるストレス因となっていたものと認められる。
そして,前記認定のとおり,原告は,選挙事務所就労後において,団体交渉決裂後に民事訴訟を提起することになった上,F医師に対し,調子や気分に波があり,不眠・中途覚醒,匂いや光の刺激による吐き気,混乱,集中力の低下,易疲労感,筋緊張性頭痛等の症状があることや,リストカットを行っていること,男性に対して恐怖心があり,脂汗や手の震えが生じることなどを訴えているほか,原告に対する投薬量には著変がないのであって,eメンタルクリニックにおける原告の症状及び治療の内容は,選挙事務所就労後と選挙事務所就労前とで格段の差異は見いだせない。
(4) 前記認定事実によれば,適応障害による症状の持続期間については,通常6か月を超えないとされているものの,2年を超えない範囲で,遷延性抑うつ反応が持続し得るとされている。上記のとおり,原告は,a社を退職するまでの間,セクハラや嫌がらせ及びこれに関連するストレスを受けており,これらストレス因に曝された期間は約2年7月の長期に及ぶものであることに照らすと,原告の症状は,遷延性抑うつ反応として理解することができる。そして,本件において原告が休業補償給付を申請している期間は,症状のピークであると被告も認めるa社退職の時点(平成18年7月7日)から2年以内の範囲に含まれている。
(5) 以上によれば,原告は,別紙1の日においても休業の必要性があったというべきであり,司会業務等に従事していた日を除き,「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」との要件を充足すると解すべきである。
第4結論
よって,別紙1の日について,労災保険法14条1項の「労働することができない」との要件を充足しないことを前提とする本件処分は違法であって,原告の請求は理由があるからこれを認容すべきである。
(裁判長裁判官 本田晃 裁判官 齊藤恒久 裁判官 貝阿彌健)
(別紙1)
平成19年4月 28日,29日,30日
同年5月 1日,2日,4日から11日まで,13日,15日から18日まで,20日から22日まで,24日,25日,27日から31日まで
同年6月 1日,3日から7日まで,10日から15日まで,17日から19日まで,22日,25日,26日,28日,29日
同年7月 1日,2日,5日,7日から9日まで,12日から16日まで,18日から20日まで,22日,24日から30日まで
同年8月 1日から3日まで,7日から10日まで,12日,13日,15日から17日,19日,21日,23日