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札幌地方裁判所 平成24年(行ウ)9号 判決 2014年3月26日

別紙一当事者目録記載のとおり

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

北海道教育委員会が平成二〇年二月二八日付けで原告らに対してした各戒告処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

原告らはいずれも、平成二〇年一月三〇日当時、北海道立学校の教職員又は北海道内の市町村立学校の教職員であり、a組合(以下「a組合」という。)の組合員として同日実施の同盟罷業(以下「本件争議行為」という。)に参加した者であるが、北海道教育委員会(以下「道教委」という。)は、本件争議行為に参加し、職場を三〇分以上離脱した者に対して一律に戒告処分をすることとし、同年二月二八日付けで、原告らに対し、争議行為を禁止する地方公務員法(以下「地公法」という。)三七条一項に違反したことを理由として、同法二九条一項一ないし三号に基づき、それぞれ戒告処分をした(以下「本件各処分」という。)。

本件は、原告らが、本件各処分について、地公法三七条一項は憲法二八条並びに結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年六月二八日条約第七号、以下「ILO八七号条約」という。)に違反する、地公法三七条一項を本件争議行為の参加者に適用して懲戒処分をすることは憲法二八条に違反する、本件各処分は懲戒権の濫用に当たるから違法であるなどと主張して、道教委の所属する地方公共団体である被告に対し、その取消しを求めている事案である。

一  前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らはいずれも、平成二〇年一月三〇日当時、北海道立学校の教職員又は北海道内の市町村立学校の教職員(ただし、市町村立学校職員給与負担法一条、二条により被告が給与を負担する者であって、札幌市立学校に所属する者以外の者)の身分を有する地方公務員である。

イ 道教委は、被告の執行機関であり、原告らの任命権者である(市町村立学校の教職員については、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条一項に基づく。)。

ウ a組合は、北海道内の公立学校に勤務する教職員により組織される職員団体であり、原告らはいずれも、a組合の組合員であった。

(2)  給与の減額支給措置

ア 北海道知事(以下「知事」という。)は、平成一一年以降、北海道人事委員会(以下「道人事委」という。)の勧告に基づいて定められた職員の給与の額(以下「本来支給額」という。)を一定の割合で減額した上で支給する措置(以下「減額支給措置」という。)を職員団体に提案し、労使交渉を経て、これを実施する条例改正案を北海道議会(以下「道議会」という。)に提案し、可決された条例に基づき、減額支給措置を実施することを継続しており、平成一一年一一月から平成二〇年三月にかけて実施された減額支給措置(ただし、管理職の給与に係る減額支給措置を除く。以下同様である。)の主な内容は、次のとおりであった。

(ア) 平成一一年一一月ないし平成一二年三月

一二月期の期末手当・勤勉手当を本来支給額から五%減額する。

(イ) 平成一二年四月ないし平成一五年三月

期末手当・勤勉手当を本来支給額から七・五%減額する。

(ウ) 平成一五年四月ないし平成一八年三月

給料月額を本来支給額から一・七%減額する。

(エ) 平成一八年四月ないし平成二〇年三月

給料月額を本来支給額から一〇%減額する。

イ 道教委教育長(以下「教育長」という。)は、平成一九年一一月、a組合に対し、平成二〇年四月から四年間にわたって給料月額を本来支給額から九%減額することなどの新たな減額支給措置を提案し、数回の交渉を経て(ただし、この交渉には、a組合、b労働組合c連合会及びb労働組合d本部の三つの職員団体の代表者(以下「地公三者」という。)と北海道副知事(以下「副知事」という。)との交渉を含む。後記(3)アにおいても同様である。)、同年一月三〇日、同年四月から四年間にわたって給料月額を本来支給額から七・五%減額することなどの減額支給措置(以下「本件減額支給措置」という。)を実施する旨の最終回答をした。

(3)  査定昇給等制度

ア 教育長は、平成一九年九月頃、a組合に対し、かねてより被告の一部の職員に導入されていた「勤務実績の給与への反映制度」(以下「査定昇給等制度」という。)を道教委の任命に係る教職員一般にも導入し、平成二〇年六月期の勤勉手当(判定期間は平成一九年一二月ないし平成二〇年五月)からこれを実施することを提案した。査定昇給等制度の主な内容は、次のとおりである。

(ア) 勤務判定(業績・能力・勤務態度)に基づき、昇給区分及び勤勉手当の成績区分を決定する。

(イ) 昇給については、五段階の昇給区分を設け、区分毎に昇給号俸給を設定する。

(ウ) 勤勉手当については、四段階の成績区分を設け、区分毎に成績率を設定する。

(エ) 昇給・成績の上位区分については、人数枠を設定し、相対評価とし、下位区分については、人数枠を設定せず、絶対評価とする。

イ a組合は、教育長に対し、査定昇給等制度の導入の提案を撤回するように求めていたが、数回の交渉を経て、教育長は、平成二〇年一月三〇日、a組合に対し、査定昇給等制度のうち、昇給への勤務成績の反映は平成二〇年度から四年間凍結することとし、勤勉手当への勤務成績の反映は平成二〇年一二月期の勤勉手当から実施する旨の最終回答をした。

(4)  争議行為

a組合は、平成二〇年一月三〇日、勤務時間終了前一時間の職場離脱を統一方針とする同盟罷業(以下、一定時間の職場離脱を統一方針とする同盟罷業を「勤務時間終了前一時間の同盟罷業」、「勤務時間終了前二時間の同盟罷業」などということがある。)を実施した(本件争議行為)。本件争議行為には、一万人以上のa組合の組合員である教職員が参加した。

本件争議行為の目的は、本件減額支給措置の実施及び査定昇給等制度の導入の強行に抗議し、反対することであった。

原告らは、同日、a組合の上記方針に従い、勤務時間終了前にそれぞれ職場を四五分ないし一時間離脱した。

(5)  懲戒処分

道教委は、平成二〇年二月二八日、道教委が本件争議行為に参加したと認めた、道教委が任命権者となる教職員一万二五九二名のうち、原告らを含む道教委が職場を三〇分以上離脱したと認めた一万二五五一名に対し、地公法三七条一項で禁止されている同盟罷業をしたことを理由に、同法二九条一項一号ないし三号に基づき、それぞれ戒告処分(原告らに対しては本件各処分)をした。

(6)  道人事委への不服申立て

ア 原告らは、平成二〇年三月二八日、道人事委に対し、本件各処分の取消しを求める審査請求をした。

イ 道人事委は、平成二三年一二月二二日、本件各処分を承認する旨の裁決をした。

二  争点

(1)  地公法三七条一項が憲法二八条に違反するか否か

(2)  地公法三七条一項がILO条約に違反するか否か

(3)  本件争議行為について地公法三七条一項を適用することが憲法二八条に違反するか否か

(4)  本件各処分が懲戒権の濫用に当たるか否か

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点一(地公法三七条一項が憲法二八条に違反するか否か)について

(原告らの主張)

地方公務員の争議行為を一律、全面的に禁止する地公法三七条一項は、次のとおりの理由から、憲法二八条に違反し、無効である。

ア 憲法二八条が保障する団結権、団体交渉権及び団体行動権(争議権)からなる労働基本権は、労働者が人間としての尊厳を保ち、人間に値する自由と生存を確保するために必要不可欠な権利として保障されたものである。これらは密接不可分な関係にあるということができ、争議権を否定すると団結権も団体交渉権も形骸化することになる。そして、公務員も、使用者に対して従属的立場に置かれる労働者として憲法二八条の「勤労者」に当たり、同条により公務員の争議権が保障されている。

実際にも、憲法と戦後直後の労働法制は、公務員も私企業の労働者と区別することなく、原則として公務員の争議権を保障していた。ところが、その後、占領軍の指揮官は、東西冷戦の状況及び日本における労働運動の急激な高揚を受けて、内閣総理大臣に対して公務員の争議行為を禁止する立法等の措置を行うことを指示し、これに応じて十分な審議を経ることなく行われた国家公務員法(以下「国公法」という。)の改定や地公法の制定等により、公務員の争議行為が一律、全面的に禁止された。すなわち、地公法三七条一項は、占領下の特殊な事情及び政治的な動機により、憲法が労働基本権を保障することとの整合性が十分に議論されないまま設けられたものである。国際労働機関(以下「ILO」という。)も、公務員の争議行為を一律、全面的に禁止する法制に疑問を呈し、再三改善を勧告しているところである。

イ 憲法二八条は、公務員に対しても法律の留保のない争議権を積極的に保障しており、争議権が労働者の人間としての自由、尊厳及び生活に関わる重要な権利であることに照らし、公務員の争議行為が他の国民の人権ないし利益に影響を与えるおそれがあるとしても、それを原則として許容しているとみられる。すなわち、争議権が他者の人権と衝突する場合に、利益衡量、調整の見地から制限される場合もあれば、他者が争議行為の影響を受忍すべき場合もある。公務員の争議権は、全体の奉仕者、勤務条件法定主義又は財政民主主義といった理由から一方的に否定されるものではない。上記の憲法二八条の趣旨からすれば、争議権を制約する法律の違憲審査に当たっては、立法府の裁量を過度に尊重することは妥当ではなく、必要最小限度の原則に基づき、立法目的が正当であっても、より制限的でない他の方法を選択し得る場合には、当該法律は憲法二八条に違反するというべきである。

そして、公務員の職務は多種多様であり、私企業の労働者と同様の職務もあり、また、職務内容及び国民への影響に照らして争議権に対する制約が許される場合でも、国民の人権ないし利益に対する影響を回避し、又は軽減するために、争議行為の方法や時期についてのみ制限することも選択し得ることがあるから、職務内容や、より制限的でない他の選択し得る手段を考慮することなく、地方公務員の争議権を一律、全面的に禁止する地公法三七条一項は、憲法二八条に違反する。

ウ また、争議権に対して必要最小限度の制限をすることが認められる場合でも、その制約によって失われる利益に見合う利益を回得するに足る代償措置を講じることが必要である。

しかしながら、公務員の争議行為禁止に対する代償措置として、法定の身分保障及び法定の勤務条件の享有が挙げられるが、これらは労働条件を使用者によって一方的に決定される状態を排斥する争議行為の機能を果たすものではなく、そもそも代償措置には当たらない。また、人事院、人事委員会及び公平委員会の存在も代償措置として挙げられるが、いずれの機関も公平中立な第三者機関としての制度的保障に欠ける。また、人事院及び人事委員会による職員の給与その他の勤務条件(以下「給与等」ということがある。)に関する勧告(以下、単に「勧告」というときは、給与等に関する勧告のことをいう。)は、公務員労働者の意見を反映するものではなく、かつ、給与を引き下げる勧告も行われるので争議行為に代替するものではないし、財政事情を理由に勧告のとおりに給与が引き上げられないことが多く、公平委員会については、そもそも勧告の権限を有しない。人事院、人事委員会及び公平委員会に対する措置要求制度や不利益処分に係る審査請求制度も、争議行為禁止に見合う代償措置には当たらない。労働委員会による調停、仲裁制度も実効性に欠ける。

そうすると、現行制度上、公務員の争議行為禁止に見合う適切な代償措置が講じられているということはできず、地公法三七条一項は、この意味においても憲法二八条に違反している。

(被告の主張)

公務員の争議行為を一律、全面的に禁止する規定が合憲であることは、国家公務員法について最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁が判示し、地公法について最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁が判示するとおりであり、最高裁判所によって判例として確立されている。かかる判例に反し、地公法三七条一項が憲法二八条に違反するとする原告らの主張には理由がない。

(2)  争点二(地公法三七条一項がILO条約に違反するか否か)について

(原告らの主張)

地方公務員の争議行為を一律、全面的に禁止する地公法三七条一項は、ILO八七号条約三条一項、一〇条、八条二項に違反し、憲法九八条二項の趣旨に照らして無効である。

ILOの条約適用監視機関である条約適用専門委員会及び結社の自由委員会は、時代を追って公務員の争議権の保障についての見解を発展させ、ILO八七号条約はごく一部の例外を除き、公務員であるか否かを問わず、教員を含む全ての労働者の争議権を保障すると解するに至り、その旨の見解を明確に述べている。すなわち、同条約三条一項が定める労働者団体の計画を策定する権利には、官民の区別なく、争議権が含まれると解され、同条約八条二項により、加盟国の国内法令は、これを阻害するものであってはならないとされるのであり、例外的に争議権の制約が許される公務員は、警察及び軍隊の構成員、国家の名において権限を行使する公務員等に限定され、教員はこれに含まれないと解される。すなわち、教員を含む公務員の争議行為を一律に禁止する地公法三七条一項は、同条約に違反する。

このため、ILOの結社の自由委員会は、平成一四年、平成一五年、平成一八年と続けて日本の非現業地方公務員の争議行為を一律、全面的に禁止する地公法三七条一項がILO八七号条約等に違反するとして、その法改正を日本政府に対して勧告している。同条約は公務員の地位を取り扱うものではなく、また、争議権を保障したものではないとする見解は、ILOが設立されてから間もない頃に示されたものにすぎず、日本国が同条約を批准した昭和四〇年頃には、官民を問わず争議権を保障したものであると解釈されるに至っていたのであり、これと異なる見解を採用する実質的、合理的な理由はない。

(被告の主張)

ILO八七号条約は、結社の自由及び団結権の保護を目的とした条約であって、同条約中には争議権を保障する旨の明文の規定は存在せず、同条約三条、一〇条の文言から争議権が保障されている趣旨を読み取ることはできない。また、結社の自由委員会等の見解や報告等が批准された条約と同等に国内法規としての効力を有するものではないことは、最高裁昭和四一年(あ)第四〇一号同四四年四月二日大法廷判決刑集二三巻五号三〇五頁、最高裁平成七年(行ツ)第一三二号同一二年三月一七日第二小法廷判決集民一九七号四六五号の判示するとおりである。

したがって、地公法三七条一項がILO八七号条約に違反するとの原告らの主張には理由がない。

(3)  争点三(本件争議行為について地公法三七条一項を適用することが憲法二八条に違反するか否か)について

(原告らの主張)

ア 争議行為を禁止する規制は、争議権の行使により国民生活が重大な影響を被ることを防止するために、憲法が保障する基本的人権をやむを得ず制限するものであり、そうである以上、争議行為の性質、規模及び態様により、争議行為を実施してもその影響が皆無であるか、又は軽微であり、支障がないことが明らかな場合に、地公法三七条一項を適用し、同法二九条一項により懲戒処分をすることは憲法二八条に違反する。

そして、本件争議行為は、勤務時間終了前一時間に限って職場を離脱するという単純不作為の同盟罷業であり、児童、生徒への影響を考慮し、多くの学校において授業時間又は下校時間の終了した時間帯に実施された。それ故、小学校、養護学校及び高校の児童ないし生徒は、本件争議行為が実施された時間には既に下校していたのであり、本件争議行為による授業への影響は、ごく少数の中学校の教員が一〇分程度授業を欠いた程度であり、軽微であったということができる。その他、全道の学校において、本件争議行為により学校運営に支障を来したことはない。したがって、本件争議行為の参加者である原告らに対し、地公法三七条一項を適用し、同法二九条一項により懲戒処分をすることは憲法二八条に違反する。

イ また、上記のとおり、争議行為を禁止する規制は、憲法が保障する基本的人権をやむを得ず制限するものであるから、争議行為の禁止に見合う代償措置が講じられ、これが機能していることが憲法上要求されており、これがその機能を喪失している場合に、地公法三七条一項を適用し、同条二九条一項により懲戒処分をすることは憲法二八条に違反する。

そして、本件争議行為は、被告が争議行為禁止の代償措置である人事委員会の勧告を無視し、これを否定するに等しい本件減額支給措置を強行することに抗議し、反対する目的に出たものであり、本件争議行為の参加者である原告らに対し、地公法三七条一項を適用し、同条二九条一項により懲戒処分をすることは憲法二八条に違反する。

(被告の主張)

ア 本件争議行為のため、午後の授業が一部削られたり、下校時刻が繰り上げられたり、自習に振り替えられたりするなど、特段の措置を講じることとなった学校は一八一校に上り、これは道教委の任命に係る学校全体の一二・一%に上り、正常な学校運営に相当程度の影響があった。また、本件争議行為が実施された日の授業に直接影響がなかった学校があったとしても、そもそも教育に携わる原告らが同盟罷業を全道規模で集団的、組織的に行ったことによる社会的影響が、報道等を通じて広く地域住民に及び、少なからず生徒及び保護者に対して精神的な不安や動揺を与えることとなる面も否定することができず、このことが教育現場に及ぼす影響も看過することができない。

イ 教職員の争議行為は、地公法三七条一項で一律、全面的に禁止されており、この規定は憲法に違反するものではないことが明らかであるから、仮に目的の正当性が認められる場合であっても、その争議行為自体が正当化され、懲戒処分の対象にならないなどとはいえないのであり、目的の如何によって争議行為の正当性を論じる余地はない。

また、道教委は、a組合との間で、平成二〇年一月三〇日に向けて、様々な課題の交渉や話し合いに応じてきたところ、a組合から本件争議行為の目的について直接明らかにされたことはない。上記交渉等に係る提案や交渉内容と関連させて本件争議行為に至った原因、動機を述べ、あたかも本件争議行為が正当であるかのごとく述べる原告らの主張は、失当である。

ウ したがって、原告らの主張は、いずれも前提を欠き、理由がない。

(4)  争点四(本件各処分が懲戒権の濫用に当たるか否か)について

(原告らの主張)

次の事情からすれば、本件各処分は、社会観念上著しく妥当を欠くものであり、懲戒権の濫用に当たる。

ア 労働基本権の制約の代償措置である人事委員会の勧告の否定

仮に、地公法三七条一項が憲法二八条に違反しないとしても、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置が講じられなければならない。そして、人事委員会の勧告は、その代償措置の主要な柱として位置付けられるものである。

ところが、被告は、平成一一年度から九年度にわたって減額支給措置を実施し、道人事委が道議会及び知事に対して道人事委の勧告に基づく適正な給与水準の確保を要請していたにもかかわらず、平成二〇年度の道人事委の勧告がされる前に、同年度から四年間にわたり、その勧告に基づく給与水準から給与を減額することを決定しており、道人事委の勧告を実質的に否定している。平成一一年度から平成二三年度までの間に、減額支給措置によって教員が減額された給与の総額は、四五歳で平均三七〇万円、三五歳で三〇五万円、二五歳で二四一万円と巨額である。

このように、被告が、自らは地公法の定める給与決定の原則を実質的に否定することを行いながら、地公法の遵守を要求して本件争議行為に参加した原告らに対し、地公法違反を理由に本件各処分をすることは、社会観念上、著しく妥当を欠く。

イ 誠実交渉義務違反

本件減額支給措置及び査定昇給等制度はいずれも職員の給与等に直接関係する交渉事項であり、被告(道教委)は、職員団体であるa組合に対し、交渉応諾義務を負い、その内容として誠実交渉義務を負う。

しかしながら、副知事及び道教委は、本件減額支給措置の実施に係る交渉において、地公三者の納得が得られるような説明、回答をしておらず、また、平成一八年度及び平成一九年度の減額支給措置に係る交渉時に、減額支給措置は二年間に限ることを労使間で合意しながら、その合意を履行できなかったことについて、合理的な説明をしていない。また、道教委は、査定昇給等制度の導入に係る交渉において、a組合の質問に対し、a組合を納得させるような回答をしなかった。

それにもかかわらず、副知事及び道教委(以下、これらを含む被告の執行機関を「被告当局」ということがある。)は、一方的に交渉を打ち切り、本件減額支給措置の実施及び査定昇給等制度の導入を強行した。かかる被告当局の対応は、上記義務に違反する不誠実な交渉又は交渉の拒否に当たるものであり、許されない。

ウ 本件争議行為による授業等への影響が皆無に等しいこと

原告らの大部分は、授業時間が終了し、生徒の下校時刻も過ぎてから、又は授業を担当していない状況で、同盟罷業に参加しており、これらの原告らの職場離脱による授業等への支障は全くなかった。原告らのうち数名のみが五分ないし一五分程度、担当する授業の終了時間前に職場を離脱したが、そのことによる特段の支障はなかった。また、授業以外の職務についても特段の支障はなかった。

これに関し、道教委は、その任命に係る各学校(以下、単に「各学校」という。)において生徒に対して講じられた特段の措置について取りまとめたが、その集計結果が、a組合が勤務時間終了前二時間の同盟罷業から同一時間の同盟罷業に方針を当日変更したことに対応した結果であるかは疑問であり、かつ、その措置の内容が具体的な支障があったことを示すといえるかも疑問である。そもそも、懲戒制度は職員個人の行為の責任を問うものであるから、原告らに対する懲戒権の行使に当たっては、各原告の職務内容及び所属学校における影響等のみを考慮すべきであり、指導的役割を果たしておらず、本件争議行為に参加しただけにとどまるいわゆる一般参加者である原告らに対し、本件争議行為の全体としての影響について責任を問うことは認められない。

また、本件争議行為が、生徒及び保護者に対し、その信頼を損なうような精神的な影響を与えていない。

したがって、本件争議行為による授業等への影響は皆無に等しかった。

エ 本件各処分の不利益の重大性

戒告処分は、それ自体が不名誉な履歴として残る制裁となるが、道教委の任命に係る教職員が戒告処分を受けた場合には、被告の給与制度上、不可避的に、勤勉手当が減額され、定期昇給時の昇給幅が通常は四号俸のところを三号俸以下に抑制されることになり、その不利益は重大なものである。したがって、道教委は、原告らに対する懲戒権の行使に当たり、戒告処分の相当性を判断する上では、これに伴う給与上の不利益も考慮しなければならない。

オ 従前の処分例の逸脱

これまでにa組合が実施した争議行為に対する処分は、そのほとんどが一般参加者は訓告とし、a組合の幹部組合員を懲戒処分とするものであり、一般参加者に対しても懲戒処分をすることは例外的であった。その例外も、複数回の長時間に及ぶ争議行為の場合であり、本件各処分が、従前の処分例を逸脱していることは明らかである。

道教委でも、戒告処分は過重ではないかとの意見があったものの、教育を取り巻く環境、道民の期待、a組合が突出して同盟罷業をしたなどの理由で、本件各処分がされた。また、その際の道教委の審議では、a組合の幹部組合員に対する処分について、過去に立証が不十分との理由で道人事委に取り消され、今回は参加者を一律に戒告処分とすることにした旨の説明もされた。しかしながら、教育を取り巻く環境や道民の期待というのは主観的、恣意的な意見にすぎないし、a組合が他の職員団体とは異なって一時間の同盟罷業を実施したこと及び幹部役員に対する立証が不十分であることも、一般参加者に対する処分を重くする理由にはならない。

なお、e市教育委員会(以下「e市教委」という。地教行法五八条一項によりe市立学校の教職員の任命権者となる。)は、本件争議行為の参加者のうち現に授業を欠いた者に対しては戒告処分としたものの、その他の参加者に対しては訓告とするにとどめ、f市教育委員会(以下「f市教委」という。f市立学校の教職員のうち、市町村立学校職員給与負担法一条、二条により被告が給与を負担する者以外の者の任命権者となる。)は、本件争議行為の参加者を訓告とするにとどめている。

カ 道教委の異例の事前準備及び短期間での処分決定

道教委は、a組合と交渉をしていた段階で、各学校の学校長その他の管理職に属する職員(以下「学校長等」という。)に対し、同盟罷業に参加した者には必要な措置を講じる旨警告する訓示書を掲示することや所属職員に対して当日は定刻まで職務に専念するよう命じる職務命令書を手交することなどを指示し、当日は学校長等らに職場離脱の状況を現認させ、その報告書を平成二〇年二月七日までに提出させるなど、前例のない周到な事前準備をしていた。

また、教育長は、同月五日には、事実の調査が未了であるはずなのに、道議会において、本件争議行為の参加者に対して厳正な処分をすることを公言していた。さらに、道教委は、市町村教育委員会(以下「市町村教委」という。)に対し、「厳正な処分」を求めるとの本件争議行為参加者の処分に係る意見を記載した内申書(以下、この内申書又はこれによる意見の具申のことを「処分内申」という。)を提出するように指示した。かかる経過で、本件各処分は、本件争議行為からわずか一か月という前例のない極めて短期間で決定された。

道教委は、本件争議行為の実施前から、その参加者全員を処分する意図を持っていたのである。

キ a組合の弱体化の意図

本件争議行為は、被告当局が一方的に交渉を打ち切って、本件減額支給措置の実施及び査定昇給等制度の導入を強行することに抗議し、反対するために実施されたものであり、かつ、授業等への支障を生じるものではなかったが、これに対し、道教委が、本件争議行為の参加者のほぼ全員に対して給与上の重大な不利益の生じる戒告処分をしたことは、被告当局の対応に抵抗するa組合の弱体化を意図したものである。本件争議行為の一般参加者に対する大量の戒告処分は、教職員のa組合への加入を阻害し、又はa組合からの離脱を促すことになり、a組合がこの不利益を補償するとなると、その財政的負担が増大し、この面からもa組合が弱体化することになる。

(被告の主張)

ア 公務員に対する懲戒処分は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地から、公務員に法令違反、職務義務違反等があった場合に、その責任を確認し、公務員の勤務関係の秩序を維持するために科する制裁であるところ、公務員に懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、また、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているというべきである。そして、懲戒権者が、同一態様とみられる非違行為に対して、その情状及び公務秩序維持の観点からの必要性の強弱に伴い、懲戒権者の裁量により、異なる種類、程度の処分をすることは当然あり得るというべきであり、違法な争議行為が行われた場合に、厳しい処分を行うか、又は緩やかな処分にとどめるか、職員団体の幹部組合員のみを処分するか、又は一般参加者も処分するか等については、懲戒権者の裁量に委ねられているというべきであり、懲戒権者は、公務員の勤務関係の秩序を維持する観点から、具体的事案に応じて諸般の事情を総合的に考慮してこれを決すべきである。

そして、道教委は、原告ら本件争議行為の参加者に対し、懲戒処分の中で最も軽い処分である戒告処分をしたものであるが、これが裁量権の濫用に当たるものではない。原告らの主張は、次のとおり理由がない。

イ 本件争議行為の原因、動機について道教委は、a組合との間で、平成二〇年一月三〇日に向けて、様々な課題の交渉や話し合いに応じてきたところ、a組合から本件争議行為の目的について直接明らかにされたことはない。上記交渉等に係る提案や交渉内容と関連させて本件争議行為に至った原因、動機を述べ、あたかも本件争議行為が正当であるかのごとく述べる原告らの主張は、失当である。

また、誠実交渉義務については、勤務条件法定主義の観点から、使用者の誠実交渉義務は合意を成立させることまで義務付けられているわけではないと解されており、たとえ十分な交渉等がされたと言い得るか疑問がある状況で交渉等が打ち切られ、仮にそれが争議行為の原因になったとしても、これによって争議行為自体が直ちに正当化されるものではない上、被告及び道教委は、地公三者及びa組合と交渉を繰り返し行っており、誠実交渉義務を尽くしていないとする原告らの主張には理由がない。

ウ 本件争議行為の態様、影響について

本件争議行為は全道規模で統一的に行われ、本件争議行為に参加した道教委の任命に係る教職員の数は、原告らを含め一万二五九二名という多数に上る。また、本件争議行為では、「午後の授業の一部カット」、「下校時刻の繰上げ、」「自習」などの特段の措置を講じることとなった学校が一八一校と全体の一二・一パーセントに上り、正常な学校運営に相当程度の影響があったものであり、さらに、教育に携わる原告らが職場を放棄する争議行為を全道規模で組織的、集団的に行ったことによる社会的影響も看過することができず、これが報道等を通じて広く地域住民にも及び、少なからず生徒及び保護者に精神的に不安又は動揺を与えることとなる面も否定することができないのであり、このことが教育現場に及ぼす影響も看過することができないものである。

したがって、本件争議行為の影響が皆無に等しいとする原告らの主張には理由がない。

エ 本件争議行為前の指導と処分決定について

公務員である教職員が争議行為を行うことは法律で厳に禁止されていることから、道教委は、平成二〇年一月二五日、道立学校長及び市町村教委に対し、教職員に対して法を遵守すること及び法に照らし厳正な態度をもって臨む旨の指導等を行うよう求める通達及び通知を発した。これによる訓示書の掲示、職務命令書の手交等は、教職員の服務規律等を確保する上で必要かつ適切な措置であり、道教委が本件争議行為の参加者全員に対して処分をすることを企図していた旨の原告らの主張には理由がない。

また、本件争議行為から処分までの時間的近接性が、本件各処分の適法性に何ら影響を与えるものではない。

オ 本件戒告処分が合理性を欠くものではないことについて

仮に、職員の法令違反、義務違反等が懲戒事由に該当するにもかかわらず、法で定める懲戒処分を選択し得ないとなると、法によって懲戒権者に付与された権限が実質的に制限され、職員に対する服務規律の確保と公務遂行の秩序維持という責務を果たすことが困難となり、法の趣旨が没却してしまうことになる。特に、懲戒処分のうち最も軽い処分である戒告処分は、職員に一定の規律違反の責任があることを確認し、その将来を戒める処分にすぎないものであり、本件において道教委は、原告らの争議行為が地公法第二九条で定める懲戒事由に該当することから、公務員に対し職務専念義務の遵守が強く求められていた当時の社会情勢や教育公務員の勤務関係の秩序維持の観点等を総合的に考慮し、戒告処分を行うことが適当であると判断したものである。

争議行為が実施され、地公法三七条一項に違反してこれに参加した者に対し、そもそも懲戒処分自体を行うことができないとは解されないことを考慮すると、一般参加者に対して懲戒処分をすることが直ちに合理性を欠くとまでいうことはできないのであり、本件においても、原告ら本件争議行為の参加者に対し、最も軽い処分である戒告処分をしたことが著しく合理性を欠くというような事情は些かも存在しない。すなわち、道教委は、本件以前にも、争議行為の一般参加者に対して懲戒処分をしたことが四回あり、一般参加者に対する戒告処分をすることは、本件が初めてではなく、従前の処分例と比べて均衡を欠くものではない。

そして、本件では、①本件争議行為の原因、動機等について斟酌すべき点はなく、②争議行為の規模・態様及び授業等への影響が軽視できるものではなく、③道教委は本件争議行為前において、法に照らし厳正な態度をもって臨む旨の指導、警告を行っているのであるから、原告らは、本件争議行為に参加すれば懲戒処分を受け、その結果として給与上の不利益等を受けるかもしれないことは十分認識し得たのであり、その上で敢えて本件争議行為に参加したのであるから斟酌すべき何らの事情もなく、④さらに、道教委は、市町村教委の処分内申を受けるという手続等を経た上で、戒告処分を決定したものである。

したがって、原告ら本件争議行為に参加した者に対し、懲戒処分のうち最も軽い処分である戒告処分を決定したことが著しく合理性を欠くというような事情は存在しないのであり、本件各処分が裁量権の濫用に当たる余地はない。

カ なお、原告らは、勤勉手当及び昇給について、あたかも当然に勤務成績が良好なものとして受給する権利があり、それが本件戒告処分によって経済的な不利益を生じた旨を主張するが、そもそも、普通昇給させるかどうかは、当然のことながら予算上の制約に服し、また、財政状況にかんがみ上記期間を延伸させることもできると解され、職員が上記一定期間経過後に当然に普通昇給を要求できる権利を認められているわけではなく、定期昇給の延伸は懲戒処分である戒告処分そのものによる不利益ではないから、懲戒処分の相当性を判断する上でこれを考慮するのは相当でない。

また、e市教委及びf市教委も本件争議行為の参加者に対して処分ないし措置をしたが、これらは、被告以外の地方公共団体に所属する機関であり、懲戒権者が異なるから、それぞれの懲戒権者の判断の結果、処分をするか否かの選択やその量定に差違が生じても不合理ではない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点一(地公法三七条一項が憲法二八条に違反するか否か)について

(1)  憲法二八条による勤労者の労働基本権の保障は、憲法二五条による生存権の保障を基本理念とし、憲法二七条の勤労の権利及び勤労条件に関する基準の保障と相まって勤労者の経済的地位の向上を目的とするものと解されるところ、地方公務員も、勤労者として、自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点において一般の勤労者と異なるところはないから、憲法二八条の労働基本権の保障を受ける。しかしながら、労働基本権は、上記のとおり勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地から生じる内在的な制約を免れないと解される。

そして、地方公務員は、地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有し、公務の円滑な運営のためには、その担当する職務内容の別なく、それぞれの職場においてその職責を果たすことが必要不可欠であるところ、地方公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性と職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃を生じ、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがある。

また、私企業においては、労使間の交渉により勤務条件が定められるのに対し、地方公務員の勤務条件は、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって定められ、その給与が地方公共団体の税収等の財源によってまかなわれることからすれば、専ら当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によって決定されるべきものである上、私企業においては、極めて公共性の強い特殊な企業を除き、使用者には争議行為への対抗手段として作業所閉鎖(ロックアウト)が認められるほか、労働者の要求は企業の存立維持の観点から自ずと制約を受け、争議行為に対する市場の抑制力も働くのに対し、地方公務員についてはかかる対抗手段や市場の機能が作用する余地がなく、その争議行為は場合によっては一方的に強力な圧力となる。すなわち、地方公務員においては、私企業における労働者とは異なって団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も、団体交渉の裏付けとしての本来の機能を発揮する余地に乏しく、かえって議会における民主的な手続によってされるべき勤務条件の決定に対して不当な圧力を加え、これをゆがめるおそれがある。

これらの見地からすれば、地方公務員の労働基本権は、地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のために、これと調和するように制限されることもやむを得ないというべきである。

他方、地方公務員の労働基本権が国民全体の共同利益のために制約を受ける場合においても、その生存権保障の趣旨から均衡が保たれる必要があり、その制約に見合う代償措置が講じられなければならないということができるが、地公法上、労働基本権の制約に見合う代償措置として、地方公務員の身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についてその利益を保障するような詳細な規定が設けられている(殊に給与については、地公法二四条ないし二六条等)ほか、国公法上、中央人事行政機関として準司法機関的性格を有する人事院が設けられ(同法三条)、人事院による情勢適応の原則に基づく国会及び内閣に対する勧告又は報告の義務付け(同法二八条)や人事院に対する行政措置要求(同法八六条)、不服審査請求(同法九〇条)等の制度が定められていることに対応し、これと類似の性格を有し、かつ、これと同様の、又はこれに近い職務権限を有する人事委員会又は公平委員会の制度(地公法七条ないし一二条)が設けられている。もっとも、人事院と比較すると、人事委員会又は公平委員会、特に後者は、その構成及び職務権限上、公務員の勤務条件に関する利益の保護のための機構として、必ずしも常に人事院の場合ほど効果的な機能を実際に発揮し得るものと認められるかどうかにつき問題がないではないけれども、なお中立的な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造をもち、かつ、必要な職務権限を与えられている(同法二六条、四七条、五〇条)点においては、人事院制度と本質的に異なるところはなく、その点において、制度上、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしているということができる。

以上によれば、地公法三七条一項前段において地方公務員の争議行為等を禁止することは、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のためのやむをえない措置として、それ自体としては憲法二八条に違反するものではないというべきである。

(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁、最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁参照)

(2)  以上に対し、原告らは、地方公務員の職務内容や争議行為の方法、実施時期を問わず、一律、全面的に地方公務員の争議行為を禁止することは許されない旨主張する。しかしながら、地方公務員が職務内容の別なく各人の職責を果たすことが公務の円滑な運営のために必要不可欠であること、職務内容による程度の差はあるとしても、公務員の争議行為は多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、地方住民ないし国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがあることなど上記説示したところからすれば、代償措置を講じた上で、特段の留保を設けないで地方公務員の争議行為を禁止することに合理性がないとはいえず、原告らの上記主張は直ちには採用することができない。

また、原告らは、地公法三七条一項は占領下の特殊な事情により設けられたものである旨主張するが、上記説示した地公法三七条一項が憲法二八条に違反しないことの理由は、占領下の事情如何に関わらず、現在でも妥当するものである。

さらに、原告らは、勤務条件の法定や人事委員会及び公平委員会の諸制度について、争議行為に代替するものではない、人事委員会の勧告はそのとおりに実施されないことが多いなどとして、争議行為禁止に見合う代償措置に当たらない旨主張する。しかしながら、これらの制度は、情勢適応の原則(地公法一四条一項)、均衡の原則(同法二四条三項)等の諸原則の下に私人間交渉とは異なる過程により勤務条件の保障を図るものであり、地方公務員の生存権を擁護するに足りるものと考えられるし、人事委員会の勧告に強制力が認められないことは、地方公務員の勤務条件が当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮から決定されるべきこと及び議会制民主主義の見地からすれば、それ自体が制度上の不備であるとはいえず、他方で、地方公共団体は、人事委員会の勧告を考慮しなくてよいことにはならず、その裁量権には自ずから限界があるのであり、これらの制度は、上記(1)のとおり、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしているということができる。

以上のとおり、争点一に関する原告らの主張は、いずれも採用することができない。

二  争点二(地公法三七条一項がILO条約に違反するか否か)について

原告らは、ILO八七号条約三条一項により公務員の争議権が保障されることを前提として、地方公務員の争議行為を一律、全面的に禁止する地公法三七条一項は、ILO八七号条約三条一項、一〇条、八条二項に違反し、憲法九八条二項の趣旨に照らして無効である旨主張する。

しかしながら、ILO八七号条約三条一項は、「労働者団体及び使用者団体は、その規約及び規則を作成し、自由にその代表者を選び、その管理及び活動について定め、並びにその計画を策定する権利を有する。」と規定するのみであり、この規定の文言から、同項が争議権を保障したものとはにわかには解し難く、同条約のその他の規定をみても、結社の自由(第一部)及び団結権の保護(第二部)については、明確にこれを保障する趣旨の規定が設けられているのに対し、争議権については、これに直接言及する規定は存在しない。

この点に関し、原告らは、ILOの条約適用専門委員会及び結社の自由委員会の見解又は勧告を根拠として、原告らの上記主張のとおり解釈すべきであるとするが、これらのILOの機関の見解又は勧告は、国内法の整備等の指針又はこれについての要求にとどまるものであり、ILO憲章に従って締結された条約の解釈に関する疑義又は紛争に対する国際司法裁判所の判断(ILO憲章三七条一項、二項)とは異なり、わが国の裁判において、条約を解釈し、適用する上での法源となるものとは解されない。

結局、ILO八七号条約三条一項が、公務員の争議権を保障したものとは解されず(最高裁昭和四一年(あ)第四〇一号同四四年四月二日大法廷判決刑集二三巻五号三〇五頁、最高裁平成七年(行ツ)第一三二号同一二年三月一七日第二小法廷判決集民一九七号四六五号参照)、原告らの上記主張はその前提を欠き、採用することができない。

三  争点三(本件争議行為について地公法三七条一項を適用することが憲法二八条に違反するか否か)について

原告らは、本件争議行為の実施による支障がないこと、あるいは、本件争議行為が労働基本権の制約の代償措置である人事委員会の勧告を無視する措置に反対する目的に出たものであること等を理由に、本件争議行為の参加者である原告らに対し、地公法三七条一項を適用し、同法二九条一項により懲戒処分をすることは憲法二八条に違反する旨主張する。しかしながら、原告らの立場によると、目的、態様、影響等の具体的事情によって、争議行為が憲法上許容され、又は許容されないこととなり、一定の場合に限って国法上禁止されない争議行為を作出することになるが、当裁判所は、かかる限定解釈をすることは相当ではなく、これらの事情は、懲戒権行使の適否を判断する上で考慮するのが相当であると解するので、原告らの主張は採用することができない。

以上によれば、原告らに対し、地公法三七条一項を適用し、地公法二九条一項により懲戒処分をすることが、憲法二八条に違反するということはできない。

四  争点四(本件各処分が懲戒権の濫用に当たるか否か)について

(1)  認定事実

前記前提事実に加えて、争いのない事実並びに証拠<省略>によれば、次のとおりの事実が認められる。

ア 平成一八年度からの減額支給措置に関する副知事の説明

地公三者と副知事とは、平成一七年一〇月から平成一八年一月にかけて、同年四月から二年間にわたって給料月額を本来支給額から一〇%減額するなどの減額支給措置(前記前提事実(2)ア(エ))を実施することについて交渉した。その際に、地公三者は、副知事に対し、当該措置の実施は二年間に限られ、それ以降は減額支給措置を実施しないことを明言するように求め、副知事は、最終交渉時、地公三者に対し、当該措置は二年間に限られ、平成二〇年度以降は減額支給措置を実施しないで被告の財政運営を行う旨述べた。さらに、知事及び副知事は、平成一八年一一月ないし平成一九年九月にかけて、減額支給措置の実施は平成一九年度までに限られ、平成二〇年度以降はこれを実施しない旨を道議会、記者会見あるいは地公三者との交渉の場において繰り返し述べた。

イ 平成一九年度の道人事委の報告及び勧告

道人事委は、道議会及び知事に対し、平成一九年一〇月五日付で、一般職に属する被告職員の給与等に係る報告をするとともに、同年度の給与改定については勧告しないとした上で、平成二〇年度の給与改定に係る勧告をした。同報告には、次のような内容の説明及び要請が含まれていた。

(ア) 平成一九年度の給与改定について

道人事委は、本来支給されるべき適正な給与水準を示すという給与勧告の趣旨から、減額支給措置による減額前の職員(一般行政職)の給与(以下「職員給与」という。)と私企業の労働者の給与(以下「民間給与」という。)とを比較し、これまで勧告を実施してきたところであり、これによると職員給与は民間給与を三・三七%上回っているが、現在実施されている減額支給措置により、実際に職員に対して支給される給与は民間給与を六・四五%下回っていることなどを考慮し、平成一九年度は給料表等の改定を行わないことが適当であると判断する。

(イ) 平成二〇年度の給与改定、査定昇給等制度の導入について

平成二〇年度から、給料表、扶養手当及び地域手当について、人事院の勧告の内容に準じた改定を行い、住居手当については、支給対象を限定し、支給額を国と同額になるように減額するとする必要がある。

査定昇給等制度については、被告の一部の職員に対して導入されているところであるが、その他の職員に対しても同年度から導入できるように必要な準備を進めていく必要がある。

(ウ) 減額支給措置不実施の要請

現在行われている減額支給措置については、期間を限定して行われているものであるが、結果的に相当長期間に及ぶ措置となっており、こうした状況下にあっては、職員の生活への負担感や士気の低下は勿論のこと、優秀な人材の確保に支障が生じること、更には人材の流出にも憂慮しているところである。道人事委としては、一般職に属する職員の給与は地公法に定める給与決定の原則によるべきものと考えており、勧告に基づく適正な給与水準を確保するように改めて要請する。

ウ 本件争議行為に至るまでの交渉経過等

(ア) 新たな減額支給措置の提案

前記前提事実(2)イのとおり、教育長は、平成一九年一一月五日、a組合に対し、平成二〇年四月から四年間にわたって給料月額を本来支給額から九%減額することなどの新たな減額支給措置を提案した。

教育長は、その目的及び提案に至る経緯について、被告当局は従前、平成二〇年度以降は減額支給措置を実施しない方針であったが、税収等の一般財源の予想を超える減少、金利上昇に伴う道債償還費の増加、国の制度改正に伴う義務的経費の増加等の要因による収支不足額の拡大により国への直轄負担金の一部の計上を留保せざるを得ない状況に至り、同年度以降も収支不足額の更なる拡大が生じる見通しであり、赤字再建団体への転落を回避し、持続可能な財政運営を確立する必要があると説明した。

(イ) 査定昇給等制度導入の提案

前記前提事実(3)アのとおり、教育長は、平成一九年九月二八日、a組合に対し、査定昇給等制度を教職員一般に導入することを提案した。

a組合は、これを受けて、教育長に対し、同制度の導入目的、導入時期、昇給・成績区分及び勤務判定上の問題点等に関する四五項目の詳細な質問を行い、教育長は、同制度の導入目的について、職員個々の勤務実績等に応じた給与を確保することにより、職員の士気向上を図るとともに組織の活性化に資すると回答するとともに、各質問事項について回答した。a組合は、この回答の内容に納得せず、教育長に対し、更に二五項目の質問を行い、教育長は、各質問事項について回答した。

(ウ) 平成一九年中の交渉の概要

地公三者と副知事とは、平成一九年一一月八日、同月一三日、同月一六日及び同年一二月一九日に、a組合と教育長(ここでいう教育長には、教育長の下部組織であり、道教委の事務局である北海道教育庁(以下「教育庁」という。)の職員による代行を含む。以下同じ。)とは、同年一一月八日、同月一六日及び同年一二月一九日に、それぞれ給与等に関して交渉を行った。

地公三者と副知事との交渉では、新たな減額支給措置の提案について、地公三者が、同提案は労使間の確認に違反する、財政運営の失敗の責任の所在を明らかにすべきである、職員給与の減額を必要とする根拠が明らかにされていないなどとして同提案の撤回を求めたのに対し、副知事は、公共事業等のあらゆる経費の削減策を講じてもなお収支不足が生じており、職員給与についても減額措置を行わざるを得ない、被告が赤字再建団体に転落することを回避するためのやむを得ない措置であるなどとして、財政状況を理由に同提案への協力を求める姿勢を崩さず、結局、同提案に関する交渉に実質的な進展はみられなかった。

a組合と教育長との交渉でも、上記同様のやりとりが行われ、同提案に関する交渉に実質的な進展はみられなかった。また、査定昇給等制度の導入について、a組合が、同制度は教職員の差別や教職員に対する管理強化につながる、教育の成果は協力、協働による継続的、持続的な教育実践によって現れるものであり、これを短期かつ一定の期間内に評定することは不可能であるなどの理由から同制度の導入の提案を撤回するように求めたのに対し、教育長は、前記(イ)の導入目的を説明し、具体的な運用等については鋭意協議を行い、適切に対処していきたいなどとして、同制度の導入自体は進める姿勢を崩さず、同制度に関する交渉にも実質的な進展はみられなかった。

(エ) 争議行為の批准投票及び通告

a組合は、平成一九年一二月二〇日ないし同月二一日、労使間の合意に違反する新たな減額支給措置の実施及び査定昇給等制度の導入に反対することを目的として、平成二〇年一月三〇日に勤務時間終了前二時間の職場離脱を統一方針とする同盟罷業を行うことについて、組合員による批准投票を実施したところ、a組合の組合員全体の九一・八七%の組合員がこれに批准した。

a組合は、道教委に対し、平成二〇年一月四日、同月三〇日に勤務時間終了前二時間の同盟罷業を実施する旨通告した。

(オ) 平成二〇年一月一六日及び同月二三日の交渉

地公三者と副知事とは、平成二〇年一月一六日及び同月二三日に、a組合と教育長とは、同月一六日、それぞれ給与等に関して交渉を行った。

地公三者と副知事との交渉では、新たな減額支給措置の提案に関し、副知事は、毎年度の予算編成を通じてその前提となる収支の見通しを見直すことを認めた。他方、地公三者は、同提案の内容では職責に応じた削減措置にならないことなどの問題点を指摘した上、人件費の削減によらない再建計画を立てるべきであるなどとして、改めて同提案を撤回することを求めた。

また、a組合と教育長との交渉では、a組合は、同提案について、上記のとおり職責に応じた削減措置にならないことを指摘し、教職員及びその家族の生活実態が厳しい状況にあることを訴え、改めて同提案を撤回することを求めたほか、査定昇給等制度の導入の提案を撤回するように改めて求めた。

(カ) 教育長通達、教育庁通知及び学校長等による指導

教育長は、平成二〇年一月二五日、各道立学校長に対し、a組合が同月三〇日に勤務時間終了前二時間の同盟罷業を計画している模様であるとして、所属職員に対する指導等を求める通達を発した。同時に、教育庁は、各道立学校に対し、所属職員に対する事前措置として、同盟罷業は地公法等で禁止されている争議行為であるから絶対に参加しないように指導すること、争議行為に参加した場合には関係法令に照らして必要な措置を講じる旨を口頭又は文書により警告すること及び同日は定刻まで職務に専念することを命じる職務命令書を手交することを求める通知を発した。

また、教育長は、同じく同月二五日、北海道内の各市町村教委教育長(以下「各市町村教育長」という。)に対しても、各道立学校長に対して上記通達を発したことを知らせ、各市町村立学校の教職員に対する指導等を求める通知を発した。同時に、教育庁は、各市町村教育長に対し、各道立学校長に対して上記通知を発したことを知らせ、これを参考にして所属職員の服務規律の保持に万全を期すことを求める通知を発した。

各学校の学校長等は、同月二九日ないし三〇日にかけて、各学校の所属職員に対し、上記の通達及び通知を受けて、同盟罷業に参加しないように指導した。多くの学校長等は、朝会等において同盟罷業に参加しないように呼びかけるにとどまったが、一部の学校長等は、争議行為に参加した場合には関係法令に照らして必要な措置を講じる旨を文書により警告した上、定刻まで職務に専念することを命じる職務命令書を手交した。

(キ) 平成二〇年一月三〇日午前の交渉(最終交渉)

地公三者と副知事、a組合と教育長は、平成二〇年一月三〇日午前、それぞれ給与等に関して交渉を行った(a組合と教育長の交渉においては、教育予算等に関する交渉を含む。)。

副知事及び教育長はそれぞれの交渉の場において、新たな減額支給措置に関する交渉の最終回答として、同年四月から四年間にわたって、一般職に属する職員については給料月額を本来支給額から七・五%減額すること、期末手当、勤勉手当にかかる手当基礎額のうち役職段階別加算額の三分の一相当額を本来支給額から減額すること、毎年度収支の見通しを見直して上記の範囲内で減額支給措置の見直しについて協議することなどを告げて、本件減額支給措置の条例案を道議会に対して提案することを明らかにした。

また、副知事及び教育長は、それぞれの交渉の場において、査定昇給等制度の導入に関する交渉の最終回答として、査定昇給(昇給への勤務成績の反映)の実施は下位区分を含めて平成二〇年度から四年間凍結する一方、勤勉手当への勤務成績の反映は同年一二月期の勤勉手当から実施することとし、その旨人事委員会に要請していくことを明らかにした。なお、a組合は、教育長に対し、a組合としての戦術は後ほど通告すると伝えて、教育長との交渉を終えた。

(ク) 本件争議行為の実施

a組合は、勤務時間終了二時間前の同盟罷業の予定を同一時間前の同盟罷業に変更して実施することとして、平成二〇年一月三〇日午後〇時一一分頃、道教委に対し、勤務時間終了前一時間の同盟罷業を実施する旨通告した。a組合は、同日、本件争議行為を実施した(前記前提事実(4))。

その際、各学校の学校長等は、本件争議行為の参加者の職場離脱の状況及び時間を目視により確認した。これにより確認された原告らの職場離脱時間は、別紙二記載のとおりである。

エ 道教委による本件争議行為に関する事前及び事後の調査等

(ア) 教育庁は、上記ウ(カ)の各道立学校長及び各市町村教育長に対する通知の際に、平成二〇年一月二九日までに各学校で争議行為への対応として予定する生徒に対する措置を報告することを求めた。これによると、本件争議行為前日の時点において、生徒に対して何らかの措置を講じることとした学校は二五六校であった。

(イ) 教育庁は、本件争議行為後、各道立学校長に対し、本件争議行為参加者の供述調書を添付した事故報告書を作成して提出することを求めるとともに、北海道内の各市町村教育長に対し、上記同様の事故報告書を作成し、かつ、道教委宛てに本件争議行為の参加者に係る処分内申を作成し、これらを提出することを求めた。その際に、教育庁は、各市町村教育長に対し、処分内申の記載例を示した文書を配付した。同文書の「教育委員会の意見」欄には、「厳正な処分をお願いします。」との例文が記載され、このうち「厳正な処分」との箇所には下線が引かれており、同箇所について、「『相応な処分』は可であるが、『寛容な処分』、『寛大な処分』などは不可」とする指示が記載されていた。

(ウ) 教育庁は、本件争議行為後、改めて本件争議行為当日に各学校において実際に講じられた措置を把握するため、各教育局に対して通知を発して報告を求めたところ、特段の措置を講じた学校は一八一校であった。その集計結果(以下「本件集計結果」という。)の内訳は、次のとおりである。

a 午後の授業一部カット

小学校一校、中学校八校 計九校

b 下校時刻繰上げ

小学校二三校、中学校四五校 計六八校

c 自習(授業の自習への変更)

小学校一二校、中学校一八校 計三〇校

d 特別活動(授業の児童会や各種委員会活動への変更)

小学校二校

e 部活動休止

中学校四二校

f その他(放課後の清掃を短時間の簡易清掃に変更した、当日の日課と前日の日課を入れ替えた、管理職が授業を担当した、全校行事を管理職と非組合員で対応したなど)

小学校一三校、中学校一七校、計三〇校

g 合計

特段の措置を講じた学校 一八一校

(全体の一二・一%)

特段の措置を講じなかった学校 一三一六校

(エ) 上記(ウ)bの下校時刻を繰り上げる措置は、授業時間に影響を与えるものではなく、生徒が放課後も学校に滞在する時間を繰り上げるものである。

(オ) 生徒、保護者、住民等が、道教委又は各学校に対し、本件争議行為に対する批判や苦情を述べることはなかった。

オ a組合による処分方針の撤回要求等

(ア) 教育長は、平成二〇年二月五日に開催された道議会文教委員会において、本件争議行為の参加者に対する処分について、参加状況等の詳細を把握した上で厳正に処分する意向を明らかにした。席上、B総務政策局長は、査定昇級等制度の導入に反対して、争議行為を行ったものと認識していることを明らかにした。

(イ) a組合は、上記(ア)の教育長の意向を知り、処分方針の撤回を求めるため教育長と交渉することを図り、平成二〇年二月二一日付「ストライキに対する不当行政処分方針の撤回を求める要求書」と題する書面により、教育長に対し、本件争議行為の目的について、①被告が従前の減額支給措置により職員に多大な犠牲を強いてきたにもかかわらず、労使間の合意に違反し、労働基本権の制約の代償措置としての人事委員会の勧告を無視して減額支給措置の継続を強行すること、②a組合が査定昇給等制度は教職員に対する管理統制の強化、教職員の分断につながるとして改善を求めたにもかかわらず、道教委が十分に交渉を行わないまま、制度の導入を強行することに対する抗議の意を表明したものであることを明示した上、行政処分をする方針を撤回するように求めた。

カ 戒告処分の審議

道教委は、平成二〇年二月二七日、同年第四回の委員会を開催し、次のとおり、本件争議行為参加者のうち三〇分以上職場を離脱した一万二五五一名に対して戒告処分をする旨の議案(以下「本件議案」という。)について審議した。

(ア) 本件議案の審議に先立ち、教育長は、道教委委員(以下「委員」という。)に対して下記aないしeの記載内容が含まれる説明資料(以下「本件説明資料」という。)を配付した。

a a組合は、平成二〇年一月三〇日午前〇時一一分、道教委に対し、勤務時間終了前一時間の同盟罷業を行う旨通告したが、その際に、その目的は示さなかった。

b 市町村教委からは、同盟罷業は地公法で禁止されている違法な行為であり、応分の処分を求める旨の内申があった。

c 従前の処分例としては、昭和五二年二月及び同年四月の二回にわたる二時間の同盟罷業に参加した二万三一〇六名に対して戒告処分をした事例がある。また、昭和五二年一一月から昭和五三年一二月までの間の六回にわたる二時間又は半日の同盟罷業に参加した二万三六七二名に対して訓告とした事例がある。以後、一時間以上の同盟罷業は四回あり、いずれも訓告をしている。

d 同盟罷業は地公法で禁止されている争議行為であり、各学校の校長から違法な行為に参加しないように指導等がされたにもかかわらず、事故者が、職員団体の闘争方針に従って同盟罷業に参加するため職場を離脱したことは極めて遺憾である。

e 本件争議行為参加者に対する処分については、職場を三〇分以上離脱した一万二五五一名に対しては、一律に戒告処分をする。

なお、職場離脱時間が三〇分未満の四一名に対しては、①職員団体の闘争方針に従って一時間の同盟罷業に参加するのではなく、本人の意思で三〇分未満の参加にとどめたこと、②勤務時間終了前に職場に復帰している者が少なくないこと、③職場離脱時間が平均二〇分であり、同盟罷業に参加したことによる職場への影響は軽微であると認められることなどから、文書訓告の措置が相当であると判断する。

(イ) 本件議案の審議は、上記(ア)aの本件説明資料の記載に基づき、道教委は本件争議行為の目的を把握していないとの前提に立って進められた。本件議案の審議の後半では、委員の一人が、地公三者全体としては、不本意ながらも労使間の合意形成がされ、同盟罷業をしなかったにもかかわらず、a組合が単独で同盟罷業を実施した目的は極めて曖昧であり、理解し難いと発言した。

(ウ) a組合の幹部組合員の処分については、教育庁職員から、争議行為を企て、指導したことを立証することが難しく、一律に戒告処分とする案となっていること、戒告処分の対象者にはa組合の支部長等も含まれるが、その地位に着目して処分するのではないことが説明された。

(エ) 教育長は、委員に対し、一般参加者を戒告処分とした事例は昭和五二年に遡り、それも今回に比べて時間が長く、そうした対比の中で戒告処分は重いのではないかとの意見が寄せられたことを明かした上、従前の処分例も参考にしつつ、現在の教育を取り巻く環境、道教委に対する様々な道民の期待、交渉が円滑に行われたにもかかわらず、a組合が突出して同盟罷業をしたことなどから判断しなければならないと説明した。

これを受けて、委員の一人が、これまで幹部組合員を処分していたところ、一般参加者を処分することにした理論的根拠を疑問視する報道もあり、その違いを明確にしておかなければいけないと発言したのに対し、教育庁職員は、昭和五〇年代当時は、労働運動や労使交渉が激しかった時代であり、社会が争議行為等をある程度許容していた時代背景があったなどと説明し、続けて、飲酒運転の処分等が時代背景の中で厳格化してきていることを例示し、今日的な状況の中で判断していく必要があると説明した。

(オ) 以上を受けて、委員の一人は、同盟罷業は言い換えれば職場放棄であり、許されないことは常識である、事前に学校長等から警告され、公務員の争議行為が許されないことが訴訟でも定着している中で、これが実行された、これに応じた責任が追及され、処分されることは予想ができることである、かつて訓告に留めたことがあったとしても、様々な社会情勢を踏まえて戒告処分とすることは裁量の範囲内であり、戒告処分が均衡を欠くことにはならないなどと発言した。これにより本件議案の審議は終了し、道教委は、原案のとおりの処分をすることを決定した。

キ 戒告処分に伴う給与の減額

道教委の任命に係る教職員は、平成二〇年二月当時の被告の給与制度上、その時点で戒告処分を受けた場合、同年六月期の勤勉手当について、懲戒処分を受けていない者(勤務時間が六か月末満である者や勤務日数が不足する者を除く。)に比べて約一〇%減額するものとされていた(北海道学校職員の給与に関する条例一九条の四(平成二一年北海道条例第九七号による改正前のもの)、給与の支給に関する規則二九条の八、同規則の一部を改正する規則(平成二〇年三月三一日付北海道人事委規則七―一一五九)附則二項、平成一八年五月三一日付教育長通知、弁論の全趣旨)。

また、道教委の任命に係る教職員は、上記給与制度上、勤務成績が良好であるものは一年毎に四号俸昇給するが、①所定の事由がないのに年間勤務日数の四分の一以上を欠勤した者及び②懲戒処分を受けた者は、勤務成績が良好であるとは認められないとして、その昇給幅は三号俸以下にとどまるものとされていた(北海道学校職員の給与に関する条例六条四項、五項、初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則三五条、同規則の一部を改正する規則(平成二〇年三月三一日付北海道人事委員会規則七―一一六四)附則四項(平成二四年三月三〇日北海道人事委員会規則七―一二五七による変更前のもの)、五項、平成二〇年三月三一日付道人事委事務局長通知)。

本件争議行為に参加したとして戒告処分を受けたa組合の組合員において、平成二〇年六月期の勤勉手当の支給額と戒告処分を受けなかった場合の支給額との差額は、一人当たり平均三万円であり、また、平成二一年一月の昇給を一号俸抑制された後の給与と昇給を抑制されなかった場合の給与との差額は、年齢層や号俸が既に上限に達しているか否かにより差があるものの、平成二一年の一年間だけで、二五歳で約三万二〇〇〇円、三五歳で三万六〇〇〇円、四五歳で約一万七〇〇〇円、全体平均で約二万八〇〇〇円であった。

ク 従前の争議行為に対する懲戒処分

本件争議行為以前のa組合により実施された争議行為の参加者に対する懲戒処分は、別紙三処分一覧表記載のとおりである(争いのない事実及び弁論の全趣旨)。

(2)  公務員に対する懲戒処分は、単なる労使関係の見地においてではなく、国民(住民)全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員の勤務関係の秩序を維持するため、科される制裁である。ところで、地公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきか否か、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(同法二七条一項)を定め、平等取扱いの原則(同法一三条)及び不利益取扱いの禁止(同法五六条)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがって、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の当該行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、上記のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に委ねられていると解するのが相当である。もとより、その裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

したがって、裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったか否か、又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決)。

そこで、以下では、本件争議行為の原因、動機、態様、結果、影響等並びに本件各処分による不利益の程度及び従前の処分例との均衡その他諸般の事情を踏まえて、本件各処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権(懲戒権)を濫用したものと認められるか否かについて検討する。

(3)  本件争議行為の原因、動機に関する事情

前記認定事実(4)のとおり、本件争議行為の目的は、本件減額支給措置の実施及び査定昇給等制度の導入の強行に抗議し、反対する目的で行われたものであったので、これらの目的について個別に検討する。なお、原告らは、本件争議行為には、これらの実施及び導入に関する被告当局の不誠実な交渉態度にも抗議する目的があった旨主張するが、この点については、後記(7)において検討する。

ア 本件減額支給措置に対して反対する目的について

(ア) 前記一(1)のとおり、地方公務員の労働基本権の制約を要する場合でも、その生存権保障の趣旨から、その制約に見合う代償措置が講じられなければならないところ、勤務条件の法定や人事委員会の諸制度がその代償措置として挙げられる。このうち、中立的、専門的見地から行われる人事委員会の勧告は、地公法が定める情勢適応の原則、均衡の原則等の地方公務員の権利保障に関わる諸原則の実現を図る上で、実質的に大きな役割を担っており、代償措置の中でも特に重要な意義を有するということができる。

かかる人事委員会の勧告の意義に照らせば、被告において、職員の給与につき、平成一一年度から平成一九年度まで、九年度にわたる長期間の減額支給措置、殊に平成一八年度及び平成一九年度については給料月額を本来支給額から一〇%減額するなどの大幅な減額支給措置が実施され、道人事委の勧告を下回る給与しか支給されない事態が長期化し、道人事委としてもその勧告に基づく適正な給与水準を確保するように道議会及び知事に対して要請する(前記認定事実イ(ウ))状況にあって、更に四年間にわたって給料月額を本来支給額から七・五%減額するなどの本件減額支給措置の条例案が知事から道議会に提案されるに至ったことは、本来、法が予定するところからみると極めて異常な事態であるといわざるを得ない。

そうすると、本件減額支給措置そのものが、被告の財政状況等を考慮してもなお裁量権の逸脱、濫用に当たる違法なものであるか否かは置くとしても、道教委が、原告らに対し、本件争議行為に参加したことを理由として懲戒権を行使するに当たっては、上記のとおり、被告が自ら法の予定するところからみて極めて異常な事態を招き、原告らはその正常化すなわち労働基本権の代償措置の機能回復を求める趣旨の目的を有していたことを十分に考慮しなければならない。

(イ) また、平成一八年度及び平成一九年度の減額支給措置の交渉時の経緯(前記認定事実ア)からは、労使間で平成二〇年度以降は減額支給措置を実施しないことが確認されていたと認められるところ、本件減額支給措置はこれに違反するものである。この点については、法律及び条例で定められる地方公務員の勤務条件に係る労使間の合意に法的拘束力を認めることはできないものの、それでも、これに違反することが一定の道義的な非難に値することは否定し難く、本件争議行為の目的、動機に関して斟酌すべき事情に当たるというべきである。

(ウ) なお、被告は、a組合は本件争議行為を実施するに当たってその目的を直接明らかにしていない旨主張する。被告の主張は必ずしも明確ではないが、本件争議行為の目的を直接に明らかにしていないから、本件戒告処分をするに当たり、本件争議行為の目的を考慮する必要がないというものであれば、理由がないというべきである。

すなわち、教育長とa組合の最終交渉では、給与等(本件減額支給措置及び査定昇給等制度)について交渉がされたが、a組合は、副知事及び教育長が示した回答に納得せず、教育長に対し、a組合としての戦術を後ほど通告すると伝えて、教育長との交渉を終えたこと(前記認定事実ウ(キ))、及びそれ以前の交渉の経緯(前記認定事実ウ(ア)ないし(オ))を踏まえれば、本件減額支給措置及び査定昇給等制度の実施に反対して本件争議行為を行うことが黙示には伝えられていたと認められる上、上記の経緯等を考慮すれば、道教委において、本件争議行為の目的を認識していたものと認めるのが相当である。加えて、a組合は、本件各処分前に、教育長に対し、本件争議行為の目的を文書により伝えており(前記認定事実オ(イ))、本件各処分前には、道教委は、本件争議行為の目的を明確に認識していたと認められるから、a組合が本件争議行為当時において、その目的を明示しなかったことをもって、原告らを処分するに当たり、本件争議行為の目的、動機に係る事情を考慮しなくてよいという理由にはならず、被告の上記主張は採用できない。

また、被告は、目的如何によって争議行為が正当化されることはないとも主張するが、本件争議行為自体を適法とみることができないとしても、原告らの行為の違法性ないし非難の程度を評価する上で、上記事情を考慮しなくてよいことにはならない。

イ 査定昇給等制度の導入に対して反対する目的について

他方、査定昇給等制度の導入については、道人事委は、これを導入しないように求めていたわけではなく、むしろ導入を推進するように求めていたのであり(前記認定事実イ(イ))、これに反対することは、労働基本権の制約の代償措置の正常な運用を求めるという観点に基づくものではない。そして、同制度が教育を担う教職員の働き方と合致しないとする趣旨の原告らの反対理由(同ウ(ウ))は、成績評価に応じた給与支給により組織を活性化するという同制度の導入目的(同ウ(イ))と併せて、政策上の見地から判断されるべきものであり、そのような判断に争議行為による圧力を加えることが、議会制民主主義等の見地から回避されるべきことは前記一(1)のとおりである。そうすると、査定昇給等制度の導入に反対する目的については、原告らに対する懲戒権を行使する上で、これを考慮しなかったことは懲戒権の濫用の理由にはならない。かえって、査定昇給等制度の導入に反対する目的であったことは、懲戒権の行使が濫用であると評価する上で障害となり得る事情である。

(4)  本件争議行為の態様、結果、影響等に関する事情

ア 道教委は、原告らを含む職場を三〇分以上離脱した者に対して一律に戒告処分をしているところ、原告らは、各原告の個別事情に基づき、懲戒処分をすべきか否かが判断されなければならない旨主張する。しかしながら、同盟罷業は、参加者が一体となって罷業に及ぶことにより使用者に対する交渉力を発揮するのであり、その性質に照らせば、道教委が、本件争議行為の参加者に対する懲戒権を行使するに当たっては、本件争議行為の全体としての態様、結果、影響等を考慮することも許されるというべきである。もっとも、その場合、各原告が現に自らの職務に与えた影響ではなく、組織化された集団的行為としての争議行為の態様、結果、影響等について責任を問う以上、原告らがその組織化、集団化に果たした役割も併せて考慮されなければならない。

イ 本件争議行為の態様等について

まず、本件争議行為の態様についてみると、本件争議行為は、全道で一万人以上の教職員によって行われた同盟罷業であり(前記前提事実(4))、極めて大規模なものであるということができる。他方、その職場離脱時間は、勤務時間終了前一時間以内であり、従前の事例に比べても短い部類に入るものであった(前記認定事実ク)。もっとも、職場離脱時間が短いからといって、これによる影響が少ないとは限らず、そのことのみから直ちに違法性が低いということはできない。

なお、原告らは、これに加えて、本件争議行為は職場離脱という不作為によるものであることもその違法性が低い理由として主張するが、そもそも地公法三七条一項にいう「同盟罷業」とは集団的な労務提供拒否そのものをいうのであり、不作為による態様が、原告らに特に有利に斟酌されるべき事情に当たるということはできない。

ウ 本件争議行為の結果、影響について

(ア) 次に、本件争議行為がその全体として学校運営に与えた影響についてみると、本件集計結果によれば、生徒に対して特段の措置を講じた学校は一八一校(全体の一二・一%)であったとされる(前記認定事実エ(ウ))。本件集計結果について、原告らは、当初の勤務時間終了前二時間の同盟罷業を前提としたものであり、実際の状況を正確に反映していないなどと主張するが、道教委は、本件争議行為前日に各学校が予定する措置について集計した後、改めて実際に各学校が講じた措置について集計しており(同エ(ア)、(ウ))、本件集計結果のとおりの措置が講じられたと認められる。

(イ) ところで、本件集計結果の内訳には、「部活動休止」との措置が含まれるが(前記認定事実エ(ウ)e)、いわゆる部活動は、教育課程外の教育活動であり、平成一九年一月の時点では、中学校学習指導要領(平成一〇年文部省告示第一七六号)上、未だ教育課程外の学校教育活動としてさえ位置付けられていなかったことも踏まえると、その休止を公務に生じた支障とみて懲戒処分の理由とすることは相当でない。また、本件集計結果の内訳には、「下校時刻繰上げ」との措置も含まれるが(同エ(ウ)b)、これは生徒が放課後も学校に滞在する時間を繰り上げるにすぎない(同エ(エ))。さらに、本件集計結果の内訳には、「その他」とされるものがあるが(同エ(ウ)f)、その中には、放課後の清掃を短時間の簡易清掃に変更したなど、学校運営に実質的な影響を与えるとは思われない措置も含まれている。そうすると、本件集計結果の中で、学校運営に対する実質的な影響を受けたというべき学校の数は、「午後の授業一部カット」(九校、全体の〇・六%)、「自習」(三〇校、全体の二%)及び「特別活動」(二校、全体の〇・一%)との措置を講じた四一校(全体の二・七%)にとどまるとみるべきである。

(ウ) これらのことからすると、本件集計結果に基づく道教委の認識は、本件争議行為の影響を過大に評価するものであり、本件争議行為によって学校運営に相当な支障があったとまではいえない。他方、実質的な影響を受けた学校の数は少ないとしても、生徒は等しく教育を受ける権利を有し、その影響を軽視することはできないし、教員の授業以外の職務や事務職員の職務を欠くことも、それ自体が公務の停廃に当たり、学校運営に何らの支障も与えないということはできないから、本件争議行為が学校運営に与えた影響は軽微であったということもできない。

(エ) なお、被告は、本件争議行為の影響として、新聞報道等を通じた影響も含めて生徒及び保護者に対して不安又は動揺を与えたと主張するが、かかる主張は憶測の域を出ず、かえって、生徒、保護者、住民等から本件争議行為に対する批判や苦情は寄せられなかったこと(前記認定事実エ(オ))からすれば、被告の上記主張は採用することができない。

エ 原告らが本件争議行為の組織化、集団化に果たした役割

道教委は、職場を三〇分以上離脱したことを基準として本件各処分を行ったものであり(前記前提事実(5)、前記認定事実カ(ア)e)、このことから、道教委が原告らを指導的役割を担う者としてではなく、いわゆる一般参加者として本件各処分を行ったことが認められる。そして、一般に、一般参加者が争議行為の組織化、集団化に果たす役割は大きくはないから、本件争議行為の組織化、集団化に果たした原告らの役割も大きくはないことになる。

なお、原告らの中には、a組合の支部役員の地位にある者もいるが、道教委は、その地位や指導的役割を考慮しないで、単に本件争議行為に参加したことのみを理由に本件各処分をしており、上記の者に対する処分が懲戒権の濫用に当たるか否かについても、その地位や指導的役割を考慮しないで判断するのが相当である。

(5)  本件各処分による不利益の程度

ア 戒告処分は、その法的性質としては、職員の規律違反の責任を確認し、その将来を戒める処分であり、法律上、処分それ自体によって直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではない。しかしながら、前記認定事実キのとおり、被告の給与制度上、戒告処分を受けた者は、そのことが履歴に残るにとどまらず、不可避的に、勤勉手当が約一割減額されるほか、定期昇給において一号俸昇給が抑制され、この昇給の遅れが将来に回復されることはない。昇給抑制等がない場合とある場合との差額は、前記認定事実キのとおり、a組合の組合員について、平成二一年は、二五歳で年約三万二〇〇〇円、三五歳で年約三万六〇〇〇万円であり、これが退職時まで累積することになり、その金額は少ないとはいえないが、多額にわたるともいえない。

イ この点に関し、被告は、原告らに定期昇給を求める法的権利はなく、また、定期昇給の延伸は懲戒処分それ自体による不利益ではないから、懲戒処分の相当性を判断する上で定期昇給の延伸の不利益を考慮する必要はない旨主張する。しかしながら、上記のとおり、将来の昇給への影響が生じることが事実上避けられない以上、そのことも考慮しなければ、実際に均衡が保たれた判断をすることができないから、道教委は、これを考慮に入れて懲戒権を行使すべきであり、懲戒権の行使が濫用となるか否かの評価をするにあたり、上記考慮したことを勘案しなければならないというべきである。

(6)  従前の処分例との均衡

道教委が、a組合が本件争議行為よりも前に実施した争議行為の参加者に対し、懲戒処分をした事例(前記認定事実クにおいて引用する別紙三処分内容一覧表)によれば、昭和四七年以降は、一般参加者に対しては訓告とし、指導的役割を担う者に対してのみ懲戒処分をすることがほぼ定着していたということができる。そして、昭和四七年以降で、例外的に一般参加者に対して戒告処分がされた事例は、昭和五〇年から昭和五一年にかけて合計八回の争議行為が実施され、これらに参加した一般参加者に対して訓告がされたにもかかわらず、昭和五二年に二回にわたって二時間の同盟罷業が実施されたことにつき、一般参加者に対して戒告処分をした事例であった。

そうすると、本件において、道教委が、原告らに対し、a組合が二四年ぶりに実施した一時間の同盟罷業に一回参加し、職場を三〇分以上離脱したことを理由として、本件各処分をしたことは、上記(5)アのとおりの本件各処分による不利益を踏まえると、従前の同規模の争議行為の一般参加者に対する措置に比べて、より重い処分であるということができる。

もっとも、戒告処分自体は懲戒処分の中で一番軽い処分であり、懲戒事由があるときに、懲戒処分をするか否かについては、懲戒権者に広範な裁量があることからすると、従前処分されていなかったことを理由に別の機会に懲戒権の行使が全く許されなくなるものではない。同一の懲戒事由について、従前の懲戒処分よりも重い懲戒処分をする場合と、従前は懲戒処分事由があるにもかかわらず懲戒処分を控えていたものに対して懲戒処分をする場合とは異なることに留意する必要がある。

(7)  その他の事情

ア 誠実交渉義務違反について

原告らは、本件減額支給措置及び査定昇給等制度に係る交渉において、被告当局の誠実交渉義務違反があった旨主張するので、この点について検討すると、被告当局に交渉応諾義務(地公法五五条一項)があることは、原告らの主張のとおりであるとしても、意見の一致をみない中で、交渉が平行線を辿ったからといって、誠実交渉義務に違反したとはいえない。そして、前記認定事実ウ(ア)ないし(ウ)、(オ)、(キ)のとおり、交渉自体は数多く行われていたこと、被告当局は地公三者及びa組合の質問に対して一定程度の回答をしているとみられること、被告当局も最終的には幾つかの点で歩み寄りを見せたことなどの本件の具体的事情の下では、交渉の過程において、原告らの納得する回答が得られないことがあったとしても、懲戒権の濫用を根拠付ける程度に不誠実な対応があったとまでは認めることができない。

イ 市町村教委の処分内申について

他方、原告らのうち市町村立学校の教職員である者の処分に関しては、本件説明資料によれば、市町村教委から応分の処分を求める旨の処分内申があったとされるが(前記認定事実カ(ア)b)、これについては、教育庁が、あらかじめ各市町村教育長に対し、処分内申の記載例を示した文書を配付し、寛容な処分、寛大な処分を求める趣旨の記載をしないように指示していたところ(同エ(イ))、かかる指示は、市町村立学校の教職員の服務監督権限を有する市町村教委に処分内申をさせ、その意見を都道府県教育委員会の処分に反映させるという地教行法三八条一項の趣旨を没却するものであり、上記の処分内申を考慮することはできない。

ウ 以上の各事情に加えて、原告らは、本件争議行為に参加したa組合の組合員は、職場離脱時間が三〇分未満であっても訓告とされたのに対し、三〇分未満の同盟罷業を実施した他の職員団体の組合員は訓告を受けておらず、平等原則に違反する旨主張するが、そのことは、職場離脱時間が三〇分以上である原告らに対する本件各処分の軽重を判断する上では直接の関連性はない。

さらに、原告らは、道教委がa組合を弱体化させる意図を持って本件争議行為の一般参加者についても戒告処分をした旨主張するが、本件の証拠関係からは、道教委にそのような意図があったと認めるには足りず、これを前提として懲戒権の濫用の有無を判断することはできない。

その他、原告らは、道教委が本件争議行為に備えて、各学校長等による所属職員に対する事前指導等を求めるなど周到な事前準備をした、本件争議行為から本件各処分がされるまでの期間が約一か月と短かった、e市教委及びf市教委は一般参加者を一律に戒告処分とすることはしていないなどと主張するが、本件争議行為に備えて、周到な事前準備をすることや本件各処分までの期間が短いことが、懲戒権の濫用を根拠付ける事由には当たらないし、また、e市教委等が一律に戒告処分にしなかったことも、各懲戒権者の裁量の範囲内で処分は異なり得るので、他の懲戒権者のした処分と同一ではないことが、直ちに懲戒権の濫用を基礎付ける事由とはならないから、これらはいずれも懲戒権の濫用を根拠付ける事由には当たらない。

(8)  上記検討したところを踏まえて、本件各処分が懲戒権の濫用に当たるか否かを検討する。

ア(ア) 前記(3)アのとおり、被告による長期かつ大幅な減額支給措置の実施は法の予定するところからみて異常な事態であるところ、本件争議行為の目的には、その正常化を求める趣旨が含まれていたこと、及び本件減額支給措置が労使間の合意に違反することは、道教委が原告らに対して懲戒権を行使する上で斟酌すべき事情である。特に前者については、地方公務員の労働基本権の制約の代償措置である人事委員会の勧告の意義に照らせば、懲戒処分をするに当たっては、これを十分に考慮しなければならない。これらは、原告らに対する処分を軽くする方向に働く重要な事情である。

(イ) 他方、前記(4)のとおり、本件争議行為は一万人以上が参加した大規模なものであり、その組織化された集団的行為の全体としての影響は軽微なものではないが、原告ら一般参加者がその組織化、集団化に果たした役割は大きくはないから、争議行為の規模や全体としての影響を殊更に強調すべきではなく、この役割に見合った処分がされるべきである。

かかる観点から本件各処分についてみると、前記(5)のとおり、本件各処分は、懲戒処分の中では最も軽い戒告処分であるものの、被告の給与制度上、被処分者には昇給抑制等の不利益を生じさせるものである。そして前記(6)のとおり、道教委において、争議行為の処分について、一般参加者に対して訓告、指導的役割を果たした者に対して懲戒処分とすることがほぼ定着していた従前の処分例と比べて、本件各処分は、より重いものである。

(ウ) 以上によると、道教委は、本件では上記(ア)のとおり、処分を軽くする方向に働く重要な事情があるにもかかわらず、かえって、上記(イ)のとおり、従前の処分例より重い処分をしているということができるが、一方で、本件各処分は戒告処分であり、それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではなく、これによる事実上の不利益も多大なものということはできない。

イ 上記(2)のとおり、道教委は、懲戒権者として広範な裁量を有するものであるが、その裁量権を行使するに当たり、当然に考慮すべき事情を考慮せず、あるいは、考慮すべきではない事情を考慮して、そのことによって、社会観念上著しく妥当を欠いて、裁量の範囲を超えるものと認めるときは、その懲戒処分は裁量権を濫用したものとして違法となると解すべきである。

(ア) 本件では、上記アで述べたところからすれば、道教委は、本件各処分をするに当たっては、比例原則及び平等原則に照らし、少なくとも、上記ア(ア)の事情を考慮し、さらに、それを考慮してもなお従前の処分例より重い処分をするだけの合理的な理由を具体的に検討する必要があったというべきである。

ところが、道教委は、前記認定事実カ(イ)のとおり、本件争議行為の目的を把握していないという前提で本件議案の審議を進めており(かかる前提が誤りであり、実際には、道教委は本件争議行為の目的の一つとして代償措置の正常化を求めるものであることを認識していたと認められることは、前記(3)ア(ウ)のとおりである。)、本件各処分を行うにあたり、道教委として上記ア(ア)の事情をどのように評価するか、上記ア(ア)事情を考慮してもなお三〇分以上の職場離脱を理由に一律に戒告処分をすることが適当であるか否かについて検討した形跡はなく、道教委において、本件争議行為の目的を認識していたことからすると、本件各処分を行う上で代償措置の正常化を求める目的を含む争議行為であることについて、議論を避けたものといわざるを得ない。

そればかりでなく、本件議案の審議では、前記認定事実カ(エ)のとおり、教育長及び教育庁職員は、現在の教育環境、北海道民の期待、社会情勢の変化等を従前の処分例より重い処分をする理由として挙げたものの、前二者については、何ら具体的な意味を明らかにしておらず、委員においてもこれらに対する検討を加えたこともなかったこと、後者の社会情勢の変化についても、昭和五〇年代当時は社会が争議行為等をある程度許容していたなどという主観的な見解は述べられたものの、その具体的な根拠については、十分に検討がされたとはいえない。もっとも、この点については、前記説示したとおり、懲戒事由があるときに、一番軽い懲戒処分を選択する際には、従前懲戒をしなかったことを理由に懲戒が全くできなくなるものではないから、このことを過度に評価することはできない。

以上によると、道教委は、処分を軽くする方向に働く考慮すべき重要な事情を考慮していないばかりか、そもそも、従前の処分例より重い処分をすることについて具体的な根拠を伴った検討をしておらず、道教委が、上記合理的な理由を検討したと認めることはできない。したがって、本件各処分の判断過程において、十分な議論及び検討がされたとはいえない(以下、判断過程において十分な議論及び検討がされなかったことを「判断過程の瑕疵」という。)。

(イ) そこで、更に進んで、かかる判断過程の瑕疵により、本件各処分が著しく妥当を欠く結果となっているか否かについて検討すると、本件では、懲戒事由それ自体は存在しており、また、原告らは本件争議行為に参加するに当たり、争議行為禁止の代償措置の正常化を求める目的以外の目的も有し、その限りでは目的の正当性も否定されるべきである。かかる本件争議行為への参加に対する処分として戒告処分が選択されたことは、原告らが争議行為禁止の代償措置の正常化を求める目的を有していたこと等の事情を十分に考慮しても、前記説示したとおりの戒告処分の性質及びその不利益の程度や、原告らに対して各学校の学校長等による職務命令を含む事前指導等が行われていたなどの事情をも併せ考慮すれば、懲戒事由の内容に比して著しく均衡を欠く処分が選択されたということはできない。確かに、本件各処分は従前の処分例と比べて重い処分であるが、客観的にみれば、相当な範囲内の処分が選択されているというべきである。すなわち、仮に、道教委において、原告らが争議行為禁止の代償措置の正常化を求める目的を有していたこと等の事情を十分に踏まえた上で、本件各処分を行っていたとすれば、その懲戒処分自体が裁量権の範囲を超えているとまではいえない。

そうすると、上記(ア)のとおり、道教委の判断過程には瑕疵があり、その意味において、本件各処分が妥当を欠くということはできるものの、判断過程の瑕疵によって、裁量権の範囲内にあった懲戒処分が直ちに著しく妥当を欠くということにはならず、その瑕疵の内容と処分量定の結果における均衡の保持又は喪失の程度を総合的に考慮したならば、本件各処分が著しく妥当を欠くというにはなお疑問が残るところである。

ウ 以上によれば、本件各処分は、社会観念上いまだ著しく妥当を欠くものということまではできず、懲戒権を濫用した違法なものに当たるということはできない。

第四結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本間健裕 裁判官 宮崎拓也 佐野尚也)

別紙一 当事者目録

原告 X1<他75名>

上記七六名訴訟代理人弁護士 江本秀春

同 後藤徹

同 佐藤義雄

同 横路民雄

同 川村俊紀

同 伊藤誠一

同 新川生馬

被告 北海道

代表者兼処分行政庁 北海道教育委員会

上記委員会代表者委員長 A

被告訴訟代理人弁護士 太田三夫

同 佐々木泉顕

被告指定代理人 菊池信広<他4名>

別紙二<省略>

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