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札幌地方裁判所 平成24年(行ク)4号 決定 2012年5月07日

保険薬局指定取消処分差止等請求事件 平23(行ウ)31号

主文

1  処分行政庁が申立人株式会社A開設のBにつき同申立人に対して平成24年3月23日付けでした保険薬局指定取消処分の効力は,本案に関する第一審判決の言渡しがあるまで停止する。

2  処分行政庁が申立人C及び同Dに対して平成24年3月23日付けでした各保険薬剤師登録取消処分の効力は,いずれも,本案に関する第一審判決の言渡しがあるまで停止する。

3  申立人らのその余の申立てを却下する。

理由

第1申立ての趣旨及び理由

申立ての趣旨及びその理由は,別紙「執行停止申立書」(写し)記載のとおりである。

第2事案の概要

本件は,申立人らと相手方との間の頭書本案に係る処分の執行の停止を求める事案であり,頭書本案は,申立人らが相手方に対し,処分行政庁(北海道厚生局長)が,申立人株式会社A(以下「申立人会社」という。)開設の薬局に対してした健康保険法(以下「法」という。)80条に基づく保険薬局指定取消処分並びに申立人C及び申立人D(申立人Cと合わせて「申立人薬剤師ら」という。)に対してした法81条に基づく保険薬剤師の登録取消処分が違法であると主張して,これらの処分(以下「本件各処分」という。)の取消しを求める事案である。

第3当裁判所の判断

1  前提事実

記録によれば,以下の各事実が一応認められる。

(1)  当事者

ア 申立人会社は,平成19年3月7日に設立され,同年5月1日,B(以下「本件薬局」という。)を開設し,同日,本件薬局につき法63条3項1号に基づく保険薬局の指定を受けた。

イ 申立人Cは,平成13年5月23日に法64条に基づく保険薬剤師の登録を受け,本件薬局の開設後,本件薬局において,調剤に従事している。なお,申立人Cは,申立人会社の代表取締役であり,平成20年8月から平成22年3月までの間,本件薬局の管理薬剤師であった。

ウ 申立人Dは,昭和56年8月25日に法64条に基づく保険薬剤師の登録を受け,平成20年4月から,本件薬局において,調剤に従事している。なお,申立人Dは,平成22年4月から,本件薬局の管理薬剤師である。

(2)  聴聞通知に至る経緯

ア 処分行政庁は,平成22年3月から5月にかけて,被保険者等から,医療機関を受診していないにもかかわらず,本件薬局から薬を処方されている旨の情報提供を受けた。

イ 処分行政庁は,平成22年10月19日及び11月24日,本件薬局に対し,「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」(平成7年保発第117号厚生省保険局長通知,疎乙4の1ないし3)に基づく個別指導を実施したが,処方箋を患者から直接受け取っていないものがあること,患者からの情報収集や患者に対する服薬指導について確認した内容及び行った指導の内容の記録がないこと,薬を患者に直接渡していないことなど,調剤報酬の請求に不正又は著しい不当が疑われたとして,個別指導を中止した。

ウ 処分行政庁は,上記イの結果を踏まえ,平成22年12月17日から平成23年1月13日までの間,本件薬局における処方箋のうち,76名に対して患者調査を実施した結果,不正請求が強く疑われるとして,監査が必要であると判断した。

エ 処分行政庁は,平成23年1月24日,同月25日及び同月27日の3日間,本件薬局に対して,法78条に基づく監査を実施した。その際,処分行政庁は,申立人薬剤師ら及びそのほかの保険薬剤師及び事務職員等に対し,監査における聴取調書に基づいて,その面前で聴取を行い,同調書へ録取した供述内容の確認及び同調書へ署名押印を受けた。また,処分行政庁は,申立人薬剤師らに対し,同人らの面前で,疑義がある事例について,聴取調書に加えて,調剤報酬明細書,処方箋,調剤録,薬剤服用歴管理指導簿及び患者調査により得られた回答等に基づいて事実確認を行い,申立人薬剤師らが患者個別調書に弁明を自署し,署名押印をした。さらに,処分行政庁は,申立人薬剤師ら及びそのほかの保険薬剤師が自筆で弁明・意見を記載し,署名押印した「弁明・意見書」の提出を受けた。

オ 処分行政庁は,平成23年6月24日付けで,申立人らに対し,行政手続法に基づく聴聞を同年7月19日に開催する旨の聴聞通知書(以下「本件通知書」という。)を発送した。

本件通知書には,予定される不利益処分の内容が本件各処分であることのほか,その原因となる事実が別紙「不利益処分の原因となる事実」(以下「本件通知事実」という。)のとおりであるとの記載がある。

(3)  聴聞期日の概要

ア 申立人会社及び申立人Cに対する第1回聴聞期日は,平成23年7月19日午前10時から,申立人C及び本件の申立人ら訴訟代理人が出席して実施された。また,申立人Dに対する第1回聴聞期日は,同日午後1時30分から,申立人D及び上記訴訟代理人が出席して実施された。

イ 第2回聴聞期日は,それぞれ指定日時に,第1回聴聞期日と同じ出席者が出席して実施され,主宰者は,申立人らの意見が十分述べられていると認め,いずれの聴聞手続についても終結した。

(4)  訴えの提起等及び本件各処分

ア 申立人は,平成23年8月27日,当裁判所に対し,処分行政庁が本件各処分をしてはならない旨を命ずることを求める差止めの訴えを提起するとともに,本件各処分の仮の差止めを求める旨を申立てた(平成23年(行ク)第12号。以下「本件仮の差止め申立事件」という。)。

イ 当裁判所は,平成23年10月5日,本件仮の差止め申立事件において,その申立てを却下したところ,申立人は,この決定に対し,抗告した(平成23年(行ス)第9号。以下「本件仮の差止め抗告事件」という。)。

ウ 札幌高等裁判所は,平成24年3月21日,本件仮の差止め抗告事件において,抗告を棄却した。

エ 処分行政庁は,平成24年3月23日付けで,申立人会社に対し,本件通知事実のとおり法70条1項の保険薬局の責務及び法72条1項の保険薬剤師の責務に違反し,かつ,療養の給付等に関する費用の請求について不正があったとして,法80条1号,2号,3号及び6号に基づき,同年4月1日をもって申立人会社の保険薬局の指定を取り消す旨の処分をした。

オ 処分行政庁は,平成24年3月23日付けで,申立人C及び申立人Dに対し,本件通知事実のとおり法72条1項の保険薬剤師の責務に違反し,かつ,健康保険法以外の医療保険各法においても保険薬剤師の責務に違反するとして,法81条1号及び3号に基づき,同年4月1日をもって申立人C及び申立人Dの保険薬剤師の登録を取り消す旨の処分をした。

カ 申立人らは,平成24年3月26日,本案事件に係る訴えを本件各処分の差止請求から,本件各処分の取消請求に訴えを変更した。

2  「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」といえるかについて相手方は,保険薬局の指定の取消処分は,健康保険制度における保険薬局としての地位を否定するだけのものであり,それ以上に薬局として営業活動を行う機会をすべて奪うものではないこと,保険薬剤師の登録の取消処分は,健康保険制度における保険薬剤師としての地位を否定するだけのものであり,薬剤師としての調剤を行う機会をすべて奪うものではなく,薬剤師資格を活かした保険医療機関における院内調剤等の勤務機会を奪うものでもないこと等を理由に,本件薬局や申立人薬剤師らに重大な損害が生じるとはいえない旨主張する。

しかしながら,我が国においては,国民皆保険制度の下,健康保険が現行医療制度の重要な部分を占めているのが実情であり,実際,本件薬局の平成22年4月から平成23年3月までの売上をみても,1億8563万1179円のうち,その大部分である1億8257万1470円が保険調剤による売り上げであるであることからすると(疎甲30),本件薬局が保険薬局の指定の取消処分を受ければ,その経営が破綻する可能性は高い。加えて,顧客や取引先からの信用が一定程度損なわれることも容易に想定される。

また,申立人薬剤師らも,これまで従事してきた保険薬剤師として仕事を続けることができなくなり,その分の収入が途絶えるという経済的損失を被ることになる上,保険薬剤師の登録が取り消されれば,薬剤師としての信用が損なわれ,薬剤師資格を活かした活動をすること自体困難となる可能性も否定できない。そして,いったん失われた信用の回復は,その性質上,著しく困難であるといえる。

以上のように,本件各処分によって本件薬局及び申立人薬剤師らが被る損害は大きく,事後的な金銭賠償で完全に回復することができる性質のものでもないから,本件では,重大な損害を避けるため緊急の必要があると認められる。

3  「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」といえるかについて相手方は,本件が,申立人らが,調剤報酬の不正請求を多数回行っていたという悪質な事案であり,このような事案において,本件各処分の効力の停止が認められることになれば,処分行政庁に保険薬局の指定及び保険薬剤師の登録に関する取消権限を付与した趣旨を没却し,健康保険制度をはじめとする医療保険制度に対する国民の信頼を失わせることになるなどと主張する。

しかし,処分の執行停止が直ちに当該処分をした処分行政庁にその権限を付与した趣旨を没却するということはできないし,本件の処分原因事実の内容に加え,申立人らが相手方から違反行為を指摘されたのは本件が初めてであり,個別指導後は本件のような不正請求を行っていないことが窺われることからすると,本件各処分の執行を停止したとしても「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」が生じるとは言い難い。

4  「本案について理由がないとみえるとき」といえるかについて

(1)  申立人らは,処分原因事実に「患者が介在していない」,「架空請求」なる記載があるところ,その内容についての処分行政庁の説明,主張が一定していないことから,聴聞手続において,客観的合理的に理解可能な処分原因事実が示されていない上,「患者が介在していない」というのが,患者が調剤の事実を全く知らないという趣旨であるならば,事実誤認があるなどと主張し,これに対し相手方は,本件各処分の原因となる事実は明確に特定されているし,申立人らも個別指導及び監査を通じて,処分原因事実がいかなるものであるかを十分に把握していたなどと主張する。

(2)  そこで検討すると,処分行政庁は,申立人会社及び申立人Cに対する聴聞期日において,申立人らの代理人から本件通知事実のうち,申立人会社につき,「患者が介在していない調剤について,正当な手続による調剤をしたように装い,調剤報酬を不正に請求していた」事実及び申立人薬剤師らにつき,「患者が介在していない調剤について,調剤を行った場合に調剤録に必要な事項を記載せず,また,患者の服薬状況及び薬剤服用歴を確認せずに調剤を行い,保険薬局に調剤報酬を不正に請求させていた」事実(以下,両者を併せて「不正請求1」という。)における「患者が介在していない」という表現の意味や,不正請求1と本件通知事実のうち,実際に行っていない保険調剤を付け増しして,調剤報酬を不正に請求し(申立人会社),又は請求させていた(申立人薬剤師ら)事実(以下,両者を併せて「不正請求2」という。)との違いを問われた際,概ね,①不正請求1については,患者が全く知らないところで調剤の一連の行為が行われた場合を指し,②不正請求2については,何十回にわたる調剤のうち,薬剤師が患者と会っている場合もあるが,実際に患者と会わないときにも薬剤服用歴管理指導料等を請求した場合を指すなどと述べており(疎甲8の2の13頁),「患者が介在していない」とは,どのように調剤が行われているかについて患者に全く認識がないことを意味するかのような説明をしていたが,申立人Dに対する聴聞期日においては,「患者が介在していない」とは,単に薬剤師が患者と接していないということを意味し,患者の認識はさほど問題にはならないかのような説明もした(疎9の2の8頁)。

このように「患者が介在していない」という表現の意味について,申立人会社及び申立人Cに対する聴聞手続における処分行政庁の説明と申立人Dに対する聴聞手続の説明との間に,やや変遷があることは否定できない。

(3)  そうすると,本案における今後の申立人らの立証いかんによっては,処分原因事実の提示に曖昧な点があるなどして,これに関する行政手続(行政手続法14条1項,15条1項2号)に違法があると認められる余地がまったくないではなく,また,いわゆる比例原則に係る重要な情状事実を判断する上で申立人らに有利に汲むべき事情が認められる余地もまったくないではないというべきであるから,現時点においては,「本案について理由がないとみえるとき」にあたることの疎明があったと即断することまではできない。

5  本件各処分の効力停止の期間について

前記4の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否かの判断は,本案事件の第一審判決の結論を踏まえて改めて判断するのが相当である。

したがって,本件各処分効力停止の期間は,本案事件の第一審判決の言渡しまでとするのが相当である。

6  よって,本件申立ては,本件各処分の効力を第一審判決の言渡しまで停止する限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから却下することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石橋俊一 裁判官 長田雅之 裁判官 舘洋一郎)

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