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札幌地方裁判所 平成25年(わ)402号 判決 2014年8月25日

主文

本件各公訴事実について,被告人はいずれも無罪。

理由

第1  本件各公訴事実

1  (平成25年5月17日付け起訴状記載の公訴事実)

被告人は,法定の除外事由がないのに,平成25年5月2日頃,札幌市<以下略>「Pマンション」*号室乙川秋子方において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用した。

2  (平成25年6月6日付け起訴状記載の公訴事実)

被告人は,乙川秋子と共謀の上,みだりに,平成25年5月7日,札幌市<以下略>付近路上に駐車中の自動車内において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶粉末約0.542グラムを所持した。

第2  無罪理由の骨子

1  当裁判所は,平成26年6月4日,検察官が請求する証拠のうち,本件公訴事実1について「被告人の尿から覚せい剤が検出されたこと」を立証趣旨とする平成25年5月8日付け鑑定書(甲3),並びに,本件公訴事実2について「被告人が強制採尿の際に連行された病院から差し押さえた白色粉末が覚せい剤であること」を立証趣旨とする平成25年5月9日付け鑑定書(甲6)及び「差し押さえた覚せい剤の存在及び形状等」を立証趣旨とする覚醒剤2包(札幌地方検察庁平成25年領第618号符号1-1(甲12),同領号符号2-1(甲13))の各証拠(なお,甲とそれに続く番号の記載は,証拠等関係カードにおける検察官請求証拠番号である。以下同じ。)について,違法収集証拠として証拠能力を欠くことを理由に,これらの証拠請求を却下した(以下,この決定を「本件証拠却下決定」という。)。なお,検察官は本件証拠却下決定に対して異議を申し立てたが,当裁判所は異議申立てを棄却した。

その後,第6回公判期日において,本件各公訴事実中,使用又は所持したとされる物が覚せい剤であるという各事実を立証するに足りる他の証拠の取調請求がないことが明らかになり,本件各公訴事実が証明される見込みがなくなった。そこで,検察官請求証拠のうち当時採否未了であったものについて,取調べの必要性がないものとしていずれも却下し,検察官が求める被告人質問も行わないこととした。なお,検察官は,本件公訴事実2について,乙川の証人尋問及び被告人の供述調書により立証することが可能であると主張するが,これらの証拠が覚せい剤性を立証しうるものであることを窺わせる事情は見当たらない。

2  以上の結果,本件においては,本件各公訴事実を認めるに足りる証拠がなく,犯罪の証明がないこととなった。

第3  本件証拠却下決定の具体的理由

1  基礎的な事実関係

関係証拠によれば,本件証拠却下決定により取調請求を却下した各証拠の作成又は収集に関する基礎的な事実関係が以下のとおり認められる。

(1)平成25年5月7日午前2時20分頃,被告人は,乗用車を運転して札幌市<以下略>付近の国道230号線上を走行していたところ,警ら用無線自動車(トヨタクラウン(4ドアセダンタイプ,右ハンドル車),以下「本件パトカー」という。)に乗務中のX警察本部地域部自動車警ら隊所属の警察官(A警部補,B巡査長,C巡査)から停止を求められ,同市<以下略>Qビル西側の国道230号線上(以下,この場所を「本件現場」という。)に車を止めた。

(2)間もなく,Aらは本件パトカー内において被告人に対する職務質問を開始し,同日午前7時18分頃まで被告人を本件パトカー内に留め置いた(以下,その留め置き行為を「本件留め置き」という。)。

(3)同日午前7時18分頃,被告人に対する強制採尿を許可する捜索差押許可状(以下,被告人を対象者とするものを「本件強制採尿令状」といい,一般名称として「強制採尿令状」という。)が執行され,被告人は別の捜査用車両でZ病院に連行された。

(4)ア  本件強制採尿令状に基づき,同日午前11時55分頃,医師が,同病院のER102号室(以下,単に「ER102号室」という。)において,医療用カテーテルの挿管により被告人の膀胱内から尿を採取し,そのうち鑑定用の約20ミリリットル及び予試験用の若干量を警察官が差し押さえた。

イ  同日午後0時19分,被告人は,ER102号室において,覚せい剤自己使用の被疑事実により緊急逮捕された。

ウ  その後,上記約20ミリリットルの尿を資料として,フェニルメチルアミノプロパン含有の有無について鑑定が嘱託され,その鑑定結果について,同月8日付けの鑑定書(甲3,以下「本件尿の鑑定書」という。)が作成された。

(5)ア  同月7日午後3時25分頃,同病院の看護師が,ER102号室のベッドのフレーム付近に封筒を発見した。同封筒の中には,チャック付きビニール袋(約5センチメートル×約8.5センチメートルのもの)入り覚せい剤様白色結晶粉末2袋(以下「本件白色結晶粉末2袋」という。)及びビニール袋入りプラスチック製注射器(未開封のもの)2本が入っており,同病院から警察に通報が行われた。

イ  その後,警察官が差押許可状を請求してその発付を受け,同月8日午前0時4分頃,同許可状に基づき,同病院に保管されていた本件白色結晶粉末2袋等を差し押さえた。

ウ  ER102号室は,被告人に対する強制採尿の前日である同月6日の午後5時30分頃にベッドメイクがなされた後は,被告人に対する強制採尿にのみ使用され,その後,本件白色結晶粉末2袋の入った封筒が発見されるまでの間に同室を使用した人物はおらず,別の患者が勝手に同病室に入ることも困難であった。

エ  同日,本件白色結晶粉末2袋を資料として,覚せい剤であるか否か等について鑑定が嘱託され,その鑑定結果について,同月9日付けの鑑定書(甲6,以下「本件粉末の鑑定書」という。)が作成された。覚醒剤2包(札幌地方検察庁平成25年領第618号符号1-1(甲12),同領号符号2-1(甲13))(以下,これらを「本件覚せい剤2包」という。)は,本件白色結晶粉末2袋を鑑定に使用した各残余である。

2  本件留め置きに関する認定事実

当裁判所は,本件留め置きが違法な身柄拘束に当たると判断したものであるが,その前提となる本件留め置き及びこれに関連する事実について,関係証拠によって次のとおり認定した。

(1)本件現場に至る経緯等

平成25年5月7日(以下,特に日付の記載のない時刻は同日のものである。)午前2時過ぎ頃,本件パトカーで警ら中のAらは,コンビニエンスストアの駐車場に駐車中の被告人車両(トヨタアリスト)を発見した。Aらは,深夜,繁華街に通じる場所において,素行不良者が使用するような自動車の運転席に女性1名で居るとして,被告人に対し職務質問を実施した。被告人は,食事帰りに友人がコンビニエンスストアのトイレに行っているなどと答え,運転免許証を提示し,店舗から出てきた乙川も氏名を告げるなどした。

Aらは,不審な点を特に見出さなかったため,五,六分程度で職務質問を打ち切ってその場を離れたが,間もなく犯歴照会を行った結果,被告人が平成24年10月に覚せい剤取締法違反罪で検挙されたことを知った。Aらは,被告人について,検挙歴に加えて,職務質問に対して多弁であり,運転免許証を探すのに時間が掛かったと感じたことから,覚せい剤使用の可能性を疑い,再度職務質問をすることを決めた。そこで,Aらは,被告人車両を探し,午前2時20分頃,これを発見すると,運転席の被告人に停止を求めた。これを受けて,被告人は付近の本件現場に被告人車両を止めた。

(2)本件パトカーに乗車する状況等

AとBは,被告人に,「ちょっと話を聞きたいから貴重品を持って来てもらえるかい。」などと告げると,被告人は,これを了承し,バッグ(ヴィトン製のバッグと黒色のトートバッグ)を持って降車した。Bが被告人を先導し,本件パトカーの後部座席ドアを開けて車内に手を差し向けると,被告人は自ら助手席側後部座席に座り,Bに促されて運転席側後部座席に移動した。Bは助手席側後部座席に座り,Aは助手席に座った。被告人車両に同乗していた乙川に対しては,Cが別の場所で職務質問を始めた。

(3)本件留め置き当初のやりとり等

Aらは,被告人に,「覚せい剤をやっているのではないか。」などと尋ねると,被告人は,「やってないよ。」と否定した。

その後,Bは被告人の同意を得て2個のバッグ内を検索したところ,ヴィトン製のバッグの内側ポケットの中にティッシュペーパーの塊2個を発見した。Bが「これ,何。」などと尋ねると,被告人は,それらをBの手から取り戻して背後に隠したが,Bが「出しなさい。」と言うと,被告人はそれらを渋々投げるようにしてBに渡した。Bがそれらを開いてみると,一方の塊には血液様の物が付着しており,もう一方の塊には注射器の空の外装袋が1つ入っていた。Bは,血液様の物が赤茶色に近い色であったため,血液が付着してからさほど時間が経っていないと判断した。

被告人は,これらの物件について,「前回捕まったときのでしょ。」「警察が見落としたんじゃないの。」などと答えていたが,そのようなことはあり得ないなどとBに追及されると,それ以上の弁解をしなかった。

覚せい剤の使用を否定する被告人に対し,Aらは,覚せい剤を使用していないことは尿検査でしか証明できないので,尿を採取させてほしいと告げるなどして説得を始めたが,被告人は「やってないって言ってるでしょ。」などと答えてこれに応じなかった。

Aは,午前2時半頃,Y警察署(以下,単に「Y警察署」という。)に応援を要請し,その数分後に,X警察本部地域部自動車警ら隊のD巡査部長らが現場に到着し,本件パトカーの助手席にDが乗り込んだ。

被告人は,Aらから,腕や衣服内の所持品を見せるよう求められると,しばらく拒否したものの説得に応じた。Bが両腕を見たところ,注射痕は確認できず,手首付近を見ようとすると被告人は腕を引っ込めて見せるのを拒んだ。また,Bがズボンのポケットを確認したところ,覚せい剤に関する物は発見されなかった。

Aらは,再度,被告人に尿の任意提出を求めたが,被告人は覚せい剤を使用していないから提出する必要がないなどと言ってこれを拒否した。

(4)強制採尿準備を開始した経緯等

午前3時頃,Y警察署の刑事当直員であったE巡査部長(同警察署薬物銃器課所属)は,応援要請により他の当直員とともに本件現場に到着した。Eは,本件パトカー内の被告人に対し,覚せい剤使用の疑いがあると告げ,警察署への任意同行と尿の任意提出を求めたが,被告人はこれを拒否した。

Eは,職務質問及び所持品検査の結果や被告人の犯歴等から,強制採尿を実施する必要があると判断し,Aに対し,強制採尿の準備を開始することを告げ,職務質問の状況が分かる捜査官を令状請求の準備に従事させること及びAらにおいて尿の任意提出等の説得を継続することを要請した。その際,EとAらとの間で,被告人の留め置きを継続することについて具体的な協議や指示は行われなかった。

Eは,午前3時10分頃,強制採尿令状の請求準備を行うため,本件現場を離れてY警察署に向かい,Cも,Aの指示によりY警察署に向かった。

(5)その後の本件留め置きの状況等

ア その後,被告人は引き続き本件パトカー内に留め置かれ,その状態は本件強制採尿令状が執行される午前7時18分頃まで続いた。

その間,被告人は本件パトカーの運転席側後部座席に座り,助手席側後部座席にはBとAが交替で座った。運転席側後部ドアにはチャイルドロックが施錠されており,いずれかの時点で被告人はそのことを知った。助手席にはDが座り,運転席にはAが概ね座っていた。なお,Aは,本件強制採尿令状が執行される1時間程度前に,被告人からAに対する嫌悪感が表明されたことを受け,本件パトカーから降車していた。

本件留め置きの間,被告人車両の付近には複数台の警察車両が止まっており,多いときには,5台程度の警察車両が本件現場に存在した。

Aらは,被告人に対して,強制採尿令状の請求準備中であることや,請求中であることを告げず,留め置きがいつまで続く予定であるかについても告げなかった。

イ 任意同行と尿の任意提出の説得

(ア)本件パトカー内では,警察官が任意同行と尿の任意提出を求め,被告人がこれを拒むというやりとりに多くの時間が割かれた。

(イ)そのやりとりとして,次のようなものが認められる。

a Bは,被告人に午前4時頃からの勤務がある可能性を認識した上で,被告人に対し,「乙川は,4時から仕事があるから一緒に行きたいし,早く任意採尿に応じて一緒に行こうって言ってるよ。」などと告げた。

b Aらは,拒否を続けるのであれば強制採尿にせざるを得ないこと,強制採尿は医師がカテーテルを尿道に挿入して採取するものであり,任意に提出すれば嫌な思いをしないで済むなどと告げた。

c Bは,強制採尿が対象者の身体に負担を掛けるものであると告げたり,強制採尿を受けた女性の体験談として,「結果的にはしない方が良かった,人間という扱いよりはモノ的な扱いで,痛いし,見られるし,結果的には,自分で出すにしても,お医者さんを介して出すにしても,どっちにしろ,尿を出すんであれば,そんなことを何でやっちゃったのかなって今思ってる。」などと告げた。

d これに対し,被告人は,一貫して尿の任意提出等を拒否するとともに,強制採尿を受けることについては曖昧な態度を示していた。被告人は説得を受けている際,外をきょろきょろ見たり,涙を堪えるかのように鼻をすすったり,天井を見たりする様子を見せることがあった。

(ウ)なお,本件留め置きの終盤頃には,被告人がBとの間で,事件と直接の関係のない話や雑談をすることもあった。

ウ 所持品検査

Bは,被告人のブーツの中を確認したり,所持品であるバイブレーターの中を確認したが,覚せい剤に関する物は発見されなかった。なお,その際,被告人は,所持品検査の求めを拒む態度であり,説得を受けたことでこれに応じていた。

エ 外に出ようとしたこと

(ア)被告人は,「外の空気を吸いたい」,「自分の車に戻らせてほしい」などと言って本件パトカーの外に出ることの許可を求めることが何度かあったが,Aらは,証拠物を捨てる可能性があること等を指摘し,「外に出すことはできないんだよ。」などと言って応じなかった。これに対して,その都度被告人が強い異議を述べることはなかった。

(イ)午前3時30分頃,被告人は,助手席側後部座席でBがAと交替した隙に,本件パトカーから出ようとして,助手席側に体を移動させることによりAの体を車外に半分程度押し出した。Aは,被告人を車外に出さないよう,地面に着いた左足で踏みとどまるとともに,元の席に戻るよう被告人を説得したが,被告人は,一,二分間程度その体勢でAを押し出そうとした。被告人は押すのを止めたが,Aと密着したまま助手席側後部座席付近に座り続け,「外に出たい。」「降ろして。」などと言った。

Aらは,被告人が「寒い。」と言うのを受けて,「寒いんだったら自分が元の場所に戻ったらドア閉められるから暖かいでしょう。」などと言って,元の席に戻るよう説得し,被告人は,15分ないし20分程度して,自ら運転席側後部座席に戻った。

(ウ)その後しばらくして,被告人は,本件パトカーから出ようとして,突然,運転席側後部座席から,助手席側後部座席に座っているBの体越しに自らの身体ごと手を伸ばして助手席側後部ドアを開け,上半身の一部を車外に出した。

AとDは,「何してるんだ。」「席に戻れ。」などと言って前列シートから被告人の肩又は腕をつかんで制止したが,それでも被告人は外に出ようとしたので,Aが車外に出て,開いた助手席側後部ドアの内側に回り,被告人の肩又は腕を両手で押さえて車外に出さないようにした。これにより被告人は車外に出るのを諦めて運転席側後部座席に戻り,Aが助手席側後部ドアを閉めた。

その際,Dは,被告人に対し,「そういうことしたら駄目でしょう。」「そんな車から無理やり逃げるようなことは,あなたの疑いが深まることだし,やめなさい。」「警察官に危害を加えるようなことがあれば,公務執行妨害という罪になることもあるんだよ。」「今後ないように。」などと言った。

その前後いずれかに近接して,被告人は同様の方法で助手席側後部ドアを開け,これに対してAがドアを閉めるなどしたこともあった。

(エ)これらに加えて,被告人が助手席側後部ドアを開けようとしたもののAらに阻止されたことを合わせると,被告人が本件パトカーから降りようとして具体的に行動し,Aらがこれを阻止した回数は,合計4回程度であった。

オ 水を飲もうとしたこと

被告人は,水を飲もうとして,助手席の後部ポケットにあるBの飲みかけのペットボトルを手に取って飲もうとしたところ,Bは,「飲みかけだから飲まないで。」などと言い,被告人はペットボトルをBに返した。被告人が水を飲みたいと言うと,Bは,警察署に行けば水を飲むことができるなどと答えた。

カ 外部との接触状況

(ア)本件留め置きの間において,被告人の携帯電話機により通話等がなされた状況は次のとおりである。通話相手はいずれも被告人の友人である。

(時刻) (発着信の別) (相手) (通話時間)

午前4時13分 発信 たろうくん 7分33秒

午前4時35分 着信 丙山じろう 8分15秒

午前4時54分 発信 丙山じろう 24分21秒

午前5時36分 発信後キャンセル 丙山じろう

午前5時38分 発信後キャンセル 丙山じろう

被告人は,Aらから告げられていないものの,携帯電話機の使用は許されていないと考えていたため,1番目の通話は,被告人が警察官に見えないように足付近に置いた状態で操作し,通話相手に車内の会話を聞き取らせることができるようにしたものであり,2番目の通話も同様であった。

3番目の通話は,被告人が,発信の際に,弁護士に電話をしたいと告げ,Aらがこれを了承したものであり,被告人は,自らの状況を通話相手に説明するなどした。被告人は,通話相手が話を求めているとしてAらに電話を替わるよう頼んだが,Aらは,本当に弁護士かどうかが分からないので電話に出ることはできないと答えた。また,被告人は「私は被疑者なんですか。」「これは任意なんですか。」などと尋ねたが,Aらは,通話相手が質問を指示していると考え,回答を拒んだ。

(イ)3番目の通話の後,丙山が本件現場に現れ,被告人の様子を見に本件パトカーの側に来た。被告人は助手席側後部ドアの窓を開けようとしたところ,少し開き,「助けて」などと言ったところ,すぐに本件パトカー内の警察官が窓を閉めた。

(6)強制採尿令状の請求準備状況等

ア 午前3時20分頃から,強制採尿令状を請求する準備がY警察署において行われ,次の書面が作成された。

・捜索差押許可状請求書

・司法警察員E作成名義の捜査報告書(強制採尿の必要性があること等を報告する内容のもの)

・司法巡査C作成名義の捜査報告書(職務質問時の状況を報告する内容のもの,以下「本件C作成名義の捜査報告書」という。)

・写真撮影報告書(職務質問状況を写真で報告する内容のもの)

・電話聴取書(医師が強制採尿の実施依頼を受諾する内容のもの)

イ 本件C作成名義の捜査報告書の概要(記載内容を適宜省略するとともに,発言部分に括弧を付するなどした。)は次のとおりである。

被疑者に職務質問を実施した経緯は次のとおりであるから報告する。

1  職務質問日時

(1)平成25年5月7日午前2時8分

(2)同日午前2時20分

2  職務質問場所

(1)(略)

(2)(略)

3  職務質問対象者

(1)被疑者(以下略)

氏名 甲野春子(こうの はるこ)

生年月日 (略)

(2)被疑者の同伴者(以下略)

氏名 乙川秋子(おつかわ あきこ)

生年月日 (略)

4  職務質問の経緯

(1)職務質問対象者の発見(以下略)

(2)職務質問の開始(以下略)

(3)再度の職務質問

(略)午前2時20分ころ,札幌市<以下略>付近の国道230号線上において,当該車両が南進するのを発見したことから,後方を追跡して併走し,停止を呼びかけたところ札幌市<以下略>において停止したことから,同所で再度の職務質問を実施した。

(4)両名の分離と所持品確認

運転者である甲野に対し「荷物や車内を見せてもらって良いかな。」と申し向けたところ,甲野は先ほどの職務質問時に自己の運転免許証を探していた黒色のバッグ及びルイ・ヴィトン製のバッグを所持して,本職とB巡査長が甲野とともにパトカーに移動し,甲野を(略)乗車させて職務質問及び所持品確認を開始,A警部補が助手席の乙川に継続して職務質問等を開始した。

(5)ビニール袋の発見

パトカー内において,甲野に対し「何でパトカーに乗ってもらったかわかるかい。」と質問すると甲野は「前に覚醒剤で捕まっているからでしょ。」と申し立てるとともに,同人に「バッグ内のもの出していいかい。」と申し向けたところ,「いいよ。全部出していいよ。」と,これを承認したことから,Bがバッグ内から在中品を出していったところ,ルイ・ヴィトン製のバッグ内のポケットにティッシュの塊2個が押し込まれているのを発見した。

甲野に対し,同2個のティッシュを呈示して「これはなに。」と質問したところ,甲野はいきなり無言で同ティッシュを右手で奪い取り自己の背面に隠すようにした。

甲野に対し,「出しなさい。」と申し向けると,甲野はしぶしぶ同ティッシュを差し出したことから,2個の塊を開いてみたところ,うち1個には注射器が入っていたと認められるビニール袋がくるまれており,1個には,赤色の血痕が付着しているのを認めた。甲野に対し,「これはどうしたの。」と質問すると,「前回,捕まった時のものでしょ。」と申し立てた。

しかし,甲野が前回逮捕されたのは昨年10月のことであるにもかかわらず,血痕は新しいものであり,前回も調べられたのに残っている訳がないでしょうとの問いには「前回はそんなに詳しく調べなかった。」等と申し立てた(略)

(6)任意同行の説得

同状況から,両名に対してさらに詳細を聴取し,また任意採尿を実施すべく,Y警察署への任意同行を求めたものであるが,説得により乙川は任意同行に応じたものの,甲野については「なんで行かなきゃならないのさ。」等申し立てこれに応じず,その後,現在まで同所において継続して説得をしているものである。

ウ 本件C作成名義の捜査報告書は,被告人に対し本件パトカー内で職務質問等を行ったのが作成名義人ではないのに,作成名義人の報告として「本職とB巡査長が甲野とともにパトカーに移動し,甲野を(略)乗車させて職務質問及び所持品確認を開始,A警部補が助手席の乙川に継続して職務質問等を開始した。」と事実に反する記載がなされているものであって,その記載内容の明確さに照らすと,作成者はこの点についてあえて事実に反する記載をしたものと認められる。

エ 午前5時30分頃,強制採尿令状の請求が行われ,午前7時頃,本件強制採尿令状が発付された。

午前7時18分頃,本件強制採尿令状が執行され,本件パトカーに居た被告人は別の捜査用車両でZ病院に連行された。

(7)被告人の供述が信用できないとの検察官の主張について

ア 以上の認定事実に対し,検察官は,被告人の供述は全体として信用性に乏しく,少なくともAらの供述に反する部分は信用性を欠くと主張する。そもそも,Aらと被告人との供述内容の差違が本件留め置きの違法性に関する判断において必ずしも重要性を有するとはいえないものの,検察官の各指摘を検討すると,検察官の主張は理由に乏しく,採用することができない。その理由は次のとおりである。

イ(ア)降車を求め続けていた旨の供述は具体性を欠き,被告人自身も終始求めていたわけではないと認めるに至ったという指摘については,そもそもこの点に関する被告人供述の趣旨は,供述内容全体を見ると,降車を終始求めていたというものではなく,たびたび降車を求めたというものと解すべきであり,また,回数や頻度や警察官の反応について具体的に供述していないことも不自然とはいえない。

(イ)たばこを取りに行かせてほしいと求めた旨の供述は本件パトカー内にたばこを持ち込んでいることと矛盾するという指摘については,所持品の写真にはたばこの外箱が写っているにとどまるから,必ずしも矛盾するものではない。

(ウ)被告人がBの体越しに助手席側後部ドアを開けたことが2回あったという供述は,具体性を欠く上に,Bの背中側からドアを開け上半身を車外に出すことがおよそ不可能で,助手席のDが被告人の右肩まで手を伸ばしたり,Aが被告人の身体を車内に押し込んだりすることも困難であるから極めて不自然不合理であるという指摘については,被告人の供述内容にはある程度の具体性があり,また,当時の被告人やBの位置や体勢が明確ではなく,被告人の供述内容が不自然不合理なものとはいえない。

(エ)「強制(採尿)なら諦めがつく」などと言ったことはないという供述は信用性の高いAらの供述に反している旨の指摘については,被告人の供述は,「いや,別にいいわけじゃないけど」などと曖昧な回答をしたというものであって,必ずしもAらの供述と相反するものではなく,また,Aらの供述は,「強制ならいいけどというようなことは言っていました」「強制なら分かるという言葉が出てきた」(A),「強制だったら諦めも付くというような形も話してました」(B),「強制だと応じると本人は言ってました」(D)というものであって,具体的な文言としては一致していないのであって,被告人の供述が信用性を欠くものと見るべき根拠があるとはいえない。

ウ そこで,Aらの供述と被告人の供述とが異なる事項については,被告人の供述内容をも考慮した上で,判断に必要な範囲で前記認定事実のとおり認定した。

3  本件留め置きの違法性について

(1)前記認定事実に照らすと,少なくとも午前3時10分頃以降の本件留め置きは,実質的な逮捕に当たるというべきである。その理由は次のとおりである。

ア(ア)本件留め置きは,セダンタイプの警ら用自動車の運転席側後部座席に被告人が座り,運転席側後部ドアにはチャイルドロックが施錠され,助手席側後部座席には交替はあるものの常に警察官が座っている上に,助手席や運転席にも概ね警察官が座っているというものであって,これは,警察官が容認しない限り被告人が車外に出ることが極めて困難な状態というべきであり,加えて,被告人が身体を動かすこと自体も相当に制約された状態というべきである。

(イ)そして,Aらの意図を見ると,少なくともEが強制採尿令状の請求準備をするために本件現場を離れた午前3時10分頃以降は,Aらにおいて,強制採尿令状が執行されるまでの間,被告人をその意思に関わらず本件パトカー内に留め置く意図を有していたものと認められる。このことは,本件現場で責任者的立場にあったAにおいて,そのような意図を裏付ける供述(「もし仮に,このままパトカーの外に出てしまえば,覚せい剤容疑で職務質問中なので,一旦,外に出てしまえば,禁制品等を投棄されてしまう可能性もあるし,そのまま逃走される可能性もあるし,車に乗ってどこかに行かれてしまう可能性もあるので,その点については気を付けていました。」「帰してしまったのでは,ちゃんと仕事をしているのかということもありますし。」)がなされているほか,実際にも,Aらが,車外に出たいという被告人の意思表示に対してこれを拒否していることや,被告人が車外に出ようと行動した際,これを阻止するに足りる軽微とはいえない有形力を用いるとともに今後同様の行為をしないようにと被告人に告げていることによって十分に裏付けることができる。

(ウ)そうすると,午前3時10分頃以降の本件留め置きにおいては,被告人が自らの意思により本件パトカーから外に出ることは極めて困難であったと認められる。

イ また,本件留め置きにおいては,以下のように,被告人の自由が相当程度制約されていたことも認められる。

(ア)まず,被告人の水が飲みたいという要望が拒否されている。

(イ)携帯電話機の使用については,通話自体を禁止するような言動があったとはいえないものの,そもそもパトカー内という狭い空間に複数の警察官と同乗している状況にあり,通話の自由や秘密に対する制約は小さくない。実際にも,被告人は,携帯電話機の使用が許されていないものと思ったのであり,弁護士に電話を掛けるように装って友人に電話を掛けている。このような状況において,かかる制約の大きさを軽減させるような配慮がなされた形跡はない。

(ウ)また,様子を見に来た丙山に対して被告人が助手席側後部ドアガラスを開けて「助けて」と声を掛けたところ,本件パトカー内の警察官がこれを閉めて会話を阻止している。

ウ 本件留め置きの態様は以上に見たとおりであって,制約された自由の重要性やその制約の程度の強さに照らせば,これが通常人の意思に反することは明らかであり,被告人においても,本件留め置きの態様に加えて,本件パトカーから降りる意思が言葉や行動によって複数回にわたり明確に示されていることや,当初より尿の任意提出に応じる様子がないにもかかわらず尿の任意提出の説得を受けること以外に被告人が本件パトカー内に留まる名目がないこと,Aにおいても,とにかく外に出たいという印象を有した旨供述していることから,その意思に反するものであったと認められる。そして,このことは,当初被告人が警察官の要請に応じて自ら本件パトカー内に乗り込んだことや,車外に出る要求等が拒否された際に強い抵抗や異議を示すことなく結局自ら元の座席に戻るなどしたことによって否定されるものではない。

エ 以上の事情に照らせば,午前3時10分から午前7時18分までの間における本件留め置きは,被告人の意思に関わらずその行動等の自由を強く制約するものとして,実質的な逮捕に当たるというべきである。

(2)本件留め置きの違法の重大性について

午前3時10分頃以降の本件留め置きは実質的な逮捕に当たるところ,これは令状に基づくものではなく,令状を不要とする法的根拠も見当たらないのであって,違法な身柄拘束に当たる。

その上で,本件留め置きの態様に加えて,本件留め置きが違法と評価される可能性の高いことを警察官として容易に認識しえたにもかかわらず,警察官において適法性を確保しようとする行動や意識が見られないまま,実質的逮捕の状態が約4時間余りにわたり漫然と継続されたこと,また,被告人が任意同行や尿の任意提出を一貫して拒否しているにもかかわらず,警察官は,水分補給の要望に対して,警察署に行けば水を飲むことができる旨告げるなど,任意採尿に応じない限り水を飲むことは許されないものと受け取れる態度を示したり,「尿を任意提出して仕事に行こうと乙川が言っている。」などと告げるなど,任意採尿に応じない限り仕事に行くことが許されないものと受け取れる態度を示したりしており,本件留め置きにより自由が制約されていることを任意採尿の説得に利用していることを考慮すると,本件留め置きの違法は令状主義の精神を没却する重大なものである。

確かに,前記認定事実によれば,当時の被告人には覚せい剤使用等の嫌疑が少なからず存在するなど,捜査機関にとって被告人を留め置く捜査上の必要性があったとは認められるものの,適法な逮捕が可能な程度の嫌疑があったとは到底いえないのであり,そのような嫌疑の存在や捜査上の必要性をもって本件留め置きの違法の重大性が否定されることにはならない。

(3)証拠能力について

ア 本件留め置きの違法が重大であることに加えて,本件留め置きが本件各公訴事実に係る証拠の収集において重要な役割を果たしたこと等に鑑みると,このような本件留め置きと密接に関連する証拠を許容することは,将来の違法捜査抑制の見地からして相当ではないから,その証拠能力は否定されるべきである。そこで,本件留め置きと本件証拠却下決定に係る各証拠との関連性について検討する。

イ 本件尿の鑑定書について

(ア)前記基礎的な事実関係及び認定事実によれば,本件尿の鑑定書は,本件留め置きにより被告人の身柄が本件パトカー内に確保されたことを直接利用して,本件強制採尿令状が執行され,これにより採取された尿について覚せい剤成分含有の有無を鑑定したものであって,本件留め置きと密接に関連するものというべきである。

(イ)この点,強制採尿自体は司法審査を経て発付された強制採尿令状に基づくものであり,本件強制採尿令状の請求は本件留め置きが実質的な逮捕に至る前の状況を資料とするものではある。もっとも,本件留め置きは本件強制採尿令状の執行に直接結び付くものであり,本件留め置きが本件強制採尿令状の執行に寄与した度合は大きいといえることに加えて,本件強制採尿令状の請求に際して添付された本件C作成名義の捜査報告書には,作成者があえて事実と異なる記載をしている部分が存在し,この点において,同令状請求には軽微とまではいえない違法が認められることに照らすと,本件強制採尿令状の存在は,本件留め置きと本件尿の鑑定書との関連性の強さを減少させることにはならないというべきである。

確かに,本件C作成名義の捜査報告書に見られる事実と異なる記載は,職務質問の状況を伝え聞いたものであるにもかかわらず,あたかも本人が見聞きしたかのように記載している点にとどまり,その余の点について事実に反する記載は見当たらないことを考慮すると,令状請求に重大な違法があったとまではいえない。しかしながら,当該記載は,覚せい剤との関係を窺わせる物品が発見されたことや職務質問における被告人の言動という強制採尿の必要性を根拠付ける重要な事実に関するものであって,それを作成者本人が直接に見聞きせず伝聞したものである点をあえて隠すことは,令状審査を誤らせる危険性があり軽微な違法にとどまるものとはいえない。

ウ 本件覚せい剤2包及び本件粉末の鑑定書について

(ア)検察官は,本件白色結晶粉末2袋が発見された事情として,本件現場で職務質問が行われた際,本件白色結晶粉末2袋は,被告人の衣服の中に隠匿されていたのであり,その後,被告人が,ER102号室に連行されてから採尿手続を受け終わるまでの間に,ベッドのフレームの隙間に隠匿したものであると主張し,そのような経緯を有する証拠物として本件覚せい剤2包を証拠請求しているものと解される。なお,前記基礎的な事実関係によれば,検察官の主張する上記事実は相当程度の裏付けを有するものと認められる。したがって,本件においては,本件留め置きと本件覚せい剤2包等との関連性について,かかる事実関係を基礎に加えて判断するのが相当である。

そうすると,本件白色結晶粉末2袋(本件覚せい剤2包)が発見,押収されたのは,本件留め置きの際に被告人の衣服の中に隠匿されていたものが,本件留め置きにより被告人の身柄とともに本件パトカー内に確保され,その状態を直接利用して本件強制採尿令状が執行され,これにより被告人がER102号室に連行されたことにより,被告人が同室内のベッドに隠匿した結果であると認められる。

(イ)この点,本件白色結晶粉末2袋は,被告人が衣服内に隠匿していたものを自らの意思でER102号室のベッドに隠匿し,これを看護師が発見したことにより発付された差押許可状に基づいて押収されたものではある。

しかしながら,本件白色結晶粉末2袋がベッドに隠匿された当時,被告人は本件留め置きを直接利用した強制採尿令状の執行による実質的な身柄拘束下にあり,警察官において違法な留め置きを直接利用して被告人をER102号室に連行したことが本件白色結晶粉末2袋が同室内において隠匿,発見されたことに強く影響したといえること,被告人の身柄拘束は緊急逮捕により強制採尿後も継続しており,被告人の隠匿行為や看護師の発見行為がなかったとしても本件白色結晶粉末2袋が捜査機関に間もなく発見された可能性が極めて高いといえること,また,Aらの供述によれば,本件留め置きは,被告人の身柄だけでなく所持品の所在を確保することをも主要な目的としていたと認められ,本件白色結晶粉末2袋が発見されたのは当該目的が果たされたものといえることを考慮すると,本件留め置きと本件白色結晶粉末2袋(本件覚せい剤2包)が発見,押収されたこととの関連性は密接というべきであり,本件覚せい剤2包の成分を示す本件粉末の鑑定書との関連性も密接というべきである。

なお,被告人がER102号室に連行されたのは司法審査を経て発付された本件強制採尿令状に基づくものではあるものの,前記イで見たのと同様に,このことが本件留め置きと本件覚せい剤2包及び本件粉末の鑑定書との関連性の強さを減少させることにはならない。

エ そうすると,本件尿の鑑定書,本件覚せい剤2包及び本件粉末の鑑定書は,いずれも本件留め置きと密接な関連性を有すると認められ,違法収集証拠として証拠能力を認めることができない。

(4)以上が本件証拠却下決定の理由である。

第4  結論

本件証拠却下決定をした上で,採否未了であった検察官請求証拠の取調請求等をその後却下するなどした結果,本件において各公訴事実を認めるに足りる証拠はなく,犯罪の証明がないこととなったため,刑事訴訟法336条により被告人について無罪の言渡しをすることとし,主文のとおり判決する。

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