札幌地方裁判所 平成25年(ワ)1033号 判決 2015年1月15日
主文
1 被告は、原告に対し、405万6100円及びうち36万8000円に対する平成25年6月11日から、うち368万8100円に対する同年8月23日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第3争点に対する判断
3 争点①(故意による不法行為(取締役の任務懈怠)の成否)について
(1) 原告は、本件貸付時において、被告が、すでにa社を閉鎖することを決めていたにもかかわらず、原告に対し、当面の事業運転資金が必要であるという虚偽の事実を告げたと主張する。
(2) この点、a社は、原告からの本件貸付金の大半を、貸付を受けたその日のうちに、b信金からの長期借入金への一括繰上返済に充て(前記前提事実(2)及び(3))、その約3か月半後には、a社が破産して、原告の本件貸付金は事実上回収が困難となっている(上記認定事実(5)オ)。そして、①本件貸付に先立ち、主要受注先であるc社からの受注、操業が停止されていること(上記認定事実(1)ア)、②a社のb信金からの当座貸付6000万円についても、会社預金を充当することによって精算されていること(上記認定事実(1)ウ)、③被告が、「取締役個人の追加責任を求めない」旨の免責条項を入れることを巡って、原告の職員との間で夜通しの交渉を行ったこと、④b信金への一括返済により、被告個人の916万円の保証債務も消滅していること(上記認定事実(4)ア)、⑤本件貸付からわずか2か月後に、a社の取締役会において営業の廃止等が決議されていること(上記認定事実(5)ウ)を踏まえると、被告において、当初からa社を閉鎖することを前提に、b信金からの借入における個人保証を外す目的で、本件貸付の実行を求めたとの疑いが生じることも否定できないところである。
(3) しかしながら、本件においては、被告が、a社に個人財産から8000万円を超える多額の支出をしており(上記認定事実(6)イ)、そのうち本件貸付後の支出額も600万円を超える(上記認定事実(6)ア)という事情がある。かかる事情は、916万円の個人保証債務の消滅を企図する者の行動として説明することが困難であり、本件貸付の時点において、a社を閉鎖することを決めていた者の行動としても、説明がつかない。また、上記2のとおり、証人Aの証言によれば、被告が本件貸付実行の日に、従業員に対して個別にその慰留を求めていた事実も認められるのであり、このことは、被告が、a社の閉鎖を前提に本件貸付を実行させたという原告の主張と矛盾する事情である。
そして、上記(2)の①ないし③の事情について、被告は、①c社からの受注を停止したのは、c社から提案のあった発注の見積もりが前年より少なく、そもそも経営が成り立たない数字であったからである(被告の本人尋問の結果2、3頁)、②当座貸付を定期預金で精算したのは、年間60万円ほどかかる利息の差額の支払を節約するためであった(被告の本人尋問の結果25、56、57頁)、③「取締役個人の追加責任を求めない」旨の免責条項は、他の取締役の不満を取り除くためでもあった(被告の本人尋問の結果37頁)などと、その理由を首肯しうる程度に説明している。また、上記(2)の④の事情について、これを根拠に被告が916万円の個人保証債務の消滅を企図していたと考えることが困難であることは、上述のとおりである。さらに、上記(2)の⑤の事情についても、4月27日の面談時(本件貸付の実行後)に従業員の退職届が相次ぎ(上記認定事実(5)ア)、そのために工場の稼働自体がそもそも困難になったからと説明することができる。
(4) 以上によれば、原告が主張する事情によっても、本件貸付時において、被告が、すでにa社を閉鎖することを決めていたとの事実を推認することはできず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠もない。したがって、かかる被告の認識を前提とした故意による不法行為ないしは取締役の任務懈怠にかかる原告の主張は理由がない。
4 争点②(過失による不法行為(取締役の任務懈怠)の成否)について
(1) 被告は、本件貸付金の大半を貸付実行日に本件一括返済に充てることを3月末ないしは4月上旬には決めていたというところ(被告の本人尋問の結果31頁)、原告は、被告が、本件貸付の実行前に、かかる本件貸付金の使途を原告に伝えなかったことが、過失による不法行為あるいは取締役の任務懈怠になると主張している。
(2) この点、上記認定事実(3)イのとおり、本件貸付は、a社の「経営運転資金」という目的のもとで実行されたものであるところ、本件一括返済は、本件貸付の利率がb信金からの借入の利率を上回ること(上記認定事実(4)ウ)や、b信金からの長期借入金を早期に一括返済しなければならないといった事情が特になかったこと(被告の本人尋問の結果58頁)を踏まえると、これをa社の経営運転資金としての利用というのは困難であるといわざるを得ない。しかも、本件貸付金を利用しての本件一括返済は、結果として、b信金が負っていたa社に対する貸付金回収不能のリスクをそのまま原告に移転させたというものであり、かつ、a社の当面の運転資金を約184万円程度増加させたに過ぎないことからすると、貸付を行った原告の意向や期待を裏切る行為ともいわざるを得ない。
そして、原告は、従前、定例として毎年3800万円をa社に貸し付けてきたという経緯があるが、こと本件貸付に関しては、a社がc社からの受注を中止して売上がほとんど発生していない状態にあり(上記認定事実(1)ア)、そのことを認識していた原告において、従前の取締役全員の連帯保証に加えて、被告の個人資産の担保提供を求め(上記認定事実(2)ア)、抵当権を設定した被告の不動産の評価額等を踏まえて融資額を決めるなど(上記認定事実(2)イ)、その回収について十分な関心を抱いていたことがうかがわれる。
そうすると、本件貸付金がb信金への一括繰上返済に充てられる予定であるということは、売上がほとんど発生していない状態にあったa社に対して「経営運転資金」の貸付を行おうとする原告にとって、事前に知らされておくべき極めて重要な情報であり、被告は、本件貸付に関する交渉を担当したa社の取締役として、その交渉の過程において、本件貸付金の大半をb信金に対する本件一括返済に充てる予定であることを原告に伝えておくべき信義則上の義務を負っていたというべきである。
(3) これに対し、被告は、本人尋問において、本件貸付の前後に自己資金からa社に対して支出をしていたのであるから、自己資金を本件一括返済に充て、本件貸付金を従業員の給料や社会保障費の支払などに充てておけばよかったという趣旨の供述をしている(被告の本人尋問の結果31頁)。しかしながら、これは結果論に過ぎず、本件貸付実行時において、被告は、本件貸付金を本件一括返済に充てる予定であり、実際に、上記認定事実(4)アのとおり、本件貸付金が本件一括返済に充てられた以上、被告の供述する事情は、上記の義務の発生を妨げない。
また、被告は、a社において売上が発生していない状況にあることを原告は認識していたのであり、本件貸付金の使途という契約上の重要な事項は、むしろ原告において確認しておくべき事項であり、その告知義務違反の責任を被告に転嫁すべきではないと主張する(被告第2準備書面)。しかしながら、本件貸付金の使途というa社側の事情を貸主である原告において事前に確認しておくべきというのは不合理であり、被告の主張は、後述の損害の範囲において考慮すべき事情にはなり得るとしても、被告の上記義務の発生を妨げる事情にはなり得ないものといわざるを得ない。
このほか、被告は、本件貸付が例年の定例貸付と変わらないものであり、被告が負う告知義務の範囲も従前と変わらないと主張するが、本件貸付が原告の予算上は定例貸付の減額という扱いで処理されたとしても、原告において、本件貸付に定例貸付とは異なる条件を付したことは上述のとおりであり、被告の上記主張は前提を欠く。さらに、被告は、本件貸付にあたり、貸付金に見合うだけの物的担保が設定されていたと主張するが、担保権の実行による回収が通常は不確実であることからすると、これも上記義務の発生を否定する事情とはなり得ない。
(4) 以上のとおり、a社の取締役であった被告は、本件貸付金の大半をb信金に対する本件一括返済に充てることを原告に伝えておくべき信義則上の義務を負っていたところ、かかる義務を怠って原告に本件貸付を実行させた。かかる被告の行為は、原告の財産権を侵害する不法行為を構成するものといえ、被告は、原告に生じた損害を賠償しなければならない(なお、不法行為責任の発生が肯定される以上、取締役としての任務懈怠責任の有無については判断を要しない。)。
5 争点③(損害)について
(1) 前記4(2)で述べたとおり、本件貸付金を利用しての本件一括返済が、b信金が負っていたa社に対する貸付金回収不能のリスクをそのまま原告に移転させるものといえることや、原告代表者が、用途を説明されていたなら本件貸付を実行していなかったと陳述書(甲40)で述べていることを踏まえると、被告の前記義務違反がなければ本件貸付が実行されなかったという点につき、高度の蓋然性が認められる。
(2) もっとも、本件では、本件貸付にあたり、a社がc社からの受注を停止して売上がほとんど生じていないことを認識していた原告において、本件貸付金の使途を事前に十分に確認しておらず(なお、原告代表者は、4月27日の株主総会終了直後にその使途の説明を求めたと供述するが(原告代表者の本人尋問の結果3頁)、被告はこれを否定しており(被告の本人尋問の結果43、44頁)、原告代表者の供述を裏付ける事情もない。)、また、その使途を具体的に制限しておらず、さらに、a社所有の機械設備に設定した担保権について、その対抗要件の具備に不十分な点があったため、本件貸付金の回収額が減少したとの事情が認められ、本件貸付によって原告に損害が生じた点について、原告にも相当程度の落ち度があると認められる。そして、前記のとおり、被告の不法行為責任も故意ではなく過失によるものにとどまり、しかも、その義務違反も、本件貸付実行の前後にa社に対して個人資産からも多額の支出をしていた中で、十分な注意が行き届かなかったことによるものともいえることからすると、公平の見地からは、原告側の過失割合を5割として、被告に損害賠償責任を負わせるのが相当である。
(3) 以上によれば、本件貸付金の5割にあたる550万円が被告の負担すべき損害といえるところ、証拠(甲33)によれば、原告は、平成25年8月22日に、被告所有の抵当物件に対する競売によって手続費用を控除した217万5291円を回収している。550万円に対する本件貸付実行日である平成24年4月27日から平成25年8月22日までの年5分の割合による確定遅延損害金は36万3391円であり、これと550万円との合計額から回収済みの217万5291円を控除した残金は368万8100円である。
(4) 上記の損害額や、一件記録から認められる本件訴訟の難易度等の諸事情を総合すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は36万8000円とするのが相当である。
6 まとめ
原告は、被告に対し、不法行為に基づき、405万6100円及びうち36万8000円に対する本件訴状の送達日の翌日である平成25年6月11日から、うち368万8100円に対する平成25年8月23日から、各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第4結論
よって、原告の請求は主文の範囲内で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 郡司英明)