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札幌地方裁判所 平成25年(ワ)1180号 判決 2014年12月12日

原告

同訴訟代理人弁護士

中島哲

香川志野

被告

学校法人Y

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

原洋司

芦田和真

主文

1  被告が原告に対し2013年(平成25年)3月13日付けでした懲戒処分が、無効であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、3万3917円及びこれに対する平成25年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は、第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

主文と同旨

第2  事案の概要

1  本件は、被告が設置するa大学(以下「本件大学」という。)の2011年度(平成23年度)の学部の一般入学試験等の入試委員会の委員長であった原告が、上記試験においていわゆる入試ミスがあったこと等を懲戒事由として、被告から減給1割1月の懲戒処分(以下「本件処分」という。)を受けたことについて、被告に対し、本件処分の無効確認を求める(以下「本件無効確認請求」という。)とともに、本件処分によって減給された給与の内、その後も支払を受けていない分(以下「本件不払給与」という。)の支払等を求めている(以下、「本件給付請求」といい、本件無効確認請求及び本件給付請求を「本件各請求」という。)事案である。

なお、本判決では、本件処分や関連する資料等(証拠)における表示に合わせ、日付けを西暦のみで表示することがある。また、入学試験のことを「入試」と略記するなど、一般的な略称を用いることがある。

2  前提事実(争いのない事実並びに証拠(書証<省略>)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 被告は、昭和22年7月14日法人成立(当初は、専門学校であった。)の、教育基本法及び学校教育法に従い、カトリックの精神に基づき学校教育を行うことを目的とする学校法人である。

イ 被告は、本件大学に、大学院としてb研究科及びc研究科を、学部としてd学部を、学科としてe学科及びf学科を設置している(平成18年1月31日変更)。

ウ 本件処分に関係する時期の、被告の理事長はA(以下「A」という。)であり、本件大学の学長はB(以下「B」という。)であった。

エ 被告には、2012年5月1日現在、71名の専任教員が在籍していた。

オ 原告は、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、本件大学に教授として勤務しており、2010年4月から2012年3月までの本件大学の入試委員会の委員長であった。

カ 原告の、2013年3月当時の給与(1か月分)は、次のとおりであり、毎月25日払いであった。

基本給 58万5200円

扶養手当 2万8000円

職務手当 3万6000円

住宅手当 2万円

通勤手当 1万0080円

合計 67万9280円

キ 入試委員会は、入試の問題作成、試験の実施、選考、合格発表等の入試に関わる事務全般を行う委員会であり、入試委員長は、これらの事務の総括責任者で、1か月1万2000円の役職手当のほか、入試月には5000円の手当が支給された。

ク 2010年ないし2011年当時、本件大学の事務局では、C(以下「C」という。)ほか2名が入試の担当であったが、主としてCが入試の業務を行っていた。

(2)  被告及び本件大学の規則等(関連の薄い部分は、適宜省略する。)

ア 被告の就業規則(書証<省略>。以下「本件就業規則」という。)

第5条 (任免権者)

1項 教職員の任免は、理事会に諮り理事長がこれを行う。

3項 教員の人事については、予め教授会の意見を聴くものとする。

第11条(昇任)

教職員の昇任は、以下の各号により行う。

1号 教員の昇任は、予め教授会の意見を聴き、理事会の議を経て理事長が行う。

第56条(懲戒)

学園は、教職員が次の各号の一に該当する場合には、理事会で審議の上、懲戒を行うことができる。ただし教員については、予め教授会の意見を聴かなければならない。

4号 職務上の義務に違反しまたは職務を怠ったとき(以下「4号事由」という。)

5号 故意または重大な過失により、学園に損害をもたらしたとき(以下「5号事由」という。)

第57条(懲戒の方法及び種類)

1項 懲戒を分けて次のとおりとする。

1号 戒告:始末書を提出させ事後の行動を戒める

2号 減給:給与を労働基準法第91条の規定の範囲内において一定期間減給する

3号 出勤停止:3カ月間以内の期間を定め出勤を停止し、その期間中は給与を支給しない

4号 諭旨退職:退職願を提出するよう説諭し、退職させる

5号 懲戒解雇:労働基準監督署長の許可を受けて、予告期間を設けず、予告手当を支給せずに解雇する。この場合、原則として退職手当は支給しない

2項 懲戒手続きの対象となる教職員には、弁明の機会が与えられる。

4項 懲戒に関する取扱いについては、懲戒委員会その他の必要事項を、別に定める。

イ 本件大学の学則(書証<省略>)

第9条(教授会)

1項 本学に教授会をおく。

2項 教授会は、学長、教授、准教授、講師及び助教で構成する。

4項 教授会においては、次の事項を審議する。

2号 教員の人事に関する事項

5項 教授会に関する必要な事項は、教授会規程に定める。

ウ 本件大学の教授会規程(書証<省略>)

第2条(構成)

1項 教授会は、学長、教授、准教授、講師及び助教をもって構成する。

2項 前項の定めにかかわらず、教員の任免及び昇任等の人事に関する教授会は学長及び教授をもって構成する。

第3条(審議事項)教授会は、次に掲げる事項を審議する。

2号 教員の人事に関する事項

第6条(教授会の招集)

1項 教授会は、学長が招集する。学長に事故あるときは副学長又は学長があらかじめ指名した教授がこれに当たる。

第7条(会議の成立)

教授会は、第2条に定める構成員の3分の2以上の出席をもって成立する。

第10条(議事)

1項 教授会の議決は、別に定める場合を除き出席者の過半数以上の賛成をもって決定する。可否同数の場合には議長の決するところによる。

2項 前項の規定に関わらず第3条第2項の教員人事に関する教授会は、出席者の3分の2以上の賛成をもって決定する。

(以下、学長、教授、准教授、講師及び助教をもって構成する教授会を「通常教授会」といい、学長及び教授をもって構成する教授会を「特別教授会」ということがある。)

(3)  入試ミスの発生等

ア 2011年2月、本件大学の2011年度の一般入試(以下「2011年一般入試」という。)が実施された。

イ 2011年一般入試について、本件大学では、a大学における入試ミス防止のためのガイドライン(書証<省略>。以下「本件ガイドライン」という。)が作成されていた。

ウ 2011年一般入試の数学の問題(以下「本件数学問題」という。)について、問題作成担当者は、本件大学准教授のD(以下「D」という。)及びg高等専門学校教諭のE(以下「E」といい、D及びEを「数学出題者」という。)であり、第三者点検者は、h大学准教授のF(以下「F」という。)であった。

エ 2011年11月21日、外部から本件大学に、本件数学問題の内、問題3問2(2)(以下「本件設問」という。)に、解答例の作成ミスがあるとの指摘があった(以下「本件指摘」という。)。

オ 本件設問についての解答例は、本件指摘のとおり誤りであった(以下「本件ミス」という。)

カ 原告は、学長のBに対し、2011年11月25日、本件指摘により本件ミスが確認されたこと等を報告した。

キ 本件ミスにより、e学科及びf学科につき各1名(合計2名)を本来合格であるのに、不合格としたことが判明し、被告は、2011年12月5日、上記2名(以下「追加合格者ら」という。)を追加合格としたが、追加合格者らは、いずれも本件大学に入学しなかった。

ク 原告や本件大学事務局の担当者らは、本件ミスについての対応や謝罪のため、追加合格者らの自宅、出身高校、進学先を訪問したりするとともに、報告や謝罪のため、文部科学省に出向いたり、電話したりして、指導を受けるなどした。

ケ 被告は、追加合格者らに対し、謝罪するとともに、それぞれ慰謝料30万円を支払い、内1名の両親に対し、慰謝料20万円を支払った(支払額合計80万円)。

コ 原告は、本件ミスについて、2012年2月29日付け始末書を作成し、同年3月2日、通常教授会において、経緯を説明し、上記始末書を朗読して謝罪した。

(4)  合格発表の遅延等

ア 2011年11月、本件大学の2012年度の公募制推薦入試(以下「2012年公募推薦入試」という。)が実施された。

イ 2011年11月18日午前10時、2012年公募推薦入試の合格発表がされたが、ウェブサイト上での発表が、約38分遅れ、この間に、約5件の問い合わせないしクレームがあった(以下「本件発表遅延」という。)。

ウ 被告は、前記イのウェブサイト上での発表について、合資会社六芸社(以下「本件委託業者」という。)に委託していた。

(5)  本件処分の経緯等

ア 理事長のAは、学長のBに対し、2012年12月7日、本件ミス及び本件発表遅延に関する懲戒(対象者は、原告、B及びD。以下「本件懲戒案件」という。)について、特別教授会での意見聴取を指示した。

イ Bは、本件懲戒案件について、2012年12月11日に特別教授会を招集していたが、同日の通常教授会において、教員の懲戒処分については、通常教授会で意見聴取すべきであるとの動議が可決されたため、特別教授会を開催せず、同月12日、その旨をAに報告した。

ウ Aは、Bに対し、2012年12月13日、再度、特別教授会での意見聴取を指示した。

エ 本件大学の教職員組合は、被告に対し、2012年12月14日付けで、前記イの通常教授会の決議の支持を表明し、原告に対する懲戒処分を行わないよう求める書面を提出した。

オ Bは、2012年12月18日、臨時教授会を開催し、本件懲戒案件について、特別教授会の開催を提案したが、否決された。

カ 被告の理事会は、2012年12月20日、本件懲戒案件について、理事長が特別教授会を招集し、意見を求めることを決議した。

キ 被告の事務局長は、Bに対し、特別教授会の開催を要請する理事長名義の2012年12月21日付け「懲戒処分に係る特別教授会の開催について」と題する文書を手交したが、Bは、特別教授会の開催はできないなどとして、これを返戻した。

ク Aは、理事長として、2013年1月10日、「教授会構成員並びに教員各位」宛に、本件懲戒案件について同月15日にこれまでの経緯と問題点についての説明会を開催するとの通知をした。

ケ Aは、理事長として、特別教授会の構成員(ただし、「召集対象外者」を除く。)に対し、2013年1月17日、本件懲戒案件について、意見聴取のため同月23日に特別教授会を開催するので出席するよう通知したが、同日、「召集対象外者」を除く特別教授会の構成員15名の内、6名しか出席せず、欠席者から欠席届の提出もなく、特別教授会は成立しなかった。

コ Aは、理事長として、特別教授会の構成員(ただし、「召集対象外者」を除く。)に対し、2013年1月25日、本件懲戒案件について、同月29日に特別教授会を開催する通知をしたが、同日、「召集対象外者」を除く特別教授会の構成員15名の内、5名しか出席せず、欠席者の内7名から欠席届の提出があり、特別教授会は成立しなかったが、出席した5名に、被告の事務局長が懲戒処分の説明をした。

サ 被告の理事会は、2013年2月7日に原告の弁明を聴くなどした上、同月28日、本件懲戒案件について、懲戒処分を行うことを決定した。

シ 被告は、2013年3月13日、原告に対し、以下の理由(詳細は、別紙「懲戒事由書」記載のとおりである。)で、いずれも本件就業規則56条所定の4号事由及び5号事由に該当するとして、本件就業規則57条1項2号により、減給1割1月の懲戒処分をした(本件処分)。

① 2011年一般入試において、本件ガイドラインが入試作業の現場において履行されているか否かに関する管理監督義務を怠り、Dが校正時、試験前、試験中及び試験後のいずれの段階でも十分な点検をしなかったことを看過し、合格発表後初めて外部からの指摘により本件ミスに気付いたという重大な過失により、本来合格者とすべき者を不合格者としたことにより、被告に受験生等への慰謝料等の金銭的な損失及び本件ミスが広く受験関係者に広がったことで社会的な信用の毀損という損害を与えた(以下「処分事由①」という。)。

② 2012年公募推薦入試において、ウェブ上での合格者の発表が適時に適正にされているかを監視監督する体制の構築及び実際の監視監督を怠り、ウェブ上の合格者の発表が35~38分も遅延して受験生を中心とした外部の入試関係者に対して多大な迷惑をかけ、被告の社会的な信用を毀損した(以下「処分事由②」という。)。

③ 入試に関連するミスがあれば直ちに学長に報告すべき職務上の義務があるにもかかわらず、前記①の本件ミスについては、11月21日に外部からの指摘を受けながら、学長への報告は指摘を受けてから4日後の11月25日になし、迅速な報告の義務を怠った(以下「処分事由③」といい、処分事由①ないし③を「本件各処分事由」という。)。

ス 被告は、本件懲戒案件について、本件処分のほか、本件入試ミスの問題作成者のD及び学長のBをいずれも戒告とする懲戒処分をした。

セ 本件懲戒案件に関し、理事長のAは、被告に対し、報酬の1割を3か月自主返納し、被告の常務理事は、被告に対し、報酬の1割を1か月自主返納した。

ソ 被告は、原告に対し、2013年3月25日、同月分の給与を、基本給の1割である5万8520円減額して支給した。

タ 被告は、原告から、労働審判事件(札幌地方裁判所平成25年(労)第33号)において、制裁の1回の額は平均賃金の1日分の半額を超えてはならないこと(労働基準法91条前段)の指摘を受け、原告に対し、2013年5月29日、前記ソの減額分のうち2万4603円を支払った(これにより、前記ソの減額分の内原告が支払を受けていない金額は、3万3917円(本件不払給与)となった。)。

3  原告は、以下のとおり主張して、本件処分は無効であり、被告は、原告に対し、本件不払給与3万3917円及びこれに対する減額支給した日の翌日である平成25年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務があるとして、本件各請求をしている。また、原告は、後記被告の主張を争っている。

(1)  教員である被告の懲戒を行うためには、本件就業規則56条ただし書により、予め教授会の意見を聴かなければならず、同条ただし書所定の「教授会」は、通常教授会と解すべきであるのに、被告の理事会は、本件処分についての意見を聴くのに、特別教授会を招集し、通常教授会を招集しなかったから、本件処分は、手続的に無効である。

さらに、被告が本件処分についての意見を聴くために招集した特別教授会も、定足数が集まらず、成立しなかったから、本件処分は、手続的に無効である。

(2)  本件処分は、以下のとおり、懲戒事由が存在しないから、無効である。

ア 処分事由①について

原告は、2011年一般入試において、複数人での確認の原則を徹底すること及びチェック表の活用を定めた本件ガイドラインに沿って、数学出題者に、個別に注意喚起を行い、チェック表に基づいてチェックを行うことを指示し、チェック終了後には、チェック表を確認しているのであり、原告は、本件ガイドラインの履行につき、入試委員長としての義務を果たしている。

イ 処分事由②について

2012年公募推薦入試において、ウェブサイト上での合格発表が遅れたのは、本件委託業者が、取り決めどおりの業務を遂行しなかったことが原因であり、発表できないことが発覚した後も、業者の担当者が出張していたこと等によってさらに遅れたものであり、原告が体制の構築や監視監督を怠ったことが原因ではない。

ウ 処分事由③について

本件ミスについて、2011年11月21日、外部からの指摘を受けたが、同月22日に数学出題者が終日不在であり、さらに同月23日も祝日であったことから、上記指摘が正しいことを数学出題者に確認できたのが同月24日であったため、原告の学長への報告が同月25日になったのであって、可能な限り迅速に誤りの存在を確認した上、報告をしたもので、外部からのミスの指摘は、その指摘自体が誤っている場合もあるから、このように状況を確認した上で報告したことは、不当な遅延ではない。

(3)  仮に、本件各処分事由について、何らかのミスの存在が観念し得るとしても、以下のとおり、懲戒に相応しい段階に達しているとは言えないから、実質的には、懲戒事由に該当せず、本件処分は客観的合理性を欠いたものである。

ア 4号事由は、義務違反や職務懈怠による懲戒事由であるが、義務違反や職務懈怠自体は、単なる債務不履行であり、それを理由に懲戒することが許されるのは、就業に関する規律に反したり、職場秩序を乱した場合に限られるべきであるから、原告に何らかのミスがあったとしても、懲戒事由にはならない。

イ 5号事由は、職場規律違反による懲戒事由であるが、横領、背任等の非違行為を想定しており、職務上のミスにより職場に損害を与える行為は想定していないから、原告に何らかのミスがあったとしても、懲戒事由にはならない。

ウ 被告では、理事長のAと、学長のB及び教授会とが対立関係にあったところ、本件処分は、本件各処分事由が生じてから1年以上経過してから行われ、本件各処分事由との関係で、Bも監督責任を問われ、戒告の懲戒処分を受けていることからすると、本件処分は、被告が、Aと対立関係にあるBの懲戒処分を行う目的で、その前提として現場責任者の原告に対して行った、不当な目的の懲戒であった疑いが強い。

(4)  仮に、原告について懲戒事由があったとしても、以下のとおり、本件処分は、社会的相当性を欠くものである。

ア 本件大学の2008年の一般入試(以下「2008年一般入試」という。)において、問題作成にミスがあり、試験中に指摘を受け、採点対象から除外した(以下「2008年入試ミス」という。)。

イ 2008年一般入試の合格発表において、ウェブサイト上での合格発表において、アクセス数の増加でサーバーがダウンし、90分程度掲載できない状態が継続し、問い合わせないしクレームが10件以上あった(以下「2008年発表障害」という。)。

ウ 本件大学の2010年の一般入試において、合格発表後、外部から生物の出題に範囲外の問題があるというミスを指摘され、追加合格者を出し、被告は、その内他大学の入学金を支払っていた者に対し、入学金相当額合計60万円を支払った(以下「2010年入試ミス」という。)。

エ 被告は、前記アないしウについて、当時の入試委員長及び学長(Aであった。)に対し、何らの処分もしなかった。

オ 前記エに比し、原告を減給処分とした本件処分は、均衡を失しており、社会的相当性を欠く。

4  これに対し、被告は、原告の主張を争い、以下のとおり主張して、本件無効確認請求について訴えの却下を求め、本件各請求の棄却を求めている。

(1)  本件無効確認請求は、過去の行為である本件処分の無効確認を求めるものであるが、本件処分の有効無効の判断は、本件給付請求において判断されるから、過去の法律関係の確認を求めるべき特段の事情はないので、本件無効確認請求の訴えは、確認の利益がなく、不適法なものとして却下されるべきである。

(2)  教授会は、学校法人の運営について意思決定権はなく、寄附行為等で権限を与えられたもの以外は、教授会の決定が理事会を拘束することはない。したがって、理事会の決定に際して教授会の意見を聴取する旨の規定があっても、教授会の決定を学校法人の意思決定の要件とするものではないし、当該手続が履践されていなくても、それだけで理事会の決定が無効となるものではなく、当該手続が履践されなかったことについて合理的理由がある場合には、なおさら理事会の決定の法的効力に影響しない。

本件就業規則56条ただし書所定の、教員の懲戒手続について予め意見を聴くべき「教授会」は、特別教授会である。

本件大学の通常教授会は、意見聴取手続を通常教授会で行うべきとする決議をし、学長のBもこれに同調して、特別教授会の開催を拒絶した。被告の理事会は、2012年12月7日から2013年1月29日まで、特別教授会を開催する努力をし、これ以上手続を遅延させるわけにはいかないとの判断から、同月29日の特別教授会の招集に応じて出席した5名の意見を聴取した。特別教授会の招集に応じない教授らの行動は、合理的理由もなく理事長の指揮命令権に反するものであるし、意見具申をする機会を自ら放棄するものである。

したがって、本件処分について、意見聴取手続を欠いたとしても、懲戒のための要件ではないし、手続を欠いた理由も教授らが不合理に拒絶したためで、被告には責任がなく、実質的には教授らによる意見を聴取しているのであるから、本件処分が無効となることはない。

(3)  入試においてミスが発生した場合、受験生の人生設計を大きく狂わせ、受験生にも大学にも精神的経済的損害を発生させ、大学の信用を大きく毀損し有形無形の甚大な損害を与える可能性があり、その及ぼす影響は多方面に及び極めて重大であるため、文部科学省は、「入試における出題・合格判定ミス等の防止について」という文書を、毎年内容を厳格なものに更新して各大学に送付しており、本件大学でも、本件ガイドラインが作成されていた。

入試委員長は、一連の入試関連業務において、入試ミスが発生することのないような体制を確立し、体制確立後もそれが確実に機能するように、常に入試担当の教職員を管理監督する職務上の義務があり、原告が入試委員長に就任した当時は、直前に2010年入試ミスが発生していたのであり、入試ミスが発生しないよう強く求められていた。

上記文部科学省の通知では、入学者選抜業務のプロセス全体を作成すること等により、業務全体のチェック体制を確立すること、また、入学者選抜に関わる者の責務を明確にし、責任をもって業務を行うよう注意を喚起すること、試験問題の点検については、試験直前に点検するだけでなく、試験開始後においては特に速やかに、作題者以外の者も含めて二重三重の点検を行うことにより、ミスの防止及び早期発見に努めること、なお、問題の文面だけでなく、問題の内容についても正答が導き出せるか確認することとされていた。

そのため、原告は、入試委員長として、試験問題のチェックについては特に厳重に行い、試験実施前の校正段階はもとより、試験実施直前及び試験開始後においては特に速やかに、作題者以外の者も含めて二重三重の点検を行うことにより、ミスの防止及び早期発見ができる体制を築く義務があり、かつ担当者に適宜注意喚起する等して、試験問題のチェックが確実に履行されているか否かを確認する義務を負っていた。

ところが、原告は、2011年6月に行われた入試委員の任命式において、形式的な注意喚起をし、チェック表に基づいてチェックすることを指示し、チェック終了後にチェック表を確認しただけで、試験開始後の点検を含む二重三重のチェック体制を築くことなく、チェック体制が機能しているか否か入試担当職員を管理監督せず、具体的な対策を何もしなかったのであり、原告は、職務上の義務に違反し、職務を怠ったもので、原告の義務違反は重大である。

本件ミスは、追加合格者らに、人生を大きく狂わされる回復不能な損害を生じさせ、被告には、慰謝料(80万円)、文部科学省への報告等の交通費合計約100万円の支出、理事や職員を3か月以上本件ミスの対応に忙殺させることによる通常業務の圧迫、少子化により学生数が減少している状況において致命傷となる可能性のある、本件大学の信用の毀損という重大な損害を生じさせた。

(4)  入試の合格発表は、受験生及び関係者にとって極めて重大な関心事であるから、入試委員長には、予定発表時刻を遅延させることなく、万一遅延が生じた場合、これを速やかに修正すべき職務上の義務がある。

ところが、原告は、事前に外注業者との連絡を密にして、遺漏なく合格発表が実施できる体制を確立せず、合格発表時に自らウェブサイトを確認しなかったため、外注業者の責任者が合格発表時に不在という状況を作り、自らウェブサイトを確認しなかったことで、遅延の発見が遅れ、その回復に38分もかかるという本件発表遅延を生じさせたのであり、原告は、職務上の義務に違反し、職務を怠ったもので、過失の程度は重大である。

本件発表遅延は、受験生及び関係者に、定刻どおり合格発表を確認できないという多大な迷惑をかけ、本件大学には、5件程度クレームや確認の電話があるなど、本件大学の信用の毀損という損害を生じさせた。

(5)  入試ミスが発生した場合は、極めて大きな被害が生じる恐れがあるから、速やかに対策を講じて、被害を最小限に食い止めなければならない。特に本件ミスは、入試終了の9か月後に発覚した事案であり、追加合格者が発生した場合、追加合格者に回復できない重大な損害を与える可能性があったから一刻も早く対策を講じる必要があった。

ところが、本件ミスについて、原告は、2011年11月21日に本件指摘を受けながら、原告が把握したのが同月24日と3日も遅れ、更に、学長のBへの報告が1日遅れて同月25日となった。Bへの報告は、原告とCが採点訂正を行った後であったが、採点は学長が委嘱した担当者の権限であるから、原告は、自ら採点訂正をするのではなく、一刻も早くBに報告した上で、入試委員会に諮るべきであったのであり、原告の報告懈怠は、入学者選考規程にも反するものであった。原告は、通報を速やかに報告させる体制を築かずにこれを把握するのが遅れ、Bへの報告も漫然と怠ったもので、過失があり、職務上の義務に違反し、職務を怠ったものである。

上記報告遅延により、本件ミスによる損害の調査等の初動が遅れ、損害回復のための速やかな対策実現の確立が遅れた。

(6)  以上のとおり、本件における原告の義務違反ないし過失は重大であり、懲戒処分をするだけの客観的合理的理由がある。

(7)  被告は、2012年3月に本件ミスに対する対応が終了した後、速やかに事故調査委員会を設置し、同年4月、本件懲戒案件について、懲戒委員会を設置して慎重に議論を重ね、同年12月、特別教授会に対する意見聴取手続に入ったが、本件大学の教授らの不合理な遅延行為により2か月も遅れたため、結果的に本件処分まで1年以上を要したのである。また、原告は、本件処分を、Bの責任を問う前提である旨主張するが、何らの根拠もなく論理の飛躍も甚だしい支離滅裂な主張である。

本件大学では、過去にも2008年入試ミス、2008年発表障害及び2010年入試ミスがあったが、上記各入試ミスに比し、本件ミスの発覚は9か月後で、本件大学に入学できなかった追加合格者ら2名が生じ、回復不能な損害を与え、被告にも100万円を超える損害を与えたし、2008年発表障害は、サーバーのダウンという物理的な問題であったのに対し、本件発表遅延は、人為的なミスで、原告自身が直接確認しないなど何ら管理監督責任を果たしていなかったのであり、過失の程度は大きい。したがって、本件各処分事由は、いずれも過去の事例と異なり、過失の程度や結果が重大であるため、いずれも懲戒相当である。また、原告は、2010年入試ミスを踏まえ、念には念を入れて入試事務全体を更に厳しく管理監督する義務があったのであり、過去の入試ミスは、本件処分の相当性を基礎付けこそすれ、減殺することはあり得ないし、他の大学の処分と比較しても相当である。

本件懲戒案件は、原告を含めて5名も制裁を受けるほど重大な事案であり、単なるミスでは済まされないものである。

したがって、本件処分は有効である。

第3  当裁判所の判断

1  被告は、本件無効確認請求は、過去の行為である本件処分の無効確認を求めるもので、本件処分の有効無効の判断は、本件給付請求において判断されるから、過去の法律関係の確認を求めるべき特段の事情はないので、本件無効確認請求の訴えは、確認の利益がない旨主張する。

しかし、原告は、現在も本件大学に教員として勤務しており、被告との契約関係が続いているもので、懲戒処分は、教員の人事に関する重要な処分であり、将来、原告について新たに懲戒が問題とされた場合などには、過去の処分歴として影響を及ぼす可能性のあるものである。そして、本件処分が有効か否かは、被告も主張するとおり、本件給付請求についての判断の前提として判断される必要のある事項であり、その判断を不要とする事情もないから、本件無効確認請求は、不当に被告を訴訟に拘束したり、本件の審理を遅延させたりするものではない。

そうすると、本件無効確認請求は、過去の法律関係の確認を求めるものではあるが、確認の利益があるというべきであり、上記被告の主張は理由がない。

2  本件就業規則56条ただし書所定の、教員の懲戒手続について予め意見を聴くべき「教授会」について、被告は、特別教授会であると主張し、原告は、通常教授会であると主張する。

本件大学の学則は、教授会について、「教授会は、学長、教授、准教授、講師及び助教で構成する」(9条2項)とし、教授会の審議事項として、「教員の人事に関する事項」(同条4項2号)を定め、教授会に関する必要な事項は、教授会規程に定める(同条5項)としている。

そして、本件大学の教授会規程は、「教授会は、学長、教授、准教授、講師及び助教をもって構成する」(2条1項)とした上、「前項の定めにかかわらず、教員の任免及び昇任等の人事に関する教授会は学長及び教授をもって構成する」(同条2項)とし、教授会の審議事項として、「教員の人事に関する事項」(3条2号)を定めている。そして、本件大学の教員選考委員会規程第3条は、委員会の設置について、「学長及び教授をもって構成する教授会(以下「特別教授会」という。)に諮って設置し」と規定し(書証<省略>)、本件大学の教員の採用及び昇任の選考に関する規程第15条及び16条は、採用候補者選考委員会の設置及び選考について、「学長及び教授をもって構成する教授会(以下「特別教授会」という)を召集しなければならない」、「特別教授会は、・・・採用の可否を審議し」(書証<省略>)などと規定し、本件大学の名誉教授称号授与規程第2条は、「学長及び教授による教授会(以下「特別教授会」という。)の選考を経て」(書証<省略>)と規程しているのに対し、本件就業規則第56条ただし書は、「教授会」と規定するのみで、特別教授会とは明示していない。

しかし、教授会規程2条2項は、学長及び教授をもって構成する教授会(特別教授会)の審議事項として、「教員の任免及び昇任等の人事」としているのであり、「任免及び昇任」に限定しているものではない。そして、懲戒処分は、任免や昇任と同様に教員の人事に関する重要な処分であり、免職に関するものを含み、昇任にも影響する可能性があるものである。そうすると、教員の人事に関するものとして、本件就業規則第56条ただし書所定の「教授会」は、特別教授会を意味すると解すべきである。

本件懲戒案件について、学長のBは、通常教授会の決議に従い、特別教授会を開催せず、その後は、特別教授会を招集せず、理事長が特別教授会を招集すべきとの理事会の決議があり、Aが、理事長として特別教授会を招集したものの、出席者が定足数に達せず、成立しなかった。本件就業規則56条ただし書は、教員の懲戒については、予め「教授会」の意見を聴かなければならない旨規定しており、特段の事情がない限り、「教授会」の意見を聴かずに懲戒処分を行うことは、手続的に瑕疵があるというべきであるが、本件においては、上記のとおり、本件就業規則56条ただし書所定の「教授会」は、特別教授会を意味すると解すべきところ、被告の理事会と通常教授会との間で、本件就業規則56条ただし書所定の「教授会」が特別教授会か通常教授会かについて、見解の相違があったこと等によって、本件懲戒案件について、理事会が開催を求めた特別教授会が、開催されなかったのであり、関連する規定が必ずしも明確ではないという事情があったとしても、理事会が、特別教授会に、「教授会」の意見を求めようとしたのに対し、特別教授会(構成員の多数)がこれに応じなかったもので、見解の相違が続く限り、「教授会」の意見を聴くことができない状況に至っていたのであるから、本件処分について、手続的に瑕疵があったということはできない。

したがって、この点に関する原告の主張は、理由がない。

3  処分事由①について

(1)  前記前提事実、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件大学では、過去に、2008年入試ミス及び2010年入試ミスがあったこと、文部科学省は、平成21年(2009年)12月8日付けの「大学入学者選抜における出題・合否判定ミス等の再発防止について(通知)」(書証<省略>)と題する文書(以下「本件文科省通知」という。)を、各大学に送付しており、本件大学にも送付されていたこと、本件文科省通知では、「入学者選抜業務のプロセス全体を把握した上で、ミスを防止するためのガイドラインを作成すること等により、業務全体のチェック体制を確立すること。」、「試験問題の点検については、試験直前に点検するだけでなく、試験開始後においては特に速やかに、作題者以外の者も含めて、二重三重に点検を行うこと等により、ミスの防止及び早期発見に努めること。なお、問題の文面だけでなく、問題の内容についても正答が導き出せるか確認すること。」などとされていたこと、原告は、2010年4月、同年度の入試委員長に指名されたが、それより前は、本件大学の入試委員長でも、入試委員でもなかったこと、前年度の入試委員会において、本件ガイドラインの案が作成されており、同年4月、入試委員会において、本件ガイドラインが正式に決定されたこと(それまでは、このようなガイドラインはなかった。)、本件ガイドラインでは、入試問題をチェック表によりチェックすることを定め、2011年度一般入試問題作成・校正時チェック表(以下「チェック表」という。)が作成されたが、前年までは、このようなチェック表等を作成していなかったこと、本件ガイドラインでは、試験開始後の点検を定めておらず、2011年一般入試においても、試験開始後の点検を組織的に行うことはなかったこと、2011年一般入試から、数学と理科について、高等学校で教えた経験のある者(数学については、F)を第三者問題検討委員として選任したこと、2010年7月、入試問題作成委員の委嘱がされ、その際、数学出題者等に、原告は、チェック表があるのでチェックするように、受験生にとって受験は一度きりである、慎重を期すようになどと注意喚起し、Cは、具体的な注意事項をまとめた書面に基づき説明したこと、第三者点検者のFに対しては、Cが勤務先に出向いて、チェック表の運用等について説明したこと、原告は、2011年一般入試の入試問題作成について、問題の有無等を、Cに頻繁に確認していたことが認められる。

(2)  また、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、2011年一般入試の問題作成の日程等(予定)は、別紙「2011年度a大学一般入学試験入学試験問題作成に関わる日程等」記載のとおりであり(以下「本件日程」という。)、本件数学問題の作成、校正の経過等は、以下のとおりであり、それぞれの時期としては、概ね本件日程に沿ったものであったことが認められる。

ア 2010年10月上旬ころ、数学出題者から本件数学問題が提出されたが、解答例は、提出されなかった。

イ Cは、印刷された初校とともに、チェック表(出題者用【初校】)(書証<省略>)を、事務局入試担当者から出題者への連絡事項欄に、「解答例をいただければと存じます。」と記載した上、数学出題者に交付し、チェック表(第三者点検者用)(書証<省略>)を、チェック項目13(「解答例」はすべて正しいですか?※初校の段階では、「解答例」がまだ完成していない場合があります。)の下の欄外に「まだ解答例がございません。」と記載した上、F(第三者点検者)に交付した。

ウ 数学出題者は、チェック表(出題者用【初校】)(書証<省略>)を、チェック項目15(「解答例」は作成しましたか?)にチェックするなどして(なお、本件数学問題に関係しない項目については、チェックされていなかった。)、解答例とともに、事務局に提出した。

エ F(第三者点検者)は、チェック表(第三者点検者用)(書証<省略>)を、本件設問(問題3問2(2))の一部に波線を付し、「問2(2)三角不等式は教科書で扱わない。」と記載したもの(書証<省略>)とともに、事務局に提出した。

これを受け、Cは、チェック表(出題者用【再校】)(書証<省略>)を、再校及びFから提出された書類一式(書証<省略>)とともに、数学出題者に交付した。

オ 数学出題者は、本件設問(問題3問2(2))を大幅に修正し、チェック表(出題者用【再校】)(書証<省略>)を、チェック項目1(初校時に指摘した箇所はすべて修正されていますか?)及び2(第三者点検の内容をすべて確認しましたか?)にチェックし、「あらためて以下の点をご点検ください」と記載された以降のチェック項目3ないし16には、何らのチェックもせず、事務局に提出した。

カ Cは、チェック表(出題者用【第三校】)(書証<省略>)を、「D先生」、「今、この3枚を第3者点検者に点検をお願い中です。」と記載した第三校(書証<省略>)とともに、数学出題者に交付し、チェック表(第三者点検者用【再校】)(書証<省略>)を、第三校及び前記チェック表(第三者点検者用)(書証<省略>)のメモ欄に「今回はご対応できず、申し訳ございません。」と記載し、認印を押印したものとともに、F(第三者点検者)に交付した。

キ 数学出題者は、チェック表(出題者用【第三校】)(書証<省略>)を、チェック項目2(第三者点検の内容をすべて確認しましたか?)だけにチェックし、第三校の表紙に「なし」と記載したもの(書証<省略>)とともに、事務局に提出した(上記チェック表のチェック項目16には、「『解答例』はすべて正しいですか?」などと太字で記載されていた。)。

ク F(第三者点検者)は、チェック表(第三者点検者用【再校】)(書証<省略>)を、チェック項目1ないし5(項目5は、「『解答例』はすべて正しいですか?」という項目であった。)の全部にチェックし、メモ欄に「特になし」と記載して、事務局に提出した。

ケ Cは、チェック表(出題者用【第四校以降】)(書証<省略>)を、第四校(書証<省略>)とともに、数学出題者に交付したが、数学出題者は、何らのチェックも記載もせずに、これらを事務局に返した(上記チェック表のチェック項目16にも、「『解答例』はすべて正しいですか?」などと太字で記載されていた。)。

コ なお、本件日程によれば、第三校以降については、出題者からのチェック表の提出は義務付けておらず、点検の便宜のために、事実上チェック表を交付していたものであり、本件ガイドラインにおいても、別紙として三校以降のチェック表は添付されておらず、出題者に提出を義務付けてはいなかった(書証<省略>)。

(3)  入試ミスが発生した場合は、受験生に極めて重大な影響を与え、その人生を狂わせてしまう可能性があり、受験生やその関係者に、有形無形の損害を与え、入試ミスを発生させた大学も、信用が毀損され、有形無形の損害を被ることになるから、入試委員会及び入試委員長である原告は、入試ミスが発生することのない体制を整え、これが確実に機能するよう管理監督する義務があったというべきである。また、懲戒処分においては、結果が重大であったとしても、責任者の地位にあるからといって、その具体的な状況における注意義務違反の有無や程度を離れて、懲戒の可否や程度を判断すべきではないし、他の者の過誤が当然に責任原因となるものでもなく、統括する者等として行うべきことを怠ったことが必要と解される。

前記認定によれば、本件ミスは、主として、数学出題者(D及びE)の過誤によるものであり、第三者点検者であったFも、チェック表(第三者点検者用【再校】)(書証<省略>)のチェック項目5(「解答例」はすべて正しいですか?)にチェックして事務局に提出してしまい、数学出題者の過誤を発見できず、過失があったもので、これらの者が責められるべきであるが、原告は、入試委員長として、本件設問(問題3問2(2))が大幅に修正された後、数学出題者から提出された、チェック項目1及び2のみにチェックがあり、「あらためて以下の点をご点検ください」と記載された以降のチェック項目3ないし16には、何らのチェックもなかったチェック表(出題者用【再校】)(書証<省略>)、並びに「『解答例』はすべて正しいですか?」などと太字で記載された項目16(【初校】及び【再校】のチェック表には、この項目はなかった。)にチェックのないチェック表(出題者用【第三校】)(書証<省略>)及び(出題者用【第四校以降】)(書証<省略>)について、C等の担当者に数学出題者への確認等の対応をさせることもなく、看過してしまったし、本件文科省通知で、試験開始後に、特に速やかに、作題者以外の者も含めて、二重三重に点検を行うこと等によりミスの防止及び早期発見に努めるよう注意を促されていた(それまでの入試ミスの事例から、その防止のために、このような措置を強く求めていたものと考えられる。)のに、試験開始後の点検を組織的に行わなかったのであって、これは、入試委員長であった原告の職務懈怠と評価できるものである。そうすると、上記原告の行為は、職務を怠ったものとして、4号事由に該当するものと認められる。

また、前記前提事実、証拠(書証<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、本件ミスにより、被告は、慰謝料(80万円)、文部科学省への報告等の交通費合計約100万円の損害を被り、本件ミスへの対応による通常業務の圧迫、本件大学の信用の毀損といった損害を被ったことが認められる。しかし、これについて、原告に、故意又は重大な過失があったとは認められないから、原告の行為が、5号事由に該当すると認めることはできない。

4  処分事由②について

(1)  前記前提事実、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、本件大学では、過去に、2008年発表障害があったこと、2011年11月18日午前10時、2012年公募推薦入試の合格発表が予定されていたが、同時刻にウェブサイト上での発表ができなかったこと、その原因は、本件委託業者が、「合格者リストページをサーバー定位置に再アップロード」すべきところを、誤った位置にアップロードしていたもので、本件委託業者の発表担当者と発表データ制作者が異なっていて、その間の連絡がすぐにできなかったため、復旧に時間を要し、約38分遅れてしまったこと(本件発表遅延)、本件委託業者は、その前夜に、「紐付けの確認」を行っていたが、当日は行わなかったため、事前の発見ができなかったこと、原告は、別の所用でウェブサイト上での発表を確認していなかったが、Cは、原告の指示により、これを確認しており、定時に発表されていないことを直ちに把握するとともに、独自の作業による復旧を試みるなどしていたこと、復旧するまでの間に、約5件の問い合わせないしクレームがあったことが認められる。

(2)  入試の合格発表は、受験生及び関係者にとって極めて重要な情報の公表であり、被告が主張するように、発表を遅延させてはならず、万一遅延が生じた場合でも、速やかに発表できるよう対応すべきことは当然である。

しかし、本件発表遅延は、主として本件委託業者の過誤によるものであり、本件大学の側において対処できることには、自ずと限界がある。そして、適時に適切な合格発表がされているか否かについては、被告の入試担当者のいずれかが確認していれば足りるものであり、入試委員長自らが直接確認しなければならないものではなく、本件においては、Cが、原告の指示により、入試担当者として確認をしており、また、発表されていないことを直ちに把握し、復旧も試みているのであって、この点に懈怠があったとは認められない。なお、入試委員長自らが直接確認すべきであるとの考え方もあり得ないではないが、これは一面的な考え方で、直ちに採用できるものではない(なお、被告の副理事長で、本件懲戒案件についての懲戒委員会に所属していた証人Gも、Cが確認していればよい旨証言している。)。

そうすると、処分事由②について、原告の行為は、4号事由にも、5号事由にも該当せず、懲戒事由に該当するとは認められない。

5  処分事由③について

(1)  前記前提事実、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、2011年11月21日、外部から本件指摘があったが、同日はCが不在で、翌22日は数学担当者のDが不在であり、さらに、翌23日は祝日で、本件指摘が正しいことをDに確認できたのは、同月24日であり、原告は、同日報告を受けたが、既に午後7時ないし8時ころとなっており、原告は、翌25日、Cとともに採点の訂正をして、これをDに確認した上、集計点を出し直し、新たな合格者が出ることを把握した上で、学長のBに対し、本件ミスを報告し、緊急の入試委員会開催を決定するなどしたことが認められる。

(2)  入試ミスが発生した場合、受験生及び関係者のほか、大学にも極めて大きな影響が生ずる恐れがあることは明らかで、被告が主張するように、速やかに対策を講じて、被害を最小限に食い止めなければならないことは、当然の事理である。

しかし、入試ミスの発覚時期が試験終了後で、かつ合格判定終了後である場合について、本件ガイドラインの定めは、別紙「出題・採点ミス対応フローチャート3.発覚時期―試験終了後かつ合格判定終了後」のとおりであり、出題・採点ミスか否かのほか、解答に影響がでるか否かを検討し、影響が出る場合には、出題ミスのあった問題を全員正解とするなどの特別な措置をとり、採点のやり直しをして、「入試ミスへの措置が決定後、入試委員長は直ちに学長に報告する。」としているのであるし、実質的にも、外部からの入試ミスの指摘は、指摘自体が誤っていることも多いのであるから(人証略)、入試ミスか否か明らかでない段階で、直ちに本件指摘があったことを学長に報告すべき義務があったとは認められない。

そして、Dによる確認が結果的に同月24日になってしまったのも、CやDの不在と祝日が影響しているのであるから、直ちに懈怠があったとは認められないものである。また、原告は、採点の訂正をして、不合格者が合格者になることがあるか否かを確認した上で、学長のBに本件ミスの報告をしたが、上記の原告が確認した事項は、その後の対応を検討する上でも、極めて重要な事項であるから、これを確認していたことで、報告が若干遅れたとしても、不当な遅延ということはできないし、むしろ上記の本件ガイドラインの定めに沿った対応であったといえるのであって、これをもって、職務の懈怠があったとは認められない。なお、権限のない原告及びCが採点の訂正をしたことについても、その後数学担当者のDに確認しているのであり、むしろ迅速な対応のために的確な行動であったと評価することもできるもので、不適切であったということはできない。

そうすると、処分事由③について、原告の行為は、4号事由にも、5号事由にも該当せず、懲戒事由に該当するとは認められない。

6  以上によれば、原告には、本件ミスについて、4号事由に該当する職務懈怠が認められるが、原告に故意や重大な過失は認められず、本件ミスについては、前述のとおり、主としてD及びEの責任が大きいものであるところ、Dの懲戒処分が戒告にとどまっていることに比し、原告に減給の懲戒処分をすることは、明らかに均衡を失するものである(なお、本件懲戒案件に関し、被告の理事長(A)及び常務理事が、報酬の一部を自主返納しているが、懲戒処分に基づくものではない(むしろ、懲戒処分の対象としないことの不均衡等を見えにくくするために自主返納した可能性もある。)から、これを比較の対象とすることはできない。)。また、原告の職務懈怠の内容自体をみても、直ちに減給を相当とするものとはいえないし、原告が入試委員長に指名される前は、本件ガイドラインも作成されておらず、チェック表の利用さえなかったのであるから、本件ミスは、入試ミス防止の体制を整えきれないうちに生じてしまったという面がある(それ以前は、極めて不備な状態であったということができ、そのような状態から一挙に理想の状態にすることは容易ではない。)のであって、原告にのみ厳しい処分で責任を問うことは、この点からも公平とはいえないのである。したがって、本件処分は、無効なものと言わざるをを得ない。

よって、原告の請求はいずれも理由があり、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川恭弘)

別紙

懲第2号

懲戒事由書

あなたは、2011年度の一般入試及び2012年度の公募制推薦入試等の委員長として、これらの入試における入試問題(解答を含む)の作成、入試の実行、合格者の選考及び合格者の発表に至るまでの一連の入試関連業務の統括責任者であるから、一連の入試関連業務においていわゆる入試ミスが起こることのないような体制を確立し、体制確立後もそれが確実に機能するように常に入試担当の教職員を管理監督する職務上の義務があるにもかかわらず、

① 2011年度の一般入試において、文部科学省の基準に準拠した「a大学における入試ミス防止のためのガイドライン」が入試作業の現場において履行されているか否かに関する管理監督義務を怠り、数学の問題の作成担当のD准教授が校正時、試験前、試験中及び試験後のいずれの段階でも十分な点検をしなかったことを看過し、合格発表後初めて外部からの指摘により解答の誤りが存在したことに気付いたという重大な過失により、本来合格者とすべき者を不合格者として発表したことにより、本学園に対して受験生等への慰謝料等の金銭的な損失及び当該入試ミスが広く受験関係者に広がったことで社会的な信用の毀損という損害を与えた。

② 2012年度の公募制推薦入試等において、本学園のウェブ上での合格者の発表が適時に適正になされているかを監視監督する体制の構築及び実際の監視監督を怠り、ウェブ上の合格者の発表が35~38分も遅延して受験生を中心とした外部の入試関係者に対して多大な迷惑をかけ、本学園の社会的な信用を毀損した。

③ 2012年度の公募制推薦入試等において、入試に関連するミスがあれば直ちに学長に報告すべき職務上の義務があるにもかかわらず、本件対象事案①の入試ミスについては、11月21日に外部からの指摘を受けながら、学長への報告は指摘を受けてから4日後の11月25日になし、迅速な報告の義務を怠った。

上記の行為は、いずれも学校法人Y就業規則第56条第4号及び同条第5号に該当するものである。

よって、同規則第57条第1項第2号に基づき減給1割1月の懲戒処分とするものである。

以上

2013年3月13日

学校法人Y

理事長 A

<以下省略>

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