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札幌地方裁判所 平成25年(ワ)944号 判決 2014年12月26日

甲乙事件原告

X1(以下「原告X1」という。)

甲乙事件原告

X2(以下「原告X2」という。)

丙事件原告

有限会社X3(以下「原告会社」という。)

同代表者代表取締役

X1

上記三名訴訟代理人弁護士

西村歩

嶋守大河

甲事件被告

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

牧元大介

乙事件被告

チューリッヒ・インシュアランス・カンパニー・リミテッド

同代表者取締役

日本における代表者

同訴訟代理人弁護士

坂東司朗

円谷順

福本哲也

丙事件被告

財団法人中小企業災害補償共済福祉財団

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

大川康徳

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告X1の負担とし、その一を原告X2の負担とし、その余を原告会社の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

(1)  甲事件被告は、原告X1に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成二四年一月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(2)  甲事件被告は、原告X2に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成二四年一月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

(1)  乙事件被告は、原告X1に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成二四年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(2)  乙事件被告は、原告X2に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成二四年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  丙事件

丙事件被告は、原告会社に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成二四年一月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

甲事件は、原告X1及び原告X2が、それぞれの母である亡E(平成二四年一月三日死亡。以下「E」という。)を被保険者とする傷害保険契約に基づいて、甲事件被告に対し、それぞれ五〇〇万円の死亡保険金及びこれに対する保険事故の発生の日の翌日である平成二四年一月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

乙事件は、原告X1及び原告X2が、Eを被保険者とする傷害保険契約に基づいて、乙事件被告に対し、それぞれ五〇〇万円の死亡保険金及びこれに対する弁済期の経過した後である平成二四年三月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

丙事件は、原告会社が、Eを被共済者とする補償条項に基づいて、丙事件被告に対し、二〇〇〇万円の死亡補償費及びこれに対する死亡補償費の支払事由の発生の日の翌日である平成二四年一月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

一  前提事実

(1)  保険関係の成立

ア Eは、平成二三年五月一日、甲事件被告と株式会社エムアイカードとの間で締結された団体保険契約である「三越フリーアクシデント追加補償プラン」に加入し、次のとおりの内容の保険契約の被保険者となった。

保険種類 スタンダード傷害保険

被保険者 E

死亡保険金額 一〇〇〇万円

死亡保険金受取人 法定相続人

加入期間 平成二三年五月一日午後四時から平成二四年五月一日午後四時まで

イ Eは、平成二二年七月二九日、乙事件被告と株式会社ジェーシービーとの間で締結された団体保険契約である「JCBフリーケア・プログラム追加補償プラン」に加入し、次のとおりの内容の保険契約の被保険者となった。

保険種類 普通傷害保険

被保険者 E

死亡保険金額 一〇〇〇万円

死亡保険金受取人 被保険者の法定相続人

補償期間 平成二二年一〇月一日午前〇時から平成二三年二月一日午後四時まで。ただし、補償期間を一年間とする自動更新がされる。

ウ 原告会社は、平成一一年二月五日、丙事件被告に加入し、Eを被共済者として、丙事件被告との間で、次のとおりの補償条項が適用されることとなった。

被共済者 E

死亡補償費 二〇〇〇万円

死亡補償費受取人 原告会社

(2)  Eの死亡

平成二四年一月三日午後四時三三分頃、北海道余市<以下省略>余市港内(以下「本件事故現場」という。)において、Eが運転していた自動車(以下「本件車両」という。)が岸壁から海中に転落し、Eは、死亡した(以下「本件事故」という。)。

(3)  Eの法定相続人

原告X1及び原告X2は、Eの法定相続人である。

二  争点

本件の争点は、① 本件事故は「急激かつ偶然な外来の事故」に該当するか否か、② 本件事故についてEの重大な過失があるか否かである。

三  当事者の主張の要旨

(1)  原告ら

ア 本件事故は、急激かつ偶然な外来の事故に該当する。

(ア) 本件事故は、Eが本件車両の運転を誤ったことによって発生したものである。

a 本件事故現場の状況

本件事故現場は、本件事故当時、積雪が六〇cmあった岸壁であり、車止めがあったとしても、雪に覆われた状況であって、海に向かって車両が走行していけば、容易に転落し得る状況であった。

b 警察関係者の供述及び認識

余市警察署の生活安全課長であるF警部(以下「F警部」という。)は、平成二四年二月頃、原告X1に対し、本件事故現場は潮の流れが速いと述べるとともに、本件車両のドアロックはされておらず、Eは後部座席で発見され、シートベルトは着用していなかったと述べ、また、Eは脱出しようとしていたと見受けられ、事件性はなく、自殺の形跡も見当たらないと述べた。警察は、本件事故について捜査をしたものの、自殺と判断する要素が見つからなかったため、事故として処理しており、調査会社に対し、釣りに来ての事故との見方が強く、自殺はないと考えていると回答した。

c Eは本件車両の運転を誤って海中に転落したこと

Eは、本件事故の当日、余市港に釣りをしに行ったものであるところ、寒さを緩和するため、本件車両を岸壁付近に駐車し、車内に居たまま、又は本件車両にほど近い場所で、海に釣糸を垂らしていたものと思われる。そして、Eは、本件車両を移動しようとした際、ブレーキを踏もうとして、誤ってアクセルを踏み、本件車両が意図しない方向に進んでしまい、海中に転落した可能性が高い。

被告らは、本件車両の転落時の速度や位置関係から推測し、Eが故意に本件車両を転落させたと主張するが、その主張の基礎となっている速度や位置関係は全く根拠があるものではなく、その主張には多くの仮定が含まれている。そもそも、本件事故現場は潮の流れが速く、本件車両は潮に流され移動しているから、本件車両の速度及び位置関係を算出することは不可能である。また、仮に本件車両の速度が速かったとしても、Eは、間違えて、アクセルを強く踏み込んでしまったのであるから、一定の速度が出ることは、むしろ当然のことである。

(イ) Eは、本件車両の運転を誤って海中に転落したものであり、自殺したものではない。

a 本件事故の当日のEの行動の合理性

Eは、本件事故の当日、初詣を兼ねて、ドライブがてら、余市港に釣りに行ったものである。このことは、Eが本件事故の当日、外出前に作成したメモ(以下「本件メモ」という。)の記載から明らかである。本件メモには、「ドライブがてら、余市辺りで初釣りの真似事をしてきます。北海道神宮への初詣を今年は大いなる海に初詣し願かけをして来ます」、「店の本日おすすめコーナーで女将の釣った魚で今年は話題提供をしたく修行今年の一回目です」という記載がある。Eは、料理店「○○」の女将であったところ、本件事故当時、新年の開店準備を進め、多数の予約を入れていたのであり、自殺するような様子は全くなかった。

被告らは、真冬の余市港に釣りに行くことは不合理であると主張するが、Eは、平成二三年一〇月頃に釣りを始めたものであり、どこで、どのようにすれば、何が釣れるのかを十分に理解しておらず、余市港には、釣りスポットにしては珍しく、清潔に管理されたトイレが設置されていることから、余市港に釣りに行ったとしても、何ら不自然ではない。冬の余市港では、クロゾイやガヤが釣れるし、余市周辺では、マイナス一〇度以下になることも稀でないから、本件事故の当日、最低気温がマイナス五・六度であったことをもって、取り立てて寒い日であったということはできない。Eは、本件事故の当日、初詣を兼ねて、ドライブがてら、余市港に釣りに行ったものであり、必ずしも釣果を求めていたのではない。

b Eの健康状態

Eは、心房中隔欠損症を患っていたが、その症状は重篤でなかった。Eは、平成二四年一月一六日に検査入院をして、手術を受けるか否かを決定する予定であったものであり、同年二月に手術が予定されていたわけではない。Eが手術を受けるか否かを検討し始めたのは、平成二二年頃であり、平成二四年頃に病状が変化したものではないし、Eの心房中隔欠損症は、手術を受けさえすれば、治癒するものであった。Eが心房中隔欠損症を患っていたことが自殺の動機となっているとする被告らの主張は、単なる憶測にすぎず、失当である。

c Eの経済状態

Eは、原告会社から安定的な収入を得ており、平成二三年度には、役員報酬、事務所費用及び役員貸付の返済として月額三五万円から六五万円の収入があった。Eは、年金収入も得ており、平成二三年度には年額四一万四七〇〇円を受け取ることになっていた。Eは、残額二二五七万円の住宅ローンを負っていたが、支払を一度も滞らせたことがなく、他に借入れはなかった。Eは、金銭的な困難を抱えている状況になく、経済状態の悪化が自殺の動機となっているとする被告らの主張は失当である。

d 原告会社の経営状態

原告会社は、借入金を滞りなく支払い、平成九年三月三一日には残高が一億六五六二万五〇〇〇円であった長期借入金を、平成二四年一月三日には二八一五万五〇〇〇円まで減少させているのであって、その経営状態は悪化していなかった。原告会社の預金口座の残高は、同月六日の時点で零円となっていたが、これは、Eの死亡により預金口座が凍結されると知った原告X1が、経費の支払に備えるため、合計二二万一一七〇円を引き出したためである。被告らは、原告会社は平成二三年五月二四日に借換融資を受け、その後の返済が利息のみとなっていたと指摘するが、この借換えは、中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律の施行後、金利等の優遇を受けることができると北海道銀行の担当者に勧められてしたものであり、優遇の内容として半年間の元本の返済の免除を受けたが、その後、元本の返済を開始している。原告会社が元本の返済の猶予を求めたわけではない。原告会社の経営状態の悪化がEの自殺の動機となっているとする被告らの主張は失当である。

e 本件事故現場の状況

本件事故現場は、人の往来が多い余市港の岸壁であり、時刻は夕方頃であったから、本件事故は、周囲から直ちに発見され得る状況での事故であった。Eに自殺の目的があったのであれば、人里離れた岸壁や、深夜ないし早朝など人気がない時間帯を選び、確実に自殺を果たせる状況で実行するはずであり、本件事故が自殺であると考えることはできない。

イ Eに重大な過失はなかったことについて

Eは、本件車両を運転するに当たり、何らの法令違反も行っておらず、本件事故は、アクセルとブレーキの踏み間違い等の運転の過誤によって発生したものであるから、本件事故についてEの重過失が認められる余地はない。

(2)  甲事件被告

ア 偶然な事故の主張立証責任

普通傷害保険契約における死亡保険金の支払事由を「急激かつ偶然な外来の事故」による死亡とする約款に基づいて、保険者に対し、死亡保険金の支払を請求する者は、発生した事故が偶然な事故であることについて、主張立証すべき責任を負う。

イ 本件事故は、偶然性を欠くものであり、「急激かつ偶然な外来の事故」に該当しない。

(ア) 本件事故の態様

本件車両が岸壁から約八ないし九mの位置に沖に向かって沈んでいたことを前提に、本件車両の着水位置を六ないし七mと仮定すると、転落時の速度は時速三四ないし四〇kmと算定される。発進位置、轍の位置、長さ等を踏まえると、本件事故が偶然に生じたものとみることはできず、少なくとも合理的な疑問が指摘され、むしろ意図的な運転操作による転落と推認するのが合理的であり、運転操作等の誤りによって転落したという事故態様を想定することは困難である。

(イ) 本件事故の当日のEの行動の合理性について

原告らは、Eは釣行のために本件事故現場に赴いたとするが、本件事故現場は、Eにとって、釣りに適した場所でも、釣りをするような状況でもなく、Eが本件事故現場に赴く合理的な理由はない。原告X2によれば、本件事故の当日、昼前に起床した時には、Eは自宅におらず、本件メモが置かれていたという。メモ書きを残すのはEの習慣であったというが、本件メモは既に捨てられているとしている。本件事故の当日、札幌市も余市町も、断続的に雪や雨が降っており、そのような天候での釣行は不自然である。本件事故当時の気温はマイナス二度で、現場には積雪があり、本件事故は日没間際に発生しており、Eは、まだ一匹も釣ったことがない程度の腕前であり、本件事故現場がEにとって釣りに適した場所、時間帯とは到底思われない。余市漁港は、冬場は小イワシがよく釣れるとされるが、小イワシが「女将の魚」として供するのに適した魚とは思われない。岸壁からの転落という本件事故の態様自体について偶然性に合理的な疑問があり、Eが本件事故現場に赴く合理的な理由はない。

(ウ) Eの健康状態について

Eは、近々に心房中隔欠損症の手術が予定されていた。Eは、数年前から動悸があり、平成二二年三月に心房中隔欠損症が判明し、投薬による治療が続けられていたが、手術を勧められ、平成二四年二月二日から札幌医科大学附属病院に手術を前提とした検査入院の予定であった。原告X1は、入院を契機にEに引退してもらい、自身が店を継ぐ意向を固めていたという。

(エ) Eの経済状態について

E及び原告X1、原告X2は、「○○」によって生計を賄っていた。Eの収入は、平成二一年から平成二三年にかけて、給与収入三〇〇万円のほか、四一万五八九六円の年金収入であり、その他、平成二二年及び平成二三年には、不動産で約五〇万円のマイナスを計上している。原告X1の収入は、平成二一年度から平成二三年度にかけて、給与収入三七二万円で推移している。E及び原告X1は、それぞれ自宅マンションを所有していた。原告X1のマンションは、Eから贈与されたものである。

(オ) 原告会社の経営状態について

原告会社は、「○○」の経営母体であり、Eが代表取締役、原告X1が取締役を務めていた。「○○」は、すすきののビルの七階にあり、カウンター六席、個室三室、テーブル四席の規模である。「○○」の常連客であるGは、すすきのは企業接待の減少により客足が減り、リーマンショック後は、更に客足が減っていると述べている。原告会社の純資産は七〇〇〇万円を超えるマイナスであり、恒常的に債務超過に陥っている。この状態での事業継続のため、平成二三年三月期には、短期借入金としてEから七二三一万九八一一円の借入れ、長期借入金として北海道銀行から一七三八万二〇〇〇円の借入れと日本政策金融公庫国民生活から九八六万円の借入れがある。長期借入金は、平成二三年三月期に前期から二九〇万二〇〇〇円増加し、平成二三年一二月時点で一〇八万三〇〇〇円増加している。平成二二年五月、北海道銀行からの借換融資によって五〇四万〇七二六円を入手し、平成二三年五月、日本政策金融公庫国民生活からの追加融資によって二五一万九七九〇円を入手している。その結果、年四九六万二〇〇〇円の返済資金が必要となったが、同月、借換融資が行われ、その後の返済は利息のみの返済となっており、資金的な窮迫は明らかである。損益計算書によれば、平成二二年三月期から五七六万四一三〇円の赤字、四六七万八四八五円の赤字と推移し、平成二三年一二月の時点で九八万六六八一円の赤字となっている。「○○」の売上げは月平均三五〇万円であるが、支出は原材料、人件費、家賃等を積算すると約四七三万円となり、月に約一二〇万円もの支払超過となっている。この状態では、Eら家族の生活費すら賄えない。「○○」は、累積七〇〇〇万円超にも及ぶEの資金提供を前提として成り立っていたのであり、Eの資金調達能力がなくなれば、即座に破綻する状態にあった。Eらの生活を支えていた「○○」は恒常的に赤字となっており、その経済的状況はすすきの全体の窮状にもよっている。「○○」は、Eの顔により支えられてきたものであり、赤字化した時点では、経済的にもEの負担なしには存続することができないものとなっていた。このような経済的状況は、Eの自殺の動機となり得る事情である。

(カ) Eは、複数の保険に加入しており、原告らに保険金を受け取らせることを企図していたと思われる。Eは、原告らのため自らの死により負債を清算しようとしたのであろう。上記(ア)ないし(オ)の事情は、自殺の動機として了解可能な事情である。

(3)  乙事件被告

ア 偶然な事故の主張立証責任

急激かつ偶然な外来の事故にいう「偶然」とは、保険事故が被保険者の意思に基づかないことを意味するのであるから、原告らは、本件事故がEの意思に基づかないことについて主張立証責任を負う。また、偶然性が認められるためには、単に偶然な事故と考えることが矛盾のない状況であることが認められるだけでは足りず、偶然な事故であることが合理的な疑いを超える程度にまで立証されることが必要である。

イ 本件事故は、偶然な事故ではない。すなわち、本件事故は、Eの意思に基づかないということができない。

(ア) 本件事故の態様

本件車両の水没地点は岸壁から相当程度離れている。本件車両は、平成二四年一月四日午前九時の引揚時に、余市港の岸壁から約八m沖、水深約三・八mの地点に水没していた。小樽海上保安部によれば、余市港内の流れは速いものではないということである。発見時から引揚時までの間に、車両位置に大きな変化はない。本件車両が転落後に潮に相当程度流されたことは認められず、本件事故の発生時の水没地点も、同様に岸壁から約八m沖の地点又はこれに近い地点であることが推認される。本件車両は岸壁に垂直に進行した。本件事故現場には、轍が残っており、その延長線上に、本件車両は岸壁線と垂直に沈んでいた。本件車両は、公衆トイレの前から岸壁に向かって垂直に前進し、そのまま海に進入、水没したことが推認される。本件車両の引揚時、車内の後部座席でEが死亡しているのが発見された。Eは、シートベルトを着用していなかった。ドア及び窓は全て閉じた状態であり、ドアロックは全て掛けられていなかった。ギアの位置はニュートラルであった。ボンネットやフロント部分には損傷があり、ヘッドライトにも割れがみられるが、車底には特段の損傷は認められなかった。本件事故当時の降水量は〇・〇mmであり、現場に雪は降っていなかった。本件事故当時、日暮れ前であったから、本件事故現場の視界は悪くなかった。

Eは、時速二七km以上の速度で岸壁から垂直に海中に飛び出したものであり、本件事故の態様は異常である。本件車両の転落時の速度は最低でも時速二〇kmである。転落時の速度が低ければ、前輪が岸壁から離れ、続いて後輪が飛び出す前に、重力により車体が下降するので、車両の底部を岸壁に擦過する。転落時の速度が時速二〇km以下の場合には、擦過痕が形成される可能性が高い。一定の積雪があったとしても、車両重量を考慮すると、岸壁に車底が接していれば、一定の擦過痕が生ずることは当然である。しかし、本件車両の車底には擦過痕が生じていなかった。そして、着水地点から考慮すると、本件車両の転落時の速度は時速二七km以上である。本件車両が転落後に潮に相当程度流されたことは認められない。仮に四mは流されたとすると、その場合の転落時の速度は時速約二七kmと算定される。本件車両のような排気量一五〇〇c.c.の前輪駆動車の加速性能は、一般的に、二・八秒間アクセルを踏みっぱなしにした場合に一〇mの助走距離で時速二八・九kmに達するとされている。一般道路の摩擦係数で算定すると、本件車両の転落時の速度である時速二七kmに達するためには、一四・三mが必要になる。本件事故現場には、雪が存在し、摩擦係数は実際にはより低いことを考慮すると、現実には一四・三mよりも長い距離が必要であったことが推認される。余市警察署によると、本件事故当時、本件事故現場の路面状況は、岸壁から内陸側に向けて、圧雪がスロープ状に残っていたということであり、本件車両は、摩擦係数が極めて低い圧雪上で緩やかなスロープを上りつつ海中に飛び込み、岸壁の八m沖の地点にまで到達したことになる。余市警察署は、本件事故当時、車両の転落地点から陸側に向けて、右側八・四m、左側七・七mの轍が残っていたとするが、轍の上に新たに車両の往来があると轍の始点を特定することが困難になるから、実際の轍はもっと長かった可能性がある。

Eは、転落地点から少なくとも一四・三m手前からアクセルを踏み続けていた事実が認められる。本件事故現場は見通しがよく、転落地点には急制動措置の痕跡が認められない。このような客観的状況からすれば、Eは、余市港に転落することを認識した上、本件車両の運転操作をしたとしか考えられず、自殺以外にEの行動を説明することはできない。

(イ) 原告会社の経営状態について

原告会社は、慢性的な債務超過の状態にあった。原告会社の貸借対照表をみると、平成二二年三月期以降、七〇〇〇万円以上の債務超過の状態にあり、その額が徐々に増加する傾向にあった。

原告会社は、毎年、単年度赤字を計上していた。原告会社の損益計算書によれば、原告会社は、平成二二年三月期には五七六万四一三〇円、平成二三年三月期には四六七万八四八五円、平成二三年一二月三一日の時点では九八万六六八一円の経常損失を計上していた。すなわち、原告会社は、全く利益が出ておらず、単年度赤字を継続するような経営状態にあったものである。なお、平成二三年一二月三一日の時点の経常損失額が減少しているのは、役員報酬や給料手当を削減したことによるものであり、売上げが増大したことによるものではなく、将来的に業績が回復する見込みがあったわけではない。

原告会社は、営業活動を続ければ続けるほど赤字が拡大する状態にあった。原告会社のキャッシュフロー計算書によれば、原告会社の営業活動によるキャッシュフローは、平成二二年四月一日から平成二三年三月三一日までの期間で五三七万二三七〇円のマイナスと算定され、同年四月一日から同年一二月三一日までの期間では一九二万九七九四円のマイナスと算定される。すなわち、本件事故当時、原告会社は、料理店経営という会社の事業によって資金を得ることができておらず、むしろ事業を続ければ続けるほど、資金が不足し、赤字が拡大する状態にあったのである。

原告会社は、事業活動による資金獲得ができない以上、その運転資金は、専ら金融機関や個人からの借入れに依存するほかなかった。すなわち、原告会社は、平成二三年五月に北海道銀行から二〇〇〇万円の新規借入れをしているし(原告X1は、この借入れの理由は東日本大震災の影響で一時的に客が減ったからであると供述するが、この供述は、この借入れが運転資金であったことを自認するものである。)、Eは、役員報酬を原告会社の運転資金につぎ込んでおり、その合計額は七〇〇〇万円以上に及んでいた。そして、借入れ以外には資金供給の途が見込めない以上、これらの借入れを将来的に返済することができる見込みは、ほとんどなかった。

このように、原告会社は、毎年、単年度赤字を計上し、業績の回復も見込めない中で、慢性的な債務超過の状態にあり、事業を続ければ続けるほど資金が不足する深刻な経営難にあった。

(ウ) Eの経済状態について

原告会社の経営は破綻間近であり、その借入金が返済される見込みはなかったところ、Eは、原告会社からの役員報酬をその経営につぎ込んでいたのであるから、収入はわずかであったはずである。平成二三年一二月末の時点のEの預金残高は合計四四万四五五二円である。Eは、自己名義の不動産を所有していたものの、債権者を住宅金融公庫とする抵当権等が設定されており、本件事故当時、住宅ローンの残高は二二五七万円であった。Eは、本件事故当時、めぼしい資産を有していなかった。Eは、三井生命保険の終身保険を解約し、解約返戻金を取得することを検討していたのであり、このことからも、Eの経済状態が行き詰まっていたことが窺われる。

ウ Eに重大な過失があったこと

本件事故は、E運転の本件車両が岸壁に向かって走行した結果、海中に転落した事故であり、このような事故は、通常の運転ではおよそ発生しない。本件事故の直前の運転は、Eの重大な過失によるものであることは明らかである。

(4)  丙事件被告

ア 偶然の事故の主張立証責任

被共済者が被った災害が「急激かつ偶然の外来の事故」であることは補償費請求権の成立要件であり、規約に基づいて補償費の支払を請求する者が、発生した事故が偶然に発生した事故であることについて主張立証すべき責任を負う。

イ 本件事故は、偶然に発生した事故に当たらないから、補償費の支払事由である災害に該当しない。本件事故は、Eが故意に本件車両を海中に飛び込ませたものであり、自殺に当たる。したがって、本件事故は偶然に発生した事故に当たらない。

(ア) 本件事故の態様

本件事故は、Eが敢えて本件車両を岸壁に対して垂直方向に向かって急加速発進させて走行させなければ生じ得なかったものである。すなわち、本件事故は、Eが故意に本件車両を海中に飛び込ませたものであり、自殺に当たり、偶然に発生した事故に当たらない。余市港の岸壁は、一般人の立入りが禁止されているような危険な場所ではなく、通常人が通常の注意を払いさえすれば、海中に転落することのない場所である。余市港の岸壁には高さ一五cmの車止めがある。本件事故当時、積雪が車止めを覆っていた可能性があるが、その場合でも、斜面を形成するから、車両の進行には障害となる。Eが本件車両を海中に転落させた理由を単純な運転ミスに求めることはできない。本件事故現場の岸壁から車両が転落した場所付近の雪上には、始点を余市町観光トイレ前方向から始まり、岸壁で終わっている轍があった。海上保安庁のダイバーは、轍を手掛かりに海中を捜索し、本件車両を発見した。発見時から引揚時までの間に本件車両の位置に大きな変化はなく、本件車両の水没位置は、轍からほぼ直線上の、岸壁から約八m沖、水深約三・八mの位置であり、車体前部を沖側に向け、裏返った状態で着底していた。本件車両は、岸壁から二二mの場所にある余市町観光トイレ前から岸壁に対して垂直に進行し、高さ一五cmの岸壁の車止め及び積雪を乗り越えて海中に飛び出し、着水場所と位置を大きく変化させることなく水没し、約八m沖の海底に着底したと認めることができる。仮にEが本件車両を岸壁の直近に停車していたとすると、岸壁を乗り越えて、約八m沖まで飛び出すだけの速度を出すことはできなかった。Eが本件車両を岸壁の直近で発進させようとした際に、アクセルとブレーキを踏み間違えたと推認することはできない。岸壁から八m沖まで飛び出す速度を出すには、助走距離が必要である。Eは、本件車両を余市町観光トイレ前から岸壁に対して垂直に急加速発進させて走行し、高さ一五cmの岸壁の車止めを乗り越えて海中に飛び込ませたと推認するほかない。本件事故当時の周囲の明るさによれば、Eが進行方向を間違えて岸壁方向に向かったという可能性もない。したがって、Eが敢えて本件車両を岸壁に対して垂直方向に向かって急加速発進させて走行させなければ、本件事故は生じ得ない。

(イ) 本件事故の当日のEの行動の合理性について

Eが本件事故の当日、単身で余市港に赴いたことについて合理的理由はない。原告会社は、Eが本件事故の当日に単身で自宅を出る際に、本件メモを残していたとしている。Eは、昭和二一年○月○日生まれの女性であり、本件事故当時六五歳であった。Eは、心房中隔欠損症を患っており、平成二四年二月に入院手術が予定されていた。これらの事実に照らすと、Eが本件事故の当日に単身で外出した理由を釣りに求めることは、およそ合理的ということができない。本件事故の当日は厳寒期かつ正月三が日の最終日であったことに照らせば、なおのこと不合理というほかない。そもそも、一月の余市港は釣りの対象となるめぼしい魚がない。本件事故当時の余市港は釣りに適した場所ではない。Eが本件事故の当日に余市港に赴いたことを合理的理由をもって説明することができないことは明らかである。

ウ 重大な過失

上記イの各事実に鑑みれば、本件事故はEの重大な過失によるものであることが明らかである。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

前提となる事実及び各項の末尾に掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  Eの身上等

Eは、昭和二一年○月生まれの女性であり、本件事故当時は六五歳であった。Eは、Hと婚姻し、原告X1及び原告X2をもうけたが、その後、離婚した。Eは、昭和六一年五月、すすきので「季節料理○○」を開店し、その後、すすきのや札幌市中央区宮の森で料理店「○○」を営んでいた。Eは、平成元年に「○○」の経営母体として原告会社を設立した。Eは、原告X2と同居し、原告X1は、近くに住んでいた。

(2)  原告会社の経営状態

Eは、原告会社を長年にわたり経営し、「○○」を切り盛りしており、原告X1及び原告X2も、原告会社の運営に参加し、「○○」の営業に関わることによって、その生活を維持していた。「○○」は、Eほかの努力により、大きな成功を収めたことがあったが、本件事故の頃には、企業の経費節減の動きやリーマンショックによる客足の減少等によって売上げが減少しており、原告会社は、借入金の返済を滞らせたことはないものの、単年度赤字が連続し、恒常的な債務超過に陥っていた。原告会社は、単年度赤字を計上していた。原告会社は、平成二二年三月期には五七六万四一三〇円の経常損失を、平成二三年三月期には四六七万八四八五円の経常損失を計上し、平成二三年一二月三一日の時点では九八万六六八一円の経常損失となっていた(平成二三年一二月三一日の時点の経常損失額が減少しているのは、役員報酬や給料手当を削減したことによるものであり、売上げが増大したことによるものではない。)。また、原告会社は、恒常的な債務超過に陥っており、平成二二年三月期には七一一九万〇六五三円の債務超過、平成二三年三月期には七五九三万九一三八円の債務超過となり、平成二三年一二月三一日の時点では七六九二万五八一九円の債務超過となっていた。原告会社の営業活動によるキャッシュフローは、平成二二年四月一日から平成二三年三月三一日までの期間で五三七万二三七〇円のマイナスであり、同年四月一日から同年一二月三一日までの期間では一九二万九七九四円のマイナスである。原告会社は、平成二二年五月には、北海道銀行から二〇〇〇万円の借換融資を受け、五〇〇万円余りの資金を手に入れ、さらに、平成二三年五月には、この二〇〇〇万円について借換えを行い、中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律の適用を受け、同年一〇月まで、その借入れの元本の返済の猶予を受けていたところ、本件事故当時には、猶予されていた元本の返済が開始され、月々の返済額が一七万五〇〇〇円増加し、約二〇万円になったが、原告会社の預金口座には、数十万円程度の残額しかなく、その資金が潤沢ということはできなかった。

(3)  Eの経済状態

Eは、住宅ローンのほかには個人的な債務は負っておらず、住宅ローンの返済を滞らせたことはなかったが、中小企業経営者の通例として、原告会社の経営に私財を投じており、Eの原告会社に対する貸付けは、平成二三年三月期末には七二三一万九八一一円にも及んでいた。この貸付額は、本件事故当時、大幅に減少しているが、これは、Eが原告会社に対する五〇〇〇万円の債務免除をしたためである。Eは、平成二三年一一月一六日、三井生命保険の終身保険を解約し、解約返戻金等一四〇万九三九三円を取得することを検討していた。

(4)  Eの健康状態

Eは、心臓に心房中隔欠損症を抱えていた。Eは、平成二二年三月頃、不整脈を主訴として、札幌南一条病院を受診し、その後、札幌医科大学附属病院に通院し、治療を受けていた。その症状は、動悸、労作時と安静時の息切れであり、欠損孔の大きさは六ないし一一mmであった。この病気は、重篤なものではなく、投薬によって症状を抑えることができ、手術をすれば完治するものであったが、Eは、投薬治療を受ける前は、不整脈のために具合が悪くなり、安静にしていることがあった。Eは、平成二四年一月一六日に札幌医科大学附属病院に検査のために入院し、心房中隔欠損症について外科適応の有無を精査する予定であった。

(5)  本件事故の当日のEの行動

Eは、平成二三年一〇月頃、原告X1から釣りの手ほどきを受け、釣りを始めた。Eは、余市港に、清潔に管理された公衆トイレが設置されていることを知っていた。Eが本件事故の当日、外出前に作成した本件メモには、「ドライブがてら、余市辺りで初釣りの真似事をしてきます。北海道神宮への初詣を今年は大いなる海に初詣し願かけをして来ます」、「店の本日おすすめコーナーで女将の釣った魚で今年は話題提供をしたく修行今年の一回目です」という記載がある。Eは、平成二四年一月二日、新年の「○○」の営業開始の準備を進めており、予約も入れていた。

(6)  本件事故の態様

ア 本件事故現場の状況

本件事故現場には、余市港観光トイレが設置されている。岸壁と公衆トイレとの間は約二三・五mである。岸壁の縁には、高さ約一五cm、幅約一五cmの車止めが設置されている。本件事故当時、余市地方の積雪は約六〇cmであり、外気温は、マイナス三ないし四度、降水量〇・〇mmであった。小樽海上保安部によれば、本件事故現場の潮の流れはそれほど速くない。

イ 本件事故後に本件事故現場に残されていた痕跡等

本件事故現場には、余市港観光トイレの前方付近から岸壁に向かって、ほぼ九〇度の角度で続く四輪車の轍(岸壁側から見て右側が七・七m、左側が八・四mのもの)が残されていた。本件事故当時、車止めは、雪ないし氷によって覆われており、車両との接触痕がみられなかった。

ウ 本件事故後の本件車両の状況

函館航空基地所属の機動救難士による潜水捜索の結果、平成二四年一月三日午後一一時二二分、本件車両が発見され、午後一一時三三分、後部座席でEが死亡しているのが発見された。Eは、シートベルトを着用していなかった。Eの直接の死因は溺死であるものとされた。同月四日午前九時に本件車両の引揚作業が実施されたところ、本件車両は、上記イの轍の前方、岸壁から約八m沖、水深約三・八mの地点に、車体前部を沖側に向け、裏返った状態で着底し、水没していた。本件車両のドア及び窓は全て閉じた状態であり、ドアロックは全て掛けられていなかった。ギアの位置はニュートラルであったが、これは、水中を浮遊していたEが接触したためであると考えられる。フロントガラスの運転席側の最上部に蜘蛛の巣状の破損があったが、これは、転落時にEが頭部をぶつけたためであると考えられる。本件車両の中には、釣竿や釣道具があった。本件車両の底部には、本件車両が岸壁から海中に転落した際に岸壁の縁と接触して生じたとみられる擦過痕やへこみがなかった。

エ 警察関係者の説明及び判断

余市警察署の生活安全課長であるF警部は、平成二四年二月頃、原告X1に対し、本件事故現場は潮の流れが速いと述べるとともに、本件車両のドアロックはされておらず、Eは後部座席で発見され、シートベルトは着用していなかったと述べ、また、Eは脱出しようとしていたと見受けられ、事件性はなく、自殺の形跡も見当たらないと述べた。警察は、本件事故について捜査をしたものの、自殺と判断する要素が見つからなかったため、事故として処理しており、調査会社に対し、釣りに来ての事故との見方が強く、自殺はないと一応考えていると回答した。

二  上記一で認定した事実を前提として、本訴請求の当否について判断する。被告らの約款ないし規約の各条項は、いずれも「急激かつ偶然な外来の事故」又は「急激かつ偶然の外来の事故」を死亡保険金ないし死亡補償費の支払事由としており、ここに「偶然な事故(偶然の事故)」とは、被保険者又は被共済者の意思に基づかない事故をいうと解されるところ、次のとおり、本件事故は、Eの意思に基づかない事故であると認めることはできず、偶然な事故(偶然の事故)に該当しないというべきである。

被告らは、Eが真冬の余市港に釣りに行くことは不合理であると主張する。確かに、真冬の余市港は釣果を期待することができないという見方もある上、外気温の低い中、吹きさらしの港湾施設内で海釣りをするのは高齢者にとって身体的につらいことである。しかし、そもそも、Eは釣りの初心者であり、どの時期の、どの時間帯に、どのスポットで、どのような釣果を期待することができるかを十分に理解していなかった可能性があるし、本件メモによれば、Eにとって、新年早々の余市港での釣りは「○○」の商売繁盛を願う願掛け、ないし新年の話題づくりという面があり、必ずしも釣果を期待していたわけではないことが窺われ、また、余市港には、他の釣場とは異なり、清潔に管理された公衆トイレが設置されており、女性にも利用しやすく、Eは、そのことを認識していたというのであるから、Eが真冬の余市港に釣りに行ったことに合理的理由がないということはできない。この点について、被告らは、Eが余市港に、釣りに行ったと考えることはできず、自らが死亡することによって原告らに死亡保険金ないし死亡補償費を取得させるために行ったものであり、本件メモは、Eがその自殺の意図を隠蔽するために作成したものであると主張するが、そのような事実は、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

しかし、(1) 本件事故現場には、余市港観光トイレの前方付近から岸壁に向かって、ほぼ九〇度の角度で続く四輪車の轍(岸壁側から見て右側が七・七m、左側が八・四mのもの)が残されており(岸壁の縁に設置されている高さ約一五cm、幅約一五cmの車止めには、車両との接触痕がみられなかったが、これは、本件事故当時、積雪により車止めが雪ないし氷によって覆われていたためであると考えることができる。)、本件車両は、その前方、岸壁から約八m沖、水深約三・八mの地点に、車体前部を沖側に向け、裏返った状態で着底し、水没していたこと、本件車両が海中に転落した場所は余市港の防波堤の内側にあるため、潮の流れはそれほど速くなく(警察関係者は、本件事故現場は潮の流れが速いとしているが、小樽海上保安部の関係者の方がより詳細な知識を有していると考えることができる。)、少なくとも相当な重量物である本件車両が水深約三・八mの地点に着底するまでの間に約八m近くも沖に流されるほどではないと考えられること、本件事故後、本件車両の底部には、本件車両が岸壁から海中に転落した際に岸壁の縁と接触して生じたとみられる擦過痕やへこみがなかったことによれば、Eは、本件車両を、余市港観光トイレの前方付近から岸壁に向かってほぼ九〇度の角度で、遅くとも時速二〇数km程度の速度をもって、進行させ、岸壁から海中に転落したものであると認めることができる。この点について、原告らは、Eはアクセルをブレーキと踏み間違え、岸壁から海中に転落したものであると主張するが、仮にそうであるとすると、Eとしては、直ちに踏み間違いに気付き、アクセルペダルから足を離すはずであると考えられるのであって、本件車両が時速二〇数kmもの速度に達することはない。原告らの上記主張を採用することはできない。なお、原告らは、警察関係者の判断として、Eは自殺したものではないとされたことを指摘するが、一般に、警察関係者の主要な関心は刑罰法令違反に該当する行為の有無にあることからすると、Eが自殺したものであるか否かという点が死亡統計上の数値に影響を及ぼすものであることを考慮しても、その判断は必ずしも重視することができない。また、原告らは、車両を運転する者がアクセルをブレーキと踏み間違え海中に転落するなどする事故が多発していることを指摘するが、その一方で、車両を運転し海中に飛び込むことにより自殺する者もいることによれば、そのような事故が多発していることをもって、Eが自殺したものではないということはできない。

また、(2) Eは、心臓に心房中隔欠損症を抱え、札幌医科大学附属病院に通院し、治療を受けていたこと、この病気は、重篤なものではなく、投薬によって症状を抑えることができ、手術をすれば完治するものであったが、Eは、投薬治療を受ける前は、不整脈のために具合が悪くなり、安静にしていることがあったこと、Eは、平成二四年一月一六日に札幌医科大学附属病院に検査のために入院し、心房中隔欠損症について外科適応の有無を精査する予定であったことによれば、Eがその健康状態について一定の不安を感じていたであろうことは否定することができない。

さらに、(3) 原告会社は、Eが「○○」の経営母体として設立した会社であるところ、Eは、原告会社を長年にわたり経営し、「○○」を切り盛りしており、原告X1及び原告X2も、原告会社の運営に参加し、「○○」の営業に関わることによって、その生活を維持していたこと、「○○」は、Eほかの経営努力により、大きな成功を収めたことがあったが、本件事故の頃には、企業の経費節減の動きやリーマンショックによる客足の減少等によって売上げが減少しており、原告会社は、借入金の返済を滞らせたことはないものの、単年度赤字が連続し、恒常的な債務超過に陥っていたこと、原告会社は、平成二二年五月には、北海道銀行から二〇〇〇万円の借換融資を受け、五〇〇万円余りの資金を手に入れ、さらに、平成二三年五月には、この二〇〇〇万円について借換えを行い、中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律の適用を受け、同年一〇月まで、その借入れの元本の返済の猶予を受けていたところ、本件事故当時には、猶予されていた元本の返済が開始され、月々の返済額が一七万五〇〇〇円増加し、約二〇万円になったが、原告会社の預金口座には、数十万円程度の残額しかなく、その資金が潤沢ということはできなかったこと、Eは、住宅ローンのほかには個人的な債務は負っておらず、住宅ローンの返済を滞らせたことはなかったが、中小企業経営者の通例として、原告会社の経営に私財を投じており、Eの原告会社に対する貸付けは、平成二三年三月期末には七二三一万九八一一円にも及んでいたこと(この貸付額は、本件事故当時、大幅に減少しているが、これは、Eが原告会社に対する五〇〇〇万円の債務免除をしたためであり、原告会社の経営状態が改善されたことによるものではない。)によれば、Eが自ら並びに原告X1及び原告X2のこれからの生活、原告会社の将来について憂慮の念を抱いていたであろうことは否定することができない。

上記のとおり、Eが真冬の余市港に釣りに行ったことに合理的理由がないということはできないことに、Eが新年の「○○」の営業開始の準備を進めていたことにもよれば、Eが明確な自殺の意図をもって本件事故現場に赴いたと認めることはできない。しかし、自殺というものは、あらかじめ準備の上で行われる場合だけではなく、衝動的ないし刹那的にも行われ得るものである。このことに、上記(1)のとおり、Eは、本件車両を、余市港観光トイレの前方付近から岸壁に向かってほぼ九〇度の角度で、遅くとも時速二〇数km程度の速度をもって、進行させ、岸壁から海中に転落したものであると認めることができること、上記(2)のとおり、Eがその健康状態について一定の不安を感じていたであろうことは否定することができないこと、上記(3)のとおり、Eが自ら並びに原告X1及び原告X2のこれからの生活、原告会社の将来について憂慮の念を抱いていたであろうことは否定することができないことをも併せて考えると、本件事故は、釣りのため余市港に赴いたEが、自らの健康状態並びに自ら及び原告らの将来について悲観し、衝動的に自殺したものである可能性がないということはできないといわざるを得ず、本件事故が偶然な事故であること、すなわち、本件事故がEの意思に基づかない事故であることが合理的な疑いを超える程度にまで真実であると立証されているということはできない。

そうすると、本件事故が被告らの約款ないし規約に定める死亡保険金ないし死亡補償費の支払事由である「急激かつ偶然な外来の事故」又は「急激かつ偶然の外来の事故」に当たるということはできないのであって、原告らは、被告らに対し、死亡保険金ないし死亡補償費の支払を求めることができないということになる。

第四結論

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内野俊夫)

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