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札幌地方裁判所 平成25年(行ウ)17号 判決 2017年5月22日

主文

1  本件各訴えのうち,a森林管理署東大雪支署長がした国有林野の使用許可処分の無効確認を求めるもの及び北海道知事がした特定の開発行為の許可処分の無効確認を求めるものをいずれも却下する。

2  原告らのその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,補助参加によって生じたものを含め,原告らの連帯負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  甲事件

(1)  a森林管理署東大雪支署長(以下「東大雪支署長」という。)が平成24年5月30日付けで甲乙事件被告補助参加人Z株式会社(以下「Z社」という。)に対してした国有林野の使用許可処分が無効であることを確認する。

(2)  甲事件被告国(以下「被告国」という。)は,原告ら各自に対し,50万円及びこれに対する平成27年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  乙事件

(1)  北海道知事が平成24年6月5日付けでZ社に対してした北海道自然環境等保全条例(昭和48年北海道条例第64号。以下「自然環境保全条例」という。)30条1項の規定による特定の開発行為の許可処分が無効であることを確認する。

(2)  乙事件被告北海道(以下「被告北海道」という。)は,原告ら各自に対し,50万円及びこれに対する平成27年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

北海道上川郡j町でリゾート事業を営んでいるZ社は,同町ほか所在の佐幌岳の北斜面の国有林野に新たなスキー場の建設をすることを内容とするスキー場開発事業を計画し,東大雪支署長から,平成24年5月30日付けで,国有財産法18条6項の規定による国有林野の使用許可処分(以下「本件使用許可」という。)を,北海道知事から,同年6月5日付けで,自然環境保全条例30条1項の規定による特定の開発行為(スキー場の建設)の許可処分(以下「本件開発行為許可」といい,同許可と本件使用許可とを併せて「本件各許可」という。)を,それぞれ受けた。本件は,○○地方の自然環境の保護活動をその目的とする権利能力なき社団である原告協会,エゾナキウサギ(以下「ナキウサギ」という。)の研究者である原告X1,ナキウサギの保護活動をその目的とする組織の代表者である原告X2が,佐幌岳の北斜面の国有林野はナキウサギの重要な生息地であるところ,上記のスキー場の建設によって,その重要な生息地が破壊されるのであり,本件各許可は「生物の多様性に関する条約」(平成5年条約第9号。以下「生物多様性条約」という。)に違反する違法かつ無効なものであると主張し,東大雪支署長の所属する国及び北海道知事の所属する北海道を被告として,本件各許可の無効確認を求めるとともに,併せて,国家賠償法1条1項の規定により,被告らそれぞれに対し,50万円の国家賠償(慰謝料)及びこれに対する訴えの追加的変更申立書の送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  法令の定め

本件に関係する法令の定めは別紙関係法令の定めのとおりである。

2  前提事実

(1)  当事者等

ア 原告協会は,昭和46年に設立された自然保護団体であり,○○地方の自然環境の保護活動をしてきたものである。原告協会は,法人格を有しないが,普通会員及び賛助会員から成り,規約を設け,年1回の定期総会のほか臨時総会を開催し,総会において理事を選出し,理事の互選により共同代表及び事務局長を選任している。原告協会の活動内容は,毎月開催される理事会で決定される。原告協会の経費は,会費及び寄付金ほかによって賄われており,各会計年度の予算及び決算は,総会の議決を経て定められる。(甲3ないし5)

原告X1は,原告協会の事務局長であり,昭和48年,b大学を卒業した後,北海道河東郡c町のd博物館に学芸員として勤務し,ナキウサギを研究してきたものである。

原告X2は,平成8年に設立されたナキウサギの保護活動をする組織である「eくらぶ」の代表者である。原告X2は,国際自然保護連合の種の保存委員会のウサギ専門部会に所属している。

イ 東大雪支署長は,本件使用許可の対象たる国有林野(被告国の平成26年2月14日付け準備書面添付の図面に示された土地のうち赤枠で囲まれた部分。以下「本件国有林野」という。)の貸付及び使用に関する事務を処理する権限を有する者である。本件国有林野は,○○森林計画区に属する。本件使用許可の当時,本件国有林野は,国有財産中の行政財産のうち,平成24年法律第42号による改正前の国有財産法3条2項4号の企業用財産であり,同改正前の国有林野の管理経営に関する法律(以下「国有林野管理経営法」という。)2条1号の国有林野(国の所有に属する森林原野であって,国において森林経営の用に供し,又は供するものと決定し,国有財産法3条2項4号の企業用財産となっているもの)であった。本件国有林野は,その有する機能のうち第一に発揮すべき機能により,国有林野管理経営規程(平成11年農林水産省訓令第2号)3条3項の「森林と人との共生林」(生態系としての森林の重要性を踏まえた生物多様性の保全又は森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る観点から,生活環境保全又は保健文化機能の発揮を第一とすべき国有林野)に分類され,その中の,主に森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る等生活環境保全機能及び保健文化機能を第一に発揮すべき「森林空間利用タイプ」(国有林野管理経営規程5条1項2号)のうち,自然景観,森林の保健・文化・教育的利用の現況及び将来の見通し,地域の要請等を勘案して,国民の保健・文化・教育的利用に供する施設又は森林の整備を特に積極的に行うことが適当と認められる「レクリエーションの森」(国有林野管理経営規程13条5項)の野外スポーツ地域に選定され(その選定理由は,山岳,森林,河川等,四季折々の自然美を有し,自然探勝,登山,スキー等,四季を通じたレクリエーションの場としての利用に供するためというものであった。),管理されていた(乙イ3,4)。本件国有林野は,昭和62年2月9日62林野業二第27号林野庁長官通知(乙イ5)により,森林空間総合利用整備事業の対象地である森林空間総合利用地域の候補地に選定され,平成5年3月31日,本件国有林野についての森林空間総合利用地域管理経営方針書(乙イ6)の作成,林野庁長官の承認を経て,森林空間総合利用地域に指定された。

ウ 北海道知事は,自然環境保全条例30条1項の規定による特定の開発行為の許可の処分権限を有する者である。本件開発行為許可の対象たる特定の開発行為の対象地(乙ロ17の図面に示された土地のうち朱線で囲まれた部分。以下「本件開発行為地」という。)は,k総合振興局の管轄に属する。なお,自然環境保全条例30条は,森林法,砂防法,地すべり等防止法,都市計画法,宅地造成等規制法等による規制が及ばない開発行為のうち一定のものを,北海道が規制するものである。

(2)  佐幌岳の北斜面のスキー場開発事業

Z社は,上川郡j町で,△△リゾート事業を営んでおり,その一環として,同町ほか所在の佐幌岳の斜面で,△△スキー場を管理運営しているところ,同スキー場の雪不足ほかの気候条件,スキー客の年齢構成や嗜好の変化,スキー合宿の増加等に対応する必要があることから,佐幌岳の北斜面の国有林野に新たなスキー場の建設をすることを内容とするスキー場開発事業を計画した(乙イ23)。

株式会社f及び株式会社g(以下「f社ら」という。)は,平成3年4月18日,北海道知事に対し,北海道環境影響評価条例(昭和53年北海道条例第29号)の規定により,△△リゾート事業の前身である▲▲リゾート開発事業に係る環境影響評価書を送付した(Z社は,f社らから,その事業を引き継いだものである。)。北海道知事は,平成3年9月12日,北海道環境影響評価審議会に対し,同環境影響評価書について諮問し(乙ロ6),平成4年3月13日,同審議会から,答申を受けた(乙ロ7)上,同月31日,同環境影響評価書についての審査意見書を公表した(乙ロ3)ところ,その意見書には,事業を進めるに当たり特に配慮すべき事項として,ナキウサギについては,事業予定地域周辺にその供給源となる生息地がある可能性があるため,今後も調査を実施するとともに,その生息地に影響を与えることのないように努めることという附帯意見が付されていた。f社らは,同年4月,上記の環境影響評価書の修正版を送付したところ,その環境影響評価書は,自然環境の保全の措置として,ナキウサギに関し,事業の実施に当たり,詳細な調査を行い,生息場所である「ガレ場」を存続させるなど,その生息地に影響を与えないよう配慮を行うとしていた(乙ロ4)。Z社は,平成22年,佐幌岳の北斜面の開発行為の在り方に関する調査報告書(以下「在り方調査報告書」という。)を提出し,上記の附帯意見を尊重する意向を表明した(甲59,67,乙イ34,乙ロ5)。

(3)  本件開発行為許可に係る申請

Z社は,平成22年7月29日,北海道知事に対し,自然環境保全条例30条1項の特定の開発行為の許可の申請をするのに先立ち,事前審査の申出をした(乙ロ9)。北海道知事は,平成23年3月2日,Z社に対し,事前審査の結果の通知をした(乙ロ10)。

Z社は,平成23年3月28日,北海道知事に対し,上川郡j町所在の国有林野a森林管理署東大雪支署管内2053林班内87.56㏊(本件開発行為地)でのスキー場の建設について,自然環境保全条例30条1項の特定の開発行為の許可の申請をした(乙ロ11)。k総合振興局長は,同月30日,j町長に対し,上記申請について意見聴取をした(乙ロ15)。j町長は,同年4月11日,北海道知事に対し,上記申請について異存はない旨の回答をした(乙ロ16)。北海道知事は,同年5月18日,北海道特定開発行為審査会に対し,上記申請について諮問をした(乙ロ12)。同審査会は,審査及び現地調査の上,同年7月29日,北海道知事に対し,上記申請は許可を相当とする旨の答申をした(乙ロ13)。北海道土地・水対策連絡協議会幹事会は,同年5月26日,上記申請についての協議をしたところ,特に意見はなかった。

(4)  本件使用許可

Z社は,平成24年3月12日,東大雪支署長に対し,上川郡j町所在の国有林野a森林管理署東大雪支署管内2053林班い1林小班ほか30.1136㏊(本件国有林野)について,国有財産法18条6項の行政財産の目的外使用許可の申請をした(乙イ22ないし30)。東大雪支署長は,同申請が昭和54年3月15日54林野管第96号林野庁長官通知,昭和42年4月18日42林野政第738号林野庁長官通知ほか(乙イ7ないし12,33)が定める審査基準に適合するものであると判断し,平成24年5月30日,Z社に対し,同項の規定により,本件国有林野について,用途を森林レクリエーション事業(△△リゾート北斜面コース敷,リフト敷ほか)と,使用許可期間を同月31日から平成26年6月30日までと,それぞれ定めて,国有林野の目的外使用許可処分(本件使用許可)をした(甲1,乙イ19,31,32)。

(5)  本件開発行為許可

北海道知事は,上記⑶の申請の審査を行った結果,同申請に係る特定の開発行為が自然環境保全条例30条3項及び北海道自然環境等保全条例施行規則(以下「自然環境保全規則」という。)39条に定める許可基準並びに自然環境保全規則40条の技術的細目に適合するものであると判断し,平成24年6月5日,Z社に対し,自然環境保全条例30条1項の規定により,上記(3)のスキー場の建設について,特定の開発行為の許可処分(本件開発行為許可)をした。(甲2)本件各訴え等の提起原告らは,平成25年10月17日,被告国及び被告北海道に対する本件各訴えをZ社に対する開発行為(スキー場の建設)の差止めの訴えと併合提起した。Z社に対する訴えは,その後,民事通常事件として立件された(当庁平成26年(ワ)第1558号)。(顕著な事実)

3  争点

本件の争点は,(1)本件各訴えの適否,具体的には,原告らの原告適格の有無,すなわち,原告らは本件各許可の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法36条)であるか否か,(2)本件各許可の適否,具体的には,本件各許可は生物多様性条約に違反する違法かつ無効な処分であるか否か,(3)本件各許可の国家賠償法上の違法の有無である。

4  当事者の主張

(1)  原告らの主張

ア 原告らは本件各訴えの原告適格を有すること

原告X1及び原告X2は,本件各許可により佐幌岳のナキウサギの生息に重大な影響が生ずることによって,生物多様性条約により保全される良好な自然環境を享受する利益や学問研究の自由を侵害されたものであり,原告協会は,本件各許可によって良好な自然環境を享受する利益等を侵害された会員の利害を代表する(後記(ア))。原告らは,良好な自然環境を享受する利益を背景として,本件各許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有するところ,本件各許可によってそれを侵害されたものである(後記(イ)及び(ウ))。本件各許可の根拠法規である国有財産法18条6項及び自然環境保全条例30条1項の各規定や,関係法令である国有林野管理経営法とそれにより定められた管理経営計画等,北海道生物の多様性の保全等に関する条例(平成25年北海道条例第9号。以下「生物多様性条例」という。),北海道環境影響評価条例(平成10年北海道条例第42号。以下「環境影響評価条例」という。)を,生物多様性条約及びそのガイドラインを踏まえて解釈(間接適用)すると,上記の権利ないし利益は,法律上保護されたものであり,かつ,一般的公益の中に吸収解消することができず,原告らの個別的利益として保護されたものである。原告らは,本件各許可の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者である。

(ア) 原告らの自然環境を享受する利益とその侵害

小田急線高架化事業に関する平成17年の最高裁判所判決は,事業地の周辺地域の住民について,生活環境上の被害が生ずるおそれがあることを根拠に,原告適格を肯定したところ,自然環境は,人の生存を支える,より基本的な環境であるから,自然環境上の被害が生ずるおそれがある場合も,原告適格が肯定されなければならない。生物多様性条約は,生物多様性の侵害が,生物としての人の生存に影響するにとどまらず,人間社会にも重大な影響を与えることを明らかにしている。その前文は,生物多様性が,生物としての人だけでなく,人間社会にも重要な価値を有すること,つまり,自然環境の悪化は,人の生存だけでなく,社会経済上,科学上,文化教育上,レクリエーション上,芸術上の価値にも,重大な被害を引き起こすことを明らかにしている。

ナキウサギは,シベリア等に生息するキタナキウサギの亜種であり,北海道中央部の山岳地帯を中心とする限られた地域に分散して生息している。ナキウサギは,平成24年,環境省により準絶滅危惧種に選定された。環境省は,その理由として,生息地が狭く,存続基盤が脆弱であることに加えて,近年標高が低い地域で個体数が減少している可能性が示唆されていることを挙げた。北海道も,平成3年の野生動物の分布等の実態調査の報告で,ナキウサギは地史的,生態的側面だけからみても学術的に貴重な動物であるとし,その保護の重要性を強調している。このようなナキウサギの希少性に加えて,佐幌岳は,ナキウサギの主要な生息地である大雪山系と日高山脈との中間に位置し,遺伝子の交流を確保する重要な個体群の生息地である。佐幌岳の生息地が本件各許可に係るスキー場の建設によって破壊されると,生物多様性に回復し難い重大な影響が生ずる。そのことが,原告らが生存する自然環境への重大な侵害行為であり,原告らが生活する社会に重大な悪影響を及ぼすことは明らかである。つまり,本件各許可に係るスキー場の建設によって,原告らが有する社会経済上,科学上,文化教育上,レクリエーション上,芸術上の利益が侵害され,人としての進化及び生命保持の機構が侵害される。この利益は,抽象的なものでも,反射的なものでもなく,現在の科学的知見では解明することができないにすぎない。自然環境の破壊は,人の生存への直接的な侵害行為であり,生物多様性条約が,生物多様性から人類が享受する利益を明記した上,各締約国がこの利益を保全すべきことを定めていることからすると,各締約国が自然環境の保全をする結果,国民が反射的に利益を享受するものではない。

原告協会は,佐幌岳に関し,20年以上にわたり,自然環境の保護活動をし,北海道の自然環境の保護に重要な役割を担ってきた。佐幌岳の北斜面の開発は,原告協会の存在価値を脅かす。原告X1は,20年以上にわたり,ナキウサギの研究に携わり,佐幌岳の生息地が北海道のナキウサギの生息にとって重大な意味を有することを明らかにした。本件各許可に係るスキー場の建設によって佐幌岳の生息地が消滅することは,原告X1の研究を左右する。これは,原告X1の学問研究の自由を侵害し,原告X1の自己実現の機会を奪い,原告X1の人格権を侵害するものである。原告X2は,「eくらぶ」の代表者として,18年にわたり,ナキウサギの保護活動をし,ナキウサギの保護及び生息地の保全に尽力してきた。佐幌岳の生息地の保全は,北海道のナキウサギ全体に関わる問題であり,原告X2にとって,重大な関心事である。近時,開発や地球温暖化によって,世界的にナキウサギの生息地の減少が問題となっており,ナキウサギの保護は地球的規模の課題である。ナキウサギは,氷河期に大陸から渡来したところ,移動ルートや生態の変化などの解明は地史的に重要である。ナキウサギの個体群の変動やその遺伝子的つながりも解明されておらず,それらは,保全生物学の観点から重要である。原告X2は,このようなナキウサギの地史的,生態的な面での学術的重要性から,ナキウサギの個体群と生息地を今あるまま後世に残したいと考えている。本件各許可に係るスキー場の建設によって,原告X2は,自己実現の機会を奪われ,人格権が侵害されるほか,学問研究の自由が侵害されるものである。

(イ) 本件使用許可に係る原告らの手続上の利益とその侵害

原告らは,国有林野管理経営法により定められた地域管理経営計画に定める地域の意見として,本件使用許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有する。その権利ないし利益は,本件使用許可の根拠法規である国有財産法18条6項の規定や,関係法令である国有林野管理経営法とそれにより定められた管理経営計画等により,原告らの個別的利益として法律上保護されたものであるところ,本件使用許可は,それを侵害した。すなわち,原告適格の有無に関しては,生物多様性条約が国内法の解釈指針として間接適用される。国有林野に関する同項の用途及び目的は,国有林野管理経営法とそれにより定められた基本計画,地域管理経営計画によって定められるところ,国有林野の管理経営に関する基本計画は,国有林野の管理経営に当たり,生物多様性の保全を含め,期待される役割を十分果たせるように森林の健全性を維持確保するとする。本件国有林野は,「森林と人との共生林」であるところ,○○森林計画区の第3次地域管理経営計画は,「森林と人との共生林」について,地域の意見を踏まえて選定目的に応じた適切な管理経営を行うとするのであり,地域の意見を踏まえることを適切な管理経営の手続としている。生物多様性条約8条のガイドラインであるエコシステムアプローチによれば,地域の意見を踏まえるとは,重要な利害関係者である地域社会や科学的知識,地域の固有の知識を有する者を関与させることを意味するのであり,本件使用許可については原告らがこれに当たる。原告らは,地域管理経営計画に定める地域の意見として,本件使用許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有するのであって,このことは,生物多様性条約13条の公衆のための教育及び啓発に係るCEPA(対話・意思疎通,教育,参加及び啓発)実践原則が,生物多様性の保全には様々な利害団体と対話し協働しなければならないとし,CEPAのツールキットが,生物多様性の保全には,NGO,科学者,地域に根付いたグループ等のサポートが必要であるとすることや,生物多様性条約14条1項が,環境影響評価の手続に公衆を参加させるものとすることからも導かれる。

(ウ) 本件開発行為許可に係る原告らの手続上の利益とその侵害

原告らは,環境影響評価条例に定める道民の意見として,本件開発行為許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有する。その権利ないし利益は,本件開発行為許可の根拠法規である自然環境保全条例30条1項の規定や,関係法令である生物多様性条例及び環境影響評価条例により,原告らの個別的利益として法律上保護されたものであるところ,本件開発行為許可は,それを侵害した。すなわち,自然環境保全条例は,自然環境が無秩序に破壊されることを防止し,その適正な保全を総合的に推進することによって,道民の健康で文化的な生活の確保に寄与することをも目的とし(1条),道民が自然環境の保全に積極的に参加することを義務付ける(2条)ところ,これは,道民に対し,地域の自然環境の保全のために適正な措置がとられるように手続に参加する権利ないし利益を認めるものである。

生物多様性条約8条のガイドラインであるエコシステムアプローチによれば,原告らは,本件開発行為許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有するのであって,このことは,生物多様性条例1条及び6条が,道民や民間団体が生物多様性の保全の取組を行うように努力する義務を定めるほか,被告北海道が実施する生物多様性に関する施策に道民が協力参加する義務をも謳っていることや,環境影響評価条例も,道民に対し,環境保全についての配慮が適正にされるように努める義務を課し(3条),意見書の提出を認めている(8条)こと,生物多様性条約14条1項が,環境影響評価の手続に公衆を参加させるものとすることからも導かれる。

イ 本件各許可は違法かつ無効な処分であること

本件各許可は,生物多様性条約に違反する違法かつ無効な処分である。

(ア) 生物多様性条約の内容及び効力

生物多様性条約は,1992年(平成4年),リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議で署名が開始され,1993年(平成5年)に発効した。生物多様性条約は,地球的規模で野生生物の生息地や生態系,種そのものが消滅している現状に鑑みて,野生生物の個々の種等を保護するのではなく,生物多様性自体を保護したものであり,種の(種間の)多様性のほか,種内の遺伝子の多様性をも保護する。

我が国は,条約をそのまま国内法として一般的に受容する一般的受容方式の中の自動受容方式を採用していることから,条約は,公布により,そのまま国内法的効力を生じ,国内法化のため,法律の制定の手続を経ることを要しない。もっとも,個別の条約の規定が何らの措置をも要することなく国内法として直接適用されるかについては更なる検討を要するところ,条約の規定が明確であれば,国内法として直接適用されると解される。「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」の文言との比較や,同条約に関するオーストラリアの判例によれば,生物多様性条約の規定は明確であるから,国内法として直接適用される。

(イ) 本件各許可が生物多様性条約に違反すること

生物多様性条約上,国及び都道府県は,生物多様性の保全の措置をとらない裁量を付与されているものでなく,同措置をとる義務を課されているから,国等が生物多様性の保全の措置をとらなければ,生物多様性条約に違反する。生物多様性条約の直接適用により,国民が国等に対し,生物多様性条約8条及び9条に定める措置をとることを求める具体的請求権を有するとは解されないが,国等が生物多様性の保全の措置をとらず,かえって,生物多様性の破壊をする場合,国民は,裁判所に救済を求めることができると解される。

ナキウサギは,我が国では北海道だけに生息している。その生息地としては,大雪山系,日高山脈等が知られ,岩が積み重なったガレ場(岩塊地)のみを生息場所とする。佐幌岳の生息地は,昭和62年,原告X1によって発見され,その後の研究によって,大雪山系の生息地と日高山脈の生息地を結び,双方のナキウサギの遺伝子の交流を維持する重要な役割を果たしていることが推測された。Z社のスキー場開発は,ナキウサギの生息地を造成するものであり,それを消滅させる。このことは,佐幌岳のナキウサギの絶滅を意味し,将来的には,大雪山系及び日高山脈のナキウサギが絶滅する可能性も否定することができない。本件各許可は,このような開発行為を可能とするものであるから,生物多様性の保全の措置をとることを義務付ける生物多様性条約に違反する違法かつ無効な処分である。

(ウ) 生物多様性条約の間接適用と本件使用許可の違法

本件国有林野は,森林と人との共生林であるところ,森林と人との共生林とは,「生態系としての森林の重要性を踏まえた生物多様性の保全又は森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る観点から,生活環境保全又は保健文化機能の発揮を第一とすべき国有林野」であり,その管理経営の考え方は,「野生生物の生息・生育する森林の保護・整備,森林浴や自然観察等の保健・文化・教育的な活動の場の整備,自然景観の維持等」である。このように,本件国有林野の用途及び目的は,生物多様性の保全であり,野生生物の生息生育する森林の保護整備であるところ,本件国有林野は,北海道知事の審査意見書に付された附帯意見でナキウサギの生息地の存在の可能性が指摘されているのであるから,東大雪支署長は,1995年(平成7年)に採択されたモントリオールプロセスにより,自らナキウサギの調査をしなければならなかった。しかし,東大雪支署長は,本件使用許可が本件国有林野の用途又は目的である生物多様性の保全を妨げることについて,自ら調査をすることなく,Z社が杜撰な調査により作成した在り方調査報告書のみに基づいて,本件使用許可をしたのであり,本件使用許可は違法である。

(エ) 生物多様性条約の間接適用と本件開発行為許可の違法

本件開発行為許可の根拠法規である自然環境保全条例30条3項1号は,「特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が,当該区域及びその周辺の地域の環境の保全上必要な限度において,適正に保全されるように措置されていること」を許可基準にしているところ,ここにいう環境には自然環境が含まれ,むしろ,自然環境保全条例の目的によれば,この環境は第一義的には自然環境を意味するものと解される。上記の環境に生活環境が上乗せされているのは,開発行為に当たっては,土地の改変が行われることが多いことから,土砂災害や水質汚濁などの生活環境が破壊されることがあり得るためであるにすぎない。特定の開発行為では,自然環境の保全に努めなければならないところ,被告北海道は,モントリオールプロセスや北海道知事の審査意見書に付された附帯意見を踏まえて,自ら調査をすることなく,Z社が杜撰な調査により作成した在り方調査報告書のみに基づいて,本件開発行為許可をしたのであり,本件開発行為許可は違法である。

ウ 国家賠償請求について

(ア) 公務員の違法な公権力の行使

原告らは,佐幌岳のナキウサギの生息に重大な利害を有する。佐幌岳の生息地は,大雪山系の生息地と日高山脈の生息地との遺伝子交流の要であり,その生息地の破壊をすることは,原告らのナキウサギ研究という学問研究の自由に対する重大な侵害行為となる。原告らは,生物多様性条約により保全される自然環境の中で生活する利益を有するところ,佐幌岳の生息地の破壊をすることは,この利益に対する重大な侵害行為となる。Z社は,本件開発行為地でスキー場の建設を進めており,このままでは,ナキウサギの生息地が破壊される。このスキー場の建設は本件各許可によって惹起されたものであり,本件各許可は国家賠償法1条1項の公務員の違法な公権力の行使に該当する。

(イ) 原告らの損害

原告らが上記の違法行為によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては50万円が相当である。

(2)  被告国の主張

ア 本件使用許可に係る訴えが不適法であること

原告らは,本件使用許可の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者でなく,本件使用許可の無効の確認を求める訴えの原告適格を有しない。本件各訴えのうち,本件使用許可の無効の確認を求めるものは,不適法である。

(ア) 国有林野の目的外使用許可制度の概要

国有林野を貸し付け,又は使用させる場合,国有財産法の特則である国有林野管理経営法7条の規定により,契約の締結によって使用させるが,当該国有林野がレクリエーションの森施設の用に供されるときは,昭和54年3月15日54林野管第96号林野庁長官通知第2の3により,国有財産法18条6項の使用許可によって使用させる。同通達及び昭和42年4月18日42林野政第738号林野庁長官通知は,その使用許可の審査基準として,a 使用許可施設がレクリエーションの森管理経営方針書に適合すること,b 事業の遂行が確実であり,妥当であること,c 使用許可施設が周辺の環境及び景観に及ぼす影響,d 利用計画が開発行為を伴う場合,森林法10条の2の許可基準を満たすこと等を定めている。

(イ) 本件国有林野の用途及び目的

国有財産法18条6項の行政財産の目的外使用許可は,当該行政財産の用途又は目的を妨げない限度において,することができるところ,国有林野の用途及び目的は,国有林野の管理経営の目標である,国土の保全その他国有林野の有する公益的機能の維持増進を図ること等にあると解され,その内容は,次の基本計画,地域管理経営計画等によって,具体化されている。すなわち,基本計画は,各国有林野を,重点的に発揮させるべき機能によって「森林と人との共生林」等に類型化した上,機能類型ごとの管理経営の考え方に即し,森林計画区ごとの自然的特性等を勘案して,適切な施業を推進するとしている。基本計画は,森林が生物多様性の保全の重要な要素であることを踏まえ,生物多様性等の期待される役割を十分果たせるように森林の健全性を維持確保する取組が重要になるとする。基本計画は,「森林と人との共生林」のうち,自然景観,森林の保健・文化・教育的利用の現況及び将来の見通し,地域の要請等を勘案して,国民の保健・文化・教育的利用に供する施設又は森林の整備を特に積極的に行うことが適当と認められる国有林野を「レクリエーションの森」として選定し,広く国民に開かれた利用に供することにより,森林とのふれあいを通じた豊かな国民生活の実現に資するものとする。北海道森林管理局長は,平成21年3月30日,○○森林計画区について第3次地域管理経営計画及び第3次国有林野施業実施計画を定めたところ,本件国有林野は,「森林と人との共生林」中の「森林空間利用タイプ」のうち「レクリエーションの森」に選定された。

(ウ) 原告らは法律上保護された利益を有しないこと

上記(ア)及び(イ)を前提に,原告らの原告適格について検討すると,本件使用許可の根拠法規から,法律上保護された利益を抽出することはできない。国有財産法の目的は,国民全体の利益と密接に関係する国有財産の管理を適切に行うことにある。特に,行政財産は,国がその事務を遂行するための物的要素であるから,常に良好な状態で維持保存され,本来の目的のために効率的に利用されなければならない。上記(イ)のとおり,本件国有林野は,国民の保健・文化・教育的利用に積極的に供する森林であり,既存の各種施設の整備拡充を図り,総合的なレクリエーションの場とすることを目標とするものである。このような国有財産法の目的,本件国有林野の用途及び目的に照らすならば,本件使用許可で考慮されるのは,本件国有林野の良好な維持保存であり,その機能の十全な発揮である。本件国有林野の機能は一般的公益そのものであって,それに,地域住民や森林の利用者が,生息又は生育する動植物による自然環境を享受したり,スポーツその他の活動を通じて自然とふれあうことによる利益が含まれるとしても,それは広く国民が享受し得る利益であり,ここから,一般的公益にとどまらない,個々人の利益を抽出することはできない。行政財産の目的外使用許可の審査基準を具体化した上記(ア)の通達等にも個々人の利益を考慮する定めは存在しないのであり,一般的公益にとどまらない,個々人の利益を抽出することはできない。

(エ) 原告らの主張について原告らは,地域管理経営計画の「地域の意見を踏まえ」という記載を,生物多様性条約8条のガイドラインを指針として解釈し,法律上保護された利益を有すると主張するところ,国有林野の用途及び目的が公益的機能の維持増進を図ること等であることは,上記(イ)のとおりであり,その中に生物多様性の保全も含まれるものの,それは,公益的機能の一つにすぎない。ある国有林野にいかなる機能を優先的に発揮させるかの判断は,行政庁の広範な裁量に委ねられるのであり,その判断に当たり,地域の意見を踏まえるものとされているとしても,それをもって,特定の人に具体的な権利ないし利益を付与したものとみることはできず,そこに見出される利益は反射的利益にすぎない。そして,このことは,生物多様性条約8条を踏まえても異なるものでない。同条は,締約国に対し,その国内に居住する原住民等の生物資源に関する伝統的知識等を尊重することを奨励するものであるところ,地域管理経営計画は,国有林野の公益的機能の維持増進を図ること等を目的とするものであるから,地域の意見を踏まえるのも,公益目的の実現の手段にほかならないのであり,地域の意見とは,上記の伝統的知識等ではなく,住民の意見を意味するものである。両者は,その趣旨目的を異にし,生物多様性条約8条のガイドラインを地域管理経営計画の文言の解釈指針とすることはできない。生物多様性条約8条は,主権事項に関する規定であることから,国内法令に従うことに加えて,可能な限り,かつ,適当な場合とされ,義務規定から努力規定に緩和されているのであり,我が国が生物多様性の保全を国有林野の公益的機能の一つと位置付け,特定の人に具体的な権利ないし利益を付与しなかったとしても生物多様性条約に違反することとなるものではない。

イ 本件使用許可が適法な処分であること

本件使用許可は,国有財産法18条6項の処分要件を満たしており,また,生物多様性条約に違反するものではない。

(ア) Z社の申請が許可基準に適合すること

本件使用許可は,使用許可施設であるスキー場が既存の管理経営方針,地域管理経営計画と整合すること,Z社による事業遂行の確実性や妥当性,使用許可施設やその開発行為による周辺への影響について,Z社が提出した申請書に添付された事業計画書等に基づいて審査し,併せて,上記の事業計画書で,本件開発行為許可に係る環境影響評価の手続で北海道知事の審査意見書に付された附帯意見を引用し,ナキウサギの生息環境の保全に配慮するものとしていることを確認した上,されたものである。東大雪支署長は,Z社の在り方調査報告書のみに基づいて,使用許可施設であるスキー場が本件国有林野の用途又は目的を妨げないと判断したものではない。

(イ) 本件使用許可が生物多様性条約に違反するものでないこと

原告らは,本件使用許可が生物多様性条約に違反すると主張する。しかし,条約が,国内法による具体化を待たずに,そのままの形で国内法として直接に,特定の法律関係に係る国内裁判所の判断根拠として適用し得るものとなるには,その作成,実施の過程の事情に照らして,一定の権利義務を定め,直接に国内裁判所で適用可能なものにする締約国の意思が確認され(主観的要件),当該条約の規定において,一定の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められ,その内容を具体化する法令を待つまでもなく,国内的に適用可能であること(客観的要件)を要するところ,生物多様性条約は,この要件のいずれをも欠き,自動執行力を有しない。原告らの上記主張はその前提を欠く。

(ウ) 本件使用許可は環境の保全に配慮していること

国有林野の管理経営の基本計画等には,生物多様性の保全が謳われているのであり,国有林野の管理経営に当たっては,貴重な自然環境の保全を図るとともに,個別事業の実施に際し,自然環境への配慮に努める必要がある。北海道森林管理局は,原生的な天然林を保護林として保全するほか,シマフクロウ等の希少な野生動植物の生息生育環境の向上に取り組み,また,国有林野で一定規模の開発行為をする者に対し,当該開発行為による国有林野の管理経営への影響とその在り方を明らかにする調査を実施させている。Z社の在り方調査報告書は,現地調査ではナキウサギの生息痕跡を確認することができなかったとしつつ,長期的には個体の再入り込みも考えられることから,事業の実施に当たっては,山腹のガレ場を積極的に存続させ,生息可能環境の保全に配慮した事業実施に努めるとしているのであり,その事業計画にも,その趣旨が反映されている。使用許可施設であるスキー場の建設は,ナキウサギの生息地の破壊をするものではない。

ウ 国家賠償請求について

本件使用許可が国家賠償法上違法であるか否かは,本件使用許可が,公務員が個別の国民に対して負う職務上の義務に違反したか否かで判断されるところ,無限に認められる学問研究の対象の全てについて,その存続を他者に要求する権利を憲法が保障しているとは考えられないし,また,原告らが主張する,生物多様性条約により保全される自然環境の中で生活する利益は,原告らの固有の利益として保護されているものではなく,反射的利益にすぎないから,本件使用許可が,公務員が個別の国民に対して負う職務上の義務に違反したということはできない。本件使用許可が国家賠償法上違法なものであるということはできず,原告らの被告国に対する国家賠償請求は理由がない。

⑶ 被告北海道の主張

ア 本件開発行為許可に係る訴えが不適法であること

原告らは,本件開発行為許可の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者でなく,本件開発行為許可の無効の確認を求める訴えの原告適格を有しない。本件各訴えのうち,本件開発行為許可の無効の確認を求めるものは,不適法である。

(ア) 自然環境保全条例が保護する利益

自然環境保全条例の目的は,自然環境保全法その他の法令と相まって自然環境の適正な保全を総合的に推進することと,国土の無秩序な開発を防止することによって道民の健康で文化的な生活の確保に寄与することである。自然環境保全条例は,北海道知事に対し,自然環境の保全を図るための基本方針を定めることを義務付け,自然環境の保全が特に重要な区域を自然環境保全地域に指定し,同地域に関する保全計画で当該地域の自然環境の保全に関する基本的な事項を定めるものとする。自然環境保全条例が保護する利益は,自然環境の適正な保全を総合的に推進し,道民全体の健康で文化的な生活の確保に寄与することであり,これらの不特定多数の者の具体的利益は専ら一般的公益の中に吸収解消されている。自然環境保全条例には,不特定多数の者の具体的利益を,専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むことが読み取れる規定が存在しない。原告らの主張に係る,生物多様性条約により保全される自然環境を享受する利益は,一般的公益の中に吸収解消されるべき不特定多数の者の利益そのものであり,自然環境保全条例が,原告らの個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むものでないことは明らかである。特定の開発行為の許可基準によれば,同許可で考慮され,規制によって保護される利益は,環境の保全や災害の防止といった一般的公益であり,原告らの主張に係る利益は,自然環境保全条例により特定の開発行為を規制することによる反射的利益にすぎない。

(イ) 原告らの主張について

自然環境保全条例の目的規定(1条)等は,一般的な責務を課したものにすぎず,それによって具体的な利益が基礎付けられるものでない。生物多様性条例は,平成25年10月1日に施行された条例であるし,環境影響評価条例の道民意見書の提出の規定も,同日に施行されたものであるから,それ以前にされた本件開発行為許可との関係で,関係法令となるものでない。生物多様性条約8条は,締約国に対し,可能な限り,かつ,適当な場合,自国の国内法令に従い,生物多様性の保全に関して原住民等の伝統的知識等を尊重すること等を求めているにすぎないのであり,同条から,個別的利益が導かれるものではないから,同条の趣旨を踏まえて解釈しても,自然環境保全条例によって,原告らに対し,個別的利益が保護されていると解することはできない。

仮に,原告らが主張する,自然環境を享受する利益や,ナキウサギの調査研究をする利益が,自然環境保全条例によって保護された利益であるとしても,本件開発行為地から直線距離で約40㎞離れている河東郡h町や,更に遠隔にある札幌市i区に居住する原告らが法律上保護された利益を有しないことは明らかである。

イ 本件開発行為許可が適法な処分であること

本件開発行為許可は,自然環境保全条例に定める許可基準に適合しており,また,生物多様性条約に違反するものではない。

(ア) Z社の申請が許可基準に適合すること

北海道知事が自然環境保全条例に基づいて定めた基本方針は,自然環境保全条例30条1項1号の許可基準の規制の趣旨が地域住民の生活環境及び水源のかん養の確保にあるとするところ,自然環境保全条例8条が関係者の所有権その他の財産権の尊重を特に規定していること,同許可が公共の福祉の観点から私人の権利行使を制限する警察許可の性格を有することからすると,同号の許可基準は限定的に解すべきである。北海道知事は,同号の許可基準を,地域住民の生活環境及び水源のかん養を旨として運用しなければならず,それ以外の事由を理由に同号の許可基準への適合性の有無を判断することは許されない。貴重な動植物が生息ないし生育する環境の悪化のおそれがないことは,自然環境保全条例全体からは保護されるべきであるが,特定の開発行為の許可基準とはならない。北海道知事は,本件開発行為許可に当たり,地域住民の生活環境の保全及び水源のかん養と重なり合う限度で,自然環境の保全を考慮したものであり,自然環境の保全は反射的効果によって確保されている。また,特定の開発行為の許可基準は,特定の動物の生息実態を明らかにすることを事業者に求め,又は北海道知事が自ら調査をする趣旨を含むものでない。北海道知事は,本件開発行為許可に当たり,Z社の在り方調査報告書の真偽を判定したものでない。

(イ) 本件開発行為許可が生物多様性条約に違反するものでないこと

原告らは,本件開発行為許可が生物多様性条約に違反すると主張するが,条約が自動執行力を有するには,一定の権利義務を定め,直接に国内で執行可能なものにするという締約国の意思を確認することができること,当該条約自体で,一定の権利義務が明白,確定的,完全かつ詳細に定められ,その内容を具体化する法令を待つまでもなく,国内的に適用可能であることを要するところ,生物多様性条約は,この要件のいずれをも欠き,自動執行力を有しない。原告らの上記主張はその前提を欠く。また,原告らは,本件開発行為許可に係るスキー場の建設がナキウサギの生息地の破壊をするとするが,Z社は,スキーコースに係る樹木を選択的に伐採するものであり,開発区域内のガレ場を積極的に存続させ,ナキウサギの生息可能環境の保全に配慮した事業実施に努めるとしているのであるから,仮に開発区域内にナキウサギが生息しているとしても,ナキウサギの生息地の破壊をするものでない。

ウ 国家賠償請求について

原告らは,生物多様性条約により保全される自然環境を享受する利益,ナキウサギの研究という学問研究の自由が侵害されたと主張するが,これらの利益は,原告らの個別的利益として保護されたものでなく,自然環境保全条例が特定の開発行為を規制していることによる反射的利益にすぎないから,原告らに損害が発生したということはできない。原告らの被告北海道に対する国家賠償請求は理由がない。

第3当裁判所の判断

1  無効確認の訴えの原告適格

行政事件訴訟法36条は,無効等確認の訴えの原告適格について,「無効等確認の訴えは,当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者(中略)に限り,提起することができる」と規定するところ,ここに当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者とは,行政事件訴訟法9条1項の当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者と同一であって,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。当該処分を定めた行政法規が,不特定多数の者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解される場合,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこのような利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないもの(すなわち,行政事件訴訟法36条の補充性の要件を満たすもの)であれば,当該処分の無効確認の訴えの原告適格を有する。そして,行政事件訴訟法9条2項の規定によれば,裁判所が処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質をも考慮することとなるところ,上記の法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌することとなり,また,上記の利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案することとなる。(以上につき,最高裁判所平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日判決・民集59巻10号2645頁参照)

上記の見地に立って,原告らが本件各許可の無効の確認の訴えの原告適格を有するか否かについて検討する。

2  本件使用許可の無効の確認の訴えの原告適格

(1)  処分の効果の観点からの法律上保護された利益の侵害の有無

本件使用許可は,国有財産法18条6項の規定により,行政財産である本件国有林野についてされた目的外使用許可であり,本件国有林野について,その許可の申請をしたZ社のために,スキー場の施設の敷地等として排他的に使用する権原を設定するものであるから,その性質は特許であると考えることができるところ,原告らは,本件国有林野について目的外使用許可の申請をするなどZ社と競願の関係にあったもの等でなく,本件使用許可の効果により自己の権利ないし利益に何らの影響も受けたものでないのであり,本件使用許可の効果の観点から,原告らが本件使用許可により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということはできない。

なお,原告らは,本件使用許可によって学問研究の自由を侵害されたと主張するが,本件使用許可がされたことによって,原告らが,ナキウサギの調査研究等をすることを禁止若しくは制限されたものでなく,また,ナキウサギの調査研究等をすることが事実上困難になったものでもないから,本件使用許可によって学問研究の自由を侵害されたということはできない。原告らの上記主張は採用することができない。

(2)  処分要件の観点からの法律上保護された利益の侵害の有無

次に,処分要件の観点から,原告らが本件使用許可により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということができるか否かについて検討する。

ア 行政財産の目的外使用許可の処分要件

行政財産は,その用途又は目的を妨げない限度において,その使用又は収益を許可することができる(国有財産法18条6項)ものであるから,行政財産の目的外使用許可の処分要件は,申請に係る使用又は収益が当該行政財産の用途又は目的を妨げないことである。また,申請に係る使用又は収益が当該行政財産の用途又は目的を妨げないときであっても,行政財産の管理者は,国有財産法の趣旨目的,当該行政財産が国有林野である場合には国有林野管理経営法の趣旨目的等を勘案した裁量判断として使用又は収益の許可をしないことが相当であれば,行政財産の目的外使用許可をしないことができるものと解するのが相当である。

イ 本件国有林野の用途及び目的

本件使用許可の当時,本件国有林野が,北海道森林管理局長が定めた○○森林計画区の第3次地域管理経営計画(乙イ3)及び第3次国有林野施業実施計画(乙イ4)により,その有する機能によって,国有林野管理経営規程3条3項の「森林と人との共生林」に分類され,その中の「森林空間利用タイプ」(国有林野管理経営規程5条1項2号)のうち「レクリエーションの森」(国有林野管理経営規程13条5項)の野外スポーツ地域に選定されていたことは,前提事実(1)イのとおりである。

国有林野管理経営規程(乙イ2)は,(ア)3条3項で,「森林と人との共生林」は,生態系としての森林の重要性を踏まえた生物多様性の保全又は森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る観点から,生活環境保全又は保健文化機能の発揮を第一とすべき国有林野をいうと,(イ)5条1項2号で,「森林と人との共生林」については,主に原生的な森林生態系の維持等自然環境の保全を図ることを第一に発揮すべき「自然維持タイプ」と,主に森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る等生活環境保全機能及び保健文化機能を第一に発揮すべき「森林空間利用タイプ」の2つに区分して定めるものとすると,それぞれ定めた上,(ウ)13条5項で,「レクリエーションの森」は,「森林空間利用タイプ」のうち,自然景観,森林の保健・文化・教育的利用の現況及び将来の見通し,地域の要請等を勘案して,国民の保健・文化・教育的利用に供する施設又は森林の整備を特に積極的に行うことが適当と認められる国有林野を選定するものとすると定め,また,(エ)同条3項で,「保護林」は,「自然維持タイプ」のうち,動植物の生息又は生育状況,地域の要請等を勘案して,原生的な森林生態系から成る自然環境の維持,動植物の保護,遺伝資源の保存,施業及び管理技術の発展等に特に資することを目的として管理を行うことが適当と認められる国有林野を選定するものとすると定めている。そうすると,上記の「森林と人との共生林」の中の「森林空間利用タイプ」のうち「レクリエーションの森」である本件国有林野は,(ア)生態系としての森林の重要性を踏まえた生物多様性の保全又は森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る観点から生活環境保全又は保健文化機能の発揮を第一とすべき国有林野の中でも,(イ)主に原生的な森林生態系の維持等自然環境の保全を図ることを第一に発揮すべき国有林野ではなく,主に森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る等生活環境保全機能及び保健文化機能を第一に発揮すべき国有林野であり,(ウ)そのうち,国民の保健・文化・教育的な利用に供する施設又は森林の整備を特に積極的に行うことが適当と認められる国有林野であることとなるのであって,本件国有林野は,その管理経営に当たり,主に森林とのふれあいを通じた森林と人間との共生を図る観点から,国民の保健・文化・教育的な利用に供する施設の敷地等として,生活環境の保全に係る公益的機能及び国民の保健・文化・教育的な利用に係る公益的機能を第一に発揮させるべき国有林野であり,主に生物多様性の保全を図る観点から,希少な野生動植物が生息ないし生育する森林として,自然環境の保全に係る公益的機能を第一に発揮させるべき国有林野でないこととなる。

しかし,国有林野が有する公益的機能は,国土の保全,水源のかん養に係る機能のほか,地球温暖化の防止,生物多様性の保全といった自然環境の保全に係る機能,森林環境教育の推進,国民と自然とのふれあいの場の提供といった国民の保健・文化・教育的な利用に係る機能など多岐にわたる諸要素から構成される,多面的な性格のものである(乙イ1)から,ある国有林野が,生活環境の保全に係る公益的機能及び国民の保健・文化・教育的な利用に係る公益的機能を第一に発揮させるべきものであるからといって,自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることを要しなくなるものではなく,むしろ,そのような国有林野であっても,なお,その特性に応じた自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることを要し,当該国有林野を国民の保健・文化・教育的な利用に供する上で,休養施設や,スポーツ・レクリエーション施設,教養文化施設等の整備が行われる場合,当該施設との調和を図りつつ,その特性に応じた自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることを要する。このことに加え,本件国有林野の自然的特性として,(ア)本件使用許可の当時,本件国有林野に,現実にナキウサギが生息していたことが,確認されているとはいい難いものの,(イ)平成4年3月に北海道知事が公表した,事業者作成の環境影響評価書についての審査意見書に付された附帯意見では,事業予定地域周辺にナキウサギの供給源となる生息地が存在する可能性が指摘され,その生息地に影響を与えることのないように努めることが求められており(乙ロ3),平成22年にZ社が提出した,佐幌岳の北斜面の開発行為の在り方に関する在り方調査報告書でも,本件開発行為地にナキウサギが生息し得る可能性があるガレ場が存在することが指摘され,少なくとも将来的にはナキウサギが生息する可能性があることは否定することができないものとされていたこと(甲59,67,乙イ34,乙ロ5)をも併せ考えれば,本件使用許可の当時,本件国有林野は,その管理経営に当たり,生物多様性の保全を図る観点から,ナキウサギが生息する可能性がある森林として,自然環境の保全に係る公益的機能をも発揮させるべき国有林野であったということができるのであり,本件国有林野の用途及び目的には生物多様性の保全を図る観点から自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることが含まれていたというべきである。

ウ 原告らの個別的利益の有無

上記ア及びイによれば,本件使用許可の当時,本件国有林野の目的外使用許可の処分要件には,申請に係る使用又は収益が生物多様性の保全を図る観点から本件国有林野に自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることを妨げないことが含まれていたこととなるのであり,本件使用許可の当時,本件国有林野の目的外使用許可の申請に対する許否の判断においては,当該申請に係る使用又は収益が生物多様性の保全を図る観点から本件国有林野に自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることを妨げないか否かが考慮されるべきものとされていたということができる。そして,そうであるとすると,本件使用許可の当時,生物多様性の保全を図る観点から本件国有林野に自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることによって確保される,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が,不特定多数の者の利益としては,国有財産法18条6項の規定により保護すべきものとされていたと解することができるのであり,本件使用許可が,東大雪支署長が上記の処分要件の判断を誤った違法なものであるならば,これにより不特定多数の者が有する生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあることとなる。しかし,本件使用許可を定めた行政法規が,この不特定多数の者の利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないのであって,上記の利益は(自己の)法律上保護された利益に当たるものでない。何故ならば,国有林野事業は,国土の保全その他国有林野の有する公益的機能の維持増進を図ること等を目標とするものである(乙イ1)ところ,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益は,不特定多数の者が等しく享受することができる内容及び性質を有するものであり,その利益を享受する主体の外延に何らの限定も付すことができないことからすると,専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめるべき不特定多数の者の具体的利益ないし一般的公益そのものであると考えることができるのであって,生物多様性の保全を図る観点から本件国有林野に自然環境の保全に係る公益的機能を発揮させることによって確保され,原告らがそれぞれ享受する利益は,生物多様性の保全が図られることによって良好な自然環境が保全されることによる反射的利益にほかならないものであるからである。

原告らは,良好な自然環境を享受する利益を背景として,本件使用許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有すると主張するところ,確かに,○○森林計画区の第3次地域管理経営計画の中には,「レクリエーションの森」として選定された国有林野について,「地域の意見等を踏まえて,選定目的に応じた適切な管理経営を行うものとする」とする部分がある。しかし,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめるべき不特定多数の者の具体的利益ないし一般的公益そのものであることは,上記のとおりであり,そのことからするならば,地域管理経営計画が地域の意見等を踏まえることとしているのは,それによって,国有林野の管理経営を選定目的に応じた,より適切なものとし,国有林野の公益的機能を充実させ,より高度に発揮させるためであると解されるのであり,それが,地域の住民等に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与し,これを法律上保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできない。そして,このことは,原告らの指摘に係る生物多様性条約の規定及びそのガイドライン等を踏まえてみても,異なるものでない。生物多様性条約は,生物多様性の保全の措置等について,締約国は,可能な限り,かつ,適当な場合には,各条に掲げられた措置をとるものとする(8条,9条,14条)ところ,これは,生物多様性の保全の措置等の前提となる社会経済の状況,国民の意識が締約国ごとに異なることから,各条に掲げられた措置をとるか否か,措置をとる場合にはその時期についての判断を当該締約国の広範な裁量に委ね,締約国が自国の状況に応じ,適切な範囲で生物多様性の保全の措置等をとることとしたものであると解されるが,併せて,各条に掲げられた措置をとるに当たり,その具体的な内容をどのようなものにするかについての判断も,当該締約国の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。生物多様性条約は,生物多様性の保全の措置に地域の住民等の意見を反映させるに当たり,当該地域の住民等に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与するか否かについての判断を,当該締約国の裁量に委ねているのであり,生物多様性条約の規定等を踏まえてみても,地域管理経営計画が地域の意見等を踏まえることとしているのが,地域の住民等に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与し,これを法律上保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできない。原告らの上記主張は採用することができない。

原告らは,小田急線高架化事業に関する平成17年の最高裁判所判決が,事業地の周辺地域の住民について,生活環境上の被害が生ずるおそれがあることを根拠に,原告適格を肯定したことを指摘する。しかし,都市計画事業に伴う騒音,振動等によって,上記の住民に対し,健康又は生活環境に係る著しい被害を直接及ぼすことが,当該住民個人の身体の安全に対する侵害に準ずるものであるとみることができることによれば,都市計画事業の認可がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益は,その内容及び性質上,それを専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめることが困難であるのに対して,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめるべき不特定多数の者の具体的利益ないし一般的公益そのものであることからすれば,本件使用許可を定めた行政法規が,この利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないことは,上記のとおりである。本件は上記の判例と事案を異にする。原告らの上記主張は採用することができない。

エ 本件使用許可の処分要件の観点から,原告らが本件使用許可により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということはできない。

⑶ 原告らは,本件使用許可の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であるということができない。無効確認の訴えが,当該処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができるものであることは,上記1のとおりであるところ,原告らは,本件使用許可の無効確認の訴えの原告適格を有するものであるということができないのであり,本件各訴えのうち,本件使用許可の無効確認を求めるものは不適法な訴えであるといわなければならない。

3  本件開発行為許可の無効の確認の訴えの原告適格

(1)  処分の効果の観点からの法律上保護された利益の侵害の有無

本件開発行為許可は,自然環境保全条例30条1項1号の規定により,特定の開発行為である本件開発行為地でのスキー場の建設についてされた特定の開発行為の許可であり,同スキー場の建設について,その許可の申請をしたZ社のために,特定の開発行為の禁止を個別的に解除するものであるから,その性質は警察許可であると考えることができるところ,原告らは,本件開発行為許可の効果により自己の権利ないし利益に何らの影響も受けたものでないのであり,本件開発行為許可の効果の観点から,原告らが本件開発行為許可により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということはできない。

なお,原告らは,本件開発行為許可によって学問研究の自由を侵害されたと主張するが,同主張は採用することができないことは,上記2(1)と同様である。

(2)  処分要件の観点からの法律上保護された利益の侵害の有無

次に,処分要件の観点から,原告らが本件開発行為許可により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということができるか否かについて検討する。

ア 特定の開発行為の許可の処分要件

昭和49年4月1日から施行された自然環境保全条例の30条3項1号の規定は,特定の開発行為の許可基準として,特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が,当該区域及びその周辺の地域の環境の保全上又は水源のかん養上必要な限度において,適正に保全されるように措置されていることを掲げているところ,同号及び同条4項の規定による自然環境保全規則別表の技術的細目1の森林に関する事項の中には,自然環境の保全という文言は用いられていない。しかし,(ア)自然環境保全条例が,自然環境保全法その他の法令と相まって,自然環境の適正な保全を総合的に推進するとともに,国土の無秩序な開発を防止し,もって道民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とするものである(1条)ことに加えて,(イ)平成25年4月1日から施行された生物多様性条例が,北海道環境基本条例(平成8年北海道条例第37号)3条の基本理念にのっとり,生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進し,もって人と自然とが共生する豊かな環境の実現を図り,現在及び将来の世代の道民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とするものであり(1条),生物多様性の保全は,野生動植物の種の保存等が図られるとともに,多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて保全されることを旨として行われなければならないとする(3条1項)ことにもよれば,自然環境保全条例30条3項1号の「環境の保全」には,生活環境の保全のみならず,自然環境の保全が含まれるものと解するのが相当であり,特定の開発行為の許可の処分要件には,生物多様性の保全を図る観点から当該特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が当該区域及びその周辺の地域の自然環境の保全上必要な限度において適正に保全されるように措置されていることが含まれるというべきである(自然環境保全条例と生物多様性条例との関係について,自然環境保全法は,国,地方公共団体,事業者及び国民に対し,環境基本法3条から5条までに定める基本理念にのっとり,自然環境の適正な保全が図られるように,それぞれの立場において努める責務を課す(2条)ところ,北海道環境基本条例3条1項から3項までは,環境基本法3条から5条までに定める基本理念と同様の趣旨の基本理念を定めるのであり,生物多様性条例は自然環境保全条例と目的を共通にする関係法令であるということができる。また,生物多様性条例が施行されたのが本件使用許可の後である平成25年4月1日であることは,上記のとおりであるが,北海道希少野生動植物の保護に関する条例(平成13年北海道条例第4号。以下「旧条例」という。)の規定により定められていた希少野生動植物保護基本方針や生物多様性条例附則2項の規定による旧条例の廃止の際現に旧条例の規定によりされていた許可などは,旧条例の廃止後も,生物多様性条例の規定により定められた希少野生動植物種保護基本方針や生物多様性条例の規定の許可などとみなされ(生物多様性条例附則4項ないし7項),その効力が維持されたのであり,生物多様性条例の施行前においても,その前身である旧条例の規定により,生物多様性の保全を図る観点から自然環境の保全が図られていたということができる。)。

なお,特定の開発行為の許可は,行政財産の目的外使用許可と異なり,本来自由に行うことができる特定の開発行為を,社会公共の秩序を維持するという警察目的から一般的に禁止した上,申請により,その禁止を個別的に解除する警察許可であるから,北海道知事は,特定の開発行為の許可の申請が許可要件を満たす場合,特定の開発行為の許可をしないことはできないものと解される。

イ 原告らの個別的利益の有無

特定の開発行為の許可の処分要件には,生物多様性の保全を図る観点から当該特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が当該区域及びその周辺の地域の自然環境の保全上必要な限度において適正に保全されるように措置されていることが含まれるというべきであることは,上記アのとおりであり,特定の開発行為の許可の申請に対する許否の判断においては,生物多様性の保全を図る観点から当該特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が当該区域及びその周辺の地域の自然環境の保全上必要な限度において適正に保全されるように措置されているか否かが考慮されるべきものとされているということができる。そして,そうであるとすると,生物多様性の保全を図る観点から当該特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が当該区域及びその周辺の地域の自然環境の保全上必要な限度において適正に保全されるように措置されていることによって確保される,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が,不特定多数の者の利益としては,自然環境保全条例30条3項1号の規定により保護すべきものとされていると解することができるのであり,本件開発行為許可が,北海道知事が上記の処分要件の判断を誤った違法なものであるならば,これにより不特定多数の者が有する生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあることとなる。しかし,本件開発行為許可を定めた行政法規が,この不特定多数の者の利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないのであって,上記の利益は(自己の)法律上保護された利益に当たるものでない。何故ならば,自然環境保全条例の目的が,自然環境の適正な保全を総合的に推進するとともに,国土の無秩序な開発を防止し,もって道民の健康で文化的な生活の確保に寄与することであることは,上記ア(ア)のとおりであり,特定の開発行為の許可制度は,その目的を達成するための施策の一環として行われるものであるところ,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめるべき不特定多数の者の具体的利益ないし一般的公益そのものであると考えることができることは,上記2ウのとおりであって,生物多様性の保全を図る観点から当該特定の開発行為をする土地の区域に所在する森林が当該区域及びその周辺の地域の自然環境の保全上必要な限度において適正に保全されるように措置されていることによって確保され,原告らがそれぞれ享受する利益は,生物多様性の保全が図られることによって良好な自然環境が保全されることによる反射的利益にほかならないものであるからである。

原告らは,良好な自然環境を享受する利益を背景として,本件開発行為許可の手続で意見を述べ,佐幌岳の自然環境の保全に関与する手続上の権利ないし利益を有すると主張するところ,確かに,環境影響評価条例は,道民が,事業者が対象事業に係る環境影響評価を行う方法について作成した環境影響評価方法書について環境保全の見地からの意見を有するときは,事業者に対し,意見書の提出により,これを述べることができるものとしている(8条)。しかし,環境影響評価条例が道民に意見を述べる機会を付与しているのが,道民に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与し,これを法律上保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないのであり(小田急線高架化事業に関する平成17年の最高裁判所判決は,東京都環境影響評価条例の規定の趣旨目的を,都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨目的を解釈する上で参酌したものであり,同条例の規定が,事業地の周辺地域の住民に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与し,これを法律上保護すべきものとする趣旨を含むものと解したものではない。),このことは,原告らの指摘に係る生物多様性条約の規定及びそのガイドライン等を踏まえてみても,異なるものでない。生物多様性条約は,生物多様性の保全の措置に地域の住民等の意見を反映させるに当たり,当該地域の住民等に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与するか否かについての判断を,当該締約国の裁量に委ねているのであり,生物多様性条約の規定等を踏まえてみても,環境影響評価条例が道民に意見を述べる機会を付与しているのが,道民に対し,手続上の権利ないし個別的利益を付与し,これを法律上保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないことは,上記2(2)ウと同様である。原告らの上記主張は採用することができない。

原告らは,小田急線高架化事業に関する平成17年の最高裁判所判決が,事業地の周辺地域の住民について,生活環境上の被害が生ずるおそれがあることを根拠に,原告適格を肯定したことを指摘するが,同主張は採用することができないことは,上記2(2)ウと同様である。

ウ 本件開発行為許可の処分要件の観点から,原告らが本件開発行為許可により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということはできない。

⑶ 原告らは,本件開発行為許可の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であるということができない。無効確認の訴えが,当該処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができるものであることは,上記1のとおりであるところ,原告らは,本件開発行為許可の無効確認の訴えの原告適格を有するものであるということができないのであり,本件各訴えのうち,本件開発行為許可の無効確認を求めるものは不適法な訴えであるといわなければならない。

4  国家賠償請求について

原告らが本件各許可によって学問研究の自由を侵害されたということはできないことは,上記2(1)及び3(1)のとおりであり,また,生物多様性が保全された良好な自然環境を享受する利益が専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめるべき不特定多数の者の具体的利益ないし一般的公益そのものであると考えることができ,原告らがそれぞれ享受する利益は生物多様性の保全が図られることによって良好な自然環境が保全されることによる反射的利益にほかならないものであることは,上記2(2)ウ及び3(2)イのとおりであるところ,そのことによれば,被告国又は被告北海道の公権力の行使に当たる公務員が,本件各許可を行うについて,違法に原告らに損害を加えたと認めることはできないのであり,国家賠償請求に係る原告らの主張は採用することができない。

第4結論

よって,本件各訴えのうち,本件使用許可の無効確認を求めるもの及び本件開発行為許可の無効確認を求めるものは,いずれも不適法であるから,これを却下することとし,原告らのその余の訴えに係る国家賠償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項ただし書,66条を適用して,主文のとおり判決する。

札幌地方裁判所民事第1部

(裁判長裁判官 内野俊夫 裁判官 剱持亮 裁判官 中川希)

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