札幌地方裁判所 平成27年(わ)532号 判決 2016年11月10日
主文
被告人両名をそれぞれ懲役23年に処する。
未決勾留日数中370日をそれぞれその刑に算入する。
訴訟費用のうち,証人C,同D,同E,同F,同G,同H,同I,同J,同Kに関する分は,その2分の1を被告人Aの負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人Aは,酒気を帯び,血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,平成27年6月6日午後10時34分頃,北海道砂川市a丁目b番先道路において,普通乗用自動車を運転した。
第2被告人両名は,前記日時頃,被告人Aが普通乗用自動車を,被告人Bが普通貨物自動車をそれぞれ運転し,同所先の片側2車線道路の第1車線を被告人A運転車両が奈井江町方面から滝川市方面に向かい進行し,同道路の第2車線のすぐ後方を被告人B運転車両が追走して,同所先の信号機により交通整理が行われている交差点を2台の自動車で直進するに当たり,互いの自動車の速度を競うように高速度で走行するため,同交差点に設置された対面信号機の表示を意に介することなく,同信号機が赤色を表示していたとしてもこれを無視して進行しようと考え,共謀の上,同信号機が約32秒前から赤色を表示していたのに,いずれもこれを殊更に無視し,被告人Aが,重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約111キロメートルで同交差点内に被告人A運転車両を進入させ,その直後に,被告人Bが,重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約100キロメートルを超える速度で同交差点内に被告人B運転車両を進入させたことにより,折から左方道路から信号に従い進行してきたL(当時44歳)運転の普通貨物自動車に被告人Aが被告人A運転車両を衝突させて,L運転車両同乗者M(当時17歳)及びN(当時16歳)を車外に放出させて路上に転倒させた上,被告人Bが被告人B運転車両でNをれき跨し,そのまま同車両底部で同人を引きずるなどし,よって,Lに心臓破裂,胸部大動脈裂開及び多発肋骨骨折等の傷害を,同人運転車両同乗者O(当時44歳)に胸部大動脈離断及び多発肋骨骨折等の傷害を,同車両同乗者P(当時12歳)に加療期間不明のびまん性軸索損傷及び頭蓋底骨折等の傷害を,Mに脳挫傷及び外傷性くも膜下出血等の傷害を,Nに右上腕骨骨頭部骨折,前胸部上方及び左右肩部の皮内出血並びに胸腹部前面の広範囲な表皮欠損等の傷害をそれぞれ負わせ,その頃,同所付近路上において,Lを前記心臓破裂等の傷害による外傷性ショックにより,Oを前記胸部大動脈離断等の傷害による外傷性ショックにより,北海道砂川市c丁目d番地e付近路上又はその周辺において,Nを胸腹部圧迫による窒息により,それぞれ死亡させたほか,同日午後11時55分頃,同市f丁目g番h号所在のQ病院において,Mを前記脳挫傷及び外傷性くも膜下出血の傷害により死亡させた。
第3被告人Bは,前記第2記載のとおり,普通貨物自動車を運転中,L及びNらに傷害を負わせる交通事故を起こし,もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたのに,直ちに車両の運転を停止して同人らを救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。
(証拠の標目)
略
(事実認定の補足説明)
第1主位的訴因に関し,被告人両名の各弁護人は,危険運転致死傷について,いずれも,①各被告人は赤色信号を見落としただけで殊更無視したとはいえず,②赤色信号を殊更無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転することについて,共謀がないと主張し,被告人Bの弁護人は,被告人Bの道路交通法違反(ひき逃げ)につき,③被告人Bは,被告人Aと共謀していないから,被害者N以外の4名に対する交通事故については救護義務及び報告義務を負わず,被害者Nに対する交通事故については同人をれき跨し引きずったことの認識がなかったから故意を欠き,無罪である旨主張し,被告人両名は,これに沿う供述をしている。以下これらの点につき検討する。
第2各防犯カメラの映像及び速度鑑定に関する証拠を含む関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
1 道路状況等
(1) 本件事故の現場は,南北に通じる直線道路である国道i号線(以下「本件道路」という。)上の交差点(以下「本件交差点」という。)であり,南は砂川市を通り奈井江町方面に向かい,北は滝川市方面に向かっている。本件交差点において市道と道道j線とがつながった東西に延びる直線道路(以下「交差道路」という。)と交わっており,信号機により交通整理が行われている。
(2) 本件道路沿いには,砂川市方面から本件交差点までの間に,順に,R店,オートショップS,T株式会社があり,それぞれに設置された防犯カメラには本件道路の状況が撮影されていた。R店からオートショップSまでは約387メートル,オートショップSからT株式会社までは約849メートルである。また,本件交差点の北西角にはU給油所があり,同所に設置された防犯カメラにも本件道路の状況が撮影されていた。T株式会社からU給油所までは約1022メートルであり,T株式会社から本件交差点の南側停止線(以下「本件停止線」という。)までは約963メートルである。
(3) 砂川市方面から本件交差点に向かい,本件停止線の約700メートル手前から約550メートル手前までは約1.5パーセントの下り勾配,約500メートル手前から約350メートル手前までは約1.5パーセントの上り勾配,約250メートル手前から本件停止線までは約0.15パーセントの下り勾配となっている。
(4) 本件道路の最高速度は時速60キロメートルである。
2 事件当日の被告人両名の走行状況
(1) 被告人A及び被告人Bは,V,I,Hと砂川市内の居酒屋で飲食した後,滝川に行って飲み直すことになり,被告人AがVを助手席に,Iを後部座席に同乗させて普通乗用自動車(BMW・X5,黒色。以下「A車」という。)を運転し,被告人BがHを助手席に同乗させて普通貨物自動車(シボレーアストロ・荷台のないピックアップトラックタイプ,茶色。以下「B車」という。)を運転し,本件道路を走行して滝川市方面に向かった。
(2) R店前における走行状況
R店が北東角に位置し,信号機の設置された交差点では,赤色信号に従って,第2車線の先頭にC運転車両(以下「C車」という。)が,第1車線の先頭に白色のチェイサーが停止していたところ,第2車線を走行してきたA車がC車の後ろに停車し,その後B車がA車の後ろに停車した。信号機の表示が青色に変わると,Cは,チェイサーの前に出て第1車線に車線変更し進路をA車に譲ろうと考え,アクセルを踏み込んで発進したが,A車は,C車の車線変更に先んじてC車とチェイサーとの間を第1車線へと車線変更してC車を追い越して行き,その直後にB車が第1車線に車線変更をしてC車を追い越した後,第2車線に車線変更をしてC車の直前に入り,走行を続けた。その後のA車及びB車の速度は,時速約60キロメートルで走行していたC車を大きく上回る高速度であった。
(3) オートショップS前における走行状況
オートショップSの前では,A車が第1車線を走行して通過した直後,B車がA車に連なるようにして第2車線を走行して通過した。両車の速度はともに時速130キロメートル前後であった。
(4) T株式会社前における走行状況
T株式会社の前では,B車が第2車線を先に進行し,その後A車が第1車線を走行した。T株式会社前通過時のB車の速度は時速160キロメートル前後,A車の速度は時速135キロメートルから140キロメートルであった。
この点,検察官はT株式会社前通過時の先行車両がA車,後続車両がB車であることを前提に各車両の速度について主張するが,T株式会社に設置された防犯カメラの映像(略)を子細に観察し各車両の特徴と照らし合わせると,A車は,ヘッドライトとテールランプの高さが同じくらいの位置にあり,テールランプが側面にまで及んでいるという特徴を有するところ,映像に映る先行車両は側面部にテールランプの光が見えておらず,車体の形状も上記A車のものとは一致せず,むしろ荷台のないピックアップトラックであるB車の形状と一致する。他方,後続車両は車体部分が四角い塊のように映っていて上記B車の形状とは一致せず,テールランプの光が側面部に見えており,その高さがヘッドライトの光と同じくらいであって,A車の特徴と一致する。以上によれば,先行車両がB車であり,後続車両がA車であると認められる。
3 本件交差点における事故状況
本件交差点に設置された被告人両名の対面信号機(以下「本件信号機」という。)が赤色を表示していたにもかかわらず,午後10時34分17秒,A車が第1車線を走行して本件交差点に進入し,本件交差点内で,A車の前部が,交差道路を信号に従い左方道路から走行してきた被害者L運転車両(以下「被害車両」という。)の右側面部と衝突した。この時のA車の速度は時速約111キロメートルであった。A車は衝突の衝撃によって東方向にそれ,中央分離帯上に設置された街路灯に前部が衝突して停止した。B車は,第2車線を走行し,A車と間を置かずに本件交差点に進入して,B車の右側面部が停止したA車の後部に衝突したが,停止することなく事故現場を通過した。
第3被告人両名が赤色信号を殊更無視したか否かについて
1(1) まず,本件信号機の見通し状況についてみると,実況見分調書(略)及び証人Fの証言によれば,本件道路上に車両を停止させて意識的に観察した場合,砂川市方面からは本件停止線の約776メートル手前の地点から本件信号機の赤色表示が視認可能となることが認められる。しかしながら,上記地点においては本件停止線の約600メートル手前に位置する歩道橋が目の前に見えており,同歩道橋の下に本件信号機の赤色表示が見えるような状況にあるため,走行中の運転者にとっては視認が容易とまではいえない。もっとも,この地点から本件交差点に接近するに従い本件信号機の赤色表示の視認状況は良好になり,特に前記歩道橋を通過した後は本件交差点までの間に視界を遮る障害物は存在しないのであって,遅くとも前記歩道橋を通過した後の本件停止線の約500メートル手前に至れば,進路前方に視線を向けさえすれば本件信号機が赤色表示であることを容易に認識できたと認められる(以下本件停止線の南側約500メートル手前を「信号認識可能地点」という。)。
U給油所に設置された防犯カメラの映像(略)によれば,本件信号機は本件事故発生の32秒前からずっと赤色表示であったところ,時速140キロメートルで走行したと仮定しても信号認識可能地点から本件停止線まで約13秒もの間(速度が遅ければより長い秒数になる。),ずっと赤色信号が見える状況であったのであるから,本件信号機の赤色表示を見落とすことは,常識的に見て考えられない。
(2) 次に,A車及びB車の走行状況を見ると,両車両は,いずれもR店前の交差点から加速してC車を追い越した後,制限速度を大きく超えた速度で走行を続けており,オートショップS前においてはB車に先行していたA車が,T株式会社前においてはB車の後ろを走行し,本件交差点に進入する際には再びB車に先行して走行していた。すなわち,B車がA車を追い抜いた後,A車がB車を抜き返したことが,少なくとも1回はあったことになる。
そして,証人H,同Iの各証言及び被告人Aの公判供述によれば,このような状況下で,被告人Aが,B車がA車を追い抜いた際に「B速いな。」とB車の速度を意識する発言をしたこと,被告人Bが,R店前の交差点を過ぎて加速を始めた後,「これ以上出ない」又は「出せない」という自車の速度を上げようとする意欲をうかがわせる発言をしたことが認められるから,被告人両名は,いずれも,遅くとも信号認識可能地点に至るまでには,互いの自動車の速度を意識して自車を高速度で走行させていたことが推認できる。
さらに,Wの供述調書(略)によれば,被告人両名が過去にも複数回,互いに競争するように自動車を高速度で走行させていたと供述しているところ,その内容は具体的で特に不自然な点もなく,しかもWがあえて被告人らに不利益なうそをついて罪に陥れるような動機はないので,その供述は十分に信用することができる。この供述から認められる被告人両名の過去の走行状況も被告人らが上記の認識を有していたとの認定を補強する事情となる。
このように,被告人両名は,互いの自動車の速度を意識して自車を高速度で走行させる意思を有していたといえ,信号認識可能地点に至った後,相当程度の時間,赤色信号が容易に認識できる状況であったのに,A車及びB車のいずれもが停止又は減速することなく本件交差点に進入したことからすれば,被告人両名は,いずれも,本件信号機の赤色表示を認識しながらこれに従わず,又は信号表示を意に介することなく,減速もせずに高速度のまま本件交差点を通過しようと考えて,本件交差点に進入したものと推認できる。
2(1) これに対し,被告人Aは,本件事故の直前に足下に落下したサングラスを探していたために本件信号機の赤色表示を見落としたと供述し,その具体的状況については,「本件交差点の手前にあるX店の付近でサンバイザーに掛けていたサングラスが落下したことに気づき,これを探すため,前方から視線を外し上半身を折り曲げて左側の足下を一,二秒左手で探ったが,サングラスは見つけられなかった。次に同じように足下の右側を探そうとしたらシートベルトのロックがかかったので,シートベルトを外してから,上半身を折り曲げて右側の足下を一,二秒探していた時に本件交差点に進入して事故になった。サングラスを探し始める直前に前方を見た時,本件信号機は青色だと思った。」などと供述する。
(2) しかしながら,U給油所に設置された防犯カメラの映像等によれば,本件信号機の表示は本件事故の35秒前に青色から黄色に変わっており,被告人AがX店付近で青色信号を見たのだとすると,A車は本件停止線までの間を35秒で走行したことになり,X店は本件停止線の手前約400メートルから450メートルに位置しているから,その間のA車の速度は時速約41キロメートルないし46キロメートルとなって,被害車両との衝突時のA車の速度が時速約111キロメートルであったことと整合せず,著しく不合理な走行をしたことになる。
そもそも400メートル以上もの距離を,まして高速度で,前方を見ずに,蛇行したり道路脇の縁石等にぶつかったりすることもなく走行できるとは考え難い。
さらに,被告人Aの供述を前提とすると,サングラスを探していた時間はせいぜい6秒程度と考えられるところ,仮に本件交差点に進入する直前の6秒間にサングラスを探していたのだとすると,その間のA車の速度がそれまでの地点で確認できる最も速い時速140キロメートルだったと仮定しても,サングラスを探し始めた地点は本件交差点の約233メートル手前になり,信号認識可能地点からその地点に至るまでに容易に本件信号機の赤色表示を視認できたはずであるし,それにもかかわらず,本件交差点が間近に迫っている状況で,進路前方から視線を外してサングラスを探し始めるという行動を取ること自体,常識に照らし考え難い。
以上によれば,サングラスを探していて赤色信号を見落としたとする被告人Aの供述は,本件信号機の表示やこれを認識し得る距離等の客観的状況と整合しないものであって,到底信用することはできない。
3(1) 他方,被告人Bは,進路前方のA車のテールランプ付近を見た記憶があるが,本件信号機を見たというはっきりとした記憶がなく,本件交差点進入時には本件信号機が赤色表示であることを認識していなかったと供述する。
しかし,A車のテールランプ付近を見ていたとしても進路前方の本件信号機は被告人Bの視界に入るはずであり,その赤色表示を見落とすことは考え難く,被告人Bの上記供述は不自然である。仮に被告人BがA車ばかりを注視し,本件信号機の表示を全く見ていなかったとすると,被告人Bが過去にも本件交差点を通行したことがあり,本件信号機の存在を知っていたにもかかわらず,信号認識可能地点に至った後も本件交差点に至るまで本件信号機の表示に注意していなかったことになるから,そのような運転態度は本件信号機の表示を意に介していなかったことの表れというほかない。
(2) 被告人Bの弁護人らは,①B車がR店前の交差点では赤色信号に従い停止したこと,②本件交差点は見通しが悪く,赤色信号を認識していれば本件交差点に進入するはずがないこと,③過去に赤色信号無視の交通違反歴がないこと,④被告人Bが過去に行った赤色信号無視は,黄色信号から赤色信号に変わった直後に交差点に進入したり,赤色信号から青色信号に変わる直前に発進したりしたもので,本件とは態様を異にすること,⑤Hは本件交差点手前で被告人Bに対して「赤だぞ」と言ったと証言するが,そのような事実は認められず,もし言ったとしても被告人Bには聞こえなかった可能性があることを理由に,被告人Bは赤色信号を見落としたにすぎず,殊更無視したものではないと主張する。
しかしながら, ①については,R店前の交差点では,第1車線には白いチェイサーが,第2車線にはC車が既に赤色信号に従って停止しており,B車及びA車はその後ろに停止せざるを得ない状況であったから,本件交差点とは状況を異にする。
また,②については,U給油所に設置された防犯カメラの映像によれば,本件事故の前に本件信号機が赤色表示となってから被害車両が本件交差点に進入するまでの32秒間に交差道路から本件交差点に進入してくる車がなく,交通量が閑散であったことや,被告人Bが過去にも本件交差点を通行した経験があることを踏まえれば,交差道路を進行してくる車はないだろうと判断したとしても不自然ではないから,赤色信号を認識していれば本件交差点に進入するはずがないとはいえない。
そして,過去の赤色信号無視の有無や態様,Hが「赤だぞ」と言ったか否かにかかわらず,被告人Bが本件信号機の赤色表示を容易に認識できる状況であったのに停止又は減速することなくB車を本件交差点に進入させたことをもって赤色信号を殊更無視したと推認できることは前述のとおりであるから,③ないし⑤の主張は当を得たものではない。
したがって,被告人Bの弁護人らの主張はいずれも採用できない。
4 さらに付言すれば,被告人両名の供述を前提とすると,両名は別個の事情によりたまたま同じ交差点で赤色信号を見落としたことになるが,それは余りにも偶然に過ぎ,不合理というほかない。
5 以上検討したところによれば,被告人A及び被告人Bについて,いずれも,本件信号機の赤色表示を認識しながらこれに従わず,又は本件信号機の赤色表示を容易に認識できたにもかかわらず,その表示を意に介することなく,本件交差点に進入したことの推認を妨げる事情は認められず,赤色信号を殊更無視したことが認められる。
第4被告人両名の共謀の有無について
1 前述したとおり,被告人両名は互いの自動車の速度を意識して自車を高速度で走行させる意思を有していたといえるところ,関係証拠によれば,被告人両名は,そもそも同じ場所から出発して一緒に飲みに行くために同じ目的地を目指していたのであり,R店前の交差点での発進時には同じように加速してC車を追い越し,その後もいずれも高速度のまま走行を続け,オートショップS前,T株式会社前及び本件交差点のいずれの地点においても,2台の自動車が相前後して非常に近い距離で走行していること,本件交差点に至るまでの間にA車及びB車の前後が入れ替わるなどしていることが認められる。このような客観的事情をも併せて考えれば,被告人両名が互いに相手とは無関係に高速度で走行したとは到底考えられず,A車及びB車がR店前でC車を追い越してから本件交差点に進入するまでの間,被告人AはB車が高速度で走行する状況を,被告人BはA車が高速度で走行する状況を互いに認識した上で,一方が速度を上げればそれに応じてもう一方も速度を上げるなどして,互いの自動車の速度を競うように高速度で走行していたことは明らかであり,現に被告人Bは,高速度で走行するA車についていくために,自分も高速度で走行した旨供述しているところである。
そして,A車とB車は,このように互いの走行状況を認識しながら自らも高速度での走行を続け,信号認識可能地点に至ってから本件交差点に至るまでの間も,いずれも減速したり停止したりする様子を見せることなく高速度のままで本件交差点に接近していったのであるから,そのような相手の停止しようとしない走行状況を被告人両名は互いに認識していたということができる。そうすると,被告人両名は,相手が赤色信号に従わずに高速度のままで本件交差点を通過しようとする意思を有していることを認識し,自らも一緒に赤色信号に従わずにそれまでの走行と同様に競うように高速度のまま本件交差点を通過しようとする意思を有していたといえる。
このような事情に照らせば,被告人両名は,本件交差点に進入する時点において,本件信号機の赤色表示に従わずに高速度のままで本件交差点を通過しようとする意思を相通じていたといえるから,赤色信号を殊更無視して重大な交通の危険を生じさせる速度で本件交差点に進入することにつき,被告人両名の間に共謀が成立していたと認めることができる。
2(1) これに対し,被告人Aの弁護人は,①A車及びB車がR店前から本件交差点までの間速度を上げ続けたわけではないこと,②被告人Aが走行中に速度を落としたり進路前方から視線を外してサングラスを探すなどしていることから速度を競う気持ちがなかったこと,③被告人らが過去に赤色信号を無視するような競争をしていないことを理由に,被告人両名の間に赤色信号を殊更無視することについての共謀が成立しないと主張する。
(2) しかし,①については,本件道路には本件交差点に至るまでの間に上下の勾配が認められるから,意図的に減速しなくても速度の変動は生じ得るし,状況に応じて速度を調節することも当然あり得るのであり,いずれにせよ時速約100キロメートル以上の高速度は維持されている以上,その中で減速があったからといって,互いの自動車を高速度で走行させていたことは否定されない。そもそも,被告人らは,勝敗を決めようと競争していたとは限らず,並走しながら競うように高速度で走行することに主眼があったと考えれば,相手に引き離されなければ足りるのであるから,速度を上げ続けなかったことは共謀を否定する事情にはならない。
②についても,①と同様の理由から,被告人Aが一時的に速度を落としたり進路前方から視線を外していたとしても,共謀を否定する事情とはならない。
そして,③については,本件犯行時に本件交差点に進入するに当たり,A車及びB車が本件信号機が赤色信号を表示しているにもかかわらず減速をすることもなく高速度のまま走行していることを被告人両名が互いに認識しつつ,一緒に同様の走行をしたことが重要なのであって,過去に赤色信号を無視する競争をしたことがなかったとしても,共謀の成立は妨げられない。
したがって,被告人Aの弁護人の主張はいずれも採用できない。
3(1) 他方,被告人Bの弁護人らは,①被告人らが互いの自動車の速度を競い合ったのは,Wの供述を前提としても本件事故の約1年前であり,しかも赤色信号を越えて競争したことは一度もないこと,②R店から本件交差点までの間,A車が減速したのにB車がA車の前に出たことがなく,被告人BはA車について行こうとしただけであること,③被告人Bが赤色信号を見ていなかったこと,④B車が時速100キロメートルを超える速度で本件交差点に進入した証拠がないことを理由に,被告人両名の間に赤色信号を殊更無視することについての共謀が成立しないと主張する。
(2) しかし,①については,第4の2(2)に述べたとおり,過去に赤色信号無視をした競争をしたことがなかったとしても,共謀の成立が妨げられるわけではない。
②については,T株式会社前ではB車がA車に先行しているので,弁護人らの主張は前提を欠く。
③については,第3の3(2)に述べたとおり,被告人Bが赤色信号を見ていないことは考え難いし,見ていないとすれば本件信号機の表示を意に介していなかったことにほかならないから,やはり被告人らの共謀は否定されない。
そして,④については,証人Hは,走行中に被告人Bの自動車の速度計を見たところ時速約50マイル(80キロメートル)から60マイル(96キロメートル)を表示しており,その後徐々に加速していったと証言しているほか,被告人B自身も本件交差点に進入する際には時速100キロメートルは出ていたと思うなどと供述しているのであるから,B車が時速約100キロメートルを超える速度で本件交差点に進入したことは明らかである。
したがって,被告人Bの弁護人らの各主張も採用できない。
4 以上の次第で,被告人両名には危険運転についての共謀を認めることができる。
第5被告人Bの救護義務違反及び報告義務違反について
前述のとおり,被告人両名の間には,危険運転致死傷罪の共謀が成立するから,A車が被害車両に衝突したことについても,被告人Bは責任を負う関係にある。すなわち,A車が被害車両に衝突して傷害を負わせた交通事故も,被告人Bの運転に起因するものといえる。
そして,被告人Bの供述によれば,被告人Bは,自車の前方を高速度で走行して本件交差点に進入したA車が交差道路を走行してきた被害車両と出合い頭に衝突したのを認識していたことが認められるから,そのような事故の態様からすれば,被告人Bがこの衝突によって人が負傷したであろうことを認識していたことは常識的に考えて明らかである。そして,被告人Bのこれを認識する能力が劣っていたような事情も見当たらないのであるから,被告人Bには救護義務違反及び報告義務違反の故意が認められる。
被告人Bは,被害者らが負傷していることは考えていなかったと供述するが,その趣旨は要するによく考えなかったということに尽きるのであって,救護義務違反及び報告義務違反の故意を否定すべき事情にはならない。
したがって,被告人Bが被害者Nをれき跨したこと又はB車の車底部で同人を引きずったことを認識していたか否かを検討するまでもなく,被告人Bには被害車両に乗車していた被害者ら5名に対する救護義務違反及び本件事故についての報告義務違反の罪が成立する。
第6結論
以上の次第で,被告人両名について,主位的訴因の各罪が成立するものと認定した。
(法令の適用)
被告人Aにつき
罰 条
判示第1の行為 道路交通法117条の2の2第3号,65条1項,同法施行令44条の3
判示第2の行為
危険運転致死の点 被害者ごとに刑法60条,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条後段5号
危険運転致傷の点 刑法60条,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条前段5号
科刑上一罪の処理
判示第2の罪 刑法54条1項前段,10条(刑及び犯情の最も重いNに対する危険運転致死罪の刑で処断)
刑 種 の 選 択
判示第1の罪 懲役刑
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
被告人Bにつき
罰 条
判示第2の行為
危険運転致死の点 被害者ごとに刑法60条,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条後段5号
危険運転致傷の点 刑法60条,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条前段5号
判示第3の行為
救護義務違反の点 道路交通法117条2項,1項,72条1項前段
報告義務違反の点 道路交通法119条1項10号,72条1項後段
科刑上一罪の処理
判示第2の罪 刑法54条1項前段,10条(刑及び犯情の最も重いNに対する危険運転致死罪の刑で処断)
判示第3の罪 刑法54条1項前段,10条(重い救護義務違反の罪の刑で処断)
刑 種 の 選 択
判示第3の罪 懲役刑
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
2台の自動車で,一般国道を並走しながら,互いの自動車の速度を競うように高速度で走行し,ともに時速約100キロメートルを超える高速度で交差点に進入するという犯行態様は,交通ルールをまるで無視したものであり,交通量が比較的少なくなった夜間であることを考慮しても,危険極まりないものである。2名を即死させるほどの激しい衝突状況や,B車による長男のれき跨・引きずりという被害拡大は,まさにその危険性が現実化したものといえる。
そして,4名を死亡させ,1名に重傷を負わせるという被害結果自体,これまでに例を見ないほど甚大かつ悲惨なものである。死亡した4名の肉体的苦痛が大きかったことは容易に想像できるところであり,希望ある将来を奪われた長女及び長男,重傷を負った二女を残して突然人生の幕を下ろすことになった両親の無念さや悲しみも察するに余りある。とりわけ胸を圧迫され引きずられる苦しさや恐怖の中で絶命した長男の苦痛は想像を絶するものである。また,一命を取り留めながらも重篤な後遺症が残った二女については,その肉体的苦痛はもとより,わずか12歳で一度に家族全員を失った孤独感や将来の不安も計り知れない。遺族の悲しみも相当に深く,厳罰を求めているのも当然である。
経緯をみても,被告人らは,飲酒の上,飲み直しに行くために運転中,必要もないのに競うように高速度で走行し,赤色信号を無視した挙げ句,重大な事故を起こしたのであるから,身勝手極まりなく,厳しく非難されなければならない。
被告人らの個別の事情についてみると,被告人Aは,自車を直接被害車両に衝突させており,その衝突だけで3名を死亡させたほか,2名を負傷させている。加えて,酒気帯び運転の罪責もある。そうすると,被告人Aの刑事責任は,赤色信号を殊更無視した危険運転致死傷事案の中でも類を見ないほど重いものというべきである。そして,被告人Aは,責任逃れのための弁解に終始し,自身の責任に向き合い真摯に反省しているとはいえないことなどをも考慮すると,対人賠償無制限の任意保険に加入しており,金銭賠償が見込まれることなどの事情を踏まえても,法律上上限の刑がふさわしい。
また,被告人Bは,被害車両とは衝突していないが,路上に投げ出された長男を自車で引きずるという痛ましい態様で死亡させている。さらに,飲酒運転発覚を免れたいという理由で,被害者らの安否を確認せずに放置して逃走した救護義務違反及び報告義務違反の犯行に加え,逃走後に自分の自動車にビニールシートを掛けるなどして事故に関わった痕跡を隠そうとしたことは,余りに自己中心的な行動であって,この点においても強い非難を免れない。こうしたひき逃げに伴う諸事情をも勘案すると,被告人Bの刑事責任も,被告人Aと同様に,赤色信号を殊更無視した危険運転致死傷事案の中でも類を見ないほどに重いものである。そして,被告人Bは,事件の核心についてごまかすような曖昧な供述に終始し,真摯な反省の態度が認められないことなどをも考慮すると,その責任の重さは被告人Aのものと差異がないというべきであるから,被告人Aと同じ刑とした。
検察官 仲戸川武人,笠原達矢,北畠智大 各出席
弁護人(被告人A・私選) 大箸信之〔主任〕,酒井将平
(被告人B・国選) 村田雅彦〔主任〕,仲世古善樹 各出席
(求刑 主位的訴因・被告人Aにつき懲役23年,被告人Bにつき懲役23年,予備的訴因・被告人Aにつき懲役10年,被告人Bにつき懲役7年)
(裁判長裁判官 田尻克已 裁判官 薄井真由子 裁判官 中川大夢)