札幌地方裁判所 平成27年(行ウ)13号 判決 2016年7月11日
主文
1 本件訴えのうち北海道知事が平成26年12月1日付けでした北海道労働委員会第41期労働者委員の任命処分の取消しを求める訴えに係る部分をいずれも却下する。
2 本件訴えのその余の部分に係る原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 北海道知事が平成26年12月1日付けでした北海道労働委員会第41期委員の任命処分のうち別紙2「北海道労働委員会第41期委員名簿」の労働者委員欄記載の各人に対する部分を取り消す。
2 被告は,原告北海道労働組合総連合,原告道北勤医協労働組合,原告道東勤労者医療協会労働組合及び原告札幌地区労連・ローカルユニオン結に対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成26年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告A,原告B及び原告Cに対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成26年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,北海道労働委員会(以下「道労委」という。)第41期労働者委員の候補者の推薦をした労働組合及びその候補者である原告らが,北海道知事(以下「処分行政庁」という。)が平成26年12月1日付けでした上記労働者委員の任命処分(以下「本件任命処分」という。)は,我が国に2系統ある労働組合のうち日本労働組合総連合会(以下「連合」という。)の系統に属する日本労働組合総連合会北海道連合会(以下「連合北海道」という。)に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者のみを労働者委員に任命しているところ,これは,もう1つの系統である全国労働組合総連合(以下「全労連」という。)の系統に属する原告北海道労働組合総連合(以下「原告道労連」という。)に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者である原告Aらを排除し,原告道労連及びこれに加盟する労働組合とその組合員を差別するものであるなどと主張し,本件任命処分の取消しを求めるとともに,処分行政庁の違法な公権力の行使である本件任命処分によって社会的信用と名誉の毀損等の損害を被ったと主張し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害賠償請求として,被告に対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成26年12月1日(本件任命処分の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
⑴ 当事者等
ア 原告ら
(ア) 原告道労連は,全労連の地方組織(ローカルセンター)として,平成元年11月26日に,北海道内の単位労働組合をもって結成された労働組合である。
(イ) 原告道北勤医協労働組合(以下「原告道北勤医労」という。)は,旭川市に本部を置く医療法人道北勤労者医療協会と関連の医療機関,薬局,介護施設等で働く看護師,薬剤師,介護職員,事務職員等で組織された単位労働組合であり,原告道労連に加盟している。
原告Aは,平成11年9月21日から平成25年9月20日まで原告道北勤医労で執行委員長を務めた経歴を有し,平成23年9月からは旭川労働組合総連合で議長を務め,本件任命処分当時も同職を務めていた者であって,原告道北勤医労から,道労委第41期労働者委員の候補者としての推薦を受けた者である(甲1の1)。
(ウ) 原告道東勤労者医療協会労働組合(以下「原告道東勤医労」という。)は,医療法人道東勤労者医療協会,株式会社D及び株式会社Eで働く労働者で組織された単位労働組合であり,釧路市に事務所を置き,原告道労連に加盟している。
原告Bは,本件任命処分当時,原告道東勤医労及び北海道医療労働組合連合会で執行委員長を務めていた者であり,原告道東勤医労から,道労委第41期労働者委員の候補者としての推薦を受けた者である(甲1の2)。
(エ) 原告札幌地区労連・ローカルユニオン結(以下「原告ローカルユニオン結」という。)は,産業や業種,企業,正規・非正規といった雇用形態を問わず,札幌圏で働く労働者で組織された単位労働組合であり,原告道労連と同一住所に事務所を置き,原告道労連に加盟する札幌地区労働組合総連合に加盟している。
原告Cは,本件任命処分当時,原告ローカルユニオン結の副執行委員長,札幌地区労働組合総連合の労働相談室長及び全国自動車交通労働組合総連合会北海道地方連合会の副執行委員長を務めていた者であって,原告ローカルユニオン結から,道労委第41期労働者委員の候補者としての推薦を受けた者である(甲1の3)。
イ 処分行政庁は,労働組合法(以下「労組法」という。)19条の12第3項の規定により,労働組合の推薦に基づいて道労委の労働者委員を任命する権限を有している。
⑵ 本件各処分までの道労委の労働者委員の任命状況
ア 我が国の労働組合は,平成元年まで,全国中央組織(ナショナルセンター)である日本労働組合総評議会(以下「総評」という。),全日本労働総同盟(以下「同盟」という。)及び中立労働組合連絡会議(以下「中立労連」という。)の系統ごとに組織されてきたが,同年の労働界再編以降は,ナショナルセンターである連合,全労連及び全国労働組合連絡協議会の系統ごとに組織されている。
原告道労連は平成元年に,連合北海道は平成2年に,それぞれ全労連ないし連合のローカルセンターとして北海道内の単位労働組合をもって結成された。平成25年の労働組合基礎調査によると,平成25年6月30日現在,連合北海道に属する組合員は24万2471人(北海道内の労働組合員全体の73.4%),原告道労連に属する組合員は1万9190人(5.8%),その他の組合員(上級団体に加盟していない労働組合の組合員を含む。)は6万8796人(20.8%)であり,また,平成26年の労働組合基礎調査によると,平成26年6月30日現在,連合北海道に属する組合員は24万0191人(73.6%),原告道労連に属する組合員は1万8582人(5.7%),その他の組合員は6万7783人(20.7%)であった。
イ 平成元年の労働界再編までは,総評,同盟及び中立労連の各系統から道労委の労働者委員が任命されていたが,同再編後である平成2年の第29期以降,12期24年連続して,連合北海道に属する者が労働者委員に任命されており,他の系統に属する者は任命されていない。
⑶ 本件任命処分等
ア 道労委第41期労働者委員の候補者の推薦を求める公告(乙1)
処分行政庁は,平成26年9月16日,労働組合法施行令(以下「労組法施行令」という。)21条1項の規定により,道労委の第41期労働者委員及び使用者委員の候補者の推薦を求める公告をした。同公告では,推薦期間は,平成26年9月16日から同年10月15日までの間,推薦資格を有する労働組合は,労組法2条及び同法5条2項の規定に適合するものとされ,また,被推薦資格を有する者については,以下の(ア)ないし(ウ)のいずれにも該当する者であることとされていた。
(ア) 労組法19条の4第1項に規定する欠格条項に該当しない者であること。
(イ) 選任時の年齢が満69歳以下であること。
(ウ) 道労委における在任期間が10年以内であること。
イ 原告らによる推薦(甲1の1ないし3)
(ア) 前記アの公告を受けて,原告道労連は,平成26年8月30日開催の平成26年度第1回執行委員会において,原告A,原告B及び原告C(以下,これら候補者である原告らを併せて「原告Aら」という。)を道労委第41期労働者委員の候補者として推薦する旨を確認した。
(イ) 原告道北勤医労,原告道東勤医労及び原告ローカルユニオン結(以下,これら推薦組合である原告らを併せて「原告道北勤医労ら」という。)は,前記アの推薦期間内に,原告Aらの推薦書を北海道経済部労働局雇用労政課に提出した。
ウ 原告道労連の処分行政庁に対する要請
原告道労連は,平成26年9月24日,処分行政庁に対し,長年にわたる連合北海道による労働者委員独占の偏向を改め,労働者委員の公正な任命を求める旨の要請を行った。
エ 本件任命処分(乙3)
処分行政庁は,平成26年12月1日付けで,連合北海道に加盟する労働組合の推薦する別紙2「北海道労働委員会第41期委員名簿」労働者委員欄に記載の7人を道労委第41期労働者委員に任命し(本件任命処分),原告A,原告B及び原告Cについては,労働者委員に任命しなかった。
⑷ 原告らは,平成27年3月16日,本件任命処分の取消しを求めるとともに,国賠法1条1項の規定に基づき,それぞれ100万円の損害賠償を求める本件訴えを提起した。
2 争点
(本案前の争点)
⑴ 原告らは,本件任命処分の取消しを求める訴えにつき原告適格を有するものであるか(原告適格の有無)(争点1)。
⑵ 本件任命処分の取消しを求める訴えが不適法なものである場合,同訴えと併合提起された本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えは適法なものであるか(国家賠償請求の訴えの適否)(争点2)。
(本案の争点)
⑶ 本件任命処分の違法の有無(争点3)
⑷ 被告の国家賠償責任の有無(争点4)
3 争点に対する当事者の主張
⑴ 争点1(原告適格の有無)について
(原告らの主張)
ア 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)は,平成16年法律第84号における改正において,原告適格につき9条2項を新設し,行政処分の直接の名宛人以外の者の原告適格を判定する際の考慮事項の方向性を明文化した。この改正は,国民の権利利益の実効的救済の確保という観点から,取消訴訟の原告適格に関する「法律上の利益」(行訴法9条1項)という概念について,具体的な紛争状況に対応した柔軟な解釈をすることを求めたものであり,原告適格を実質的に拡大したものである。
そして,次のとおり,本件で,行訴法9条2項の定める事項を考慮すれば,労組法等の関係法令は,①労働組合から労働者委員の候補者として推薦を受けた者(以下「被推薦者」という。)には,労働者委員の任命にあたって,他の系統に属する労働組合の推薦を受けた候補者と平等に自己の利益を手続上考慮されるべき権利又は利益を,そして,②労働者委員の候補者を推薦した労働組合(以下「推薦組合」という。)及び同組合の加盟するローカルセンターには,多数の被推薦者の中から労働者委員が選考・決定される際に,公正で,かつ,内容的にも裁量権の範囲内における適正な判定を受けるという手続上の権利又は利益を,それぞれ「法律上の利益」として保護しているものといえる。
イ 被推薦者(原告A,原告B及び原告C)の原告適格について
(ア) 労働委員会は,労働者が団結することを擁護し,及び労働関係の公正な調整を図ることを任務とし(労組法19条の2第2項参照),労働組合の資格審査(労組法5条1項及び11条),労働協約の地域的一般的拘束力の決議(労組法18条)のほか,不当労働行為事件の審査等(労組法20条)の準司法的権限並びに労働争議のあっせん,調停及び仲裁(労組法20条)等の調整的権限を有し,かつ,これを独立して行使するものである。
労働者委員は,上記の労働者委員会の準司法的権限や調整的権限の行使に関わるとともに,労働者委員会の構成員として,その運営に関与している。
(イ) 上記のような権限及び役割を担う労働者委員の任命にあたっては,労働組合が推薦した候補者からの任命が絶対的要件となっているところ,任命権者である都道府県知事による適正な行政権限の行使を期待する国民は,労働者委員に任命されなかった候補者については,任命された候補者に比して,労働者委員の権限及び役割を担うのに適さない人物であるとみなすことになるから,被推薦者は,労働者委員の任命につき,個別具体的な利害関係を有するものといえる。
(ウ) そして,上記の点に加えて,憲法14条1項の平等原則に照らせば,被推薦者は,労働者委員の任命にあたって,他の系統に属する労働組合が推薦した被推薦者と平等に自己の利益を手続上考慮されるべき権利又は利益を有するものといえる。
(エ) したがって,被推薦者である原告Aらは,処分行政庁による本件任命処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有するものといえるから,本件任命処分取消訴訟の原告適格がある。
ウ 推薦組合である原告道北勤医労らの原告適格について
(ア) 労働組合は,労働者委員の推薦権を有しており,この推薦権及び推薦制度の趣旨及び目的から,多数の被推薦者の中から労働者委員が選考・決定される際に,公正で,かつ,内容的にも裁量権の範囲内における適正な判定を受けるという手続上の権利又は利益(自己の利益について手続上差別なく考慮を受けるべき権利又は利益)を有しているものといえる。
都道府県労働委員会の委員の任命制度の特徴の1つとして,利益代表である労働者委員の推薦制度が挙げられるところ,同制度は,労使自治に基づく団結権保障という労働委員会制度の趣旨から,労働者委員の任命手続において,労働者の利益を代表する労働組合の積極的参加が必要であるとの理解を前提とするものである。また,労働者委員は,不当労働行為事件の調査や審問において当事者や証人等に発問するなど,不当労働行為事件の救済手続に参与して,労使紛争の解決する任務にあたっており,推薦組合は,自己が推薦した労働者委員が参加することにより救済の実を挙げることができる。
そうすると,労組法は,労働組合が労働者委員の適格者につき豊富な情報を保有していることに着目し,事実としての判断材料の提供以上のことを期待して,労働組合に労働者委員の推薦権を付与しているのであり,労働者委員の任命に労働組合の意思を反映する利益を認めているというべきである。
労組法19条の12第3項の労働者委員の推薦制度の上記趣旨及び目的に照らせば,同制度は,労働者の利益を代表する労働組合に労働者委員任命手続への積極的な参加を認め,それを通じて労使自治に基づく団結権の保障を実効あらしめようとした利益代表制度であるということができる。そして,労働組合の推薦に基づく労働者委員の選任手続は,労働者委員の主たる役割が不当労働行為事件の解決や労働争議の調停に際して労働者と使用者あるいは労働者内部で現実に相対立している多様な利害関係の調整を図ることにあることを踏まえて,可能な限り,その多様な利害を労働者委員の構成に反映することを保障するものであるといえる。
また,前述したように,国民は,労働者委員に任命されなかった候補者については,労働者委員の権限及び役割を担うのに適さない人物であるとみなすところ,このような評価は,被推薦者にとどまらず,その推薦組合にも及ぶものであるから,推薦組合も,被推薦者と同様,労働者委員の任命につき個別具体的な利害関係を有するものといえる。
(イ) 上記の労組法19条の12第3項の趣旨ないし目的,労働組合による推薦制度が必然的にもたらす効果及び憲法14条1項の平等原則等に照らせば,労組法19条の12第3項は,推薦組合に対し,労働者委員が個別具体的に選考・決定される際に,公正で,かつ,内容的にも裁量権の範囲内における適正な判定を受けるという手続上の権利又は利益(自己の利益について手続上差別なく考慮を受けるべき権利又は利益)を,個別具体的な権利又は利益として保護しているものといえる。
(ウ) したがって,推薦組合である原告道北勤医労らは,処分行政庁による本件任命処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有するものといえるから,本件任命処分取消訴訟の原告適格がある。
エ 原告道労連の原告適格について
(ア) 原告道労連は,「労組法第2条及び第5条2項の規定に適合するものである」との要件を満たさないために,直接,原告Aらを労働者委員に推薦することができず,自らに加盟する原告道北勤医労らを通じて,原告Aらを推薦したものである。
前述したように,労働組合による推薦制度を定める労組法19条の12第3項は,推薦組合につき,労働者委員が個別具体的に選考・決定される際に,公正で,かつ,内容的にも裁量権の範囲内における適正な判定を受けるという手続上の権利又は利益を,具体的な権利又は利益として保護しているところ,原告道労連の組織形態や原告Aらの推薦経過に加えて,労働者を広く代表する権能を有するローカルセンターの機能と役割は,行政手続上,単位労働組合と平等かそれ以上に尊重されなければならないこと等を考慮すれば,原告道労連も,推薦組合である原告道北勤医労らと同様に,上記の権利又は利益を有するものといえる。
(イ) したがって,原告道労連は,処分行政庁による本件任命処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有するものといえるから,本件任命処分取消訴訟の原告適格がある。
(被告の主張)
ア 本件で,原告らは,いずれも,処分行政庁による本件任命処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」にはあたらないから,本件任命処分取消訴訟の原告適格を有しない。
(ア) 都道府県労働委員会は,準司法的権限及び調整的権限を有し,これを独立して行使するものであるところ,労組法が,このような権限及び権能を有する同委員会の構成を,使用者委員,労働者委員及び公益委員の三者構成としている趣旨は,労使紛争の適正かつ円滑な解決の促進という公益の実現にあるから,労働者委員の任命は,都道府県知事において労働者の立場を一般的に代表する者を任命する行為であると解するべきである。
そのため,推薦組合及び被推薦者(労働者委員に任命された者を除く。)は,都道府県知事による労働者委員の任命により,その権利義務又は法律上の地位に何らの影響を受けないものといえる。
(イ) また,都道府県知事が労働者委員を任命するにあたっては,労働組合の推薦を受けていない者は任命できないとの制約はあるが,その他には,推薦の方法や任命権の行使につき何らの制約もないことからすれば,労組法19条の12第3項の定める労働者委員の推薦制度の趣旨及び目的は,都道府県知事において労働者委員の適格者が誰であるかということを必ずしも的確に知り得るものではないという実情に鑑み,労働組合の推薦に基づいて労働者委員を任命することが労働者の一般的利益という公益の実現に資するというところにあるものといえる。
そうすると,仮に,労働者委員の推薦制度につき,推薦組合ないし被推薦者に何らかの利益があるとしても,それは,労組法が,労働者の一般的利益という公益の実現を目的として,労働者委員の任命権者である都道府県知事の裁量権の行使に制約を課したことにより受けられる反射的利益に過ぎない。
加えて,被推薦者が労働者委員の権限及び役割を担い得る適格者であるかどうかの判断は,都道府県知事の広範な裁量に委ねられていると解するのが相当であり,都道府県知事は,専ら公益的な見地からその判断を行うものであるから,労組法の規定が,推薦組合ないし被推薦者の具体的利益を,専ら一般公益の中に吸収解消させるにとどめず,その個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできない。
(ウ) 以上によれば,原告道北勤医労らは,原告Aらを,それぞれ個別の労働者委員候補者として推薦することはできるが,その推薦に基づいて原告Aらが労働者委員に任命されることが法律上の権利又は利益として保護されているわけではなく,また,原告Aらは,処分行政庁に対し,労働者委員に任命することを求めることができる法的地位にあるわけではないから,本件任命処分により,原告道北勤医労らの推薦する原告Aらが労働者委員に任命されなかったとしても,原告道北勤医労ら及び原告Aらの法律上の権利又は利益が侵害されたということはできない。
そして,原告道労連については,道労委による労組法2条及び5条2項の適合審査を受けてないため推薦組合になり得ず,原告Aらを推薦した労働組合ですらないのであるから,本件任命処分により,その法律上の権利又は利益が侵害されたということができないことは明らかである。
(エ) 原告らは,国民は,労働者委員に任命されなかった候補者を,任命された候補者よりも労働者委員の権限及び役割を担うのに適さない人物であるとみなし,このような否定的な評価は,当該候補者を推薦した労働組合にも及ぶことになるから,本件任命処分につき,原告道北勤医労ら及び原告Aらには,個別具体的な利害関係があり,個別的利益を有するものといえる旨を主張する。
しかし,原告らの主張するように,労働者委員に任命されなかったことが当該候補者に対する否定的な評価に結び付くものとは考え難いし,仮に,そのような評価がされることになったとしても,それは,事実上の不利益に過ぎず,そのことをもって,原告らの法律上の権利又は利益が侵害されたということはできないから,原告らの上記主張には理由がない。
イ したがって,原告らは,本件任命処分により,自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者に該当するということはできず,行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」にあたらないから,本件任命処分取消訴訟の原告適格を有するものではない。
⑵ 争点2(国家賠償請求の訴えの適否)について
(被告の主張)
ア 取消訴訟と併合提起された関連請求に係る訴え(行訴法16条1項参照)が,その併合要件を満たさなくなったために,不適法な訴えとなる場合においては,受訴裁判所としては,原則として,併合された関連請求に係る訴えを独立の訴えとして取消訴訟と分離した上で,自ら審判すべきである。
もっとも,関連請求の併合が,取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし,専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認めるべき特段の事情がある場合には,例外的に,その関連請求に係る訴えは却下すべきである。
イ 本件任命処分の取消しを求める訴えが不適法であることは前述したとおりであるところ,本件訴訟の実質的な目的は,専ら本件任命処分の効力を争い,原告道労連に加盟する労働組合から推薦を受けた者を労働者委員に任命することを求める点にあり,原告らから権利侵害の態様や損害額に関する具体的な主張がないことに照らしても,本件任命処分に係る国家賠償請求は,本件任命処分の取消請求に付随するものに過ぎない。
ウ したがって,本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えについては,上記の例外的な場合にあたる特段の事情が認められるといえるから,同訴えは却下されるべきである。
(原告らの主張)
ア 本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えにつき,同処分の取消訴訟と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし,専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認めるべき特段の事情はない。
イ 原告らは,原告道北勤医労らの推薦した原告Aらが労働者委員に任命されなかったことにより生じた損害を主張し,この損害の回復を求めて,本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えを提起したものである。そして,同訴えを本件任命処分取消訴訟に併合して提起したのは,立証上の便宜や訴訟経済のためであって,被告の主張するように,専ら取消訴訟と併合審判を受けることを目的としたものではない。
ウ したがって,本件任命処分の取消しを求める訴えが不適法であることを理由に,併合提起した本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えが却下されることにはならない。
⑶ 争点3(本件任命処分の違法の有無)について
(原告らの主張)
本件任命処分は,次のとおり,違憲ないし違法であるから,取り消されるべきである。
ア 憲法14条,28条違反
複数の系統の労働組合が併存する場合には,処分行政庁において,各系統の労働組合の性格や運動方針の違いにより,それらを差別的に取り扱うことは許されず,労働者委員の任命は,一定の合理的な基準に則って公正かつ公平に行われなければならない。
ところが,本件任命処分は,何ら合理的理由なく,原告道労連及びこれに加盟する労働組合とその組合員を差別し,その団結権を侵害したのであり,憲法14条及び28条に違反する。
イ 国際労働機関(以下「ILO」という。)第87号「結社の自由及び団結権の保護に関する条約」(以下「ILO87号条約」という。)違反
ILO87号条約第2条及び第3条で定められている結社の自由の原点は,複数の系統の労働組合が併存する場合には,国その他の公の機関は,中立的立場を保持しなければならず,いずれの系統に属する労働組合に対しても,特に有利ないし不利になることはしてはならない,というところにある。
本件任命処分は,原告道労連及びこれに加盟する労働組合の結社の自由及び団結権を明らかに侵害するものであるから,ILO87号条約第2条及び第3条に違反する。
ウ 国際人権規約B規約2条1項,22条,26条違反
国際人権規約B規約22条は,全ての者に対し,労働組合を結成し,これに加入する権利を認めており,また,同規約2条1項,26条は,法の下の平等を定め,政治的意見その他の意見による差別を禁止している。
本件任命処分は,原告道労連及びこれに加盟する労働組合とその組合員を差別し,その団結権を侵害するものであるから,国際人権規約B規約2条1項,22条,26条に違反する。
エ 労組法違反
労組法19条の12第3項及び同施行令21条1項が,労働組合に,労働者委員の推薦権を付与した趣旨は,複数の系統の労働組合の意思を労働者委員の任命に反映させることで,労使紛争の適正妥当な解決を図ることにあることに照らせば,複数の系統の労働組合が併存する場合には,都道府県知事は,各系統の労働組合の組合員数という客観的要素に応じて,労働者委員を任命すべきである。
そして,北海道内には,原告道労連と連合北海道の2つのローカルセンターが存在するところ,それらの組合員数からすれば,本件任命処分により任命される労働者委員7人のうち少なくとも1人は,原告道労連に加盟する労働組合が推薦する候補者から任命されるべきであったといえる。
ところが,処分行政庁は,本件任命処分において,連合北海道に属する者のみを労働者委員に任命し,原告道労連に属する者を任命しなかったのであるから,本件任命処分は,労組法19条の12第3項及び同施行令21条1項に違反する。
オ 行政における公平原則違反
行政法上の行為は,当然,公平の原則に従ってなされるべきである。
本件任命処分は,行政組織である労働委員会を組織する行為ではあるが,自己の系統に属する労働者委員を確保したい原告道労連及び連合北海道の利害を調整するという性格を有するものであるから,処分行政庁としては,原告道労連及び連合北海道に対して,公平原則に従った対応をし,各系統の労働組合の組合員数に応じて,少なくとも1人は,原告道労連に加盟する労働組合が推薦する候補者を労働者委員に任命すべき義務を負っていたものといえる。
ところが,処分行政庁は,上記義務に違反し,本件任命処分において,原告道労連に加盟する労働組合が推薦する候補者を任命しなかったのであるから,本件任命処分は,行政における公平原則に違反する。
カ 裁量権の逸脱ないし濫用
都道府県知事には,都道府県労働委員会の労働者委員の任命につき裁量権を付与されているところ,次のとおり,本件任命処分は,①処分行政庁が,労働組合の推薦を受けた候補者全員を平等に取り扱わず,連合北海道に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者に労働者委員を独占させ,原告道労連に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者を排除するとの不法・不当な動機による処分であるし(平等原則違反,目的動機違反),また,②処分行政庁が,重視すべき考慮要素を不当に軽視するとともに,過大に評価すべきでない考慮要素を過大に評価するなど,その裁量判断の過程に誤りがある処分であるから,本件任命処分には,裁量権の逸脱又は濫用の違法がある。
(ア) 平等原則違反,目的動機違反について
a 都道府県知事が,労働者委員の任命にあたって,当初より労働組合の推薦する候補者を審査の対象から除外したり,あるいは,それと同様の取扱いをするような場合,当該任命処分が,平等原則及び労組法が労働者委員の推薦制度を定める趣旨に反する不法・不当な動機による処分であり,裁量権の逸脱又は濫用にあたることは明らかである。
b 道労委の労働者委員9人(第38期以降は7人)の任命における連合北海道に属する者による独占は,平成2年に任命の第29期から本件任命処分に係る第41期まで,13期連続,26年にわたるものであること,平成元年の労働界再編までは,最少組織人員の系統に属する者も含めて,複数の系統の労働組合の推薦を受けた者が労働者委員に任命されていたこと及び本件任命処分の結果につき,その合理的理由や手続的透明性が示されていないことなどからすれば,本件任命処分における連合北海道の属する者による労働者委員の独占につき,偶然に生じた結果であるなどとは到底いえず,処分行政庁は,意図的に,連合北海道に加盟する労働組合の推薦する候補者を労働者委員に任命し,原告道労連に加盟する労働組合の推薦する候補者を排除したものと優に推認される。
そして,被告の主張する道労委第41期労働者委員の選考における考慮要素等によれば,少なくとも労働者委員7人のうち1人は,原告道労連に加盟する労働組合の推薦する候補者が選ばれるはずであるのに,結果として,労働者委員7人とも連合北海道に加盟する労働組合の推薦する候補者から選ばれたということからも,本件任命処分における処分行政庁の差別的意図が裏付けられる。
c したがって,処分行政庁は,本件任命処分にあたり,当初から原告道労連に加盟する労働組合の推薦する候補者を審査の対象から除外したものであるといえるから,本件任命処分は,平等原則及び労組法の趣旨に反する不法,不当な動機による処分であって,裁量権の逸脱又は濫用の違法がある。
(イ) 本件任命処分の判断過程に誤りがあることについて
a 労組法は,労働者委員の任命にあたっての具体的な基準を定めていないが,昭和24年7月19日労働省発労第54号労働次官発各都道府県知事宛「地方労働委員会の委員の任命手続きについて」(以下,「54号通牒」という。)は,労働者委員の任命に関し,「委員の選考に当っては,産別,総同盟,中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野,場合によっては地域別等を充分考慮すること」としており,北海道においては,長年にわたり,同通牒の示す基準に従って労働者委員の任命がなされてきたものである。このように,北海道内で,長年の確立した慣行として客観的かつ対外的に規範化したものといえる54号通牒の示す判断基準に加えて,労組法19条の12第3項の定める労働者委員の推薦制度の趣旨や立法者の意思,教育委員会や公安委員会における任命手続との比較等を踏まえると,労働者委員を任命するにあたっての裁量判断の際には,「産業分野」や「地域別」等の事項よりも,「系統別の組合数や組合員数」という事項を重視すべきであるといえるし,「再任」という事項については,上記の事項よりも劣位にあるものとして扱うべきであるといえる。
被告は,54号通牒は内部的指針であるに過ぎず,同通牒により処分行政庁の裁量権行使が制約を受けることにはならない旨を主張するが,本件のように,多数の者のうちから少数特定の者を,個別具体的事実関係に基づき選任しようとする行政庁としては,事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもっともと認められるような不公正な手続をとってはならないと解されるから,その法的性質をどのように解するとしても,労働者委員の任命にあたって処分行政庁が考慮すべき事項とその軽重,価値序列を示すものである54号通牒を殊更に無視するような手続を採ることは許されない。
b 被告は,本件任命処分にあたっての主たる考慮要素は,①系統別の組合員数の割合,②地域別の組合員数の割合,③産業分野別の組合員数の割合であり,これらに加えて,所属する労働組合における履歴や主な活動内容,再任者については労働者委員としての経験等も考慮した旨を主張する。
しかし,被告の主張する道労委第41期労働者委員の選考過程に照らせば,処分行政庁が,本件任命処分をするにあたって,①系統別の組合員数の割合を,他の要素よりも重視して考慮するどころか,全くといっていいほど考慮していないことは明らかである。
道労委第41期労働者委員の候補者として推薦を受けた16人の所属する労働組合の加盟上級団体は,連合北海道又は原告道労連であり,労働者委員の定数7人に対する選任割合は,「6.5対0.5」であったことから,処分行政庁は,系統別の組合せとして,連合北海道の系統に属する候補者から6人,原告道労連の系統に属する候補者から1人という組合せと連合北海道の系統に属する候補者から7人,原告道労連の系統に属する候補者から0人という組合せの両方を想定したなどとするが,処分行政庁の説明する個々の労働者委員の選考経過は,本来重視するべき「系統別の組合員数の割合」を不当に軽視するとともに,他の考慮要素を重視するものである上,従前の道労委の労働者委員の選考過程に係る被告の説明とは,明らかに内容を異にするものであるから,処分行政庁は,本件任命処分における労働者委員の選考につき,もっともらしい理由をいうものの,結局は,連合北海道の系統に属する者に労働者委員を独占させ,原告道労連の系統に属する者を排除するという目的ありきで,本件任命処分をしたものといわざるを得ない。
c したがって,本件任命処分については,処分行政庁の裁量判断の過程に誤りがあるから,裁量権の逸脱又は濫用の違法があるものといえる。
(被告の主張)
ア 憲法14条,28条違反
労働者委員の推薦制度の趣旨からすれば,原告らは,原告道北勤医労らの推薦を受けた原告Aらが労働者委員に任命されることにつき,法律上の権利又は利益を有するものではない。また,処分行政庁は,労働委員会制度を定める法令及び54号通牒の趣旨,労働界の現状,労働委員会が果たすべき役割等を踏まえながら,様々な要素を総合的に考慮し,労働組合の推薦を受けた候補者の中から北海道の労働者の代表として円滑で的確な職責の遂行を期待できる者を労働者委員の適格者として選任したのであるから,本件任命処分により原告Aらが労働者委員に任命されなかったとしても,そのことをもって,原告らの権利又は利益が侵害されたとはいえない。
したがって,本件任命処分は,原告道労連及びこれに加盟する労働組合とその組合員を差別し,その団結権を侵害するものとはいえないから,憲法14条及び28条に違反するものではない。
イ ILO87号条約違反
前記アで述べたとおり,本件任命処分は,原告らを差別し,その団結権や結社の自由を侵害するものではないから,ILO87号条約2条及び3条に違反するものではない。
ウ 国際人権規約B規約2条1項,22条,26条違反
前記アで述べたとおり,本件任命処分は,原告らを差別し,その団結権を侵害するものではないから,国際人権規約B規約2条1項,22条,26条に違反するものではない。
エ 労組法違反
労組法が,労働者委員会の構成を使用者委員,労働者委員及び公益委員の三者構成としている趣旨や,労働者委員の推薦制度を定めている趣旨からすれば,処分行政庁は,専ら公益的な見地から労働者委員の選考,決定の判断を行うのであって,推薦組合又は被推薦者の利益の観点からこれを行うものではないから,労組法の規定は,推薦組合及び被推薦者の具体的利益を個別的利益として保護すべき趣旨を含むものではない。そして,労働者委員に任命された者は,「労働者を代表する者」として客観的に妥当な労使紛争の解決を図る職責を負うのであり,特定の系統に属する労働組合の利益のために奉仕することが要請されるものではない。
また,原告らは,54号通牒につき,「委員の選考に当たっては産別,総同盟,中立等系統別の組合員数に比例させること」を指示しており,各系統の労働組合の利益を保護しようとしたものである旨を主張するが,同通牒は,労働者委員の任命にあたっての裁量権の行使の際に,都道府県知事が考慮すべき事項を挙げる内部的指針であるに過ぎず,同通牒の内容により都道府県知事の裁量権行使が制約を受けることにはならないから,労働者委員の任命処分の結果が,各系統の労働組合の組合数に比例していなかったことをもって,直ちに当該任命処分が違法となるものではない。
したがって,本件任命処分は,労組法の規定に違反するものではない。
オ 行政における公平原則違反
(ア) 労働者の推薦制度は,労働者委員の適格者に関する情報を豊富に有する労働組合の推薦に基づき労働者を任命することで,各都道府県の労働者の一般的利益という公益の実現に資することを目的とする制度であり,労働者委員の候補者を推薦した特定の労働組合の意思を反映させるための制度ではないから,処分行政庁には,本件任命処分にあたって,労働者委員の任命を巡る原告道労連及び連合北海道の利害を調整すべき義務はない。
(イ) 仮に,原告らの主張するように,処分行政庁には,各系統に属する労働組合の組合員数に応じて労働者委員を任命すべき義務があるとしても,平成26年6月30日現在,原告道労連に加盟する労働組合の組合員数は1万8582人であり,北海道内の労働組合員全体の約5.7%に過ぎないのであるから,少なくとも労働者委員7人のうち1人は,原告道労連の系統に属する候補者から選ばれなければならないとの状況にあったものとはいい難い。また,原告道労連に加盟する労働組合の組合員数のみをもって,原告Aらを他の系統に属する候補者よりも優先的に労働者委員に任命すべきであると解することは,労働者委員の任命における公平,公正を著しく損ない,かえって,労組法の趣旨から逸脱する結果となる。
なお,原告らの指摘するように,54号通牒は,都道府県知事による労働者委員の任命にあたっての考慮要素の1つとして労働組合の系統を挙げているものの,前述したように,同通牒は,内部的指針に過ぎず,都道府県知事の裁量を制限するものではないから,同通牒を根拠として,処分行政庁に,各系統に属する労働組合の組合員数に応じて労働者委員を任命すべき義務があるということはできない。
(ウ) したがって,本件任命処分は,行政における公平原則に違反するものではない。
カ 裁量権の逸脱ないし濫用
(ア) 都道府県知事による労働者委員の任命につき,労組法は,労働組合の推薦を受けていない者は任命できないとし,また,労働者委員の資格に関して一定の欠格事由や罷免事由を定める以外には,何ら任命権の行使の制約をしていない。これは,労働者委員の権限及び役割に照らして,その適格者であるかどうかの判断には総合的な検討を要し,定型的な選任基準を設定するのは困難であることから,都道府県知事において労働組合の推薦する候補者の中からいかなる者を労働者委員として任命するかは,その広範な裁量に委ねる趣旨であるものといえる。
そのため,都道府県知事による労働者委員の任命は,上記の制約を受けるほかは,いわゆる自由裁量行為として行われるべきものであるから,都道府県知事が,労働者委員の任命にあたり,当初から労働組合の推薦を受けた候補者を審査の対象から外したり,あるいは,それと同様の取扱いをしたりするなど,労組法が労働者委員の推薦制度を定めた趣旨を没却するような特別の事情が認められない限りは,裁量権の逸脱又は濫用があるとして違法の問題が生じる余地はない。
(イ) 本件任命処分においては,処分行政庁は,労働組合の推薦を受けた候補者16人全員につき,公平かつ平等に審査を行ったものである。
具体的には,処分行政庁は,本件任命処分にあたって,労働委員会制度を定めた法令及び54号通牒の趣旨,労働界の現状,労働委員会の果たすべき役割を踏まえて,第1段階として,北海道内における,①系統別の組合員数の割合,②地域別の組合員数の割合,③産業分野別の組合員数の割合を基に,実際に推薦のあった候補者から北海道の労働者を代表する者として選任した場合の組合せを想定し,その上で,第2段階として,労働組合から提出のあった各候補者の履歴及び主な活動内容を勘案し,候補者のうち再任候補者については,労働者委員としての経験,紛争の解決努力等の職責の遂行状況の観点も加味し,労働者委員として円滑で的確な職責の遂行を期待できる者を道労委第41期労働者委員の適格者として選考,決定したものである。
そのため,本件任命処分で,原告道労連に加盟する原告道北勤医労らの推薦する原告Aらが労働者委員に任命されなかったことは,上記の考慮要素を総合的に勘案した結果に過ぎず,処分行政庁において当初から原告道労連に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者を審査の対象から除外したり,あるいは,それと同様の取扱いをしたなどの特別の事情は存在しない。
(ウ) 原告らは,本件任命処分は,処分行政庁の不法,不当な動機による処分であるし,その裁量判断の過程には誤りがあるから,裁量権の逸脱又は濫用が認められる旨を主張する。
しかし,本件任命処分に係る労働者委員の任命にあたっての処分行政庁の選考過程は上記のとおりであるから,処分行政庁が,労働組合の推薦を受けた候補者全員を平等に取り扱わず,連合北海道に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者に労働者委員を独占させ,原告道労連に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者を排除するとの差別的な意図をもって本件任命処分を行ったものとはいえないし,原告らの指摘する各事実によっても,このような処分行政庁の差別的な意図は推認されない。
そして,前述のとおり,処分行政庁は,労働者委員の任命処分につき,広範な裁量を有しているのであって,労働者委員の選考における考慮要素の優先順位や組合せも,その裁量に委ねられているといえるから,原告らの指摘する54号通牒が内部的指針に過ぎないことに照らしても,労働者委員の選考の際には,「系統別の組合数や組合員数」という事項を重視すべきであるとはいえないし,過去の労働者委員の選考に関する処分行政庁の説明の内容と,本件任命処分に係る労働者委員の選考に関する処分行政庁の説明の内容に差異があることをもって,本件任命処分につき,処分行政庁の恣意的な裁量権の行使によるものであるなどと推認することはできない。なお,道労委労働者委員の任命処分は,任期ごとに全ての考慮要素を総合的に勘案して行われるものであり,任期ごとに考慮の方法又は程度にわずかな差異が生じ得るとしても,考慮要素自体は一貫して変わるものではない。
(エ) したがって,本件任命処分には,裁量権の逸脱又は濫用の違法はない。
⑷ 争点4(被告の国家賠償責任の有無)について
(原告の主張)
ア 原告らには,自ら,あるいは,自らの推薦する候補者を労働者委員に任命することを求める権利があるところ,処分行政庁の本件任命処分は,この権利を侵害したものといえる。
仮に,本件任命処分の取消請求の関係で,原告らの主張する上記権利は,公益的見地に基づく労働者委員の任命の反射的利益に過ぎず,個別具体的な権利又は利益として法律上保護されているものではないと解するとしても,憲法14条が平等権を保障していることからすれば,行政手続において平等な取扱いを受ける権利は,国賠法上の被侵害権利ないし保護されるべき利益にあたるものといえる。そして,裁量権の逸脱又は濫用の違法のある任命処分により不利益な扱いを受けた者については,行政手続において平等な取扱いを受ける権利の侵害が認められる。
イ 処分行政庁の本件任命処分は,原告道労連,原告道北勤医労らの手続的利益や平等に取り扱われる権利を侵害し,連合北海道に加盟する労働組合以外の労働組合を弱体化させて,原告道労連,原告道北勤医労らの団結権を蹂躙し,また,その社会的信用と名誉を毀損し,さらには,道労委を通じての正当な権利擁護活動にも重大な支障を生じさせた。これにより原告道労連,原告道北勤医労らが被った損害は,各金100万円を下らない。
そして,原告Aらについても,本件任命処分により労働者委員に任命されなかったことで,その社会的信用と名誉が毀損され,労働者委員としての正当な権利擁護の活動の機会を不当に奪われた。これにより原告Aらが被った精神的苦痛に対する慰謝料は,各金100万円を下らない。
(被告の主張)
ア 国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。
本件では,原告道北勤医労らは,原告Aらを労働者委員の候補者として推薦する権利があるとしても,その推薦に基づき原告Aらが労働者委員に任命されることまで法律上の権利又は利益として保護されているものではないし,また,原告Aらは,処分行政庁に対して,労働者委員に任命することを求めることができる法的地位にあるわけではないから,処分行政庁は,本件任命処分をするにあたって,原告らに対し,何らかの職務上の法的義務を負うものではなく,国賠法1条1項の違法の評価を受けることにはならない。
イ そして,本件任命処分に何らの違法もないことは,前述したとおりであるが,仮に,本件任命処分が違法なものであるとしても,被告に国賠法上の責任が認められるためには,処分行政庁の行為により原告らの権利が侵害され,原告らに損害が生じたことが必要である。その場合の被侵害利益は,厳密な意味で民法709条の「権利」ではなくても,法律上保護される利益であれば足りるが,事実上の利益では足りないものと解される。
労組法19条の12第3項の定める労働者委員の推薦制度は,個々の推薦組合や被推薦者の私的な利益ではなく,各都道府県の労働者一般の利益という公的な利益の保護を目的とするものであるから,労働者委員の推薦や被推薦者の有する利益は,事実上の利益に過ぎず,法律上保護される利益ということはできない。そのため,本件任命処分の結果として,原告道北勤医労らの推薦する原告Aらが労働者委員に任命されず,原告道北勤医労ら及び原告Aらに何らかの不利益が生じたとしても,それは,事実上の不利益にとどまり,法律上の利益が侵害されたということはできない。
そして,処分行政庁の本件任命処分により原告道北勤医労らの推薦する原告Aらが労働者委員に任命されなかったことが,原告らの社会的評価を低下させることにはならないから,本件において,原告らに具体的な現実の損害が発生したということもできない。
ウ したがって,本件任命処分につき,被告は,原告らに対し,国賠法上の責任を負わず,原告らの被告に対する国家賠償請求には理由がない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(原告適格の有無)について
⑴ 行訴法9条1項は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益にあたり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものと解される。
そして,処分の相手方以外の者について,上記の法律上の保護された利益の有無を判断するにあたっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するにあたっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するにあたっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してなされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(行訴法9条2項,最高裁平成17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁)
そこで,以上を前提として,原告らが本件任命処分の取消しを求める原告適格を有するか否かにつき検討する。
⑵ア 労働委員会は,独立の行政委員会であり(国家行政組織法3条2項,同4項,地方自治法138条の4第1項,180条の5第2項,202条の2第3項),不当労働行為事件の審査(労組法20条)等の準司法的権限を有するほか,労働争議のあっせん,調停及び仲裁(労組法20条)等の調整的権限を有する。労働委員会は,使用者委員,労働者委員及び公益委員の各同数をもって組織される(労組法19条1項,19条の3第1項,19条の12第2項)が,労組法がこのような三者構成を採用した趣旨は,労働委員会の取り扱う労使紛争において公労使の各委員がそれぞれ意見を交わし,公益及び労使の利益を適切に調和させること及び労使の委員が労使当事者との間をとりもって自主的解決を促進することにあると解される。そして,都道府県労働委員会の労働者委員は,労働組合の推薦に基づいて,都道府県知事が任命するものとされており(労組法19条の12第3項),任命権者である都道府県知事は,労働組合の推薦を受けていない者を労働者委員として任命することはできず,その限りにおいて,都道府県知事の任命権は制約されている。
もっとも,上記の労働者委員の推薦制度については,都道府県知事は,労働者委員を任命しようとするときは,当該都道府県知事の区域内のみに組織を有する労働組合に対して候補者の推薦を求め,その推薦があった者のうちから任命するものとする旨の規定(労組法施行令21条1項)があるほかは,労働組合は候補者を推薦するときは,当該労働組合が労組法2条及び5条2項の規定に適合する旨の当該候補者の推薦に係る都道府県労働委員会の証明書を添えなければならない旨の規定(労組法施行令21条3項)があるのみで,都道府県知事において上記資格を有する全ての労働組合に対して個別に労働者委員の推薦を求める必要があるものではないし,1つの労働組合が推薦する候補者数にも何ら制限はなく,また,労働者委員に推薦される者は,労働者を代表する者(労組法19条1項)であり,労働者委員の欠格条項に該当しない者(労組法19条の12第6項,19条の4第1項)であれば足りるのであって,その者を推薦した労働組合の組合員である必要もないと解される。そして,労働者委員は,任命後は,都道府県労働委員会において労働者を代表する者として,労働者全体のために職務を行わなければならないものであり,特定の系統の労働組合のために職務を行うものではないと解される。
イ 上記の労働委員会の機能や権限,労働者委員の推薦制度の性質,労働者委員の職責の性質及び労組法の目的(労組法1条)に鑑みれば,労組法19条の12第3項が都道府県労働者委員会の労働者委員の任命につき推薦制度を定めた趣旨は,労働者委員の任命に際し,労働者一般の意思を反映させることにより,労働者全体の利益を擁護する労働者委員を任命させ,かかる労働者委員の労働委員会における活動を通じて,労働者の地位向上を図るなど労働者一般の利益を保護することにあると解するのが相当である。そして,労働者委員を選任するにつき裁量権を有する都道府県知事において労働者一般の意思を把握するのは困難であることから,その裁量権の恣意的な行使を防止し,労働者一般の意思を反映させるための制度的担保として,労働者の経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織された団体(労組法2条本文)である労働組合を労働者委員候補者の推薦主体とされたものと解される。
そうであるとすれば,労組法の規定する労働者委員の推薦制度は,専ら労働者一般の利益という公益の保護のために認められたものであって,個々の労働組合や労働者委員の候補者として労働組合の推薦を受けた者の個別的利益の保護のために認められたものではないと解するのが相当である。仮に,労働者委員の候補者を推薦した労働組合及びその推薦を受けた候補者において,他の労働組合の推薦を受けた候補者が労働者委員に任命されることにより,その具体的利益に何らかの影響を受けることがあるとしても,そのような利益は,労働者委員の推薦制度が保護の目的とする利益とは考えられず,法律上保護された利益にはあたらないというべきである。
ウ したがって,特定の労働組合の推薦した者が労働者委員に任命されず,他の労働組合の推薦を受けた者が任命されたからといって,当該特定の労働組合,同組合の加盟するローカルセンター及び同組合から推薦された者の法律上保護された個別的利益が侵害されたということはできず,これらの者は,当該任命処分の取消しを求めるにつき,行訴法9条の規定する「法律上の利益」を有するものとはいえない。
⑶ア これに対し,原告らは,労働組合から労働者委員の候補者として推薦された者(被推薦者)には,労働者委員の任命にあたって,他の系統に属する労働組合の推薦する候補者と平等に自己の利益を手続上考慮されるべき権利又は利益が,そして,労働者委員の候補者を推薦した労働組合(推薦組合)及び同組合が加盟するローカルセンターには,多数の被推薦者の中から労働者委員が選考・決定される際に,公正で,かつ,内容的にも裁量権の範囲内における適正な判定を受けるという手続上の権利又は利益(自己の利益について手続上差別なく考慮を受けるべき権利又は利益)が,それぞれ「法律上の利益」として保護されている旨を主張する。
イ しかしながら,そもそも原告道労連は,被推薦者を推薦さえしていないのであるから,保護されるべき手続上の権利又は利益があるとは到底いえない。また,前述したように,都道府県知事による労働者委員の任命権の行使は,労働組合の推薦を受けていない者は任命できないとの制約がある以外に特段の制約を受けるものではなく,また,労組法が,労働組合を労働者委員の推薦主体としたのは,都道府県知事による裁量権の恣意的な行使を防止し,労働者一般の意思を労働者委員の任命手続に反映させることを制度的に担保するためであって,個々の労働組合及びその組合員の利益を代表させるためではない以上,労働組合は,候補者の推薦を行うことによって労働者委員の任命手続に労働者の意思を反映させることを超えて,個別の労働者委員の任命の内容についてまで関与し得る法律上の利益を有するということはできない。そのため,推薦組合は,都道府県知事に対し,自らの推薦した候補者を労働者委員に任命することを求めることができる法的地位にあるとはいえないし,自らの推薦した労働者委員の候補者が公正な手続によって適正な判定を受けるという権利又は利益を有するともいえない。
そして,労働組合の推薦を受けた候補者は,都道府県知事が,その裁量に基づいて労働者委員を任命する際の対象であるに過ぎないから,労働者委員の任命の内容について関与し得る法律上の利益を有するものではない。そのため,被推薦者についても,都道府県知事に対し,労働者委員に任命することを求めることができる法的地位にあるとか,他の系統に属する労働組合の推薦する候補者と平等に自己の利益を手続上考慮されるべき権利又は利益を有するものとはいえない。
ウ なお,原告らは,都道府県知事による裁量権の適切な行使を期待する国民は,労働組合の推薦を受けた候補者につき,労働者委員に任命されなかった者は,任命された者と比較して,労働者委員の権限及び役割を担うのに適さない人物であるとの否定的な評価をし,そのような評価は,当該候補者のみならず,当該候補者を推薦した労働組合にも及ぶから,本件で,原告Aら及び原告道北勤医労らは,本件任命処分について個別具体的な利害関係を有する旨を主張する。
しかし,後述するように,労働組合の推薦を受けた候補者の中から誰を労働者委員に任命するかは,任命権者である都道府県知事の自由な裁量に委ねられているのであるから,仮に,労働者委員に任命されなかった候補者や同候補者を推薦した労働組合が,原告らの主張するような否定的な評価をされることになるとしても,それは,事実上の不利益に過ぎず,法律上保護された利益の侵害にあたらないことは明らかである。
エ したがって,原告らの上記アの主張は採用できない。
⑷ 以上によれば,原告らは,本件任命処分により,自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者にあたるとはいえないから,本件任命処分の取消しを求める訴えにつき原告適格を認めることはできない。
そうすると,原告らの本件任命処分の取消しを求める訴えは不適法であるから,却下すべきである。
2 争点2(国家賠償請求の訴えの適否)について
⑴ 取消訴訟と併合提起された関連請求に係る訴えが,取消訴訟が不適法であるために併合要件を満たしていない場合において,関連請求が,取消訴訟と同一の訴訟手続で審判されることを前提とし,専らかかる併合審判を受けることを目的として提起されたものと認めるべき特段の事情がある場合には,併合提起された関連請求がそれ自体において適法なものであっても,関連請求は不適法となると解すべきである(最高裁昭和59年3月29日第一小法廷判決・裁判集民事141号511頁参照)。
しかしながら,本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えは,本件任命処分の取消訴訟の関連請求として提起されたものであるところ,原告らは,本件任命処分において原告道労連に加盟する候補者が労働者委員に任命されなかったことで損害を受けた旨を主張して,国家賠償請求の訴えを提起したものであり,同訴えが,上記取消訴訟と同一の訴訟手続で審判されることを前提に,専らかかる併合審判を受けることを目的として上記取消訴訟に付随して提起されたものと認めるべき特段の事情は見当たらない。
⑵ そうすると,本件任命処分の取消しを求める訴えが原告適格を欠く不適法なものであることは前述のとおりであるとしても,本件任命処分に係る国家賠償請求の訴えについては,訴訟要件の具備が認められる以上,請求の当否について実体判断をすべきであり,これをするのに弁論を分離することは要しないというべきである。
3 争点4(被告の国家賠償責任の有無)について
原告らは,本件任命処分には,争点3でその取消しの理由として主張した違法事由があり,これによって,原告らの,自ら,あるいは自らの推薦する候補者が労働者委員に任命されることを求める権利を侵害されたこと,あるいは行政手続において平等な取扱いを受ける権利を侵害されたことを主張して,国賠法に基づく損害賠償請求をするので,本件任命処分に裁量権逸脱,濫用の違法が認められるか(後記⑴),本件任命処分にその他の違法事由が認められるか(後記⑵),本件任命処分に違法事由が認められる場合,これによって,原告らの国賠法上保護された権利,利益が侵害されたと認められるか(後記⑶)について,判断することとする。
⑴ 処分行政庁の裁量権の逸脱,濫用について
ア 検討の枠組み
(ア) 前記1⑵アで述べたように,労組法19条の12第3項によれば,都道府県労働者委員の任命権者である都道府県知事は,労働組合の推薦を受けた候補者の中から労働者委員を任命しなければならないとの制約が課せられているほか,労組法19条の4第1項で労働者委員の欠格事由が定められていることを除いては,その任命権の行使を制約する規定は存在しない。このような労組法の規定に照らせば,労働組合の推薦を受けた候補者の中から,誰を労働者委員に任命するかは,都道府県知事の自由な裁量に委ねられていると解するのが相当である。
(イ) 原告らは,54号通牒が,労働者委員の任命につき,「委員の選考に当っては,産別,総同盟,中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野,場合によっては地域別等を充分考慮すること」としていることや,北海道においては,長年にわたり,この基準に従って労働者委員の任命がなされてきたこと等を指摘した上で,処分行政庁は,労働者委員を任命する際の裁量判断において,「系統別の組合数や組合員数」との事項を他の事項よりも重視すべきである旨を主張する。
そこで検討するに,54号通牒において,労働者委員の任命に関する事項としては,労働委員会の運営に理解と実行力を有し,かつ申立人の申立内容等をよく聴取し,判断して,関係者を説得し得る者であること,自由にして建設的な組合運動の推進に協力し得る適格者であること(以下「適格性要素」という。),系統別の組合数及び組合員数に比例させること(以下「系統別要素」という。),管下の産業分野を充分考慮すること(以下「分野別要素」という。),場合によっては地域別等を充分考慮すること(以下「地域別要素」という),なるべく所属組合を持つものであるよう留意すること等が内容とされている。
54号通牒については,都道府県知事が労働者委員を任命するにあたっての内部的指針に位置づけられるものであり,系統別要素,分野別要素,あるいは地域別要素を機械的に適用して労働者委員を任命するよう都道府県知事の裁量が制限されていると解することはできず,上記要素のいずれかが他の要素に優先するともいえないから,都道府県知事は,労働者委員の権限及び役割を担い得る適格者が誰であるかを判断する際に,その考慮要素をどのような順序で,どのように組み合わせて考慮するかということについて,広範な裁量を有しているものというべきである。
もっとも,54号通牒は内部的指針であるとしても,少なくとも処分行政庁における第37期から第41期(本件任命処分)までの労働者委員の任命において,54号通牒の趣旨を踏まえてこれが行われたと説明されており,54号通牒において,「場合によっては」とされる地域別要素についても,処分行政庁においては,北海道が地理的に広大であり,それぞれの地域が比較的独立性の強い生活・経済圏となっている特性を有することから,考慮の対象とされており,さらに,第40期及び第41期(本件任命処分)については,第一段階として系統別要素,分野別要素及び地域別要素について検討し,第二段階として適格性要素その他を検討したとされるのであるから(甲15ないし22,乙3,F証人),54号通牒の趣旨を全く没却するような任命方法は,処分行政庁においても予定されていないというべきである。
そうすると,ある組合せで労働者委員を任命すれば,いずれかの要素の均衡が害される場合には,それが,他の要素を考慮した結果であって,全体として,都道府県知事の裁量の範囲内にとどまることの合理的説明がなされるべきであり,何らの合理的説明もなく,ある要素の均衡を著しく害するような任命が行われた場合,54号通牒の趣旨を没却するものとして,裁量権の逸脱,濫用と評価すべき場合があるというべきである。
(ウ) 前記1⑵イで述べた労働者委員の推薦制度の趣旨に鑑みれば,都道府県知事は,労働組合の推薦を受けた者全員を審査の対象にしなければならないといえるから,労働者委員の任命に際し,推薦された者の一部を全く審査の対象としなかった場合や,形式的には審査の対象としながらも実質的には特定の候補者について全く審査しないような場合,当該任命処分は,労働者委員の推薦制度の趣旨を没却するものとして裁量権の逸脱,濫用にあたるというべきである。
この点は,系統別要素,分野別要素,地域別要素のいずれにもあてはまるのであり,特定の系統に属する候補者,特定の分野に属する候補者,特定の地域に属する候補者のみが任命の対象から除外され,そのことに何らの合理的説明がなければ,当該候補者は,実質的に審査の対象とされていないのと同様であるとして,裁量権の逸脱,濫用を認めるべきこととなる。
(エ) そこで,本件任命処分につき,上述した観点における裁量権の逸脱,濫用が認められるかについて,検討することとする。
イ 本件任命処分の経緯
前記前提事実,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件任命処分の経緯は以下のとおりと認められる。
(ア) 道労委第41期委員の任命に係る事務を主として担当したのは,平成26年4月1日当時,北海道経済部労働局(平成27年6月をもって「北海道経済部労働政策局」に変更された。)雇用労政課長を務めていたFであった(乙18,F証人)。
(イ) 処分行政庁は,平成26年9月16日,道労委第41期労働者委員及び使用者委員の候補者の推薦を求める公告をした(乙1)。
(ウ) 平成26年9月16日から同年10月15日までの前記(イ)に係る推薦期間内に,9つの労働組合から労働者委員の候補者16人(以下「本件候補者」という。)の推薦があった(乙3,18,F証人)。
(エ) 本件候補者が所属する労働組合は,いずれも連合北海道又は原告道労連を加盟上級団体とするものであり,その人数比は13対3であった。
(オ) Fは,本件候補者につき,労組法19条の4第1項の定める欠格条項に該当しないことを確認した。
そして,本件候補者のうち再任候補者である3人については,平成26年10月16日付けで,北海道労働委員会事務局総務審査課長に対して,道労委第40期労働者委員としての適格性につき照会し,同月27日,同候補者らの労働者委員としての活動状況や担当事件についての回答を得た(乙6の1,2,乙18,F証人)。
(カ) Fは,本件候補者につき,労働者委員として円滑で的確な職責の遂行を期待できる者かどうかを検討して,第41期労働者委員の任命決定書案を作成し,事前に,その内容につき,経済部労働局長,経済部次長,経済部長及び副知事の了解を得た上で,平成26年11月12日,北海道経済部労働局雇用労政課の職員であるGに対して,第41期労働者委員の任命決定書(乙3)の起案を指示し,同月19日,同書につき,処分行政庁の決裁を得た(乙3,18,F証人)。
(キ) 本件任命処分により道労委第41期労働者委員に任命された7人の候補者は,いずれも連合北海道に加盟する労働組合の推薦を受けた候補者であった。
これにより,平成2年の第29期以降13期連続で,連合北海道の推薦を受けた候補者のみが道労委労働者委員に任命されることとなった。
ウ 本件訴えに先行する訴訟
(ア) 原告道労連は,本件任命処分に係る本件訴えを提起する前にも,自らに加盟する労働組合らと共に,被告に対して,処分行政庁による平成18年12月1日付けの道労委第37期労働者委員の任命処分の取消し等を求める訴え,平成22年12月1日付けの道労委第39期労働者委員の任命処分の取消し等を求める訴え及び平成24年12月1日付けの道労委第40期労働者委員の任命処分の取消し等を求める訴えをそれぞれ提起し,連合北海道に属する者に労働者委員を独占させる任命処分の違法性を主張した(甲2ないし4)。
(イ) 第37期労働者委員の任命処分に関する札幌高等裁判所平成21年6月25日判決は,任命処分取消しの訴えを却下し,国賠請求を棄却した原審の判決は維持したが,労働組合の系統からは,連合北海道を含めて特定の系統の労働組合の推薦に係る候補者のみを労働者委員に任命すべき比率にあるとはいえないから,労働組合の各系統の勢力関係の比率の状況等が変わらないのに,特段の事情もなく今後も労働者委員として任命される者の推薦組合が特定の系統のみに属する労働組合であるような事態が続く場合には,知事が意図的に,道労連に加盟する労働組合の推薦に係る候補者を労働者委員の任命から排除したとの推認が働く余地があり得る旨を,理由中に付言した(甲2)。
(ウ) 第39期労働者委員の任命処分に関する札幌地方裁判所平成24年12月26日判決は,任命処分取消しの訴えを却下し,国賠請求を棄却したが,都道府県知事が,労働者委員の任命に際し,被推薦候補者の一部を全く審査の対象としない場合や,形式的には審査の対象としながらも実質的には特定の被推薦候補者について全く審査をせず,あるいは,特定の系統に属する労働組合推薦の候補者であるという理由だけで労働者委員に任命しなかった場合も,当該任命処分は,推薦制度の趣旨を没却するものとして,裁量権の逸脱・濫用にあたるというべきであるとした(甲3)。
(エ) 第40期労働者委員の任命に関する札幌地方裁判所平成27年1月20日判決は,任命処分取消しの訴えを却下し,国賠請求を棄却したが,処分行政庁は,再任候補者が前期の労働者委員としての実績を有していることを重視する余り,当該再任候補者の前期の労働者委員としての職務遂行の具体的な状況について必要な調査及び検討をせず,それにより,処分行政庁の裁量的判断の基礎となる事実である再任候補者の人格,識見の認定が十分にされなかった結果,系統別の選任割合が十分に考慮されず,処分行政庁の判断が左右されたものであって,本件任命処分は,重要な事実の基礎を欠くものであり,処分行政庁に付与された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるといわなければならないとした(甲4)。
なお,処分行政庁において本件任命処分に向けた手続を開始した平成26年9月時点では,第40期労働者委員の任命処分の取消し等を求める訴えが係属中であった(乙18)。
エ 本件任命処分についてのFの説明
本件任命処分に係る労働者委員の選考・決定の経過に関するFの説明は,概要,以下のとおりである(乙3,18,F証人)。
(ア) 総論
道労委第41期労働者委員の選考にあたっては,労組法及び54号通牒の趣旨,労働界の現状,労働委員会が果たすべき役割を踏まえて,第一段階として,系統別,地域別及び産業分野別の組合員数の割合を基に,労働組合の推薦を受けた候補者から北海道を代表する者として選任した場合の組合せを想定し,再任候補者については,労働者委員としての経験,紛争の解決努力等の職責の遂行状況も加味し,労働者委員として円滑で的確な職責の遂行が期待できる者かどうかを検討した。
(イ) 各要素の比率
a 系統別要素
本件候補者16人のうち,連合北海道の系統に属する者は13人,原告道労連の手続に属する者は3人であった。
Fは,北海道内における系統別の労働組合員数の比率に基づき,労働者委員の定数7人に対する選任割合を求めたところ,連合北海道と原告道労連の選任割合は,「6.5対0.5」となったため,連合北海道と原告道労連の系統別の労働者委員の選任の組合せとしては,「7対0」又は「6対1」が考えられると判断した。
b 地域別要素
Fが,本件候補者を地域別に分類したところ,石狩13人,上川2人,釧路1人となった。
Fは,北海道内における地域別の組合員数に基づき,候補者の地域別に労働者委員の定数7人を割り振ったところ,石狩が5.7人,上川が0.9人,釧路が0.4人になると判断した。
c 分野別要素
Fは,産業分野を卸売業・小売等(以下「小売等」という。),公務,運輸業・郵便業(以下「運輸等」という。),医療・福祉(以下「医療等」という。),複合サービス業(以下「複合サービス」という。),教育・学習支援業(以下「教育等」という。),電気・ガス・熱供給・水道業(以下「電気等」という。)に分け,これによって本件候補者を分類したところ,小売等4人,公務2人(内1人は医療等と兼ねる。),運輸等4人(内2人は複合サービスと兼ねる。),医療等3人(内1人は公務と兼ねる。),複合サービス2人(いずれも運輸等と兼ねる。),教育等2人,電気等2人となった。
Fは,北海道内における産業分野別の組合員数の状況に基づき,労働者委員の定数7人に対する選任割合を求め,小売等が1.9人,公務が1.6人,運輸等が1.0人,医療等が0.8人,複合サービスが0.7人,教育等が0.7人,電気等が0.3人になると判断した。
(ウ) 原告Aらの分類
Fは,原告Aらについて,地域別では,原告Aを上川,原告Bを釧路,原告Cを石狩に分類し,産業分野別では,原告A及び原告Bを医療等,原告Cを運輸等に分類した(乙3,18,F証人)。
(エ) 割り付けの方法
Fは,以上の系統別,地域別及び産業分野別の組合員数の割合を前提に,地域別及び産業分野別の割り付けの方法として,まず,石狩及び小売等に該当する候補者から2人を選任することとし,この区分に該当する候補者4人からH及びIを選任した。また,石狩及び公務に該当する候補者から1人,石狩及び運輸等に該当する候補者から1人をそれぞれ選任することとし,前者の区分に該当する候補者2人からJ(以下「J候補」という。)を,後者の区分に該当する候補者4人(原告Cを含む。)からK(以下「K候補」という。)を選任した。
そして,労働者委員の定数7人の残る3人については,①その所在する地域が石狩で,産業分野が複合サービス,教育等,電気等のいずれかである候補者から1人,②その所在する地域が上川で,産業分野が医療等又は電気等である候補者及びその所在する地域が釧路で,産業分野が医療等である候補者から2人を選任する方法(以下,同方法を「本件選任ケース1」という。)と,本件選任ケース1における上記①の候補者から2人,同じく上記②の候補者から1人を選任する方法(以下,同方法を「本件選任ケース2」という。)の2通りが想定されるものと判断した。
その上で,石狩及び複合サービスに該当する候補者2人からL(以下「L候補」という。)を,石狩及び教育等に該当する候補者2人からM(以下「M候補」という。)を選任することとし,また,上川又は釧路に該当する候補者4人(原告A及び原告Bを含む。)からN(以下「N候補」という。)を選任することとして,結果としては,上記2通りの方法のうち本件選任ケース2を採用するに至った。
(オ) 原告Cについて
Fは,原告Cについて,労働組合の役員としての経験を豊富に有する者であるが,K候補と比較すると,その所属する労働組合の構成員数が500人と小規模で,その活動対象が限定的であることに加え,K候補は3期6年間にわたり労働者委員としての実績と経験を積んできたことからすれば,原告CよりもK候補の方が実績と経験の点で上回っているものといえるし,産業分野別及び系統別の選任割合を考慮しても,K候補の方がより円滑で的確な職責の遂行を期待できると判断して,原告Cを労働者委員に選任するには至らなかった。
(カ) 原告A及び原告Bについて
a Fは,原告Aについて,労働組合の役員としての経験を豊富に有する者であるが,N候補と比較すると,活動歴に大きな違いはないものの,その所属する労働組合の構成員数が387人と小規模で,活動対象がやや限定的であることに加え,N候補は3期6年間にわたり労働者委員としての実績と経験を積んできたことからすれば,原告AよりもN候補の方が実績と経験の点で上回っているものといえ,旭川市所在の病院に勤務している原告Aには,その主たる活動拠点が札幌市である労働者委員としての活動に一定の制約が生じる可能性があることや,公務分野で選任したJ候補は,日高支庁の社会福祉課でケースワーカーのスーパーバイザーを務めた経験があり,福祉分野にも詳しいことをも考慮すると,系統別の選任割合を考慮しても,N候補の方がより円滑で的確な職責の遂行を期待できると判断して,原告Aを労働者委員に選任するには至らなかった。
b Fは,原告Bについて労働組合の役員としての経験を豊富に有する者であるが,地域別における釧路の選任割合は0.4人であって上川よりも割合が小さいこと,N候補と比較するとその活動歴に大きな違いはないものの,その所属する組合の構成員数が391人と小規模で,活動対象が限定的であること,及びN候補は3期6年間にわたり労働者委員としての実績と経験を積んできたことからすれば,原告BよりもN候補の方が実績と経験の点で上回っているものといえ,公務分野で選任したJ候補が福祉分野にも詳しいことをも考慮すると,系統別の選任割合を考慮しても,N候補の方がより円滑で的確な職責の遂行を期待できると判断して,原告Bを選任するには至らなかった。
c Fは,N候補と原告Aないし原告Bとの比較において,その年齢も考慮したが,同人らは,いずれも50代後半から60代半ばであり,同世代であるといえることから,労働者委員としての適格性の判断にあたっては,年齢は,結論を左右し得る大きな考慮要素にはならなかった。
(キ) 系統別要素の考慮
なお,N候補の選任を踏まえて,系統別の選任割合の観点から,本件選任ケース1と本件選任ケース2のいずれが妥当であるかを再考し,L候補又はM候補に代えて,原告A又は原告Bを労働者委員に選任することも検討したものの,結局,労働者委員としての経験を積み,誠実に職務を行っているL候補及び唯一の女性候補者であるM候補の方が,原告A及び原告Bよりも円滑で的確な職責の遂行が期待できるとの判断に至った。
オ 裁量権の逸脱,濫用について
以上の事実を踏まえて,前記アの観点から,本件任命処分について,裁量権の逸脱,濫用が認められるかについて検討する。
(ア) 本件任命処分の要約
前記認定したところによれば,Fは,産業分野及び地域別の組合員数に応じて労働委員数を割り付けた上で,被推薦者の産業及び地域の属性を基に労働者委員とするかどうかを判断していき,処分行政庁は,このFの判断を基に本件任命処分を行い,H,I,J候補,K候補,L候補,M候補及びN候補の7人を,第41期の労働者委員に任命した。
その結果,第41期労働者委員の構成は,系統別では,連合北海道系/原告道労連系が7対0(組合員数による比率6.5対0.5),地域別では,石狩/上川/釧路が6対1対0(組合員数による比率5.7対0.9対0.4),分野別では,小売等/公務/運輸等/医療等/複合サービス/教育等/電気等が2対1対1対0対1対1対1(組合員数による比率1.9対1.6対1.0対0.8対0.7対0.7対0.3)という割合となったが,この結果は,以下に述べる理由により,処分行政庁の裁量権の逸脱,濫用によるものというべきである。
(イ) 系統別要素の検討
処分行政庁が労働者委員を任命するにあたっては,労働組合の推薦があること,欠格事由のないことといった要件のほか,系統別要素,地域別要素,分野別要素,適格性要素を考慮すべきところ,その判断は処分行政庁の裁量に委ねられており,系統別要素を機械的に適用すべきであるということはできず,系統別要素が他の要素に優先されるということもできないが,何らの合理的説明もなく,ある要素の均衡を害するような任命が許されないことは,前述したとおりである。
Fは,連合北海道系と原告道労連系の組合員数による比率が6.5対0.5であることから,7対0あるいは6対1の任命を検討したとするが,前者を選択した場合,道労委の労働者委員は平成元年の労働界再編後に選任された第29期以降13期26年間にわたって連合北海道の系統に属する者のみが任命される結果になることや,本件任命処分の検討期間に先立ち,第38期,第39期労働者委員の任命処分の取消し等を求める訴えにおいて,前述のとおり,連合北海道に属する推薦組合にかかる候補者の選任,再任が繰り返されることの問題点が指摘されていたのであるから,本件任命処分を行うにあたり,処分行政庁においては,連合北海道系と原告道労連系を6対1とする任命を真摯に検討すべき状況にあったというべきであり,これを排して7対0とする任命をするにあたっては,他の要素に照らしこれが合理的であることの説明がなされなければならず,その説明がなければ,その任命には裁量権の逸脱,濫用があるとの推認が働くというべきである。
(ウ) 分野別要素の検討
産業分野別の組合員数の比率により,労働者委員7人の定員を割り当てた場合,医療等の分野は0.8となり,本件任命処分において,組合員数の比率による定員の割り当てが医療等よりも少ない複合サービス(0.7),教育等(0.7),電気等(0.3)についても,各1人の労働者委員が選任されているのであるから,医療等の分野から1人を選任することは合理的である。
他方,医療等に属する候補者としては,原告道労連系の原告Aと原告Bの2人しかいないため,医療等の分野から1人を選任しようとする場合,必然的に,原告道労連に属する候補者が選任されることになる。
Fは,前述のとおり,医療等に属する原告A,原告Bを選任しない理由として,石狩地区の公務分野で選任するJ候補が,医療等の分野も兼ねていることを挙げる。しかし,J候補が医療等の分野も兼ねているとする理由は,社会福祉課でケースワーカーのスーパーバイザーを務めた経験があることから,Fがそのように考えたというにすぎず(F証人),J候補が,医療等の分野に係る労働問題についての専門的知識を有していることの具体的確認などは,何らなされていない。
(エ) 適格性要素の検討
Fは,前述のとおり,原告AとN候補とを比較し,系統別要素を考慮しても,原告Aを選任するに至らなかった理由として,原告Aが所属する組合が小規模であること,N候補に労働者委員であることの実績と経験があること,旭川市の病院に勤務している原告Aは,札幌での労働者委員としての活動に制約が生じる可能性があることを指摘する。
しかしながら,前記Fの説明によっても,両者の活動歴に大きな違いはないとされており,N候補の労働者委員としての実績は評価する一方で,原告Aが旭川地方裁判所の労働審判員を8年務めたこと(甲1の1)については考慮した形跡がなく,原告Aが旭川市の病院に勤務していることが,労働者委員としての活動をどのように制約するかについても,具体的に確認したとは認められない。
また,Fは,原告Aらが,いずれも労働組合の役員としての経験を豊富に有する者であると認めており,その意味では,申立人の申立内容等をよく聴取・判断して,関係者を説得し得るといった適格性要素を否定するものではないにもかかわらず,その所属する労働組合が小規模であることを,原告Aらについての消極的事由として指摘する。
しかしながら,Fは,所属する労働組合の規模を問題とする理由として,所属組合が大きければ,決断力,指導力があるということを述べるにとどまり(F証人),一方で,原告Aらと同規模の組合に所属するIについては,これを選任している。
(オ) まとめ
以上検討したところによれば,例えば,原告A又は原告Bのいずれかを労働者委員として選任した場合,系統別要素においては連合北海道系と原告道労連系が6対1,分野別要素においては医療等が1となり,地域別要素においては上川が2又は1,釧路が1又は0となるなど,各要素の均衡を図りつつ,選任すること自体は容易である。
しかしながら,本件任命処分においては,原告道労連系がゼロとなる選任がなされているのであって,その理由としてFが説明するところを検討すると,前述のとおり,原告Aらの選任に消極に働く事情(組合の規模等)や,連合北海道系の候補の選任に積極に働く事情(J候補の医療等の経験)については,具体的といえないものについても考慮する一方で,原告Aらの選任に積極に働く事情(原告Aの労働審判員としての経験等)については考慮していないのであって,極めて恣意的であり,連合北海道系と原告道労連系が7対0となる選任をすることについての合理的説明があるとはいえない。
したがって,本件任命処分は,原告道労連の系統に属する原告らを,他の候補者との関係で実質的に審査の対象としないこととなっていることは否定できず,労組法上の推薦制度の趣旨を没却するものとして,裁量権の逸脱,濫用にあたるといわなければならない。
⑵ その他の違法事由について
ア 憲法14条及び28条違反等について
原告らは,本件任命処分は,何ら合理的理由なく,原告道労連及びこれに加盟する労働組合とその組合員を差別し,その団結権を侵害したものであるから,憲法14条及び28条に違反する旨を主張し,また,同様の理由により,本件任命処分は,ILO87号条約や国際人権規約B規約2条1項,22条,26条に違反する旨を主張する。
しかし,処分行政庁が,原告道労連及びこれに加盟する労働組合とその組合員に対する差別的意図をもって本件任命処分をしたものとは認められないことは前述のとおりであるから,原告らの上記主張は採用できない。
イ 労組法違反等について
原告らは,労組法の規定の趣旨に照らせば,複数の系統の労働組合が併存する場合には,各系統に属する労働組合の組合員数に応じて労働者委員を任命すべきであるから,本件任命処分は,労組法19条の12第3項及び同施行令21条1項に違反する旨を主張し,また,本件任命処分は,原告道労連と連合北海道の利害を調整する性格を有するものであり,処分行政庁は,公平原則に従って,各系統の労働組合の組合員数に応じて労働者委員を任命すべきであるから,本件任命処分は,行政における公平原則に違反する旨を主張する。
しかし,本件任命処分における労働者委員の任命について処分行政庁が広範な裁量を有するものというべきことは前述のとおりであることに鑑みれば,労組法が,各系統に属する労働組合の組合員数に応じて労働者委員を任命すべきことまで規定していると解することはできないから,原告らの上記主張は採用できない。
⑶ 国賠法上の権利,利益の侵害について
本件任命処分に裁量権逸脱,濫用の違法があることを前提に,これによって,原告らについて,国賠法上保護された権利,利益が侵害されたと認められるかにつき検討すると,上記1において判示したとおり,労組法の規定する労働者委員の推薦制度は,専ら労働者一般の利益という公益の保護のために認められたものであって,候補者の推薦をした労働組合や被推薦者の個別的利益の保護のために認められたものではないから,候補者の推薦をした労働組合や被推薦者が労働者委員の推薦について有する利益は,法律上保護されるべき利益ということはできないし,手続上平等に扱われることによる利益についても,同様といわざるを得ない。
また,前記⑴において判示したとおり,処分行政庁は,労働者委員の任命にあたって広範な裁量を有していることに鑑みれば,本件任命処分によって原告道労連,原告道北勤医労らの団結権が蹂躙されたということにはならず,原告らの社会的信用と名誉が毀損され,あるいは原告らの正当な権利擁護の活動の機会を不当に奪われたということにもならない。
よって,原告らについては,いずれも国賠法上保護されるべき権利又は利益が侵害され,損害が生じたと認めることはできないから,原告らの被告に対する国家賠償請求は,いずれも理由がない。
第4結論
以上のとおりであるから,原告らの本件訴えのうち,本件任命処分取消しを求める訴えは,いずれも不適法であるからこれを却下し,原告らのその余の訴えに係る請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 村井壯太郎 裁判官 八屋敦子)
(別紙1及び別紙2省略)