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札幌地方裁判所 平成28年(わ)144号 判決 2017年1月27日

主文

被告人を懲役28年に処する。

未決勾留日数中210日をその刑に算入する。

押収してある包丁1丁(略)及びバット1本(略)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人は,平成24年9月頃にAと知り合って交際し,平成26年6月6日に同人との間にBが出生した。被告人は,同年9月13日にAと結婚したが,被告人の暴力やギャンブル等が原因で,平成27年1月30日に離婚した。Aの被告人に対する好意はなくなっていたのに,被告人はAに対する思いを断ち切れず,離婚後もその生活に干渉するなどしていたところ,平成28年2月2日頃,Aが被告人からの連絡を拒絶するなどしたことから,被告人は,Aの母であるCに対し,Aへの取り次ぎを求めたが,Cにこれを拒絶された。そこで,被告人は,同月6日には,架空の男性になりすまし,フェイスブックでAに連絡を取るようになった。しかし,被告人は,同月7日午前中,Aから被告人のストーカー行為について相談を受けた警察官からAに近寄らないよう口頭警告を受けた上,その後に上記の架空男性になりすましてAをデートに誘うと,Aがこれを受け入れるような対応をしたことにより,Aへの執着心や嫉妬,AやCが自分の思い通りに行動してくれないことへのいらだち等から,A及びCに対する怒りや憎しみを募らせた。

そこで,被告人は,正当な理由がないのに,同日午後7時頃,札幌市a区・・・・・C方に無施錠の玄関から侵入し,その頃,同所において,

1  同人(当時52歳)に対し,殺意をもって,あらかじめ用意していた刃体の長さ約16.0センチメートルの包丁(略)で頭部,胸部等を数回刺した上,あらかじめ用意していたバット(略)で頭部等を多数回殴打するなどし,よって,同月8日午後0時30分頃,同市b区・・・・・D病院において,同人を脳挫傷により死亡させて殺害し,

2  A(当時23歳)に対し,殺意をもって,前記バットで頭部,顔面等を数回殴打したが,同人に全治約6か月間を要する左橈骨骨幹部骨折,頭部打撲,前額部挫創,歯槽骨骨折,歯の脱臼,両手打撲等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げず,

第2業務その他正当な理由による場合でないのに,同月7日午後7時頃,前記C方において,前記包丁1丁を携帯し,

第3同日午後7時10分頃,同所において,Aが親権者として監護するB(当時1歳8か月)が未成年者であることを知りながら,同人を抱きかかえて前記C方から連れ出し,同人方付近に駐車中の自動車に乗車させ,同車を発進させて連れ去り,その頃から,同月8日午前1時30分頃,北海道 c郡d町・・・・・E方において,前記BをFに引き渡すまでの間,Bを乗車させた前記車両を走行させるなどして,同人を自己の支配下に置き,もって未成年者を略取した。

(証拠の標目)

(累犯前科)

(法令の適用)

罰        条

判示第1の行為

住居侵入の点      刑法130条前段

1の殺人の点      刑法199条

2の殺人未遂の点    刑法203条,199条

判示第2の行為      銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,22条

判示第3の行為      刑法224条

科 刑 上 一 罪 の 処 理

判示第1の罪       刑法54条1項後段,10条(刑及び犯情の最も重い殺人罪の刑で処断)

刑 種 の 選 択

判示第1の罪       有期懲役刑

判示第2の罪       懲役刑

累  犯  加  重    いずれも刑法56条1項,57条(それぞれ再犯の加重〔判示第1の罪の刑については同法14条2項の制限に従う〕)

併 合 罪 の 処 理    刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第1の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重)

未決勾留日数の算入    刑法21条

没        収    刑法19条1項2号,2項本文

訴 訟 費 用 の 不 負 担    刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

量刑上重視される殺人と殺人未遂についてみると,被告人は,突然被害者らに襲い掛かり,判示のとおりのし烈な暴行を加え,被害者らが倒れてもなお執ように暴行を加えており,非常に残虐な犯行態様である。これだけの暴行をちゅうちょもせずに行っていることからすれば,いずれの被害者に対する暴行も強固な殺意に基づくものであったことは明らかである。被告人は,自宅からバットと包丁を持ち出して被害者らの家に入ると,すぐ殺害行為に及んでいるのであって,被害者らを殺害する目的で凶器を準備した計画的犯行といえる。

Cの一命を奪った結果が重大であることはいうまでもなく,将来の楽しみを奪われ,守るべき娘らを残して殺されたCの無念さや悲しみは察するに余りある。殺されかけたAについても,重傷を負わされ,指のしびれや硬いものが食べられないなど日常生活に大きな支障をきたすほどの後遺症が残っているだけでなく,自身が襲われた恐怖心や目の前で母親が殺されたという精神的苦痛にもさいなまれている。さらに,複雑な境遇に立たされたBの将来への悪影響が懸念されるほか,その他の遺族にも大きな精神的苦痛や様々な生活への影響が生じている。このような事情からすれば,Aや遺族らが極刑を望んでいるのも当然である。

被告人と被害者らとのやり取りや従前の経緯からすれば,本件犯行の動機は判示のとおりであったと認められる。被告人は,話合いのため被害者らの家を訪れたところ,被告人に気づいたAの悲鳴を聞いて頭が真っ白になって犯行に及んだなどと供述するが,そもそも被害者らが悲鳴を上げることは想定できることであった上,本件の執ような暴行態様や,家に侵入してすぐに包丁を取り出してCに襲い掛かっていることなどからすれば不自然であり,到底信用できない。そもそもAが被告人との関係を断とうとしたのは,被告人の暴力やギャンブル等が原因であって,被害者らが恨まれる理由は何もないのであるから,被告人が本件犯行に及んだ経緯や動機は余りにも自己中心的で身勝手というほかない。被告人は過去にも女性に傷害を負わせて服役しており,思いどおりにならないと暴力を振るう粗暴な傾向が顕著であって,この点も強く非難されるべきである。犯行前や犯行当時の被告人の言動を見ると,情緒不安定性パーソナリティ障害の症状が見受けられ,これが犯行に影響したことは認められるが,その障害は性格の偏りにすぎず,非難の程度を弱める理由とみることはできない。

未成年者略取については,家に一人残され,泣いて抱っこをせがむ実子を見て,放っておくことができずに出た行為であって,強く非難することはできないが,以上の殺人と殺人未遂についての事情からすれば,本件は,親族等を殺害した事案の中で重い部類に属するというべきである。

そして,被告人は,事件の重大性は認識しているものの,その供述内容や裁判に臨む姿勢をみると,自分の問題点に真摯に向き合っているとはいえず,十分に反省しているとはいえない。

これらの事情をも考慮すると,主文のとおりの刑がふさわしい。

(検察官 仲戸川武人 笠原達矢 各出席,

国選弁護人 本多良平(主任) 清平温子 各出席)

(当事者の科刑意見 検察官 懲役30年,包丁1丁及びバット1本没収,

弁護人 懲役15年)

(裁判長裁判官 田㞍克已 裁判官 薄井真由子 裁判官 中川大夢)

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