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札幌地方裁判所 平成28年(わ)232号 判決 2017年1月19日

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,Xほか54名が現に住居として使用している北海道浦河郡(以下略)所在の集合住宅「甲団地」乙棟(鉄筋コンクリート造4階建,床面積合計約2229.7平方メートル)に放火して焼身自殺をしようと考え,平成27年12月22日午前8時55分頃,同棟a号室当時の被告人方において,居間の床上に敷いた新聞紙に灯油約500ミリリットルをまいた上,同新聞紙にライターで点火して火を放ち,その火を居間の床板,壁面等に燃え移らせ,よって,同室の床板,壁面等を焼損(焼損面積合計約11.4044平方メートル)したものである。

(量刑の理由)

1  本件犯行の焼損面積は大きいものではないものの,財産的損害(復旧工事費用約1000万円)はそれなりに大きい。他の居住者や建物の所有者への悪影響をも考えると,犯行の結果は重い。また,被告人は,多くの人々が居住・在室する集合住宅(団地)の自宅内で,灯油や新聞紙を使用して放火し,火の勢いが弱まると衣類を足すなどしている。犯行の手口は,周囲にも火災の被害が及ぶ危険性が大きいものであったと認められる。

被告人は,コンビニエンスストアのアルバイト店員として働く中で生きていても楽しくないとの思いを徐々に募らせていたところ,本件の数日前にホテルの従業員に転職をしたが,それでも生活に変化がないと感じ,本件当日の朝,衝動的に自殺を思い立ち,本件犯行に及んだ。被告人は,人に率直に相談することなどが苦手な性格もあって本人なりにストレスを溜め自殺を決意したとみられる。しかし,特段精神的に追い詰められるような苦境にあったわけではなかった上,精神障害や大きな性格の偏りなどもなく,判断能力に問題はなかったと認められる。そのような被告人が,自宅で放火をすれば他者に重大な影響が生じることは明らかであるのに,衝動的とはいえ,自殺の手段として放火に及んだのは,浅はかであったといわざるを得ない。犯行の経緯等に同情の余地はあまりない。

2  以上を前提に,本件と同種類似の事案での量刑傾向をもふまえて検討する。本件は,心中・自殺の目的で燃料を使用してこれに及んだという現住建造物等放火罪の事例の中で比較する限り,より重大な結果が生じた事案もみられるなど,必ずしも重い部類に属する事案とはいえない。よって,同罪について定められた有期懲役刑の下限(懲役5年)ではやや重く,酌量減軽をするのが相当である。たしかに,被告人は前科がなく,本人なりに反省し更生の意欲を見せていること,両親及び本件後被告人の診察等に当たっている精神科医が今後の支援を約束していることは考慮する必要がある。しかし,特に本件犯行の手口,経緯などからすると,被告人の責任は相応に重いというべきである。そこで,刑の執行猶予を付すことやごく短期の実刑にとどめることは相当ではなく,主文に掲げた刑期の実刑を科さざるを得ないと判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 金子大作 裁判官 坂田正史 裁判官 坂本桃)

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