大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成28年(ワ)2414号 判決 2017年12月26日

主文

1  被告国立大学法人北海道大学は,原告に対し,5万円及びこれに対する平成27年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告に対し,1億9835万5349円及びこれに対する平成24年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告に対し,1円及びこれに対する平成28年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告国立大学法人北海道大学(以下「被告大学」という。)に在籍していた原告が,

①  被告大学の学長(当時)である被告A,同学部長(当時)である被告B及び原告が所属するコースのコース長(当時)である被告Cが,原告の退学願いを受理せず,在学契約の解除を認めなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法な公権力の行使に当たるとして,被告大学については同項による損害賠償請求権に基づき,②被告A,被告B及び被告Cの前記の行為は共同不法行為を構成し,同被告らは個人としても不法行為責任を負うとして,同被告らについては不法行為による損害賠償請求権に基づき,③別件訴訟における被告大学の代理人であった被告D,被告E及び被告Fが,被告大学に原告との在学契約の解除を認めないことが合憲・合法であるとの誤った説明をすることで,前記①の違法行為を誘発したことが共同不法行為を構成するとして,被告D,被告E及び被告Fについては不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告らに対し,損害合計10億6648万5676円の一部1億9835万5349円及びこれに対する平成24年4月1日(在学契約の締結日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,

被告らの本件訴えにおける訴訟追行行為が不法行為を構成するとして,被告らに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害合計1億0664万8567円の一部1円及びこれに対する平成28年8月15日(本件訴えを提起した日)から支払済みまで同率の遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。

1  前提事実(争いのない事実及び末尾に掲記した証拠等によって容易に認定される事実)

(1) 当事者

ア 被告大学は,国立大学法人法に基づく国立大学法人である。

イ 被告Aは,平成25年4月1日に被告大学の学長に就任し,平成29年3月31日に退任した者である(弁論の全趣旨)。

ウ 被告Bは,平成27年度の被告大学の工学部長であり,平成29年4月1日から被告大学の学長を務める者である(弁論の全趣旨)。

エ 被告Cは,原告が所属していた被告大学工学部情報エレクトロニクス学科メディアネットワークコースのコース長を務めていた者である(弁論の全趣旨)。

オ 被告D,被告E及び被告Fは,後記(4),(5)の前訴及び仮処分事件において,被告大学等の代理人を務めた弁護士である。

(2) 被告大学の内規等

ア 北海道大学通則(以下「本件通則」という。)には,以下の趣旨の記載がある(乙イ1)。

学生が退学しようとするときは,詳細な事由を記載した退学願いを当該学部長に提出し,その許可を受けなければならない(29条)。

前期又は後期の中途において退学し,又は退学を命ぜられ若しくは除籍された場合は,別に定める場合を除き,これらの場合のいずれかに該当することとなった日の属する期に係る授業料を納付しなければならない(39条1項)。

イ 本件通則38条は,前期又は後期の全期間を通じて休学するときは,その期分の授業料を免除する旨,前期又は後期の期間の全部又は一部の期間を休学するときの授業料の免除の取扱いについては別に定める旨規定する(乙イ1)。

北海道大学授業料等免除内規(以下「本件授業料等免除内規」という。)には,前期又は後期の全期間を通じて休学を許可した場合には,休学を許可した期の授業料の全額を免除するが,当該期の開始前に休学の願い出があった場合に限る旨の定めがある(11条1項)。また,同条2項は,前期又は後期の一部の期間を休学した場合の免除すべき額を定めている(甲30,乙イ2)。

ウ 本件通則30条4号は,授業料の納付を怠り督促を受け,なお納付しない学生は,当該学部の教授会の議を経て,総長が除籍する旨定めている。

北海道大学における授業料未納者に係る除籍及び復籍の取扱いに関する内規(以下「本件除籍等内規」という。)には,被告大学の学部等に在学する者で,授業料を2期納付せず,督促を受けてもなお納付しないときは,本件通則30条4号により,当該授業料の2期目の納付に係る学期の末日をもって除籍する旨の定めがある(2条)(乙イ3)。

(3) 原告の被告大学への入学及び退学に至る経緯等

ア 原告は,平成24年度の被告大学の入学試験に合格し,入学料の納付などの入学手続を完了した上で,同年4月1日に被告大学と在学契約を締結し(以下「本件在学契約」という。),被告大学に入学した(弁論の全趣旨)。

イ 原告は,平成25年4月1日から工学部情報エレクトロニクス学科メディアネットワークコース2年に進学したが,同年10月28日,被告大学に休学願いを提出し,同年11月1日から平成26年3月31日までの休学が許可された。

原告は,その後も複数回休学願いを提出し,同年4月1日から平成28年3月31日までの間,被告大学から継続して休学が許可された(弁論の全趣旨)。

ウ 被告大学は,平成25年11月15日付けで,原告に対し,同年10月分の授業料4万4650円(以下「本件授業料」という。)の納付を請求したが,原告はこれに応ぜず,被告大学は,平成26年1月31日付けで原告に督促状を送付した。

なお,本件授業料債務は,原告が前記イのとおり休学が許可され,本件授業料等免除内規11条2項に基づき平成25年度の授業料のうち同年11月から平成26年3月までの5か月分の授業料が免除された結果,平成25年10月分の授業料4万4650円が未納となったものである(弁論の全趣旨)。

(4) 前訴に係る経緯,原告の退学願いの提出等

ア 原告及び本件在学契約における原告の連帯保証人である訴外会社(以下「訴外会社」という。)は,平成26年7月,被告大学及び平成25年3月31日まで被告大学の学長を務めていた者を相手方として訴訟を提起した(札幌地方裁判所平成26年(ワ)第1447号。以下「前訴」という。)(甲2,7,9)。

イ 前訴においては,①原告が,前訴の被告らに対し,各種の不法行為による損害賠償請求を求めるとともに,②原告及び訴外会社が,被告大学に対し,本件授業料債務が存在しないことの確認をそれぞれ請求した(甲2)。

ウ 原告は,前訴係属中の平成27年6月24日,被告大学に対し,退学理由を復学する意思がないためとした退学願いの写しを提出した。被告Dは,同月29日の前訴の口頭弁論期日において,原告に対し,被告大学のルールとして,本件授業料が未納のままでは退学することができないため,退学願いが正規に提出されても受理されない旨述べた(甲12,弁論の全趣旨)。

原告は,同年7月27日,被告大学に対し,退学願いの原本を正式に提出した(弁論の全趣旨)。

エ 前訴においては,平成27年7月27日に請求棄却の判決が言い渡され,原告が控訴したが,同年12月8日に控訴棄却の判決が言い渡され,同判決は平成28年1月5日に確定した(札幌高等裁判所平成27年(ネ)第287号)(甲2,3,乙イ7)。

原告は,前訴控訴審で,本件在学契約が解消されていることの確認請求を追加する訴えの追加的変更を求めたが,前訴の控訴裁判所は,当該変更を許さない旨決定した(甲4,弁論の全趣旨)。

オ 被告大学は,平成28年2月1日付けの書面で,原告に対し,休学期間が同年3月末日で満了する旨,退学を希望する場合は退学願いを提出すべき旨及び過去の授業料に未納分があるときは退学が認められない旨を通知した(甲14)。

(5) 原告は,平成28年2月16日付けで,被告大学を相手方として,本件在学契約が終了していることを仮に確認することなどを求める仮処分命令を申し立てた(札幌地方裁判所平成28年(ヨ)第32号。以下「本件仮処分事件」という。)。同年3月23日,①原告と被告大学間の本件在学契約が終了していることを仮に確認する,②被告大学に対し,原告に同契約が終了していることを証明する文書を仮に交付することを命ずる旨の決定がなされた(甲1の1,10,16)。

被告大学は,同月24日,原告に退学証明書を発行した(弁論の全趣旨)。

(6) 原告は,本件訴えにおいて,当初,被告大学に対し本件在学契約が終了していることの確認を請求していたところ,平成29年11月10日の第5回弁論準備手続期日において,原告と被告大学との間で,本件在学契約が終了していることを確認する旨の和解が成立した(顕著な事実)。

2  争点

(1) 被告A,被告B及び被告Cが原告の退学を拒絶したことが,国家賠償法1条1項の適用上違法な公権力の行使に当たるか

(2) 被告A,被告B及び被告Cは,争点(1)の行為について,個人として不法行為責任を負うか

(3) 被告D,被告E及び被告Fは,被告大学に対し本件在学契約の解消を認めないことが合憲・合法であるとの誤った説明をしたか。当該行為は共同不法行為を構成するか

(4) 争点(1),(3)の行為による原告の損害

(5) 被告らによる本件訴えの訴訟追行行為が不法行為を構成するか。当該行為による原告の損害

3  争点(1)(被告A,被告B及び被告Cが原告の退学を拒絶したことが,国家賠償法1条1項の適用上違法な公権力の行使に当たるか)に関する当事者の主張

(原告の主張)

(1) 被告大学は,授業料の未納を理由に在学契約の解除を拒むことができないにもかかわらず,原告が本件在学契約を終了させるよう申し出たことに対し,未納授業料を完納するまで退学願いを受理しないとの運用に基づきこれに応じなかった。

最高裁判所平成18年11月27日第二小法廷判決・民集60巻9号3437頁(以下「平成18年判決」という。)によれば,被告大学が同契約の解除に応じないことは憲法26条1項の趣旨等に反し違憲である。

(2) 被告Aは,被告大学の学長として原告の退学について最終決定権を有し(学校教育法93条2項),被告Bは,工学部部長として退学の許否を決する立場にあったところ,同被告らは原告の退学を拒絶した。また,原告が所属するコースのコース長である被告Cは,平成27年6月29日に原告の退学願いを受理しない旨述べて退学を拒絶した。

被告大学は,被告A,被告B及び被告Cが原告の退学願いを受理せず,同契約の解消に応じなかった違法行為について,国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う。

(被告大学,被告A,被告B及び被告Cの主張)

否認ないし争う。

(1) 被告大学の内部規程には,授業料の未納がある場合に退学願いを受理しない旨を定めた明文の規定は存在しないが,授業料の支払は学生の中核的な義務であること,本件通則39条や本件除籍等内規2条の下で授業料の未納がある学生の退学を認めることは,中核的な義務を怠った学生が除籍を免れることになり衡平を欠くことから,被告大学では,授業料の未納がある場合にはこれを完納するまで退学願いを受理しない運用(以下「本件運用」という。)がとられてきた。本件運用は相応の合理性を有し,学生による在学契約の解除権の行使を不当に妨げるものではない。

原告は,本件授業料を支払った上で退学願いを提出すれば本件在学契約を解除することが可能であったが,被告大学の督促にもかかわらずこれを支払わなかったため,被告大学は本件在学契約の解除を認めなかった。

(3) 退学の許否を決するのは学部長であった被告Bであり,学長であった被告Aは,退学の許否を判断する立場になく,原告の退学願いの受理の可否の判断等には関与していない。

被告Bは,工学部長として工学部に所属する学生の退学を許可する立場にあったところ,本件運用に基づき,原告の退学願いを受理しなかった。同被告が,授業料の納付を促すために従前の取扱いを前提とした対応をとったしても,工学部長として職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったとはいえない。

原告所属のコースのコース長であった被告Cは,平成27年6月29日,原告から退学願いへの署名押印を求められた際,授業料に未納があれば退学願いは受理されない旨述べた上で署名押印した。同被告は,従前の取扱いを説明したにすぎず,コース長として職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものではない。

4  争点(2)(被告A,被告B及び被告Cは,争点(1)の行為について,個人として不法行為責任を負うか)に関する当事者の主張

(原告の主張)

被告A,被告B及び被告Cが原告の退学を拒絶したことについては国家賠償法1条1項の適用があるものの,公務員による故意による職権濫用行為があった場合には,当該公務員は個人としても損害賠償責任を負うべきである。同被告らが本件在学契約の解除を認めなかったことは,前訴で原告が被告大学を提訴したことへの報復又は補助金の不正受給を目的としたものであり,同被告らは,当該各違法行為について個人としても不法行為責任を負い,当該各違法行為は共同不法行為を構成する。

(被告A,被告B及び被告Cの主張)

否認ないし争う。被告A,被告B及び被告Cの原告の退学願いに対する対応等については,公務員がその職務を行うにつきなされたものとして国家賠償法1条1項の適用があり,公務員個人の民事上の責任は否定される。

5  争点(3)(被告D,被告E及び被告Fは,被告大学に対し本件在学契約の解消を認めないことが合憲・合法であるとの誤った説明をしたか。当該行為は共同不法行為を構成するか)に関する当事者の主張

(原告の主張)

被告大学は,弁護士である被告D,被告E及び被告Fに従って前訴の訴訟方針を決していたところ,同被告らは,前訴及び本件仮処分事件の過程において,被告大学に本件在学契約の解除を認めないことが合憲・合法であるとの誤った説明をし,これにより争点(1)に係る被告A,被告B及び被告Cの違法行為を誘発した。

被告D,被告E及び被告Fの当該行為は,共同不法行為を構成する。なお,被告大学は,当該不法行為について責任を負わない。

(被告D,被告E及び被告Fの主張)

否認ないし争う。被告大学は本件運用に基づき本件在学契約の解除を認めないとの対応をとってきたもので,被告D,被告E及び被告Fが,前訴や本件仮処分事件において応訴方針を決定し又は被告大学に当該対応をとるよう慫慂した事実はない。

6  争点(4)(争点(1),(3)の行為による原告の損害)に関する当事者の主張

(原告の主張)

原告が争点(1)の被告A,被告B及び被告Cの違法行為並びに争点(3)の被告D,被告E及び被告Fの不法行為により被った損害は,以下のとおり合計10億6648万5676円となる。原告は,そのうちの一部1億9835万5349円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する。なお,当該各行為は性質を異にするが,原告が被った損害は同じものであり,別異の損害の主張はしない。

(1) 支払済みの授業料等相当額 110万2700円

原告は,被告大学が本件在学契約の終了を認めないこと又はこれを許容する学則の存在を入学前に認識していれば,被告大学に入学しなかったことからすれば,原告が支払った入学金28万2000円,3期分の授業料80万3700円及び検定料1万7000円の合計110万2700円が損害となる。

(2) 入学準備期間から平成28年3月までの5年間に係る原告の年収相当額 1億0200万円

原告は,被告大学への入学準備のために少なくとも1年間及び入学後単位取得のために1年半の合計2年半を費やしたものの,これらは被告らの行為により無駄になった。平成27年及び平成28年の原告の年収が2040万円であることからすれば,当該期間の年収相当額5100万円が損害となる。

また,被告大学が本件在学契約を解除しなかったため,原告は平成25年10月から平成28年3月までの約2年半の間,同契約の継続を余儀なくされた。したがって,当該期間の年収相当額5100万円が損害となる。

(3) 逸失利益 7億5052万1706円

原告は,被告大学に入学したことにより他の大学に入学し卒業する機会を失ったもので,将来得られるはずの利益を失ったことによる損害が発生した。

平成25年の男性30歳ないし34歳の正社員・正職員の平均賃金が月額28万1900円,全年齢平均賃金が月額34万0400円であることからすれば,原告については,年齢による昇給として平均20.75パーセント(=(34万0400円-28万1900円)÷28万1900円)の賃金上昇が見込まれる。原告の年収2040万円に当該賃金上昇分を加味すると,2463万3416円(=2040万円✕34万0400円÷28万1900円)となる。原告が32歳で他の大学を卒業したと仮定した場合の就労可能年数は35年であるから,原告の逸失利益は7億5052万1706円となる。

(4) 慰謝料及び無形的損害 6000万円

原告は,被告大学が本件在学契約の終了を認めないため,教育を受ける権利が侵害され,精神的苦痛を受けた。これを慰謝するには少なくとも3000万円が必要である。

また,被告大学が同契約の終了を認めないため,原告は同契約が終了していることの確認請求の追加的変更を許さなかった前訴において上告を断念し,本件訴えの提起を余儀なくされるなどした。このような原告の労力に鑑みれば,原告は無形的損害として3000万円の損害を被った。

(5) 原告が納付済み及び将来納付する所得税及び復興特別所得税相当額 1億5286万1270円

被告大学は,違法に本件在学契約の終了を認めないことで,公の営造物である国立大学を生涯利用することができない状況を作出し,かつ,原告が間接的に享受できたはずの金銭的利益(補助金)を被告大学が不当に取得し続けることになることからすれば,原告が過去に納付し,将来納付する所得税等相当額が損害となる。

原告は,平成25年分から平成27年分の3年間で所得税等合計1025万2557円を納付した。また,原告が平成26年分から平成28年分に納付した所得税等は年額平均407万4534円であり,同年から原告の就労可能年齢までの35年間に納付すると推測される所得税等は総額1億4260万8713円となる。

(被告らの主張)

いずれも争う。本件運用に基づき退学願いを受理しない取扱いをしたことと原告主張の各損害には相当因果関係がない。

7  争点(5)(被告らによる本件訴えの訴訟追行行為が不法行為を構成するか。当該行為による原告の損害)に関する当事者の主張

(原告の主張)

被告らは,単に原告の主張に反対することを目的として本件訴訟を追行したもので,当該訴訟追行行為は不法行為を構成する。原告は,被告らの当該不法行為により,本件訴訟を追行せざるを得なくなったことによる無形的損害として,本件訴訟における請求額の1割相当額である1億0664万8567円の損害を被った。原告は,そのうちの一部1円及びこれに対する遅延損害金を請求する。

(被告らの主張)

否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(被告A,被告B及び被告Cが原告の退学を拒絶したことが,国家賠償法1条1項の適用上違法な公権力の行使に当たるか)及び争点(2)(被告A,被告B及び被告Cは,争点(1)の行為について,個人として不法行為責任を負うか)について

(1) 争点(1)及び(2)を判断する前提として,原告が主張する被告A,被告B及び被告Cの行為について,国家賠償法1条1項の適用があるかについて判断する(なお,原告及び被告らはともに当該各行為について同項の適用があることを前提としている。)。

国立大学法人法の趣旨,目的及び関係各規定に鑑みれば,国立大学法人は国家賠償法1条1項所定の公共団体に該当し,その代表者ないし職員は同項の公務員に該当すると解するのが相当である。そして,国立大学法人法の制定前は,公立学校の教師の教育活動は国家賠償法1条1項の公権力の行使に該当すると解されていたところ(最高裁判所昭和62年2月6日第二小法廷判決・集民150号75頁参照),国立大学法人の設立の際に現に国が有する権利及び義務のうち国立大学法人が負う業務に関するものは当該法人が承継するとされている反面(国立大学法人法附則9条1項),同法制定の前後で国立大学の活動の実質や性格に変更があったとは認められない。そして,学生が提出した退学願いに対する国立大学の職員等による措置は,純然たる私経済作用ではないことからすれば,同法制定後も公権力の行使に当たると解するのが相当である。したがって,本件において問題とされる被告A,被告B及び被告Cの行為については,公務員による公権力の行使に当たり,国家賠償法1条1項が適用されるというべきである。

(2) 争点(1)について

ア 被告らは,授業料の支払が在学契約において学生が負う中核的な義務であるところ,本件通則39条や本件除籍等内規2条の下で,授業料の未納がある学生の退学を認めることは,中核的な義務の履行を怠った者が除籍を免れることを容認することになり衡平を欠くとして,本件運用は相当の合理性を有し,学生の解除権を不当に妨げるものではない旨主張する。

しかしながら,在学契約においては,大学が学生に対し教育役務を提供するとともにこれに必要な教育施設等を利用させる義務を負い,学生は大学に対しこれに対する対価を支払う義務を負うことが中核的な要素とされているものの,教育を受ける権利を保障している憲法26条1項の趣旨や教育の理念に鑑みると,大学との間で在学契約を締結した学生が当該大学において教育を受けるかどうかについては,当該学生の意思が最大限尊重されるべきであるから,学生は,原則として,いつでも任意に在学契約を将来に向かって解除することができると解するのが相当である。このような考えに立てば,大学の学則において,学生の側からの退学(在学契約の解除)について学長等の許可を要するなどと定められている場合でも,これらの定めをもって,学生による在学契約の解除権の行使を制約し,あるいは在学契約の解除の効力を妨げる趣旨のものと解すべきではない(平成18年判決参照)。

したがって,退学については学部長の許可を要する旨定める本件通則29条は,退学が学生の身分に重大な影響を及ぼすものであることを考慮した手続的な定めと解され,当該許可によりはじめて在学契約の解除の効力が生ずるものとは解することは許されないというべきである。そのほか,被告大学の内部規程上,学生に授業料の未納がある場合に退学願いを受理しない旨を定めたものが存在しないことは争いがない。

以上に説示したところによれば,授業料を納付するまで退学を認めない本件運用が学生の在学契約の解除権の行使を制約するものであることは明らかであるところ,退学が学生の身分に重大な影響を及ぼすことからすれば,本件運用が学生に及ぼす不利益の程度は看過することができず,また,当該制約をすることに合理的理由があるとは認められない。したがって,本件運用を根拠に授業料の未納がある学生からの退学,すなわち在学契約の解除を認めないとすることは許されないというべきである。

イ 以上によれば,原告が平成27年7月27日に退学願いの原本を提出したことにより,本件在学契約は将来に向かって解除されたものというべきところ,本件通則29条により工学部の学生の退学願いを受理する地位にあった学部長(当時)の被告Bは,職務上尽くすべき注意義務に反し,学生の解除権を制約する本件運用に従って漫然と原告の退学願いを受理しなかったもので,当該行為は国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。被告Bの当該行為が本件運用を踏襲したものにすぎないとしても,本件運用は内部規定上の根拠を有していたわけではなく,また,原告の退学願いは平成18年判決から相当期間経過後に提出されたものであることに鑑みれば,当該行為については同項の適用上違法との評価を免れない。

したがって,被告大学は,被告Bによる当該行為により原告が被った損害について国家賠償責任を負うというべきである。

ウ 被告大学の学長であった被告Aは,被告大学の校務をつかさどり,所属職員を統督するとともに,国立大学法人を代表してその業務を総理する立場にあり(国立大学法人法11条1項,学校教育法92条3項),また,原告が所属するコースのコース長であった被告Cは,コースを代表してその業務を掌理・統括し,調整する立場にあったものの(北海道大学工学部組織運営内規6条2項。乙イ6),前記イのとおり学生の退学願いを受理する地位にあるのは学部長であって,同被告らはいずれも退学願いを直接取り扱う地位にはなく,また,同被告らが,被告Bが原告の退学願いを受理しなかったことに関与したことをうかがわせる証拠は見当たらない。

したがって,被告A及び被告Cには,原告の退学願いが受理されなかったことについて職務上尽くすべき注意義務違反があったとは認めるに足りず,被告大学は,被告A及び被告Cの行為について国家賠償責任を負わないというべきである。

(3) 争点(2)について

原告は,被告A,被告B及び被告Cが原告の退学を拒絶したことについては国家賠償法1条1項の適用があるものの,公務員による故意の職権濫用行為があった場合には当該公務員は個人としても損害賠償責任を負うことを前提に,同被告らに対し不法行為による損害賠償を求めている。

しかしながら,公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が,その職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には,国又は公共団体が同項に基づきその被害者に対して賠償の責に任ずるものとし,公務員個人はその責を負わないと解するのが相当であり(最高裁判所昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁判所昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁参照),この点に関する原告の主張は採用することができない。

前記(1)のとおり,原告が主張する同被告らの原告の退学願いに対する措置等の行為は,公務員による公権力の行使に当たるものとして同項の適用があるから,被告Bは,同項の適用上違法と評価される同被告の行為について個人として不法行為責任を負わないというべきである。また,被告A及び被告Cの行為については,前記(2)のとおり同項の適用上違法とは認めるに足りず,同被告らは個人としての不法行為責任も負わないというべきである。したがって,原告の同被告らに対する損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

2  争点(3)(被告D,被告E及び被告Fは,被告大学に対し本件在学契約の解消を認めないことが合憲・合法であるとの誤った説明をしたか。当該行為は共同不法行為を構成するか)について

原告は,被告大学は被告D,被告E及び被告Fの意向に従い前訴における訴訟方針を決していたところ,同被告らは,前訴及び本件仮処分事件の過程において,被告大学に本件在学契約の解消を認めないことが合憲・合法であるとの誤った説明をし,これにより被告A,被告B及び被告Cの違法行為を誘発した旨主張する。

しかしながら,被告D,被告E及び被告Fは,法律的知識・技能を駆使し,当事者の権利利益を擁護することを職責とする弁護士であるところ,同被告らは,前訴及び本件仮処分事件においても,当事者である被告大学の代理人として被告大学が決定した応訴方針に基づいて代理行為を行ったにすぎないものと推認される(なお,前訴ではそもそも本件在学契約の存否は争点とされていなかったことが認められる(甲2,3)。)。また,弁論の全趣旨によれば,被告大学は本件運用に基づき同契約の解除を認めないとの措置をとっていたものと認められ,被告D,被告E及び被告Fの説明や助言を受けて当該措置をとっていた事実は認めるに足りない。

そのほかに被告D,被告E及び被告Fが前訴ないし本件仮処分事件の過程で代理人に許容される範囲を逸脱した違法な行為をした事実も認められないことからすれば,争点(4)について判断するまでもなく,同被告らに対する請求はいずれも理由がないというべきである。

3  争点(4)(争点(1),(3)の行為による原告の損害)について

被告A,被告C,被告D,被告E及び被告Fが国家賠償責任ないし不法行為責任を負わないことは前記1及び2で説示したとおりであり,以下,被告Bの違法行為と相当因果関係を有する原告の損害について判断する。

(1) 支払済みの授業料等相当額について

原告は被告大学に支払った入学金,授業料及び検定料を損害として請求するが,これらは退学願いを受理せず本件在学契約の解除を認めなかった被告Bの違法行為と相当因果関係を有するものとは認められない。また,原告が休学を許可された平成25年11月1日より前の期間については,原告は,同契約に基づき,被告大学による教育役務の提供を受ける地位及び被告大学の教育施設の利益を享受し得る地位を有しており,これに対する対価として授業料等の支払義務を負っていたことが認められるから,この点においても原告の主張は採用することができない。

(2) 入学準備期間から平成28年3月までの5年間に係る原告の年収相当額について

被告Bの違法行為(平成27年7月27日に提出された原告の退学願いを受理しなかった行為)と入学準備期間及び入学後単位取得のために要した期間の原告の年収相当額が,相当因果関係を有するものとは到底認められない。また,原告は平成25年11月1日から休学し,平成27年及び平成28年には各2040万円の給与収入を申告するなど(甲21,28),休学後相当額の収入を得ていたものと推認されることからすれば,同年3月までの収入相当額も,当該行為と相当因果関係を有する損害とは認められない。

(3)逸失利益について

原告は,被告大学に入学したことにより他の大学に入学し卒業する機会を失ったとして,就労可能年数に係る逸失利益を請求する。

しかしながら,被告大学に入学したからといって他の大学に入学し卒業する機会を失ったとは直ちには認められないし,原告が被告大学を退学するに至った経緯についてみても,被告らに帰責されるべき事情は見当たらない。また,退学願いが受理されず本件在学契約の解除が認められなかったことにより,原告が労働能力を喪失した事実も認められない。したがって,原告が主張する逸失利益は,被告Bの違法行為と相当因果関係を有する損害とはいえない。

(4) 慰謝料及び無形的損害について

原告は,本件在学契約の解除が認められないことにより,教育を受ける権利が侵害され精神的苦痛を被った旨主張する。しかしながら,被告Bが平成27年7月27日に提出された原告の退学願いを受理しなかった時点から,被告大学が平成28年3月24日に原告に退学証明書を発行するまでの間又は平成29年11月10日の本件訴えの第5回弁論準備手続期日において,原告と被告大学との間で同契約が終了していることを確認する旨の和解が成立するまでの間に,原告が被告大学からの退学が認められないことにより他の大学等への入学を果たすことができなかったなどの教育を受ける機会が具体的に損なわれた事情を裏付ける的確な証拠は見当たらない。したがって,被告Bの違法行為により国家賠償法上保護に値する教育を受ける機会ないし利益が違法に侵害されたとは認められず,原告主張の慰謝料は認めることができない。

他方,原告は,被告Bの違法行為によって退学願いが受理されず,同契約の解除が認められなかったため,本件仮処分事件を申し立て,その後本件訴えを提起して同契約が終了していることの確認を請求したこと,前記のとおり和解が成立するに至るまでこれらの訴訟・非訟活動を余儀なくされるなど相応の労力を負担し,これについて無形的損害を被ったものと認められる。他方,原告が前訴の控訴審において求めた同契約の終了確認請求を追加する訴えの追加的変更が許されなかったのは,訴えの変更の要件を満たしていなかったからにすぎず,前訴における原告の訴訟活動の負担を無形的損害として評価することは相当とはいえない。そのほか本件訴えにおける原告の主張の内容など本件に現れた一切の事情を総合勘案すれば,原告が被った無形的損害は,金銭に換算して5万円と評価するのが相当である。

(5) 原告が納付済み及び将来納付する所得税及び復興特別所得税相当額について

原告の主張は判然としないものの,原告が過去に納付した所得税等相当額及び原告が将来にわたり所得税等相当額の納付義務を負うことが,被告Bの違法行為と関連性を有するとは到底認め難く,この点に関する原告の主張は採用することができない。

(6) 以上に説示したところによれば,被告大学は,原告に対し,国家賠償法1条1項の損害賠償責任に基づき,5万円及びこれに対する平成27年7月27日(遅延損害金の起算日としては,原告が被告大学に正式に退学願いを提出した同日が相当である。)から支払済みまでの遅延損害金の支払義務を負う。

4  争点(5)(被告らによる本件訴えの訴訟追行行為が不法行為を構成するか。当該行為による原告の損害)について

原告は,被告らが単に原告の主張に反対することを目的として本件訴訟を追行しており,当該行為が不法行為を構成する旨主張する。

しかしながら,本件全証拠によっても,原告が提起した本件訴えにおいて被告らが単に原告の主張に反対することのみを目的とした応訴活動をした事実は認められず,そのほか被告らの訴訟追行行為が裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くものであることをうかがわせる事実も認められない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告らは原告に対し損害賠償責任を負わないというべきである。

5  原告は,そのほかにも種々の主張をするが,原告が指摘する被告ら又は被告大学の職員の行為を国家賠償法1条1項の適用上又は不法行為法上違法な行為と評価すべき事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,前記1で説示した被告大学の国家賠償責任を除き,被告らは原告に対し損害賠償責任を負わないというべきである。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるからその範囲について認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。

札幌地方裁判所民事第5部

(裁判官 吉田豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例