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札幌地方裁判所 平成29年(わ)152号 判決 2017年9月20日

主文

被告人を禁錮2年8月に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成29年1月11日午前11時55分頃,大型貨物自動車(大型トレーラ)を運転し,北海道千歳市ab番地先の左方に湾曲し路面が凍結した道路を伊達市方面から苫小牧市方面に向かい時速約60kmで進行するに当たり,不必要な制動措置を差し控え,進路を適正に保持して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,不必要にトレーラブレーキを操作して制動措置を講じ,自車トレーラ部の後部を滑走させて対向車線にはみ出させた過失により,折から大型貨物自動車(大型トレーラ)を運転して対向直進してきたA(当時38歳)をして自車との衝突回避のために左転把の措置を余儀なくさせ,同車をその進路左側の雪壁に衝突させた上,走行の自由を失わせて対向車線に暴走させ,その対向から直進してきたB(当時40歳)運転の大型貨物自動車(大型トレーラ)右前部にA運転車両前部を衝突させ,よって,Aに多発外傷の傷害を負わせ,同日午後4時35分頃,札幌市中央区c条d丁目e番地所在のf病院において,同人を前記傷害に基づく出血性ショックにより死亡させたほか,Bに加療約3か月間を要する右膝関節開放骨折等の傷害を負わせた。

(事実認定の補足説明)

第1争点の所在等

本件では,公訴事実記載の日時・場所において,被告人運転の大型貨物自動車が進行する車線の対向車線を走行していたA運転の大型貨物自動車が進路左側の雪壁に衝突した上対向車線に暴走し,被告人車両の後続車両の1台であったB運転の大型貨物自動車の右前部にA車両の前部が衝突し,それにより,公訴事実記載のとおりAが死亡するに至り,Bが傷害を負ったことに争いはない。もっとも,公訴事実では,被告人が不必要にトレーラブレーキを操作して自車のトレーラ部分後部を対向車線にはみ出させる過失を犯し,そのために,Aをして被告人車両との衝突を回避するために左転把の措置をさせ,A車両を進路左側の雪壁に衝突させた上で対向車線に暴走させ,B車両と衝突させるに至ったとされている点について,被告人は,自身がトレーラブレーキを操作した事実はなく,本件事故の原因は,A車両が被告人の走行車線に進入してきたことにあるなどとして,過失を争っている。そこで,当裁判所が被告人の過失を公訴事実どおりに認定した理由につき,以下補足して説明する。

第2当裁判所の判断

1  関係証拠によれば,以下の前提事実が認められる。

(1) 本件の現場道路(国道g号線の北海道千歳市ab番地先)は,h湖沿いの片側一車線の道路であって,被告人車両の進行方向であった苫小牧市方面に向かって左方のh湖側に次第に湾曲する(曲線半径約280m)とともに,やや上り勾配であった。本件当時,現場道路には積雪があって凍結しており,路面は圧雪状態又はシャーベット状態であった。

(2) 本件事故が起きた平成29年1月11日,被告人車両及びB車両を含め,被告人が役員を務めるC株式会社の大型貨物自動車(大型トレーラ)4台は,運搬業務のために苫小牧市と伊達市との間を往復することとなっており,一方,Aも,運搬業務のために同様の区間を大型貨物自動車(大型トレーラ)で行き来することとなっていた。同人は,被告人らとは別の会社の従業員であったものの,同じく大型貨物自動車の運転に従事していたこともあって,愛称で呼び合い,運転中に無線機で各々相互に会話を交わすこともあるなど,被告人らC株式会社の従業員と親しい間柄であった。

(3) 被告人車両は,長さ約5.89mの牽引車両(トラクタ)と長さ約12mの被牽引車両(セミトレーラ。以下「トレーラ」ともいう。)から構成されていた。被告人車両を含む4台の大型貨物自動車は,先頭から被告人車両,D運転車両,B車両,E運転車両の順序で,無線の会話等から,対向車線を進行してくるA車両といずれすれ違うであろうことを知りながら,国道g号線を伊達市方面から苫小牧市方面に進み,本件現場手前で片側通行規制がなされていた箇所でいったん停止し,その後は連なって進行し,被告人車両やD車両が時速約60kmで現場道路に至ったところ,対向車線を伊達市方面に走行するA車両(トラクタの長さ約6.64m,トレーラの長さ約9.83m)とすれ違い,その頃,A車両が進行方向左方の雪壁に衝突し,さらに対向車線に進入してB車両と衝突した(本件事故)。これにより,A車両のトラクタ前部及びB車両のトラクタ右前部が大破するなどして,判示のとおりAは死亡するに至り,Bは傷害を負った。

(4) 被告人,D及びEは,現場で事故の通報やAやBの救護等に当たったが,その頃被告人は,B車両のドライブレコーダーからSDカードを抜き取り,警察官から提出を求められたが,これに応じず持ち帰った。

2  本件事故の目撃者の供述について

(1) 本件事故を目撃したDは,概要以下のとおり供述している。

A車両が対向車線を進行してきたところ,前を走行していた被告人車両のシャーシ(トレーラ)が対向車線側(進行方向右側)に流れて行った。被告人は,Aをびっくりさせてやろうというような感じで,わざとシャーシを対向車線に流したと思う。そのシャーシは対向車線の半ばくらいまで流れていた。A車両とすれ違った際,同車両はシャーシを避けようと左に寄って雪山と衝突し,左フロントタイヤが雪山に乗り上げるような格好で姿勢を崩し,ジャックナイフ状態(トラクタ部分とトレーラ部分とが「く」の字の形に折れ曲がる状態)になって自分たちの車線の方へ向かってきた。A車両とすれ違う頃,同人が無線のマイクを握り左にハンドルを切っている姿が見え,無線を通じて,同人が「兄弟,ちょっとそれは」と言うのが聞こえた。後ろを走行していたBのことが心配になり,無線で声を掛けた瞬間,ドーンという衝突音が聞こえた。

そのほか,Dは,現場道路でA車両が対向車線にはみ出したり進出したりしたことはなかった,シャーシが流れた際,被告人車両のスピードが落ちることはなく,同車両のヘッド(トラクタ)は左右にぶれることなく車線内を真っすぐ普通に走行していたとも供述している。

(2) D供述の信用性について

ア Dは,被告人車両に追従してそのすぐ後ろを走行し,車両の運転席という近い位置から本件事故の状況について目撃したもので,視認条件は十分良好であったと認められる。供述内容も真に迫るものとなっており,とっさに起きた出来事であったとはいえ,十分な注意力をもって観察していたものと認められる。Dは,被告人車両とすれ違うまでの間A車両は車線上を問題なく走行していた旨をも供述しているところ,現場道路はDの進行方向に向かって左方に湾曲していたものの,道路左端には積雪のある歩道部分とガードパイプを隔てて立木等がまばらにある程度の状況で,吹雪いていたといった事情もなく,道路先の右方への湾曲部分まで見通しを遮るものはなかったと認められ,やはり視認条件に問題はなかったといえる。また,被告人側の事情が原因で本件事故が発生したとすると,B車両との衝突直前に,A車両が雪壁に衝突して対向車線に進出するといった異常な動きをしていたことや,Aが無線で「兄弟,ちょっとそれは」と言ったことは,状況に即した理由があったこととなり,そのような意味でD供述は合理的ということができる(仮に本件事故の原因が,A車両が対向車線に進出するなどA側の事情にあったとすると,何ゆえA車両がそのような動きをしたのか,何ゆえAがそのような言葉を発したのか不可解であることとなる。)。

Bは,被告人のいとこに当たり,かつ,長らくC株式会社に勤務している人物であって,被告人の責任を殊更強調するおそれが比較的少ない間柄にあると考えられる。そのBは,A車両が左の雪山にぶつかって自分の車線に入り自車の方に向かってきて衝突したことや,Aは事故直前に無線で「兄弟,それは」と言ったことを供述しており,これらの部分でD供述を裏付けているといえる。また,D供述のうち,シャーシが流れた際,被告人車両のスピードが落ちることはなかったとする点は,タコグラフチャート紙の鑑定結果から見て取れる被告人車両の速度変化の状況にも沿うものといえる。

イ たしかに,Dは,本件当日に現場で行われた実況見分の際,被告人がわざとシャーシを流したといった重要な事柄について警察官に説明をしなかったことが認められる。しかし,Dの供述によると,会社では自身が被告人の部下であることや,本件が親しい仲間内の事故であったことなどから,自分の身を守ろうとする心理もあって,Aが快復して証言することを祈って何も言わずにいたが,複数の友人と相談して,隠しておくのはまずいと思い,また,Aが死亡したことを聞いて,自身が言わなければAが一方的に悪者になってしまうといった考えから,翌日自宅に来た警察官には,本件事故の原因は,被告人がわざとシャーシを流したことにある旨を説明したというのであって,そのような思惑や心境の推移等は十分理由があるものといえる。むしろ,Dは,本件当日のうちに,C株式会社の社長(被告人の兄F)に電話をかけ,被告人がわざとシャーシを流したために行き場を失ったAが突っ込んで事故が起きた旨を告げており,その後も,知人や被告人との会話の中で,このような事故状況を見た旨を伝えているなど,その説明は一貫していたといえる。そうすると,Dが当初警察官への説明を差し控えた点は,その供述の信用性評価に影響を及ぼすものではない。

ウ 以上によると,D供述は,本件事故の状況を認定する上で十分信用することができると認められる。

(3) 弁護人の主張について

ア 弁護人は,Dは,労働基準監督署に相談の電話をしたことがあるなど,C株式会社の労働環境に強い不満をもっていたが,社長に借金があったために退職できなかったことや,あまり仕事をしない被告人の態度等に不満を抱いていたことなどから,悪感情が原因で虚偽供述をする動機があると主張する。

しかし,Dがそのような不満を抱くなどしていたからといって,突然起きた本件事故の責任を事実に反してまで被告人に負わせようとしているとみるのは,飛躍があるといわざるを得ない。事故から間もない段階で虚偽の状況説明を試みたところで,捜査の進行によっては,それが事実に反することは容易に露見するであろうから,Dがそのような説明を行おうとするとは考え難いともいえる。Dは,本件事故を境にたびたび無断欠勤をするようになったとも認められるが,その供述によると,事故の記憶が浮かび,精神的に少し病んで仕事ができない状態になったというのであって,被告人の行為が本件事故の原因であると考える中,被告人が役員を,被告人の兄が社長を務める同社への出勤に抵抗を覚えて欠勤しがちになったとしても,それは自然でやむを得ないことと考えられる。

イ 弁護人は,平成29年1月31日頃にした被告人との電話で,Dが,A車両が来るのは見えていなかった旨話していたことをも指摘する。しかし,その電話での被告人のDに対する話しぶりは,あからさまに口封じ等を図るわけではないものの,本件事故の責任が被告人にある旨Dが周囲に述べているのを被告人が承知していることを伝えつつ,暗に,Dが事故状況をどのように把握しているかを探るとともに,同人を誘導又は牽制しようとするものであったと認められる。そうであれば,Dが,そのような被告人とのやり取りの中で弁護人指摘のような応じ方をしたことが一部あったのも無理からぬことと考えられるから,その指摘は当たらない。

ウ なお,弁護人は,Dが,捜査段階では一切供述していなかったのに,公判廷では,本件事故前に現場手前の区間で被告人がわざとトレーラスイング(トラクタ部分はそのまま走行し,トレーラ部分のみが左右に振られること)をさせているのを見た旨述べていることを挙げ,これがD供述の最大の疑問点であるとも主張する。しかし,その点は,D供述の核心部分の信用性評価に当たって大きな意味をもつわけではないと解される。たしかに,Dは,捜査段階の事情聴取で,本件以前に被告人がわざとトレーラスイングをしているのを見たことがあったかと問われ,記憶に従っていくつかの場面を供述したことがうかがわれるが,事情聴取の進み方いかんによっては,Dが本件事故直前のそれを述べなかったとしても,不自然ともいい難い。この点の弁護人の主張も採用できない。

エ D供述の信用性を争う弁護人のその余の主張にも,採用できるものはないといわざるを得ない。

3  被告人のブレーキ等の操作状況に関する検討

(1) D供述にあるように,A車両が雪壁に衝突する直前,被告人車両のトレーラ部分は,目に見える形でA車両の走行する車線内に進入していったこと,その際被告人車両のトラクタ部分は進路を保って走行しており,かつ減速することがなかったことなどに加え,捜査段階で実施された走行実験の結果から見て取れる,フットブレーキ又はトレーラブレーキを操作した場合における大型貨物自動車の走行軌跡,挙動等の在り方を併せ考慮すると,被告人は,現場道路を走行中,トレーラブレーキのみを不必要に操作することによって車両のトレーラ部分を対向車線にはみ出させたものと強く推認される。以下,若干補足して説明する。

(2) 本件走行実験の概要等

ア 本件走行実験は,現場道路の形状・路面状態等を再現した場所で,被告人車両と同種の大型貨物自動車を運転走行させ,左カーブの一定の地点においてフットブレーキ又はトレーラブレーキをいくつかの方法で操作するなどして,実験車両の走行軌跡や挙動を計測・見分したものであり,その結果は概要次のとおりである。

イ ①フットブレーキ(トラクタ部分及びトレーラ部分双方のタイヤにブレーキがかかるもの)のみを弱く又は強くかけた場合,車両は減速し,車体は中央線をはみ出すことなく走行を終えた(1回目ないし3回目の実験。なお,フットブレーキを強めにかけた3回目の実験では,ブレーキをかけ始めて間もなくトレーラ部分のタイヤがロックして同部分だけが遠心力でカーブの外側に横滑りする現象が一瞬起こった。)。②トレーラブレーキ(トレーラ部分のタイヤにのみブレーキがかかるもの。「シャーシブレーキ」ともいう。)のみを短めにかけた場合,トラクタ部分は進路上を進行したが,トレーラ部分後部が進行しながら対向車線側へ流れ,右後部が中央線を越えて対向車線側へはみ出してトレーラスイングが起き,緩やかに減速して,その後トレーラ部分が進路に戻った(4回目の実験。はみ出しが開始した地点から終了した地点までの直線距離は約13.5mであり,中央線から対向車線側へはみ出した幅は最大約0.9m)。③トレーラブレーキのみを長めにかけた場合,やはりトラクタ部分は進路上を進行したが,トレーラ部分後部が進行しながら対向車線側へ流れ,右後部が中央線を越えて対向車線側へはみ出すというトレーラスイングが起き,緩やかに減速して,その後トレーラ部分が進路に戻った(5回目の実験。はみ出しが開始した地点から終了した地点までの直線距離は約55.5mであり,中央線から対向車線側へはみ出した幅は最大約2.2m)。④ハンドルを少し左側へ切り,同時にフットブレーキをかけた場合,トラクタ部分が左に向かい,約10m間隔で設置されていた有効幅員の境界線(再現車線の進行方向左端)を示すセーフティコーン2個をはじき飛ばして,トラクタ部分が走行車線に戻る際には車体が「く」の字の形になるジャックナイフ状態となり,トレーラ部分後部が対向車線側へ流れて右後部が中央線を越えて対向車線側へはみ出し,その後トレーラ部分が走行車線側へ戻った(6回目の実験。実験車両が有効幅員の境界線を越えるはみ出しが開始した地点から終了した地点までの直線距離は約17.7mであり,そのはみ出した幅は最大約0.5m。実験車両の対向車線側へのはみ出しが開始した地点から終了した地点までの直線距離は約18.5mであり,そのはみ出した幅は最大約0.6m)。本件走行実験の結果は,概要以上のとおりである。

なお,本件走行実験は,民間会社で大型貨物自動車の運転業務又は車検・整備業務に従事する中立的な者らの協力や立会いを得て実施されており,本件事故の条件とは異なるところもあり得るが,各種ブレーキを各様に操作した場合におけるこの種車両の挙動等の傾向を把握する上では,十分な証拠価値を有すると認められる。

(3) 本件走行実験の結果をふまえた検討

ア 被告人車両は,トレーラ部分が流れた際にスピードは落ちず,トラクタ部分は左右にぶれることなく車線内を真っすぐ走行していたというのであるから,これをもって,本件走行実験の前記①や④のようにフットブレーキを操作した場合の挙動等とみるのは相容れず,その車両の動きはむしろ前記②又は③のようにトレーラブレーキのみを操作した場合の挙動等に近いことが明らかである。このような本件走行実験の結果を併せ考慮すると,被告人は,左方に湾曲している現場道路を走行中,トレーラブレーキのみを不必要に操作することによって車両のトレーラ部分を外側方向の対向車線にはみ出させたものと強く推認されるというべきである。大型貨物自動車の運転業務に従事してきたDも,その経験等をふまえ,被告人車両の動き等から,被告人はトレーラブレーキのみをかけてわざとシャーシを流したと思うと述べているところである。

イ この点,弁護人は,トレーラスイングが起きた場合とジャックナイフ現象が起きた場合とでは,後方からの見た目にはトレーラ部分の流れ方,戻り方やトラクタ部分の動き方にほとんど差異はない旨指摘している。しかし,本件走行実験の映像からも見て取れるように,トラクタ部分とトレーラ部分との角度の付き方がかなり違う上,ジャックナイフ現象が起きた④の場合には,ハンドルを切ることでトラクタ部分が左方に逸脱するなどの特徴があらわれており,被告人車両のすぐ後ろを追従走行していたDからの見通し(前記2(2)ア)を前提とすると,こういった動きの違いは十分区別がつくものであったと考えられる。弁護人は,後方からは,トレーラスイングの場合とジャックナイフ現象の場合とで,速度の落ち方も差はないように見えるとも指摘するが,前者の場合は,トレーラ部分のみに制動がかかり,トラクタ部分は駆動を継続することになるのに対し,後者の場合は双方に制動がかかるため減速の仕方が異なるというのであるから,前記のようなトラクタ部分とトレーラ部分の動き等の相違も相まって,両者の違いは,後続車両を運転していたDにおいて十分区別がつくものであったことに変わりはないと考えられる。

弁護人は,ハンドルを切りながらフットブレーキを踏んだ場合,必ずジャックナイフ現象が起きるとは限らず,むしろトレーラスイングが起きることもある旨主張する。しかし,本件走行実験の結果によると,フットブレーキのみを強くかけた場合のトレーラ部分の流れ方は小さなものにとどまり(3回目の実験結果),その挙動は,トレーラブレーキのみを操作した場合に,トレーラ部分が目に見える形で対向車線に進入する動きとは外観上異なると認められる。Dが,目撃供述の中で,被告人車両のトレーラ部分は「対向車線の半ばくらいまで」流れていたと述べているのは,トレーラ部分の対向車線への進入の程度を必ずしも厳密に再現するものではないと解されるが,いずれにしても,同人の供述によれば,被告人車両のトレーラ部分は目に見える形で対向車線に流れていったことが明らかであって,このような事態は,フットブレーキのみを操作した場合には想定しにくいと考えられる。弁護人は,現場道路は摩擦力の小さい圧雪状態又はシャーベット状態であったから,フットブレーキを踏んでタイヤにロックがかかると,速度がさほど落ちずともトレーラ部分が流れる状況にあった旨をも主張しているが,本件走行実験が行われた再現道路も,積雪路面に雪を運搬・整地して圧雪状態とされていたものであり,車両の運転に当たった実験協力者の供述によると,再現道路は軟らか目の圧雪状態で,ツルツルではなかったが滑りやすい冬道の状況が再現されていたというのであって,そのような条件の下で先の実験結果が得られている以上,その主張も当たらないと考えられる。

(4) 被告人のブレーキ等の操作状況に関連するその他の事実関係について

>    ア D及びBの供述によると,被告人は,過去に,知り合いの大型トレーラとすれ違う際などにふざけてわざとトレーラを流して見せることがあったことが認められるから,被告人がそのような運転操作を行うことができたことに疑いはないと認められる。また,被告人は,本件事故前には,いずれA車両とすれ違うであろうことを知りながら走行していたと認められることを併せ考えると,A車両が走行してくるのを認め,トレーラブレーキのみを操作してトレーラを対向車線にはみ出させるという運転行動に出たとしても,特に唐突であるとか不自然であるといった問題もない(弁護人は,かような運転操作は被告人自身にとっても非常に危険な行為であるから,あえてこれに及ぶ動機はないなどとも主張するが,採用できない。)。

イ さらに,被告人において,本件事故の原因が,A車両が対向車線にはみ出すなどA側の事情にあると認識していたのであれば,本件事故後,B車両のドライブレコーダーからSDカードを抜き取り,警察官の提出の求めに応じなかったというのも不自然といわざるを得ない。被告人は,会社の保険対応のために確認をしようと思い,SDカードを抜き取って自分で持っていたと供述するが,そうであれば,いったん警察官に提出した後に返還を受けるとか,会社に持ち帰った後提出するなどすれば事足りるのであるから,不自然であることに変わりはない。被告人は,自身の非が原因で本件事故が起きたと認識していたからこそ,かかる対応に出たとみることが可能であり,この点も先の推認に沿う事情ということができる。

ウ 被告人が,本件当時トレーラブレーキのみを不必要に操作してトレーラ部分を対向車線にはみ出させたとする先の推認は,これらの事実関係によっても支えられていると考えられる。

4  被告人の供述について

(1) 被告人の供述の概要

被告人は,公判廷において,本件当時,対向車線を走行するA車両が先に被告人車両の走行車線にはみ出してきたので,トレーラブレーキではなくフットブレーキをかなり強く踏み,左にハンドルを切って回避したところ,被告人車両のトレーラ部分が対向車線に流れたため,トレーラ部分を引っ張り自分の車線に戻して立て直そうと加速し,その後A車両がB車両と衝突したもので,自分に責任はない旨述べている(被告人は,捜査段階の取調べでも,本件事故直前のA車両及び被告人車両の動きに関するこの限度では,おおむね同様の供述をしていた。)。

(2) 被告人の供述の信用性について

ア A車両が被告人車両の走行車線に進出してきたとする被告人供述についてみると,被告人車両の前方をさほど車間距離を空けることなく同じく苫小牧市方面に走行していたと認められるG運転車両のドライブレコーダー映像や同人の供述等によれば,A車両は,Gが進行方向先の対向車線上に同車両の存在を認めた頃からG車両とすれ違った頃(A車両と雪壁との衝突地点から苫小牧市方面に約49.3mの地点)までの間,その走行車線上を問題なく走行していたと認められる。他方,実況見分時の被告人の説明やその現場見取図を用いた捜査段階の供述を前提とすると,A車両は,この間に被告人車両の走行車線にはみ出す形で走行していたことになり,相容れない。また,被告人が述べるA車両の走行状況を前提とすると,さほど車間距離をおくことなく被告人車両の前方を走行していたG車両の方が,A車両と接触する危険性が高かったと考えられるのに,Gが危険を感じたような形跡はうかがえない。被告人供述によれば,むしろ,G車両の後方にあって同車両よりもA車両との距離が離れていた被告人車両の方が,A車両との接触等を回避すべく,フットブレーキを強く踏むなどの措置を余儀なくされたこととなるから,不自然というべきである。

そもそも被告人は,捜査段階の取調べに対しては,被告人車両の前に車はなかった旨述べていた点で,その供述はG供述等に明らかに反していたものである。被告人は,公判段階になると,被告人車両の前に車がいた記憶は依然としてないとしながらもその先行車両の存在自体は認めるに至り,その上で,推測ではあるが,A車両はその先行車両とすれ違ってから被告人車両の車線に出てきたと思う,被告人立会いに係る実況見分調書の見取図で,被告人車両からかなり距離が離れたところでA車両が車線をはみ出したとされているのは,間違っていると思うなどと述べるようになっており,大きく変化している。このような供述の変遷は,記憶や認識に基づく体験供述のそれとしては想定し難い不合理なものである上,推測を交えて述べられていることも相まって,信用できないというべきである。

イ 加えて,被告人供述は,本件当時Aが無線で「兄弟,ちょっとそれは」などと言ったのを聞いた記憶はないとする点でも,D及びBの供述に反する。さらに,被告人は,過去にトレーラブレーキを操作してわざとトレーラスイングを引き起こしたことはなく,Bはおそらく,幅寄せをしたのを見て勘違いをしていると思うといった供述もしているが,DもBも,被告人がわざとトレーラを流して見せたことがあったことを相当具体的かつ明瞭に述べており,やはり食い違いをみせている。

なお,被告人は,時速約60kmないし約70kmで走行中,A車両が自身の車線に進出してきたため,フットブレーキをかなり強く踏んで減速し,その後加速して立て直そうとした際に速度計を見ると時速40kmくらいを示していたとも供述しているが,この点は,タコグラフチャート紙の鑑定結果から見て取れる被告人車両の速度変化の状況(前記2(2)ア)と相容れない。弁護人は,加速・減速の仕方によっては同チャート紙上のグラフ線が重なるなどして減速の跡が残らない場合がある旨指摘するが,本件事故直前の速度変化をあらわす同チャート紙上のグラフ線は,速度が最も低下した時点でも時速約50kmを示すにとどまっているなど,被告人が述べるような大幅な減速の仕方をした形跡はいずれにしても見当たらない。弁護人が挙げるような一般論はともかく,このような被告人車両の速度変化の状況は,同車両から差し押さえられたタコグラフチャート紙を具体的に見分した鑑定の結果として導かれたもので,証拠上,その正確性に疑義を差し挟むべき個別的事情がうかがわれるわけでもないから,その指摘は当たらないというべきである。

(3) 小括

以上からすると,本件事故の状況等を争う被告人の供述は信用することができないから,D供述の信用性評価や被告人のブレーキの操作状況の認定を左右するものではないと認められる。

第3結論

したがって,被告人は,不必要にトレーラブレーキを操作して制動措置を講じ,自車トレーラ部の後部を滑走させて対向車線にはみ出させたという過失を犯し,本件事故を引き起こしたものと認められる。そこで,罪となるべき事実のとおり過失運転致死傷の事実を認定した。

(法令の適用)

罰  条      被害者ごとに自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文

科刑上一罪の処理  刑法54条1項前段,10条(犯情の重い過失運転致死罪の刑で処断)

刑種の選択     禁錮刑を選択

未決勾留日数の算入 刑法21条

訴 訟 費 用     刑訴法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)

被告人は,大型貨物自動車(大型トレーラ)の運転業務中,凍結した片側一車線の道路を走行していた際,別の大型貨物自動車が対向進行してくるのを認め,特に理由なく,不必要にトレーラブレーキを操作して制動措置を講じ,トレーラ部分を滑走させて対向車線にはみ出させ,本件事故を引き起こしたのであり,その過失は危険,重大というほかない。その結果,対向進行してきた車両は,接触を避けようとして雪壁と衝突し,被告人車両の後続の大型貨物自動車とほぼ正面衝突をするに至り,その結果,各車両の運転席部分が大破して,対向進行していた車両の運転手が死亡し,一方の車両の運転手も骨折などの重いけがを負った。このような過失の内容や結果に照らすと,本件の情状は,故意の犯罪行為により人を死傷させた危険運転致死傷の事案とはもとより同列に評価できないものの,本件同様の死傷結果を生じさせた過失運転致死傷の事案の中では相当悪いというべきである。

そうすると,被告人には比較的近年の漁業法違反による罰金前科1犯以外に前科がない点をふまえても,本件では相応の刑期の実刑を選択する必要がある。その上で,死亡被害者の母が,その人柄などに思いを致しつつ,かけがえのない我が子を失った痛切な心情をあらわしていること,他方,被告人には反省,謝罪の態度が一切みられず,本件に伴う経済的損害につき弁償を行う様子もうかがえないことなどを併せ考慮し,過失運転致死傷の事案における量刑傾向をもとに検討して,被告人に対しては,主文の実刑に処するのが相当であると判断した。

(求刑 禁錮3年6月)

札幌地方裁判所刑事第3部

(裁判官 坂田正史)

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