札幌地方裁判所 平成29年(わ)22号 判決 2017年11月07日
主文
被告人を懲役8年に処する。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
押収してあるカッターナイフ1本を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成28年12月29日夜から翌30日早朝にかけて,先輩3名と共に,札幌市内で多量の酒を飲み,かなり強く酔った状態でいたところ,先輩の1人から,被告人のために立て替えた飲食代金を返すよう求められたことに腹を立て,通行人等を襲って金品を奪い取ろうと思い立ってコンビニエンスストアでカッターナイフ等を購入し,同店内で眠り込んでいた被害者が店外に出て行ったのを認め,同人を殺害して金品を強取しようと考え,同日午前5時20分頃,札幌市内の歩道上において,同人に対し,殺意をもって,カッターナイフ(最大限に押し出した状態の刃の長さが約6.6センチメートルのもの)で胸部を突き刺すなどしてその反抗を抑圧し,同人所有の携帯電話機1台在中のダウンベスト1着(時価合計約1万2000円相当)を強取したものの,同人に全治約1か月間を要する胸部刺創による左外傷性血気胸等の傷害を負わせるにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
なお,被告人は,本件犯行当時アルコールによる複雑酩酊の影響で精神障害の状態を来たし,心神耗弱の状態にあった。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法243条,240条後段に該当するところ,所定刑中無期懲役刑を選択し,判示の罪は心神耗弱者の行為であるから同法39条2項,68条2号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中200日をその刑に算入し,押収してあるカッターナイフ1本は,判示強盗殺人未遂の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
被告人は,徒歩で移動する被害者の背後から近づき,着衣をつかんで振り向かせるや,刃を押し出した状態のカッターナイフを胸部に2回突き刺した上,転倒した被害者の胸部をめがけて,逆手に持ち替えたカッターナイフを更に振り下ろし,首にも切りつけている。このように被告人の攻撃は複数回に及んでおり,犯行の手口は殺意に基づく危険なものであったと認められる。被告人は当時かなり強く酒に酔っており,その行動には見通しを欠いた場当たり的な面もみられるものの,犯行前には,コンビニ店で上記カッターナイフのほかにネックウォーマーを購入して準備し,被害者に近づく際にはこれを着用し,ジャンパー等を脱ぎ捨てるなど,他人の外観を装おうとする行為にも出ている。被害者のけがは,臓器等の損傷により死亡につながりかねないものであり,生命の危険を感じた被害者の恐怖感も大きかったと認められる。その処罰感情も厳しい。
被告人は,記憶が部分的に欠落している様子がうかがえるが,前記のとおり,共に飲酒をしていた先輩の1人から立替代金を返すよう求められ,これに立腹したことが本件の原因であったと思う旨を述べている(また,その先輩が数か月前から被告人方に居候をするようになった上,被告人が頻繁に同人に飲食代金をおごるようになっていたことなどから,ストレスを感じていたとも述べている。)。しかし,被告人は,そのような事情と無関係の被害者を相手に犯行に及んだのであり,短絡的で身勝手というほかない。被告人にとっては,過度の飲酒により,本件犯行のように他人に重大な危害を加える行為にまで及びかねないことは想定の限りではなかったと認められるが,当時複雑酩酊の影響で心神耗弱状態に陥っていたことについては,酒を飲み過ぎた被告人の未熟さに原因があることは否定できない。
本件では,心神耗弱による法律上の減軽をした範囲で刑期を検討すべきところ,弁護人は,更に酌量減軽をすべきである旨主張する。しかし,先に検討した本件犯行の内容のほか,これまで被害者への弁償はもとより謝罪すらしなかったことなどにも照らすと,酌量減軽をするのは相当ではない。被告人が公訴事実を全て認めて謝罪の弁を述べ,誠実に弁償を行っていく意思を示していること,再び同様の行為に及ばないため飲酒をしないと誓っていること,年が若く前科がないこと,交際相手やかつての雇用主である飲食店経営者が出廷し,被告人の人柄や仕事ぶり等を評価しつつ社会復帰後の指導支援を約束しており,再就職の見込みもあることなど,被告人のために酌むべき事情については刑期を定めるに当たって十分考慮することとし,被告人に対しては,主文の刑を科すのが相当であると判断した。
(求刑 懲役12年,主文同旨の没収 弁護人の科刑意見 懲役4年6月)
札幌地方裁判所刑事第3部
(裁判長裁判官 金子大作 裁判官 坂田正史 裁判官 山田雅秋)