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札幌地方裁判所 平成3年(ワ)5045号 判決 1991年10月23日

主文

一  被告は、原告に対し、金四七〇万円及びこれに対する平成三年四月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、自動車のエンジンを始動させるための作業中、右自動車のバツテリーと接続させたバツテリーが爆発したことにより、右眼を失明した原告が、右自動車に対する保険契約の保険者である被告に対し、右保険契約に基づき、後遺障害(右眼失明)の保険金を請求した事案である。

一  本件保険契約(いずれも当事者間に争いのない事実である。)

1  損害保険会社である被告は、訴外竹田一夫(以下「竹田」という。)との間で、平成二年九月二八日、マイクロバス(初度登録年月・昭和五二年九月、車名・イスズ、型式・BLD三〇、登録番号・サツ二二ス二四四七、車台番号・BLD三〇―七九一九〇五一。以下「本件車両」という。)を被保険自動車、保険期間を平成二年九月三〇日から平成三年九月三〇日まで、自損事故保険金限度額を一四〇〇万円として、自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

2  本件保険契約によれば、被告は、被保険者(被保険自動車の自動車損害賠償保険法(以下「自賠法」という。)二条四項にいう運転者)に対し、「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」により、右被保険者が身体に傷害を被り、かつ、それによつてその被保険者に生じた損害について、自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合には、所定の保険金を支払うことになつており、また、被保険者に一眼が失明する後遺障害が発生した場合において、被告が被保険者に支払う保険金額は四七〇万円となつていた。

二  原告による本件車両の使用(当事者間に争いのない事実である。)

原告は、竹田から、平成三年一月一日から四日間、本件車両を借りて、これを使用していた。

三  本件事故及び原告の受傷(甲三、同四及び原告の供述により認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。)

1  原告は、平成三年一月四日午前一〇時ころ、自宅駐車場において、本件車両を運転してこれを竹田に返しにいくため、本件車両のエンジンを始動させようとしたが、セルモーターが回転せずエンジンが始動しなかつた。

2  原告は、エンジンが始動しないのは、バツテリーがあがつたためであると考えて、原告の保有する予備のバツテリー二個(そのうち一個を、以下「本件バツテリー」という。)を本件車両内に持ち込み、これらをリード線により本件車両のバツテリーと接続させて、再びエンジンを始動させたところ、一旦エンジンが始動した後停止した。原告は、リード線と本件バツテリー等の接触不良があると考えて、手で右接続場所を点検した。

3  原告が右点検後手を引いた際に、原告の衣服の襟に本件バツテリーの一方の極に接続されていたリード線の先端部(線が剥き出しになつており、しかも絶縁はされていない状態であつた。)が引つ掛かり、原告の手の動きにあわせて、右先端部が本件バツテリーのもう一方の極に接続されていたリード線の先端部と接触したため、シヨートして本件バツテリーが爆発した(以下「本件事故」という。)。

4  右爆発により飛び散つた本件バツテリーの破片が原告の右眼に当たり、原告は、右眼角膜裂傷、ぶどう膜・硝子体脱出の障害を負い、札幌医科大学附属病院に平成三年一月四日から同月一八日まで入院し治療を受けたが、原告には、右眼の視力が光覚不弁で改善の見込みのない失明状態になるという後遺障害が残つた。

四  本訴の争点―本件事故の運行起因性

原告は、「本件事故は、本件車両を始動させるための作業中の事故であるので、本件保険契約の保険事故である「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」に当たる。」と主張する。

これに対し、被告は、「本件事故の原因となつた原告の作業は、本件車両の装備外である本件バツテリーを用いたものであるから、本件車両の装置をその目的に従つて用いた操作を行つていたわけではない。また、本件車両事故は、原告が保有する本件バツテリーを本件車両内に持ち込んで行つた作業により生じたという、原告のような自動車整備の専門知識を持つた者にしか起こりえないものである。以上からみて、本件事故は、本件車両の運行に起因するものとはいえない。」と主張する。

第三争点に対する判断

一  前記第二、三認定の事実によれば、本件車両は、本件事故時点においては、走行状態にはなかつたが、原告が、これを走行させるべく操作・作業をしている(しかも、本件車両は、一時的とはいえ、エンジンが一旦始動し走行可能な状態になつている。)という、いわば走行に至る一連の過程において、本件事故が発生していることが明らかである。したがつて、本件車両が走行状態ではなかつたことの一事をもつて、本件事故の運行起因性を否定することは相当でない。

二  ただ、被告が主張するとおり、本件事故の直接的な原因は、本件車両の固有装置ではない本件バツテリーの操作であるが、前記第二、三認定の事実によれば、右操作は、本件車両バツテリー、さらにはそのエンジンという固有装置を走行状態に置くために行われたものであり、その意味で、右本件車両の固有装置の操作と一体のものであつたことが認められる。したがつて、原告の右作業を全体を通してみれば、本件事故は、右本件車両の固有装置の用法、目的に従つた操作の過程で生じたものと考えることができる。

三  弁論の全趣旨及び原告の供述によれば、原告は、昭和四三年ころ、ガソリン車及びデイーゼル車について二級の自動車整備士の資格を取得し、約七、八年間自動車整備の仕事をした経験を有すること、原告は、現在自らトラツクを運転して運送業を営んでいることが認められる。右のような原告の経歴に照らせば、被告が主張するとおり、予備のバツテリーを保有し、車両のバツテリーがあがつたときにこれに右予備のバツテリーを接続させてエンジンを始動させるというような、本件事故の際行われた作業は、通常の車両運転者において日常的に行われるような性格のものではないとも考えられる。

しかし、原告は、自動車整備の専門的な資格や仕事の経験がなくても、トラツクを運転して運送業を営んでいる者であれば、通常は、予備のバツテリーを保有し、これにより車両のバツテリーがあがつたときにエンジンを始動させるという作業を行つていると供述している。右供述もあわせ考えれば、原告が本件事故の際行つた作業を、自動車整備の資格・経験特有の特別なものであると断定することはできない。したがつて、右の点を本件事故の運行起因性を否定する論拠とすることはできない。

四  以上を総合すれば、本件事故は、本件車両の運行に起因するものであると認められる。乙一もこの認定を左右するものではなく、他にこの認定を妨げるに足りる証拠はない。

第四結論

以上のとおりであるので、本件事故は、本件保険契約の保険事故に該当すると考えられる。そして、原告は、本件車両の運転者であり、自賠法三条の他人に当たらないために、原告に本件事故について同条に基づく損害賠償請求権が発生しないことは明らかである。したがつて、被告は、原告に対し、本件保険は、右操作は、本件車両のバツテリー、さらにはそのエンジンという固有装置を走行状態に置くために行われたものであり、その意味で、右本件車両の固有装置の操作と一体のものであつたことが認められる。したがつて、原告の右作業を全体を通してみれば、本件事故は、右本件車両の固有装置の用法、目的に従つた操作の過程で生じたものと考えることができる。

三 弁論の全趣旨及び原告の供述によれば、原告は、昭和四三年ころ、ガソリン車及びデイーゼル車について二級の自動車整備士の資格を取得し、約七、八年間自動車整備の仕事をした経験を有すること、原告は、現在自らトラツクを運転して運送業を営んでいることが認められる。右のような原告の経歴に照らせば、被告が主張するとおり、予備のバツテリーを保有し、車両のバツテリーがあがつたときにこれに右予備のバツテリーを接続させてエンジンを始動させるというような、本件事故の際行われた作業は、通常の車両運転者において日常的に行われるような性格のものではないとも考えられる。

しかし、原告は、自動車整備の専門的な資格や仕事の経験がなくても、トラツクを運転して運送業を営んでいる者であれば、通常は、予備のバツテリーを保有し、これにより車両のバツテリーがあがつたときにエンジンを始動させるという作業を行つていると供述している。右供述もあわせ考えれば、原告が本件事故の際行つた作業を、自動車整備の資格・経験特有の特別なものであると断定することはできない。したがつて、右の点を本件事故の運行起因性を否定する論拠とすることはできない。

四 以上を総合すれば、本件事故は、本件車両の運行に起因するものであると認められる。乙一もこの認定を左右するものではなく、他にこの認定を妨げるに足りる証拠はない。

第四結論

以上のとおりであるので、本件事故は、本件保険契約の保険事故に該当すると考えられる。そして、原告は、本件車両の運転者であり、自賠法三条の他人に当たらないために、原告に本件事故について同条に基づく損害賠償請求権が発生しないことは明らかである。したがつて、被告は、原告に対し、本件保険契約に基づき、一眼失明の後遺障害が発生した場合の保険金四七〇万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成三年四月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

(裁判官 林道晴)

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