札幌地方裁判所 平成5年(行ウ)14号 判決 2001年11月30日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が昭和45年1月24日付けでした原告らに対する戒告の各処分をいずれも取り消す。
第2事案の概要
原告らはいずれも,北海道内の公立小中学校に勤務する北海道の地方公務員で,北海道教職員組合連合会(以下「北教組」という。)の組合員であった者であるが,その懲戒権者である被告は,昭和45年1月24日付けで,原告らに対し,原告らが昭和44年11月13日に争議行為に参加したことを理由に,懲戒処分としてそれぞれ戒告の処分を行った(以下「本件各処分」という。)。
本件は,原告らが,本件各処分について,それぞれ違法であると主張して,その取消しを求めた事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)
(1) 当事者
ア 原告らは,昭和44年11月13日当時,それぞれ別紙原告らの罷業状況表記載の公立小中学校に教諭ないし事務職員として勤務していた北海道の地方公務員であり,北教組の組合員であった者である(乙5の1ないし50,6の1ないし47,弁論の全趣旨)。
イ 被告は,原告らの任命権者で懲戒権者である。
(2) 争議行為
原告らは,昭和44年11月13日,別紙原告らの罷業状況表記載のとおり,それぞれ始業時刻から1時間30分以内の同盟罷業に参加した(以下「本件争議行為」という。乙5の1ないし50,6の1ないし47)。
(3) 懲戒処分
被告は,昭和45年1月24日付けで,原告らに対し,懲戒処分としてそれぞれ戒告の処分を行った。
本件各処分における処分理由は,北教組が実施した本件争議行為に組合員として参加した原告らの行為が,地方公務員法(以下「地公法」という。)37条1項に違反するというものである。
(4) 審査請求
ア 原告らは,昭和45年3月25日,北海道人事委員会に対し,本件各処分について,不利益処分審査請求を申し立てた。
イ 北海道人事委員会は,平成5年3月29日,上記不利益処分審査請求に対し,本件各処分をいずれも承認する旨の裁決をした。
2 争点
(1) 地公法37条1項は,憲法28条に違反するか。
(原告らの主張)
憲法28条は,すべての労働者に対し,団結権,団体交渉権及び争議権を総合した労働基本権を保障しており,上記労働者には公務員も含まれているところ,地公法37条1項は,地方公務員に対し,全面的かつ一律に争議行為を禁じているから,憲法28条に違反するものであり,これを根拠にされた本件各処分はいずれも違法である。
ア 労働基本権の規範的意義
近代市民社会において,人格は対等なものと観念され,契約自由の原則はこれを前提としているが,労働関係においては,労使の立場は対等ではない。憲法28条が保障する労働基本権は,労働者に対し,自ら団結し,争議行為を背景として団体交渉を行うことにより,使用者と実質的に対等な当事者として自らの労働条件を決定する過程に参加,関与することを保障するもので,これにより労働者の実質的な自由と平等を確保し,その社会的,政治的,経済的地位の向上を図り,その生存権を確保することを目的としている。労働基本権は,自由権としての側面と生存権の理念に支えられた社会権としての側面と適正手続保障の側面とを併せ持った複合的な権利であるというべきである。そして,このうち争議権は,労働者が使用者と実質的に対等の立場で団体交渉をするためには,使用者が誠実に団体交渉に応じない場合等に争議行為を行い圧力をかけることが必要不可欠であることから保障されている権利である。
公務員も,自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点においては,一般の労働者と異なるところがない。したがって,公務員も,憲法28条所定の勤労者として,争議権を含む労働基本権の保障を受けるものである。
イ 労働基本権の制約の法理と制約の限界
(ア) 基本的人権といえども,他者の生命,身体,自由に関する諸権利又はこれに準ずるような利益との調整の見地から内在する制限があることはいうまでもない。しかしながら,争議権は,労働者の生存権を確保するために必要不可欠な権利であるから,これが制限されるのは,例えば他人の生命,身体や生存権のように,争議権に優越し,かつそれが侵害されたならば回復が困難な法益と抵触する場合でなければならない。
一般に,憲法が保障する基本的人権を制限することの合憲性を判断するためには,その規制立法の定める手段,方法により実現されようとしている利益と,これにより規制されようとしている利益とを比較衡量することが必要不可欠であるが,その判断基準としては,基本的人権は,その憲法上の地位の重要性から,制限を受けるとしてもその程度は必要最小限度のものでなければならないという原則(必要最小限度の原則)によるべきである。そして,必要最小限度の原則を厳密に貫くためには,当該制限が必要最小限度にとどまるものであるかを具体的に吟味するための手法が必要であるところ,その手法としては,ある立法の合憲性が問題となったとき,たとえその立法目的が適法であったとしても,その目的を達成するためにその立法が採用している手段が必要最小限度のものであるか否かを問い,その目的達成のためにより制限的でない他の手段を利用することが可能であると判断される場合には,その法律は,憲法上保障された権利を不必要に制限するものとして違憲とされなければならないという原則(LRAの原則)によるべきである。
公務員の職種は多く,その担っている職務も多様であって,その停廃により国民ないし住民が受ける影響も大小さまざまである。また,同じ職務に従事する公務員の争議行為であっても,その規模,態様,時間等によって,国民ないし住民が受ける影響もさまざまである。したがって,職務の公共性又は職務の停廃による国民生活上の利益に対する障害を争議権制限の根拠とすることができるか否かを判断するに当たっては,一般的に職務の公共性を検討するだけではなく,当該公務員の職務内容や担当する業務の種類と性質を他から区別し,その公共性の強弱の程度,争議行為による公務の中断や停滞が国民生活に及ぼす実質的な影響の有無,程度を個別具体的に検討しなければならない。そうすると,公務員の職務の公共性を理由に,公務員の争議行為をその担当する職務内容の別なく全面的かつ一律に禁止することは許されない。
また,憲法判断をより具体化,客観化するため,法律の基礎にあって,それを支えている社会的,経済的事実(立法事実)を検討することが必要不可欠であるにもかかわらず,公務員の争議行為を制限する法律の合理性を支える立法事実は存在しない。すなわち,わが国の争議行為禁止法制は,占領下という特別な状況の中で,占領軍による労働組合の抑圧,規制政策への転換に伴い,占領軍最高司令官の指示という超憲法的権力により一方的に制定されたものであって,立法事実が事実上存在しない又は大きく歪められた状況の下での異常な立法であった。そして,このような立法については,その後,立法府の責任において,立法事実に基づいて再検討を行わなければならないにもかかわらず,今日に至るまでそれが行われていない。
よって,公務員に対して争議権を全面的かつ一律に禁止する地公法37条1項は,必要最小限度の原則及びLRAの原則に反しており,また,その合理性を支える立法事実が存在していないから,憲法28条に違反する。
(イ) これに対し,まず,憲法15条2項の「全体の奉仕者」性を根拠に公務員の争議行為禁止を容認する見解があるが,同条項は,公務員が,天皇の吏員ではなく国民への奉仕者でなければならず,また,一政党の奉仕者であってはならないことを明らかにしたものであり,公務員の労働基本権とは全く関係のない規定であるから,これを公務員の労働基本権制限の根拠とすることは許されない。また,公務員の使用者は,国民主権の下において,理念的には国民ないし住民全体ということができるが,実質的には任命権者であり,公務員と任命権者との関係は,民間と異なるところのない労使関係である。したがって,公務員の使用者が国民ないし住民全体であるとして公務員の労働基本権を制限することは許されない。
次に,「国民全体の共同利益」を根拠に公務員の争議行為禁止を容認する見解があるが,「国民全体の共同利益」という概念は,その内容を明確にすることが困難な一般的,抽象的概念であって,公務員の争議行為を禁止することが「国民全体の共同利益」に適合する理由を論理的に理解することは困難であるから,このような論証し得ない概念をもって公務員の労働基本権を制限することは許されない。
また,公務員の争議行為禁止の根拠として,公務員の争議行為の場合,①使用者側がロックアウトにより労働者に対抗できないこと,②企業倒産の余地がないので,労働者の過大な要求が制約されないこと,③市場の抑制力による歯止めが欠如していること等の理由により,一方的に強力な圧力になることを挙げる見解がある。しかし,公務員の争議行為が認められれば,使用者側のロックアウトが一定範囲で認められる余地があるし,企業倒産の余地がないといっても,財政支出を要する事項や労働条件に関する事項については,議会の承認が必要とされ,議会も国民や住民の意思とかけ離れた決定はできないという点で一定の制約があるし,公務員の労働関係についても,使用者の側に企業効率の意欲等の抑制原理が働いたり,公務員の側に国民や住民の批判等の抑制要因が働くこともあり,公務員の過大な要求に対して自ずと歯止めが存在する一方,民間においても,独占企業のように市場の抑制力が働かない場合があるから,公務員の争議権が一方的に強力な圧力になるとするのは,観念的で非現実的な議論である。
また,公務員の争議権が,政府や議会による公正な公務員の勤務条件決定の過程を歪めるとして,これを公務員の争議行為禁止の根拠とする見解もあるが,現実には,公務員の争議行為があればこそ,公務員の勤務条件の改善が図られてきたのであるし,そもそも,公務員の労使関係において,政府や議会は,使用者として公務員労働者と対しており,双方の利害は相反するものであるから,公務員労働者の労働条件の適正な決定過程には,労働基本権を保障された公務員労働組合の関与が必須の条件である。
さらに,勤務条件法定主義(憲法73条4号)や財政民主主義(憲法83条)を公務員の争議行為禁止の根拠とする見解もある。しかしながら,労働基本権は,労働者が人間たるに値する生存を確保するために保障された基本的人権であって,勤務条件法定主義や財政民主主義と二律背反の関係にあるものではなく,両者の整合的な解釈こそが求められるのであって,勤務条件法定主義や財政民主主義が,公務員の労働基本権に一方的に優越すべきであるとする解釈は理由がない。また,勤務条件法定主義といっても,その趣旨は,政府の公務員に対する恣意的,主観的な支配を抑制し,公務員の身分を保障するとともに,公務員の政治的立場からの中立を維持することにあるのであるから,公務員の勤務条件のすべてを逐一法律等によって定めることを要求するものではなく,法律等が定めた基準の下で,細目の決定については政府に委ねることを許容していると解される。したがって,公務員は,その細目について,また,労働条件を定める法律等に関して政府が作成する原案について,政府との間で団体交渉をする余地があり,このような交渉に影響を与える方法としての争議行為が当然に否定される理由は存在しない。さらに,財政民主主義といっても,公の財政作用に関する個々の行為について個別的に議会の議決が必要であるとするものではない上,人事院勧告等を完全実施するかどうかは,使用者である政府の決断と努力によるところが大きい。また,予算の原案について政府と公務員組合とが合意したとしても,議会はこれに拘束されないから,公務員と政府との間の団体交渉は,この点においても財政民主主義と矛盾しない。しかも,公務員の労働条件の中には,その改定が財政支出には結びつかないものもある。したがって,勤務条件法定主義や財政民主主義を理由として公務員の争議行為を全面的に否定することはできない。
なお,団体交渉権を勤務条件の労使共同決定権と意味付け,労働協約締結のための権利とした上で,公務員にはこの意味での団体交渉権は保障されていないから,団体交渉過程の一環として予定される争議行為も公務員には認められないとする見解もあるが,そもそも,団体交渉権とは,労働者側の正当な交渉申入れに誠実に応じなければならないことを意味するのであって,労働協約の締結権を意味するものではない。したがって,公務員に上記のような意味での団体交渉権が保障されていないことを前提として争議行為も認められないとする上記見解は,その前提において誤っている。
(ウ) 以上によれば,公務員の争議権の制限には,その公務員の職務の内容や種類,性質に照らし,個別具体的な判断が必要であるところ,公務員の職務の公共性の程度や,争議行為を行った場合の国民生活への影響の程度を全く無視して地方公務員の争議行為を全面的かつ一律に禁止する地公法37条1項は,憲法28条に違反するものであり,これを根拠にされた本件各処分は,いずれも違法である。
ウ 代償措置の不備
前記のような労働基本権保障の意義に鑑みれば,労働基本権の制限が憲法上許容されるか否かを判断するに際しては,最高裁判所昭和41年10月26日大法廷判決・刑集20巻8号901頁(いわゆる全逓東京中郵事件判決)において示された次の4つの基準を十分考慮して判断するのが相当である。
① 労働基本権に対する制限は,合理性の認められる必要最小限度のものにとどめられなければならない(第1基準)。
② 労働基本権に対する制限は,職務又は業務の停廃が国民生活全体の利益を害し,国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて,これを避けるために必要やむを得ない場合について考慮されるべきである(第2基準)。
③ 労働基本権の制限違反に伴う法律効果,すなわち,違反者に対して課せられる不利益については,必要な限度を越えないように,十分な配慮がされなければならない(第3基準)。
④ 職務又は業務の性質上,労働基本権を制限することがやむを得ない場合には,これに見合う代償措置が講じられなければならない(第4基準)。
そして,代償措置が労働基本権の制限に見合うと評価し得るためには,代償措置の内容が,労働基本権を行使した場合と同一,あるいは,少なくとも同程度の労働条件を保障する制度であることを要し,また,その労働条件等を確保する過程において,公務員の意思を十分反映し得るものでなければならない。したがって,公務員の争議行為を禁止する規定が憲法28条に適合すると判断されるためには,その代償措置は,次のような制度であることを要する。
① 使用者である政府から独立した公平な機関でなければならない。
当該機関は,その設置目的から,使用者である政府及び公務員組合の労使両当事者から独立した公平な機関でなければならないことは当然である。また,公平性は,当該機関の活動についてのみならず,機関の構成員の選任についても要求される。
② 機関の活動及び意思決定について,公務員組合の代表が参加し,公務員の意思が十分に反映できる手続になっていなければならない。
公務員の勤務条件の決定手続に当該公務員の意思を反映させることは,憲法28条の基本的な要請である。
③ 機関が示した最終的決定が,完全かつ迅速に実施されることが制度的に保障されていなければならない。
当該機関の最終的決定が完全かつ迅速に実施されて初めて公務員の適正な労働条件が確保され,当該機関が代償措置として意味を持つ。当該機関の決定が完全かつ迅速に実施されない場合は,そもそも代償措置が全く講じられていないに等しい。
なお,国際労働機関(以下「ILO」という。)もまた,代償措置の要件につき,設置される代償措置は,適切,公平かつ迅速な調停仲裁手続であり,手続のあらゆる段階で当事者が参加することができ,仲裁裁定は,両当事者を拘束し,全面的かつ迅速に実施され,立法府の予算権の留保を認めないものでなければならない旨解釈している。
ところで,現在の法制度の中で,都道府県において,非現業の地方公務員の労働基本権を制限する場合の代償措置として存在するのは,人事委員会の勧告制度のみであって,その他の制度は,労働基本権制限の代償措置とはいえない。すなわち,まず,法定の身分保障は,公務員の政治的任免を排除することによって,公務の安定的継続的遂行を確保する趣旨のものであって,その内容も勤務条件の維持向上とは関係しないから,労働基本権制限の代償措置とはいえない。また,法定の勤務条件の享有についても,実質的に良好な勤務条件が保障されることを直ちに意味しないから,労働基本権制限の代償措置とはいえない。さらに,勤務条件に関する措置要求制度及び不利益処分不服審査請求制度も,私企業の労働者が裁判所又は労働委員会に対して行うことのできるものと実質的な差異はないから,労働基本権制限の代償措置とはいえない。したがって,労働基本権制限の代償措置といえるのは,人事委員会の勧告制度のみである。しかし,これも,以下のとおり,代償措置として要求される上記の要件を満たしているとはいえない。
すなわち,第1に,人事委員会は,議会の同意を得て地方公共団体の長が選任する3名の人事委員によって組織されるが,実際には,議会の多数派が政府与党であるという場合が圧倒的に多いことから,結局,人事委員会も公務員の使用者である政府の一方的な選任と異ならない。労使紛争の解決を目的とする機関が中立公平な第三者機関たり得るためには,労使双方から信頼を寄せられるような機関でなければならないが,そのためには,公労使の三者構成とするか,少なくとも構成員の選任に当たって労働者団体の意見が十分に反映される仕組みとなっていることが必要である。しかし,人事委員会は,この点において制度的保障を欠いており,中立公正な機関とはいえない。
第2に,人事委員会は,毎年少なくとも1回,給料表が適当であるかどうかについて,地方公共団体の議会及び長に報告し,諸条件の変化によって給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときは,適当な勧告をすることができるとされているが,人事委員会が給与の勧告や報告をしたり,給与額の増減の必要性を認識判断するについて,公務員組合の意見が反映できる仕組みにはなっていないばかりか,人事委員会が,いかなる調査研究方法により,いかなる資料に基づいて,いかなる認識判断に至ったのかという過程も公開されていない。したがって,人事委員会の手続は,公務員の意思が十分に反映できる手続になっているとはいえない。
第3に,人事委員会は,公務員の給与の改定について,議会及び長に勧告する権限及び人事行政の運営に関し任命権者に勧告する権限を有しているが,この勧告にも法律上の拘束力が付与されていない。人事委員会は,給与以外の勤務条件については,研究を行ってその成果を議会もしくは長又は任命権者に提出する権限が与えられているにとどまり,勧告の権限さえ有していない。このように,人事委員会の勧告が,完全かつ迅速に実施されることは制度的に保障されていない。現に,国家公務員における労働基本権制限の代償措置というべき人事院勧告は,しばしば政府によって無視され,ベースアップの額が引き下げられ,実施時期が遅らされ続けてきた。
このように,人事委員会の勧告制度は,地方公務員の労働基本権制限に見合う代償措置ということはできない。したがって,この点においても,地方公務員に対して争議行為を禁じる地公法37条1項は,憲法28条に違反するものであり,これを根拠にされた本件各処分はいずれも違法である。
(被告の主張)
ア 公務員も,自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点において一般の労働者と異なるところはないから,憲法28条の勤労者に当たると解される。
しかし,労働基本権といえども,公共の福祉による制限,すなわち国民ないし住民全体の共同利益からくる制限を受けることは明らかであり,他の憲法上の要請との調整を図る観点から合理的理由が存在し,かつ,労働者の生存権を確保するための代償措置が用意されている場合には,一定の制限を受けてもやむを得ないというべきである。
憲法15条が示すとおり,公務員は,国民ないし住民全体をその実質的な使用者として,直接公共の利益のために勤務するという特殊な地位を有しており,その職務内容は,すべて公共的な政策の遂行の一環として国民ないし住民全体の生活に密接な関わりをもっており,公務の円滑な運営のためには,担当する職務内容の別なく,公務員がそれぞれの職場においてその職責を果たすことが必要不可欠である。
よって,公務員が争議行為に及ぶことは,このような地位の特殊性及び職務の公共性と相容れないばかりでなく,公務の停廃をもたらし,国民ないし住民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか,及ぼすおそれがある。
また,憲法73条4号が明らかにする勤務条件法定主義及び憲法83条が明らかにする財政民主主義の下では,公務員の勤務条件は,国ないし地方公共団体の財政的,政治的,社会的な事情及び公務の公正かつ円滑,能率的な運営を確保するための諸条件等の合理的な配慮に基づき,議会における民主的な論議により,法律,条例及び予算の形式で決定されるべきものである。したがって,公務員の場合には,私企業における労働者の場合のように,団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず,争議権も,団体交渉過程の一環として本来の機能を発揮する余地に乏しく,かえって,議会における民主的な手続によってされるべき勤務条件の決定に対して不当な圧力を加え,これを歪めるおそれがある。
さらに,公務員の労使関係においては,私企業のような使用者における利潤の喪失,労働者における給与及び雇用の機会の喪失という経済的圧力の交換取引という関係は成立しないし,私企業においては,労働者の要求は企業自体の存立を維持するという面からの制限を免れず,また,争議行為に対してはいわゆる市場の抑制力が働くのに対し,公務員の場合には,このような制限や抑制力が作用する余地はないから,公務員の争議行為は,場合によって一方的に強力な圧力となり,憲法の予定した勤務条件決定の手続を歪めるおそれがあるといわなければならない。
上記のとおり,公務員の労働基本権は,公務員の地位の特殊性及びその地位に内在する社会的,経済的地位の特殊性から,国民ないし住民全体の共同利益のため,これと調和するように制限されてもやむを得ないものである。
イ 公務員の労働基本権を制限するに当たっては,これに代わる相応の措置が講じられるべきところ,地方公務員についていかなる代償措置が講じられているかを検討すると,まず,地方公務員は,分限及び懲戒の基準の法定によりその身分を保障され(地公法27条ないし29条),給与,勤務時間その他の勤務条件は,条例により法定され(同法24条6項),地方公共団体は,勤務条件が社会一般の情勢に適応するように随時適当な措置を講じなければならないものとされている(同法14条)など,地方公務員の勤務条件に関わる重要な法益は,すべて法令による保障を受けている。
また,中立的な第三者的立場から地方公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機関として,人事委員会又は公平委員会が設置されており,人事委員会は,職員に関する条例の制定又は改廃に関し,地方公共団体の議会及び長に意見を申し出ること,人事行政の運営に関し,任命権者に勧告すること,職員の勤務条件に関する措置の要求を審査判定し,必要な措置を採ること,職員に対する不利益な処分についての不服申立てに対する裁決又は決定をすること等の権限を有し(同法8条1項),毎年少なくとも1回,給料表が適当であるかどうかについて地方公共団体の議会及び長に同時に報告するとともに,給与を決定する諸条件の変化により,給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときは,あわせて適当な勧告をする権限を有し(同法26条),公平委員会は,職員の勤務条件に関する措置の要求を審査判定し,必要な措置を採ること,職員に対する不利益な処分についての不服申立てに対する裁決又は決定をすること等の権限を有する(同法8条2項)。
このように,地方公務員の労働基本権制限に対しては,これに見合う制度上整備された代償措置が講じられている。
ウ 以上によれば,地方公務員の争議行為を全面一律に禁止する地公法37条1項は,憲法28条に違反しない。
(2) 地公法37条1項は,憲法98条2項,ILO87号条約に違反するか。
(原告らの主張)
ILO「結社の自由及び団結権の保護に関する条約」(以下「ILO87号条約」という。)は,昭和23年6月17日,ILO第31回総会において採択され,わが国は,昭和40年5月21日,これを批准した。
ILO87号条約3条1項は,労働者団体が,その規約及び規則を作成し,自由にその代表者を選び,その管理及び活動について定め,その計画を策定する権利を有する旨規定し,同条約8条2項は,国内法令が,この条約に規定する保障を阻害するものであってはならず,また,これを阻害するように適用してはならない旨規定する。
このような結社の自由の保障は,労働者の利益を増進,保護することを目的として,労働者団体の自由な活動可能性を保障したものであり,その自由な活動可能性の具体的発現として,労働者団体は,集会を開き,デモンストレーションを行い,団体交渉をして行き詰まったときは争議行為をするのである。労働組合の争議権は,この意味において,ILO87号条約が保障する結社の自由に包含される重要な権利である。
ILOには,その国際労働基準の実施を監視するための機関として,「条約及び勧告の適用に関する専門家委員会」(以下「専門家委員会」という。)があり,特に結社の自由の分野の労働基準の実施を監視するための機関として,「結社の自由に関する実情調査調停委員会」(以下「実情調査調停委員会」という。)及び「結社の自由委員会」があるところ,専門家委員会及び結社の自由委員会は,いずれも,争議権が,ILO87号条約の結社の自由の保障の中で,労働者とその団体が用いうる不可欠の手段である旨の見解や,一般的な争議行為の禁止は,結社の自由の原則と両立せず,ILO87号条約3条1項及び8条2項に違反する旨の見解を繰り返し示しているほか,争議権の制限は,公権力の行使を担当する機関としての資格で行動する公務員,あるいは公共の困難を避けるために真に不可欠な業務,すなわちその停廃が国民の全部又は一部の生命,身体の安全もしくは健康を危うくする業務に従事する者に限定して認められるべきである旨の見解を示している。また,実情調査調停委員会は,昭和40年に「日本の公共部門に雇用される者に関する報告」(いわゆるドライヤー報告)をまとめたが,上記報告も,すべての公有企業が,公共の困難を惹起するがゆえに真に不可欠な業務とこの基準によれば不可欠でない事業とを関係法律上区別することなく,争議権の制限に関して同一の基盤で取り扱われることは適当ではなく,争議行為の絶対的禁止は,その業務の中断によって社会により小さな困難しかもたらさない公務及び企業の場合には,緩和されなければならない旨明らかにしている。さらに,結社の自由委員会及び専門家委員会は,いずれも,一定の範囲の公務員ないし労働者の争議権の制限が認められる場合にも,その代償措置として適切,公正かつ迅速な調停及び仲裁の手続が設けられ,それには当事者があらゆる段階において関与できるとともに,その裁定は,あらゆる場合に当事者双方を拘束し,完全かつ即時に実施されなければならない旨の見解を示しており,ドライヤー報告も,争議行為の制限又は禁止には,職業上の利益を擁護する必要不可欠の手段を奪われた労働者の利益を十分に保護する適当な保障が付随すべきであり,この目的のため,公平な機関を設置し,その決定は,いったん下されたときは,完全かつ迅速に実施されるべきであるとしている。
上記のように,ILOの専門家委員会,結社の自由委員会及び実情調査調停委員会は,いずれも,争議権がILO87号条約3条1項の保障する権利に含まれると解しており,公権力を行使する機関として行動する公務員や公共の困難を避けるために真に不可欠な業務に従事する者以外の労働者の争議行為を禁止することや,上記のような内容の代償措置を伴わずに争議行為を制限ないし禁止することは,ILO87号条約3条1項に抵触し,これに反する国内法は,同条約8条2項に違反すると解釈している。
ところで,ILO憲章では,ILO条約の解釈に関する疑義又は紛争は,国際司法裁判所に付託して解決を求めることができ,また,これとは別にILO条約の解釈についての疑義紛争を速やかに解決するために法廷を設置することが定められているが,実際には,これらの機関は,ILO条約の解釈について,今日ほとんど機能していない。このような状況の下で,ILOの各種委員会が長期間にわたって蓄積してきた見解は,ILO条約の内容を確定し,その意味を解釈する上で,重要な基準をなすばかりでなく,国際的法源というべきものであり,加盟国においても,これに従い,十分にこれを尊重しつつ国内における条約履行の確保に努めることが加盟国としての国際的義務というべきである。
したがって,地公法37条1項は,第1に,地方公務員に対し,全面的かつ一律に争議行為を禁止する点において,第2に,十分な代償措置を講じることなく地方公務員の争議行為を禁止する点において,ILO87号条約3条1項及び8条2項に違反するものである。
なお,ILO87号条約は,争議権とは関係がないという了解又は争議権を取り扱うものではないという了解の下で採択されたという見解があるが,ILO87号条約の本文及び前文にはそのような文言は存在しないし,ILO87号条約を採択した総会においてそのような決議又は付帯決議がされたこともない。ILO事務局は,ILO87号条約の総会での採択に先立ち,各国政府に対してアンケートを行い,そこでの回答は,公務員の争議権について,これを認めるとも認めないとも条約では触れないというものであったが,これは,将来いずれかの時点で争議権がILO87号条約との関わりで論議されることを否定する趣旨ではない。したがって,ILO87号条約は,争議権とは関係がないという了解又は争議権を扱うものではないという了解の下で採択されたという見解は,事実として誤りである。
ところで,わが国が批准して発効した条約のうち,規範設定的規定については,それに対応する国内法を制定するまでもなく,国内法上の法源として,国内の法律に優越する効力を生じると解すべきである。そして,ILO87号条約3条1項及び8条2項は,規範設定的規定であり,わが国の批准,発効により,国内法上の法源として,国内の法律に優越する効力を有するに至ったものである。したがって,地公法37条1項は,ILO87号条約の上記規定に違反するものとして,ひいては,条約の遵守を定めた憲法98条2項に違反するものとして,効力を有せず,このように効力を否定されるべき地公法37条1項を根拠としてされた本件各処分は,いずれも違法である。
(被告の主張)
ILO87号条約の批准を国会が承認した際,ILO87号条約と公務員の争議権の一律全面禁止を定めた国家公務員法,地公法等との関係について審議されたが,その結果,公務員の争議行為を禁止する国内法は,ILO87号条約と矛盾,抵触するものではないという了解の下に,同条約の批准と関係国内法規の整備が行われた。すなわち,ILO87号条約は,公務員の争議権を保障したものではない。
これに対し,原告らは,専門家委員会,結社の自由委員会等の諸機関の見解等が,ILO87号条約の解釈,適用につき拘束性がある旨主張する。しかし,ILOの諸機関の見解等は,条約を解釈適用する際の法的拘束力ある基準としての法源性,規範性を有するものではなく,司法機関がこれらの見解に沿った解釈を行うべきであるとする原告らの主張は,失当である。
したがって,地公法37条1項は,ILO87号条約に抵触せず,条約遵守義務を定めた憲法98条2項にも違反しない。
(3) 本件各争議行為について地公法37条1項を適用することは,憲法28条に違反するか。
(原告らの主張)
憲法訴訟における違憲判断の方法として,法令自体が違憲であるとはいえない場合であっても,その法令を当該事件に適用する限度においては違憲であるとする適用違憲の法理がある。
現行の代償措置が制度として整っており,地公法37条1項は憲法28条に違反しないという前提に立ったとしても,実際に代償措置制度が有効に機能していない状況下において,代償措置制度が正常に運営されるように要求して行われる争議行為に対して地公法37条1項を適用して懲戒処分を行うことは,憲法28条に違反するといわなければならない。
そして,人事院勧告制度の実際の運用状況をみるに,制度が発足した昭和23年から本件争議行為が行われた昭和44年までの22年間で,人事院勧告が完全に実施されたのは昭和23年の第1回の勧告のみであり,昭和24年の人事院勧告は全く無視され,他はいずれも不完全実施となっている。昭和34年までは,昭和28年を除き給与水準が勧告より引き下げられた上,実施時期が勧告より大幅に遅れた。
昭和29年から昭和34年までの6年間は,ベースアップ勧告さえ行われなかった。また,昭和35年から昭和44年までの10年間は,実施時期が勧告より遅れた。
このような状況から,公務員の不満は高まり,公務員の賃金闘争を発展させるため,昭和35年に日本公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」という。)が結成された。公務員共闘は,結成以来,政府や人事院との交渉ないし折衝,大量動員による要請行動,座り込み,集会,デモ等,同盟罷業以外のあらゆる手段を駆使して人事院勧告の完全実施を要求したが,不完全実施という事態は改善されなかった。そのため,公務員共闘は,政府の人事院勧告制度軽視の姿勢を是正するため,同盟罷業を行うしかないという状況に至った。そして,昭和41年以降,毎年閣議決定時期に同盟罷業が行われた。すなわち,昭和41年には午後半日の「10・21闘争」,昭和42年には早朝1時間の「10・26闘争」,昭和43年には早朝1時間の「10・8闘争」がそれぞれ行われた。その結果,人事院勧告の実施時期は,昭和39年からは9月,昭和42年には8月,昭和43年には7月にそれぞれ繰り上げられた。
人事院は,昭和44年8月15日,本俸,諸手当を含めて10.2パーセント,5660円の賃金引上げを5月1日に実施する旨の勧告を行った。これに対し,政府は,同年11月11日の閣議において,引上げ率を勧告どおりとしながら,実施時期については6月とする旨決定し,閣議決定どおりの給与法改正案を国会に提出した。また,同日,昭和45年度は,いかなる困難があろうとも人事院勧告を完全実施する旨の官房長官談話が発表されたが,これは,政府が,勧告の完全実施を要求することの正当性及びこれまで不完全実施してきた政府の対応の不当性を自認し,昭和44年度においても実施時期を1か月遅らせる理由がないことを明らかにしたことにほかならない。本件争議行為は,このような状況下で実施されたものであり,その結果,昭和45年には,人事院勧告が完全実施されるに至った。
人事院勧告制度は,侵すことのできない基本的人権である労働基本権を剥奪する代償措置として,公務員の生存権を保障するために設けられた制度であり,公務員にとって労働条件改善のための唯一の代償措置であるから,あくまで完全に実施されることが原則である。ただし,人事院勧告が完全に実施されない場合であっても,当局が,真摯かつ誠実に法律上,事実上可能な限りを尽くしたと認められるときには,代償措置が正常に本来の機能を果たしていないと速断すべきではないと考えられる。
これを本件争議行為についてみるに,上記のとおり,本件争議行為は,昭和44年度の給与改定において人事院勧告が完全に実施されなかったことから,人事院勧告及び人事委員会勧告の完全実施を求めて行われたものであるから,当局が人事院勧告及び人事委員会勧告の完全実施に向けて真摯かつ誠実に法律上,事実上可能な限りを尽くしたことについては,被告において主張立証すべきであるところ,被告は,この点について何らの主張立証もしていない。また,本件争議行為が行われた昭和44年当時,国ないし北海道において人事院勧告及び人事委員会勧告を完全実施することができないような特別事情は何ら存在しなかったのであるから,当局において人事院勧告及び人事委員会勧告の完全実施に向けて真摯かつ誠実に可能な限りを尽くしたとは到底認めることができない。
以上によれば,本件争議行為の当時,代償措置が本来の機能を果たしていない状況にあったことになるが,このような状況において原告らの争議権が制約される根拠は存在しないというべきであるから,被告が地公法37条1項を適用して原告らに本件各処分をしたことは,憲法28条に違反する。
(被告の主張)
原告らは,人事院勧告及び人事委員会勧告の制度が,代償措置として不完全であり,また,代償機能を十分果たしていなかったから,その正常な運用を求めて行われた本件争議行為は,憲法上許容されたものである旨主張する。
しかし,まず,原告らは,公務員の労働基本権制約に対する代償措置が,人事院勧告及び人事委員会勧告の制度のみであることを前提としているところ,公務員の労働基本権制約の代償措置としては,他にも身分保障,勤務条件の法定の制度があり,代償措置としての適否は,これらを総合的に評価して判断すべきであるから,人事院勧告及び人事委員会勧告の実施状況のみを取り上げて議論することは,その前提において失当である。
また,人事委員会の勧告制度自体についてみるに,人事委員会は,中立的な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保護するための機構としての基本的構造を持ち,かつ,必要な職務権限を与えられている点において,制度上,地方公務員の労働基本権制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしていると認めることができるから,人事委員会の勧告制度は,代償措置として制度上整備されたものというべきである。
さらに,勧告の運用状況について検討するに,人事院勧告による給与改定は,昭和35年以降,実施時期こそ数か月の遅れはあるものの,引上げ率はほぼ勧告どおり実施されており,実施時期については,当初10月1日からであったものが,昭和39年には9月1日,昭和42年には8月1日,昭和43年には7月1日と順次繰り上がって完全実施に近づきつつあり,人事委員会勧告及びこれによる給与改定もこれに準じて行われていた。そして,本件争議行為が行われた昭和44年において,人事院勧告は,引上げ率については勧告どおり,実施時期については6月1日から実施することが閣議決定され,さらに,昭和45年からは実施時期についても完全実施することが官房長官談話により明言されており,このような事情に照らせば,本件争議行為当時,人事院及び人事委員会の勧告制度がその機能を果たしていなかったとはいえない。
加えて,本件争議行為は,人事院勧告の完全実施のほか,安保条約廃棄,沖縄即時無条件返還等の政治的な要求を掲げ,経済要求と国民的な政治課題を結合した統一闘争を成功させることを目的として行われたものであり,憲法28条の労働基本権の行使の範囲を超えたいわゆる政治ストとして,違法との評価を免れない。
したがって,被告が地公法37条1項を適用して原告らに本件各処分をしたことは,憲法28条に違反しない。
(4) 本件各処分は,懲戒権の逸脱ないし濫用に当たるか。
(原告らの主張)
ア 懲戒権濫用の法理
懲戒権者は,懲戒処分を行うに当たり,当該公務員に懲戒事由があるか否か,懲戒事由があるとして懲戒処分を行うか否か,懲戒処分を行うとしていかなる処分を選択するかについて裁量権を有するが,それが法の許容する裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合には,違法な処分として取り消されるべきである。
そして,地方公務員に対する懲戒処分にも,行政裁量一般における原則が妥当するから,比例原則や平等原則を遵守していること,目的違反や動機の不正のないこと,適正手続を履践していること,他事考慮に出ないこと等が守られていることが必要である。また,原告らは地方公務員たる教員であるところ,教育公務員の場合,身分保障の原則が一層強く要請されていることを銘記すべきである。さらに,懲戒権の行使に当たっては,事案における特別事情が考慮されなければならず,司法による事後審査に当たっても,この点は十分に考慮されなければならない。
この点に関連して,最高裁判所昭和52年12月20日第3小法廷判決・民集31巻7号1101頁(いわゆる神戸税関事件判決)は,公務員の地位や勤務関係,公務員法上の懲戒手続等が民間労働者とは異なるとの認識の下,懲戒権者に広範囲の裁量権を認めた。しかし,懲戒処分の本質は,民間労働者と公務員とで異なるところはないはずであり,同判決は,懲戒権者の便宜,利益のみを考慮の対象とし,職員の側の利益を考慮せず,広範囲の裁量権を懲戒権者に与えた点で相当ではない。
イ 本件各処分における懲戒権の逸脱ないし濫用
(ア) 本件各処分における懲戒権濫用の判断基準
本件のような公務員の争議行為に対する懲戒処分についての司法審査に当たっては,争議行為の目的,態様,規模,国民生活に及ぼす影響等に加え,職員の地位,職務の性質,当該処分によって受ける不利益の程度等を考慮し,具体的事実に基づいて慎重に検討されなければならない。
(イ) 本件争議行為の目的の正当性
本件争議行為の目的は,昭和44年の人事院勧告及びこれに準拠する人事委員会勧告の完全実施を求めることにあった。
人事院勧告制度の実際の運用状況をみるに,制度が発足した昭和23年から本件争議行為が行われた昭和44年までの22年間で,人事院勧告が完全に実施されたのは昭和23年の第1回の勧告のみであり,昭和24年の人事院勧告は全く無視され,他はいずれも不完全実施となった。これにより,原告ら公務員は,昭和35年からの10年間で,実施時期の点で合計40か月以上もの遅延を甘受させられた。
そして,政府自身も,本件争議行為の直前である昭和44年11月11日,昭和45年度にはいかなる困難があろうとも完全実施する旨の談話を発表するに至った。
また,本件争議行為の当時,原告らの賃金,勤務条件,生活実態は劣悪であり,原告らにとって,本件争議行為への参加は,自らの生活と権利を守るためのやむにやまれぬ選択であった。
こうした事情の下で,人事院勧告の完全実施要求は,公務員として当然かつ最小限の要求であり,本件争議行為は,目的において正当であった。
(ウ) 本件争議行為の態様の相当性
本件争議行為は,早朝約1時間30分間の労務提供拒否であり,暴力行為等を伴わない単純不作為であったから,その態様において社会的に相当性を欠くものとはいえない。
(エ) 本件争議行為の影響はなかった。
各学校は,年間教育計画に則して授業計画を立て,種々の教育活動を行っているが,それらは,不可変更的なものではなく,学校行事,天災,事故,教職員の出張,病気等による一時的停廃のあり得ることを見込んで立てられたものであるから,教育的な配慮による臨機応変な修正,変更が可能である。このような実情からみて,早朝約1時間30分間の労務提供拒否という本件争議行為が教育現場に与えた影響は全くなかったというべきである。
そして,被告において,本件各処分を行うに当たり,本件争議行為が教育現場に与えた影響を調査した形跡は全くうかがわれない。
(オ) 処分基準の不明確性
公務員の懲戒処分は,公正かつ平等に行われなければならないところ,昭和41年の「10・21闘争」以降,争議行為に単純参加した公務員全員が戒告処分を受けたのは,本件各処分が初めてであり,単純参加者に対する処分の判断基準が従前の争議行為に対するそれと著しく異なること自体,本件各処分の公正性に疑問を抱かせるものである。本件争議行為に対する処分方針は,最高裁判所昭和44年4月2日大法廷判決・刑集23巻5号305頁(いわゆる東京都教組事件判決)が示した争議権禁止規定の限定解釈により,刑事罰によって争議行為を禁止することができなくなった代わりに,行政罰の強化によって争議行為の禁止を実現しようというものであると考えざるを得ない。
(カ) 被告は,平素から職場の事情に通暁した者とはいえない。
平素から職場の事情に通暁した者でなければ,処分に当たっての要考慮事項を総合的に判断することができず,適切な懲戒処分をすることができないというべきであるところ,原告らは,各学校において日常的な活動を行っているから,懲戒権者たる被告は,平素から職場の事情に通暁した者とはいえない。
(キ) 被告の背信性
北海道当局が,「使用者としての政府」として争議権制約の代償措置である人事院勧告に準拠した人事委員会勧告を完全実施しないでおきながら,その完全実施を求める同盟罷業の参加行為に対し,「任命権者としての政府」として懲戒処分を行うことは,余りに背信的であり,正義公平の観念に反する。
(ク) 本件各処分の過酷性
原告らは,本件各処分により,その定期昇給期間を3か月間延長するという不利益処分を受けた。この昇給延伸による経済的損失は,月額給与の損失にとどまらず,これを基礎として算出される調整給,期末手当,勤勉手当,寒冷地手当その他の全ての手当に及び,当該年度のみならず次年度以降の昇給延伸につながり,さらには退職手当や年金にまで影響するものであり,過酷な経済的制裁といわざるを得ない。
ウ 以上によれば,本件各処分は,懲戒権の範囲を逸脱ないし濫用した違法なものであり,取り消されるべきである。
(被告の主張)
地公法37条1項に違反して争議行為を行った者に対して懲戒処分をすべきか否か,いかなる処分を選択すべきかについては,懲戒権者の裁量に任されているというべきである。そして,裁判所は,裁量権の範囲内の処分についてはこれを取り消すことができず,裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合に限ってこれを取り消すことができるにすぎない。
原告らは,人事院勧告及びこれに準拠する人事委員会勧告の完全実施を求める本件争議行為の目的が正当である旨主張する。しかし,本件争議行為当時,人事院勧告は,実施時期の多少の遅れを除いてほぼ完全実施に近い状態にあり,勧告制度は実質的に機能していたこと,特に,昭和44年度の勧告については,本件争議行為直前の同年11月11日,既に同年6月1日からの実施が閣議決定され,翌昭和45年からは実施時期についても勧告どおりとする旨明らかにされていたこと等に鑑みれば,人事院勧告及びこれに準拠する人事委員会勧告の完全実施を求めるという目的のために,争議行為に訴えなければならない必然性は認められないというべきである。また,本件争議行為の目的は,人事院勧告及びこれに準拠する人事委員会勧告の完全実施のほか,政治的な要求の実現をも含むものであったことを考慮すれば,本件争議行為の目的が正当である旨の原告らの主張は理由がない。
また,原告らは,短時間の不作為という本件争議行為の態様が相当であった旨主張する。しかし,短時間といえども,原告ら教職員の職場離脱により,多数の児童生徒に関わる授業その他の公務の中断を招いたことは,学校教育の社会における役割,機能の重要性に鑑みれば,国民全体にとって重大な損失というべきである。また,単純不作為という点についても,そもそも単純な職務放棄自体が地公法37条1項で禁止される争議行為の要件であり,それ以上に積極的な違法行為に出ることは論外であるから,これにより原告らの行為が正当化されるものではない。
そして,原告らは,本件争議行為により教育活動に及ぼした影響がなかった旨主張する。しかし,心身共に未発達な児童,生徒に対する教育は,知識教育者と被教育者との全人格的な触合いであるというべきであるから,このような教育活動の停廃は,後日何らかの措置により補充できる性質のものではない。また,教育に携わることを職務とする教職員らが,法に違反し,その職務を放棄してでも実力で問題を解決しようとする姿勢を示したこと自体が,児童生徒に与えた精神的影響も軽視できない。したがって,本件争議行為が学校の教育活動に重大な影響を及ぼしたことは明らかである。
さらに,原告らは,争議行為に対する処分基準が不統一,不明確である旨主張する。しかし,懲戒処分をすべきか否か,いかなる処分を選択すべきかについては,公務員関係の秩序維持という観点から,具体的事案に応じ,その時点での諸般の事情を総合的に勘案して,懲戒権者がその裁量によって決定すべきものであるから,同一態様の非違行為に対しても,その情状及び公務秩序維持の観点からの必要性の強弱に従い,裁量によって異なる種類,程度の処分をすることは,もとよりあり得べきことであり,事情の変化に応じ,同一態様の非違行為が,ある時期には懲戒処分の対象となり,別の時期には対象とされず,あるいは処分の量定が異なることも,懲戒権者の裁量権の範囲として当然認められるべきものである。かえって,将来にわたる不変の処分基準を設け,これを機械的に適用して懲戒処分を行うことは,懲戒処分の目的に照らして当を得ないというべきであり,原告らの主張は失当である。
加えて,原告らは,本件各処分が過酷である旨主張する。しかし,昇給延伸措置は,懲戒処分の直接の効果ではなく,給与制度上の措置であり,争議行為による懲戒処分のみならず,その他の事由による懲戒処分を受けた者全てに適用されるから,本件各処分を受けた者が格別に経済的不利益を被ったものではなく,違法な争議行為を行った以上,原告らにおいて当然受忍すべきものである。
したがって,原告らが懲戒権の逸脱ないし濫用の根拠として主張する点は,いずれも失当である。
第3判断
1 争点(1)(地公法37条1項は,憲法28条に違反するか。)について
(1) 原告らは,地方公務員に対して全面的かつ一律に争議行為を禁じる地公法37条1項は,憲法28条に違反すると主張する。そこで,以下,この点について検討する。
憲法28条による労働基本権の保障は,憲法25条の生存権の保障を基本理念とし,経済的劣位に立つ労働者に対して実質的な自由と平等とを確保し,もって労働者の経済的地位の向上を図ろうとするものであって,このような労働基本権の保障の趣旨に照らせば,公務員も,自己の労務を提供して生活の資を得ている者であるという点において,一般の労働者と異なるところはないから,憲法28条の労働基本権の保障は,公務員にも及ぶと解すべきである。
もとより,労働基本権は,専ら労働者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであるから,それ自体が目的とされる絶対的なものではなく,労働者を含めた国民全体の共同利益を確保する見地から生じる内在的制約を免れないものと解すべきである。
このことを地方公務員についてみれば,地方公務員は,住民の信託を受けた地方公共団体に雇用される労働者であるが,その使用者は,実質的には,地方公共団体の住民全体というべきである。したがって,地方公務員は,私企業における労働者とは異なり,住民全体に対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有しており,その職務は,程度の差こそあれ,公共の利益のための活動の一端を担うという公共的な性格を帯有しているのである。このような立場にある地方公務員が争議行為に及ぶと,多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし,その停廃は,住民全体ひいては国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか,又はそのおそれがあるといわなければならないのであって,地方公務員の争議権は,その地位の特殊性及び職務の公共性と相容れ難い面があることは否定し難い。
また,私企業の場合には,労働者の給与その他の勤務条件は,労使間の自由な交渉に基づく合意により定めることができるから,労働者が使用者と実質的に対等の立場に立って交渉することができるよう,団体を結成して団体交渉をし,交渉が妥結しないときには争議行為によって解決するという労働基本権の行使が原則として妥当するのであるが,地方公務員の場合には,その給与は,住民の税金を中心とする地方公共団体の公の財源によって賄われるものであり,給与を始めとする勤務条件は,専ら当該地方公共団体における政治的,財政的,社会的その他諸般の合理的な配慮に基づき,議会で議論された上,民主的な手続によって定めることが地方自治の本旨に基づく憲法上の要請というべきであって,私企業におけるような争議行為による圧力を背景とした団体交渉によって勤務条件を定めるという方式は,当然には妥当するものではない。原告らが主張するように,勤務条件の細目の決定を執行機関に委ねる場合には,このような決定方式が妥当する余地があるが,それは制度本来の原則からすれば例外に属するものであって,そのような例外をもって制度本来の原則を律する根拠とすることはできない。さらに,私企業の場合には,極めて公共性の強い特殊な企業を除き,使用者には争議行為に対する対抗手段としてロックアウトが認められるほか,労働者の過大な要求や過度の争議行為は,企業の存立を危うくし労働者自身の失業を招きかねないことから,労働者の要求や争議行為は,自ずから自制的になると考えられるのに対し,地方公務員の場合には,その職務の公共性のゆえにロックアウトを認めることは困難というほかないし,倒産のおそれも事実上ないため,地方公務員の要求や争議行為は,時として制約のない強力な圧力になりかねない。このように,地方公務員の争議権が濫用された場合には,地方自治の本旨に基づき議会における民主的な手続によってされるべき勤務条件の決定に対し,不当な圧力を加え,これを歪めるという危険に直ちに直面することとなることは否定し難いところである。原告らは,このような圧力は観念的で非現実的であると主張するが,そのように断定すべき根拠はない。
このように,地方公務員の職務の公共性及びその勤務条件決定の特殊性に照らすと,その争議権は,勤労者を含む住民及び国民全体の共同利益の見地から,これと調和するよう制限されることも,その権利自体に内在するものとしてやむを得ないといわなければならない。
(2) 他方,地方公務員についても労働基本権が憲法で保障されている以上,この保障と住民及び国民全体の共同利益の確保との間には均衡が保たれていることが必要であるから,地方公務員の争議権を制限するに当たっては,その制限に見合う代償措置が講じられるべきであり,地方公務員に対して一律に争議行為を禁じる地公法37条1項は,争議行為の一律禁止に見合う代償措置が講じられている限りにおいて,憲法28条に違反しないと解すべきである。
そこで,地方公務員,特に原告らを含む都道府県の公務員について,争議行為の禁止に見合う代償措置が講じられているか否かについて検討する。
上記(1)のとおり,争議権を含む労働基本権は,専ら労働者の経済的地位の向上を図るための手段であること,地方公務員の勤務条件は,法律及び条例によって定められるべきであることに鑑みると,地方公務員の争議行為の禁止に見合う代償措置としては,労働者の経済的地位の向上を可能とするような妥当な勤務条件を実現できる実効性のある制度が設けられることが必要であるが,原告らが主張するように,上記制度に労働者やその代表者が参加すること等の要請は,あるべき制度としての1つの形態であるとはいえ,前記のとおり労働基本権の保障の目的が労働者の経済的地位の向上にあることに照らすと,それが必要不可欠の要請とまで解することはできない。そして,ある制度が代償措置又はその一部をなすということができるかどうかについて判断するに当たっては,その制度が争議行為禁止の代償としての機能を果たし得る制度であるかどうかが重要なのであるから,それがその代償のために創設されたものか否かという観点からではなく,その制度が実質的に争議行為禁止の代償となり得るか否かという観点から判断すべきものである。
こうした観点から検討するに,都道府県の公務員について,争議行為の禁止に見合う代償措置として認め得る制度としては,次のものがある。
ア 勤務条件の法定
地公法は,地方公務員につき,その身分,任免,服務,給与その他の勤務条件について詳細に規定し(第3章),特に給与については,条例に基づいて給与を支給し,その給与に関する条例には給料表のほか法定の事項を規定するよう求める(25条)など,いわゆる法定された勤務条件を保障している。そして,地公法は,地方公務員の給与は,生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定めるべきことを規定し(24条3項),私企業における労働者が享受する給与と同程度の給与水準を保障するように要求している。
イ 人事委員会及び人事院
地公法は,都道府県に条例で人事委員会を置くこと,人事委員会は,議会の同意を得て地方公共団体の長が選任する3人の委員をもって組織すること,委員は,地方公共団体の議員及び当該地方公共団体の地方公務員の職を兼ねることができないことを定めている(7条,9条)。そして,人事委員会は,給与,勤務時間その他の勤務条件,厚生福利制度その他職員に関する制度について研究を行い,その成果を地方公共団体の議会若しくは長又は任命権者に提出することとされているばかりでなく,毎年少なくとも1回,地方公務員の給料表が適当であるかどうかについて,地方公共団体の議会及び長に報告することが義務付けられ,この際,給与を決定する諸条件の変化により,給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときは,あわせて適当な勧告をする権限が与えられている(8条,26条)。また,地方公務員は,人事委員会に対し,給与,勤務時間その他の勤務条件に関して措置要求をすることや,不利益処分について不服申立てをすることができる(8条,46条,47条,49条の2,50条)。このように,人事委員会は,中立的な第三者的立場から地方公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造を有し,かつ,そのために必要な権限を与えられているということができる。
なお,原告らが主張するとおり,人事委員会の勧告には,法律上の拘束力が認められていないが,勧告の制度は,法律により定められた公の制度であって,地方公共団体の議会及び長が合理的な理由もないのに上記勧告に従わなければ,住民や国民の批判を受けることは必定であり,民主的政治過程によってその判断は是正されることが期待されるから,勧告に法律上の拘束力のないことのみをもって,十分な代償措置が講じられていないということはできない。
また,国家公務員法は,国家公務員の中央人事行政機関として人事院を置くこと,人事院は,両議院の同意を得て内閣が任命する3人の人事官をもって組織すること,人事官は,他の官職を兼ねることができないことを定めている(3ないし5条,15条)。そして,人事院は,毎年少なくとも1回,俸給表が適当であるかどうかについて国会及び内閣に報告し,俸給表に定める給与を100分の5以上増減する必要が生じたと認められるときは,上記報告にあわせて,国会及び内閣に適当な勧告をすることが義務付けられている(28条)。この人事院勧告は,直接には国家公務員の俸給に関するものではあるが,前述のとおり,地方公務員の給与は,国家公務員の給与を考慮して定めるべきものとされ,特に教育公務員については,その給与の額は,国立学校の教育公務員の給与の額を基準として定めるものとされていることから(教育公務員特例法25条の5),実質的には地方公務員の給与決定にも大きな影響を及ぼすものである。したがって,人事院勧告制度は,前述の人事委員会勧告制度とあいまって,地方公務員の争議権禁止の代償措置としての意義も有しているというべきである。
このようにみてくると,上記各制度は,地方公務員について妥当な勤務条件を保障する実効性を期待し得る制度ということができるのであって,現実の運用上の紆余曲折があることからみて,地方公務員の争議行為禁止の代償措置として必ずしも十全とはいい難いところがあるとはいえ,これに見合うに足りる制度と評価することができる。
そうすると,地方公務員について,その争議行為の禁止に見合う代償措置が講じられていると評価することができるから,地方公務員の争議行為を禁止する地公法37条1項は,憲法28条に違反するものではない。
(3) これに対し,原告らは,上記のような争議権に対する制限は,争議権に優越し,かつそれが侵害されたならば回復が困難な法益と抵触する場合でなければならず,また,国民全体の共同利益という一般的,抽象的概念をもって公務員の争議権を制限することは許されず,さらに,その憲法判断に当たっては,立法事実の検討が不可欠であるところ,公務員の争議行為を制限する法令の合理性を支える立法事実は存在しないと主張するが,争議権の保障の趣旨及び公務員の職務の公共性と勤務条件決定の特殊性について前述したところに照らし,採用することができない。
また,原告らは,労働基本権の性格は,自由権としての側面,社会権としての側面及び適正手続保障の側面を併せ持った複合的な権利であると主張し,これを前提にその制限の可否及び基準を論じ,その前提となる主張を裏付けるため,労働基本権を適正手続保障と密接に関連する自己の労働条件決定過程への参加,関与権として捉える見解(甲88ないし90,91の1ないし8,証人A)を援用する。傾聴に値する見解ではあるが,労働基本権は,その歴史的由来に照らし,一般には社会権として理解されており,これを自由権や適正手続保障と同列に論ずべきであるとする上記見解及びこれを援用する原告らの主張を直ちに採用することはできない。
さらに,原告らは,公務員の職務内容,担当する業務の種類と性質やその停廃が国民生活に及ぼす実質的な影響の有無,程度を個別具体的に検討して,争議行為を禁止することができるか否かを判断すべきであって,全面一律に争議行為を禁止することは許されない旨主張するが,前述のように,地方公務員の業務は,程度の差はあれ公共性が認められるもので,その停廃は,多かれ少なかれ住民全体ひいては国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか,及ぼすおそれがあるものであるし,公共性の弱い業務を担当する地方公務員のみが行う争議行為であっても,その業務の停廃が,争議行為に参加しない地方公務員の担当する公共性の強い業務に影響を与えることは不可避というべきであって,一律に争議行為を禁止することは,その目的に照らし,合理性がないとはいえず,基本的人権に対する広汎にして過度の制限とまではいい難い。なお,各地方公務員の給与その他の勤務条件は,互いに関連し調和のとれた体系となっているところ,公共性の強い業務の担当者の勤務条件も,公共性の弱い業務の担当者の勤務条件いかんによって影響を受けるため,公務員の争議行為が行われれば,公共性の弱い業務の担当者だけでなく,公共性の強い業務の担当者の参加を誘発する可能性も少なくないと考えられるから,公務員の担当業務によって争議行為を禁止し得るかどうかを判断すべきであるとの原告らの主張は,傾聴すべき立法政策上の1つの意見にとどまるものというべきであって,現行の代償措置の下においては,地方公務員の争議行為を全面一律に禁止しても,憲法28条には違反しないとの前記判断を覆すものではない。
(4) 以上のとおりであるから,地公法37条1項が憲法28条に違反することを前提として,地公法37条を根拠としてされた本件各処分がいずれも違法であるとの原告らの主張は理由がない。
2 争点(2)(地公法37条1項は,憲法98条2項,ILO87号条約に違反するか。)について
原告らは,我が国が批准したILO87号条約は,結社の自由を保障しているところ,労働組合の争議権は,ILO87号条約が保障する結社の自由に包含される重要な権利として,その3条1項で保障されているから,地方公務員に対し,全面一律に,また,十分な代償措置を講じることなく争議行為を禁止する地公法37条1項は,ILO87号条約に違反し,ひいては,条約の遵守を定めた憲法98条2項に違反すると主張する。
しかしながら,ILO87号条約3条1項は,「労働者団体及び使用者団体は,その規約及び規則を作成し,自由に代表者を選び,その管理及び活動について定め,並びにその計画を策定する権利を有する。」と規定するところ,同条約は,公務員の争議権を保障したものとは解されない(最高裁判所平成12年3月17日第2小法廷判決・判例時報1710号168頁)。
したがって,地公法37条1項が憲法98条2項及びILO87号条約に違反するとはいえず,同条約違反を前提とする原告らの上記主張は採用することができない。
3 争点(3)(本件争議行為について地公法37条1項を適用することは,憲法28条に違反するか。)について
(1) 原告らは,公務員の労働基本権制限の代償措置制度としての人事院勧告制度が有効に機能していない状況下において,代償措置制度が正常に運営されるように要求して行われる争議行為に対して地公法37条1項を適用することは憲法28条に違反するというべきであるところ,本件争議行為の当時,人事院勧告は完全実施されず,当局において人事院勧告の完全実施に向けて真摯かつ誠実に法律上,事実上可能な限りを尽くしたとはいえないから,本件争議行為について地公法37条1項を適用することは,憲法28条に違反すると主張する。
(2) そこで検討するに,証拠(甲1,3,5,6,8,11の33,11の36ないし39,11の41,11の42,13ないし15,21,67,68,78,証人B,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,人事院勧告及び人事委員会勧告の実施状況について以下の事実が認められる。
ア 昭和23年から昭和45年までの人事院勧告及び人事委員会勧告の実施状況は,別紙勧告実施状況表記載のとおりであった。
これによれば,人事院勧告は,制度が発足した昭和23年には概ね勧告どおり実施されたが,昭和24年には実施されず,給与改定は行われなかった。その後も,昭和25年から昭和27年までは勧告のとおりには実施されず,昭和28年にはほぼ勧告のとおり給与水準の引上げが行われたものの,昭和29年には勧告自体が行われなかった。昭和30年代には,給与水準の引上げについて,概ね勧告のとおり実施されるようになったものの,その実施時期は,いずれも勧告ではできるだけ速やかにとされていたが,翌年の4月とするものがほとんどであった。
イ このような状況から,公務員の不満は高まり,昭和35年に公務員共闘が結成された。公務員共闘は,結成以来,政府や人事院との交渉ないし折衝等の方法により,人事院勧告の完全実施を要求していた。
ウ 人事院は,昭和35年以降,当該年度の5月1日に勧告を実施すべき旨を明記していたにもかかわらず,昭和35年から昭和38年までは各年の10月1日から,昭和39年から昭和41年までは各年の9月1日から,昭和42年には8月1日から,昭和43年には7月1日からそれぞれ実施されたに過ぎず,いずれも勧告に明記された5月1日という実施時期どおりには実施されなかった。
エ このような状況の中,日本教職員組合(以下「日教組」という。)は,人事院勧告の完全実施等を求める同盟罷業を実施することを決定し,昭和41年10月21日には午後半日の「10・21闘争」,昭和42年10月26日には早朝1時間の「10・26闘争」,昭和43年10月8日には早朝1時間の「10・8闘争」がそれぞれ行われた。
オ 公務員共闘は,昭和44年の第56回年次大会において,本俸1万円以上の引上げ,一時金年間5.5か月プラス一律2万円の獲得,諸手当増額,4月実施の実現を勝ち取るために,政府及び人事院に対する統一闘争に取り組む旨の統一要求を決定し,同年3月20日,政府及び人事院に対し,賃金要求を提出した。
人事院は,同年8月15日,基準内給与を同年5月1日にさかのぼって実質10.15パーセント,平均5660円引き上げること等を内容とする勧告を行った。
これに対し,公務員共闘は,同年9月5日,幹事会において,人事院勧告の実施時期の完全実施を最重点に,地方公務員の財源確保,最低引上げ保障,期末手当の増額などの実力行使目標を決定し,その実現のため,同年11月13日には「安保廃棄,沖縄返還」を掲げる総評の統一した同盟罷業と結合して公務員共闘の統一した同盟罷業を組織することを確認した。これを受けて,日教組は,同年9月29,30日の第37回臨時大会において早朝1時間30分の統一同盟罷業を,総評の組織する安保,沖縄の闘いとしての早朝30分カットの同盟罷業と結合して実施することを決定した。また,北教組は,同年10月13日及び同月14日,第57回定期大会を開催し,統一同盟罷業の目標として,①賃金引上げの実施を人事院勧告どおり5月1日にさせること,②地方公務員,地方公営企業体職員の賃上げ財源を保障させること,③最低賃上げ幅を4000円以上とさせること,④期末手当を最低0.2か月分増額させることを決定し,同年10月16日,全道一斉に公務員共闘の統一した同盟罷業に対する批准投票を実施し,62.82パーセントの賛成を得て,方針どおりの同盟罷業の指令を発した。
これに対し,政府は,同年11月11日の閣議において,給与の引上げ率を勧告のとおりとしながら,実施時期については6月1日とし,同年6月に支給した期末手当及び通勤手当には改訂規定を適用しないこと等を決定し,閣議決定どおりの給与法改正案を国会に提出した。また,政府は,同日,昭和45年度は,いかなる困難があろうとも人事院勧告を完全実施する旨の官房長官談話を発表した。公務員共闘は,実施時期の完全実施を目指し,安保,沖縄という政治課題との結合もあって同盟罷業に突入した。
カ 人事院勧告は,昭和45年度には勧告のとおり完全実施された。
キ 北海道の人事委員会勧告とその実施状況は,概ね人事院勧告とその実施状況に準じるものであった。
(3) 上記認定事実によれば,人事院勧告は,昭和30年以降,完全には実施されない状況が続いていたものの,年々完全実施に近づきつつあり,本件争議行為の行われた昭和44年11月13日の時点では,既に閣議において,実施時期の点を除いて完全に実施すること及び実施時期についても前年度より1か月早くすることが決定しており,これにより,人事院勧告と閣議決定との差は,実施時期が1か月遅くなること及び6月に支給した期末手当及び通勤手当に改訂規定を適用しないことの2点に過ぎず,更に完全実施に近づいていた上,政府は,昭和45年度において人事院勧告を実施時期の点も含めて完全に実施する旨言明していたのである。そうしてみると,本件争議行為の当時,人事院勧告は,未だ完全には実施されていなかったものの,完全実施に近づきつつあり,完全実施への展望も開けていたというべきであるから,公務員の労働基本権制限の代償措置制度としての人事院勧告制度が有効に機能していなかったということはできない。人事院勧告に準じた北海道の人事委員会勧告についても同様である。したがって,そのような状況が生じていたことを前提として,本件争議行為について,地公法37条1項を適用することが憲法28条に違反するとの原告らの主張は,採用することができない。
4 争点(4)(本件各処分は,懲戒権の逸脱ないし濫用に当たるか。)について
(1) 本件争議行為は,地公法37条1項に違反するものであるから,地方公務員であった原告らがこれに参加したことは同法29条1項に定める懲戒事由に該当するところ,原告らは,本件各処分は,いずれも被告が懲戒権を逸脱ないし濫用したもので,違法であると主張するので,以下,この点について検討する。
(2) 前記3(2)で認定した事実に加え,後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 昭和44年4月においては,前年4月と比べ,消費者物価指数は5.6パーセントの上昇を示した。また,政府は,昭和44年度の経済成長率について名目14.4パーセントという見通しを発表した。
このような物価情勢の中,本件争議行為の行われた当時,北海道の公立小中学校に勤務する教職員の中には,各人によって程度の差こそあれ,給与のみでは生活を維持することが困難であり,自己研鑽や教材研究に必要な書籍や日常生活のための衣服を購入するのにも事欠くばかりか,食費や光熱費を切りつめ,さらには,毎月の家計の赤字を期末手当等により穴埋めしたり,共働きの配偶者から経済的援助を得たりすることにより辛うじて生計を維持している者も相当数存在するなど,その経済生活に相当な困難が生じる状態にあった。また,教職員の多くが,日常生活に必要な家財道具すら満足に具えることができず,家族の人数に比して手狭な住宅における生活を余儀なくされ,さらには,風呂が備わっていないため他人の風呂を使わせてもらう者も存在するなど,その居住環境には,厳しいものがあった。
こうした状況の下,教職員の多くは,給与が少ないことに不満を抱きつつも,日々の教科指導,生活指導ないし部活動の指導等に熱心に取り組み,積極的に各種の研修に参加し,免許外教科についても自己研鑽を積むなどして,創意工夫をもって情熱的に児童生徒に対する教育活動に取り組んでいた(以上につき,甲9,67,78ないし80,証人D,証人E,証人F,証人G,証人H,原告I,原告J,原告K,原告L,原告M,原告N)。
イ 公務員共闘は,昭和44年の第56回年次大会において,本俸1万円以上の引上げ,一時金年間5.5か月プラス一律2万円の獲得,諸手当増額,4月実施の実現を勝ち取るために,政府及び人事院に対する統一闘争に取り組む旨の統一要求を決定し,同年3月20日,政府及び人事院に対し,賃金要求を提出した。
人事院は,同年8月15日,基準内給与を同年5月1日にさかのぼって10.2パーセント(実質10.15パーセント),平均5660円引き上げること等を内容とする勧告を行った。
これに対し,公務員共闘は,同年9月5日,幹事会において同年11月13日に統一した同盟罷業を実施することを決定した。これを受けて,日教組は,同年9月29,30日の第37回臨時大会において早朝1時間30分の統一同盟罷業を実施することを決定した。また,北教組は,同年10月13日及び同月14日,第57回定期大会を開催し,統一同盟罷業の目標として,①賃金引上げの実施を人事院勧告どおり5月1日にさせること,②地方公務員,地方公営企業体職員の賃上げ財源を保障させること,③最低賃上げ幅を4000円以上とさせること,④期末手当を最低0.2か月分増額させることを決定した。
これに対し,政府は,同年11月11日の閣議において,給与の引上げ率を勧告のとおりとしながら,実施時期については6月1日とし,同年6月に支給した期末手当及び通勤手当には改訂規定を適用しないこと等を決定し,閣議決定どおりの給与法改正案を国会に提出した。また,政府は,同日,昭和45年度は,いかなる困難があろうとも人事院勧告を完全実施する旨の官房長官談話を発表した(以上につき,甲1,3,6,8,11の33,11の36ないし39,11の41,11の42,13,15,67,68)。
ウ 文部省(当時の省名,以下同じ。)初等中等教育局は,同年10月上旬,日教組等の代表者に対し,「11・13ストについて」と題するメモを交付し,同年11月13日に計画されている同盟罷業は,違法性の強い争議行為であるから,仮に同盟罷業が実施された場合には,参加者に対して厳正な措置をとる旨の警告を発し,また,同局長は,同年10月23日,各都道府県教育委員会教育長に対し,「教職員のストライキについて」と題する同様の趣旨の通達を発した。これを受けて,被告は,教職員が争議行為に出ないよう,昭和44年10月25日付け被告教育長通達において,各直轄学校長に対し,①北教組が同年11月13日に計画している同盟罷業は,極めて違法性の強い争議行為に該当するものであるから,争議行為への参加によって学校教育の正常な運営を阻害することがないよう,所属職員の指導,監督を徹底すること,②争議行為等の違法な行為が行われた場合には,厳正な行政処分を行い,その責任を明らかにする所存であるので,その旨を所属職員に周知徹底させること,③所属職員が争議行為に参加した場合には,その状況を報告すること等を指示した。
さらに,被告管理部長は,同年11月1日発行の北海道教育新報において,北教組が11月13日に予定している同盟罷業は,実行行為をした者は免職,解雇されてもやむを得ないような違法性の強い行為であるから,従来にない厳正な態度で対処する旨の意向を明らかにした(以上につき,乙1,3)。
エ こうした状況の下で,北教組は,同年11月13日,同盟罷業を実施し,原告らは,本件争議行為に参加した(甲1,11の51,15,乙5の1ないし50,6の1ないし47)。
北教組における本件争議行為への参加者数は,合計2万0221名であり,北海道における全教職員数の68.3パーセントという参加率であった(甲15,21)。
原告らを含む本件争議行為参加者は,事前に,生徒達にその旨を十分説明し,生徒達から励まされた者もおり,生徒や父兄から特に非難や反発を受けた者もみられなかった(証人D,証人H,原告M)。
一方,同日の北海道新聞の夕刊は,統一同盟罷業が教育現場に与えた影響について,始業時刻から1時間半の同盟罷業による授業への影響はかなり大きく,1時限目の教室には,先生の姿が見えず,ほとんどが自習時間であった旨報じた。また,教職員の多数が争議行為に参加した中学校の中には,1時間目は教室でストーブを使用することを禁じたところもあったが,小学校では,生徒がストーブの周りで相撲を取ったり,特殊学級では,先生のいない教室で生徒が金槌などを使って工作している様子を見た父兄から,危険を訴える声も聞かれた(乙11,12,17)。
オ 被告は,北教組において本件争議行為に参加した者のうち,原告らを含む単純参加者合計1万7152人に対し,懲戒処分として戒告の各処分を行った。
上記処分の内容を,昭和41年の「10・21闘争」,昭和42年の「10・26闘争」,昭和43年の「10・8闘争」による各処分の内容と対比すると,別紙処分内容対比表記載のとおりとなる(以上につき,甲15,21,22)。
(3) ところで,地方公務員について,地公法に定められた懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,また,懲戒処分を行うとしていかなる処分を選択するかは,懲戒権者の裁量に委ねられており,懲戒権者がその裁量権の行使として行った懲戒処分は,それが社会観念上著しく妥当性を欠いて懲戒権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とはならないと解すべきである。
そこで,前記認定事実を前提に,本件について原告らが懲戒権の逸脱ないし濫用と主張する点について,以下検討を加える。
ア 本件争議行為の目的について
原告らは,本件争議行為が,人事院勧告の完全実施を求めるという正当な目的で行われたと主張する。
前記認定事実によれば,本件争議行為当時,原告らを含む教職員全体の生活実態は必ずしも良好とはいえず,本件争議行為は,主として争議行為禁止の代償措置の中核である人事院勧告の完全実施を求めるという目的で行われたものであると認められるところ,本件争議行為の当時,人事院勧告が完全には実施されていなかったことに鑑みると,原告ら公務員が,自らの生活を守るために人事院勧告の完全実施を要望することはもっともなことというべきであって,政府に対して人事院勧告の完全実施を求めることを主たる目的として本件争議行為に参加したことは,その目的として十分理解し得るところである。そして,原告らを含む公務員が,昭和41年以降,人事院勧告の完全実施等を求めて争議行為を行ったことが,他の諸事情と相まち,政府の人事院勧告の実施に関する姿勢をより前進させるという結果をもたらし,昭和45年の人事院勧告の完全実施に至る契機となった状況もうかがうことができる。
しかしながら,人事院勧告及び人事委員会勧告を始めとする制度が公務員の労働基本権制限の代償措置として一般的要件を具備したものとして整備され,かつ,前記のとおり,本件争議行為の当時,人事院勧告が年々完全実施に近づきつつあり,本件争議行為直前の閣議決定において,実施時期が勧告より1か月遅くなるものの更に完全実施に近づいた上,政府において,翌昭和45年度には勧告を実施時期の点も含めて完全に実施する旨言明していたという事情に鑑みれば,原告らがあえて本件争議行為に出る必要性は大きくなかったというべきであって,本件争議行為が「安保廃棄,沖縄返還」を掲げる総評の組織する同盟罷業と結合して全国一斉に行われた統一行動であったことをも勘案すると,本件争議行為の目的を,ことさらに原告らに有利に評価することは相当ではない。
イ 本件争議行為の態様について
原告らは,本件争議行為が,早朝1時間30分間の暴力行為等を伴わない単純不作為という社会的に相当な態様で行われたと主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,本件争議行為は,公務員共闘による統一同盟罷業の一環として実施されたもので,北海道の小中学校にあっても,合計2万0221名という多数の参加者数及び68.3パーセントという高い参加率の下に,全道的規模で行われた大規模なものであり,社会的に相当な態様とはいい難い。
もっとも,本件争議行為の時間的規模は,始業時刻から1時間30分以内と比較的短く,その態様も,労務提供拒否にとどまるもので,原告らがそれ以上に教育活動を積極的に妨害する等の違法な行為に出た等の事実はうかがわれない。しかしながら,そもそも地公法37条1項が禁止する「同盟罷業」とは,単なる労務提供拒否そのものを要件とするものであって,それ以上に積極的に違法行為に出ることは論外というべきである。したがって,労務提供拒否という単純不作為にとどまったという点は,原告らに特に有利に斟酌されるべき事情とはいえない。
ウ 本件争議行為の影響について
上記イのとおり,本件争議行為が,北海道における全教職員数の68.3パーセントという高い参加率の下に全道的規模で行われたものであることに加え,前記の北海道新聞の夕刊の報道内容に照らしても,多数の学校が自習を実施するなどしており,原告らの中には,生徒に対して争議行為の趣旨をよく説明した者もいるけれども,原告らを始めとする北教組の組合員が互いに意思を通じて全道一斉に敢行した本件争議行為が教育現場に与えた影響は,多大なものであったと推認することができる。
確かに,本件争議行為は,始業時刻から1時間30分以内という比較的短時間の同盟罷業であったが,その間教師不在のため,多数の児童,生徒の授業に支障を生じさせたことはそれ自体重大であり,児童,生徒らは,憲法26条により保障された教育を受ける権利を不当に侵害されたといえる。
この点について,原告らは,各学校の授業計画は,学校行事,天災,事故,教職員の出張,病気等による一時的停廃のあり得ることを見込んで立てられたものであるから,臨機応変な修正,変更が可能であると主張する。しかしながら,原告ら教職員があえて違法な争議行為に参加して児童,生徒らに対する授業を積極的に放棄しておきながら,その責任を回避するために授業計画の弾力的性格を援用することは,上記弾力的性格が認められる本来の趣旨にもとるものといわなければならない。
エ 処分基準の公平性について
原告らは,本件各処分の内容が,昭和41年の「10・21闘争」以降の争議行為による処分の内容と著しく異なることを挙げ,処分基準が不明確であると主張する。
しかし,違法な争議行為が行われた場合に,厳しい処分を行うか,あるいは緩やかな処分にとどめるか,幹部のみを処分するか,あるいは一般参加者も処分するか等については,懲戒権者の裁量に委ねられているというべきであり,懲戒権者は,公務員関係の秩序を維持する観点から,具体的事案に応じて諸般の事情を総合的に考慮してこれを決すべきである。そして,年度等が異なれば労使関係を始めとする具体的事情が異なってくるのは当然であるから,年度によって処分基準が異なることの一事をもって,処分基準が不明確であるなどとはいい難い。
そして,別紙処分内容対比表を検討するに,本件争議行為と昭和41年の「10・21闘争」,昭和42年の「10・26闘争」,昭和43年の「10・8闘争」とをそれぞれ比較すると,闘争の内容も異なっていることに加え,上記争議行為に対して別紙処分内容対比表記載のとおりの懲戒処分が行われたにもかかわらず,北海道における参加者数は年々増加して本件争議行為においては2万人を超えるに至り,参加率も年々増加して本件争議行為においては68.3パーセントに達したこと,前記認定事実のとおり,文部省や被告が,事前に,争議行為の参加者等に対しては従来にない厳正な態度で対処する旨の警告を度々発したにもかかわらず本件争議行為が敢行されたこと等の諸事情に鑑みれば,本件各処分の内容が,昭和41年の「10・21闘争」以降の争議行為による処分内容と異なっていることをもって,懲戒権の逸脱ないし濫用があったとまでは認めることができない。
オ 被告の職場事情通暁性について
原告らは,平素から職場の事情に通暁していない被告には,適切な懲戒処分を行うことができないと主張する。しかし,平素から職場に常駐して職場の事情に通暁していなくても,懲戒処分を行うに当たり,事情に通暁した者から報告を受ける等の適切な方法により,懲戒処分を行う上で必要な情報を収集の上,要考慮事項を総合的に判断することができることは明らかであるから,原告らの上記主張は採用できない。
カ 被告の背信性について
また,原告らは,北海道当局が,人事院勧告に準拠した人事委員会勧告を完全実施しないでおきながら,その完全実施を求める同盟罷業の参加行為に対して懲戒処分を行うことは背信的であると主張する。
しかし,前記のとおり,本件争議行為の当時,人事院勧告が年々完全実施に近づきつつあり,本件争議行為直前の閣議決定において,実施時期が勧告より1か月遅くなるものの更に完全実施に近づいた上,政府において,翌昭和45年度には勧告を実施時期の点も含めて完全に実施する旨言明しており,北海道においても人事院勧告に準拠した人事委員会勧告が出され,実施されてきた経緯があるという事情を考慮すると,本件各処分が,原告らが主張するような背信性を帯びるものとまでは認め難い。
キ 本件各処分の過酷性について
原告らは,本件各処分は,過酷な経済的制裁といわざるを得ないと主張する。
しかし,本件各処分は,いずれも戒告という懲戒処分の中でも最も軽い処分であり,事実上昇給延伸という不利益を伴うものではあるが,その他の免職や停職等の処分に比べれば,不利益の程度は大きくはないということができる。
しかも,前記認定事実のとおり,本件争議行為以前に,被告らが,本件争議行為の参加者等に対して従来にない厳正な態度で対処する旨の警告を度々発していることに鑑みると,原告らは,本件争議行為に参加すれば昇給延伸という不利益等を伴う懲戒処分を受けるかもしれないことは十分に認識した上で,あえて本件争議行為に参加したものと推認することができる。
したがって,本件各処分は,軽微な処分ではないけれども,服務違反行為に対する懲戒処分として必要以上に過酷とまでは認めることができない。
(4) 以上の事情に照らすと,原告ら教職員は,その相当数が日ごろは職務に精励する熱心な教育実践者であり,その困窮した生活状況を少しでも改善すべく,人事院勧告及びこれに準拠する人事委員会勧告の完全実施を求めるという本件争議行為の目的自体は,十分に理解し得るところであり,原告らが単純な一般参加者であったことも併せ考えると,これに対してあえて懲戒処分をもって臨むことの相当性については異論もあり得るところといえようし,将来同様の事態に立ち至ったときに,労働基本権剥奪の代償措置の中核をなす人事院勧告の実施について,政府において可能な限りの努力をすべきことはいうまでもないところではあるが,上記判示の事情を総合勘案してみると,被告において,原告らに対し,本件争議行為への参加を理由として,懲戒処分を行うこととし,その内容として戒告処分を選択したことが,社会観念上著しく妥当性を欠いて懲戒権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したとまで認めることはできない。
また,この他に,本件各処分が懲戒権を逸脱,濫用したものであることを基礎付ける事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件各処分が,いずれも懲戒権を逸脱,濫用したもので違法であるとの原告らの主張は,採用することができない。
5 結論
以上の認定判断によれば,原告らの請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 村田龍平 裁判官 坂田大吾)