大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

札幌地方裁判所 平成9年(モ)1297号 決定 1998年3月20日

債権者

前田建設工業株式会社

右代表者代表取締役

前田靖治

右代理人弁護士

中田克己

債務者

株式会社阿寒グランドホテル

右代表者代表取締役

大西雅之

右代理人弁護士

和田壬三

主文

一  当事者間の札幌地方裁判所平成七年(ヨ)第四七二号不動産仮差押申立事件について、同裁判所が平成七年九月二五日になした仮差押決定の主文中、請求債権額及び仮差押解放金額が金六五〇〇万三一三四円を超える部分を取消し、その余の部分を認可する。

二  右取消しにかかる部分につき、債権者の本件仮差押命令申立てを却下する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を債権者の、その余を債務者の負担とする。

理由

第一  事案の概要

一  本件は、債権者が、債務者との間で平成五年五月一五日締結した工事名「阿寒グランドホテル増改築工事・九四」の工事請負契約についての変更工事契約(追加工事契約を含む)に基づく増額分の請負工事代金請求権金二億三八〇〇万円を被保全権利として債務者所有の別紙物件目録記載の不動産に対する仮差押命令を求め、主文掲記の仮差押決定を受けたが、債務者から保全異議が申し立てられた事案である。

二  前提となる事実

1  債権者は、債務者との間で、平成五年五月一五日、次のとおり工事請負契約を締結した(甲第一号証)。

工事名 阿寒グランドホテル増改築工事・九四

工事場所 北海道阿寒郡阿寒町阿寒湖畔番外地

工期(着手)平成五年五月一五日

(完成)平成六年五月三一日

ただし、土木工事の完成期限は、平成五年一二月一五日

建築工事の内増築部分の完成期限は、平成六年四月二六日

請負金額

(工事価格)金二七億九〇〇〇万円

(消費税額)金七九九五万円

(以下右契約を「本件請負契約」といい、右契約に基づく請負工事を(以下「本件請負工事」という。)。

2  債権者と債務者は、本件請負契約締結と同時に、同契約に関し、次の内容の覚書を取り交わした(甲第二号証)。

(1) 本契約による工事価格は金二七億九〇〇〇万円であるが、債務者の事業計画の予算額は本契約の工事価格を金一億二五〇〇万円下回るため、本契約の仕様変更等による設計変更により合意契約が必要である。

(2) 本契約締結後は、工事の進捗に影響を与えない範囲内で速やかに仕様変更等による設計変更減額を予定する。

(3) 設計変更にともなう請負代金の減額手続(以下「VE案」ともいう。)は、債務者、債権者及び株式会社北海道ミオ設計(以下「ミオ設計」という。)が協議しミオ設計が責任をもって取りまとめを行う。

(4) 本契約に定める工期については、建築工事の内、増改築工事の完成期限は、平成六年四月二六日としているが、この期日については債務者、債権者、ミオ設計の最大限の努力目標工期であって、実質工期は次のとおりとする。

着手 平成五年五月一五日

完成 平成六年六月三〇日

建築工事の内増築部分の完成期限は、平成六年五月三一日

3  債権者は、平成六年六月三〇日までに本件請負契約に基づく工事を完成させ、同日請負にかかる建物を債権者に引き渡した(甲第一〇号証)。

4  債務者は、本件請負契約の工事価格金二七億九〇〇〇万円から、前記2の覚書に基づく仕様変更による減額分金一億二五〇〇万円を差し引いた金二六億六五〇〇万円及びこれに対する消費税相当額金七九九五万円を契約に定められた期限内に支払った(甲第一〇号証、乙第四号証)。

三  本件の争点は次のとおりである。

1  ミオ設計は、債務者から、本件請負工事に関する変更工事契約(追加工事契約を含む)締結の代理権を授権されていたか。

2  本件請負工事に関する具体的な変更工事契約(追加工事契約を含む)は、本件請負契約の契約書に添付された工事請負契約約款(以下「約款」という。)第七条、第二四条及び第二五条に基づき、債務者(発注者)からの設計変更の指示がミオ設計(監理者)を通じて債権者(請負者)に対してあったときに成立するか。

3  本件請負工事に関する具体的な変更工事契約(追加工事契約を含む)が成立しているのはどの工事で、その請負金額の増加額はいくらか。

4  保全の必要性はあるか

第二  争点に対する判断

一  ミオ設計の代理権について

1  甲第一号証及び第一一号証によれば、ミオ設計は、本件請負契約において、本件請負工事の監理者となっていること、約款の第七条一項は、「丙(監理者)は、甲(発注者)の委任を受けて次のことを行う。」と規定し、その事項として「d乙(請負者)の作成する施工図(現寸図・工作図などをいう。以下同じ。)、模型などを検討し、承認すること。e設計図書に定めるところにより、施工について指示し、施工に立ち会い、工事材料および仕上見本、建築設備の機器などを検査または検討し、承認すること。f工事の内容が設計図・詳細図・施工図(以下これらを「図面」という。)、仕様書などこの契約に合致していることを確認すること。g乙(請負者)の提出する部分払または完成払の請求書を技術的に審査し、承認すること。h工事の内容・工期または請負代金額の変更に関する書類を技術的に審査し、承認すること。」などが規定されていることが一応認められる。

しかしながら、約款第七条一項は、監理者の中心的な職責が、工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されているか否かを確認すること(建築士法二条六項参照)にあることから、この職責を果たすために、監理者に請負者の作成する施工図の承認や、その施工について指示する権限を与え、また、右職責に付随して、監理者が、工事の内容・工期または請負代金の変更に関して技術的な側面から意見を述べる権限を定めているに過ぎず、この規定が、監理者に対して、発注者から独立して請負工事契約の契約内容の変更や請負契約に付随する追加工事契約の締結の意思決定をなし得ることまでを認めたものと解することはできないから、約款第七条第一項の規定により直ちに、監理者に対して変更工事契約(追加契約工事を含む)を締結する代理権が授権されたことにはならないというべきである。

2  また、前記第一の二(前提となる事実)2のとおり、債権者と債務者が本件請負契約と同時に取り交わした覚書には、「設計変更にともなう請負代金の減額手続は、債務者、債権者及びミオ設計が協議し、ミオ設計が責任をもって取りまとめを行う。」との条項が定められている。

しかしながら、この条項の文言自体、ミオ設計が、債務者の意思から離れて独立に意思決定ができることまでを認めた趣旨には解釈できないし、さらに、請負金額の減額を生ずる設計変更の場合には、監理者の技術的判断に任せる趣旨でその意思決定を委ねることもあり得ないではないが、請負金額の増加を生ずる設計変更の場合には、発注者側の予算の制約などもあるので、監理者にその意思決定自体を委ねることは通常では考えられないから、右の内容の覚書が取り交わされていることによって、直ちに、ミオ設計が、本件請負工事に関する変更工事契約(追加工事契約を含む)を締結する代理権を授権されていたと認めることもできない。

3  そして、乙第八号証(坂口一美の証人調書)及び参考人坂口一美の審尋の供述中には、「ミオ設計は発注者の代理という考えの下で、ミオ設計の従業員の吉野肇(以下「吉野」という。)に対して請負金額の増加の金額を提示し、それでも吉野が変更工事をやるといった場合には、発注者の返事と思って工事をした。」という旨の記載部分ないし供述部分があるが、これは、債権者の本件請負工事の現場所長である坂口一美(以下「坂口」という。)が、自分の判断でミオ設計が発注者の代理人であると考えていたというものに過ぎず、坂口が、債務者の代表者または吉野から、本件請負工事に関する変更工事契約(追加工事契約を含む)についてミオ設計に代理権が与えられている旨の具体的な話を聞いているというものではないから、右記載部分ないし供述部分によって、ミオ設計が変更工事契約(追加工事契約を含む)を締結する代理権を授権されていたことを認めることはできず、他に、右事実を認めるに足る疎明資料はない。

二  変更工事契約(追加工事契約を含む)の成立要件について

1  約款の第二四条一項は「甲(発注者)は、必要によって、工事を追加しまたは変更することができる。」と規定し、同条三項は「前二項により、乙(請負者)に損害を及ぼしたときは、乙(請負者)は、甲(発注者)に対してその補償を求めることができる。」と規定しているが、これは、請負工事契約においては目的物である工作物は発注者にとってのみ必要なものであることから、発注者に対し、請負工事の内容についての契約変更権を注文者に認める一方、一方的に変更がなされたことによって請負者に損害が発生した場合の損害賠償請求権を請負者に認めたもので、この場合の請求権は、請負者が被った損害の補償であって、請負工事契約の変更に基づく増加の請負代金請求権とはその性質も請求できる範囲も異なるので、約款の右規定は、追加工事契約ないし変更工事契約の成立要件を定めるものではないといわざるを得ない。

なお、約款第二四条及び第二五条は、工事の「追加」と「変更」を並べて挙げているが、当初の請負契約と別個の純然たる追加工事(例えば、建物の建築請負契約の場合に、別棟を追加して発注するといった場合)については、発注者の一方的な意思表示によって契約が成立することにはならないし、また、このような純然たる追加工事の場合にその請負金額が発注者と請負者の間の新たな合意によって決定することは当然のことなので、約款第二四条及び第二五条における「工事の追加」とは、基本的な請負工事契約の範囲内で、当初の設計を変更して建物の機能を追加したり、設備の数を増やしたりすることを指すものというべきである。そこで、以下、「変更工事契約」という場合には、当初の設計や材料を交換的に変更したり、工事の一部を中止したりすることのみならず、右のような意味で工事を追加することも含めて、当初の請負契約の工事内容を変更する契約を指すものとする。

2  約款の第二五条一項は、「つぎの各号の一にあたるときは、当事者は、相手方に対して請負代金額の変更を求めることができる。」と規定し、その事項として「a工事の追加・変更があったとき。」など発注者側の事情による工事内容の変更の外、「d契約期間内に予期することのできない法令の制定・改廃・経済事情の激変などによって、請負代金額が明らかに適当でないと認められるとき。」など請負契約後に事情変更が生じた場合を挙げている。しかしながら、同条第二項は、「請負代金額を変更するときは、工事の減少部分については内訳書の単価により、増加部分については時価によるものとし、甲(発注者)・乙(請負者)・丙(監理者)が協議してその金額を定める。」と規定していて、請負代金の変更にあたっては、発注者と請負者が協議することを前提としており、また、約款二八条一項は、「甲(発注者)が正当な理由なく第一三条(3)、第二四条(4)または第二五条(2)による協議に応じないときに、乙(請負者)が相当の期間を定めて催告してもなお甲(発注者)に解決の誠意が認められないときは、乙(請負者)は、工事を中止することができる。」旨規定し、同条二項は、「前項による工事の遅延または中止期間が、工期の四分の一以上になったときまたは二か月以上になったとき及び甲(発注者)がこの契約に違反し、その違反によって契約の履行ができなくなったと認められるときは乙(請負者)は、この契約を解除することができる。」旨規定していて、発注者が、約款二五条二項の協議に正当な理由なくして応じないことを、請負者による工事中止権又は契約解除権発生の法律要件とするに止めていることを考慮すると、約款二五条一項の規定によって、直ちに、請負者が、その一方的な意思表示によって請負金額を変更させる権利すなわち形成権としての請負代金変更請求権を取得すると解することはできない。

もっとも、約款第二五条一項の各事由のうち、aの工事の追加・変更については、d及びeの当事者双方の責めに帰すことのできない事情の変更と異なり、純然たる発注者側の都合でなされる場合や発注者が請負契約締結の際に請負者に示した設計図書の不備ないし監理者の施工についての不適切な指示を原因とする場合もあるので、このような場合にも、請負者は、発注者との請負代金額の変更の協議が成立しない限り請負代金額の増額を請求できないとすることは、前記の約款第二四条の規定や約款の第一七条第二項の「前項の損害のうち、甲(発注者)または丙(監理者)の責めに帰すべき事由による場合に生じたものは、甲(発注者)の負担とし、必要によって乙(請負者)は、工事の延長を求めることができる。」との規定の趣旨に合致しない。他方、本件のような規模の大きい建物の建築工事においては、工事が進行するにつれて、発注者側から設計段階では予想できなかった部分について設計の一部変更の要望が出されることが多いが、このような場合に、請負者が、発注者側からの工事内容の変更の要望に対して、変更による請負代金の増加の見積書を提出しないままに施工したときにも発注者が時価による請負代金額の増加を請求できるとすると、発注者は、請負代金額の増加の額によっては工事内容の変更を止めたり他のより安価な変更工事を選択することもできたにもかかわらず、その選択ができないままに請負金額の増額を甘受しなければならないこととなって、発注者側の不利益が大きく相当ではない。

3 以上の点を踏まえて、約款の第二四条及び第二五条の内容を合理的に解釈すると、債務者(発注者)からの設計変更の指示がミオ設計(監理者)を通じて債権者(請負者)に対してあったのみでは、直ちに、本件請負工事に関する具体的な変更工事契約が成立したとはいえないが、発注者が請負工事の内容を変更する要望を出したときに、請負者が発注者に見積書を提出するなどして請負金額の増加を求める意思を明示したのに対して発注者が変更工事を着工させた場合や工事内容の変更が設計図書の不備ないし管理者の施工についての指示の不備を原因としている場合には、請負者は、発注者との協議が成立しなくとも時価による請負代金の増額を請求できるものと解するのが相当である。

なお、請負者の提示する見積は必ずしも書面による必要はないので、請負者が発注者に対して口頭で請負金額の増加の見積を伝え、これに対して発注者が変更工事を着工させた場合にも、請負者は、発注者との協議が成立しなくとも時価による請負代金の増額を請求できるものというべきであるが、前記一のとおり監理者にすぎないミオ設計には変更工事契約締結の代理権はないので、請負代金の増額請求権が発生するには、変更工事にあたって請負金額の増加の見積をミオ設計に伝えただけでは足りず、発注者である債務者にもその見積が伝わり、そのうえで発注者が変更工事の着工を決定することが必要というべきである。

三  具体的な変更工事契約の成立について

1  前記二のとおり、請負金額の増加を生じさせる変更工事契約が成立するには、まず、請負者が発注者に対し、変更工事を着工する前に見積書を提出するか、少なくとも口頭で請負金額の増加の見積もりを伝えることが必要であるところ、乙第四ないし第六号証、第三一号証並びに参考人吉野肇の審尋の結果によれば、別表の通し番号二三六番(以下番号のみを記載した場合には右の通し番号を指すものとする。)の八階天窓工事は、工事着工前に債権者から約金七〇〇万円の金額の見積書が債務者に提出されたが、債務者から金五〇〇万円に減額するように要請があり、その金額で双方が合意して着工したことが一応認められるので、この工事についての請負金額の増加額は、金五〇〇万円になるというべきである。この変更工事につき、債権者は、右の見積には天窓の仕上げ工事分の金七五万一〇四八円が含まれていないのでこの金額を別途増加額として請求できると主張し、参考人坂口一美の審尋の供述中にもこれに沿う部分があるが、同参考人も右見積書を提出した時点で、仕上げの分は見積書に含まれていないことを債務者代表者に直接言ったことはないと供述しており、他に仕上げの分が見積書に含まれていないことが債務者代表者に伝えられたことを認めるに足る疎明資料はないので、債権者の右主張を認めることはできない。

乙第四ないし第六号証、第三一号証並びに参考人吉野肇の審尋の結果によれば、六六番の既設館火災報知設備は、原設計には入っていてVE案で取りやめたものを復活したもので、債権者は、工事着工前に、ミオ設計の吉野を通じて当初の見積金額程度の増加の意思を債務者代表者に伝えていたことが一応認められるので、この工事についての請負金額の増加額は、別表記載のとおりの金三一九万五〇〇〇円になるというべきである。

甲第一二号証、第一四号証、第二五号証の一、二、乙第三一号証並びに参考人吉野肇及び同坂口一美の審尋の結果によれば、九六番の客室和室内排気ダクトファンは、原設計にあった客室内の換気扇がVE案で取りやめられていたが、債務者側から客室内で電磁プレートで煮炊きをする構想が出されて換気装置を設置することとなり、債権者は、工事着工前にミオ設計の吉野を通じて金二五〇万円の請負金額の増額の意思を債務者代表者に伝えていたこと、これに対して債務者代表者から見積の減額等の要請がなされないままにダクトファンの工事が施工されたこと、以上の事実が一応認められ、右事実によれば、この工事についての請負金額の増加額は、金二五〇万円になるというべきである。これに対し、債務者は、VE案減額する前の換気扇の金額が金三五万円なので、ダクトファンの工事による請負代金の増加額は右の額となるべきであると主張するが、参考人坂口一美の審尋の結果によれば、客室内の換気装置の復活をした時点で原設計とは客室のレイアウトが変更しており、原設計の客室内の換気扇に比べると、実際に施工したダクトファンは、配管の長さが長くなってコストも高くなっていることが一応認められるので、債務者の主張は採用できない。

甲第一二号証、第一四号証、乙第三一号証並びに参考人吉野肇及び同坂口一美の審尋の結果によれば、九九番の浴室シャワーカランは、債務者代表者からINAX製のものをTOTO製のものに変更するように要請があり、他の部分の蛇口やカランがすべてINAX製でありこの部分のみTOTO製に変更すると割引率が低くなって一個あたり金一万円の差額がでることとなるため、債権者は、工事着工前にミオ設計吉野を通じて請負金額の増額の意思を債務者代表者に伝えたこと、これに対して債務者代表者は、INAX製とTOTO製とで定価にそれほどの差がないので、請負金額の増額は認められない旨をミオ設計吉野を通じて債務者側に伝えたこと、その後増加額についての合意が債権者と債務者の間でなされないままに浴室シャワーカランの変更工事が施工されたこと、以上の事実が一応認められる。そして、このように、変更工事の着工前に債権者から債務者代表者に対して請負金額の増加の意思が伝えられたのに対し、債務者代表者が変更工事を施工させた場合には、債権者と債務者間で協議が成立しなくとも時価による請負代金の増額を請求できるものと解すべきであるから、この工事についての請負金額の増加額は、別表記載のとおりの金三一万三六八〇円になるというべきである。

甲第一二号証、第一四号証、乙第二一号証の一五の中の中川昭道陳述書、第三一号証並びに参考人吉野肇の審尋の結果によれば一七九番の電動カーテンレールは、債務者側から申立外中川設計デザイン事務所長中川昭道(以下「中川」という。)を通じて債権者に設置の打診があったのに対し、債権者が、中川を通じて一箇所あたり金四〇万円、合計で金二〇〇万円の請負金額の増加の意思を債務者代表者に伝え、その後工事が施工されたことが一応認められるので、この工事についての請負金額の増加額は、金二〇〇万円になるというべきである。これに対して、債権者は、電動カーテンレールについては一箇所あたり金四〇万円から金五〇万円程度かかると概算の見積を債務者の依頼で本件請負工事のデザイン関係を担当していた中川に伝え、同人の承諾の下に工事を施工したので、施工後にメーカーから出された見積書に基づく金二七二万円二〇〇〇円(一箇所あたり約金五四万四〇〇〇円)を増加額として請求できると主張するが、工事施工前に債権者から示された金額は概算の見積に過ぎず、実際の増加金額は工事施工後に見積書を提出して決定するという債権者の意思が工事着工前に債務者代表者に伝えられたことを認めるに足る疎明資料はないので、債権者の右主張を認めることはできない。

乙第四号証、第三一号証並びに参考人吉野肇の審尋の結果によれば、二三四番の各所石工事の変更のうち一階大浴場床及び八階大浴場床の各工事については、債権者が、ミオ設計の吉野を通じて、タイルから石に変更する場合の増加金額を債務者代表者に伝えたが、債務者代表者から、石工事の変更については金六〇万円程度しかかけられないとの意向が示されたので、債権者は、吉野と相談の上、その金額の範囲内で石工事を行なったことが一応認められるので、右石工事についての請負金額の増加額は、金六〇万円とするのが相当である。これに対し、債務者は、一階大浴場床及び八階大浴場床などの各石工事の変更分を査定し直すとかえって請負金額の減額となる旨主張し、参考人吉野肇の審尋の供述中には、これに沿う供述部分があるが、右参考人吉野肇の供述部分は、具体的な減額の根拠を示していないので信用できず、債務者の右主張は採用できない。

そして、以上の各変更工事の外には、工事着工前に、債権者から債務者に対して、請負金額の増加の見積書が提出されたり、請負金額の増加の見積もりが伝えられたことを認めるに足る疎明資料はない。

もっとも、甲第一二号証及び第一四号証の吉野作成の各査定書には、表紙に「ホテル側に金額提示したもの」については☆印を丸で囲った記号を付す旨の注が記載され、前項の各工事以外の変更工事にも右の印が付されているものがあるが、右の記載自体、ホテル側に金額が提示された時期を明確にしているものではないし、乙第五ないし第七号証、第三一号証及び参考人吉野肇の審尋の結果によれば、右各査定書は、ミオ設計の代表者が債権者と債務者との間に入って請負代金の変更について仲裁するにあたって、変更工事の詳細につき説明し、双方が合意できる金額を算出するための目安とするために吉野がミオ設計の代表者に提出した同社の内部文書にすぎず、その内容は変更工事の査定が中心で、工事着工前にホテル側に請負金額の増加の意思が明示されたか否かを明確に意識して記載したものではないことが一応認められるので、右各査定書の各変更工事の項目に☆印を丸で囲った記号が付せられている事実のみでは、工事着工前に請負金額の増加の意思が債務者に伝わっていたことを認めるに足る疎明資料とはならないといわざるを得ない。

2  甲第二四号証の一、二、乙第一九号証の七並びに参考人坂口一美の審尋の結果によれば、一八四番のテーブルリフト安全装置は、本件請負契約締結の際に債権者から債務者に示された設計図書(以下「原設計図」という。)には、テーブルリフトの安全装置につき「安全リミッター」の記載しかなかったため、債権者は、扉を開けた状態ではテーブルリフトが作動しない「リミッタースイッチ」のみを設置したところ、本件請負工事完成後に、テーブルリフトが下の階にある状態で扉を開けて食器が入ったワゴンを中に入れて階下に落としてしまったという事故が発生し、債務者側の要請で債権者が、新たに電磁ロック(テーブルリフトがその階にこないと扉が開かない装置)を設置したこと、右テーブルリフトは、内部が3.3平方メートル位の広さのかなり大きなリフトであること、以上の事実が一応認められる。右事実によれば、右テーブルリフトは、ワゴン等の荷物を昇降させる装置ではあるが、人が落ちる可能性もある大きなものなので、安全装置としては電磁ロック等、テーブルリフトがその階にこないと内部に入れない装置が必要であるにもかかわらず、原設計図には「安全リミッター」のみが記載され、電磁ロックなどの安全装置の記載がなかったことが原因で電磁ロックを設置する変更工事が行われたのであるから、債権者は、変更工事施工前に請負金額の増加を求める意思を債務者に明示していなくとも、債務者に対して右電磁ロック設置工事の時価相当額である金五二万円の請負金額の増額を請求できるというべきである。

甲第二三号証の一ないし九、乙第一六号証の一二並びに参考人坂口一美の審尋の結果によれば、一八七番の井水槽増設工事は、原設計図では、飲料水以外の風呂、トイレ等に使用する水(ピーク時で毎分八〇〇リットルが必要)を確保するため、井戸と井水槽を各一箇所新設することとしていたが、実際に掘った井戸からの揚水量が毎分一六〇リットル程度に止まったため、使用量の少ないときに井戸水をためて使用のピーク時に備えるため、債務者側の要請で、井水槽を一箇所増設したものであることが一応認められ、右事実によれば、この変更工事は、原設計図における井戸の揚水量の予測の誤りを原因とするものであるから、債権者は債務者に対して、右井水槽増設工事の時価相当額である金九一万三二〇〇円の請負金額の増額を請求できるというべきである。これに対し、債務者は、原設計図では井戸を建物の中に掘ることになっていたのに、債権者は、施工上の都合から建物の外に井戸を掘り、その結果、建築工事用のシートパイル(鋼矢板)を固定するためその外側の地中に打ったアンカーの凝固剤の影響で揚水量が不足することになったので、揚水量の不足の責任は設計者にはない旨主張するが、甲第二三号証の一ないし九及び参考人坂口一美の審尋の結果によれば、債権者が掘った井戸の用水ポンプの位置は地下約三六メートルであるのに対し、シートパイルのアンカーの位置は地下約一〇メートルであり、凝固剤もその程度の深さにしか注入していないことが一応認められるので、凝固剤の揚水量に与える影響はあったとしてもごく僅かであり、原設計図のとおりに建物の中に井戸を掘ったとしても揚水量の不足に変わりはなかったと推定できるので、井水槽増設は、原設計図の揚水量の予測の誤りを原因とするものといわざるを得ず、債務者の右主張は採用できない。

甲第二〇号証の一ないし一二並びに参考人坂口一美の審尋の結果によれば、一八九番の避難誘導路工事は、原設計図には、非常口二箇所の記載があったがいずれも一階地盤面と地続きとして記載されていたが、工事施工中に実際には地盤面は約1.5メートル下方にあり、一箇所は真下に川が流れ、他の一箇所も河川敷で敷地境界は出入り口から約0.15メートルの幅しかないことが判明したため、債務者側の要請で、新たに河川敷の情報部に建物から張り出す形で避難誘導路を設置したものであることが一応認められ、右事実によれば、この変更工事は、原設計図において建物の床面と外部地盤面との段差が明確に記載されていなかったことを原因とするものであるから、債権者は債務者に対して、右避難誘導路工事の時価相当額である金五九〇万円の請負金額の増額を請求できるというべきである。これに対し、債務者は、原設計図には、河川敷に石を置き、盛り土をするという方法で一階ラウンジが河川敷に通じるように表現されているのに、債権者が、本件請負契約締結の際に設計者であるミオ設計に問い合わせることもなく、一階ラウンジと河川敷との間に段差がないものと判断して避難路について見積もらなかったのであるから、避難誘導路の新設について設計者には責任はない旨主張するが、甲第二〇号証の四の原設計図の建物立面図には、一階ラウンジの非常用出口の左側に丸い岩のようなものが多数記載されているものの、この岩状のものは非常出口の先にある露天風呂石組みと区別されずに表現されているので、この図面からは河川敷に盛り土をして避難路を確保する意図を読みとるのは困難であるし、そもそも公有地である河川敷に岩を積み上げて河川の幅を狭めること自体、河川管理者である阿寒町の許可が下りない可能性が高いことが予想されたにもかかわらず、その可否について阿寒町に確認しないまま、許可が下りることを前提として避難路を確保するという設計自体が相当とはいえないので、債務者の主張は採用できない。

乙第一六号証の一八並びに参考人吉野肇及び坂口一美の審尋の結果によれば、二三七番の既設煙突工事は、原設計図には既設建物の宴会場の二階屋上にある煙突が記載されておらず、債権者が、原設計図に基づいて増築棟の施工図(躯体図)を作成して鉄骨製品を作った時点で増築棟の壁面が右煙突にぶつかることが判明したため、監理者であるミオ設計の承諾を得て既設煙突の変更及び延長工事を行ったものであること、増築棟の壁面が既設煙突にぶつかることになった原因は、ミオ設計が増築棟の原設計図を作成するについて、既設建物の寸法を実測せず、ミオ設計自身が以前に既設建物の設計をしたときの設計図の寸法を基礎にして増築棟の設計をした点にある可能性が高いことが一応認められ、右事実によれば、この変更工事は、原設計図の不備を原因とするものであるから、債権者は債務者に対して、右既設煙突工事の時価相当額である金五八四万八〇八五円の請負金額の増額を請求できるというべきである。これに対し債務者は、原設計図と実際の現地の地勢や既設建物との符合を調査するのは施工業者の義務なので、既設煙突と増築棟がぶつかったことについて設計者には責任はない旨主張するが、建築請負契約は、本来設計図書どおりの建物を建築することを請け負う契約であるから、施工業者には、原設計図と実際の現地の地勢や既設建物との符合を調査する義務まではないというべきであり、債務者の主張は採用できない。

3  乙第二号証、第一一号証並びに審尋の全趣旨を総合すると、債権者と債務者は、本件請負工事完成後、変更工事に伴う請負代金の増額及び減額についての話し合いの機会を多数回持ち、その過程で債権者は別表の「請求額」欄記載のとおりの、債務者は別表の「被告準備書面」欄記載のとおりの請負代金の増額及び減額の主張をしていることが一応認められ、右事実によれば、債権者が請負代金の増額請求をしているもののうち、債権者が債務者に対して増額請求権を有すると解される前述の第一項、第二項記載の各変更工事以外の変更工事については、別表の「被告準備書面」欄でプラス表示で記載されている金額の範囲内で、債権者と債務者との間で事後的に請負金額の増額の合意が成立しているというべきである。他方、債務者が減額請求をしている変更工事については、別表の「請求額」欄でマイナス表示で記載されている金額(ただし、一五二番の「値引き」分の金八七万七四七〇円を除く)の範囲内で減額の合意が成立しているが、それ以外の減額請求については合意が成立していないというべきである。

したがって、本件請負工事に関する変更工事契約に基づき債権者が債務者に対して請求し得る金額は、別表の「被告準備書面」欄のプラス表示分(ただし九六番の客室和室内排気ダクトファンについては金三五万円を金二五〇万円に、一七九番の電動カーテンレールについては金一五〇万円を金二〇〇万円にそれぞれ変更)の合計額金六二二五万六二二六円に九九番の浴室シャワーカランの金三一万三六八〇円、一八四番のテーブルリフト安全装置の五二万円、一八七番の井水槽増設工事の金九一万三二〇〇円、一八九番の避難誘導路工事の金五九〇万円、二三四番の各所石工事の変更の金六〇万円及び二三七番の既設煙突工事の金五八四万八〇八五円を加えた金七六三五万一一九一円から、別表の「請求額」欄のマイナス表示分の金額(ただし、一五二番の「値引き」分の金八七万七四七〇円を除く)合計金一一三四万八〇五七円を控除した金六五〇〇万三一三四円になるというべきである。

四  保全の必要性について

甲第六ないし第九号証、乙第三四号証、第三五号証の一ないし一五、第三八号証の一ないし三並びに審尋の全趣旨を総合すると、債務者は、本件仮差押の対象物件である別紙物件目録記載の建物その他の不動産を所有しているが、いずれも多額の抵当権が設定されていて余剰価値に乏しいこと、債務者は、平成九年三月三一日決算期(第四一期)には金六一一〇六六九三円の経常利益を計上しているが、前期繰越欠損金五五八二万七三四七円を控除すると次期繰越金は金五二七万九三四六円に過ぎないこと、債務者の右四一期の貸借対照表には合計金四七億一七五六万二八一二円の資産が計上されているが、他方で長期借入金四二億九八七七万二二〇〇円の長期借入金など合計金四六億六二二八万三四六六円の負債があって余剰資産は金五五二七万九三四六円程度であること、債務者の過去一六年間の決算で経常赤字を出したのは昭和五八年三月三一日決算期と平成六年三月三一日決算期のみであるが、債務者はホテルの集客能力を維持するために数年に一度は大規模な設備投資をする必要があり、今後も赤字決算となる可能性があること、以上の事実が一応認められる。

他方、乙第一五号証、第三九号証ないし第四一号証によれば、債務者は、債権者に対して金二八三〇万一九九七円の弁済供託をしていること及び債務者は平成九年一一月三〇日の時点で借入れのない三井信託銀行に金二億二〇〇〇万円の定期預金を有していることが一応認められるが、弁済供託は仮差押解放金の供託と異なり、債権者が供託を受諾するまでの間は供託者においていつでも取戻しができる点や、前述の債務者の財務状況に照らせば定期預金についても払戻しがなされる可能性も否定できない点を考慮すると、債務者が、現時点で右の供託金取戻請求権や預金債権を有しているとしても、本件の被保全権利として認定された金六五〇〇万三一三四円の請負工事代金請求権の将来の強制執行を担保するには足りないといわざるを得ず、仮差押えの保全の必要性が認められるというべきである。

四  結論

以上のとおり、債権者の請求債権のうち、金六五〇〇万三一三四円についてはその存在の疎明があり、保全の必要性も認められるが、それを超える額については被保全権利の疎明がないので、本件仮差押決定の主文中、請求債権額及び仮差押解放金額が金六五〇〇万三一三四円を超える部分を取り消し、その余の部分を認可し、右取消しにかかる部分の仮差押命令申立てを却下することとして主文のとおり決定する。

(裁判官中山幾次郎)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例