札幌地方裁判所 平成9年(ワ)1477号 判決 2002年8月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,4381万4507円及びこれに対する平成8年5月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告と保安管理業務委託契約を締結している被告の保安担当者が,原告のa作業所における電気工作物に対する年次点検の結果,電気配線回路中に絶縁不良箇所があることを発見したのに,原告に対して絶縁不良箇所の改修指示をしなかったため,絶縁不良箇所の漏電により火災が発生して,a作業所の施設が焼損したとして,原告が,被告に対し,保安管理業務委託契約上の債務不履行に基づく損害の賠償を請求した事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実以外は証拠を併記)
(1) a作業所は,北海道虻田郡a町字bcd番地に所在し,原告は,同作業所において,道路舗装に使用されるアスファルト合材を製造している。
(2) a作業所におけるプラント施設は,昭和56年に設置されたものであり,その配置状況は,別紙1(添付省略)のとおりとなっていた。すなわち,敷地西側が正面入口で,町道a・b線に面しており,正面より左側(北側)に骨材タンクが大小3体縦(東西方向)に並び,正面入口右側(南側)には屋外配電盤(以下「配電盤」という。)が設置され,その後方(東側)に,アスファルト合材の骨材を加熱し混合するための重油式バーナー,ドライヤー,ミキサーが配置されており,重油式バーナーの燃料である重油は,骨材タンクの左後方の屋外タンク貯蔵所(容量2万0000リットル)に貯蔵され,埋設配管と露出配管とで接続されて供給されている(乙8の4)。プラントの中央部分は,上部に操作室(2階)があり,その下はトラックの通路となっており,操作室の後方と上部(3階)にモーターが設置され,ここで骨材を混ぜて,このモーターの下にトラックを止めて,その荷台にアスファルト合材を積み下ろす作業が行われる(乙8の4)。
(3) プラントの動力は,電気であり,配電盤の右側(南側)に設置されている変電設備(キュービクル)により受電された電圧6600Vの電気は,同設備によって200Vまで低下させた上で配電盤に送られ,同所からモーターやドライヤーなどの各機械へ配線を伝って送られ,各機械の作動は,操作室内の操作盤の操作により行う仕組みになっている(乙8の4)。
配電盤上の電気配線は,配電盤の後方(東側)下部の土中に埋められた西から東の方向に敷設されているコンクリート製U字溝(以下「コンクリートトラフ」という。)内の土砂堆積の中を通って地上に出たうえ,配電盤と重油式バーナーとの間に左右(南北)にコンクリートトラフと垂直に交わるように敷設されたケーブルラックの中を通り,操作室その他のプラントの各機械へつながっている(乙8の4,17,19)。ケーブルラックは,鉄製の枠に鉄蓋をしたものであり,コンクリートトラフとケーブルラックとの交差部(以下「交差部」という。)から右(南側)に約2メートル延びたところで後方(東側)に垂直に折れ曲がり,後方に延長されている(乙8の4,17,19)。
(4) 原告は,被告との間で,平成2年2月26日,原告所有の自家用電気工作物について,次のような保安管理業務委託契約(契約番号・e-166号)を締結した(乙1)。
対象事業所 a作業所
委託業務の範囲 原告の保安規程(乙2)及び被告の保安業務受託規程(乙3)により被告の行うべき保安管理業務
保安管理業務の内容
月次点検(毎月1回)
年次点検(毎年1回(全停電のうえ実施))臨時点検(異常の発生又はその発生するおそれがある場合)
不良箇所の改修指示,助言(必要の都度)
その他
(なお,被告が行う保安管理業務は,「保安管理業務の細目及び基準」によるものとし,点検測定試験結果及び指示助言する事項は,記録表等に記載して,原告又は原告の定める電気保安責任者に通知することとされている)
契約の有効期間 平成2年4月1日から平成3年3月31日までとし,当事者双方に異議がないときは,以後1か年ごとに延長される。
(5) 平成8年5月10日,被告の職員によってa作業所設置の電気工作物に対する年次点検(以下「本件年次点検」という。)が行われた。
(6) 被告の職員は,同月17日,本件年次点検の結果を記載した年次点検記録表(乙5の1ないし3)をa作業所に持参したが,同記録表に添付の低圧関係絶縁抵抗測定の表中に,次のとおり4か所が絶縁抵抗不良である旨の記載がなされていた。
ア キュービクル内の骨材フィーダ照明回路
絶縁抵抗(MΩ)大地間 0・05
結果×(不良)
イ 配電盤正面右側の「Mgs(マグネット・スイッチ)上左より1」の回路(MC41A)(以下「MC41A」という。)
絶縁抵抗(MΩ)大地間 0・01
結果×(不良)
ウ 配電盤正面右側の「Mgs上左より2」の回路(MC41B)(以下「MC41B」という。)
絶縁抵抗(MΩ)大地間 0・02
結果×(不良)
エ 配電盤裏面右側の「Mgs中左より3」の回路(MC11)(以下「MC11」という。)
絶縁抵抗(MΩ)大地間 0・2
結果×(不良)
(7) 平成8年5月20日午後11時40分ころ,原告の下請業者であるA環境整備株式会社(以下「A環境整備」という。)の従業員らによって,a作業所のプラント施設から火炎が吹き上がっているのが発見され,急報により駆けつけた消防隊による消火活動がなされた結果,同月21日午前0時8分,鎮火した(以下「本件火災」という。乙8の2ないし4)。
(8) 焼損状況の概要は,次のとおりであった。すなわち,配電盤及び交差部における配線が激しく焼け,ケーブルラックにおいても,交差部から右(南側)ないし後方(東側)にかけての配線が焼けるとともに,交差部から左(北側)にかけての配線が焼けており,交差部の北側は,配線を伝って鉄柱から2階操作室の南側外壁及び東側外壁にかけて焼け,鉄柱に設置された配線等も焼けている。また,ドライヤー及びバーナーの南側に東から西にかけて重油管が設置され,バーナーの西側でフレキシブル管に接続してバーナーに重油が供給されるようになっているところ,フレキシブル管の所々が焼けて穴があいていた(乙8の4)。
3 争点
(1) 本件火災の出火原因
(原告)
ア 本件火災は,本件年次点検において絶縁抵抗不良とされたMC41A及びMC41Bに接続していたアスファルトパイプラインヒーター2回路(以下「パイプラインヒーター2回路」という。)の配線が漏電したため,以下の(ア)又は(イ)のようにして交差部の配線の絶縁被覆材が燃焼して発生したものである。
(ア) パイプラインヒーター2回路の配線は,絶縁被覆材が経時的に劣化していて絶縁不良が生じていた。そして,本件火災当時,タンク内のアスファルトの凝固を防ぐため,パイプラインヒーター2回路に通電されていたが,変電所に近いa作業所において,電気の需要が低下する深夜の時間帯に,交差部におけるパイプラインヒーター2回路の配線が,漏電による短絡によってスパークし,その熱により配線の絶縁被覆材が加熱されてグラファイト化し,その進行により電流が増加して発熱・発火し,その火炎が交差部における他の配線に燃え移って,リサイクルキット回路の配線に延焼した。リサイクルキット回路の配線は,主遮断器であるNFB0ブレーカー(以下「NFBブレーカー」という。)の端子バーから分岐用ブレーカーを設置せずに直接接続配線され,同配線には前記端子バーから通電されていたため,上記ブレーカーが作動するまでの間に,ケーブルラック内からコンクリートトラフ内,更に配電盤内へと瞬時にリサイクルキット回路の配線に短絡が発生し,その高熱によってリサイクルキット回路の配線が配電盤の裏面(東側)で燃え上がり,その火炎が配電盤裏側の全配線の絶縁被覆材に延焼して強い火力で燃え出し,配電盤の上部と下部の隙間から火炎が配電盤の正面に回り,配電盤の正面(西側)の全配線の絶縁被覆材に次々と引火した。
(イ) a作業所では,タンク内のアスファルトの凝固を防ぐため,平成8年5月16日から本件火災が発生した同月20日までの昼夜間を通じて,パイプラインヒーター2回路の配線に通電を続けていた。同2回路の配線は,絶縁被覆材が経時的な材質の劣化を来していたため,交差部における絶縁不良箇所から長時間に及ぶ漏電が生じていた。この状態が継続することによって,傍らにあるケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等の伝導体に橋絡し,加熱が生じた。このため,鉄枠・鉄蓋等と接触しているケーブルラック内の配線の絶縁被覆材が炭化し,炭化した電線被覆材が更に継続的に加熱されることにより発火した。そして,その火炎がケーブルラック内に密集した他の電線に延焼したうえ,その火炎が更に配電盤内に燃え移った。
なお,本件火災時に,MC41A及びMC41Bに接続されていた漏電ブレーカーELB41(以下「ELBブレーカー」という。)が作動しているが,絶縁不良箇所からの漏電によって,5日間にわたり地絡が生じていた時点では,ELB41は作動することなく,漏電によるケーブルラックの鉄枠,鉄蓋等の加熱により,配線の絶縁被覆材の燃焼によって短絡が発生し,配線が溶断した時点ではじめてELB41が作動したものである。
イ 被告は,交差部の配線から出火したとすると,それよりも負荷側である東側のケーブルラック内の配線に多くの溶融・溶断痕が発生するはずがない旨主張するが,これらの溶融・溶断痕は次のとおり発生したものである。すなわち,出火の際,火はケーブルラック内の多数の配線にも延焼したが,配線はケーブルラックの鉄枠・鉄蓋によって遮蔽されていたために,ケーブルラック内部では延焼は継続しているものの,燻る程度で火炎を上げるまでには至らなかった。しかし,交差部から配電盤内に燃え移った火が配電盤の内部を完全に焼損したうえ,その強い火炎が配電盤裏側下部から外に吹き出し,付近にあった前記フレキシブル管を焼いた。そして,同管に穴があいたことにより重油が漏れ出し,これに着火したため,次第にケーブルラック内の配線の火勢が高まり,東側ケーブルラック内の配線に絶縁破壊による短絡が発生して溶融・溶断痕が生じたのである。
ウ 被告は,パイプラインヒーター2回路の配線の絶縁被覆材は難燃性であるから,絶縁被覆材に着火し燃焼することはあり得ない旨主張するが,上記配線は製造されてから16年間使用されてきたもので,経時的な変化により絶縁抵抗が低下していたものであり,実際に配電盤北側の操作室への立ち上がりダクト内のグループケーブルも絶縁被覆材が焼け焦げ,ケーブルの燃焼により操作室まで延焼しているのであるから,パイプラインヒーター2回路の配線の絶縁被覆材が着火することは十分に考えられる。
エ 被告は,重油から発火,引火した可能性を指摘するが,重油への着火によって火災が生じることは,本件火災当時の気象状況からして想定し難いといわざるを得ない。すなわち,通常重油に着火するという現象は,液化している重油そのものに火が着くというものではなく,一定の温度に達した重油が気化し,気化成分濃度が高い場合に,これが着火温度以上の高温の熱源に触れることにより火が着くというものであるところ,本件火災のあった平成8年5月20日午後11時30分ころの天候は小雨で,気温は摂氏5度,湿度92パーセントという気象状況であり,空気中の重油が気化する成分濃度は極めて低い状態であったと推定されるから,重油に着火したとは考え難い。
また,キュービクルの裏側(東側)が相当広範囲に煤けているとしても,本件火災で配線の絶縁被覆材や漏洩した重油が燃焼し,その際に発生した熱と燻煙により煤けたとも考えられ,被告主張のように,重油の漏洩がキュービクル近くにまで達していたとは推認できない。
重油が漏洩したのは,配電盤裏側下部から激しく吹き上げる火災とラック内のケーブル燃焼によって,重油のフレキシブルゴム管が焼けて穴が開いたためであり,出火前に重油が漏洩した証拠は全く見あたらない。
(被告)
ア 本件火災により,東側ケーブルラック内の配線に多くの溶融・溶断痕が生じていたことからすると,本件火災は,何らかの原因で発生した火災が東側ケーブルラックを燃燬した後,交差部付近から配電盤内へと延焼したものといわざるを得ない。原告の主張のように交差部の配線から出火したとすると,それよりも負荷側である東側ケーブルラック内の配線に多くの溶融・溶断痕が発生するはずはない。
イ 原告は,パイプラインヒーター2回路の配線の絶縁被覆材が短絡によるスパークの熱によって燃え上がった旨主張するが,同配線を含めた配線のの絶縁被覆材は,極めて着火し難い材質でできており,漏電による加熱等のため,絶縁被覆材が着火し,延焼するということはおよそ考えられない。
また,原告は,ケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等の加熱により配線の絶縁被覆材が発火した旨主張するが,上記のとおり,極めて難燃性の高い配線の絶縁被覆材に着火させるほど,鉄枠等を加熱させる電流であるにもかかわらず,NFBブレーカーが作動しないということは,電気技術的に考えられない。
ウ 以上に照らすと,原告の主張するパイプラインヒーター2回路の絶縁不良を原因とする出火は考えられない。出火の原因は,必ずしも明らかではないものの,現場の状況からして,重油から発火した可能性が否定できない。すなわち,本件火災後,現場に重油式バーナーの燃料に使用する重油が漏洩していたが,キュービクルの裏側(東側)が,相当広範囲に煤けていたことや被告による実験結果をあわせると,その流出量は,消防署が推定している給油管内量である約60リットルを超えており,配線等が燃焼する前に多量の重油が漏洩していたことが考えられる。そして,a作業所は,屏や柵による囲いがなく,夜間において第三者が容易に出入りできることを考えると,重油が故意又は過失によって引火した可能性は否定できない。
(2) 被告の債務不履行(保安管理業務の不完全履行)
(原告)
被告は,原告との保安管理業務委託契約に基づき,a作業所の自家用電気工作物に対する月次点検,年次点検等により,電気工作物の点検,測定及び試験を定期的に行い,通商産業省令で定める技術基準に適合しない事項があるときは,必要な指導,助言を行うことを義務づけられている(保安業務受託規程第12条)。
本件年次点検を担当した被告の保安担当係員B(以下「B係員」という。)は,低圧関係の絶縁抵抗を測定した結果,屋外キュービクル内の骨材フィーダー照明回路,MC41A,MC41B及びMC11に,上記技術基準第14条1項で要求されている絶縁抵抗値を極端に下回っている絶縁不良箇所があることを発見したのであるから,a作業所の電気工作物に事故が発生するのを未然に防止するため,速やかにa作業所に対し,巡視点検処理表により絶縁不良箇所の改修指示をするなどしなければならないのに,何らその措置を講じなかった。
しかも,B係員が平成8年5月17日に持参した年次点検記録表(乙5の1)に添付の低圧関係絶縁抵抗測定(乙5の2,5の3)の表中の結果欄に×印が付いていたため,原告の基幹要員C(以下「C基幹要員」という。)が,大丈夫かと念を押して聞いたところ,B係員は,大丈夫であると断言すらしていたのである。
そして,同日以後本件火災発生までの間,被告からa作業所に対しては,巡視点検処理表に基づく改修指示の通知等は全くされなかった。
以上のとおり,被告の被用者である保安担当者は,本件年次点検の結果,電気配線回路中に絶縁不良箇所があることを発見したのであるから,原告に対し,当該絶縁不良箇所の改修を指示する保安管理業務委託契約上の義務があったにもかかわらず,原告の職員に対し,絶縁不良箇所の改修指示をせず,かえって電気工作物をそのまま使用して差し支えない旨述べたため,原告は,被告の保安担当者の説明のとおり電気工作物を安全に使用できるものと信じて操業を開始したところ,本件年次点検で発見されていた絶縁不良回路であるパイプラインヒーター2回路の漏電により本件火災が発生するに至ったものであるから,本件火災は,被告の保安管理業務委託契約上の義務の不完全履行に起因することは明らかである。
(被告)
本件年次点検は,B係員及び被告のe出張所のD所長によって行われた。B係員は,平成8年5月10日午後1時30分ころから1時間をかけて点検測定を行ったが,点検時にa作業所の原告職員が不在であったため,A環境整備のEが,原告職員に代わって同点検に立ち会った。そして,B係員は,点検測定作業を終了した後,Eに対して,キュービクル内骨材フィーダー照明1回路,配電盤内パイプラインヒーター2回路の計3回路に絶縁不良がある旨指摘し,配電盤内パイプラインヒーター2回路については,配電盤の扉を開き,ELBブレーカーの下にある電磁開閉器MC41AとMC41Bを指で示し,この2回路が絶縁不良であると明確に説明し,また,キュービクル内骨材フィーダー照明回路の絶縁不良については,当日は雨であったため,キュービクルプラント上方投光器用コンセントに多少の雨水が浸入したことによる一時的な絶縁不良が発生した可能性も考えられたので,その旨説明し,Eは,後で調査する旨述べた。
B係員は,同月17日,本件年次点検実施の結果について,年次点検記録表をC基幹要員に提出し,原告との保安管理業務委託契約に基づく絶縁不良箇所の通知を行った。その際,B係員は,C基幹要員が電気についての知識を十分有していない様子であったため,同基幹要員に対して「5月10日の年次点検後,Eさんによく説明をしておきました。骨材フィーダー照明回路の絶縁不良については,コンセントに雨水が浸入した形跡があり,これによる一時的な絶縁不良が発生したと考えられます。」と説明したが,絶縁不良箇所全部について,「大丈夫です。」などと述べてはいない。
以上のとおり,B係員は,本件年次点検の結果に基づき,原告の担当者に対し,絶縁不良箇所がある旨を具体的に説明しているのであり,保安管理業務委託契約上の義務を履行している。
なお,原告の保安規程15条によれば,原告は,「巡視,点検,および測定試験の結果,通商産業省令で定める技術基準,その他の法令に適合しない事項が判明したときは,当該電気工作物を修理し,改造し,移設し,またはその使用を一時停止し,もしくは制限する等の措置を講じ,常に技術基準その他の法令に適合するよう維持するものとする。」となっているから,原告は,前記絶縁不良箇所の説明を受けた以後は,同条に基づき,前記絶縁不良箇所につき,原告において速やかに改修等の対策を講ずる義務を負担するに至ったものである。
(3) 損害
(原告)
ア プラント設備の復旧費用 2800万円
AP配電盤,AP計量操作盤,AP動力操作盤,印字記録計,NBバーナー,骨材フィーダー制御盤及びAP本体部品等の取替設置費用
イ アスファルト合材の生産・販売不能による損失(ただし,火災発生の平成8年5月20日以後,プラント設備の復旧が見込まれる同年11月末までの間の損失) 1151万4507円
(ア) 他社への販売不能による逸失利益(販売予想数量5900トン)
920万6200円
(イ) 他社からの購入による損失(自社生産の場合との差額)
230万8307円
ウ a作業所休業による経費損失 180万円
(ア) ショベルの借上げ契約解除による損害賠償
120万円
(イ) 下請会社雇用のプラントオペレーターの人件費補償
60万円
エ 弁護士報酬 250万円
オ 損害合計 4381万4507円
(被告)
原告の損害の発生に関する主張は,いずれも不知。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件火災の出火原因)について
(1) 証拠(甲8ないし12,乙7ないし13,16ないし31,34,証人E,証人B,鑑定)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア a作業所においては,本件火災当日である平成8年5月20日,合計30分程度のプラント稼働があったにすぎず,同日午後4時30分ころには操作室のスイッチが切られた。ただし,アスファルトの凝固を防止するため,パイプラインヒーター2回路のスイッチは切られておらず,また,動力回路は,操作室のスイッチが切られても通電されている仕組みとなっていた。なお,パイプラインヒーター2回路の配線は,昭和56年に本件プラントが設置されて以来,取り替えられた形跡はない。
配電盤からの配線の回路は,別紙2(添付省略)のとおりであり,配電盤裏側(東側)には,主遮断機であるNFBブレーカーからリサイクルキット回路,ドライヤー,ミキサー,排風機等へ各動力回路が接続され,配電盤正面側(西側)には,NFBブレーカーからELBブレーカーを経てパイプラインヒーター2回路等が接続されていた。そして,これらの配線は,配電盤下のピットを経て,コンクリートトラフの土砂堆積部分を通り,交差部においてケーブルラック中(地面上に簡易な鉄枠を設け,鉄蓋をかぶせたもの)に出たうえ,ケーブルラック中を通り各機械に接続されていた。なお,配電盤とケーブルラックとの間隔は,約80センチメートルであった。
NFBブレーカーの性能は,定格電圧AC550(220)V,定格電流800,700A,定格遮断電流150kA(220V),過電流動作特性「1万A以上で瞬時遮断」,最大全遮断時間0.021秒以内,電流引きはずし方式「熱動-電磁」,動作種別「過電流・短絡・熱保護兼用」というものであり,ELBブレーカーの性能は,定格電圧AC200V,定格電流100A,定格感度電流200mA(タップ使用),漏電時遮断動作時間0.3ないし1.6秒以内,過電流動作特性「1500A以上で瞬時遮断」,最大全遮断時間0.02秒以内(1500A以上),定格遮断電流50kA,電流引きはずし方式「熱動-電磁」,動作種別「過電流・短絡・高周波サージ」というものであった。
イ 本件火災後の配線等の燃燬状況をみると,配電盤の正面側及び裏側並びにケーブルラック中の配線の絶縁被覆材は焼け落ちているが,配電盤裏側下のピット及びこれに続くコンクリートトラフの土砂堆積部分の電線は燃燬した形跡がない。パイプラインヒーター2回路は,交差部において何か所か溶融・溶断痕が生じており,リサイクルキット回路は,配電盤裏側において2か所,交差部において2か所の溶融・溶断痕が生じていた。また,ケーブルラックの東側部分においてドライヤー回路,排風機回路等の配線に多数の溶融・溶断痕が生じており,特に排風機回路の配線については,負荷側から電源側にかけて数か所の溶融・溶断痕が生じていた。
NFBブレーカー及びELBブレーカーは,いずれもスイッチが切れており,本件火災の際に作動したことが示されていた。
ウ 本件火災の消火活動に当たったF消防組合消防署は,本件火災について,「配電盤付近から出火し,周囲の重油バーナー及び操作室に延焼したものと推定されるが,出火原因は不明」としている。
A環境整備の従業員Gは,第一発見者であるが,現場に駆け付けた時には,配電盤の下の方から炎が吹き上げるようにして燃えており,その後操作室等の方に延焼していった。また,上記消防署の最先着隊が現場に到着した時には,配電盤裏側の下から炎が吹き上げており,その地面には漏れた重油が燃えていたが,炎が上がるまでにはなっていなかった。
消防署は,重油バーナーへの給油管から重油が漏洩したとしてその量を約60リットルと推定しているが,被告による漏洩実験によると,フレキシブル管が設置された付近から約60リットルの水を漏洩した結果,配電盤やケーブルラックには届いたが,キュービクルのかなり手前までしか達しなかった。本件火災後,キュービクルの東側壁はかなり煤けていたが,これは,重油がキュービクルの近くまで流れてきて燃焼したことによるものとも考えられ,約60リットルをかなり超える重油が漏洩した可能性も否定できない。
エ 配線等の通性について,次のようなことがいえ,このことは,被告による実験結果によっても裏付けられた。
(ア) 本件プラントの配線に用いられているポリ塩化ビニールを絶縁被覆材としている電線は,JIS規格として難燃性があることが要求されており,着火しても炎は延焼することなく,自然に消える性質をそなえている。被告の実験によっても,重油又はガスにより電線を燃焼させたが,延焼はなく,熱源を止めると,自然消火した(乙11,24,28,29)。パイプラインヒーター2回路の配線は,2芯をポリ塩化ビニールで覆ったうえ,ポリエステルの押え巻きテープで巻き,更にその上をポリ塩化ビニールのシースで覆ったものであり,上記のような難燃性及び自消性をそなえていた。
(イ) ELBブレーカーと同種のブレーカーにパイプラインヒーター2回路と同種の配線を接続し,高電流を流して短絡させると,直ちに同ブレーカーが作動し,配線の温度もさほど上昇せず,また,同配線を短絡,スパークさせても,これに接触している他の配線が短絡したり着火したりすることはない(乙10,24,31)。
(ウ) リサイクルキット回路の配線については,電源側に最も近い箇所が短絡・溶断すれば,それより負荷側の箇所が短絡・溶断することはあり得ず,負荷側から電源側にかけて4か所の短絡・溶断が生ずるためには,負荷側の箇所から順次短絡・溶断が生じなければならない。東側ケーブルラック中の特に排風機回路の配線についても,同様のことがいえる(乙25ないし27)。
オ 鑑定人H(I大学教授)による鑑定結果は,次のとおりである。
(ア) 理論的には,パイプラインヒーター2回路の配線における短絡,スパークの繰返しは,絶縁被覆材における導電パスの生成(トリーイング)を促進し,漏れ電流の増大が生じて加熱に伴うグラファイト化を進行させ得ると考えられるが,最近の絶縁被覆材は,200V程度の常用に対して短絡,スパークに起因するトリーイングの発生はほとんど皆無の状況であるから,上記のような絶縁被覆材のグラファイト化は考え難い。
また,絶縁被覆材のグラファイト化は,200Vの電圧では瞬間的に生じることはなく,発火に至るまでにはかなりの時間を要する(a作業所のプラントが稼働し始めた平成8年5月16日から同月20日までの5日間は「かなりの時間」に当たる。)が,それまでに漏電ブレーカーが作動しないことは考えられない。
パイプラインヒーター2回路に接続しているELBブレーカーの定格感度電流である200mAに満たない10ないし20mA程度の漏電が5日間続いても,同回路の配線の絶縁被覆材がグラファイト化する可能性はほとんどないが,次第に漏電電流が増加した場合には,200mA以下でも2,3日でグラファイト化し,発火に至る可能性も否定できない。
(イ) 理論的には,パイプラインヒーター2回路の漏電が,ケーブルラックに橋絡されて,ケーブルラックが加熱されることがあり得るが,通常は,過電流が感知されて漏電ブレーカーが作動し,電流が遮断されるように設計されているはずである。もし,漏電ブレーカーが作動しなければ,ケーブルラック内の温度が上昇し,絶縁被覆材の抵抗値が急激に低下し,一層漏電して発熱,発火につながる可能性が大きい。
(ウ) パイプラインヒーター2回路の配線が発火・燃焼しても,近接・集合する配線に燃え移る可能性は少ないが,加熱に伴う絶縁被覆材のグラファイト化は免れない。
(エ) ポリ塩化ビニール絶縁被覆の電線を屋外で長期間使用すると,可塑剤の放出が徐々に進行し,可撓性を喪失し,絶縁破壊を生じやすくなる。しかし,パイプラインヒーター2回路の配線のように,押え巻きテープで巻いたうえ,シースで被覆している場合には,劣化の程度が抑制され,特に押え巻きテープで巻かれていることによって,可塑剤散逸による風化現象は十分に抑制される。もっとも,約16年間も屋外に放置されていたとすれば,可塑剤散逸によるボイド(空隙)等の発生は十分にあり得る。
(2) 上記認定事実と前記の前提事実を踏まえて,原告主張の本件火災の出火原因について検討する。
ア まず,原告は,交差部におけるパイプラインヒーター2回路の配線が漏電して短絡,スパークし,その熱により絶縁被覆材が加熱されてグラファイト化し,その進行により電流が増加して発熱・発火し,その火炎がケーブルラック内のリサイクルキット回路の配線等の他の配線に延焼した後,リサイクルキット回路の配線が,コンクリートトラフ内,配電盤内を伝って瞬時に短絡し,その高熱によって配電盤裏側で燃え上がり,他に延焼した旨主張する。
しかしながら,パイプラインヒーター2回路の配線が,接続するELBブレーカーが作動しないうちに,短絡,スパークし,グラファイト化し,発熱・発火したとは考えられず,短絡,スパークしていれば瞬時に上記ブレーカーが作動し電流が遮断していたものといえ,まして,他の配線に燃え移ったとは認められない。
また,リサイクルキット回路の配線が,交差部と配電盤において瞬時に短絡したというのも,電気原理上,全く不合理といわざるを得ない。すなわち,同配線には4か所の溶融・溶断痕が生じているが,交差部の2か所で負荷側から順次短絡が生じた後,配電盤の2か所で短絡が生じたものと認められる。
そして,交差部においてパイプラインヒーター2回路が発熱・発火し,他の回路の配線に延焼したというが,そのとおりであるとすれば,負荷側である東側ケーブルラックの排風機回路等の配線に溶融・溶断痕が生ずる余地はないのに,実際には数か所溶融・溶断痕が発生している。この点について,原告は,ケーブルラック内の他の配線は,ケーブルラックの鉄枠・鉄蓋によって遮蔽されていたために,延焼は継続しているものの,燻る程度にとどまっていたところ,交差部から配電盤内に燃え移った火が配電盤の内部を完全に焼損したうえ,その強い火炎が配電盤裏側下部から外に吹き出し,付近にあった前記フレキシブル管を焼き,漏れ出した重油に着火したため,次第にケーブルラック内の配線の火勢が高まり,東側ケーブルラック内の配線に短絡が発生して溶融・溶断痕が生じた旨主張するけれども,上記のとおり,交差部でパイプラインヒーター2回路の配線が発火しながら,配電盤裏側でリサイクルキット回路の配線が短絡して発火するという事態が考え難いのみならず,パイプラインヒーター2回路の配線から他の配線に延焼したというのに,鉄枠・鉄蓋があるとはいえ空気の補給が阻害されるようなものではないケーブルラック中において,他の配線が燻る程度でとどまるのか疑問が残る。東側ケーブルラック中の排風機回路等の配線が何らかの原因により負荷側から電源側にかけて順次短絡,スパークして溶融・溶断痕が発生した結果,交差部においてパイプラインヒーター2回路,リサイクルキット回路の各配線等が燃焼したとみるのが合理的である。
以上のとおりであるから,原告主張のような出火原因により本件火災が発生したとは認められない。
イ 次に,原告は,上記主張と選択的に,パイプラインヒーター2回路の配線に通電が続けられたため,交差部における同配線の絶縁不良箇所から長時間に及ぶ漏電が生じ,これが継続することによって,傍らにあるケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等の伝導体に橋絡し,加熱が生じたことから,鉄枠・鉄蓋等と接触しているケーブルラック内の配線の絶縁被覆材が炭化し,炭化した絶縁被覆材が更に継続的に加熱されることにより発火し,その火炎がケーブルラック内に密集した他の電線に延焼したうえ,その火炎が更に配電盤内に燃え移った旨主張する。
しかしながら,パイプラインヒーター2回路の配線が,接続するELBブレーカーが作動しないうちに,漏電し,ケーブルラックの鉄枠・鉄蓋等に橋絡し,他の配線を炭化,発火させるほど鉄枠・鉄蓋等を加熱させることは考え難い。
また,配電盤下のピット中の配線及びコンクリートトラフの土砂堆積中の配線は燃焼した形跡がないのに,交差部の配線が発火した後,約80センチメートル離れている配電盤にどのように延焼したのか疑問が否定できない。
したがって,原告の上記主張のような出火原因によって本件火災が発生したとも認められない。
(3) 以上のとおり,本件年次点検で指摘された絶縁抵抗不良箇所に接続していたパイプラインヒーター2回路における漏電を原因として配線の絶縁被覆材が燃焼して本件火災が発生しものとは認められない。本件全証拠を検討するも,本件火災の原因は明らかでない。
2 争点(2)(被告の債務不履行(保安管理業務の不完全履行))について
原告の主張は,本件年次点検において指摘された絶縁抵抗不良に接続していたパイプラインヒーター2回路の配線が漏電して配線の絶縁被覆材が燃焼して本件火災が発生したことを前提とするものと理解されるが,上記のとおり,その前提を認めることはできないから,これを検討する必要がないものというべきである。
第4結論
よって,原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂井満 裁判官 山田真紀 裁判官 佐々木清一)