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札幌地方裁判所 平成9年(ワ)2210号 判決 2002年12月27日

主文

1  被告は,原告に対し,1040万円及びこれに対する平成9年11月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告は,被告に対し,27万2000円及びこれに対する平成10年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,本訴反訴を通じて被告の負担とする。

5  この判決は,第1,第2項につき,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  本訴

主文第1項と同旨。

2  反訴

原告は,被告に対し,3583万5263円及びこれに対する平成10年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本訴は,原告が,被告との請負契約に基づき,被告宅(以下「本件建物」という。)を建築・完成させたとして,被告に対し,請負代金の残金を請求し,反訴は,被告が,本件建物に入居直後から,被告及びその家族に化学物質過敏症が発症したとして,原告に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を請求し,さらに,予備的に,本件建物に建築上の瑕疵があったことを理由に,原告に対し,瑕疵修補に代わる損害賠償を請求した事案である。

1  前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。なお,(2)は本訴請求の請求原因事実であり,(3),(4)は反訴請求に関するものである。)

(1)  当事者

原告は,工場生産方式による建築物並びにそれらの関連部品,部材の企画,設計,製造及び販売等を目的とする株式会社である。

(2)  請負契約の締結と被告の代金未払

原告は,平成8年10月10日,被告との間で,北海道A市に本件建物を建築すること,請負代金を3200万円とし,請負契約の締結時に10万円,上棟時に1910万円,保存登記申請時に1280万円を支払うことを内容とする請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

原告は,本件建物の建設工事着工後,被告からの工事内容変更の申出に応じて工事内容を変更したため,請負代金は3142万5894円に変更された。

原告は,平成9年2月7日,本件建物を完成させ,同日,被告に引き渡し,本件建物は,同月27日,被告及び被告の母親であるBの共有名義で所有権保存登記が経由された。

被告は,平成9年3月11日までに,原告に対し,本件請負契約の代金として合計2111万1894円を支払ったが,残代金及び原告において立て替えた契約印紙代等8万6000円の合計1040万円を支払わなかった。

(3)  本件建物における化学物質の測定検査

本件建物の室内における化学物質の存在とその濃度の測定検査は,合計5回実施された。それぞれの検査主体,検査日,検査対象及び測定方法等については,別紙測定結果一覧表記載のとおりである。

(4)  原告と被告側との示談交渉の経緯について

被告は,平成9年3月上旬,原告に対し,本件建物の換気が不足しているようであると連絡した。原告は,上記連絡に応じて,換気システムの機能調査を実施した(甲42,証人C)。

その後,被告の父であるCは,平成9年4月,原告に対し,Bが体調を崩して入院し,退院後も体調が優れないこと,C自身も体調が思わしくないことなどを理由として,環境改善と原因調査をするよう要請した。これに対し,原告は,その後の被告側への対応をアフターサービス担当者ではなく,代表者本人がすることとし,平成9年4月中旬に北海道立衛生研究所に依頼して,室内空気中の有害物質量の測定を実施したほか,換気量を増やすために給気口や空気清浄機の造設を行った(甲42)。

Cは,平成9年5月下旬ころ,原告に対し,医療費,空気清浄機購入費用,交通費等合計40万円を支払うことを求め,原告がこれを了解すると,同年6月上旬には,被告らの東京への通院費用等を併せて合計100万円の支払を求め,原告がこれに応じると,同年6月中旬にはサービス工事として外構工事等総額230万円を本件建物の建築費用から値引きすることを求めた。原告がこれに応じて示談書の作成に着手すると,同年7月中旬ころには追加工事の値引きを求めて,総額290万円の値引きを求めるようになった(甲42,原告代表者本人)。

原告は,これに応じて,請負代金1062万1970円と,紛争解決金288万6765円とを相殺し,被告側から773万5205円の支払を受けるとの内容の示談に応じる構えを見せたが,最終的には上記示談交渉は決裂した(甲30,甲42,乙3の1,証人C)。

2  争点(反訴請求について)

(1)  本件建物からの化学物質の発生とその濃度

ア 被告の主張

本件建物には,木材,塗料,防黴剤,防腐剤,防蟻剤等により発生するホルムアルデヒド,有機溶剤,有機リン系の化学物質が室内空気中に充満していた。

原告は,平成9年4月11日に北海道立衛生研究所が実施した測定検査(第1回検査)の結果,ホルムアルデヒドの発生が微量であったと主張するが,上記検査は,日中天気の良いときには常時開放されていた窓を30分間閉鎖しただけで実施されたもので,被告の日常生活の実態に即していない。

また,平成11年12月に実施された測定検査(第2回検査)及び鑑定によれば,本件建物内において,世界保健機関(以下「WHO」という。)がホルムアルデヒドについて定める室内空気中の基準値である0.08ppmを超える数値や極めて接近した数値が測定されている。

そして,本件建物の建材から揮発するホルムアルデヒドの濃度が減少するにはかなりの長時間を要するところ,上記のように基準値を超え,あるいはこれに極めて近似した数値が記録されていることから,本件建物の建築当初は,高濃度のホルムアルデヒドが室内空気中に揮発していたと考えられる。

さらに,本件建物からは有機リン系の化学物質であるクロルピリホスが検出されており,原告がクロルピリホスを含む建材を使用したことは明らかである。

イ 原告の主張

本件請負契約に係る工事代金額では,ホルムアルデヒド等の化学物質を使用しない材質,すなわち,天然材・無垢材等を用いた建具・建材等を使用することは不可能である。したがって,ホルムアルデヒド等の化学物質は,建築資材である合板等の建材・建具から不可避的に発生するものであるから,ホルムアルデヒドが発生しているか否かが問題ではなく,発生しているホルムアルデヒドの濃度が許容濃度を超えているか否かが重要である。

本件建物について,北海道立衛生研究所が,平成9年4月11日に実施したホルムアルデヒドの濃度測定検査(第1回検査)においては,当時の最も厳しい基準であったカリフォルニア州の基準値(0.05ppm)を下回るものであり,世界各国で定められた規制値に照らしてみても,本件建物は許容濃度を超えていない。

被告は,第1回検査については,実施直前まで窓を開放していたため,生活の実態に即していないと主張するが,当日の気温からは,第1回検査直前まで窓を開放していたことはあり得ない。また,本件建物の室内空気中におけるホルムアルデヒドの濃度については,第2回検査及び鑑定が実施されているが,これらの結果は,被告が作為的に本件建物内を高温・多湿にしていたことに加え,鑑定人D(以下「D鑑定人」という。)の技術的な問題もあって,正確なものであるとはいい難い。

また,クロルピリホスを検出したとのD鑑定人の鑑定結果は,その分析方法について重大な誤りがあり,その検出を否定する北海道立衛生研究所の検査(第2回検査)とも矛盾しているから,本件建物の空気中にクロルピリホスが発生した事実はない。

したがって,原告の行為に違法性はない。

(2)  被告らの化学物質過敏症の発症

ア 被告の主張

(ア) 化学物質過敏症について

化学物質過敏症とは,最初にある程度の量の物質に曝露されると,アレルギーにおける「感作」と同じような状態となり,2度目に同じ物質に少量でも曝露されると過敏症状を来すものをいい,場合によっては,最初に曝露された化学物質と2度目に曝露された物質が異なる場合もある(多種化学物質過敏症)とされる症状である。

その診断基準は,持続あるいは反復する頭痛,筋肉痛あるいは筋肉の不快感等の主症状のうち2項目,及び咽頭痛,微熱,下痢・腹痛・便秘等の副症状のうち4項目が合致するか,上記主症状のうち1項目,副症状のうち6項目,及び副交感神経刺激型の瞳孔異常,眼球運動の典型的な異常等の検査所見のうち2項目が合致していることである。

(イ) 被告らに化学物質過敏症が発症していたことについて

被告は,本件建物引渡後,直ちにC及びBとともに入居し,事務所兼居宅として使用した。

被告は,本件建物入居直後から,下痢,咳,気管支炎,胸痛,排尿困難,筋肉痛,関節痛,頭痛,集中困難,頭重感,記憶障害,皮膚のかゆみ,発疹,アトピー,くしゃみ,鼻水,めまい,鼻閉など多様な症状が発現している。また,被告と同時に本件建物に入居したBにも,咳,痰,発熱などの症状が出て,平成9年3月12日にA労災病院に入院している。なお,Bには多様な既往症が存在するが,それと併せて本件建物入居後には化学物質過敏症による症状が出現している。Cも,入居直後,頭痛,吐き気を覚え,また,肺,のどに異常を感じるようになり,その結果,家を出て工場で寝食するようになった。さらに,被告の弟であるEにも同様の症状が生じている。

このような状況において,北里大学病院のF医師は,被告,B及びEについて,いずれも化学物質過敏症の診断基準に合致しているとし,「中枢神経機能障害」との診断名を付している。

そして,被告らを診察したF医師は,20数年にわたって,化学物質による健康被害の治療と研究に従事しており,最近においても多くの症例を取り扱っている。同医師は,被告らに対して,詳細な問診と客観的な検査をし,化学物質過敏症との診断を行っているのであり,このことからも,被告,B及びEが化学物質過敏症に罹患していることは明らかである。

イ 原告の主張

(ア) 化学物質過敏症について

化学物質過敏症は,学会において未だ認知されていない概念であって,F医師ら北里大学の研究者が中心になって積極的に研究されているものの,学会において十分なコンセンサスが得られた定義や診断基準が存在しないのが現状である。このように,化学物質過敏症自体が確立した疾患として認められていないのであるから,被告らが化学物質過敏症に罹患しているとするF医師の診断書・意見書があるからといって,直ちに化学物質過敏症に罹患しているとして無批判に受け容れることは許されない。

(イ) 被告らに化学物質過敏症が発症していることについて

被告,C,B及びEには,被告が主張するような症状は発生していない。すなわち,Cは,原告との示談交渉において,被告及びその家族の健康被害についてクレームをつけず,むしろ,本件建物入居後に請負代金の内金を支払っており,被告及び家族の健康被害を深刻に受け止めていなかったのは明らかである。

また,被告は,札幌の中心街へ外出するなど,通常人としての日常生活を送っており,被告が主張するような,あらゆる物質に反応し通常の日常生活を送ることが困難なほどの多種多様で深刻な症状が生じているとはいい難く,化学物質過敏症に罹患しているとは到底いえない。仮に被告に何らかの症状が発症していたとしても,それは,極めて軽微なものであって,日常生活には何ら影響がないものである。

そして,Bは,おびただしい既往症を有しており,これら既往症と化学物質過敏症の症状とは,合致もしくはきわめて酷似していること,また,頭痛,筋肉痛,関節痛,下痢,健忘,皮膚症状,咽頭痛などの化学物質過敏症の副症状とされるものは,Bの既往症からも発現しうるものである。さらに,F医師は,その意見書において,白内障及び加齢の問題があることを理由に,化学物質過敏症であることについて断定的な診断をしていない。したがって,Bが化学物質過敏症に罹患していると断定することはできない。

さらに,Eは,その勤務先が苫小牧であり,その後東京に転勤となった関係上,本件建物に入居していない。それにもかかわらず,Eは,F医師により「中枢神経機能障害」と診断されており,このことからすると,従来から何らかの症状があったと推認されるのであって,化学物質過敏症に罹患したものではない

(3)  化学物質の発生と化学物質過敏症の発症との因果関係

ア 被告の主張

被告,C及びBに発症した化学物質過敏症の原因は,本件建物の建材等から発生するホルムアルデヒド等の影響によるものに他ならない。被告は,平成9年11月18日,北里大学病院において中枢神経機能障害と診断され,新築入居との因果関係が疑われると診断されている。実際,被告には,本件建物入居後から,下痢,咳,気管支炎,胸痛,排尿困難,筋肉痛,関節痛,頭痛,集中困難,頭重感,記憶障害,皮膚のかゆみ,発疹,アトピー,くしゃみ,鼻水,めまい,鼻閉等,多種多様な症状が出現しており,これらの症状は,被告が本件建物に入居する以前には全く見られなかったものである。また,Bにも,本件建物入居後から被告と同様の症状が発症している。したがって,本件建物に使用されたホルムアルデヒド等と上記症状との因果関係は明らかである。

イ 原告の主張

Bは,本件建物入居後,肺炎を患ってA労災病院に入院しているが,これは細菌性の肺炎に過ぎず,建材による過敏性の肺炎ではない。したがって,Bの入院と本件建物への入居との間には何らの因果関係もない。また,Bにその他何らかの症状があるとしても,それらは,同人のおびただしい既往症から発現しうる症状であり,本件建物に使用されたホルムアルデヒド等との間に因果関係があるということはできない。

また,被告は,本件建物入居以前より,様々な既往症及びアレルギー症状を有しており,在学していた大学も中退せざるを得なかったという健康状態であった。そして,このような健康状態のために遅くとも本件建物に入居する5~6年前から,漢方薬を継続的に使用していた。このような被告の健康状態を前提とすれば,被告が主張する症状は,本件建物入居前から存在したものであって,本件建物と何らの因果関係もないといわなければならない。さらに,被告の家族は皆,喘息やアレルギーその他の既往症を有しており,被告は人的,遺伝的要素により,些細な物質に敏感に反応するものであると推認でき,このような事実を前提とすると,仮に被告に何らかの症状があるとしても,これは人的・遺伝的要素によるものといわざるを得ず,本件建物への入居との間に因果関係を認めることはできない。

(4)  本件請負契約の内容及びその不履行と原告の責任

ア 被告の主張

(ア) 本件請負契約の内容について

被告,B及びCには,それぞれ,喘息やアレルギーの症状があり,新居については,健康上心配のない建物を希望し,本件請負契約の締結に当たっては,原告に対してこのような希望を伝え,原告もこれを了承した。したがって,本件請負契約の内容は,原告が標榜していた「健康住宅」,すなわち,化学物質による室内汚染のない住宅を建築することであったことは明らかである。

そして,このような経過に鑑みると,原告は,被告に対し,少なくともホルムアルデヒドがWHOの基準値である0.08ppmを超えて放出するような被告,B及びCの健康を害する建物を建築しないことを約したというべきである。

(イ) 原告の責任について

原告は,「健康住宅」を標榜し,あたかも化学物質の含まれた材料は使用せず,全くの自然素材しか用いない旨の表示をしていた。そして,本件請負契約の締結時において,被告がアレルギー体質を有しており,化学物質のない住宅を希望していたことを認識していた。さらに,原告は,「健康住宅」を標榜していた建築専門家であり,住宅のホルムアルデヒド汚染の実態について関心を持っていたのであるから,平成8年当時,WHOの指針値や化学物質過敏症が問題視されていたことを知っていたはずである。

したがって,原告は,上記指針値を遵守し,「健康住宅」を標榜する専門業者として,細心の注意をもってホルムアルデヒドによる室内汚染を防止すべき義務があったというべきである。

にもかかわらず,原告は,室内汚染を防止すべき注意義務を怠り,本件建物を建築した。

また,本件請負契約では,室内汚染のない「健康住宅」を建築することが契約内容になっていたのであるから,自然材料以外のホルムアルデヒドが発生する素材やクロルピリホスが塗布された材料を用いて本件建物を建築したこと自体が債務不履行に当たる。

イ 原告の主張

原告は,本件請負契約の締結に当たって,被告側から,ホルムアルデヒドなどの化学物質によって被告及びその家族の健康が害されることのない建物を建築するよう要請されたことはなく,したがって,原告がこれに応じて,居住者の健康を害することはないと説明したこともない。以上から,本件請負契約は,化学物質の全く発生しない建材等を使用することを内容としたものではなかった。

また,原告担当者が,ことさらに安全性を誇張した事実はない。

原告は,パンフレットに自然住宅及び健康住宅がテーマであると記載し,実際にこれをテーマとしているが,現実には,一般住宅において,天然素材のみで建築することが可能なわけではなく,接着剤等の化学物質を含んだ素材を使わざるを得ない。したがって,一般住宅において,化学物質を発生させない建物を建築することは事実上不可能であった。

なお,被告は,本件請負契約の内容として,0.08ppmを超えてホルムアルデヒドが発生しない住宅を建築するとの合意があったと主張するが,本件請負契約が締結された平成8年の時点において,ホルムアルデヒドに関しては,世界各国が様々な基準を設けていたのであり,WHOの上記基準は絶対的なものではなかった。また,原告は,本件請負契約の締結当時,化学物質が建物から不可避的に発生することを認識していたが,原告の建築した建物からどの程度の化学物質が発生し,換気システムを作動した状態でどの程度の化学物質濃度になっているのか,さらに,化学物質の濃度と健康被害との間にどのような関係があるのかは分からなかった。したがって,原告は,建築した建物において,結果的にはホルムアルデヒドの濃度が0.08ppmになることがあっても,この濃度以下にすることを意図して建築し,確実にホルムアルデヒド濃度を目的値以下にできる技術を持ってはいなかったのであるから,本件請負契約の締結当時,上記基準が契約の内容になるはずはなかった。

また,仮に,被告の主張するように,被告が化学物質によって被告や家族の健康が害されることのない建物を建築することを要望し,これに対し,原告が,原告の建築する建物の居住者の健康を害するものではないと説明したとしても,WHOの指針値が契約の内容になるような黙示の合意が成立したとはいえない。

さらに,以上の事実からすれば,原告においては,本件請負契約の締結当時,化学物質過敏症の発症の可能性を予見することは不可能ないし著しく困難であった。

したがって,原告には被告の主張するような責任はない。

(5)  損害の発生と額

ア 被告の主張

被告は,本件建物から発生する化学物質により以下の損害を受けた。

(ア) 医療費                   104万7823円

被告,B及びEは,平成9年1月10日から平成14年10月23日までに,以下の医療機関で診察等を受け,それに要した費用の合計は,104万7823円である。

(被告分)

a 平成9年11月11日から平成11年3月16日まで

北里大学病院にて合計2万7250円

b 平成10年3月4日から平成12年12月7日まで

北里研究所病院にて合計23万4648円

c 平成13年1月15日から平成14年7月26日まで

北里研究所病院にて合計31万2276円

d 平成13年10月19日から同年12月22日まで

えだがわ眼科クリニックにて合計2880円

e 平成14年2月25日

西尾皮膚科医院にて1050円

f 平成14年8月8日

東京労災病院にて8235円

g 平成14年9月4日から同年10月23日まで

北里研究所病院にて4万6972円

h 以上合計                  63万3311円

(B分)

a 平成9年3月12日から同年4月15日まで

A労災病院にて合計12万6420円

b 平成9年1月10日から同年12月26日まで

松藤病院にて合計1万1680円

c 平成9年11月13日から同月27日まで

中村記念病院にて合計6万7938円

d 平成9年11月11日から平成10年11月10日まで

北里大学病院にて合計1万4680円

e 平成10年3月4日から平成12年11月6日まで

北里研究所病院にて合計13万4037円

f 平成13年1月15日から平成14年5月15日まで

北里研究所病院にて合計1万9512円

g 平成14年10月23日

北里研究所病院にて合計8400円

h 以上合計                  38万2667円

(E分)

a 平成13年1月15日から平成14年6月26日まで

北里研究所病院にて3万1295円

b 平成13年11月24日

渡辺小児科医院にて550円

c 以上合計                   3万1845円

(医療費合計)                 104万7823円

(イ) 薬剤費                   568万7123円

被告らは,化学物質過敏症に罹患した結果,その症状を緩和させるために投与され,あるいは服用した薬剤のために以下の費用を支出した。

a 平成9年9月19日から平成12年12月31日まで

合計402万4558円

b 平成13年1月11日から平成14年8月19日まで

合計151万1175円

c 平成14年9月8日から同年10月31日まで

合計15万1390円

d 以上合計                 568万7123円

(ウ) 旅費・交通費・宿泊費            391万3748円

被告らは,化学物質過敏症の診断が可能な医療機関において診察,治療を受ける必要があったことから,北里大学病院,北里研究所病院,東京労災病院及び西尾皮膚科医院に通院し,旅費等として以下の費用を支出した。

a 平成9年11月6日から平成12年11月22日まで

合計222万2273円

b 平成13年1月28日から同年1月30日まで

合計9万9269円

c 平成13年2月25日から同月27日まで

合計6万1560円

d 平成13年3月11日から同月13日まで

合計14万0140円

e 平成13年4月16日から同月18日まで

合計5万8100円

f 平成13年5月18日

合計6万3460円

g 平成13年6月19日

合計6万3460円

h 平成13年7月4日から同月6日まで

合計6万9160円

i 平成13年8月7日から同月9日まで

合計7万4860円

j 平成13年9月10日から同月12日まで

合計6万3460円

k 平成13年10月19日

合計6万3460円

l 平成13年11月28日

合計5万2060円

m 平成13年12月20日から同月22日まで

合計6万4410円

n 平成14年2月25日

合計6万7260円

o 平成14年3月14日から同月16日まで

合計8万9401円

p 平成14年4月17日から同月19日まで

合計7万7728円

q 平成14年5月14日から同月16日まで

合計11万7902円

r 平成14年6月25日から同月27日まで

合計8万7632円

s 平成14年7月25日から同月27日まで

合計10万8855円

t 平成14年8月7日から同月9日まで

合計9万5378円

u 平成14年9月4日から同年10月24日まで

合計17万3920円

v 以上合計                 391万3748円

(エ) その他の損害                233万3603円

被告らは,化学物質過敏症に罹患した結果,空気清浄機,活性炭マスク,眼鏡,サングラス等を必要として以下の費用を支出した。

a 平成11年12月1日から平成14年8月8日まで

合計75万0376円

b 平成14年10月14日から同月28日まで

合計20万7060円

また,本件建物の気密性測定試験,建物の調査改善工事の計画書作成のために要した費用も本件と相当因果関係を有する損害であり,本件建物に居住することができないにもかかわらず支出した電気料金も本件と相当因果関係を有する損害である。

a 気密性測定試験               15万7500円

b 本件建物調査,改善工事の計画書作成         71万円

c 本件建物の平成9年2月から平成13年12月までの電気料金

合計50万8667円

これら損害の合計額は,233万3603円となる。

(オ) 慰謝料                      1500万円

被告の家族全員は,本件建物に入居したことにより,その心身に甚大な被害を受け,結局,新築住宅に住むことができなくなった。これにより被告が被った精神的損害は,言語に尽くせないものがあるから,その慰謝料は1500万円が相当である。

(カ) 代替建物購入費              1525万3250円

被告,C及びBの病気は,本件建物に入居している限り治癒が困難であり,医師から転居するように勧告があったため,被告は,本件建物と同規模の建物を建て替えざるを得ない。その金額は,少なくとも本件建物の建築代金3200万円を下らないので,そのうち建物改修費に相当する1525万3250円の支払を求める。

(キ) 損害額合計                4323万5547円

以上(ア)ないし(カ)の損害額の合計は4323万5547円である。そこで,被告は,上記金額の内金3583万5263円を請求する。

(ク) 瑕疵修補にかわる損害賠償(被告の予備的請求)

仮に,原告の債務不履行又は不法行為責任が認められないとしても,本件建物には,以下の瑕疵があり,以下の各損害が生じているので,その修補に代えて損害賠償を請求する。

a 玄関ドアの建付け不良             2万5000円

本件建物の玄関ドアの建て付けが悪いため,ドアが完全に閉まらず半ば開いた状態になっている。その修補・改善のためには2万5000円を要する。

b 床材の剥離,膨潤                  60万円

本件建物1階のダイニングリビング及び仕事部屋の床材が剥離したり,浮き上がったりしている個所がある。これは,コンクリートが十分に乾燥する前に床材を貼る工事を施工したという単純な施工ミスによるものであり,欠陥に該当する。原告は,仕事部屋の床材の剥離について,被告側がキャスター付イスを利用したためであり責任はないと主張するが,同イスの使用は通常の使用方法であるから,同イスの使用によって剥離したことは欠陥に該当する。この欠陥の修補・改善のためには,1階床の全面張替えが必要であり,その費用として60万円を要する。

c 浴室のユニットバスの規格違い           200万円

本件建物には,被告が注文したものより大きな規格のユニットバスが設置されており,そのため,隣のボイラー室が予定よりも狭くなっている。この欠陥の修補・改善のためには200万円の費用を要する。

d 1階及び2階トイレの床の穴         14万7000円

便器の後方の床に不必要な直径約10センチメートルの穴が開いている。この穴は単純な施工上のミスであり,その修補・改善のためには床板の張替えが必要であって,その費用として14万7000円を要する。

e ボイラーの配管不良                 10万円

本件建物のボイラーは,強制吸排気型であり,排気ガスが室内に漏れてくることはないはずである。それにもかかわらず,ボイラー室に排気ガスが漏れ出てくる。また,隣家から排気ガスが住宅内に侵入してくるとの苦情もある。そのため,排気筒の修理及び排気口の移設が必要であり,その費用としては10万円を要する。

f 建物基礎のひび割れ(50か所以上)         10万円

本件建物の基礎には50か所以上ものひび割れが生じており,その修理費用として10万円を要する。

g 住宅の換気システムの不具合         62万2650円

本件建物では,24時間作動させる換気システムのファンの取付位置が2階主寝室のクローゼット天井裏となっているため,ファンの電動音により安眠できない。また,本件建物の実際の換気量は,換気システムを強運転にしても,必要とされる換気量の61パーセントしかなく,換気システムとしての正常な機能を欠いている。そして,このことが本件における化学物質過敏症を引き起こした主要な原因となっている。したがって,これらの修補・改善が必要であり,その費用として62万2650円を要する。

h 防音の不十分                   300万円

本件建物は,和室等を除き,天井材が使用されておらず,1階の天井が2階の床であり,2階の天井が屋根となっているため,一般の住宅に比べて防音性に劣り,生活音や雨音等が伝わりやすくなっている。したがって,これらの修補・改善が必要であり,その費用として300万円を要する。

i 屋根の勾配の不十分           jと併せて500万円

本件建物は,屋根の勾配が緩く,そのため,積もった雪がさらさらと落下せず,一度に大量に落下し,その結果,本件建物の外壁や窓ガラスに影響を与える。現に,通路側の窓ガラスが破損している。被告は,本件請負契約の締結に際し,雪がさらさらと落下するような勾配の屋根にするよう原告に伝えたのであり,このことは,原告にも了解されていた。したがって,この修補・改善が必要である。

j 小屋裏の不存在

2階の屋根部分に小屋裏を欠いていることから,2階の寝室は夏期に高温となってしまい,安眠できる状態ではない。したがって,この修補・改善が必要であり,その費用として,上記iと併せて合計500万円を要する。

k 暖房設備の不備               96万1000円

本件建物の暖房設備は,1階のリビングダイニングに設置されたFFストーブ1台であるが,同ストーブだけで1階和室以外の部屋を暖房することは不可能であり,暖房設備に不備がある。したがって,この修補・改善が必要であり,その費用としては96万1000円を要する。

l キッチンのレンジファンの排気不良      18万9000円

本件建物のキッチンに取り付けられたレンジファン(以下「本件レンジファン」という。)の排気量が,必要排気量を大幅に下回っており,換気不足に陥っている。これは,本件建物の欠陥であるから,その修補・改善のためには,レンジファンのダクト改善工事が必要であり,その費用として18万9000円を要する。

m 2階の火打梁の不存在            13万2300円

本件建物2階の小屋裏には,新たに設けることとなっていたZ金物の火打梁が1か所も設置されておらず,手抜き工事であるといわざるを得ない。そのため,新たに火打梁の取付工事が必要であり,その費用として13万2300円を要する。

n 設計料                       55万円

o 関連諸費用                    110万円

p 消費税                   72万6300円

q 以上合計                1525万3250円

イ 原告の主張

(ア) 被告が主張する上記ア(ア)ないし(キ)についてはすべて争う。

(イ) 被告の予備的請求(瑕疵修補に代わる損害賠償請求)について

a(玄関ドアの建付け不良)について

否認ないし争う。

b(床材の剥離・膨潤)について

本件建物の1階の床材のうち,一部が剥がれ,膨潤している事実は認める。リビングダイニングの剥離及び膨潤の原因については,土間コンクリート下地の不陸(1メートルにつき3ミリメートルを超える不陸)もしくは,接着剤の塗布不良であると考えられる。したがって,床の全面張替えは不要であり,部分的な補修で対応可能であって,その費用は6万3000円程度である。被告が主張する土間コンクリートの乾燥不良が原因であれば,床材の膨潤は全体に及ぶはずであるが,本件建物ではそのような現象はみられない。また,仕事部屋の床の剥離は,被告側が使用したイスのキャスターに起因するものであり,その責任は被告にある。

c(ユニットバスの規格違い)について

現在取付けてあるユニットバスは,被告の指示により変更したものであるが,その大きさは,当初取付け予定のものと同じであって,何ら欠陥には当たらない。

d(トイレの床の穴)について

本件建物の2階のトイレの床に穴が開いているが,現在も未補修なのは,被告から補修工事の延期を要請されたからであり,被告の要請があればいつでも補修工事が可能である。その際の費用は,7万円程度である。

e(ボイラーの配管不良)について

原告は,本件建物引渡後,被告から排気ガスの漏れの連絡を受けたため,平成9年3月18日,これを修補している。本件建物と隣家とは約2.5メートル離れており,隣家に排気ガスが侵入することは考えられない。したがって,これは瑕疵や欠陥には当たらない。

f(基礎のひび割れ)について

基礎のコンクリートの亀裂の保証期間は2年であるが,幅1.5ミリメートル以下のものについては,保証の対象から除外されている。本件建物の基礎のひび割れは,何ら瑕疵や欠陥には当たらない。

g(換気システムの不具合)について

換気システムのファンの取付位置は,2階洋室1の押入れの天井裏であって,2階主寝室ではない。なお,そこに配置されたのは,被告が標準仕様のレンジフード一体型換気システムを高所取付用換気システムに変更するよう指示したからである。

また,被告は,換気システムによる換気量が不十分であると主張するが,この主張の前提となっている換気量測定検査は,9個の排気グリルを全閉に近い状態にしたままで実施されたものであり,同検査による測定結果は全く信用できない。本件建物について,原告側が平成9年4月21日及び平成11年12月21日に実施した換気量測定検査では,いずれの場合も必要換気量の目安を十分に確保していたものである。

したがって,本件換気システムには何ら問題はない。

h(防音の不十分)について

本件建物のうち,和室等を除いた各室において,2階の床及び屋根がそれぞれ1階と2階の天井となっているが,これは,原告のオリジナル工法であり,天井を貼らないことによるコスト低減,調湿効果,耐久性の向上,暖房効果等の長所があり,他方,遮音性能の低下,振動が伝わりやすいという短所がある。そして,原告は,本件請負契約締結に先立ち,モデルハウス(現物)を訪れた被告らに対し,この点を十分に説明している。したがって,防音の点は瑕疵には当たらない。

i(屋根の勾配の不十分)について

本件建物の屋根は,比較的勾配が緩やかな横葺の屋根であり,屋根に積もった雪を段階的に少しずつ落とす構造になっている。この屋根の勾配については,工事着工前,原告と被告との間で,図面を用いて何度も打合せを行って決定しており,被告も了承していた。なお,本件請負契約の締結に当たって,被告側から「雪がさらさらと落ちるよう」な勾配にするよう要請されたことはない。

j(小屋裏の不存在)について

本件建物は外断熱仕様となっており,建物外部において熱及び冷気を遮断している。したがって,小屋裏が存在しないことは瑕疵には当たらない。

k(暖房設備の不備)について

原告は,一貫して,外断熱工法による高気密高断熱の建物を建築し,そのほとんどの建物でFFストーブ1台による全室暖房のシステムを採用しており,その実績もある。被告が平成9年2月に入居して以来,原告の社員が被告側のクレーム対応のため,たびたび本件建物を訪問しているが,その際,被告側から本件建物の暖房設備に満足している旨のコメントが出されている。また,上記クレームの中に暖房設備の増設を内容とするものはなかった。被告が主張の根拠とするK建築士の報告書は,本件建物引渡日以前のCの日記の記載を参考にしており,正確性を欠くものである。したがって,暖房設備には瑕疵はない。

l(レンジファンの排気不良)について

本件建物に使用されているレンジファンは,被告の希望で設置されたものである。これは配管等の抵抗が全く掛からない状態(0パスカル)で強運転にて580m2/hの換気能力をもつ。また,ダクト等を接続した場合に圧力抵抗を受けた状態の圧力損失時(98パスカル)でも強運転にて470m2/hの性能を確保している。レンジファンから排気される実質的な換気量は,建物の気密性や機械換気システムを勘案して考えるべきものであり,レンジファンの実質換気量が基準値に満たないとしても,建物の気密性や機械換気システムを勘案して換気されていれば問題はない。本件建物においても,建物の気密性や機械換気システムを勘案して考えれば正常に機能しているものと考えられ,欠陥といわれるべきものではない。

m(2階の火打梁の不存在)について

本件建物は,構造用合板9.5ミリメートルを全面に貼ることで,屋根面の水平剛性を確保しており,これが火打梁の役割を果たしている。また,本件建物は,A市の中間検査,完了検査の際にも現場にて打合せをし,確認した上で審査に合格している。原告は,現在施工する全ての物件において火打梁の省略を行っており,このような構造が水平剛性を維持していることは実験等でも証明されている。したがって,火打梁のないことは何ら欠陥には当たらない。

第3争点に対する判断

1  本訴請求について

本訴の請求原因事実については,前記前提となる事実記載のとおり,当事者間に争いがない。

したがって,原告の本訴請求には理由がある。

なお,証拠(乙38,証人C)によれば,Cは,被告の代理人として,本件請負契約の締結,本件建物引渡後の交渉の衝に当たっていたことが認められるところ,Cが,原告に対し,被告の父母であるC及びBの体調の不調を理由に請負代金の値引きを求め,原告がこれに応じると更に値引きを求めることを繰り返していたことは前記第2の1(4)のとおりである。そして,本件建物について,化学物質の使用が原告の債務不履行及び不法行為には該当せず,また,本件建物の施工上の瑕疵による損害賠償額が,請負残代金額1040万円のわずか2.5パーセント程度であり,その瑕疵の態様も軽微とまではいえないにせよ,重大なものともいい難い内容であることは後記認定のとおりである。したがって,被告において,瑕疵の修補ないしこれに代わる損害の賠償を受けるまで,残代金の支払を拒むことは信義則上許されないと解される。よって,本訴の訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成9年11月1日以降の遅延損害金の支払を求める部分も理由がある。

2  争点(1)(本件建物からの化学物質の発生とその濃度)について

(1)  前記前提となる事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 測定結果について

(ア) 第1回検査について

第1回検査は,Cが自身及びBの体調不良を訴えたので,その原因究明のため,原告が北海道立衛生研究所に依頼して平成9年4月16日に実施されており,このとき,同検査を実施したのは,北海道立衛生研究所薬理毒性部薬物農薬科長G(以下「G科長」という。)であった。このとき,G科長は,同検査のために本件建物を昼すぎに訪れたが,直ちに検査を実施することはできず,1時間程度待たされ,その後検査を実施した。G科長は,同検査のために本件建物内に立ち入ったが,その際,一般の家庭生活が営まれている建物として,特に違和感を抱かなかった(甲38,42,証人G)。

(イ) 第2回検査及び鑑定について

第2回検査は,平成11年12月21日実施され,鑑定は同月22日から同月23日までの2日間にわたり実施された。第2回検査及び鑑定が実施された際,水の入った皿,洗面器,加湿器,水に浸したタオルがストーブの前などに置かれており,扉の開放された浴室内の浴槽及び洗面台にも水が張られていた。この結果,本件建物の内部は高温多湿に保たれており,特に,第2回検査及び鑑定において最も高濃度のホルムアルデヒドが検出された主寝室の温度は,平成11年12月20日から同月23日までの間,27ないし28℃,湿度は60ないし68パーセントであった。さらに,本件建物の外周部には雪が盛られており,外部からの空気の取入れが妨げられていた(甲28)。室内空気対策研究会測定技術分科会の平成12年度報告書では,約50パーセントの湿度を通常湿度,約75パーセントの湿度を高湿度と称している(乙131)。

第1回検査,第2回検査及び鑑定は,当事者双方の関係者が立ち会って実施された(甲28,証人G)。

(ウ) 第3,第4回検査について

第3回検査及び第4回検査は,いずれも被告の依頼による検査であり,測定に際して,原告側の関係者が立ち会ってはいない(乙154の1ないし3,乙157)。また,平成14年4月2日に実施された第4回検査の際,本件建物の換気システムを構成する9個の排気ダクトはすべて全閉状態になっていた(乙157の資料2)。

イ ベイクアウトについて

ベイクアウトとは,「加熱追い出し」とも呼ばれ,室内の日常の一般的な生活状態から意図的に温度と湿度を引き上げてホルムアルデヒド等を放出させ,換気等で外部に追い出す室内空気質の調整法として利用される手法であり,一般的には,室温を30℃以上に引き上げて行われる(甲28)。D鑑定人も,ベイクアウトとは,一般的にはストーブ等で室内を30~35℃くらいに暖めて,揮発性の物質を揮発しやすくさせ,窓を開けて揮発したものを外へ追い出すための作業であるとして,鑑定が実施された際の室内温度は,ベイクアウトという条件よりはかなり低く,北海道における通常の日常生活での室温であると理解しているとの見解を示した(証人D)。

ベイクアウトによって,ホルムアルデヒドが放出されるのは,建材に利用されているホルムアルデヒドが,温度と湿度によって加水分解を受け,徐々に放出されるためであり,室温が20℃と25℃とでは,発生量が相当異なる(証人G)。

ウ 室内空気汚染の検査方法について

厚生省(当時の名称,以下,省庁名について同じ。)は,平成12年6月30日,「室内空気中化学物質の室内濃度指針値及び標準的測定方法について」と題する生活衛生局長通達において,室内空気中の化学物質の測定方法について,以下のような指針,すなわち,室内空気中の化学物質の測定は,室内空気中の揮発性有機化合物の最大濃度を測定するためのもので,30分換気後に対象室内を5時間以上密閉し,その後,概ね30分間採取して測定した濃度(μg/m2)で表すこと,採取時刻は,揮発性有機化合物濃度の日変動で最大になると予想される午後2時から午後3時ころに設定することが望ましいこと,ホルムアルデヒドは,DNPH誘導体化固相吸着/溶媒抽出-高速液体クロマトグラフ法(以下「DNPH-HPLC法」という。)によるものとすること,その他の揮発性有機化合物は,固相吸着/溶媒抽出法,固相吸着/加熱脱着法または容器採取法とガスクロマトグラフ/質量分析法の組合せによるものとすることなどを示した(甲49,証人D)。

DNPH-HPLC法の利点は,同法には,測定の際に比較の対象とすべき標準品が,DNPHホルムアルデヒドという非常に安定的な物質であって,さらに,カートリッジが開発されたことにより,実験者が標準品を作らなくてもよくなったため,実験者の技量によって測定結果が影響されないこと,そして,HPLC法が,ホルムアルデヒドを分離して,そのものだけを測定することができること,及び,非常に簡単な操作で,かつ短時間に終了することである(証人G)。

一方,クロモトロープ酸吸光法は,試料採取時間が短く,室内空気のある瞬間を捉えた瞬間値を測定するため,一日の平均値的な測定結果が得られず(D鑑定人の鑑定結果),実験者が自ら試薬を作り,かつ,使用するたびに濃度が低くなっていくため,希釈・滴定という操作が必要となる。また,ホルムアルデヒド自体が不安定な物質で長期保存することができないため,適切に管理しなければならない。したがって,実験者の標準品の作り方等によっては誤差が生じるおそれがある(証人G)。

また,パッシブサンプラー法は,濃度単位が空気1立方メートル当たりどのくらいかということについて実験を行い係数を求めなければならず,そのため,実際の住宅との間で多少の誤差が存在すると評価されている(証人G)。

エ ホルムアルデヒドの室内濃度の指針について

わが国においては,本件建物の建築が開始された平成8年10月の時点では,室内の空気中におけるホルムアルデヒドの濃度について,統一的な基準値や,指針値のようなものはなく,外国においても,統一的な基準はなく,WHO,アメリカ合衆国の諸州や西欧諸国がそれぞれ独自の基準値や勧告値を設定していた。すなわち,アメリカ合衆国のウィスコンシン州の室内基準値は0.2ppm,同ミネソタ州は0.4ppm,オランダの室内基準値は0.1ppm,WHOのガイドライン値は0.08ppmとされていた(乙90)。

このような中,わが国においても,厚生省が,平成7年3月,「快適で健康的な住宅に関する検討会議」を組織し,居住衛生について検討を進め,同会議の「健康住宅関連基準策定専門部会化学物質小委員会」による平成9年6月13日付け報告書に基づいて,ホルムアルデヒドの室内濃度指針値を,WHOのガイドライン値と同様,「30分平均値で0.1mg/m2(これは23℃で約0.08ppm)以下」とした(甲46,乙29)。厚生労働省医薬局審査管理課化学物質安全対策室の「室内空気中化学物質についての相談マニュアル作成の手引き(案)」によると,ホルムアルデヒドの健康に対する影響として,短期曝露では,0.08ppmあたりに臭いの検知閾値があるとされ,これが最も低い濃度での影響であって,さらに,0.4ppmあたりに目の刺激閾値,0.5ppmあたりに喉の炎症閾値があるとされていて,現在の指針値は100μg/m2で,臭いの検知閾値周辺の0.08ppmであるが,これはその他の健康影響が観察された濃度に安全率を加味したものよりも低い値であるとしている(乙145)。

オ 本件建物の換気システムについて

本件建物は,排気型換気システムが採用されており,外部の基礎と壁との間から空気を取り入れ,建物内の汚れた空気を換気ユニットで屋外に機械的に排出している。本件建物に使用されているのは,ガデリウス株式会社製の「エクソネット」という商品で,同商品は,室内の汚れた空気を,排気ダクトから吸入し,ダクト配管を通って,エクソネット本体に取り込み,排気口を通じて室外に排出する。同商品の取扱いについては,24時間運転を行うこととされており,これに反して断続運転を行うことにより,管内結露,結露による躯体の損傷,換気不足が発生するおそれがある(甲25,甲28)。

本件建物には,1階,2階に合計9箇所の排気ダクトと7箇所の給気口が設けられており,2階に設置された排気口から,汚れた空気が排出される仕組みとなっている(甲5)。

ガデリウス株式会社の職員は,本件建物の換気システムの作動状況について,平成9年3月14日及び同年4月21日,それぞれ換気システム流量測定を行った。そして,同年3月14日に実施された換気システム流量測定の結果,本件建物には給気レジスタが不足しており,換気量が少し足りない状態であること,レンジフードが単独排気運転のためレンジファンの給気も不足している状態であることが判明した。また,平成9年4月21日の換気システム流量測定の結果,同年3月14日のときよりも,換気量が上昇していることが判明し,併せて,室内空気の汚染を薄めるため,システムを強運転すること,活性炭入りの空気清浄機を併用すること,冬期間は外気が乾燥しているため,多くの外気を入れると室内空気が乾燥し,また,エネルギーのロスが大きくなるため,原則として中運転とし,室内空気の汚染濃度が高いときには,暖房を大きくして,強運転とすることも必要であることが指摘された(乙53の3,4)。

カ クロルピリホスの検出について

前記第2の1(3)の別紙測定結果一覧表記載のとおり,D鑑定人による鑑定において,仕事部屋,リビングダイニング及び2階主寝室からクロルピリホスが検出された。さらに,横浜国立大学環境情報研究院のHが,本件建物に使用された建材を検査した結果,合板,木材からクロルピリホスが検出されたとの報告がされている(乙165)。

(2)  以上の認定事実をもとに,本件建物における化学物質の発生とその濃度について検討する。

ア 本件建物からの化学物質の発生について

本件建物の建築に使用された建材から,本件建物の室内にホルムアルデヒド等の化学物質が放出していたことについては,その量の多寡を別として,当事者間に争いがない。

そこで,本件建物の室内における化学物質,特にホルムアルデヒドの濃度が問題になるので,以下検討する。

イ 本件建物から発生している化学物質の濃度について

(ア) 各検査について

a 第1回検査について

第1回検査は,本件建物引渡後2か月程度しか経過していない時期に実施されたもので,しかも,本件訴訟が提起された平成9年10月15日以前の,未だ紛争が深刻化していない状態の下で実施されたものであって,測定時において何らかの作為が加えられている可能性は相対的に低いと考えられること,測定箇所も1階和室,居間,台所戸棚,2階洋室2間であり,主寝室は含まれていないものの,本件建物中の各室を測定していること,他の検査においては,後述のとおり,被告側による何らかの作為が加えられている可能性が否定できず,本件建物における日常生活の実態に則した測定結果であるとすることに疑問があることなどに照らすと,他の検査及び鑑定の結果と比較して,本件建物の各室の空気中のホルムアルデヒドの濃度をより正確に検出したものと評価することができる。

これに対し,被告は,第1回検査の際,検査が実施される直前まで,本件建物の窓を開放しており,第1回検査は窓を閉鎖した後30分程度しか経過していない時点で実施されたものであって,普段と同程度のホルムアルデヒドを検出できなかったはずであると主張し,証人Cもこれに沿う供述をしている。しかし,被告は,当初,第1回検査の最中において本件建物の全室の窓を開放していたと主張していたところ(平成10年7月13日付け鑑定申立書),検査者である北海道立衛生研究所長の平成10年9月9日付け調査嘱託回答書(甲15の1,2)において,検査の際,窓は全て閉鎖した状態であったとされた後になって,上記のような主張の変遷に至ったものであって,被告の上記のような主張及びこれに沿う証人Cの供述はたやすく採用し難い。

前記のとおり,G科長は,第1回検査を実施するにあたり,事前に1時間ほど待たされた後,本件建物に立ち入って測定を開始し,立ち入った際,一般の家庭生活が営まれている建物として,特段の違和感を抱かなかったというのであるから,G科長が検査前に待たされた約1時間については,被告の側で検査値が下降することのないように,本件建物の窓を閉鎖していたと推認するのが相当である。したがって,第1回検査は,本件建物全室の窓を少なくとも1時間程度は閉鎖してある状態の下で実施されたと考えられる。平成9年6月13日に厚生省が示した指針によると,室内空気中のホルムアルデヒドの濃度を測定するに際しては,上記認定事実(1)ウのとおり,30分の換気の後に対象室内を5時間以上密閉し,その後,概ね30分間採取して測定することとされており,第1回検査が,上記指針に沿った方法によって検査されたと認めるに足りる証拠はない。

b 第2回検査及び鑑定について

上記認定事実(1)ア(イ)のとおり,第2回検査及び鑑定に際しては,本件建物内は,被告側により作為的に高温多湿の状態に維持されており,かつ,本件建物の外周部に盛られた雪により,換気が不十分な状態になっていたのであるから,第2回検査及び鑑定の際の本件建物の内部の状態は,被告側によって,意図的にホルムアルデヒドその他の化学物質が発生しやすく,かつ,それが外部に排出されにくい状態に置かれていたということができるから(ただし,ベイクアウトの温度には達していない。),第2回検査及び鑑定によるホルムアルデヒドその他の化学物質の室内空気濃度の測定結果は,本件建物の通常の状態におけるホルムアルデヒドその他の化学物質の室内空気濃度より高い数値を示すように誘導されたと考えられる点において,問題が残ることは否めない。そして,D鑑定人の鑑定結果によれば,同鑑定結果におけるクロモトロープ酸吸光法による測定値は,瞬間値的な濃度を測定したものであるから,日平均値を測定したパッシブサンプラー法による数値との間の数値が日常生活上での濃度であると考えられる。

c 第3,4回検査について

また,上記のとおり,被告側は,本件建物の室内空気中の化学物質測定に際して,作為的に本件建物の室内空気中の化学物質濃度が高くなるような操作を行っていること,第3回検査の実施条件が不明確であり,第3,4回検査とも,原告側の立会が保証された形跡もなく,かつ,第1,2回階検査及び鑑定から年月が経過していることに照らすと,各検査の測定結果のうち,第1,2回階検査の結果に比して更に被告の主張に沿う計測結果はたやすく採用できず,結局,第3,4回検査の結果は,特に考慮に値しないというべきである。

(イ) 本件建物からのホルムアルデヒドの放出量について

以上の認定に従い,第1,2回検査及びD鑑定人の鑑定結果による各測定値をみると,第1回検査においては台所戸棚を除き,0.04ppm未満,第2回検査においても台所戸棚を除き,0.1ppm程度以下,D鑑定人の鑑定結果においては,1日の平均値を示すパッシブサンプラー法による限り,台所戸棚を除き0.1ppm以下,クロモトロープ酸吸光法との平均値をとっても,台所戸棚を除き0.12ppm程度以下であり,上記の各検査の内包するそれぞれの問題点を考慮してみても,本件建物内におけるホルムアルデヒドの放出量は,台所戸棚を除き,概ね0.1ppm程度以下であると認めるのが相当である。

3  争点(2)(被告らの化学物質過敏症の発症)について

(1)  前記前提となる事実に,前記2の認定判断,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 化学物質過敏症について

(ア) 化学物質過敏症についての一般論について

化学物質過敏症とは,エール大学のカレンによれば,「過去にかなり大量の化学物質に一度接触し急性中毒症状が発現した後か,または有害・微量化学物質に長期にわたり接触した場合,次の機会にかなり少量の同種または同系統の化学物質に再接触した場合にみられる臨床症状である。」と定義されている(乙102)。

化学物質過敏症の原因と考えられている頻度の高い物質の一部は,建築材料,家具材から放出されるホルムアルデヒド,アセトン,トルエン等の有機溶剤のほか,衣料・繊維・カーテン,絨毯,防炎剤,床下の防蟻剤,壁紙などのプラスチック可塑剤,有害重金属等である(乙102)。

F医師によれば,化学物質過敏症の発症機序については,まだ何もわかっていないが,F医師がこれまで診察した経験から推測すると,ホルムアルデヒドに関しては,新築の状態のときに100ppb(=0.1ppm)以上で発症すると考えられるとする(証人F)。

(イ) 化学物質過敏症に疑義を呈する見解について

「平成10年度環境庁委託業務結果報告書 環境中微量化学物質影響調査研究 本態性多種化学物質過敏状態の調査研究」によれば,化学物質過敏症の患者については,包括的な医学,精神医学,心理学的評価がされておらず,化学物質と関連した症状を訴える者が,化学物質と因果関係を有しているか否かについては現時点では,肯定も否定もされていないことから,わが国においては,化学物質と因果関係のある化学物質過敏症が存在する可能性はあるが病因は未解明であるとされている。そして,これまで,化学物質過敏症については,診断学的には混乱している状態であり,臨床的に確立された疾患とは認められておらず,一般に受け入れられる発現機序に関する理論も臨床的な診断基準も確立されていないし,曝露と症状との関連も証明されていないとされる。そして,化学物質過敏症は,慢性疲労症候群,心因性疾患,更年期障害,アレルギー・中毒等との鑑別診断が困難な場合があり,これらの周辺的な疾患との関連について検討する必要があることも指摘されている(甲58)。

イ 化学物質過敏症の症状と診断について

(ア) 化学物質過敏症の主症状について

化学物質過敏症の主症状としては,①持続あるいは反復する頭痛,②筋肉痛あるいは筋肉の不快感,③持続する倦怠感,疲労感,④関節痛,⑤アレルギー性皮膚疾患であり,副症状は,①咽頭痛,②微熱,③腹痛,下痢又は便秘,④羞明,眼のかすみ,ぼけ,一過性の暗点出現,⑤集中力,思考力の低下,記憶力の低下,物忘れ,健忘,⑥感覚異常,嗅覚・味覚異常,⑦興奮,うつ状態,精神的な不安定,不眠,⑧皮膚の炎症,かゆみ,⑨月経過多,異常等,多種多様のものである(乙102)。

(イ) 化学物質過敏症の診断について

化学物質過敏症の診断は,問診が最も重要であり,問診においては,出生関連,住居関係,職業歴,趣味嗜好,遺伝的要素等について詳しく聴取し,他の慢性疾患を除外しなければならない(乙102,乙117,証人F)。

次に,臨床検査を行う。臨床検査には,①瞳孔反応検査(副交感神経,交感神経の機能亢進または低下を示す瞳孔異常),②視空間周波数特性検査,③眼球運動検査,④調節検査,⑤脳の血流を調べるSPECT検査,⑥原因と考える化学物質の微量負荷試験等があり,これらを行うことで,化学物質過敏症か否かを診断する。これらの検査等の結果,①主症状2項目,副症状4項目が陽性である場合,②主症状2項目,副症状6項目,検査所見2項目が陽性である場合,化学物質過敏症であると診断される(乙102,乙117,証人F)。

上記臨床検査のうち,他覚検査で侵襲が少なく,異常所見の頻度の高いものは,赤外線電子瞳孔計による瞳孔検査,視覚空間周波数特性(MTF)の測定,眼球電図(EOG)による眼球運動検査である。化学物質過敏症は,自律神経系の平衡状態を障害するので,自律神経系の抑制を受けている瞳孔は高頻度で異常が出る。異常所見の中では,暗順応下での瞳孔面積の低下,縮瞳及び散瞳速度の低下,散瞳時間の延長などの頻度が高い。視覚空間周波数特性では,測定周波数全域での閾値の低下,特に高周波数領域での低下が顕著であり,高位視中枢の障害が考えられる。眼球運動異常としては,衝動性運動の速度低下,距離測定障害,滑動性追従運動の階段状変化などが認められ,眼球運動中枢や小脳などの機能障害が認められる(乙96,証人F)。

ウ 被告の主な症状について

(ア) 北里大学病院における問診票に記載された症状について

被告が,平成9年11月11日から受診した北里大学病院での問診票によれば,診断の理由として,「1997年2月7日に新築した家に入居した直後から建材が原因と思われるアレルギー症状に悩まされて。」と記載されている。そして,被告の主症状は,「気道の炎症」であり,随伴する症状として「咳,頭痛,筋肉痛等」であった。消化器,循環器,泌尿器及び神経の各症状は,それぞれ中等度ないしは弱度であるが,呼吸器症状として咳・痰,気管支炎,筋・関節症状として痛み,容易に疲労すること,精神症状として集中困難,記憶障害,皮膚症状としてかゆみ,アトピー,乾燥,耳鼻症状としてくしゃみ・鼻水,口腔症状として発声障害,眼症状として眼脂・充血・かゆみがそれぞれ強く現れていた。また,「嫌いなもの,アレルギーのあるもの」として,「加工食品,肉類」と記載され,かび,ほこり,気温・湿度,化学物質に過敏性があると記載され,発症するのは,気温・湿度とも高い日であるとされている(乙23の11)。

(イ) 被告の平成12年9月18日付け陳述書に記載された症状について

被告は,上記陳述書に,現在の症状として,「自覚症状は多種多様を極め,その症状の強さ,反応する物質も増えています。」と記載し,日常生活において反応を示す状況として,「交通機関を使っての移動も排気ガスに反応し,消毒剤として使用されている殺虫剤で症状が重くなります。買物へ行くにもデパート・スーパーマーケット等の床に使用しているワックス,建材,殺虫剤,トイレタリー用品売場からの芳香剤,衣料品売場の臭い,洗剤の臭い,プラスチック臭,インクの臭いにも反応します。もちろん書店へも入れませんし印刷物も読めません。ボールペン・油性のサインペンも使えなくなりました。また,一般的に使用されているシャンプー,石鹸,衣類用洗剤,香水,整髪料,煙草にも大変強く反応するようになった」と記載している。そして,これらのものに反応すると,「皮膚粘膜の刺激,発熱,近方視困難,縮瞳により灯りの下でも暗く見える,筋肉・関節痛,胸部の苦しみ,下痢,悪心,発声困難,発汗異常,悪夢,睡眠障害,口唇・舌・顎の麻痺,さらにはこの年で尿失禁もおこします。」,「体も浮腫みがひどくなり,その家に入ってから20Kg以上浮腫みました。」と記載している(乙51)。

また,被告は,これらの症状を理由に本人尋問のための裁判所への出頭のみならず,所在尋問も困難であるとし,F医師も,被告への尋問は望ましいものではないとの意見書を作成した(乙69の2,弁論の全趣旨)。

(ウ) 被告の症状等についての被告本人の供述

被告は,本人尋問において,外出については,買物等のために週に5,6日は外出し,デパートやスーパーマーケットに行くこと,その際の交通機関としては,主として定期券を購入して電車を利用するか,あるいは徒歩であり,地下鉄はできるだけ避けるようにしていること,外出した場合は自分が反応してしまう物質の臭いなどを避けるため,臨機応変に道順を変更しながら歩くこと,外出した結果症状が発症すると,1週間は症状が続くが,用事があれば無理をして外出していること,4時間程度外出すると2回に1回は具合が悪くなること,外出時にマスクを使用してもあまり効果がないことなどを供述した。

また,現在居住しているマンションの上の階の人が食べている弁当の臭いや,段ボール箱の臭いにも反応するようになったと供述し,書籍等については,どうしても読まなければならない場合に,空気清浄機の前で,インクを吸わないように注意しながら読むと供述した。

さらに,被告は,食物のうち,青身魚を食べると湿疹が出るといったアレルギーをもっており,肉類は食べないだけでアレルギーが発生するわけではないこと,本件建物に入居した後,外国産の小麦を使用したパンによってもアレルギーが生じるようになったこと,薬物ではペニシリンに対するアレルギーをもっていることなどを供述した(被告本人)。

エ Bの既往症について

Bは,平成6年1月11日から平成10年8月10日まで定期的に松藤病院に通院しており,同病院の診療録によれば,①平成元年7月15日に糖尿病,②同年10月9日に両手指末梢循環不全及び神経痛,③平成4年3月13日に高血圧,④平成5年10月18日に低色素性貧血,慢性胃腸炎,⑤平成6年12月15日に両手指アレルギー性皮膚炎,⑥平成6年12月15日に両趾間汗泡状白癬潰瘍を訴えていたことが窺われ,遅くとも平成元年7月ころから,同病院に通院していた(甲18,乙20の1ないし21)。

Bが,本件建物に入居した平成9年2月7日以後,初めて松藤病院に通院したのは,同月17日であり,その後,同月19日,同月21日,同月24日と通院し,同月24日には,上記①ないし⑥に加えて,新たに⑦平成9年2月17日に感冒及び感冒性胃腸カタル下痢,⑧感冒及び急性化膿性扁桃腺炎急性気管支炎,急性気管支喘息,アレルギー性鼻炎,多発性関節炎(日付不明)と診断された(乙20の1)。

その後,Bは,平成9年3月11日,松藤病院において胸部レントゲン写真を撮影したところ,左下葉に異常影のあることを指摘され,A労災病院を紹介され,同月12日,同病院を受診したところ,即日入院となった。その際の診断名は,肺炎,高血圧及び糖尿病であった(乙20の1,乙21の3,4)。

Bは,A労災病院に入院していた平成9年3月24日,同病院の眼科を受診したところ,両目について,緑内障,糖尿病網膜症,老人性白内障と診断された(乙21の42)。

Bの入院期間は,平成9年3月12日から同年4月15日までで,入院の理由となった肺炎は,入院後の抗生剤の投与等によって改善した(乙21の53)。

オ 北里大学病院における被告らの診察状況について

(ア) 被告らの通院歴について

被告とBは,平成9年11月11日,北里大学病院のF医師の診察を受けた(乙22の1,乙23の1,7,8)。北里大学病院での診察は,被告については,平成9年11月11日から平成11年3月16日までの間,合計11回であり,Bについては,平成9年11月11日から平成10年11月11日までの間,合計4回であった(乙22の4,乙23の4,乙46の1,2,乙47の1ないし3,証人F)。

F医師は,上記診察時において,被告に対し,問診を行ったほか,視覚空間周波数特性(MTF)の測定,眼球電図(EOG)による眼球運動検査,目のピント合わせの機能検査(A/A,P/A),ホルムアルデヒド及びトルエンの負荷試験等を,Bに対し,問診,瞳孔の検査,視覚空間周波数特性(MTF)の測定,眼球電図(EOG)による眼球運動検査等をそれぞれ行った(乙22の4,5,11ないし15,乙23の4,11,17ないし25,乙24,乙36の2,乙37の2,乙47の2,3,乙49の1ないし13,証人F)。

(イ) F医師の被告及びBに対する診断について

F医師は,被告についての上記オ(ア)の診察の結果,左目の瞳孔は正常であるものの右目の瞳孔がわずかな異常を生じていること,目のピント合わせの機能に両目とも異常を生じていること,眼球の追従運動が両目とも円滑ではないこと,ホルムアルデヒド及びトルエンの負荷試験の結果,血流異常が生ずることから,中村記念病院におけるSPECT検査での異常は認められなかったものの,化学物質過敏症であるといって間違いないと診断した。しかし,当時は,化学物質過敏症という診断名が一般的ではなかったため,診断名を「中枢神経機能障害」として診断書を作成した(乙23の13,15,20,22,乙24,乙36の2,乙37の2,証人F)。

また,F医師は,Bについても,被告と同様,化学物質過敏症と診断して,診断書には「中枢神経機能障害」と記載したが,証人尋問において,Bの場合,白内障の既往と加齢による眼球運動障害も加味して,上記オ(ア)での検査において認められた異常は弱いものと考えた方が良かったかもしれないと供述した(乙22の10,証人F)。

カ Bの他の病院での診察状況

Bは,平成9年11月20日,同月27日の2回,中村記念病院を受診した(乙57の1,2)。同病院では,Bの傷病名を化学物質過敏症としているが,同病院医師が,同月27日に実施したSPECT検査では,明らかな異常は認められなかった(乙57の6)。また,Bは,平成10年6月8日,同月11日,同月25日,同月29日,同年7月6日に札幌医科大学付属病院を受診しているが,同病院では,傷病名を「慢性副鼻腔炎」,「慢性咽喉頭炎」とした(乙58の1ないし5)。

キ 札幌医事法研究所のI医師(以下「I医師」という。)の見解

I医師は,Bの症状が,同人の既往歴及び現病歴からも発現し得るものであり,化学物質過敏症の診断基準に合致するからといって,化学物質過敏症であると断定することはできず,被告についても,化学物質過敏症であると認定する根拠は認められないとの見解を示している(甲17)。

ク 被告らのその他の症状について

Cについては,平成13年10月10日,渡辺一彦小児科医院において,厚生省の診断基準を満たすとして,多種性化学物質過敏症であるとの診断書が作成された(乙157資料11)。また,被告は,平成14年8月8日,東京労災病院環境医学研究センターシックハウス科において,化学物質過敏症であると診断された(乙160)。

さらに,Eは,平成12年5月8日,北里研究所病院において,F医師により被告及びBと同様,中枢神経機能障害であると診断された(乙43)。

(2)  以上の認定事実をもとに,被告及びその家族が化学物質過敏症に罹患していたか否かについて検討する。

前記(1)ア,イ,ウ及びオの事実に照らすと,F医師が診断書を作成した平成9年12月16日の時点では,被告に化学物質過敏症と呼ばれる症状が発症していたと認めるのが相当である。

F医師は,前記(1)オのとおり,被告に対して各種検査を実施し,その結果として,眼球運動の異常等化学物質過敏症に特徴的とされる他覚所見が現れており,自己申告である問診以外の客観的な資料をも考慮した上で化学物質過敏症であると診断しており,その診断は相当の根拠に基づいていると認められる。

もっとも,前記(1)ウ(ウ)から,被告は,買物等のために週に5,6日は電車を使って自宅から札幌に出てきてデパートやスーパーマーケットに行っていることが認められるし,被告の症状は良い方に向かっている(証人F)のであるから,被告の症状は化学物質の全く発生しない建材のみを使った住宅でしか暮らしていけないほどに重篤であるとはいい難い。

これに対し,Bについては,診断書の診断名こそ,被告と同じであるが,F医師は,証人尋問において,Bに現れた眼球運動障害については,同人の既往症である白内障や加齢による眼球運動障害も加味して,弱い異常と考えた方が良かったと供述していることに加え,前記(1)エのとおり,平成元年7月ころより各種症状を呈して松藤病院を継続的に受診していることが認められ,その診療録等によれば,Bが,従来より,糖尿病,高血圧,アレルギー性皮膚炎等多様な症状を訴え,本件建物への入居を境に,感冒,気管支炎,アレルギー性鼻炎等の症状が追加されているものの,その後のA労災病院において肺炎と診察され入院治療を受けていることからすると,同症状は肺炎に起因するものと推測されるのであり,しかも,その肺炎が,同病院での入院治療によって治癒していることからすると,前記のF医師の診断にもかかわらず,本件建物入居後のBの症状が,化学物質過敏症に由来するものとは認め難い。そして,他に,Bに化学物質過敏症が発生していたと認めるに足りる証拠はない。

また,Cには,前記(1)クのとおり,多種性化学物質過敏症との診断書が作成されているが,前記(1)イのとおり,化学物質過敏症の診断のためには,詳細な問診と検査が必要であるところ,Cについての上記のような診断に至った問診及び臨床検査の経過が明らかではなく,診断書が作成されていることから直ちにCが化学物質過敏症に罹患していると断定することはできない。さらに,Eについて,化学物質過敏症であるとの診断書が提出されているが,Eは,東京に在住していた者であり,本件建物との関わりは非常に低いと認められるから,仮に化学物質過敏症に罹患しているとしても,本件建物に起因して罹患したものであるとまで認めるに足りる証拠はない。

ところで,このような化学物質過敏症については,医学界においても賛否両論存在し,科学的な証明ができていないとして,「化学物質過敏症」という名称を使用すること自体に対しても批判のあるところである。しかしながら,このような化学物質過敏症に対して批判的な見解を唱える立場にあっても,「化学物質過敏症」と称されている症状を訴える患者の存在を否定するものではなく,その意図するところは,このような患者を適切に救済するため,その発症機序や原因について,より深く検討すべきであるという点にあるものと解される。そうすると,これら「化学物質過敏症」とされている症状を訴える患者に対し,化学物質過敏症との診断名を付して,診察・治療を行うことは,医学的な検討について,なお解明すべき点が残されているとはいっても,上記認定を妨げるものではない。

4  争点(3)(化学物質の発生と化学物質過敏症の発症との因果関係)について

(1)  前記前提となる事実に,前記2,3の認定判断,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

ア 化学物質過敏症の発生機序について

前記3(1)ア(ア)のとおり,化学物質過敏症の発症機序についてはほとんど解明されていない。

しかし,F医師によれば,アレルギーをもっている人が化学物質過敏症になりやすい傾向にあり,化学物質過敏症が発症するには総負荷量が影響しており,基盤として化学物質曝露を経験していると,化学物質過敏症になりやすいという傾向があるところ,このような原因となる総和は,化学物質だけではなく,ストレスや物理的な刺激,すなわち心理的なものや物理的な外傷,化学物質や花粉等,人にストレスを与えるものを含む(証人F)。

イ 被告の過去の経歴について

被告は,過去に歯学部の学生として5年間在学していたことがあり,ホルマリン等の薬物に接触する機会は多かった(乙23の12)。

F医師も,解剖実習においてホルムアルデヒドガスに相当曝露することが社会問題となっており,被告の場合にも,解剖実習の際にホルムアルデヒドの曝露を受けた可能性が十分に存在するとの見解を示した(証人F)。

(2)  以上の認定事実をもとに,本件建物から発生する化学物質と被告の化学物質過敏症と呼ばれる症状の発症との間に因果関係があるか否かを検討する。

前記第3の3(1)ウ及び被告本人の供述によれば,被告は,青身魚に対するアレルギーを有し,ほこり,カビ,高温・多湿に対する過敏症を有していたものの,咳・痰,気管支炎等の化学物質過敏症であると診断された諸症状は本件建物入居以前にはなかったことが認められるから,被告が,前記第3の3(1)ウの化学物質過敏症と考えられる症状を発症したのは,本件建物入居以降であると考えられる。

そうすると,本件建物に入居したことが,被告の上記症状の発生の一因になっており,化学物質過敏症と呼ばれる症状との間に因果関係があると推認される。

しかしながら,証人Fの供述によれば,化学物質過敏症の発生機序については,F医師の証人尋問が実施された平成12年11月21日の時点においても明確にはされておらず,わが国においては唯一といって良いほどの豊富な臨床経験を有していた北里大学病院のF医師らによって,化学物質過敏症の発生には総負荷量が重要であって,過去に化学物質に曝露された経験を有する者や,アレルギー体質の者が比較的罹患しやすい傾向にあることなどの化学物質過敏症についての情報が保有されていたことが認められる。

そうすると,被告が過去に歯学部に在籍しホルマリン等を扱う機会が多かったこと,被告が青身魚に対するアレルギーや,ほこり,かび及び高温・多湿に対する過敏症を有していたことに照らすと,被告が化学物質過敏症と呼ばれる症状を発症した原因は,本件建物からのホルムアルデヒド等の化学物質のみならず,過去の歯学部在籍中に曝露したホルマリンや従前から保有していた各種アレルギー・過敏症の総和によるものと解するのが相当であり,本件建物から放出される化学物質のみにあるのではないというべきである。

したがって,被告の化学物質過敏症の罹患と本件建物に入居したこととの間には相当因果関係が肯定されるとはいえ,それが唯一の原因ではないというべきである。

5  争点(4)(本件請負契約の内容及びその不履行と原告の責任)について

(1)  前記前提となる事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

ア 本件請負契約締結の経緯について

Cは,B及びEとともに,平成8年9月1日,原告のモデルハウスに見学に行き,その後,被告も原告のモデルハウスを見学した(乙38,証人C)。原告の社員であるJは,被告らの上記モデルハウス見学後,数回Cを訪ね,同人との間で,本件請負契約の締結及び内容について交渉を進めた(証人J,証人C)。本件請負契約についての交渉は,もっぱら,JとCとの間で行われ,被告が直接関与することはなかった(乙51)。

Jは,このような交渉の中で,Cから,化学物質等については極力避けたい旨話され,同人が,健康等について関心をもっていることを感じ,Cに対し,原告の建築した家に住んだ人の中で,喘息がよくなった,あるいは,アトピーがよくなった,という事例を3つくらい挙げて,原告の建築する建物の性質を説明した(証人J)。

イ 原告のテーマについて

原告は,「人に優しく」,「自然に優しく」,「社会に優しく」をテーマに掲げ,住環境づくりを行っており,原告のパンフレットには,「自然住宅,健康住宅がテーマ」であることや,「ホルマリンの臭いや毒性化学物質あるいは,カビの発生等健康の大敵であるにもかかわらず,現代の新建材の中には,これらの物質が大量に含まれています。アーキビジョン21の住宅は,自然素材をあるがままの自然な形で用い,素朴な味わいを大切にしています。こうすることによって,心と身体の健康が当社の住宅に住む,全ての人に与えられるのです。自然な形で用い,素朴な味わいを大切にしています。」ということが記載されている(甲3)。また,原告は,インターネットのホームページにおいても,健康住宅がテーマであることを掲載していた(乙34)。

ウ 化学物質発生の不可避性について

原告は,住宅を建築した際,入居者に対して「住まいのハンドブック」を交付しており,同ハンドブックには,危険との文字による表示とマークを用いて,「住宅内部には揮発性有機化合物を含む材料や塗料,接着剤が使われています。これらの物質が室内にたまり,まれに目の痛み,鼻の痛み,頭痛,発疹などを引き起こすことがありますので,引き渡し直後,特に夏期はこまめな換気を行ってください。」と記載されている。上記の表示とマークは,「取り扱いを誤った場合に,使用者が死亡又は重傷を負う危険性が切迫して生じることが想定されます。」という意味であることが,同ハンドブックの3頁に「1,はじめに」(赤色の大きな活字)として,明記されている(甲19)。

(2)  以上の認定事実をもとに,本件請負契約の内容について検討する。

ア 本件請負契約の内容について

被告は,本件請負契約の内容は,化学物質を全く生じない建物を建築すること,ホルムアルデヒドが発生したとしてもその量が当時のWHOのガイドライン値であった0.08ppmを超えないものとするなどの内容を盛り込んだものであったと主張するけれども,これを認めるに足りる証拠はない。

本件請負契約の締結の過程において,被告側が健康問題について関心を抱いていたこと,化学物質は極力避けたいと言及していたことは前記認定のとおりであるけれども,被告側から原告に対して説明したことは,健康に問題のない住宅を建築すること,家族の既往歴として喘息やアレルギー体質の者が存在することなどにとどまり,具体的に化学物質の放出量などについて言及されたと認めるに足りる証拠はない。

原告が被告に交付したハンドブックには原告の建築した住宅から揮発性有機化合物が発生することを前提とする記載があり,入居者にこまめな換気が求められていたことからしても,化学物質が全く発生しないことを前提に本件請負契約を締結したなどとは到底認めることはできない。

よって,原告が,本件建物に,上記認定の程度のホルムアルデヒドを発生させる建材を使用したこと自体が直ちに違法であり,またその債務の不履行に該当するということはできない。

なお,Cは,本件請負契約締結の経緯について,Jが,原告の建てる住宅は徹頭徹尾健康住宅であり,全く喘息やアレルギーの心配はないといったと供述するけれども,上記の事情に照らすと,前記判断を左右しない。

イ 原告の責任の内容について

上記アのとおり,本件請負契約の内容として,本件建物からの化学物質の放出量を具体的に定めたこと,あるいは,化学物質が全く発生しないことを定めたとは認めることができない。

しかしながら,原告は,「健康住宅」をテーマとして建築業を営んでおり,そのパンフレットにおいても自然素材をふんだんに使用するなど,化学物質の放出が極めて低く抑えられるものと解される記載がされていること(甲1),現在でもホームページ上において,原告の建築する住宅が人や自然に優しい「健康住宅」であることを宣伝しており,原告との間で請負契約を締結する者は,原告の建築する住宅のデザインや機能性のみならず「健康住宅」に居住することができることに重点を置くものと考えるのが自然であることからすれば,その顧客に対しては,他の建築業者以上に,健康被害等が生じないよう最大限に注意すべき義務を負うと解するのが相当である。

ウ 原告の責任の有無について

(ア) そこで,本件における原告の責任について検討すると,前記第3の2(2)イ(イ)のとおり,本件建物からのホルムアルデヒドの放出量は,台所戸棚を除き,概ね0.1ppm程度以下であったものであるところ,本件請負契約が締結された平成8年10月及び本件建物が引渡された平成9年2月当時,わが国において,ホルムアルデヒドの放出量について指針となるべき基準はなく,諸外国の例をみても様々で,0.1ppmを基準とする国もあり,それ以上の数値を基準とする国もあるという状態であったものである。わが国においては平成9年6月に至って,WHOの基準値に準じた0.08ppmという指針値が厚生省から示されるに至ったが,その数値も健康に対する影響が観察された濃度に安全率を加味したものよりも低い値であるというのである。

そうしてみると,本件建物において,0.1ppm程度のホルムアルデヒドを放出することが,平成8年10月ないし平成9年2月当時において違法であり,あるいは契約上の義務に違反すると認めることは困難であり,原告において他の建築業者以上の注意義務を負うべきであったことを考慮しても,上記判断を左右しない。

なお,台所戸棚については,ごく限られた局部的な閉鎖空間内の問題にすぎず,そこでの放出量も最大で0.29ppmであるから,特に被告との関係においては,被告が常時,台所戸棚を利用してここでホルムアルデヒドの曝露を受けていたと認めるべき証拠のない本件においては,前同様,上記の判断を左右しない。

(イ) また,前記第3の4(2)のとおり,被告に化学物質過敏症と呼ばれる症状が発生したのは,本件建物からのホルムアルデヒド等の化学物質のみならず,過去に歯学部に在籍してホルマリン等に接する機会が多かったという被告の過去の経歴から,基盤としてのホルムアルデヒドの負荷量が大きかったことや,本件建物入居以前に有していた青身魚に対するアレルギー,その他ほこり,かび及び高温・多湿への過敏症などの,さまざまな身体的・心理的なストレス要因が総和したことに起因するものと考えられるところ,これらの一般的な化学物質過敏症の発生機序についての情報は,豊富な臨床経験を持つF医師の経験に基づいて形成されたものであり,平成8年10月ないし平成9年2月当時,原告がこれらの情報を得ることは,著しく困難であったと解される。

したがって,原告には,被告が本件建物に入居することにより化学物質過敏症が発生することについて予見する可能性があったとはいえない。

(ウ) 次に,クロルピリホスの放出の点についてみるに,本件全証拠によっても,平成8年10月ないし平成9年2月当時,居住用家屋にクロルピリホスを使用することを禁止し,あるいはその使用濃度を制限すべきであるとする法令上あるいは業界における慣行上の規制があったと認めることができず,かえって,証拠(甲9の1,2)によれば,平成8,9年当時における木造住宅工事共通仕様書においては,防蟻剤の使用を定めており,クロルピリホスもそのために一般に使用されていたことが認められる。

そして,D鑑定人の鑑定結果によれば,同鑑定人の鑑定において計測されたクロルピリホスの放出量は許容一日摂取量の2パーセント程度にすぎないことが認められる。

なお,横浜国立大学のHが平成14年9月4日にクロルピリホスを測定した結果(乙165)については,原告側の立会が保証された形跡もなく,鑑定から年月が経過していることに照らすと,鑑定の結果に比して更に被告の主張に沿う計測結果はたやすく採用することができない。

したがって,本件建物においてクロルピリホスを使用した事実があるとの被告の主張を前提としてみても,上記の判断に照らせば,その点は何ら違法あるいは債務不履行に当たるものとはいえない。

6  争点(5)(損害の発生と額)について

(1)  被告の予備的請求(瑕疵修補の代わる損害賠償請求)について検討する。

前記前提となる事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

ア 本件建物の玄関ドアについて

本件建物の玄関ドアは,自然には完全に閉まりきらない(ラッチがかからない。)状態である。本件建物の玄関ドアを納入した業者であるガデリウス株式会社によれば,気密住宅の場合,空気圧によって閉まらないことがあるとのことであった。ドアが完全に閉まるように調整するために専門業者に依頼した場合,その費用として2万5000円を要する(乙16,乙50)。

イ 床材の剥離・膨潤について

本件建物の1階居間,同ボイラー室の入り口付近,及び同仕事部屋の床材が剥離したり,床材が浮き上がったりしている。本件建物の瑕疵について調査を行ったK(以下「K建築士」という。)によれば,本件建物の1階床には,直貼用のフロアーが用いられており,これは,土間コンクリートに直接接着されるものであるところ,剥離・膨潤の原因は,①土間コンクリートが完全に乾ききる前に貼ってしまったか,②地盤に湿気が多く,防湿層が完全ではなく,地盤面から湿気があがってきたことによるものと考えられ,いずれにしても標準の施工方法に反したものであり,瑕疵に当たるとしている。このような状態を補修するためには,床材を張り替える必要があり,その費用として60万円を要する(乙16,乙19の8,乙50,乙157)。

ウ 浴室のユニットバスの規格が異なることについて

本件建物の浴室に入っているユニットバスは,「TOTO KB-1620型」(以下「本件ユニットバス」という。)であり,設計図どおりの大きさとなっている(乙50,乙157)。また,契約時の工事内訳書によると,本件建物のユニットバスとして,「INAX(1坪)BHD-1620FBC」と記載されている(甲29)。さらに,K建築士によれば,被告の希望していたとされる「1220又は1216程度」のユニットバスは,本件ユニットバスと比較してかなり小さいため,本件建物の浴室にぴったりと収まるのは,本件ユニットバス程度の大きさのものであるとしている(乙157)。

エ トイレの床の穴について

本件建物の1階及び2階のトイレの床に直径約10センチメートル程度の穴が空いており,これを修補するためには,床の張り替え工事が必要であり,その費用として14万7000円を要する(乙157,159)。

オ ボイラー配管の不良について

本件建物の給湯ボイラーは,ボイラー室に設置されており,ボイラーの排気筒が直接本件建物北側の外部に出ている。そして,本件建物の北側には隣家(以下「北側隣家」という。)が存在し,ボイラーの排気筒の対面に北側隣家の窓が設置されている。しかし,K建築士によれば,本件建物と北側隣家との離れ寸法は1.9メートルあり,本件建物が存在する近隣商業地域における離れ寸法は,通常0.65メートル程度であることが多いことに照らすと,本件建物の場合離れ寸法は十分取ってあると認められ,さらに,北側隣家には,本件建物の北側の壁と平行な位置に窓が設置してあるため,この窓を完全に避けてボイラーの排気筒を設置することは困難であるから,ボイラーの排気筒の位置は欠陥とはいえないとの見解を示している(乙157)。

カ 本件建物の基礎にひび割れが生じていることについて

本件建物の布基礎のモルタル部分に多数のクラックが入っているが,この部分は,6センチメートルの厚さの断熱材のスタイロフォーム上に,モルタルを施工したものであり,K建築士によれば,これらのクラックは,その幅が大きなものでも0.5ミリメートルとどれも小さく,モルタルの乾燥収縮によって必然的に発生する「ヘアークラック」であって,基礎本体に何か影響するとは考えられないから,単純にこのことだけで欠陥ということはできないとの見解を示している(乙157)。

キ 本件建物の換気システムの不具合について

(ア) 本件建物の換気システムの位置について

本件建物の換気システムの本体は,2階納戸の天井裏に設置され,排気口も2階納戸の天井裏であることが認められる(甲5)。

(イ) 平成14年4月2日の時点における排気量について

本件建物の建築工事が開始した平成8年の時点における「木造住宅工事共通仕様書〔分冊〕平成8年度版(北海道版)」(以下「平成8年度仕様書」という。)によれば,住宅全体の換気量としては,「換気回数で0.5回/h,又は30m2/h・人のいずれか大きな値」とされている。ところで,K建築士が,有限会社北欧住宅研究所による平成14年4月2日測定の本件建物における第3種集中排気型換気システム換気量測定結果を基に計算したところによると,本件建物にあっては,上記仕様書の基準によると,必要換気量は237.29m2/hであるにもかかわらず,実際には,排気システムを強運転にしても換気量が144.9m2/hしかないことが判明したとされている。しかし,有限会社北欧住宅研究所による測定時には,本件建物の排気グリル開度は最小であった(乙157)。

(ウ) 以前の排気量の測定結果について

本件建物の換気量については,本件建物の排気システムの納入業者であるガデリウス株式会社が,平成9年4月21日,測定検査を行っており,その際の測定結果は,排気システムを強運転した場合の換気回数が0.51回/h,換気流量の合計が203.40m2/hであり,平成11年12月21日に行った測定検査では,強運転の場合の換気回数が0.606回/h,換気流量の合計が230.40m2/hであった(乙53の3,甲52の1)。

原告作成の報告書によると,集中換気システムによって確保すべき換気量は,必要換気量の80パーセントで足り,その余の20パーセントについては建物の隙間等からの自然換気によって確保することとなっているとされており,本件建物において集中換気システムで確保すべき換気量は,189.832m2/hであるとされている(甲52)。

また,上記(ア)の平成8年度建築仕様書には,「住宅の気密性能によってその割合は異なるが,給気口からの給気とすきまからの漏入空気を合わせて必要な給気量とすることが必要である。」とされている(乙157)。

ク 防音の不十分について

本件建物は,一般の住宅とは異なり,屋根及び2階の床の下に天井面が設けられておらず,2階の床下の合板が直接1階の天井となっており,2階については,屋根の最下部に用いられている構造用合板が直接2階の天井となっている。したがって,防音という見地からは,一般の住宅と比較して劣る結果となっている(乙157)。

しかし,このような構造は,原告の建築する住宅の特徴となるオリジナル工法である(甲52の3)。また,原告のホームページ上においても,原告のモデルハウスを見学した者のコメントとして,構造用合板がむき出しでクロスを全く張っていない作りに圧倒された旨記載されている(乙34)。さらに,被告及びその家族は,本件請負契約の締結に先立って,原告のモデルハウスを見学していることが認められる(乙38,証人C)。

ケ 屋根の勾配の不十分について

K建築士は,本件建物の屋根の勾配について測定を行い,その結果,本件建物の屋根が実施設計図どおりほぼ3寸勾配になっているとする。そして,K建築士は,平成14年1月22日及び同月26日に撮影された本件建物の屋根における積雪状態の写真から,建築主が,本件請負契約に先立って,「屋根の雪がさらさら落ちるように」との希望を述べ,原告もこれに応じたのであれば,3寸程度の勾配では足りず,10寸程度の勾配にするべきであったと指摘する(乙157)。

これに対し,原告の作成した反論書によると,建築主である被告側から,雪が「さらさら落ちるように」との注文はなく,仮にそのような注文があったとしても,日影規制等の設計上の制約からすると10寸勾配(約45度)の屋根を乗せると,本件建物の最高高さは12.600メートルに達し,建築基準法の高さ制限(10メートル)を超えてしまい,そもそもこのような勾配の屋根を設置することは不可能であったとする(甲52の3)。

コ 小屋裏の不存在について

株式会社中央設計札幌事務所1級建築士L(以下「L建築士」という。)は,夏期の暑さの原因は小屋裏がないためと考えられるとの見解を示している(乙50)。

サ 暖房設備の不備について

K建築士は,本件建物のダイニングリビングに設置されているFFストーブ1台で,本件建物の全室を十分に暖房できるか否か検討し,本件建物1階の仕事部屋,2階の主寝室及び3つの洋室が,同ストーブの設置されているダイニングリビングと壁やドアで区画されていて開放的ではないことから,同ストーブ1台でこれらの部屋の温度を上げることは不可能であると指摘し,契約に反する欠陥に当たるとの見解を示した(乙157)。

これに対し,原告の作成した報告書によれば,本件建物については,24時間微小で燃焼させる暖房を推進していた(甲19,甲52の2)。

平成8年度仕様書には,「高断熱高気密住宅では,建物全体を暖める全屋暖房が基本であ」り,非暖房室になりやすい玄関,洗面所,便所,浴室などについても,主暖房空間と開放的に接続させるか,1室1放熱器が望ましいとされている(甲52の2)。

被告は,本件建物について,入居当初から原告に対しクレームを述べており,その内容は,換気不足と家族の健康問題についてのものであった(甲42)。被告側は,暖房については,入居当初,上記クレーム対応のために本件建物を訪れた原告の社員に対し,建物の暖房については何らクレームを述べず,逆に,暖房については満足している趣旨の発言をしていた(甲52の2)。

シ キッチンのレンジファンの排気不足について

K建築士が,本件建物のレンジファンの排気量測定を行った結果,強運転で130.5m2/h,中運転で109.4m2/h,弱運転で76.7m2/h程度であることが判明した(乙157)。そして,K建築士は,上記数値が平成8年度仕様書に記載された基準である300~500m2/hを下回るものであり,最低必要換気量として算出される298m2/hにも満たないことを理由に欠陥であるとし,これを補修するためにはレンジファンのダクト改善工事が必要であって,その費用として18万9000円を要すると指摘している(乙157,159)。

これに対し,原告作成の報告書は,本件建物に設置されたレンジファンは,ダクト等の圧力抵抗を受けた状態(98パスカル時)においても,470m2/hの性能を有していることを指摘する。さらに,本件建物が高気密住宅であり,かつ,第3種集中排気型換気システムを採用していることとの関連で,同システムを強運転した場合,レンジファンに大きな圧力損失がかかり,排気量が大幅に削減されるため,レンジファンの作動に応じて,同システムを一時的に弱運転とするか,一時的に窓を開放する等の配慮が必要であると指摘する(甲52の1)。

ス 2階の火打梁が存在しないことについて

K建築士は,本件建物の確認申請図の矩計図には,2階の小屋裏に水平剛性を保つため「Z金物の火打梁を入れる」との記載とともに原告代表者の捺印があるにもかかわらず,実際にはZ金物による火打梁が設置されていないことを指摘して,手抜き工事であり欠陥に当たるとの見解を示した(乙157)。

本件建物の確認申請書によれば,K建築士が指摘する記載がされており,原告代表者の捺印がある(乙18)。

これに対し,原告の作成した報告書によれば,本件建物の場合,構造用合板9.5ミリメートルを全面に貼ることで,屋根面の水平剛性を保たせており,このような構造が火打梁の役割を果たすことになっていて,このことは,A市の中間検査及び完了検査の際にも確認され,審査に合格しているから,欠陥には当たらないと指摘する(甲52の1)。

床組に合板を用いた場合の水平剛性についての文献によれば,根太を横架材に大入れするように枠組を組んで根太と横架材の両方へ合板を周辺釘打ちできるようにすることで水平剛性が非常に高まることが指摘され,床組に合板を張ることで,鋼製火打材の床と比較して,水平変位角が1/200ラジアンの時およそ5~10倍,同1/120ラジアンの時4~8倍の剛性が出るとの実験結果が示されている(甲52の資料8)。

(2)  以上の認定事実をもとに,損害の発生と額について検討する。

ア 本件建物の玄関ドアについて

前記(1)アによれば,本件建物の玄関ドアが十分に閉まらない瑕疵があり,これを修理するためには専門業者に依頼しての調整が必要であり,その費用として2万5000円を要すると認めるのが相当である。

イ 本件建物の床材について

本件建物において,前記のような床の剥離・膨張が存在していることが認められ,その張替等の修補が必要であることについては当事者間に争いがない。

問題は,その補修方法及び程度であるところ,前記(1)イのとおり,本件建物の床材が剥離し,一部膨潤しているが,その剥離・膨潤は,本件建物の1階居間,同ボイラー室の入り口付近,及び同仕事部屋床の一部に発生している。このように,床材の剥離・膨潤は,本件建物の1階の床の3カ所に発生しているにとどまり,床全面に発生しているものではない。

ところで,このような現象の原因が,K建築士が指摘するように基礎コンクリート部分からの水分の蒸発であるとか,地盤自体が水分を多く含んでおり,その水分が蒸発して発生したものであるとすると,剥離・膨潤箇所は床全面にわたって,多数箇所発生すると考えられるところ,上記のとおり,剥離・膨潤を生じた箇所は3か所にとどまり,その面積も,床下の水分に原因があることを推認させるほど広いものではないから,上記のK建築士の意見を採用することはできない。

したがって,床の剥離・膨潤膨張を改善するために本件建物の床を全面にわたって張り替える必要性があるとは認められない。

また,原告は,本件建物の1階仕事部屋における床の剥離については,被告側が同部屋に使用された床材には禁忌とされるキャスター付きイスを使用したことによるものであり,原告の責任は認められないと主張するが,本件請負契約においては,平成8年11月11日付け実施設計図(乙17)においても,同部屋が「仕事部屋」と記載され,仕事部屋として使用されることが当事者双方の了解事項になっていたと認めるのが相当であり,仕事部屋として使用する以上,キャスター付きイスを使用することは特別な使用方法とはいえず,原告は,キャスター付きイスの使用にも耐えうるような床材を選択・使用するべきであったといえる。したがって,同部屋の床の剥離についても原告の責任によるものであると認めるのが相当である。

そして,上記の床の剥離・膨潤を修理するための費用としては,K建築士の試算する60万円の根拠は明らかではないが,全面張替を前提とするもののように窺えるところ,その要修理範囲は必ずしも明らかではないから控えめにみて,少なくとも10万円を要すると判断する。

ウ ユニットバスの規格が異なることについて

前記(1)ウのとおり,本件建物のユニットバスは,当初から設置予定の規格のものであり,瑕疵あるいは欠陥には当たらない。

エ トイレの床の穴について

本件建物のトイレの床の穴は,欠陥であると認められ,その修理費用としては14万7000円を要すると認めるのが相当である。

オ ボイラー配管の不良について

前記(1)オのとおり,ボイラー配管の設置位置については,北側隣家との距離も十分に取ってあり,瑕疵あるいは欠陥ということはできない。

カ 本件建物の基礎にひび割れが生じていることについて

前記(1)カのとおり,本件建物の基礎のひび割れは,必然的に生じうるヘアクラックであり,本件建物の基礎に影響を与えるものではないから,瑕疵あるいは欠陥にあたらない。

キ 本件建物の換気システムの不具合について

(ア) 本件建物の換気システムの位置について

前記(1)キ(ア)のとおり,本件建物の換気システムの本体は,2階納戸の天井裏に設置され,排気口も2階納戸の天井裏であることが認められ,2階主寝室に設置してあることを認めるに足りる証拠はない。したがって,設置位置が不適切であるということはできない。

(イ) 換気システムの排気量が不足していることについて

前記(1)キ(イ),(ウ)のとおり,本件建物については,K建築士らによる換気流量の測定が実施される以前の平成9年4月21日及び平成11年12月21日に換気流量の測定検査が実施されており,その結果は,K建築士らによる測定検査の結果を超えるものであったことが認められる。ところで,K建築士らが本件建物の換気量測定を実施した際,本件建物の9個の排気グリルが全て全閉状態になっていたことが認められ,このことが,K建築士らによる測定の結果が,以前に実施された測定検査の結果を大きく下回る原因になっていると推認される。

そうすると,以前の測定検査以降,排気グリルに何らかの作為が加えられた可能性があると考えられ,K建築士らによる換気量の測定は,本件建物の有する本来の性能を正確に反映したものであるということはできない。

また,平成4年及び平成11年に実施された換気流量検査によっても,本件建物の換気流量は,平成8年度仕様書に記載されている数値には及ばないことが認められるが,その差は,およそ34m2/hと大きなものではなく,さらに,自然換気による影響についても考慮すると,必要換気量に遠く及ばないような不当に低いものであるということはできない。

したがって,本件建物の換気量が不足していると認めることができない。

ク 防音の不十分について

前記(1)クのとおり,被告の主張する防音が不十分であることの原因は,いわゆる「合板現し」と呼ばれる工法に起因するものであるところ,同工法は,原告の建築する住宅に特徴的なものであって,モデルハウスやホームページ上においても紹介されており,モデルハウスを見学した経験のある被告及びその家族も同工法の特徴について十分認識していたと認めることができる。

したがって,原告以外の業者が建築した住宅と比較して防音が不十分であることは,被告側も了解済みであったと推認でき,このことを瑕疵であると認めることはできない。

ケ 屋根の勾配の不十分について

前記(1)ケのとおり,本件建物について,被告側が要求したとされる「雪がさらさらと落ちる」ような勾配の屋根を設置するためには,本件建物の高さが建築基準法の規制を超えることとなり,このような要求を実現することは当初から不可能であったということができる。

さらに,証拠(証人J)によれば,本件請負契約の締結に際しては,原告の従業員であるJとCとの間で,屋根の形状についての詳細な打合せがあり,最終的にはJがCの希望に応じたことが認められるから,被告側が当初から「雪がさらさらと落ちる」勾配の屋根の設置を求めていたとは考え難い。したがって,本件建物の屋根の勾配が当初予定されていた勾配よりも不十分なものであるとは認められない。

コ 小屋裏が存在しないことについて

上記クのとおり,合板現しが,原告の建築工法の特徴になっており,被告も上記工法の特徴について十分に承知していたものであるところ,小屋裏の不存在も上記工法によるものであると推認できるから,本件建物に小屋裏が存在しないことが瑕疵であるということはできない。また,小屋裏が存在しないことによる不都合としては,夏場の気温が高くなることであるとされ,これについて,L建築士による意見書が提出されているが,それ以上に夏場どの程度の高温になり,被告側がどれだけ不快であるかなどの具体的事実を認定するに足りる証拠はない。

したがって,小屋裏が存在しないことが直ちに本件建物の瑕疵あるいは欠陥であると認めることはできない。

サ 暖房設備の不備について

被告の主張するところは,本件請負契約において定められた暖房設備に関する工事の結果について瑕疵があるというものではなく,その契約の内容それ自体が暖房機能確保の点で劣っているという建築設計そのものに不備があることをいうものであるから,瑕疵修補に代わる損害賠償請求としては理由がないというべきである。

シ キッチンのレンジファンの換気不十分について

本件建物のキッチンのレンジファンそれ自体には,最低必要換気量が不十分であるという点で排気能力に問題があることが認められるけれども,他方,レンジファンを使用する際に一時的に換気システムを緩め,あるいは窓を開けるなでの措置をとれば排気量が大幅に増加されることも認められる。そうであれば,レンジファンそれ自体に瑕疵があるということはできない。

ス 火打梁の不存在について

前記(1)スのとおり,原告は,火打梁を使用せずにそれと同等あるいはそれ以上の水平剛性を確保する技術を使用して本件建物を建築したことが認められ,火打梁が存在しないことが本件建物の瑕疵あるいは欠陥に当たると認めることはできない。本件建物の建築確認申請書には,火打梁を使用することが明記され,原告代表者の捺印がされているけれども,火打梁の不使用によって格別の不都合があると認めるに足りない以上,それをもって瑕疵ということはできない。

セ 損害額について

以上のとおり,本件建物の瑕疵あるいは欠陥としては,玄関ドアの不良,1階床材の剥離・膨張及びトイレの床の穴が存在することが認められ,その他の被告の主張を採用することはできない。

したがって,本件建物の瑕疵あるいは欠陥によって,被告が受けた損害は,合計27万2000円であると認めるのが相当である。

第4結論

以上の認定判断によれば,原告の本訴請求には理由があるからこれを認容し,被告の反訴請求には,27万2000円及びこれに対する反訴状の送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成10年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,反訴請求のその余の部分は理由がないから棄却することとし,訴訟費用については,原告敗訴部分が僅少のため,民事訴訟法61条,64条ただし書きを,仮執行の宣言については同法259条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤陽一 裁判官 寺西和史 裁判官 片山博仁)

別紙省略

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