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札幌地方裁判所 平成9年(ワ)2408号 判決 2001年5月28日

別紙当事者目録のとおり

主文

一1  別紙原告目録一記載の原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

2  被告は、別紙原告目録一記載の原告らに対し、同目録認容額欄記載の各金員及びこれらに対する平成九年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

3  別紙原告目録一記載の原告らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

二1  被告は、別紙原告目録二記載の原告らに対し、同目録認容額欄記載の各金員及びこれらに対する平成九年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  別紙原告目録二記載の原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  別紙原告目録一記載の原告ら

1  (主位的)

被告は、別紙原告目録一記載の原告らに対し、同目録請求金額(1)欄記載の各金員及びこれらに対する平成九年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

(予備的)

被告は、別紙原告目録一記載の原告らに対し、同目録請求金額(2)欄記載の各金員及びこれらに対する平成九年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  別紙原告目録二記載の原告ら

1  被告は、別紙原告目録二記載の原告らに対し、同目録請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する平成九年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

三  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、公法人である被告が建築分譲したマンション住戸を購入した原告らが、その後に被告が違法又は不当に住戸の値引き販売をするなどしたため、原告らの住戸が値下がりするとともに、マンションに暴力団関係者及び不良入居者が入居して居住環境が破壊されるなどしたとして、被告に対し、(一) 一部の原告らの主位的請求として、住戸の売買契約の解除に基づく原状回復(売買代金の返還)及び損害賠償を求め、(二) 同原告らの予備的請求及びその余の原告らの請求として、売買契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償金の支払又は公序良俗違反による契約の一部無効に基づく不当利得金の返還を求めた事案である。

二  前提事実(争いのない事実以外については証拠等を併記)

1  当事者

(一) 被告は、地方住宅供給公社法(以下「公社法」という。)に基づき、住宅を必要とする勤労者に対し居住環境の良好な集団住宅を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することなどを目的として設立され(公社法一条参照)、公社法、同法施行令及び同法施行規則に従い運営される法人である。

(二) 別紙原告目録一及び二の番号11、30、86の各原告を除く原告らは、いずれも、別紙契約目録記載のとおり、平成四年から平成七年二月までの間に、被告から、札幌市《番地省略》及び同《番地省略》所在の共同住宅「B山」(以下「本件住宅」という。)の区分所有建物及び敷地地上権の共有持分(これらをあわせて以下「本件住戸」という。)を売買により取得した者である(これらの売買契約を以下「本件各売買契約」という。)。

なお、別紙原告目録一及び二の2と3、8と9、14と15、18と19、22と23、27と28、38と39、42と43、44と45、52と53、60と61、64と65、70と71、72と73、79と80、83と84、93と94、96と97の原告らは、各二名で本件住戸を共有している。各自の持分は別紙契約目録共有持分欄記載のとおりである。

また、別紙原告目録二の番号11、30及び86の原告らは、別紙契約目録備考欄記載の者が同目録記載のとおり取得した本件住戸を、相続によって取得した者である(以下においては、右被相続人三名を含めて「原告ら」ということもある。)。なお、原告らは、いずれも本件住戸の引渡しを受けている。

2  本件住戸の販売

本件住宅は、総戸数一七八戸(A棟一〇四戸、B棟七四戸)の住戸からなる分譲マンションである。被告は、平成三年三月、理事会において本件住宅の分譲計画を決定し、同年九月から購入者(入居者)の募集を始めた。

被告は、平成六年一月、既入居者及び新規購入者に対し、住戸の工事をサービスとして行うことを決め、入居者に対し一律一〇〇万円相当のサービス工事を実施した(その具体的内容については後記のとおりである。以下「一〇〇万円のサービス工事」という。)。

また、被告は、平成七年八月から、サービスの上限額を七〇〇万円に増額したが、基本的に新規購入者のみを対象としてサービスを実施し、平成八年二月には、個別の決裁により、七〇〇万円を超えるサービスを行うことを可能とし、更に同年五月、右上限額を一〇〇〇万円を引き上げた(これらを以下「本件サービス」という。)。

3  業務委託

被告は、平成三年一一月から、北創ホーム株式会社(以下「北創ホーム」という。)に本件住戸の販売補助業務を委託していたが、平成八年六月信和建物株式会社(以下「信和建物」という。)に対し、同年八月総合都市管理株式会社(以下「総合都市管理」という。)に対し、同年九月北創ホームに対し、それぞれ本件住戸の販売あっせん業務を委託した(これらの業者を以下「あっせん業者」という。)。

4  公社割賦払制度

本件住宅は、販売当初、新築物件として住宅金融公庫融資の適用対象になっていたが、平成七年度末をもって適用範囲外となることから、平成八年四月から、被告自身が本件住戸の購入資金を貸し付ける公社割賦払制度を導入した。同制度による本件の返済条件は、当初の一〇年間は、元金返済を据え置き、年率一パーセントの利息のみを支払い、一一年目以降は元金の返済に加えて年率四・二パーセントの利息を支払い、三五年以内で全額返済するというものであった。

5  販売実績

被告は、平成九年三月までの間に、一七八戸中一七二戸を販売した。

本件サービスの実施が始まった平成七年八月当時の販売実績は一〇四戸であり、それ以降のものは六八戸である。右六八戸のうち、信和建物のあっせんにより売買契約に至ったものが三一戸、総合都市管理のあっせんによるものが七戸である。

三  争点

本件の争点は、(一) 本件各売買契約の解除事由の有無、(二) 被告の原告らに対する債務不履行又は不法行為による損害賠償義務の有無及び損害額、(三) 本件各売買契約が公序良俗(民法九〇条)に違反するか否か及び違反する場合に被告の返還すべき利得額にある。争点に対する双方の主張は、以下のとおりである。

1  原告ら

(一) 被告の本件住戸の販売方法の問題点

被告は、本件住戸の在庫を売ることのみを考え、既入居者の利益を顧みない違法、不当な販売方法をとった。その問題点は以下のとおりである。

(1) 本件サービスについて

ア 公社法等所定の手続を経ていないこと

被告による本件サービスは、住戸の経年劣化により必要となる補修費、モデルルーム使用料及びサービス工事代金を名目としているが、実際には、モデルルームに使用していない住戸をモデルルームと偽装して使用料を支払ったり、サービス工事の実施を確認しないまま代金を送金したりしていたもので、サービスという名目において実質的に住戸の価格を値引きしたものである。

本件住戸の値引きを行うには、譲渡価格の変更ひいては事業計画及び資金計画の変更を伴うため、公社法二七条、同法施行規則一一条、六条に基づいて北海道知事の承認を受けなければならないのに、被告は、右譲渡価格変更により本件住戸の価格設定の不当性ひいては本件住戸の分譲計画自体の誤りが露見するのを回避するため、サービス工事という不明朗な方法をとることにより、右所定の手続を潜脱した。

イ 金額が一律かつ多額であること

本件サービスは、各住戸の専有面積、階数、日照等、住戸の価値に差異をもたらす個別的事情を問うことなく、平成七年八月から平成八年四月までは七〇〇万円、同年五月からは一〇〇〇万円相当のサービスをするものである。この金額は、合理的根拠なく機械的一律に決定された上、金額自体が巨額に上るため、右の個別的事情を異にする住人間に著しい実質的不公平をもたらした。

ウ 秘密裡かつ恣意的になされたこと

本件サービスは、公告又は公示も、本件住宅の管理組合や個々の入居者に対する通知も欠いたまま行われた。被告は、本件サービスの実施に先立ち、原告ら既入居者に対して告知することのデメリットを考え、あえて秘密裡に本件サービスを実施したもので悪質である。また、本件サービスは、個別的なサービス額が売買交渉時の入居者の反応に応じて不平等に決められ、本件サービス実施以前に住戸を購入した者に対しても、物件の引渡しが平成七年六月一五日以降であれば例外的に適用されるなど、極めて恣意的かつ不合理な運用がなされた。

エ 経理処理の不当性

被告は、本件サービスの財源として損失等引当金を充てていたが、かかる処理をするためには、北海道住宅供給公社会計規程や企業会計原則に照らし、いったん事業外収入に計上した上で引当金充当等の処理を行わなければならないのに、こうした適正な会計処理を怠った。

オ 伏見サンタウンとの不平等取扱い

被告は、本件住戸の販売と相前後して、共同住宅「伏見サンタウン」の分譲を開始し、同住宅について、平成六年一月に本件住宅と同様に一〇〇万円のサービス工事を行ったが、同年八月、既購入者を含む全戸の区分所有者に対し、販売価格の変更の手続をとり、一戸平均四五三万円を減額し又は返還している。

被告は、私企業と異なり、公社法に基づき、勤労者に居住環境の良好な集団住宅を供給する責務を負う公法人であり、その設立、財務、事業計画等に地方公共団体が関与する地方公共団体に準じた公的組織として高度の社会的な信頼及び評価を得ていたから、住民に対する公平性、平等性が要請される。本件住宅と伏見サンタウンは、入居者募集開始時期もほぼ同じであり、販売不振の事実も共通であったから、公平、平等の要請に従い、本件住宅についても同様の販売価格変更を行うことが要請されたのに、被告は、これをせず、本件サービスによる実質的値引きを行った。これは、被告の公的責務に反し、著しく公正さを欠く不公平な行為である。

(2) 公社割賦払制度の適用による実質値引き

被告は、平成八年四月から、本件サービスとあわせて、年利一パーセント、一〇年間元金返済据置きという破格の条件による公社割賦払制度を適用したが、かかる破格の条件による融資自体、実質的な住戸の値引きに当たる。同制度における利率は、被告自身の資金調達の金利よりも低く、被告の資金計画に影響を及ぼすものであるから、被告は、同制度の導入により被告の運営の健全性が影響を受け得ることを予想できた。また、被告は、同制度を利用すれば支払能力のない者も本件住戸を購入できることから、支払能力に問題のある不良入居者の多発を招き、管理組合の運営に支障を来しかねないことも容易に予想できた。

したがって、被告は、公社割賦払制度の導入に際し、右の諸点を慎重に検討し、特に資金計画については理事会又は運営委員会の議決手続を見て北海道知事の承認を受けるべきであったのに、右検討や手続を怠り、役員会決裁によって同制度の導入を決めた。

(3) あっせん業者の適格性審査について

被告は、前記のとおりあっせん業者に本件住宅の販売あっせん業務を委託した際、信用情報機関の調査結果等の客観的資料によりあっせん業者の適格性を審査せず、商業登記簿謄本やあっせん業者自身の作成した業績書のみを資料にして審査し、十分な確認、調査を怠ったまま、当該業者に対し、本件住戸の販売勧誘、物件説明、契約説明、入居者資格の審査等のすべてを任せ、被告の担当職員が入居希望者に対し改めて説明を行うこともないなど、あっせん業者に対する十分な監督を怠った。その結果、被告に対する詐欺行為を行うような不良あっせん業者が関与し、かかる業者の仲介により、多くの不良入居者、暴力団員が入居するに至った。

また、被告は、原告らに対し、本件住宅には暴力団関係者等、問題を起こす人物が入居しないよう、入居資格の厳格な審査を行う旨説明していたが、実際には、住宅金融公庫の提携金融機関や信用保証機関による必要な審査が行われたのみで、被告独自の調査を怠っていた。

特に、本件サービスにおいては、入居者が実際に工事を行ったか否かを調べず、工事と無関係の費用も含め、工事費名目で入居者に送金し、モデルルーム使用料や補修費についても、入居者の希望額を頭金として割賦金に充当し、残額を現金で取得できるようになっていたから、入居者は、被告と売買契約を締結するだけで数百万円を取得できた。かかる取扱いは、専ら現金取得を目的とした不良入居者を誘引する危険が高かったのに、被告は、かかる危険性を検討せず、問題人物が入居しないようチェックせず、前記のとおりずさんな手続で選定したあっせん業者に業務全般を委ねていた。

(4) 更に、被告は、販売担当職員やあっせん業者の従業員を通じて、原告らに対し、本件住戸の高規格性、高品質性、管理体制やアフターサービスの充実を強調し、審査基準が厳しく暴力団員等を入居させないこと、本件住戸が高規格高品質であり、被告が公的組織であることから、今後も値引きは一切せず、またできないなどと説明し、原告らに、本件住戸において将来にわたり安全かつ快適な居住環境が約束されていると信頼させ、本件住戸を購入させた。

被告による前記のような販売方法は、原告らの被告に対する信頼を裏切るものである。

(二) 原告らの被った不利益

(1) 本訴提起当時において、本件住戸のうち少なくとも五戸は、暴力団関係者が所有し又は入居していた。これらの者は、深夜、明け方に出入りし、駐車場内で騒ぎ、ベランダで大声で話すなどの迷惑行為に及び、住民に恐怖と不安を与えている。平成七年まではかかる迷惑入居者は見られなかったことから、被告の前記の販売方法によってこのような入居者が生じたものである。

(2) 平成八年六月以降、本件住宅の管理組合費、修繕積立金、駐車場利用料等(以下「管理費等」という。)を滞納する不良入居者が現れ始め、右時期以降の本件サービスを受けた入居者六八名のうち、最も多いときで四八名が管理費等を滞納し、その中には入居当初から支払わない者もいた。

このような状況では、本件住宅の管理組合が財政的窮状に追い込まれ、本件住宅の維持、保守管理等に重大な支障が生じるおそれがある。

(3) 本件住宅の入居者のうち、本件サービス名目の実質値引きを受けた者とそうでない者との間に感情的な対立が生じ、良好な共同生活を営むことも、管理組合の円滑な活動を図ることも困難である。

(4) これらの不良入居者は、管理組合の運営に協力しないため、管理組合の意思決定が著しく困難になっている。

(5) 本件住戸の財産的価値は、本件サービス名目の値引きや、不良入居者の入居によって著しく下落した。また、以上の問題点がマスコミにより報道されたため、高品質、良好な環境という本件住宅のイメージが崩壊し、本件住宅の住人であること自体がマイナスイメージとなり、ますます住みにくくなっている。

(三) 解除原因

(1) 信義則違反

共同住宅においては、各住戸の価値は、個々の住戸のみならず、共用部分の管理状況、他の住戸の居住者、居住者全体が形成する共同体のあり方などの居住環境の評価、価値に左右され、住戸の購入者も、かかる居住環境によって各住戸の価値を判断する。被告は、原告らに対し、本件住宅の規格、品質ないしグレードの高さをうたい、値引きしない旨説明し、充実した管理体制やアフターサービス、暴力団関係者の排除等による良好な居住環境を強調し、原告らは、被告が高い社会的信用を得ていたことから、右説明を信頼して本件住戸を購入した。

また、被告が七〇〇万円のサービス工事実施を内部決定した平成七年七月当時、本件住戸のうち既分譲分は一〇八戸、未分譲分は七四戸であり、未分譲住戸の販売方法が、本件住宅の高い安全性、品質又はグレードを実現できるか否かを左右する状況であった。

被告は、本件各売買契約の当事者であると同時に、未分譲(又は買戻しをした)住戸の区分所有者であるが、右の事情に照らすと、信義則上、他の区分所有権者である原告らの権利利益を侵害しないようにすべき高度の義務を負う。前記(一)(1)イウエ、同(2)のとおりの実質的値引きは、原告らの信頼を裏切る著しい背信行為であって、信義則違反であり、このこと自体が本件各売買契約の解除原因に当たる。

(2) 説明義務違反ないし断定的判断の提供

被告は、原告らに対して本件住戸を販売する際、担当職員又はあっせん業者の従業員を通じ、将来値引き販売をする可能性を告知せず、かえって、本件住戸は高品質、高規格であるから値引き販売はしない、将来も値引きはしないなどと説明したり、暴力団関係者が入居しないよう厳しく審査しているなどと述べていた。

被告は、専門知識を有する公法人であるから、本件各売買契約の締結に際し、専門家としてのサービスを提供する義務があり、これと矛盾する内容の不正確、不適切な情報を提供した行為は、それ自体として被告の注意義務違反を構成する。高度の社会的信頼を得ていた被告の場合、前記のような言動がセールストークないし駆引きとして社会通念上容認される余地はないし、あっせん業者による同様の言動を放任することも、不正義を放置する不当な行為である。被告の不正確な情報提供により、契約を締結するか否かについての原告らの自律的決定権が侵害されたから、契約締結上の過失に基づく債務不履行を構成する。

(3) 売買契約の余後的付随義務違反

ア (1)記載の事情に照らすと、被告は、原告らに住戸を分譲した後も、本件住戸全部の分譲が終わるまでの間、本件住宅の居住環境や財産的価値をことさらに低下させない義務を負う。被告が勤労者に居住環境の良好な集合住宅を供給することを目的とする公法人であることからすると、右義務の程度は高度である。

イ 被告が本件サービスや公社割賦払制度の導入を行い、販売業務全般をあっせん業者に委ねた場合、前記(一)(3)のとおり現金取得を目的とした不良入居者が多発することは容易に予想し得るところ、被告自身には応募者が不良入居者であるか否かを適切に審査選別する能力がないから、被告は、そもそも不良入居者が多発する危険のある右のような販売行為自体を行うべきではなかった。仮にそうでないとしても、被告は、あっせん業者の適格性を審査し、その業務の実際を監督するとともに、問題人物が入居しないよう入居者の審査をすべきであった。しかるに、被告は、右のような販売行為に及びながら、あっせん業者及び入居者に対する審査等を怠ったものであるから、本件各売買契約の付随義務違反の債務不履行があったというべきである。

ウ 被告は、右債務不履行により、原告らに対して約束していた良好な居住環境を提供できず、もはや居住環境の回復は不能である。したがって、原告らは、契約の目的を達成できないものとして、民法五四三条に基づき、本件各売買契約を解除することができる。

(4) 民法五七〇条の準用ないし類推適用

(一)記載の本件住戸の値引き販売により、右値引きを受けた者とそうでない者との間に感情的対立が生じ、管理費等を滞納する不良入居者が多発し、本件住宅の維持管理に支障が生じているほか、複数の暴力団関係者の入居により重大かつ深刻な居住環境の悪化が生じている。以上の状況は将来も続くことが予想され、共同住宅の住人らは、共同して住宅を管理し使用すべき運命共同体的関係にあるのに、かかる関係が築けなくなっていることからすると、右事情は、本件住宅の後発的瑕疵に当たる。売買契約において売主が無過失の瑕疵担保責任を負う(民法五七〇条)こととの均衡上、原告らは、被告の行為によって生じた後発的瑕疵を理由として、同条の準用又は類推適用により本件各売買契約を解除することができる。

(5) 事情変更の法理

① 本件各売買契約については、原告らに対する本件住戸の分譲後、本件サービス及び公社割賦払制度の導入による実質値引きが行われ、暴力団構成員が複数入居するなど、契約締結の基礎となった事情の著しい変更があり、② 原告らは、本件住戸は値下げ、値引きしない、入居者間で不公平な取扱いもしない旨の被告担当職員の確約を信頼し、①の事情を予見できなかったものであり、③ ①の事情変更について原告らに帰責事由はなく、④ ①記載の事情に照らすと、原告らを本件各売買契約の締結当時の内容に拘束することは著しく信義に反するといえるから、原告らは、事情変更の法理に基づき、本件各売買契約を解除することができる。

(四) 損害賠償

(1) 発生原因

ア 債務不履行責任

(三)(1)ないし(3)記載のとおり、被告は、信義則違反、契約勧誘上の違法事由、余後的付随義務違反の各債務不履行に基づき、原告らに対し損害賠償義務を負う。

イ 民法五七〇条の準用又は類推適用

(三)(4)記載のとおり、被告は、本件住戸の後発的瑕疵に基づき、民法五七〇条の準用又は類推適用により、原告らに対して損害賠償義務を負う。

ウ 事情変更の法理

(三)(5)記載の事実から、被告は原告らに対し損害賠償の義務を負う。

エ 管理組合規約違反

本件住宅の管理規約によれば、区分所有者は、専有部分を暴力団組織及びその構成員に対し譲渡してはならず(一九条三項)、入居者が暴力団構成員であると判明したり、当該入居者が建物内に暴力団構成員・準構成員等を居住させ又は出入りさせた場合を解除事由として契約書に明記しなければならない(同条四項、二項一号、三号)から、被告は、本件住戸を暴力団構成員に売却しない義務を負うところ、現金交付方式による本件サービス(前記(一)(1)イオ)や公社割賦払との抱合せによる実質的値引き販売を行い、暴力団関係者や不良入居者が多数入居する事態を生じさせた。これは、区分所有者である原告らとの関係において、管理組合規約違反として債務不履行となるから、被告は、原告らに対し、損害賠償義務を負う。

オ 不法行為

(ア) 憲法二九条、一四条違反

被告は、(一)(1)オ記載のとおり地方公共団体に準ずる公的団体であるから、憲法二九条及び一四条に基づき直接原告らに対し義務を負う。

被告による前記の販売方法により、本件住戸の価値が下落したため、原告らの区分所有建物という財産権が侵害されたことは、憲法二九条に違反する。また、原告らと七〇〇万円ないし一〇〇〇万円のサービスを受けた者ら、原告らと伏見サンタウンの販売価格変更によって売買代金の返還を受けた者との間にはそれぞれ著しい不公平が生じているが、これは憲法一四条に違反する。

(イ) 公社法違反

被告は、住宅を必要とする勤労者等に、居住環境の良好な集団住宅等を提供し、もって住民の生活の安定等に寄与することを目的とする法人である(公社法一条参照)が、本件住戸の販売により、入居者の居住環境を破壊し、住民に恐怖と不安を与えているから、公社法一条に違反する。

また、被告は、住宅の譲渡に関する業務を行うには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、譲渡価格が適正なものとなるよう努めなければならない(公社法二二条参照)のに、住戸の在庫を売らんがために恣意的な値引き(本件サービス)を行ったから、同条に違反する。

更に、被告は、事業年度ごとに、事業計画及び資金計画を作成し、事業年度の開始時及びこれを変更しようとするときには、知事等の承認を受けなければならない(同法二七条)。本件サービスは、譲渡価格の変更であり、右各計画の変更に当たることは明らかであるのに、被告は、所定の承認を受けず本件サービスを行ったから、同条に違反する。

(ウ) 区分所有法六条一項違反

前記のとおり、被告は、本件住戸の区分所有者であるが、売残りの本件住戸の販売につき現金を交付するという前記の販売態様は、それ自体が区分所有者の共同の利益に反するものであるから、同法六条一項に違反するものであり、損害賠償の義務を負う。

(エ) 値引き販売の違法

被告の前記のような本件住戸の値引き販売は、① 原告らの本件住戸の財産的価値を違法に大幅に下落させるものであり、② 本件住宅の維持管理費用を滞納する不良入居者や、共用部分をタバコや汚物、嘔吐物等で汚す迷惑入居者、更には複数の暴力団員の入居を招き、③ 入居者間に回復し難い不平等感、不信感をもたらして住民相互の共同体意識を破壊し、④ これらにより管理組合の機能不全や財政危機をもたらしている。

被告は、違法に原告らの財産権及び本件住宅で快適、安全な生活を享受する総体的利益を侵害したから、不法行為として原告らに対し損害賠償義務を負う。

(2) 損害

ア 解除に基づく損害(解除原告らの主位的請求)

別紙原告目録一の請求金額(1)欄記載のとおり、解除原告らの各売買代金額(別紙契約目録の代金額欄に記載のとおり)からサービス工事分の一〇〇万円を控除した金額に各解除原告ら(本件住戸一戸)につき発生する引越し費用二〇万円、慰藉料一〇〇万円、弁護士費用六五万円、以上合計一八五万円を加えた金額

イ (四)(1)の債務不履行又は不法行為(ただし同エを除く。)による損害

原告らは、本件住戸一戸当たり次のとおり合計一五六五万円の損害を被ったから、同額の損害賠償請求権を有する。本件住戸を共有する原告らは、その持分に応じて按分した金額の損害賠償請求権を取得した。

(ア) 値引きによる本件住戸の価値下落分 九〇〇万円

上限を一律一〇〇〇万円とする本件サービスの実施により、本件住戸の価値は一律一〇〇〇万円の目減りを余儀なくされた。原告らは一〇〇万円のサービス工事を受けているので、差額九〇〇万円が原告らの被った損害となる。

(イ) 公社割賦払制度の適用を受けられなかったことによる損失 二〇〇万円

原告らが公社割賦払制度を受けた場合、住宅金融公庫融資との当初一〇年間の負担額格差は一〇〇〇万円以上にのぼる。そのうち二〇〇万円が損害と認められるべきである。

(ウ) 暴力団構成員の入居や不良入居者の多発による居住環境破壊による経済的精神的損害及び被告の値引き販売により公社に対する信頼を裏切られたことについての精神的損害 四〇〇万円

(エ) 弁護士費用 六五万円

ウ (四)(1)エに基づく損害

イ(ウ)記載の損害 四〇〇万円

(五) 不当利得

(1) 本件各売買契約は、一部について暴利行為として民法九〇条に違反するから、当該一部が無効である。

すなわち、高度に公共的性格を有する特殊法人である被告と、一般消費者である原告らとの間の契約においては、暴利行為の客観的要件である「給付と反対給付の不均衡」も柔軟に解釈すべきである。本件各売買契約は、勤労市民の生活のための基本的財産たる住居の購入契約であり、一般消費者に対する不動産取引は、投機色を帯びてはならない。合理的理由もなく目的物について七〇〇万円ないし一〇〇〇万円という一般的消費者にとって巨額の格差を設けることは、給付と反対給付との間に不均衡をもたらす。

また、売主たる被告に相手の無思慮、窮迫、無経験に乗じる意思があるという主観的要件は必要でないか、少なくとも右要件の存在が推定される。

(2) 被告が本件各売買契約に際して前記の違法な勧誘をしたこと、本件住宅の管理運営が阻害され、将来も同じ状況が継続するという被害の特性、被告が住宅を適正に供給する責務を負う特殊法人であり、契約内容の妥当性を確保すべき高度の社会的要請が存在することに照らすと、本件各売買契約は、端的に公序良俗に違反するから、やはり一部について無効である。

(3) 以上によれば、本件各売買契約は、本件サービスすなわち実質的値引き販売の上限額一〇〇〇万円から、原告らがサービス工事により実質的減額を受けた一〇〇万円を控除した九〇〇万円の範囲で無効であるから、被告は、原告に対し、不当利得として同額の金員を返還すべきである。

被告は、本件住戸の価格決定には契約自由の原則が妥当するから、値引き販売があっても違法ではないと主張するが、同原則も公序良俗の枠内でのみ認められるものである。前記に挙げた事情に照らすと、原告らと被告の間において、契約自由の原則は制限されると解すべきである。

2  被告

原告らの主張は争う。

(一) 被告による販売方法の問題点について

(1) 本件サービスについて

ア 本件住戸については、バブル経済崩壊以後の北海道経済の不況から、割高感があり売残りが生じていた上、新築物件として住宅金融公庫による融資を受け得る期間を経過したため、周辺の新築物件と比べて更に販売条件が悪くなった。被告は、かかる経済情勢の変化、住戸そのものの経年劣化を補うため、販売価格は維持しつつ、相当額のサービスを付けて販売したものであり、実質的に価格の適正を保とうとしたものである。かかる行為は、公社法の目的に反しないし、本件住宅の居住環境を破壊するものでもない。

イ 契約自由の原則の下では、売買契約において被告がいかなる売買条件を提示するかは被告の自由である。被告は、本件サービスの実施を公表せず、交渉の中でサービス額を提示することによってできるだけサービスの幅を抑えようとしたものであって、かかる行為自体は違法ではない。

ウ 本件サービスを行うに当たっては、事前に北海道と協議を行っているから、知事の承認を得なかったことが公社法違反となるものではないし、仮にこの点から公社法違反があったとしても、本件各売買契約の効力は何ら影響を受けることはない。

エ 本件サービスの財源として損失等引当金を充てたことは違法ではない。

(2) 公社割賦払制度について

本件住宅は、平成八年四月以降、住宅金融公庫の新築融資の適用対象外となったため、被告は公社割賦払制度を導入した。当初の一〇年間の年利一パーセントという条件は、当時の低金利時代においては異常ではない。一一年目以降は年利四・二パーセントとなるが、完済期限である三五年間の支払利息を通算すると、当時下がりつつあった公庫融資の利率に照らして、大差のない水準であるから、破格の低金利とはいえない。

(3) あっせん業者の適格性審査について

本件住戸の販売あっせん業務を宅地建物取引の資格を有する不動産業者に委託することは違法ではない。あっせん業者は、法律上種々の規制に服していることからすれば、資格を有する者が所定の営業許可を得ていれば、特段の事情がない限り、悪質な詐欺的業者であると疑う必要はないし、これを調査することも不可能である。被告があっせん業者の適格性審査について原告主張のような厳格な手続をとらなかったからといってずさんとは評価できない。

あっせん業者による詐欺事件が報道され、これにより本件住宅のイメージ及び時価が下落したとしても、その責任を負うのは本来の責務に反して詐欺を行ったあっせん業者であり、被告ではない。

(4) 被告の担当職員は、原告らに対し、将来にわたって値引きしないとは述べていない。原告らとの個別交渉において、被告は公社であるから売買代金の値引きはできないと言ったことはあるとしても、第三者に対して販売する場合の価格についてまで約束したことはない。

(二) 原告らの被った不利益について

(1) 本件サービス実施の前と後とで、被告による入居者の資力等に関する審査方法は変わっていない。また、職業が暴力団員であるとして契約申込みをした者はおらず、被告が暴力団員の入居を防止することは不可能であった。仮に暴力団員が本件住宅に入居しているとしても、被告の販売方法との間には因果関係はない。

(2) 本件住宅において管理費等の滞納があるとしても、現在、被告が立替払をしているから、管理組合の運営に支障は生じない。また、管理費等の滞納者に対しては訴えにより回収することが可能であるから、滞納があるからといって直ちに住民が不利益を受けているとはいえない。

(3) 本件サービスを受けた者とそうでない者との間に感情的対立があるとしても、原告らがその気になれば、人間関係を構築することは容易である。また、本件サービスを実施したことは、市場原理に従ったものであって、何ら不当なものではない。

(4) 本件住戸の財産的価値の下落は情勢変化等によるものであって、被告による販売方法とは因果関係がない。資本主義経済体制をとるわが国においては、市場原理に基づき、本件住戸について従前の価格での需要がなくなったからといって、個人の財産権が侵害されたことにはならない。

(三) 被告は、公社法に基づき設立された法人であり、勤労者に良質な住宅を供給する責務を負い、原価より著しく高い価格で住宅を販売して利潤をあげることは望ましくないが、しかし一個の経済主体として住宅を販売することに変わりはない。住宅の価格はその当時の経済情勢、地価情勢、建物そのものの評価によって決まり、原告らは、被告の提示した代金額が住宅の価値に見合うと考えたからこそ住宅を購入したのである。

被告は、当初の販売価格では購入する者が十分いなかったこと、バブル経済崩壊による地価下落、本件住宅自体の経年変化によるイメージ及び価値の下落などを受け、本件サービスを付加することにより販売価格を当時の財産的価値に見合うものとした。原告らは、高い価格で本件住戸を購入したが、その分本件住戸を早期に利用する便益を受けているし、そもそも原告ら自身が本件住戸の財産的価値についての情勢の見通しを誤ったからといって、売主である被告の責任を追及することはできない。

第三認定事実

前記前提事実に《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

一  本件住宅の販売計画及び販売方法について

1  被告は、平成三年三月、理事会において、国鉄清算事業団用地を取得して本件住宅を建築分譲する計画を決定し、同月、事業計画及び資金計画について公社法に基づく北海道知事の承認を受けた。本件住宅は、住宅金融公庫のいわゆる高規格、高品質マンションの融資制度が適用されるものであった。

2  被告は、同年八月ころ、本件住戸の販売価格を六九九三万円から三八三〇万円までの間に設定して募集することとした。右価格は、公社法施行規則六条、一一条の趣旨により、用地取得費用や建物工事費用等の原価を基準とし、各住戸の階層、位置、規模、日照等の事情に応じて各戸ごとに定めたものである。

3  被告は、同年九月から購入者(入居者)を公募したが十分な応募者がなく、その後は先着順受付けとした。しかし、平成四年三月末までの成約(ただし、購入資金の一部の積立契約が締結されたに過ぎず、本件住宅の竣工後に正式の売買契約が予定されていた。)戸数は一七八戸中四戸と振るわなかった。

そこで、被告は、同年七月、本件住宅の敷地権を所有権から存続期間を六〇年間とする地上権に変更し、地上権価格を土地価格の五〇パーセント、地代年額を被告所有地の底地価格の二・二パーセントとすることにより、販売価格を五一九八万円から二八四七万円までの間とし、当初の販売価格から平均約一二八八万円引き下げた上で再募集を行った。

本件住宅は同年一二月竣工し、入居を開始したが、被告は、その後である平成五年六月、竣工時にさかのぼって地代年額を底地価格の一・一パーセントに引き下げた。

4  一〇〇万円のサービス工事

(一) 更に、被告は、平成六年一月、理事長の決裁を得て、未分譲住戸については一五〇万円、既分譲住戸については五〇万円を上限として、① クローゼットドアの木製品への交換、② 居室内の照明器具設置、③ 居室内のカーテン設置、④ 内部造作工事のサービス工事を行うことを決めたが、その後間もなく、未分譲分と既分譲分の取扱いの公平を考慮して、一律一〇〇万円以内のサービス工事を行った。

(二) 一〇〇万円のサービス工事については、入居者が被告指定の施工業者に依頼しても、自ら別の業者に発注してもよいものとされ、① 右施工業者の行う分については、被告が見積書の提出を受けて請負契約を締結し、工事の施工状況を確認した後に施工業者に対して代金を支払うものとし、② 入居者が自ら発注する分については、原則として入居者の提出する納品書により施工を確認した後、入居者が提出する業者の請求書又は領収証により、代金をそれぞれ業者又は入居者に支払うものとしていた。

しかし、右サービス工事は、実際には、工事の施工を確認しないまま一〇〇万円を送金したり、工事を希望しない者に対しても一〇〇万円を送金したりするなど、実費補償の趣旨を離れた一律の値引きであった。

5  原告らに対する本件住戸の販売

原告らは、前記のとおり、平成四年から平成七年二月までの間に、本件住戸を買い受けたものであるが、被告の担当職員及び北創ホームの従業員は、契約交渉の際、原告らに対し、マンションの構造面からみた規格、品質の高さを説明して勧誘した。原告らの中には、暴力団関係者の入居を心配し、問い合わせる者もあったが、担当職員らは、入居資格を厳重にしているから心配ないとか、高価格のマンションであるから怪しげな者は入居できないとか、公庫融資の審査をしているからその心配はないなどと述べていた。

また、原告らの中には、本件住戸が周辺のマンションよりも二、三割程度割高であると感じ、民間マンションで値引きが行われていることを知っていたことなどから、値引きを求めた者もあったが、担当職員は、既に敷地権を地上権とすることにより販売価格を下げている、公社が販売するものであるから値引きはできない、今後も値引きはしないなどと述べて購入を勧めた。被告は、原告らに対し、本件住戸を販売し、販売の際又は事後的に、一〇〇万円のサービス工事を行った(工事をしていなくても現金を交付していたことは前記のとおりである。)。

6  本件サービス

(一) 被告においては、平成七年八月、本件住戸が周辺の民間分譲マンションと比較して一〇〇〇万円程度割高であるという認識の下、理事長の決裁を得て、未分譲の本件住戸につき、次の根拠により、七〇〇万円を上限としたサービスを行うこととした。

(1) モデルルーム使用料 二七三万円程度

本件住戸に家具及び調度品を設置し、モデルルームとした上で顧客を案内し、契約後引渡し前に当該家具、調度品を撤去するが、撤去までの間のモデルルーム使用料として、購入代金から一定金額を控除する。

(2) 補修費 二二七万円程度

顧客の購入意欲を誘引するため、経年による補修費として一定金額を顧客に支払う。

(3) サービス工事 二〇〇万円程度

(4) 以上合計 七〇〇万円程度

(二) ところで、被告は、平成六年八月、本件住宅と同じく被告が建築分譲したマンションで販売が低迷していた伏見サンタウンについて全戸の販売価格を変更し、一戸当たり平均四五三万円の代金減額又は返還を行った。

しかし、伏見サンタウンの既分譲戸数は本件住宅に比べて少なく、立地条件等が本件住宅より劣るため、優先的に販売促進を図る必要があったこと、その反面、本件住宅の既分譲戸数が多く、全戸に適用される価格変更を行うと多額の代金返還を余儀なくされることなどから、被告は、本件住宅については、新規購入者のみを対象とした本件サービスで対応することとした。具体的には、① 本件サービスをあらかじめ公表せず、担当職員が顧客との個別対応において周知すること、② 既入居者には適用しないこと、③ すべての未分譲住戸をモデルルームとして使用することにより、値下げを可能にすることとした。

(三) 被告は、本件サービスについて、北海道知事の承認を要する価格変更に当たるか否かを北海道と協議したが、北海道は、本件サービスが、年数の経過に伴う資産価値の低下を補うものであるという理由で、知事の承認は必要ないと判断した。

(四) 被告は、七〇〇万円のサービスを実施したが、期待に反して一二戸しか販売できなかった。そこで、被告は、平成八年五月、理事長の決裁を得て、本件サービスの範囲について、個別の決裁により三〇〇万円を限度として増額できることを決めた。その根拠は、6(一)のうち補修費分を、従来の二二七万円程度から五二七万円程度にまで増額するというものであった。

被告は、右増額に先立ち、同年二月、本件住戸の価格鑑定を依頼したところ、B棟三〇五号(販売価格三六五九万円)の時価は二二二〇万円という結果であった。また、不動産仲介業者によるB棟二〇九号の販売広告によると、同年五月一五日を情報公開日とする売買代金が二九八〇万円とされていたが、同住戸のもともとの販売価格は五〇〇八万円であったものであるから、本件住戸の価格が従前と比べてかなり低下していることを窺わせた。

(五) 本件サービスにおいては、被告と購入者の間で、売買契約とは別個の覚書を作成し、その中でサービス分を割賦金に充当する旨合意するのを基本としたが、購入者が工事を希望する場合などは、領収証等の提出を求めて現金を振り込むという扱いがなされ、その際、従前と同様に、見積書や領収証が十分でなくとも現金を振り込むという運用が行われ、いずれにせよ、本件住戸の値引きの性格を有するものであった。

(六) 被告は、平成七年八月二六日から平成九年三月二五日までの間に、個人法人合わせて六八名の者に対し、本件サービス付きで本件住戸を販売した。

また、本件サービスの中には、右上限額を超えてなされたものもあり、後日北海道が調査したところ、本件サービス以外のほか、これに付加して行われたその他の改装工事費用等も含めて総額を計算すると、七〇〇万円のサービスのうち五戸、一〇〇〇万円のサービスのうち二七戸について、上記金額を超えていた。

7  公社割賦払制度

(一) 本件住宅の購入資金融資に関しては、竣工後は一般分譲住宅として、住宅金融公庫の新築融資の適用を受けていたが、同適用の期間が経過し、平成八年四月から中古融資の対象となり、貸付限度額、金利、償還期間の諸条件が悪くなり、販売条件が不利になる状況であった。

(二) 被告は、右状況を受け、本件住戸の販売促進を目的として、6(四)の本件サービスの増額とあわせて、次の条件により、北海道住宅供給公社割賦払規程に基づく公社割賦払制度を導入することとした。

(1) 償還期間 三五年以内

(2) 金利 当初一〇年間を年利一パーセント、一一年目から三五年目までを年利四・二パーセントとする。

(3) 当初一〇年間は元金返済を据置きとし、購入者の希望により右期間を延長することができる。

(三) なお、公社割賦払制度の導入当時、全国の地方住宅供給公社中、少なくとも六公社においては、当初一〇年間は年利〇ないし一パーセントとし、その後金利を上げる制度を実施又は導入を検討しており、被告は、右情勢をも考慮の上、右条件を決めた。

(四) (二)項の条件による公社割賦払制度を利用して本件住戸を購入した者は、平成八年六月一五日から平成九年三月二五日までに購入した合計五四名であった。

8  あっせん業者への業務委託

(一) 被告は、本件住戸の販売促進のため、北創ホームに対して販売補助業務を委託した。

(二) また、被告は、本件サービスを一〇〇〇万円に増額した後、平成八年六月一日から同年九月二〇日まで信和建物に、同年八月一日から同年九月二〇日まで総合都市管理に、同年九月から平成九年三月三一日まで北創ホームに、それぞれ本件住戸の販売あっせん業務を委託した。

二  入居者に対する審査

被告は、平成八年三月までは、住宅金融公庫の新築融資について、償還金月額の四ないし五倍以上の月収があることを必要とする所得要件があるため、被告が購入希望者から地方自治体の発行する所得証明書、印鑑登録証明書及び住民票の提出を求め、公庫融資の提携金融機関による右所得要件等の審査を経たのち、被告の担当職員が直接売買契約の締結に当たり、購入希望者から購入動機、資金計画、家族構成等を聴取するなどし、特段の問題が窺えない限り、売買契約を締結していた。

そして、同年四月に公社割賦払制度を導入した後は、被告は、右と同様の基準により自らが所得証明書等の提出を受け所得要件等を審査した。被告は、当初、所得要件にかかわる償還金額を初めの一〇年間のもの(元金据置き、利息年率一パーセント)を基準としていたが、余りに低い所得の者でも借入が可能となるため、一、二件の成約があった後、一一年目以降の償還金額を基準として所得要件を審査することとした。公社割賦払制度の導入後も、売買契約締結に際して、被告担当職員が直接購入希望者から購入動機、資金計画等を聴取することには変わりがなかったが、同年六月一日にあっせん業者に販売あっせん業務を委託して以後は、購入希望者の審査も全面的にあっせん業者に任せ、被告の担当職員による購入希望者からの事情聴取は、提出書類の記載事項を確認する程度の形式的なものに過ぎなかった。また、被告の担当職員は、本件サービスの内容について、あっせん業者から説明がなされているとして、自らが直接購入希望者に説明しないこともあった。

なお、購入希望者がいわゆるブラックリストに登載されているか否かは、公庫融資の提携金融機関及び公社割賦払融資の保証機関の審査に委ねていたが、ブラックリストに登載された者が購入を申し込んだため、当該審査を通らないという事例も複数あった。

三  あっせん業者の選定経過とあっせん業者による詐欺事件の発生

1  被告は、前記のとおり平成三年中から北創ホームに対して本件住戸の販売補助業務を委託していたが、その営業形態は、販売センターにおける客待ち営業であった。

被告は、かつて被告理事を務めた者から、不動産仲介業者として信和建物の紹介を受け、平成八年二月、同社に対し、外回り営業による顧客の獲得を目的として、伏見サンタウンの販売あっせん業務を委託した。被告は、右委託契約に先立ち、信和建物の定款、事業経歴書及び商業登記簿謄本の提出を受けたが、それ以上に信和建物やその従業員に対する信用調査をすることがなかった。

信和建物は、伏見サンタウンにおいて好調なあっせん実績を上げたため、被告は、同年六月一日、本件住宅についても信和建物に対して販売あっせん業務を委託した。

被告が総合都市管理にあっせん業務を委託した経過は不明であるが、被告が総合都市管理を選定する際に同社やその従業員に対する信用調査をした形跡はない。

2  信和建物は、従業員のC川松夫(以下「C川」という。)を担当者として販売あっせん業務を行っていたが、C川は、被告に対し、伏見サンタウンに関する業務では、信和建物でも工事の施工が可能であるして本件サービスによる現金振込先を信和建物の預金口座にするよう申し入れ、更に同年六月中には、税務対策上必要であるとして、C川が代表者を務めるD原なる会社の預金口座に変更するよう申し入れたが、被告は、その理由を問いただすことなく、右申入れに応じた。

しかし、C川は、本件住宅の購入希望者に対して、本件サービスの金額を正しく説明しないまま、被告に対するサービス工事費用等の振込申込書を作成、提出させ、サービス工事費用等に充てられる目的で被告から送金された金員の大部分を不正に領得していたものであり、後日、これが発覚し、詐欺罪により実刑判決を受けた。

C川は、ブラックリストに登載され、納税申告をしていない者であっても融資の審査を通るとか、所得を水増しして入居条件をクリアすれば、三〇〇万円単位の現金がすぐ手に入るなどと述べて購入希望者を勧誘し、虚偽の源泉徴収票等を用いて購入希望者に虚偽の修正申告をさせ、過大な収入を得た旨の所得証明書の発行を受けさせ、これを公社割賦払の申請書類とするなど、不正な手段を用いて本件住戸の購入をさせた。C川のあっせんにより、又はそれを契機として、合計四名の暴力団関係者が、公社割賦払制度を利用して本件住戸を購入した。

3  本件住宅の成約件数は、平成三年度四戸、平成四年度二五戸、平成五年度五二戸、平成六年度一九戸、平成七年度一四戸、平成八年度五八戸であり、平成八年度の成約件数のうち、三一戸が信和建物により、七戸が総合都市管理によりあっせんされた。

四  本件住宅の現状

1  以上の経過により、本件住宅は、平成八年度末時点で、売残り戸数が六戸にまで減少した。

2(一)  ところで、本件住宅においては、平成八年の夏ころから、建物内にタバコの吸い殼を捨てたり、エレベーター内でたんを吐いたり、ルール無視の駐車をしたり、駐車場で怒鳴り合ったり、路上にゴミを捨てたりするなど、風紀が乱れ、暴力団員風の男が何人も出入りする光景も見られるようになった。

(二) 平成九年初めころから、警察官が情報収集や入居者の動静確認のために頻繁に本件住宅を訪れるようになり、本件住宅内で入居者又はその関係者に対する逮捕がなされたこともあった。平成九年六月ころ、被告が北海道警察本部に問い合わせたところ、少なくとも三名の暴力団関係者が本件住宅内に入居している旨の回答を得た。本件住宅の管理組合の調査によっても、本訴提起時(平成九年一一月七日)、五戸に暴力団関係者が入居していることが明らかとなっている。右暴力団関係者は、いずれも平成八年六月以降に本件住戸を買い受けている。

(三) また、右管理組合の調査によると、本件サービスが決定した平成七年八月以降に本件住戸を購入した六八名のうち、本訴提起当時で三〇名(そのうち二九名が平成八年六月以降の購入者である。)、平成一〇年一〇月当時で四三名が、常習的に管理費等を滞納していた。これらの滞納者のほとんどが、平成八年六月以降にあっせん業者のあっせんにより本件住戸を買い受けた者である。平成一〇年九月時点における管理費等の滞納合計額は約一二〇〇万円に達している。

右六八名のうち、公社割賦払制度を利用した者は少なくとも五三名いるが、そのうち二七名が、本訴提起当時、管理費等を滞納していた

管理費等の滞納が深刻な問題となったため、被告は、平成九年六月一七日、右管理組合との間で、当分の間、管理費等収入の不足分を被告が立て替える旨の協定を締結し、これに従って補てんを行っている。

(四) 右管理組合において、平成八年度総会は、同年六月二三日、組合員総数一一五名に対し六五名の出席又は委任状提出により開催され、平成九年度総会は、同年五月一八日、同じく一七一名中八八名の出席又は委任状提出により開催された。右管理組合は、規約の変更、共用部分等の変更又は処分などの特別多数を要する重要な決定が容易でない状況にある。

3  平成九年六月から同年一一月にかけて、本件住戸の販売に関して本件サービスが行われたこと、あっせん業者の従業員であるC川による詐欺事件が発生したこと、本件サービスを受けた購入者の中に管理費等及び公社割賦金の返済を滞納している者が大量にいることなどが、被告の不祥事として新聞報道され、本件住戸は、年数の経過やマンション市況による下落分以上に、イメージの低下による悪影響を受けており、転売が容易でない状況にある。

4  被告は、平成一一年三月末までに、一八名の入居者に対し、公社割賦金の滞納を理由として本件住戸の売買契約を解除し、その後、明渡しを求める訴訟を提起するなどして、平成一二年五月までに少なくとも八戸の明渡しを受けている。公社割賦金の返済を滞納している入居者のほとんどが、平成八年六月以降にあっせん業者のあっせんにより本件住戸を買い受けた者である。

第四当裁判所の判断

一  本件各売買契約の解除事由について

1  債務不履行及び民法五七〇条の類推

(一) 原告らは、被告による本件住戸の値引き販売が、被告の負う信義則上の義務違反、説明義務違反又は余後的付随義務の不履行を構成するとして、原告らは本件各売買契約を解除することができる旨主張する。

しかし、仮に被告に右のような各義務があることを肯定し得るとしても、売買契約上の本質的な義務とはいえない右各義務の不履行によって直ちに原告らが契約解除権を取得するものではなく、少なくとも義務違反を構成する各事由の存在によって本件各売買契約の目的を達することができないときに限り、本件各売買契約を解除できるものと解するのが相当である。また、原告らは、民法五七〇条の適用又は類推適用による本件各売買契約の解除を主張するけれども、この場合についても、同条、同法五六六条一項に従い、本件各売買契約の目的を達することができない事情があるときに限って、同契約を解除することができる。

(二) そこで検討すると、前記認定事実に《証拠省略》を総合しても、本件住宅内における暴力団関係者等の入居による風紀の乱れ等により、原告ら入居者が日常生活において不快、不安に感じることがあり、また、管理組合の運営も必ずしも円滑でなく、被告に対する不信感から契約解消を望む入居者も少なからずいることが窺われるものの、原告らが引渡しを受けた本件住戸において日常生活を営むことが不可能又は困難であるなど、本件各売買契約の目的を達することができないと評価できるまでの事情は認められない。

したがって、原告らの右主張は採用することができない。

2  事情変更の法理

原告らは、事情変更の法理に基づき、本件各売買契約の解除ができる旨主張する。

原告らと被告の間で本件各売買契約を締結した以上、両当事者はその合意内容によって拘束され、その後の事情の変化によってその影響を受けないとするのが、契約法における大原則である。そして、本件各売買契約を事情変更に基づいて解除できるというためには、物と代金の等価関係が著しく破壊されたなど、当初の契約内容によって当事者を拘束することが信義に反するといえるほどの著しい事情の変化があったことを必要とする。

これを本件についてみるに、前記認定事実及び《証拠省略》によれば、価格鑑定の結果、販売価格三六五九万円の本件住戸が平成八年二月時点で二二二〇万円にまで下落していたこと、当初四〇〇〇万円で購入した原告E田竹夫の本件住戸が平成一一年三月時点で二五〇〇万円程度に下落しており、専門業者によれば、イメージの低下により更に一〇〇〇万円程度の下落が予想されるというものであったことが認められるけれども、これによっても、いまだ本件住戸と代金との等価関係が著しく破壊されるに至ったとまで評価することはできない。また、前記認定のような暴力団関係者や不良入居者の入居による居住環境の悪化を考慮しても、著しい事情の変化があったと認めることはできない。

したがって、原告らの右主張は採用する余地がない。

3  以上によれば、本件各売買契約の解除を理由として原状回復を求める原告らの主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  債務不履行による損害賠償義務の有無について

1  まず、被告の本件住戸の値引き販売による影響についてみるに、この点について、原告らは、被告による本件住戸の値引き販売は、① 原告らの本件住戸の財産的価値を大幅に下落させるものであり、② 本件住宅の維持管理費用を滞納する不良入居者や、共用部分をタバコや汚物、嘔吐物等で汚す迷惑入居者、更には複数の暴力団員の入居による居住環境の悪化を招き、③ ②により管理組合の機能不全や財政危機をもたらしている旨主張する。

(一) 原告らの本件住居の財産的価値の下落の有無についてみると、前記認定の事実によれば、① 本件住戸の価格は、価格設定に対する法令上の制約、築年数の経過、周辺地区のマンション市場の動向等から、市場価格に見合わない高額になり、そのままでの販売が困難になっていたが、被告は、既に本件住戸の半分以上を販売済みであったため、代金の一部返還を帰結しかねない一律の価格変更手続はとらず、購入希望者との個別の交渉において本件サービスを提示することによって、費用を最小限に抑えながら本件住戸の実質的値引きを行おうとしたこと、② 当該値引き金額は、当時のマンション市況に対する調査結果や専門家による鑑定結果に依拠して決めたものであり、本件住戸の市場価値の下落に対応したものであることが認められる。

右事実によれば、本件住戸の市場価値は、本件サービスの実施前に既に下落していたもので(仮に、被告が、従来の価格を維持して本件住戸の販売を続けたとしても、本件住戸の市場価値が客観的に下落している以上、原告らにおいて当該販売価格で本件住戸を転売できる見込みは極めて低いと考えられるから、結局のところ、本件住戸の財産的価値が維持されるわけではない。)、本件サービスによる本件住戸の値引きは、当該市場価値の下落に対応したものと認めることができる。

そうすると、被告の本件住戸の値引き販売によって、原告らの本件住戸の財産的価値を下落させたとみることはできない。

(二) 次に、不良入居者、迷惑入居者及び暴力団員の入居による居住環境の悪化や管理組合の機能不全等の有無について検討する。

前記認定事実によれば、① 被告は、販売当初は、本件住戸が高価格であることから入居者層も良質であり、入居資格の審査も厳重にしているため、不良入居者が入居する心配はないなどと説明して原告らを勧誘しており、平成八年六月にあっせん業者に販売あっせん業務を委託する前には、被告担当職員による購入希望者の事情聴取等が行われ、その結果、暴力団関係者はもとより、マナー違反を繰り返したり、管理費等を常習的に滞納したりする不良入居者が入居していた形跡はないこと、② 被告は、本件住戸の購入を容易にするため、平成七年八月から本件サービスを実施し(平成八年五月にはサービス額を一〇〇〇万円に増額)、あわせて平成八年四月には他の公社の動向にもならって購入当初の負担額が低い公社割賦払制度を導入したため、購入者は、多額の手持資金や収入がなくとも本件住戸を購入することができ、しかも、売買契約をするだけで数百万円単位の多額の現金を取得できるようになったこと、③ 被告は、平成八年六月以降、本件住戸に販売について、信和建物等のあっせん業者に対し、販売あっせん業務を委託したが、右業者及びその従業員に対する信用調査をした形跡がないこと、④ 被告は、あっせん業者のあっせんによる購入者については、その割賦金の返済意思や資力、資金計画、家族構成等の調査確認をあっせん業者に全面的に任せ、自らは住民票、所得証明書等の必要書類を形式的にチェックするに過ぎず、また、本件サービスの実施についても、あっせん業者の指定する口座にサービスに相当する金員を振り込むなど、あっせを業者に全面的に委ねていたこと、⑤ あっせん業務を委託した後の本件住戸の購入者の中に、管理費等を常習的に滞納する不良入居者が多数発生し(管理費等を常習的に滞納する不良入居者の数は、本訴提起当時三〇名で、その後は四三名に達し、その中には、初めから公社割賦金や管理費等を支払う意思のない悪質な入居者が複数いた。)、その大部分は、あっせん業者によるあっせんによって本件住戸を買い受けた者であること、⑥ とりわけ、信和建物の従業員であるC川は、審査が通れば現金が取得できるなどと述べて購入者を勧誘し、しかも、公社割賦融資の審査においては内容虚偽の所得証明書を作成させるなどして、暴力団関係者、無資力者ら合計三一名に公社割賦払制度の利用による本件住戸の購入をさせたこと、⑦ 暴力団関係者や不良入居者の入居によって、本件住宅における風紀が乱れて、警察による動静調査や逮捕が行われ、原告らが日常生活上不快、不安な思いを余儀なくされており、また、本件住戸の販売に関してC川の詐欺事件が発生し、管理費等を常習的に滞納する不良入居者が多くいることなどが新聞報道され、一般の本件住宅に対するイメージが低下し、本件住戸は通常の価値下落分を差し引いただけの金額では転売が困難であり、また、不良入居者による管理費等の滞納や、管理組合の意思決定が困難であるなどの問題も生じ、原告らの共同生活に対する支障が生じるおそれが続いていることがそれぞれ認められ、以上の認定事実を総合すれば、被告が本件サービスの実施及び公社割賦払制度の導入をした上、あっせん業者に販売あっせん業務を委託し、購入者の審査も全面的に委ねたため、購入希望者に対するチェックが行われず、暴力団関係者や多数の不良入居者が本件住居を購入して入居し、本件住宅における居住環境の悪化や管理組合の機能不全等が生じたものと認められる。

2  以上を前提として更に検討を進める。

(一) 信義則違反

原告らは、まず被告は、未分譲住戸の区分所有者として、他の区分所有者の権利利益を侵害しないようにすべき高度の義務を負い、本件各売買契約時に本件住戸の規格及び品質の高さ、良好な居住環境等をうたい、将来にわたり値引きをしない旨原告らを信頼させ、本件住戸を販売しておきながら、全戸の半分近い数の住戸について本件サービス及び公社割賦払制度による実質的な値引き販売を行い、原告らの本件住戸の財産的価値を低下させ、原告らの被告に対する信頼を裏切ったとして、被告が信義則に基づき損害賠償義務を負うと主張する。

前記のとおり、本件サービスは、七〇〇万円ないし一〇〇〇万円の限度内で、これを公社割賦金の返済に充当して減額し、又は工事費等の名目により購入者が現金の振込を受けるというものであるから、本件サービスを伴う本件住戸の販売は、販売価格そのものの変更はないものの、実質的には値引き販売に当たることは明らかである。

しかしながら、マンションの経済的価値は、需要供給関係その他経済的諸条件によって形成され、とりわけバブル経済崩壊後は、マンションの値下がりが著しい傾向にあることからも免れることはできない。以上のことは、公社法に基づいて設立・運営されている被告が建築分譲するマンションについても同様である。したがって、被告は、建築分譲したマンションの売れ残りがある場合、マンションの市況に応じて、当初の販売価格を値下げしてマンションを販売することが許されるものであり、先に分譲を受けた購入者に対する関係において、未分譲の住戸を値下げして販売しない義務を負っているものではない。

もっとも、前記のとおり、被告の担当職員らが原告らの一部に対し今後も値下げしない旨述べていることが認められるけれども、前記認定事実に照らすと、右言辞は、原告らとの販売交渉の中で、原告らの購入する本件住戸について、一〇〇万円以上の値引きはできない旨を強調するために述べられたものと認めるのが相当であり、被告が原告らに対し未分譲の本件住戸を値引き販売しない旨の約束をしたものと認めることはできない。

次に、前記認定事実によれば、被告は、平成八年四月以降、本件住戸の販売に当たり、公社割賦払制度を導入したものであるが、これは、本件住戸について住宅金融公庫による新築融資が受けることができなくなったために採用されたものであり、当初の一〇年間に限り、元金返済の据置き、年利一パーセントという返済条件としたのも、できる限り当初の返済の負担を軽くし、広く購入者を募るためであったと認められる。そして、被告は、本件住戸の販売に当たり、自らの裁量により右のような内容の公社割賦払制度による融資をすることができるものであるから、既購入者である原告らとの関係において、新規の購入者に対し右のような公社割賦払制度を適用しない義務を負っているものと解することはできない。

以上のとおり、被告は、信義則上、未分譲の本件住戸について実質的な値引き販売をしない義務を負っているものとはいえない。また、被告の実質的値引き販売によって原告らの本件住戸の財産的価値が低下したものではないことは前記のとおりであるから、いずれにしても原告らの右主張は採用することができない。

これに関して、原告らは、被告の本件サービス及び公社割賦払制度という便宜を伴う販売方法によって、その利益を受けた者と原告らとの間に不平等感が生じ、良好な共同体意識が破壊された旨主張するけれども、右のとおり、そもそも被告は、原告らに対し、本件サービスの実施及び公社割賦払制度の導入をしない義務を負っているものではないから、原告らの右主張はその前提を欠く。また、原告らは、本件サービスの問題点として、金額が一律かつ多額であること、原告らに対して秘密裡に行われたこと、伏見サンタウンについて全戸の価格変更を行い代金の一部を返還したことと比べて不平等であることを指摘し、本件サービスの実施が原告らに対する義務違反を構成する旨主張するけれども、右に述べたところによれば、原告らとの関係において、被告が本件サービスの金額を少額に抑えたり、本件サービスの事実を告知したり、あるいは伏見サンタウンと同様に一律の価格変更によって代金の一部を返還したりする義務はないから、右主張も採用することができない。

(二) 説明義務違反ないし断定的判断の提供

被告は、専門業者として、将来にわたり値引きはしない、暴力団員が入居しないよう厳しく審査しているなどと不正確な断定的判断を提供し、原告らの契約締結上の自律的決定権を侵害したから、原告らに対し、損害賠償義務を負うと主張する。

たしかに、被告の担当職員らが原告らの一部に対し本件住戸の販売価格を今後も値下げしない旨述べていることは認められるけれども、前記のとおり、これは、原告らの購入する本件住戸について、一〇〇万円以上の値引きはできない旨を強調するために述べられたものに過ぎず、将来にわたり本件住戸を値引き販売しない旨の約束をしたものと認めることはできない。

のみならず、本件住戸はマンションの一戸であって、商品としての特性を理解するのに高度の専門的知識を要するものとは考え難く、原告らの全部又は一部が、本件住戸の価格を左右する諸事情を理解できていなかったと認めるに足りる証拠はない。原告らの各供述ないし供述記載を総合しても、原告らは、おおむね、本件住戸の価格が高いと認識したものの、本件住戸を購入するに先立って被告の担当職員らの説明を受け、住戸を見学するなどし、住戸自体の品質や管理体制、立地面の魅力などをも考慮し、当時のマンション市況に照らして本件住戸の価値が見合うか否かを判断して購入を決めたものと認められるのであるから、今後値引きしない旨の説明を受けたからといって、原告らの契約締結における自律的決定権が侵害されたとはいえない。

次に、前記のとおり、被告の担当職員又は北創ホームの従業員は、原告らの一部に対し、入居資格を厳重にしているから暴力団関係者は入居できないとか、高価格のマンションであるから怪しげな者は入居できないとか述べていたものであるが、マンションを建築分譲する者としては、暴力団関係者等に対する販売を避けるのは当然のことであり、現に本件住宅においても平成八年六月前には入居者の中に暴力団関係者及び不良入居者はいなかったこと等からすると、被告は、本件各売買契約時、入居者審査等を実施して暴力団関係者や不良入居者に本件住戸を販売しないという意思の下、一部の原告らに対し、右のようなことを述べたものと認められるのであるから、平成八年六月以後に暴力団関係者や不良入居者に本件住戸が販売されたことについて後記のような債務不履行が成立するのは別として、被告が本件各売買契約時に不正確な断定的判断を提供したということはできない。

以上のとおりであるから、原告らの右主張は採用することができない。

(三) 余後的付随義務違反

(1) 原告らは、被告は、原告らに本件住戸を販売した後も、本件住戸全部の分譲が終わるまでの間、本件各売買契約に基づく余後的付随義務として、本件住宅の居住環境や財産的価値をことさらに低下させない義務を負うべきところ、本件住戸の販売に当たり、本件サービスの実施及び公社割賦払制度の導入をし、あっせん業者に販売あっせん業務を委託すること自体、不良入居者が多発する危険な行為であるのに、これを漫然と行い、また、仮にこれらを実行するとすれば、あっせん業者及び入居者の審査等を十分にすべきであるのに、これを怠ったものであるから、被告の債務不履行により本件住宅の居住環境が悪化するなどした旨主張する。

(2) そこで検討するに、本件住宅のようなマンションは、多数の区分所有者が入居することによって全体の居住環境が形成される側面を有しており、特に暴力団関係者や不良入居者が入居すれば、マンションの風紀が乱れ、他の居住者に対し不快感や不安を与えることになる。また、マンションにおいては、区分所有者らによって構成される管理組合により共有部分等の管理が行われるが、入居者が常習的に管理費等を滞納し、管理組合の総会にも出席しないとなれば、管理組合の財源が減少し、多数の出席による特別事項の決定等が不能となり、管理組合が機能不全に陥るおそれがある。そして、以上のような管理組合のあり方を含めたマンションの居住環境のいかんは、マンションの財産的価値を形成する一因となり得るものである。

(3) 本件住宅のようなマンションを建築し分譲する者は、住戸の販売に際しては、代金の支払を受けるのと引き換えに、物件を引き渡し、移転登記手続をするのが基本的義務であるけれども、マンションの居住環境が全体の入居者によって形成されるというマンションの特質等にかんがみると、既に入居した者との売買契約に基づく付随義務として、その後に未分譲の住戸を販売するに当たり、これらを暴力団関係者や不良入居者に販売することを回避しなければならず、具体的状況に応じてそのために必要な方策をとるべき義務を負うものと解するのが相当である。とりわけ、本件住宅については、前記のとおり、被告は、高規格マンションであるなどと説明勧誘し、原告らに販売したものであるから、以上のことはいっそう肯定されるというべきである。

(4) 被告が平成八年六月以降に本件住戸を販売した方法をみると、本件サービスは、多額の現金交付も可能であって、極めて特異なものであり、公社割賦払制度も、一〇年間に限り、元金返済が据え置かれ、年利も一パーセントに押さえられた、当初の返済がかなり緩やかなものであったから、購入意思があってもローン返済能力のない者や購入意思自体疑わしく現金交付を狙って金員を取得しようとする者らが申し込んでくる可能性を否定できないものであった。そして、被告は、信和建物等のあっせん業者に販売あっせん業務を委託したものであるから、右業者の活動によって本件サービスの内容が不特定多数の者の知るところとなり、不良入居者を誘因する危険性が高まったのみならず、多額の現金交付に右業者又はその従業員が介在し、自らがその全部又は一部を騙取するなど不正を働く可能性が生じ、特に右業者又はその従業員と購入希望者が意思を通じ合えば、現金交付を目的として購入申込みをすることが極めて容易となるものであった。

したがって、被告は、以上のような条件下で本件住戸を販売するに当たっては、販売あっせん業務を委託する不動産業者及び販売に携わる従業員の実態等について調査し、信頼し得る不動産業者に委託するとともに、その後においてもその業務を監督し、また、これらの者のあっせんにより売買契約を締結する場合には、被告の担当職員自らが購入希望者との契約締結に当たるのはもとより、購入希望者から購入意思、返済計画、家族構成等を聴取し、真に購入意思及び返済能力を有しているか否か、暴力団関係者か否か等を調査確認すべき義務を負っていたものと認められる。

なお、被告は、あっせん業者は宅地建物取引の資格を有する者であるから、販売あっせん業務の委託をするに際して、あっせん業者の実態等を調査する義務はなかった旨主張するけれども、被告の実質的値引き販売については前記のような非違行為がなされる可能性があったものであり、実際にあっせん業者の従業員であるC川による詐欺事件が発生していることなどに照らすと、あっせん業者が右資格を有しているからといって被告があっせん業者の実態等を調査する義務がなかったとはいえず、被告の右主張は採用することができない。

(5) しかるに、被告は、信和建物については、被告OBの紹介によるとはいえ、同社の定款、事業経歴書及び商業登記簿謄本を提出させたのみで、信和建物やC川の実態については格別調査することなく、総合都市管理についても、その実態を調査した形跡がないのみならず、委託後においても北創ホームを含めてあっせん業者を監督することなく、本件サービスの実行等について右業者の意のままにさせ、また、これらの者のあっせんにより本件住戸の購入を申り込んだ者の調査確認についても、実質的にはあっせん業者に全面的に任せ、自らは形式的に住民票、所得証明書等をチェックするに過ぎなかったものであるから、被告が前記のような調査確認等の義務を懈怠したことは明らかである。

(6) その結果、前記1(二)のとおり、悪質又は不注意なあっせん業者の勧誘等により、本件住戸の売買を介して、暴力団関係者を含む不良入居者が多数本件住宅に入居し、資力や素行に問題のない者同士による良好な居住環境を期待して本件住戸を購入した原告らは、右期待に反した生活上の不快、不安等の不利益を受けているのみならず、管理費等の滞納や管理組合の意思決定の困難等により原告らの共同生活上の利益が侵害されるとともに、暴力団関係者や不良入居者が入居することにより本件住戸のイメージが低下し、本件住戸の財産的価値の低減も招いている。

なお、被告は、自らの能力では暴力団関係者の入居を防止することができなかったものであり、被告の行為と暴力団関係者の入居との因果関係はない旨主張するけれども、前記認定のとおり、被告の担当職員自らが入居者の調査確認等をしていた平成八年六月前には、本件住宅には暴力団関係者はもとより不良入居者も入居していなかったものであり、被告が同月以降、あっせん業者及び購入希望者に対する調査確認等の義務を尽くさないまま、あっせん業者に販売あっせん業務を委託して本件住戸の実質的値引き販売をしたことにより暴力団関係者が入居するに至ったことからすると、暴力団関係者の入居は被告の行為によるものであり、かつ、被告において右調査確認等の義務を尽くせば暴力団関係者の入居を防止することができたものと認められるから、被告の右主張は採用することができない(仮に被告に暴力団関係者の入居を防止する能力がないとすれば、本件サービスの実施及び公社割賦払制度の導入による本件住戸の販売行為そのものと当否が問題となることを付言しておく。)。

(7) 以上のとおり、被告は、本件各売買契約に基づく付随義務として、その後の本件住戸の販売に当たって要求される、暴力団関係者及び不良入居者の購入を回避するためのあっせん業者の調査監督義務及び購入希望者に対する調査確認義務を懈怠し、これによって暴力団関係者及び不良入居者を多数入居させ、原告らに右のような損害を負わせたものであるから、これを賠償すべきである。

なお、右認定のような事実関係の下においては、被告は、不法行為上も、暴力団関係者や不良入居者に本件住戸を販売することを回避するため、販売あっせんを委託する不動産業者及び販売に携わる従業員の実態等を調査するとともに、購入希望者から事情聴取をし、購入意思及び返済能力を有するか否か、暴力団関係者か否かを調査確認すべき義務があったのに、これを懈怠したのは違法であるといえるから、これによる損害賠償の責任も負うというべきである。

(四) 民法五七〇条の準用又は類推適用

原告らは、被告の実質的値引き販売により、本件住宅では値引きを受けた者とそうでない原告らとの間に感情的対立が生じ、管理費等を滞納する不良入居者が多発して本件住宅の維持管理に支障が生じているほか、複数の暴力団関係者の入居により重大かつ深刻な居住環境の悪化が生じており、本件住宅における住人の共同体的関係が築けなくなったことが本件住戸の後発的瑕疵にあたり、民法五七〇条、五六六条の類推適用により被告は損害賠償義務を負う旨主張する。

しかしながら、原告らの主張は、要するに、売買契約締結後の被告自身の行為により原告らに損害を与えたから右損害を賠償すべきだというものであって、契約締結時に存在した事情に基づき、売主に対して無過失損害賠償責任を負わせる民法五七〇条とはまったく事情を異にするものであるから、同条を準用ないし類推適用すべき根拠を欠いているといわざるを得ない。原告らの右主張は失当である。

(五) 事情変更の法理

原告らは、被告の実質値引き販売により暴力団関係者等が入居したことについて、事情変更の法理により、被告は原告らに対し損害賠償をする義務を負う旨主張する。

しかしながら、本件各売買契約について、事情変更の法理の適用により、被告に原告らに対する損害賠償義務を認めることがあり得るとしても、契約の基礎となった事情が著しく変化し、当初の契約内容によって両当事者を拘束することが信義則上相当でないという客観的要件のほかに、当該事情変更についての被告の予見可能性等の主観的な帰責事由があることが必要であると解されるところ、原告らの主張は、これらの点について何ら言及するものではないから、それ自体失当たるを免れない。

(六) 管理組合規約違反

原告らは、被告が本件住宅の管理組合規約一九条三項、四項により、本件住戸を暴力団構成員等に売却しない義務を負うとし、安易な販売方法によって暴力団構成員の購入、入居を招いたことが債務不履行に当たると主張する。

被告は、未分譲の本件住戸を区分所有していた者であるから、本件住宅の管理組合規約の適用を受ける。しかし、同規約一九条三項は、暴力団構成員等への本件住戸の譲渡・賃貸の禁止を定め、同条四項は、事後的に入居者が暴力団構成員等であると判明した場合に譲渡又は賃貸契約を解除できるよう契約書に明記すべきものと定め、更に同条五項が、同条三項を遵守しない者に対し、暴力団構成員等の排除と損害を被った者に対する賠償の責任を定めていることにかんがみると、同条三項、四項は、故意に暴力団関係者等に本件住戸を譲渡・賃貸することを禁止し、右禁止条項をあえて遵守しない者に対して損害賠償責任を定めているものと解される。したがって、同規約を根拠として、過失によって暴力団関係者等の入居を招いた者の損害賠償義務を認めることはできない(なお、被告が、買主が暴力団関係者であることを認識して本件住戸を売却したと認めるに足りる証拠はない。)したがって、原告らの右主張は採用することができない。

三  不法行為による損害賠償義務について

1  憲法違反

原告らの主張は、要するに、被告の実質的値引き販売が原告らの財産権を侵害する行為であり、著しい不平等取扱いであって、不法行為を構成するというものと理解されるが、被告は、本件各売買契約の後、原告らに対し、事後的に値引きしたり、低利の融資制度に切り替えたりする義務はなく、原告ら以外の者に対し、マンション市況に応じて、原告らに対する販売価格よりも値下げして本件住戸を販売したり、当初負担の軽い融資制度を適用したりすることは、被告の裁量によりなし得ることであり(公社法等による制約があるとしても、内部的なものに過ぎない。)、これをもって憲法二九条、一四条に違反する違法行為であるということは到底できないから、原告らの右主張は採用することができない。

2  公社法違反

原告らは、被告の実質的値引き販売は、公社法一条、二二条、二七条に違反するから、被告は原告らに対して不法行為責任を負う旨主張するけれども、右各規定は、いずれも目標規定又は内部規律であり、不法行為上の違法性の判断基準を考慮する際のひとつの要素にはなり得るとしても、右各規定に違反することから直ちに不法行為上も違法であるということはできないから、原告らの右主張は採用することができない。

3  区分所有法六条一項違反

原告らは、被告の実質的値引き販売の態様は、区分所有者である原告らの共同の利益に反し、同法六条一項に違反する旨主張するけれども、同項は、建物の管理又は使用に関して区分所有権や敷地利用権の行使に対する制限を定めるものであり、区分所有者が第三者に区分所有建物を譲渡する態様についてまで規制するものとは解し難いから、被告の販売行為について同項違反があったとは認められない。したがって、原告らの右主張は採用することができない。

4  値引き行為の違法について

原告らは、被告の実質的値引き販売が違法である旨主張する。

前記二2(三)(7)のとおり、それに関し暴力団関係者及び不良入居者に本件住戸を販売し、本件住宅に入居させたことについては、不法行為が成立するから、被告は、原告らに対し、それによる損害の賠償をする義務を負う。

これに対し、被告は、原告ら以外の者に対し、未分譲の本件住戸をいかなる価格で販売するか、それに際して公社割賦払制度による融資を導入するか否かは、自己の裁量によりなし得るものであるから、これの実施に関して被告の不法行為が成立する余地はない。

四  原告らの損害額について

前記のとおり、被告が本件サービスの実施により実質的に本件住戸の値引き販売をしたこと及びそれに際して公社割賦払制度を導入したことについては、債務不履行はなく、不法行為も成立しないが、被告がそれに関して暴力団関係者及び多数の不良入居者が本件住戸を購入して入居したことについては、あっせん業者の審査監督及び入居者の審査等において債務不履行又は不法行為があったものと認められるから、被告は、原告らに対し、これによって原告らが被った損害の賠償をすべきである。

前記認定事実によれば、原告らは、平成八年六月以降の暴力団関係者及び多数の不良入居者の入居による風紀の乱れに不快感を抱き、暴力団関係者の存在によって不安にさらされ、また、原告らによって構成される管理組合において管理費が多額に滞納され、財源が窮乏し、総会出席者の不足から特別多数を要する決定が不能である状況にあるなど、生活上の不利益を余儀なくされていること、その結果、本件住宅のイメージが低下して転売も容易ではなくなっていることなどが認められるところ、これらは、包括的にひとつの精神的損害であると評価するのが合理的であるから、右事情のほかに、被告が不良入居者等については約定買戻権の行使等により排除に努めており、管理費の滞納分を一時的に立て替えていることなどの事情もあわせ考慮すると、原告らの精神的損害を慰謝するには本件住戸一戸当たり二〇〇万円が相当である。そして、本件住戸を共有する原告らは、それぞれその共有持分に応じて按分した額の損害賠償請求権を取得したというべきである。

そして、弁護士費用としては、一戸当たり二〇万円(本件住戸が共有にかかる場合には前記と同様である。)が相当である。

五  公序良俗違反について

1  原告らは、高度の公的性格をもつ被告と一般消費者である原告らとの間の本件各売買契約については、暴利行為の成否を柔軟に解釈すべきであり、勤労市民の住居に関する契約は投機色を帯びてはならないのに、合理的理由もなく、同じ本件住戸の売買価格につき七〇〇万円ないし一〇〇〇万円という巨額の格差を設けたことは、暴利行為に当たると主張する。

しかし、本件各売買契約が暴利行為にあたるか否かは、契約当時の諸事情にかんがみ、原告らの窮迫、軽率、無経験等に乗じて著しく不相当な財産的給付を約束させる行為といえるか否かにより決するべきであり、被告が契約締結後、他の購入者に対し、原告らに対する販売価格から大幅に値引きした価格で本件住戸を販売したとしても、原告らに対する販売価格が客観的にみて著しく不相当なものでない限り、これを暴利行為として公序良俗に違反するものと評価することはできない。そして、前記認定事実によれば、原告らに対する本件住戸の販売価格は、公社法及び関係諸規定の趣旨にのっとり、建築費等を基礎として算出されたものであり、買い手側の認識によっても民間マンションよりも二、三割程度割高であったにとどまると認められるのであって、暴利行為といえるほど著しく不相当な価格であるとはいえない。

2  また、原告らは、被告が本件各売買契約の際違法な勧誘行為をしたこと、被告の実質的値引き販売によって原告らに継続的な生活上の不利益が生じていること、被告が契約内容の妥当性を図る高度の責務を負う公法人であることなどから、本件各売買契約が公序良俗に違反し一部について無効であると主張するけれども、原告ら主張の事情のみをもって、本件各売買契約が公序良俗に反し無効であるということはできず、他にかかる事情を認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、原告らの不当利得に基づく請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。

第四結論

以上のとおり、原告らの請求は、債務不履行又は不法行為により本件住戸一戸当たり二二〇万円の損害賠償金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂井満 裁判官 飛澤知行 裁判官土屋毅は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 坂井満)

<以下省略>

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