大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成9年(ワ)2440号 判決 1999年1月21日

原告

A

外六名

右原告ら訴訟代理人弁護士

工藤倫

被告

北海道住宅供給公社

右代表者理事長

武田男

右訴訟代理人弁護士

矢吹幸太郎

矢吹徹雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、

(一) 原告Aに対し、金七五九万八〇五三円及びこれに対する平成九年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(二) Bに対し、金七三五万五九四七円及びこれに対する平成九年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(三) 原告Cに対し、金七〇九万三〇七二円及びこれに対する平成九年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(四) 原告Dに対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(五) 原告Eに対し、金七七八万四五一三円及びこれに対する平成九年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(六) 原告Fに対し、金七七九万六二五五円及びこれに対する平成九年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、

(七) 原告Gに対し、金六〇四万三四五五円及びこれに対する平成九年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を

それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、2(一)ないし(七)記載のとおり、被告から、被告の建築・分譲に係る札幌市中央区北九条西<番地略>所在の共同住宅「△△△」(以下「本件建物」という。)A及びB棟の各住戸を購入した者である。

(二) 被告は、地方住宅供給公社法に基いて設立された法人であり、本件建物の住戸を分譲販売した者である。

2  本件各売買契約等

原告らは、以下のとおり、被告から、本件建物の各住戸を買い受けた(以下「本件各売買契約」という。)。

(一) 原告A(以下「原告A」という。)

契約日 平成八年九月二八日

目的物 本件建物B棟一一〇二号室

代金 三二六一万円(消費税込)

(二) 原告B(以下「原告B」という。)

契約日 平成八年一二月一六日

目的物 本件建物B棟三〇六号室

代金 三八三九万円(消費税込)

(三) 原告C(以下「原告C」という。)

契約日 平成八年九月五日

目的物 本件建物A棟二〇二号室

代金 二九三四万円(消費税込)

(四) 原告D(以下「原告D」という。)

契約日 平成八年八月二七日

目的物 本件建物B棟三〇二号室

代金 二九六三万円(消費税込)

(五) 原告E(以下「原告E」という。)

契約日 平成八年八月二七日

目的物 本件建物B棟四〇二号室

代金 三〇〇七万円(消費税込)

(六) 原告F(以下「原告F」という。)

契約日 平成八年八月二七日

目的物 本件建物A棟五〇二号室

代金 三〇三五万円(消費税込)

(七) 原告G(以下「原告G」という。)

契約日 平成八年八月三〇日

目的物 本件建物A棟三〇三号室

代金 三〇五一万円(消費税込)

3  ところで、本件建物の各住戸は、平成三年八月から販売が開始されたが、購入者が少なく、大量の売れ残りを生ずるに至った。そのため、被告は、平成六年一月以降、本件建物の販売促進策として、購入者に対し、一定額の金銭的利益を「サービス」(以下「本件サービス」という。)として提供することとし、そのサービス内容として、右の一定額を①購入時の自己資金の一部に充当すること、②家庭用電気器具、家具の購入費に充当すること、③右の両方法を併用することのいずれかと定めるとともに、その選択を購入者に任せることとした。

そして、被告は、本件各売買契約の締結された平成八年当時においては、五月以降、本件サービス額を各購入者毎に一律に一〇〇〇万円とするものと定めた。

なお、被告は公的な性格を有する法人であるから、右のサービス額も、平等の原則から、各購入者について一律、平等に定められるべきことは当然である。

4  訴外M(以下「M」という。)は、不動産の仲介業務に従事する者であるが、平成八年二月一五日から、被告の直接の指揮監督の下に、本件建物の住戸の販売業務に従事していた。

また、Mは、右業務に従事するに当たり、被告から、本件建物の住戸の売買契約が成立した際、購入者から仲介手数料を受領することを禁じられていた。

5  以上の状況の下に、原告らは、Mの仲介行為により、被告の「販売センター」所長の浅間恭輔(以下「浅間」という。)との間において、前記2のとおり本件各売買契約を成立させたものである。

6  ところが、Mは、本件各売買契約を締結させるに当たり、被告からの本件サービス額(各一〇〇〇万円)の一部を領得すること及び原告らから仲介手数料を取得することを企て、右契約締結の際、原告らに対し、前記3のとおり、被告が売買代金とは別に一律に一〇〇〇万円の本件サービス額を負担するものであることを秘し、被告が値引きに応じる範囲は次の各(1)のとおりであるとして、原告らに右サービスの限度額を誤信させ、一〇〇〇万円と右限度額との差額を原告らに取得させず、被告からの送金を受けて自らが取得するとともに、前記4の合意に反して、各原告らに対し、次の各(2)のとおり仲介手数料を請求してそれを支払わせるに至った。

右は、Mの原告らに対する不法行為に当たることは明らかであり、原告らは、それにより次の各(3)のとおりの損害を被った。

(一) 原告Aに対し

(1)ア 売買代金の減額 一七〇万円

イ 諸経費 七八万九六六六円

ウ Mを通じての現金の交付

一三〇万円

(2) 仲介手数料一三八万七七一九円

(3) 損害(一〇〇〇万円から(1)及び(2)の合計を控除した金額、以下他の原告の損害の計算方法も同じである。)

七五九万八〇五三円

(二) 原告Bに対し

(1)ア 売買代金の減額 一九〇万円

イ 諸経費 一〇三万一五二一円

ウ Mを通じての現金の交付

一三五万六〇〇〇円

(2) 仲介手数料一六四万三四六八円

(3) 損害 七三五万五九四七円

(三) 原告Cに対し

(1)ア 売買代金の減額 一五〇万円

イ 諸経費 六六万一六七四円

ウ Mを通じての現金の交付

二〇〇万円

(2) 仲介手数料一二五万四七四六円

(3) 損害 七〇九万三〇七二円

(四) 原告Dに対し

(1)ア 売買代金の減額 一五〇万円

イ Mを通じての現金の交付

二〇〇万円

(2) 仲介手数料 五〇万円

(3) 損害 七〇〇万円

(五) 原告Eに対し

(1)ア 売買代金の減額 一五〇万円

イ Mを通じての現金の交付

二〇〇万円

(2) 仲介手数料一二八万四五一三円

(3) 損害 七七八万四五一三円

(六) 原告Fに対し

(1)ア 売買代金の減額 一五〇万円

イ Mを通じての現金の交付

二〇〇万円

(2) 仲介手数料一二九万六二五五円

(3) 損害 七七九万六二五五円

(七) 原告Gに対し

(1)ア 売買代金の減額 一七〇万円

イ 諸経費 六九万二九四五円

ウ Mを通じた現金の交付

一六〇万七〇五五円

(2) 仲介手数料 四万三四五五円

(3) 損害 六〇四万三四五五円

7  被告は、前記4のとおり、Mを指揮監督し、本件建物の各住戸の販売業務に従事させていたものであるから、同人の使用人というべきである。したがって、被告は、民法七一五条によりMが原告らに加えた損害を賠償する責任がある。

8  また、被告の本件各売買契約の担当者は、Mに対する監督を怠り、原告らに対する本件サービスの内容の説明をMに一任するとともに、原告ら購入者に対するサービス内容の決定権限をMに与え、提供されたサービス内容の確認もしていなかった。

しかしながら、被告担当者は、原告ら購入者に対し、本件サービスの内容を自らなすべきであったし、Mによる不正行為を防止するために、同人と通じてのサービスの履行内容について領収書を徴するなど、同人に対する監督を十分に行い、そのための必要な措置を講じるべきであった。そして、それらの監督措置の履行があれば、原告らは、前記6の損害を避けることができたものである。

したがって、被告には、Mに対する監督を怠った過失があるものというべきであり、被告は、この点においても、原告らが被った前記損害を賠償すべき責任がある。

9  なお、後記二「請求原因に対する被告の認否及び被告の主張」8の充当、送金は、前記6のとおり、Mが原告らに無断で行ったことである。

10  よって、原告らは、被告に対し、損害賠償金として、原告Aについては七五九万八〇五三円、原告Bについては七三五万五九四七円、原告Cについては七〇九万三〇七二円、原告Dについては七〇〇万円、原告Eについては七七八万四五一三円、原告Fについては七七九万六二五五円及び原告Gについては六〇四万三四五五円並びにこれらに対する不法行為の後である平成九年一〇月二二日(原告Gについては同年一一月二七日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2(一)  同3の事実のうち、平成八年五月以降における本件サービス額が一律、固定的なものとして定められたことは否認し、被告がサービス額を一律平等のものとすべき義務があることは争い、その余は認める。

(二)  本件サービスは、購入者との個別の交渉及び被告における審査を経て、購入者の対応に応じて一〇〇〇万円を限度に提供の有無・提供額が決せられる性格のものであって、原告主張のように、かかる過程を経ることなく、被告において一律に一〇〇〇万円相当のサービス提供義務を負担するというものではない。

(三)  被告は、地方住宅供給公社法によって設立された法人であるが、そのことから直ちに、購入者に対し平等にサービスしなければならないという義務が生じるものではない。被告は、行政そのものを行っているものではないし、補助金の交付も受けておらず、独立採算制で経営されており、その点で民間に近い存在である。

3  同4の事実は否認する。

被告が、平成八年二月一五日に「分譲住宅販売斡旋業務委託契約」(以下「本件業務委託契約」という。)を締結したのは、訴外信和建物株式会社(以下「信和建物」という。)との間においてである。Mは、信和建物との契約関係に基づいて不動産売買の斡旋業務に従事していた。

そして、被告と信和建物との契約は、通常の不動産の売主と宅地建物取引業者との契約関係と同じであり、被告は、民事仲立人としての信和建物を指揮命令する立場にはないから、被告と、信和建物ないしMとは、使用者、被用者の関係にはない。

なお、被告と信和建物間の本件業務委託契約(四条)においては、信和建物は買主に対し仲介手数料を請求できないものと定められていた。

4  同5の事実は認める。

5(一)  同6(一)の事実は知らない。

同6(二)の事実は争う。

(二)  不動産の売買において、サービスをするか否かは契約交渉の中で決まることであり、仲介業者において、最初からサービスのすべてを開示して交渉する義務はない。すなわち、サービスの提供がなくとも購入者が購入の意思を示したときは、仲介業者において、更にサービスの内容を明らかにし、サービスの提供を受けるよう勧める義務はない。

本件においても、被告は、最大一〇〇〇万円程度を限度とする本件サービスの提供の用意があることを決めただけであり、購入者全員に本件サービスを提供するというものではないから、信和建物としても、原告らがより少ないサービスの提供により、本件建物の住戸の購入の申込みをするものであれば、それ以上のサービスの提供を申し出る必要はないはずである。

したがって、信和建物ないしMが、原告らに対し、本件サービスの内容をすべて明らかにしなかったとしても、そのことが原告らに対する不法行為に該当するものではない。

(三)  また、前記3のとおり、本件業務委託契約においては、信和建物は買主に対し仲介手数料を請求できないものと定められているが、これは、信和建物と買主との関係、又は信和建物の業務に従事する者と買主との関係を直接規律するものではない。

したがって、信和建物が、本件各売買契約の締結に伴い、原告ら買主から仲介手数料を受け取ったとしても、同社が仲介業者としての立場にある以上、そのこと自体が原告らに対する不法行為となるものではなく、単に、被告に対する関係において、債務不履行責任を負うことになるに過ぎない。

6  同7は争う。

被告がMの使用者に当たらないことは前記3のとおりである。

7  同8は争う。

浅間は、本件各売買契約を締結する際、原告らに対し、本件サービスの内容を「覚書」「申入れ書」に基づいて説明している。

また、一般に、依頼者が業務の遂行を専門家に依頼したときは、依頼者は専門家に対し監督責任を負うものではない。更に、不動産の売主が、不動産仲介業者に対し、一定範囲までサービスしてもよいとの条件により、その範囲内で買主を探させることは何ら違法ではない。

したがって、被告の、Mに対する監督義務違反についての責任も生じる余地はない。

8  他方、原告らは、本件各売買契約の締結の際、被告に対し、「覚書」「申入れ書」を提出し、本件サービス額一〇〇〇万円のうち、その一部を本件各売買契約代金の支払に充て、その余を原告らの指定する株式会社シップス(以下「シップス」という。)の銀行口座に振り込むこととして、その支払を受けることに合意している。そして、被告は、右合意に基づいて、各原告につき、代金の支払への充当と送金の手続を完了している。

したがって、本件サービス額については、被告から各原告に対し、すべて提供済みである。

第三  証拠

証拠関係は、当審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)、2(本件各売買契約)の事実、同3のうち、平成八年五月以降における本件サービス額が一律、固定的なものとして定められたこと、被告には顧客に対するサービス額を一律、平等なものとして扱うべき義務があることをいずれも除いた事実、同5の事実(Mの仲介行為)については当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実及び証拠によると、次の事実が認められる。

1  被告は、分譲共同住宅として、平成三年一〇月から平成四年一二月にかけて、本件建物二棟(「ラポール桑園駅前」)を、また、平成四年一月から平成六年七月にかけて、札幌市中央区南一三条西二一丁目一八番地、一番地に建物四棟(「伏見サンタウン」)をそれぞれ建築し、いずれもその着工前から各住戸の分譲を開始したものであるが、その販売に当たっては、当初、顧客からの申込みを待ち、不動産業者を介さずに直接顧客と売買契約を締結していた。

2  しかしながら、本件建物及び「伏見サンタウン」の販売価格は、行政上、敷地の取得費、建物の建築費等の原価の積算によるものと規制されていたため、右販売開始時点においては、いわゆるバブル経済の崩壊による経済情勢の変化等から、近隣の民間分譲住宅との間に価格差を生じ、その売れ行きははなはだ不振な状況にあった。

3  そのため、被告は、本件建物及び「伏見サンタウン」の各住戸の敷地についての権利関係を所有権持分から地上権の設定に代えるなどして分譲価額を引き下げる一方、販売に当たっては、不動産仲介業者をも使用してその促進を図ることとし、平成八年二月ころ、以前に被告に理事として在職していた者から不動産仲介業者である信和建物の紹介を受けた。

そこで、被告は、同年二月一五日、信和建物との間において、「伏見サンタウン」の分譲について本件業務委託契約を締結し、更に、同年六月一日には、本件建物についても同様の契約を締結した。

信和建物において、右分譲斡旋業務を担当したのは従業員のMであった(1ないし3について、甲第一ないし第六号証、乙第一ないし第四、第二三、第二四、第三〇、第三一号証、証人浅間恭輔)。

4  一方、被告は、本件建物の販売促進策の一つとして、平成六年一月以降、売買代金額を更に実質的に引き下げる趣旨の下に、買主に対し、被告の費用の負担により、本件サービスを提供することを決めた。

そして、右金額については、当初一五〇万円を限度とするものと定められたが、順次増額され、平成八年五月以降においては、その限度額が一〇〇〇万円にまで増額されるに至った(甲第一、第二号証、乙第二五、第二六、第二八、第二九、第三一号証)。

5  なお、本件業務委託契約においては、「乙(信和建物)は、前条第1項に定める販売委託料(被告から支払われるもの)のほか、名目のいかんを問わず甲(被告)又は第三者に一切の金品を請求できないものとする。」(第四条)と定められ、信和建物が買主から仲介手数料を受け取るとこは禁じられていた(乙第一、第四、第三一号証、証人浅間恭輔)。

6  しかるところ、Mは、原告らに対し、本件各売買契約の締結を斡旋するに当たり、被告において本件サービスを提供する用意のあること及びその限度額が一〇〇〇万円であることを特に伝えることなく、本件建物の各住戸の分譲価格を示した上、「現金を用意しなくとも、本件建物の各住戸を購入することができる。更に、本件売買契約を締結することにより、二、三〇〇万円の現金が戻ってくる。」等と申し向けて、各住戸の購入を勧誘し、原告らは、それに応じて、その購入を決意するに至った。

そして、Mは、本件各売買契約の締結前に、原告らが直接被告側と折衝することを禁じるとともに、右契約締結の直前には、原告らに対し、契約の売買では原告らから被告に対し質問をすることなく、被告側の説明についても、単に「はい、はい」等と了解した旨の返事をするように指示し、原告らをしてそのとおり実行させた。

また、Mは、右契約締結時において、原告らをして、被告の用意に係る「覚書」(原告ら、被告間において、請求原因6(一)ないし(七)の各(1)アの金額を、本件各譲渡価格から減額することに合意した書面)及びMの用意に係る「申入れ書」(原告らが被告に対し、一〇〇〇万円から「覚書」記載の金額を除いた額に相当する「サービス額」を、Mの経営するシップスの銀行口座に振り込むことを依頼する書面。なお、原告Bについては作成されていない。)にそれぞれ署名、押印させ、それらを被告側の契約事務担当者であった浅間に交付した。

7  そのため、被告は、右により、原告らが、本件サービス額を限度額まで受ける意思を示したものとして、右「申入れ書」に係る金額をシップスの銀行口座に振り込んだところ、Mは、原告らに対し、同人において、「被告の返還金から請求原因6(一)ないし(七)の各(1)イ(「諸経費」)、(2)(「仲介手数料」)の支払を受けた。」とした上で、その残額として同各(1)ウの金額を交付したのみであった(6、7について、甲第一ないし第一一号証、第一三号証の一ないし一〇、第一四、第一六号証の各一ないし八、第一五、第一七、第一八号証の各一ないし七、第一九号証の一ないし六、乙第五号証の一、五、六、一三、一五、一六、第六号証の一、五、第七号証の一、八、一三、一六、一七、第八号証の一、八、九、一三、一四、第九号証の一、八、九、一三、一四、第一〇号証の一、八、九、一三、一四、第一一、第一二号証、第一八号証の一、五、六、一二、一三、第三〇号証、証人浅間恭輔、原告A、同B、弁論の全趣旨)。

8  なお、Mは、右の件につき、被告を被害者とする詐欺被告事件として刑事訴追され、実刑判決を受けるに至っている(甲第六号証、弁論の全趣旨)。

三  そこで、本件における被告の責任について判断する。

1  最初に、原告らの被告に対する、民法七一五条の責任の主張について検討するに、まず、右責任の前提であるMの原告らに対する不法行為の成否の点を見るならば、次のとおりである。

(一)  この点について、原告らは、本件各売買契約を締結するに際し、Mが原告に対し、本件サービスの存在及びその内容、金額を告げず、本件サービスの限度額を誤信させたため、それにより本件サービス額の一部(一〇〇〇万円から請求原因6(一)の各(1)の金額を除いたもの)を受け取ることができず、同額の損害を被ったものと主張する。

そこで検討するに、被告においては、前記二4のとおり、本件サービスを設け、平成八年五月以降、その限度額を一〇〇〇万円と定めたものであるが、甲第六号証、乙第二五、第二六、第二八、第二九、第三一号証及び証人浅間恭輔の証言によると、それは、被告が、買主に対し必ず一〇〇〇万円相当の「サービス」を提供すべきものとした趣旨ではなく、売買契約を成立させるために、あくまでも個々の買主の態度に応じて売主として提供に応じるべき経済的利益の限度として定められたものと認められるところである。

そうすると、被告が、本件各売買契約を締結するに当たり、原告らに対し、「サービス」としてどの程度の経済的利益を提供すべきかは、被告、もしくは原告らと直接交渉に当たったMの裁量に任されるべき事項であり、原告らにおいて、被告もしくはMとの「サービス」についての合意なくして、当然に一〇〇〇万円の本件サービスを受け取るべき権利ないし利益を有していたとはみなすことができないものといわざるを得ない。

なお、この点について、原告らは、被告が公的な法人であることから、「サービス」額も各買主にとって一律のものでなければならないと主張するが、被告による本件建物の各住戸の販売自体は通常の私法上の取引であり、また、そもそもの各住戸の分譲価格も均一のものではない以上、右主張のように「サービス」額を各買主に一律のものとしなければならないとする理由はない。

したがって、Mが原告らに対し本件サービスの存在を明らかにせず、それにより原告らがサービスの一部を取得し得なかったとしても、そのことにより原告らの具体的な権利、利益が害されたものとみなすべき余地はないから、Mの右行為が原告らに対する不法行為に該当するものとは認めることはできないといわざるを得ない。

(二)  また、原告らは、Mが、本件業務委託契約に反し、原告らから仲介手数料を取得したとし、そのことをもってMの不法行為に当たるものとも主張する。

しかしながら、本件業務委託契約における合意が、契約当事者でない原告らに対し効力を及ぼすものではなく、したがって、右契約が、原告らに対し、仲介手数料の支払わないことについての直接的な権利、利益を設定したものでないことは明らかである。

また、前記二3のとおり、Mが取得した仲介手数料は、信和建物として受領したものと認められるところ、同じく前記二3、6のとおり、Mは、不動産仲介業者である信和建物として、本件各売買契約の成立のため斡旋行為に及んだものであることは明らかであるから、Mが原告らから仲介手数料を取得すること自体は法に反する行為であるとすることはできない。

そうすると、Mが原告らから仲介手数料を取得した行為についても、それが原告らの権利、利益を害する違法なものであるとはいえないから、原告らの右主張も失当というべきである。

(三)  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの被告に対する、Mの不法行為を前提とした民法七一五条についての主張は理由がないものというべきである。

2  次に、原告らは、被告には、Mに対する監督を怠り、原告らに対する本件サービス内容の説明をMに一任して自ら行わなかったほか、原告らに対する本件サービス内容の決定権限をMに与え、提供されたサービス内容の確認も行わなかった過失があり、それにより、原告らに対し、前記三1(一)(本件サービスの一部を受け取ることができなかったことによる損害)及び同2(一)(仲介手数料を支払ったことによる損害)と同様の損害を与えたものと主張する。

(一)  そこで、まず、原告らが、被告の右過失により、本件サービスの一部を受け取ることができなかったとする点について検討するに、

(1) 前記二7において認定したとおり、Mは、本件各売買契約を成立させるに当たって、原告らに対し、契約締結の際、被告側に一切質問をすることなく、そのまま書類に署名、押印するように指示していたものであり、また、甲第七、第九ないし第一一号証、原告A、同B各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らとしては、Mの右指示に従うことが、本件各売買契約の締結により現金の返還を受けるため必要なことであると理解して、そのとおり実行したものであることが認められる。

右のような状況からみるならば、本件においては、原告ら主張のように、本件各売買契約の締結の際、被告の担当者(浅間等)が原告らに対し本件サービスの内容を説明したとしても、原告らが、実際にそれに応じて本件サービスを受けるまでに至ったものであるか否かは疑問であるといわざるを得ない。

そうすると、原告ら主張のうち、被告が本件サービス内容の説明をMに任せ、自ら行わなかったとすることと、原告らが本件サービスの全額を受領することができなかったとすることとの間には因果関係を認め難いものといわざるを得ない。

(2) また、右の点はさて置き、原告らが被告の過失事由として主張するその他の事情をも考慮したとしても、前記三1において判示したとおり、そもそも、原告らは、Mの仲介行為により本件各売買契約を締結するに当たって、被告から本件サービスを受けるべき権利ないし利益を有していたものとは認め難いところであるから、被告担当者のMに対する監督の有無、程度によって、原告らの本件サービスを受ける権利ないし利益が害されたとする余地はないものといわざるを得ない。

(3) そうすると、原告らの、被告の監督義務違反によって本件サービスの全額を受け取ることができなかったとする主張は、その点において失当というべきである。

(二)  次に、原告らが、被告の右過失により、Mに対し仲介手数料を支払うに至ったとする点について検討するに、前記三2のとおり、被告は、被告と信和建物との間における本件業務委託契約の履行状況について、特段の事情がない限り、第三者である原告らに対し責を負う立場にはないから、信和建物ないしMが右契約を遵守しなかったとしても、そのことについて、被告に、原告らに対する不法行為責任が生じるものとみなすべき理由はなく、また、本件において右の特段の事情も見あたらない。

したがって、原告らが、右のとおり信和建物ないしMに仲介手数料を負担したとしても、そのことについて被告に監督義務違反の責があるものとはいえない。

(三)  右のとおりであるから、原告らの被告の監督義務違反をいう前記主張も失当というべきである。

四  以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官持本健司 裁判官中山幾次郎 裁判官近藤幸康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例