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札幌地方裁判所 平成9年(行ウ)25号 判決 1998年6月29日

札幌市中央区南十五条西十一丁目三番一号

原告

飯野昌男

札幌市中央区大通西十丁目

被告

札幌中税務署長 野口秀一

指定代理人

千葉和則

成田英雄

亀田康

大場烈

坂下晃庸

沢田和宏

房田達也

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告の平成六年分の所得税について、被告が平成八年一月一一日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を、課税所得金額一六七六万五四〇六円を超える限度において取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告の事業

原告は、札幌市中央区北一条西十丁目の第百生命ビルに法律事務所を設けて弁護士業を営む者であり、その所得税については、法律事務所の所在地を納税地として、いわゆる白色申告による申告を行なっている。

2  和解による報酬金の受領

原告は、ほか二名とともに、昭和六三年三月、札幌市中央区南四条西一丁目所在の保全病院経営する目良正樹らから、同病院の敷地の賃貸権を七〇億円以上で売却することについての仲介を委託され、買主との折衝や国土法に基づく届出に関する役務の提供を行った。目良正樹らは、平成元年一二月二六日、敷地の賃借権を地上建物とともに七四億二五〇〇万円で売却した。

原告は、平成二年八月一日、目良正樹らに対し、この売買が成立したのは委託契約に基づき原告が役務の提供をした結果であると主張して、報酬金七〇〇〇万円の支払を求める訴えを提起した。これに対し目良正樹らは、原告との間での委託契約締結を否認するとともに、仮に原告が委託契約の当事者となっていたとしても、その委託契約は目的不達成により昭和六三年一二月に終了し、売買は別の委任契約に基づき成立したものであると主張して、原告に報酬請求権はないと争った。

第一審の札幌地方裁判所は、平成五年一月一九日、原告の請求を全部認容する判決を言い渡したが、目良正樹らは、これを不服として控訴した。

控訴審の札幌高等裁判所において、平成六年二月二三日の和解期日に、目良正樹らが原告に対し、報酬金等として四五〇〇万円の支払義務があることを認め、これを同年三月二五日限り支払うとの和解が成立した。原告は、この和解に基づき、同年三月二三日、四五〇〇〇万円を受領した(以下、この金員を「本件報酬金」という)。

3  原告の確定申告

原告は、事業所の金額の計算上、本件報酬金を二二五〇万円ずつの二つに分割し、それぞれを平成五年分の総収入金額に算入して、次のとおり、所得税の確定申告をした。

(1) 平成五年分 事業所の金額二二七八万三四七二円、納付すべき税額五八四万七九〇〇円

(2) 平成六年分 事業所得の金額一六七六万五四〇六円、納付すべき税額二五八万六三〇〇円

4  被告の更正処分等

被告は、事業所の金額の計上、本件報酬は平成六年分の総収入金額に算入すべきであるとして、平成八年一月一一日付けで、原告に対し、次のとおり、平成五年分は原告が申告した事業所得の金額から二二五〇万円を減額し平成六年分は原告が申告した事業所得の金額に二二五〇万円を加算する所得税の更正処分と、平成六年分についての過少申告加算税の賦課決定処分を行なった。

(1) 平成五年分 事業所得の金額二八万三四七二円、還付金額四五万〇〇三三円

(2) 平成六年分 事業所得の金額三九二六万五四〇六円、納付すべき税額一一九八万七五〇〇円、過少申告加算税の額一二六万一〇〇〇円

5  原告の不服申立て

原告は、平成六年分の所得税の更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分を不服として、平成八年三月七日、国税通則法七五条一項一号に基づき、被告に対して異議申立てをしたが、被告は、同年六月五日、これを棄却する決定をした。

原告は、さらに、同年七月二日、国税通則法七五条三項に基づき、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成九年六月五日、これを棄却する裁決をした。

二  争点

本件の争点は、本件報酬金を平成六年分の総収入金額に算入すべきかどうかであり、具体的には、その権利確定の時期をいつと考えるべきかである。

1  被告の主張

所得税法三六税一項は「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」と定めている。この場合の「収入すべき金額」とは、収入すべき権利ないしは経済的利益が確定し、相手方にその支払を請求しうることとなった金額と解されており(権利確定主義)、その確定の時期は、法律上これを行使することができるようになったときと解されている。

不動産の権利の譲渡に関する仲介の報酬については、特別の事情がない限り、仲介に必要な役務の提供があり、仲介にかかる譲渡契約が有効に成立し、かつ、報酬の額が具体的に約定されたときが、収入すべき時期となる。しかし、当事者間に権利の存否ないし範囲について争いがある係争中の権利については、その実現に困難があって判決未確定の段階では担税力を備えた経済的利益とみることはできないから、単にその法律要件が成立した時期をもって所得税法上の権利確定の時期とみることはできない。

本件報酬金については、原告と目良正樹らとの間で報酬請求件の存否が争われていたものであり、平成六年二月二三日に裁判上の和解が成立することによって、初めて原告の収入として実現する可能性が高い程度に成熟し、所得税法上、権利が確定したものと認められることとなる。したがって、その収入すべき時期は、和解成立の日の属する平成六年というべきである。

2  原告の主張

本件のような人的役務の提供による報酬についての収入すべき時期は、その「人的役務の提供を完了した日」であり、人的役務の提供による報酬をその期間の経過又は役務の提供の程度等に応じて収入する特約又は慣習がある場合には、その特約又は慣習により「収入すべき事由が生じた日」の属する年分の収入金額として計上することも認められている。

原告は、昭和六三年三月に締結した委託契約により、委託者の経営する病院敷地の賃借権を一定の金額で譲渡することに成功することを条件として約定の報酬金額の支払がされるべきことを合意したうえで、その履行として賃借権の譲渡契約の成立に必要な役務の提供を行った結果、平成元年一二月二六日、目的の賃借権譲渡契約が成立したことにより本件報酬金の請求権を確定的に取得したのであるから、本件報酬金は、その「人的役務の提供を完了した日」又は「収入すべき事由が生じた日」という基準に従えば、平成元年一二月二六日の属する平成元年分の収入として計上すべきものである。

裁判上の和解は報酬金額の減額とその支払期の合意にほかならず、その和解成立の日を収入すべき時期とすることは、権利確定主義ではなく、実質的に現金収入主義を採るものであって、期間収益を算定するうえで合理性を欠き、所得税法の認めないところである。

第三争点に対する判断

一  権利確定主義

所得税法三六条一項は、所得税の課税対象となる所得の金額の計算においては、まだ現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した時点で所得の実現があったものとする権利確定主義を採用している。

収入の原因となる権利が確定したというためには、単に権利の発生要件が満たされたというだけでは足りず、客観的にみて、権利の実現が可能な状態になったことを要する。そのような段階に至らなければ、その権利者に、所得の実現があったものとして所得税を負担させるべき経済的な利益が備わったということはできないし、後に現実の収入があることを前提とする適正な申告を期待することもできないからである。

二  本件報酬金の権利確定時期

本件のような不動産の権利の譲渡に関する仲介の報酬については、原則として、仲介に関する契約が締結され、その契約に基づき仲介に必要な役務の提供がされ、その役務の提供により不動産の権利の譲渡契約が成立して報酬の額が具体的に定まった時点で、収入の原因となる権利が確定したものということができる。しかし、本件においては、原告の報酬請求権は相手方から否認されたため、訴訟が提起されて、仲介に関する契約が原告との間で締結されたかどうか、締結されたとして原告の役務の提供と不動産賃借権の譲渡契約の成立との間に因果関係があるかどうかが争われた。

このように、当事者間に権利の存否についての争いがあって訴訟が提起されたという場合には、仲介に関する契約に基づき役務の提供がされ、不動産の権利の譲渡契約が成立しているというだけでは、その時点をとらえて、客観的に権利の実現が可能な状態になっていたものということは困難である(現に、原告も、平成元年分の所得税の申告において、この仲介に関する報酬金を収入すべき金額として計上してはいない。また、被告としても、訴訟で係争中の権利の存否や争いの当否について判断しうる立場にはない)。この場合、当事者間に訴訟上の和解が成立し、その和解において具体的な報酬金の額が約定されたときは、その和解が成立した時点で、客観的に権利の実現が可能な状態になったものと認めるのが相当である。

本件報酬金は、平成六年二月二三日に裁判上の和解が成立したことによって権利が確定したのであり、平成六年分の総収入金額に算入すべきものであるといわなければならない。

口頭弁論終結の日 平成一〇年五月二五日

(裁判長裁判官 片山良廣 裁判官 古久保正人 裁判官 柴田誠)

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