札幌地方裁判所 昭和25年(ワ)43号 判決
原告 株式会社北海タイムス社
被告 唯是健彦
一、主 文
被告が昭和二十三年五月二十四日登録した登録番号第三七二五五五号新聞紙雑誌を指定商品とする「北海タイムス」と縦書した文字からなる商標は消滅したことを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決をもとめ、その請求の原因として、原告会社は元新北海新聞株式会社と称し「新北海」という題号の日刊新聞紙を発行していたが、昭和二十四年七月三十日訴外有限会社北海タイムス社との間に、合併契約成立し、同年十月一日から前記題号を、右訴外会社の従来使用していた「北海タイムス」と改題し、引続き日刊新聞紙を発行してきた。
然るに同年十月十六日、同日附内容証明郵便をもつて、被告から原告会社に対し、原告会社の現在使用している北海タイムスという題号は被告が昭和二十三年五月二十四日附をもつて登録した登録番号第三七二五五五号により、被告の専用するべき商標であるから、その使用を中止せよとの催告があり、右催告に基き原告会社が調査したところ次の事情が判明した。即ち、
被告は題号を週間北海タイムスというタブロイド版の週間新聞紙を昭和二十一年一月以降発行し、之につき同年四月十六日第三種郵便物の認可を得た上、右新聞紙に使用するため、同年七月二十九日「北海タイムス」と縦書した文字からなる商標を新聞紙雑誌を指定商品として登録の出願をなし昭和二十三年五月二十四日登録番号第三七二五五五号を以て登録されその商標権を得た。ところが右週刊北海タイムスは創刊当時から発行状況不良で、各週毎に発行せられたこと殆どなく昭和二十三年中は四月三日と十月二十日との二回発行せられただけであつたので、札幌郵政局は発行状態不良として昭和二十四年一月四日第三種郵便物の認可を取消した程で、右十月二十日以降は現在に至る迄一回も発行されたことはない。
更に右新聞の発行所のあつた札幌市南一条西十八丁目の家屋および其後の移転先である同市北九条東二丁目北斗星薬株式会社のあつた場所竝びに被告の居宅である同市南五条西二十三丁目十七番地にはいずれも「週刊北海タイムス」の営業所と認むべき看板その他の施設がない。右の事実からみれば被告はその営業を廃止したものと認めざるを得ない。なお、廃止前の新聞紙法第七条によれば、新聞紙は発行休止の日から起算し、百日間発行しないときはその発行を廃止したものと看做しているが、被告の右新聞発行の最終日は前記の如く昭和二十三年十月二十日であるから、その翌日の同月二十一日から百日後の同二十四年一月二十八日を経過したことにより、その発行を廃止したものと看做され、この点からも亦被告はその営業を廃止したものということができる。而して商標法第十三条により商標権者がその営業を廃止した場合には消滅するものと規定するから、被告の前記商標権は右の営業廃止により、当然消滅したものというべきである。仍つて被告に対し前記商標権不存在の確認を求めるため本訴に及ぶと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、抗弁として、訴訟により私法上の保護をもとめるには、法益の侵害のあつたこと、又は侵害の危険のあることを必要とする。しかるに原告の発行する新聞の題号は「日刊北海タイムス」で、被告の題号は「週刊北海タイムス」であり、日刊紙と週刊紙とは新聞界ではその差別は判然としており、従つて被告が、右題号の新聞を発行しても原告会社に何らの損害を与えず又与える危険もない。したがつて原告の本訴請求は訴訟による権利保護の利益がないからまずこの点において失当である。本案につき答弁として、原告主張の事実中被告が昭和二十一年一月以降週刊新聞紙「週刊北海タイムス」を発行し、これにつき、第三種郵便物の認可をえ、原告主張の日その主張のような商標権をえたことおよび原告主張の日被告から原告会社に対し、原告主張の様な理由で北海タイムスの題号の使用を中止するよう催告をなしたこと、被告が原告主張の日以後その新聞紙の発行を中止していることはいづれも認めるが、原告会社がその主張の日訴外有限会社北海タイムス社と合併したことおよび日刊新聞を引続き発行していることは不知、その余の事実は否認する。(一)原告は被告の週刊北海タイムスが、創刊当時から発行状況が不良であつたこと、及び週刊北海タイムス紙の元発行所および被告の居宅にいずれも週刊北海タイムスの営業所と認むべき看板その他の施設がなかつたことをもつて被告が営業を廃止したものとし、従つて右営業に使用した商標権が消滅した旨主張するが、かかる事情は商標権の消滅原因である営業廃止には該当しない。何となれば商標法に所謂営業とは継続的の意思をもつてなす営利行為をいい、営業であるには営利の目的のあることおよび継続的の意思あることを必要となし、必ずしも利益をうることを必要とせず、且つ継続して営利行為をなす意思あれば一回の営利行為と雖も営業といいうる。されば営利の目的を抛棄し又は継続的意思を失わないかぎり営業を廃止したものといわれない。被告が本件商標を昭和二十一年一月以降昭和二十三年十月二十日まで営利の目的のため使用しており、その後使用していないが、右日時以後も継続して新聞紙発行の意思を有しているのであるから、原告主張のような事実を以てしては被告がその営業を廃止したものとはいいえない。(二)新聞に関する営業は単に新聞紙の発行のみに限らず、新聞の広告に関する業務、講演等の準備も亦その営業の範囲に属するものであるから、或る期間新聞紙の発行を休止する行為があつてもこれがために営業の廃止と称することはできない。(三)原告は新聞紙法第七条による週刊北海タイムスの発行廃止の事実をもつて、商標権消滅の事由である営業の廃止があつたものと主張しているが、それは全く新聞紙の発行廃止と営業の廃止とを混同せる見解である。被告に営利の目的である継続的意思のあるかぎり商標権は二十年間存続するものであるから、たとえ被告発行の週刊北海タイムスが発行廃止とみなされてもなお本件商標権は消滅すべき理由がない。(四)被告が本件商標を使用しないのは週刊北海タイムスの発行を中止した昭和二十三年十月二十日以後であつてその不使用期間は未だ三年にも満たないものである。商標法第十四条によれば三年間商標を使用しない場合も中止の取扱としており、登録取消の審判を求めうる事由を示しているにすぎない。まして商標不使用が三年にも満たない本訴においては原告の本訴請求は失当であるから、それに応じ難いと述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず原告の本訴請求が権利保護の必要があるか否かにつき考えるに、凡そ現在の私法上の権利又は法律関係の存否が不明確で、これがため原告の権利又は私法上の地位が侵害される危険を生じた場合には原告は争いある権利又は法律関係を確定し、将来に継続すべき争いを停止するため判決による権利保護をもとめうることは論を俟たないところである。而して原告会社の発行する新聞紙の題号「日刊北海タイムス」と被告の発行する新聞紙の題号「週刊北海タイムス」とは社会見解上明かに類似性を有し、被告発行の右題号の新聞紙は一般読者から或は原告会社発行のものと見誤まられるおそれがないということはできない。成立に争いのない甲第一号証の記載および証人藪務の証言を合せ考えれば「北海タイムス」なる商標は戦時中道内各新聞社が合併して北海道新聞社を設立するまでは株式会社北海タイムスが使用していたものであり、かつ終戦後北海道新聞社から分解して設立された有限会社北海タイムス社は統合前の株式会社北海タイムス社時代の経営者が主体となつて経営したゝめ再び「北海タイムス」なる商標を使用して新聞紙を発行していたこと、右有限会社北海タイムス社は昭和二十四年七月三十日原告会社の前身である新北海新聞株式会社と合併し同会社は有限会社北海タイムス社からその営業と共に「北海タイムス」なるその商標の使用を承継したことを認定するに十分である。原告が右承継後昭和二十四年十月一日から「北海タイムス」なる商標を使用して新聞紙を発行していること、同年十月十六日被告が自己に商標権あることを主張し、原告会社に対し前記商標の使用中止方を申入し、本件において終始これを争つていることは本訴旨竝びに本件弁論の経過に徴し明白である。
以上に認定した事実に徴すれば、原告は本件商標権の存否につき本訴による即時確定の利益あるものと断ぜざるを得ない。したがつてこの点に関する被告の主張はこれを採用しない。
仍つて進んで本案につき判断するに、被告が昭和二十一年一月以降週刊新聞紙「週刊北海タイムス」を発行し、これにつき第三種郵便物の認可を得た上右新聞紙に使用するため同年七月二十九日新聞、雑誌を指定商品とする「北海タイムス」と縦書した文字からなる商標につき登録の出願をし、昭和二十三年五月二十四日登録番号第三七二五五五号を以て登録されその商標をえたことは当事者間に争いがない。
原告は、右商標権は被告においてその経営する営業を廃止したからこれにより消滅した旨主張するのでこの点につき考えるに、証人山田繁一の証言により成立を認めうる甲第五号証、成立に争いのない甲第六号証の一、二、同第七号乃至第十号証の各記載に、証人山田繁一、高橋文雄、西村秀則、藪務の各証言を合せ考えれば、被告経営の北海タイムス社は昭和二十三年十月二十日以降現在にいたるまで、一回も週刊新聞紙の「週刊北海タイムス」の発行をなすことなく経過し、依つて昭和二十四、五年度事業所得税を附加されなかつたこと、発行不良を理由として同年一月四日第三種郵便物の認可も取消されたこと及び被告の営業所は札幌市北五条西五丁目から昭和二十二年七月に同市南一条西十八丁目に移転し、更に昭和二十四年の暮同市北九条東二丁目に移転したが、右移転場所及び同市南五条西二十三丁目のかつての被告居宅にも週刊北海タイムス社の営業上の中心地として営業活動をなしているとみとむべき看板その他の標識や施設等がないことが認められる。なお被告は目下東京都港区麻布笄町百五十八番地に居住し鉱業を営んでいることは被告本人の供述により明らかである。
以上の事実に徴すれば、被告はすでに週刊新聞紙「北海タイムス」の発行に関する営業を廃止したものと認めるのが相当である。したがつて商標法第十三条に照し、右営業の廃止により被告の本件商標権はこれによりすでに消滅したものといわざるをえない。
被告は商標法に所謂営業とは継続的の意思を以てなす営利行為をいい、営業であるためには営利の目的のあることと継続的の意思あることを必要とするから、営利の目的を抛棄し又は継続的意思を失わない限り営業を廃止したものとはいわれない。しかも被告は昭和二十三年十月二十日以後も新聞紙は発行していないが、継続してこれを発行する意思を有しているから、右の如き事実を以てしては営業を廃止したものとはいいえない旨主張するからこの点につき考えるに営業乃至営業廃止に関する見解は正に被告のいうとおりである。けれども右に認定した客観的事実から推察すれば被告は最早すでに週刊北海タイムス紙を継続して発行する意思を失つたものと認めるのが相当であるから被告の右主張は採用できない。
被告は更に、新聞に関する営業は単に新聞紙の発行のみにとゞまらず新聞の広告に関する業務、講演等の準備も亦その営業の範囲に属するものであるから或る期間新聞紙の発行を休止したからといつて、これがため営業の廃止があつたということはできない旨主張するけれども、新聞に関する営業は新聞紙の発行を主たる目的として営まれるもので広告、講演等の業務は単に附随的業務にすぎないものと解するのが相当である。したがつて被告が新聞紙の発行に関する営業活動を絶止したこと、前記認定により明らかな本件においては営業の廃止ありたるものと断ぜざるを得ない。仮りに被告のいうとおりだとしても商標が自己の営業にかゝる商品であることを表彰するためにこれが専用をなさんとするものである本質に鑑み広告、講演等の業務だけに商標権を存続させることは何らの意義も理由もない。したがつて被告の右主張も採りあげない。
なお、被告は、被告が本件商標を使用しないのは週刊北海タイムスの発行を中止した昭和二十三年十月二十日以後であつて、その不使用期間は未だ三年にも満たないものである。商標法第十四条によれば三年間商標を使用しない場合も中止の取扱をしており、かゝる場合は登録取消の審判を求めうる事由となしているにすぎない。まして商標不使用が三年にも満たない本件においては商標権消滅の事由とみなしえない旨主張するけれども、商標法第十三条は営業の廃止すなわち営業活動の絶止を以て商標権消滅の事由を規定したものであり、同法第十四条は営業の廃止をともなわない単なる商標の不使用乃至中止の事実を以て商標登録取消の事由を規定したのであつて、その間おのずから観念を異にするものであるから被告の所論は理由がない。
しかうして原告が本件商標権の消滅したことの確認を求めるにつき即時確定の利益を有することは冒頭説示のとおりであるから、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 飯島幾太郎)