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札幌地方裁判所 昭和25年(行)45号 判決

原告 今村伝四郎

被告 北海道知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十三年五月二十日附北海道B第一二六〇号売渡通知書交付によつて原告に対して売渡処分をした別紙第一目録記載の農地の中別紙第二目録記載の農地(以下本件農地と略称する)の売渡処分を取消す旨の昭和二十五年八月八日附指令による行政処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求原因として左のとおり陳述した。

(一)  原告は訴外箭原ハルからその所有に係る第一目録記載の農地を賃借小作していたが、右農地は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第一号に該当する小作地として昭和二十二年七月二日政府の買収するところとなつた。そこで原告は自創法第十七条により風連村農地委員会に対し右農地の買受の申込をなしたところ、同農地委員会は自創法第十八条に従い昭和二十二年七月十五日原告を右農地の売渡の相手方として売渡計画を定めて同日その旨公告した。しかるところ右売渡計画に対し、異議の申立がなかつたので、右農地委員会に申請して同年八月七日右売渡計画の承認を受け、被告は右承認があつた売渡計画により原告に対し、売渡時期を昭和二十二年七月二日と記載した昭和二十三年五月二十日附北海道B第一二六〇号売渡通知書交付によつて第一目録記載の農地の売渡処分をした。原告は同年七月十五日右通知書を受領し、同日右土地の対価として金三千七百三十二円二十四銭を政府に納付した。ここにおいて原告は自創法第二十一条に基いて右売渡期日である昭和二十二年七月二日第一目録記載の農地の所有権を取得するに至つた。しかるに被告は原告に対し、昭和二十五年八月八日附同年八月二十一日到達の書面を以て既に原告に売渡処分をした右農地のうち本件農地の売渡処分を取消す旨通知して来た。

(二)  しかしながら、凡そ行政庁が一旦或る処分をした以上、たとえ後日再調査の結果何等かの誤謬を発見したとしても、明文のない限り、その取消は許されないものといわなくてはならない。若しも、行政庁の処分に対し、異議の申立、訴願の提起等十分なる是正手段が規定せられているにもかゝわらず、何人からもこれなくしてその処分が有効に確定した後たやすくその取消ができるものとすれば、国民は安んじて行政庁の処分に従うことができず、かくては社会秩序は到底維持し得ないであろう。これを本件についてみるに、自創法第二十条により知事が売渡通知書を交付してなした売渡処分を後日取消すことについては同法にもその他の法令にも明文がない。即ち被告のなした本件取消処分は法令の根拠に基かないで、既に有効になされた売渡処分によつて取得した原告の所有権を失わせるものであるから違法である。よつて原告は被告のなした違法の取消処分の取消を求めんとするものである。

原告訴訟代理人は、被告が本件取消処分の理由として主張する事実に対しては左のとおり答えた。

訴外筒井留太郎が被告主張の如く第一目録記載の農地買収の時期において本件農地を耕作していたこと被告がその主張の経緯のもとに本件売渡処分を取消したことは認めるが、このことからして当然に本件農地についての売渡計画が自創法施行令第十七条第一項第一号違反の理由とはならない。元来、原告が訴外筒井留太郎に対し、本件農地を転貸するに至つた事情は、昭和十八年九月原告の長男今村秋一が応召したため営農労力の不足を来たしたことに起因する。従つて当初は本件農地を含めて第一目録記載の農地のうち一町七反二畝を転貸していたが、昭和二十年の終戦と共に長男の復員を見越して筒井から一旦右転貸地の返還を受け、翌二十一年の農耕期には原告において、そのうち九反を起耕した。ところが長男は復員せず、筒井の要請もあつて、再度前記反別の農地を同人に転貸した。そのうち長男戦死の確報に接し、原告亦老齢のため、長女に養子を迎えて営農労力拡充を図ることとなり、原告は昭和二十二年春頃筒井に転貸した農地のうち八反七畝二十五歩の返還を受けたが、その残地である本件農地についても三年後には必ず返還を受けることを約して、同人に引続き耕作せしめていたものである。されば原告は本件農地を一時筒井に転貸したにすぎないものであつて、本件農地は第一順位として本来の小作農である原告に売渡さるべきものである。仮に然らずとするも、風連村農地委員会において第一目録記載の農地を原告に対して売渡す計画を立てる際、前記筒井に対する本件農地の一時転貸の事実と、同人が自創法第十七条の規定による買受の申込をしないことを勘按し、結局第一目録記載の農地について買受けを申込んだ原告が自作農として農業に精進する見込あるものと認めて自創法施行令第十八条第二号にもとずき前記売渡計画を定めたものである。そうであるとすれば、右売渡計画は適法になされたものであつて、これが違法であることを前提としてなされた本件取消処分はこの点においても違法であつて取消さるべきものである。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、左のとおり答弁した。

原告がその主張の如き日時に、その主張の如き経緯によつて第一目録記載の農地の所有権を取得したこと、その売渡手続完結後である原告主張の日時に被告が原告主張の如く第一目録記載の農地のうち本件農地の売渡処分を取消したことはこれを認めるが風連村農地委員会が自創法施行令第十八条第二号により、売渡計画を樹立し、これにもとずき、被告が本件売渡処分をしたとの点は否認する。右取消をした事由は次のとおりである。即ち風連村農地委員会が昭和二十二年七月十五日原告に対し、第一目録記載の農地について売渡計画を定めたのは自創法施行令第十七条第一項第一号に謂う小作農を原告と認定していたためであつたが、右農地の売渡手続完結後に至つて、訴外筒井留太郎において、右農地買収の時期である昭和二十二年七月二日当時右農地のうち、本件農地について耕作していた旨風連村農地委員会に申出た。そこで、同農地委員会は慎重なる調査をなした結果筒井の申入れの如く、同人は原告から三年間の期間を定めて本件農地を賃借し、第一目録記載の農地買収の時期において本件農地について耕作し、現にこれを継続している事実を確認するに至つた。従つて右農地委員会が原告に対して本件農地について売渡計画を定めたことは自創法施行令第十七条第一項第一号に違反することが明らかとなつたので、風連村農地委員会は昭和二十五年四月二十二日の委員会において、原告に対する本件農地の売渡処分を取消すことを妥当とする旨の決議をなし、同年五月一日この旨上級庁である北海道農地委員会に進達した。そこで同農地委員会においても同年七月四日委員会を開催して審議したうえ右決議を妥当として同日被告北海道知事にこの旨進達するに及んだ。よつて、被告は更に審議を遂げた結果、原告に対し本件土地についてなした売渡処分は自創法施行令第十七条第一項第一号違反の瑕疵があり、これを取消さない場合には自創法第一条の根本精神にも違反するという公益上重大な影響があり、一方本件農地の売渡処分を取消しても、現に耕作していない原告に対しては右影響に比すれば敢て不当の損害を被らしめるものではないことを認めて、被告が原告に対してなした本件農地についての売渡処分を取消したもので、本件取消処分は決して違法でない。(立証省略)

三、理  由

原告主張の請求原因事実のうち前記(一)の事実被告の本件売渡処分の取消理由は、自創法施行令第十七条第一項第一号に違反するというにあること、本件農地の買収時期である昭和二十二年七月二日において訴外筒井留太郎が原告から転借(一時賃貸借であるかどうかはしばらく措く)し、該農地につき耕作の業務を営む小作農であつたことはいずれも当事者間に争のないところである。

従つて、叙上の事実からして、特別の事由のない限り、風連村農地委員会は本件農地の売渡の相手方を訴外筒井留太郎とする売渡計画を樹て、被告は同訴外人にこれを売渡すべきであつたことは本件売渡計画樹立当時の自創法第十六条第一項同法施行令第十七条第一項第一号の規定に徴し、疑問の余地がないところであるから、右委員会が原告を売渡の相手方として樹立した売渡計画及びこれにもとずく被告の本件売渡処分は法令の適用を誤つた違法のものといわなくてはならない。

原告は本件農地は訴外筒井留太郎に一時賃貸したものであるから、原告が売渡の相手となるのは当然であると主張する。なるほど自創法第三条第一項第一号により買収された農地につき、本来の小作農と一時転借の小作農が存在する場合、これを何人に売渡すべきかは一個の問題たるを失わないが、自創法の精神に照すときは、現実の耕作者である一時転借人に売渡すべきものと解釈するが相当である。しかしながら、その転貸借が疾病、就学、応召、未帰還、公務就任等やむを得ない事由によつて本来の小作農が自から耕作することができないため、一時的に行われたものであり、しかも、市町村農地委員会で転貸人である本来の小作農が近く耕作するものと認め、且つ、耕作を相当とする場合はその農地は転貸人である本来の小作農に売渡すべきものといわなくてはならない。蓋し、自創法第五条第六号の規定との均衡上かく解するのが相当であるからである。そこで、これを本件につき考察するに、証人谷島進作の証言によつてその成立を認める甲第一号証と証人谷島進作、筒井留太郎の各証言とを併せ考えると、原告は昭和十八年九月その長男今村秋一が応召したため、営農労力に不足を来たしたので、従来原告が小作している第一目録記載の農地のうち一町七反二畝の農地を筒井に転貸していたが、終戦によつて長男が復員するものと思つた原告は筒井から一旦右転貸地の返還を受けた。ところが、長男は復員せず、再び前記反別の農地を筒井に転貸した。そのうち長男戦死の公報と原告老齢のため、原告はその娘婿を迎えて、漸く営農労力も定まつたので、昭和二十二年春頃筒井に転貸中の右農地のうち八反七畝二十五歩の返還を受けたが、その残地である本件農地については三年の期間を定めて転貸したことを認め得る。右認定の事実から判断すると、右転貸は、疾病、就学、応召、未帰還、公務就任等のやむを得ない事由によつてなされた一時的のものとは認め難いから、原告の右主張は既にこの点において失当で採用し難い。

原告は風連村農地委員会は自創法施行令第十八条第二号により原告を売渡の相手方として売渡計画を樹立し、被告はこれにもとずき本件売渡処分をしたと主張し、証人谷島進作、同三輪譲はいずれもこれにそうような証言をするけれども、右証言は証人飯塚当司、同筒井留太郎の各証言に対照して考えるときはたやすくこれを信用することができないし、他にこれを認めるに足りる証拠がないから、右主張も亦採用することができない。

原告は本件売渡処分の取消は、何等法令の根拠なくして原告既得の所有権を侵害するもので違法であると主張するから、この点を審按するに、取消の結果が、既に確定的となつた法律秩序である個人の権利を侵害するにいたる場合は、原則として、これを取消すことができないものというべきであるし、これが取消につき自創法にもその他の法令にも特に明文のないことはまことに所論指摘のとおりである。しかし、既定の法律秩序を犠牲にしても、なお、その取消を必要とするだけの公益上の必要がある場合はその取消を許すべきであると解するのが相当である。これを本件につき考えるに、原告に本件農地を所有させることは、現に耕作している小作農に所有権を与えようとする自創法の根本精神に反する結果となり、公共の福祉に重大な影響をもたらすものと思料されること、証人飯塚当司、同筒井留太郎の各証言により推認できる原告が本件農地の買収時期において、自からその農地につき耕作の業務を営む小作農であるとして、その買受の申込をなした結果、風連村農地委員会はそれを信じ、よつて本件買収計画を樹立し、被告はこれにもとずいて本件売渡処分をなしたことその他の諸事情を参酌考是すると、原告の本件農地に対する既得の所有権を侵害してもなお、売渡処分の取消を必要とするだけの公益上の必要があるものというべきを以て、右と同趣旨の見地からなしたものと認められる被告の本件売渡処分の取消は正当であつて、何等違法のかどがない。

以上いずれの点からするも、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 猪股薫 中村義正 兼子徹夫)

(目録省略)

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