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札幌地方裁判所 昭和39年(行ウ)6号 判決 1965年12月27日

原告 武田悦子

被告 札幌市

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

1  原告が被告交通局の職員たる地位にあることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

本件訴を却下する。

2  本案の申立

主文第一、二項と同旨。

第二当事者双方の主張

一、原告の主張

1  訴訟能力

被告は原告の訴訟能力を争うが、原告は未成年者であるが、本件においては、訴訟能力を有する。すなわち、民事訴訟法第四九条本文は未成年者の訴訟能力を原則として否定しているが、同条但書において、例外として未成年者が独立して法律行為をすることができる場合には、その訴訟能力を認めている。また、労働基準法第五八条、第五九条は、労働契約の締結と賃金の請求を未成年者自からがすべきで、親権者または後見人が代つてすることを許していない。

したがつて、未成年者は労働契約関係(広義の)については、法定代理人を通ぜずに独立して法律行為をすることができるのであるから、民事訴訟法第四九条但書により労働契約に関する訴訟につき、完全に訴訟能力を有することになる。そうして、本件訴訟物が労働契約に関するものであることは、きわめてあきらかであるから、原告の訴訟能力になんの瑕疵もなく、本訴は適法である。

2  請求の原因

(一) 原告は、昭和三六年三月一八日被告の交通局員として採用され、自動車部輸送課においてバス車掌として勤務していたものであるが、被告は、昭和三九年六月一八日、地方公務員法第二九条第一項により原告に対し懲戒免職の処分をした。

(二) しかしながら、被告の右懲戒免職処分は、地方公務員法第二九条第一項の適用を誤り、もしくは、懲戒権を濫用したもので無効である。すなわち、

(1) (原告の勤務態度、成績)

原告は、被告に雇傭されて以来、バス車掌という職務を愛し、忠実に勤務してきた。その勤務中、今回の事件を除きただの一度も問題を起したことがないばかりか、昭和三七年度には、車内での案内の発音がよく接客態度が明るく親切であることを理由に、模範車掌として交通局長から表彰をうけたことがあつた。

(2) (懲戒処分の対象となつた事実)

原告は、昭和三九年六月二日、被告経営の市営バス西二〇丁目線すなわち「大通りバスセンター」を基点とし、北一条通りを西進し、市役所前、市立病院前、北一条西一一丁目、北一条西一四丁目、北一条西二〇丁目の各停留所を経由し、そこから西二〇丁目の道路を南進し、南三条西二〇丁目、南六条西二〇丁目、南九条西二〇丁目、南一一条西二〇丁目の各停留所を順次経由して「旭ケ丘下」を終点とする運行路線に車掌として乗車勤務したのであるが、旭ケ丘下停留所を定時一九時八分に発車した大通りバスセンターに向つたが、同停留所では一名の乗客もなく、途中、南六条西二〇丁目の停留所で乗客が一名乗車したが、その乗客も南三条西二〇丁目の停留所で降車してしまい、そのごは乗客のないまま西二〇丁目通りを北進し、北一条通りとの交さ(叉)点に至つた。ところが、原告は、バスを運転していた運転手と共に、乗客がいないところから、同所から大通りバスセンターまでの運行を中止して琴似営業所へ帰ることにし、原告がバスの方向幕を「大通りバスセンター」から「廻送」に変え、運転手が同所を右折せずに同交さ点をまつすぐに進行し、琴似営業所に向けて運転し、同営業所の車庫にバスを入庫させ、このため、原告と運転手とは北一条西二〇丁目の停留所から大通りバスセンターまでの区間の運行をしなかつた。

(3) (その後の経緯)

原告は、入庫後、ただちに上司に対して、乗客がないので途中で運行を打切つて帰着した旨を報告したところ、上司からその責任を問われ、その行動の誤つていることに深い責任を感じた。そこで、上司にいわれるままに報告書とともに始末書と退職願を書いた。原告としては、自分の非を認めて反省をしていたものの、この事実で自分の愛する車掌の職を失うことになるのは身を切られるような切なさであり、その晩は帰宅してからも一睡もできない状況であつた。

原告はその翌日も出勤し、通常に勤務していたところ、上司から呼び出され、昨夜の始末書と退職願の書式が違うから改めて書くようにいわれたので、始末書は書き直したが、退職願については、前夜来のこともあり、退職したくないからとその真情を話して断わつた。さらに、そのごも数回この退職願を書くよういわれたが、原告はいずれもこれを断わつた。その後、聞知したところによると、被告においては、ささいなことでも日附のない退職願を書かせることがあり、書いたことでただちに退職をさせないが、これを保管して労務管理に利用するとのことである。そして、原告が右退職願を書くことを断わつたところ、上司から「書かないならば、あとでどうなるか考えておきなさい。」といわれたが、そのご、原告は、退職願を書いていた運転手ともども、前記運行区間の一部欠行を事由に懲戒免職処分をうけたのである。

(4) (懲戒免職処分の無効)

被告は、原告の前記路線運行区間の一部を欠行した行為が地方公務員法第二九条第一項に該当するとし、原告を同条所定の最高罰である懲戒免職に処したものであるが、原告の右行為が懲戒処分の事由に該当するものであることは認めるが、被告の本件処分はいかにも過酷であつて、法が懲戒の処分を四段階にわけ(さらに、地方公務員法上の処分のほかに訓告、厳重注意という処置もある。)、その適用を慎重、適正にすべきことを定めているのに、このような最高罰である免職処分にしたのは、つぎのとおり明らかに法令の適用を誤つたものであり、もしくは懲戒権の濫用として、無効であるといわなければならない。

すなわち、原告は被告に雇傭されて以来、本件以外一度も事故を起したことがなく、そればかりか勤務成績優良車掌として表彰をうけている。年令も当時いまだ一八才で思慮分別のない年ごろであるといえる。また、被告経営の市営バス西二〇丁目線は、運行間隔が長く、比較的乗客の少ない路線であるのみならず、北一条通りは札幌市営バスのいわゆる幹線路線で、多くの系統のバス路線がこの道路を通過することになつており、北一条西二〇丁目から大通りバスセンターに至る間の停留所では、バス乗客があつても、右のように多くの運行バスに乗車できるため、右運行区間を欠行しても乗客に不便をかけることはない。当日も、丁度、他線のバスが北一条通りと西二〇丁目通りとの交さ(叉)点を通過して北一条通りを大通りバスセンターに向けて進行していつたのであるから、原告らが右運行区間を一部欠行しても乗客にめいわくはかからない。さらに、当日、定時一九時八分に旭ケ丘下停留所を発車する際、運転手から「北一条西二〇丁目までお客がいなかつたらまつすぐ帰るぞ。」といわれたので、原告もこれに同調したのであり、本来のダイヤ(運行表)によつても、大通りバスセンターに到着すれば、そののちは廻送車として再び北一条通りを通つて琴似営業所に帰る予定のものであつた。このような動機、態様からみて、本件懲戒処分の対象となつた事実も、その情状が必ずしも悪質なものといえないのみならず、その結果も乗客に対してはもとより、被告に対しても特段の現実的被害を与えていない。さらに、これをただちに上司に報告し、反省悔悟している点などを合わせ考えると、右懲戒処分事由は比較的軽微な事案であるといつてよい。それゆえにこそ、被告も従来の慣行にしたがい、原告が退職願さえ書けば他の処分をもつて臨もうとしていたのである。ところが、原告がこの退職願を書くことを断わつたことから本件処分になつたのであつて、それでは本来の事実についての責任追及というよりも、むしろ被告としては上司に対する反抗的態度を問題にしたのではないかとさえいえるのである。その反抗的態度といわれるものも、原告が車掌としての労働を愛し退職をおそれたという結果であり、作成日附のない退職願を書かせること自体、被告もそのご好ましくないといつていることからみれば、強い非難に値いするものとはとうていいえない事柄である。以上の諸点を総合すると、被告としては、原告に対しては職を奪うという処置でなく、職場にとどめたうえで、若い原告をして将来を戒める処分をもつて臨むのが最も適正な措置であつた。これをしないで、直ちに懲戒免職処分にしたのは明らかに法令の適用を誤り、もしくは懲戒権を濫用したものである。

(三) しかるに、被告は右処分を適法とし、原告が被告の交通局職員の地位を有することを争うので、原告は被告に対して、これが地位を有することの確認を求める。

二  被告の主張

1  本案前の抗弁

原告は未成年者であるから、本訴について訴訟能力を有しない。

未成年者は、民事訴訟法第四九条但書に規定する以外、独立して訴訟行為をすることができないものであるところ、原告が被告交通局の車掌の職務に従事したのは、札幌市長の行政上の任命行為により、被告の雇員という地方公務員の資格を取得したからであつて労働契約関係によるものではない。したがつて、原告の地方公務員としての身分を消滅させた免職行為が無効であるとしても、その地位の確認を求める本訴においては、原告は訴訟能力を有しないものである。

かりに、原告の右資格が労働契約関係より生じたものであるとしても、労働基準法第五八条第一項は親権者または後見人が未成年者に代わつて労働契約を締結することを禁じただけであり、未成年者が労働契約を締結する場合は、民法の一般原則にしたがつて法定代理人の同意を要すると解すべきである。これは、同条第二項の強力な保護規定に照らし明らかであり、本件のごとき身分関係の存否を争う訴訟においても同様である。未成年者は労働契約関係において、広く代理人の代理行為を介せずして独立して法律行為、したがつてこれに関する訴訟行為も完全になし得るものでないから、原告は、本訴において訴訟能力を有しないものである。

2  答弁

原告主張の請求原因(一)のうち、採用年月日を除きその事実は認める。採用年月日は昭和三六年八月一日である。

同(二)の(1)のうち、原告が昭和三七年五月被告の交通局長から表彰された事実は認める。

同(二)の(2)の事実は認める。

同(二)の(3)および(4)の各事実は争う。

3  主張

(一) 原告が被告の交通局長からうけた表彰は、月例表彰といつているもので、乗客からの投書等があつた個々の事実にもとづいて、職員を激励するためにするもので、一カ月平均九〇件前後あり、この月例表彰をうけたからといつて、すべて模範的であるといえない。

しかも、原告は、乗客の乗降完了を確認せずにバスの扉を閉めたため、乗客の手に治療一〇日の負傷を与えるような人身事故を起しているものである。

(二) 原告の一部路線区間の欠行は、原告が運転手に提唱した結果なされたものである。すなわち、原告は、原告主張どおりのバスに車掌として乗務し、その主張どおりの乗客の状況のもとに北一条西二〇丁目の交さ点にさしかかつたところ、交通信号標識が赤信号であつたので、信号待ちにはいつた。このとき、原告は、大通りバスセンターまで運行ダイヤどおりに運行しても乗客がないだろうと独断し、運転手に対し、このまま営業所に行き入庫しようと申し入れたところ、運転手がこれに同調したので、「大通りバスセンター行」の方向幕を「廻送」になおし、信号が青信号にかわるや、運転手が運行ダイヤの示す大通りバスセンターに向わずに琴似営業所に向けて進発し、バスを同営業所の車庫に入庫させたものである。

(三) 原告らは、入庫後、上司に対し「事故なし。」と報告したのであるが、取調べをうけて、はじめて右一部の路線区間の欠行の事実を述べるに至つたものである。

(四) 原告は、地方公務員として旅客自動車の車掌の職務についていたのであるから、その職務の遂行にあたつては、地方公務員法その他の関係法令、上司の職務上の命令にしたがつて職務に専念し、かつ、車掌として陸運局の定めた自動車運行ダイヤにしたがい旅客を輸送すべき職責をもつものであるところ、原告の前記(二)記載の一部路線区間の欠行の行為は地方公務員法第二九条第一項に該当するので、被告は、原告を懲戒免職処分に付したものである。もし、旅客輸送の職にある運転手、車掌らが原告と同様の考えのもとに、独断でその定められた路線の運行を欠行することになるならば、その結果はまことに重大であり、この点からしても、被告が原告を地方公務員法第二九条所定の懲戒処分のうち最高の免職処分にしたのは極めて妥当であつて、決して処分の裁量を誤つたものではない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  まず、原告訴訟能力の有無(被告の本案前の抗弁)についての判断する。

原告本人の尋問の結果によると、本訴提起当時原告が満一八才であることが認められる(本件口頭弁論終結時においても未成年者であることも認められる。)。民事訴訟法第四九条は未成年者は法定代理人によつてのみ訴訟行為をなすことができること、例外として、未成年者が独立して法律行為をなすことができる場合には、独立して訴訟能力を有する旨を規定している。ところで、労働契約に関する事項については、労働基準法第五八条、第五九条により未成年者は独立して法律行為をなすことができるものと解するのが相当であるから未成年者は、労働契約に関する訴訟について訴訟能力を有するものというべきである。そして、本件訴訟は原告が地方公共団体である被告の経営する地方公営企業の職員たる地位を有することの確認を求めているのであるところ、地方公営企業の職員の労働関係についても労働基準法が適用される(地方公務員法第五八条第二項、第三項は地方公務員の特別の地位から特殊の領域について労働基準法の適用を排除する旨規定しているが、そして地方公務員に対する特例を定めた地方公営企業法の第三九条は、企業職員の労働関係につき地方公務員法第五八条を排除する旨を規定してから、結局原則に立ちかえつて労働基準法が全面的に適用されることになる。)から、本件訴訟において原告は訴訟能力を有するものというべきである。

二  本案についての判断

1  当事者間に争いがない事実

(一)  原告がおそくとも昭和三六年八月一日から被告の交通局職員とし、同局自動車部輸送課においてバス車掌として勤務していたこと。

(二)  原告が昭和三九年六月二日、被告経営の市営バス西二〇丁目線すなわち、大通りバスセンターを基点とし、北一条通りを西進し、市役所前、市立病院前、北一条西一一丁目、北一条西一四丁目、北一条西二〇丁目の各停留所を経由し、そこから西二〇丁目の道路を南進し、南三条西二〇丁目、南六条西二〇丁目、南九条西二〇丁目、南一一条西二〇丁目の各停留所を順次経由して旭ケ丘下を終点とする運行路線に車掌として乗車勤務し、同路線の旭ケ丘下停留所一九時〇八分発大通りバスセンター行のバスに乗車したこと、右バスは、旭ケ丘下を定時に発車したが、同停留所では一名の乗客もなく、途中南六条西二〇丁目の停留所で乗車した乗客が一名あつたが、その乗客も南三条西二〇丁目の停留所で降車したため、その後は、乗客のないまま西二〇丁目通りを北進し、北一条通りの交さ点に至つたこと、ところが、原告と運転手が乗客のいないことから、同所から大通りバスセンターまでの運行を中止して琴似営業所へ帰ることにし、原告がバスの方向幕を「大通りバスセンター」から「回送」に変え、運転手がそのままバスを琴似営業所に向けて運転し、同営業所の車庫に入庫させたこと。

この結果、原告と運転手が北一条西二〇丁目の停留所から大通りバスセンターまでの区間、バスを運行しなかつたこと。

(三)  被告が原告に対し、昭和三九年六月一八日、原告が大要右(二)のとおり運行路線の一部区間を運行しなかつたことをもつて、地方公務員法第二九条第一項に該当するとし、同条によつて懲戒免職の処分をなしたこと。

以上の事実は当事者間に争いがない。

2  原告は、被告のした本件懲戒免職処分が、その懲戒事由に対し過酷に過ぎるものであつて、法令の適用を誤り、もしくは懲戒権を濫用したものであるから無効であると主張するので判断する。

成立に争いのない乙第一号証の一、二、証入伊東義昭、同津坂俊一の各証言から真正に成立したと認める乙第二号証の一、二、証人村山寿美子、同明石義未、同伊東義昭、同津坂俊一の各証言および原告本人尋問の結果の一部を総合すると、被告が地方公営企業法にもとづき経営する自動車運輸事業は陸運局の認可した運行ダイヤに則して自動車を運行しなければならないものであつて、経営者自身といえども右ダイヤを勝手に変更できないこと、西二〇丁目線バスの旭ケ丘下発大通りバスセンター行の最も混雑する時間は、運行路線近くにある高等学校の生徒が下校する午後三時半から四時半位までの間で、それ以降はこの路線を利用する乗客が比較的少ないこと、原告の乗務した旭ケ丘下発一九時八分の大通りバスセンター行のバスは、同路線の最終便であつたこと、北一条西二〇丁目から大通りバスセンターまでの通行区間は、西二〇丁目線のほか被告経営の琴似線、西野線、発寒線、山の手線、工業団地線、動物園線の計七系統の路線が運行され、いわゆる幹線運行路線であること、原告の乗務したバスが乗客のないまま(南六条西二〇丁目の停留所で乗車した乗客一名は南三条西二〇丁目の停留所で下車したことは前記のとおり当事者間に争いがない。)北一条西二〇丁目の交さ点に至つたところ、丁度、大通りバスセンター行きの他の路線のバスが北一条西二〇丁目の停留所を発進し、そのあとに乗客がなかつたので、原告はこのまま運行しても乗客がないだろうと速断し、同乗の長谷匠三郎運転手に「このまま営業所に帰つては。」と話したところ、同運転手もこれに同意したので、両名共謀のうえ、前記のとおり北一条西二〇丁目停留所から大通りバスセンターまでの運行路線を欠行し、直ちに琴似営業所に帰るに至つたこと、この運行路線の欠行については、琴似営業所に帰着後、原告も長谷運転手もともに上司に報告しなかつたが、運行ダイヤより約二七分早く営業所に帰つたことから係員に右一部路線区間欠行の事実を発覚されるに至つたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用できないし、そのほか右認定事実を覆えすに足りる証拠もない。

およそ、行政庁における公務員に対する懲戒処分は、所属公務員の勤務についての秩序を保持し、綱紀を粛正して公務員としての義務を全からしめるため、その者の職務上の義務違反その他公務員としてふさわしくない非行に対して科するいわゆる特別権力関係にもとづく行政監督権の作用であつて、懲戒権者が懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決定することは、その処分が全く事実上の根拠にもとづかないと認められる場合であるか、もしくはその処分が処分事由の事案の性質、程度および被処分者の職務内容等諸般の事情を考慮し、社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められる場合を除き、懲戒権者の裁量に任されているもの(同趣旨、最高裁判決昭和三二年五月一〇日民集一一巻五号六九一頁参照)であり、懲戒処分が無効であるというためには、その処分に重大かつ明白な瑕疵のある場合、すなわち全く事実上の根拠にもとづかないと認められる場合か、もしくは社会観念上著しく妥当を欠き懲戒権者に任せられた裁量権の範囲を著しく超えていると認められる場合のみであると解するのが相当である。

ところで、本件において、原告に対する本件懲戒処分が全く事実上の根拠にもとづかないものとは認められない(かえつて、原告と長谷運転手の一部路線区間欠行の事実が懲戒処分事由に該当することは原告の自認するところである。)し、また、定期運行バスの車掌は、運転手と協力し、定められた運行路線を安全に運行すべき義務があるのにかかわらず、原告が前記のように運行路線の約半分に相当する北一条西二〇丁目から大通りバスセンターまでの区間の運行を、何ら特段の事情もないのに、原告が提唱し、運転手と共謀して勝手に中止して路線運行を欠行した事実および前記当事者間に争いのない事実ならびに当裁判所が認定した事実から認められる処分事由の事案の性質、程度、原告の職務内容等諸般の事情を考慮しても、被告が原告に対し懲戒免職に処した本件処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者の裁量権を著しく超えるものと断ずることができない。

そのほか、被告の原告に対する本件懲戒処分が懲戒権者の裁量権の範囲を著しく超え無効のものであると認めることのできる証拠はない。

(なお念のため付言すると、前記各事実から認められる本件処分事由の事案の性質、程度、原告の年令、経歴、職務内容等諸般の事情を考えると、被告が原告に対してした本件懲戒免職処分が重いと思われないではないが、さりとて当然無効とまでいえない。)

三  そうすると、本件懲戒免職処分が無効であることを前提とする原告の本訴請求は理由がなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井田友吉 朝岡智幸 天野耕一)

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