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札幌地方裁判所 昭和40年(わ)20号 判決 1966年4月20日

被告人 ハヤブサの徳こと勝田徳之助

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、

被告人は、防犯講演賛助金名下に金員を喝取しようと企て、あらかじめ「私こと宮城刑務所を釈放になつた前科十三犯、獄中生活三十二年、殺人、強盗、強姦等兇悪の限りを尽した『通称ハヤブサの徳こと勝田徳之助』です。懺悔防犯講演をやつて各地を廻つて歩いているので一片の同情を寄せられ御賛助仰ぎたい。」などと自己の前科、悪性を誇大に表示し、一般世人をして不安に陥らしめる様な内容を記載した葉書を印刷し、これを北海道亀田郡戸井村字館町一〇六番地戸井村役場内戸井村村長外一七名あてに郵送したうえ、昭和三九年五月一日ごろから、同年一二月四日ごろまでの間、前後一八回にわたり、右戸井村役場外一七ヶ所に赴き、右戸井村役場総務課長小畑定夫外一七名の者に対し、講演をやらせてくれと申し込みこれを断られるや賛助名簿なるものを同人等に示し、或いは頭初から賛助名簿なるものを示して「この様にして貰つている」と暗に金員を要求し、既に前記葉書により被告人に対し畏怖の念を生じている同人等に対し、右金員を受け取るまで帰らない様な態度を示して同人等を困惑畏怖させ因つて即時同所において同人等から夫々防犯講演賛助名下に現金千円の交付を受けてこれを喝取したものであるというのである。

弁護人は、本件公訴事実について、被告人には恐喝の犯意がなく、相手方を畏怖させるような脅迫行為もないし、相手方は畏怖して現金を交付したものではないから本件は無罪であると主張する。

恐喝罪における「恐喝」とは要するに、財物の交付ないし財産上の利得を目的とする脅迫である。したがつて、それは、いうまでもなく相手方を畏怖させるに足るものでなければならない。実務上いわゆる「困惑畏怖」と称される恐喝の類型があり、本件はこの「困惑畏怖」の態様の恐喝として起訴されているが、恐喝行為においては相手方の畏怖がその本質的内容をなす以上、いうところの「困惑」は、「畏怖」の範躊に入るものとして評価しうるようなものでなければならないことは当然である。「困惑畏怖」と称する場合、「困惑」は、その場合の「畏怖」の具体的態様の説明語としての意味をもつのである。恐喝罪について、「困惑」とか「嫌忌」とかいう表現を用いる判例も、「困惑」ないし「嫌忌」がその程度、内容のいかんを問わず、およそどのようなものであつても当然にすべて恐喝罪成立の要件たりうるとするものとは認められない。例えば、昭和八年一〇月一六日大審院判決(刑集一二巻一八〇七頁)は、「恐喝罪を構成する恐喝手段は、悪事醜行の摘発又は犯罪の申告其の他之に類する害悪の告知に限定せられるべきものに非ずして、此の外凡そ人を困惑せしむべき手段を包含するものと解せざるべからず」として一見、「困惑」の程度、内容のいかんを問わず恐喝たりうるとするもののようにみえるが、右判示につづいて「又而して一地方に於ける医師の人気投票の募集を為し、其の投票数を該地方新聞に掲載する如きは医師として品位を傷つけ、投票数少き医師の名誉信用を毀損するに至るべき虞あるものなれば、其の地方在住の医師が斯かる投票に付危惧若は畏怖の念を抱き、又困惑の状態に陥ることあるは蓋し世間普通の人情として免れざる所にして原判決挙示の証拠に依るも亦之を認むるに余りあるものとす。」と述べ、「困惑」をそれのみとしてとりあげず、危惧、畏怖の念と同列においていることは、そこにいう「困惑」を畏怖と同程度のものとして予定していることを示すものと解される。大正五年六月一六日大審院判決(刑録二二輯一〇一二頁)が「嫌忌」について「蓄妾の事実を摘発すべき通知の如きは名誉に対する害悪の通告なること勿論なるのみならず、仮に然らずとするも自分の秘密を摘発せられ、為めに一家の平和を攪乱せらるるは人の畏怖又は嫌忌する所なれば、家族に秘したる事実を摘発すべしとの通告は恐喝罪を構成すべきものたること論を俟たず。」とするのもまさに同様といわなければならない。改正刑法準備草案において、恐喝罪のほかに、「畏怖」に至らない「困惑」を要件とし、恐喝罪より軽い法定刑をもつ準恐喝罪の規定(三五七条)が新設されていることも、この点の参考とするに足るであろう。

したがつて、本件においては、被告人の行為が果たして相手方を畏怖させるに足るものといい得るか、否かが問題となる。この判断は、いうまでもなく、被告人および相手方の年令、性別、身分や、時間的、場所的関係などの具体的諸事情に基づき一般人を標準として、類型的になされるべきであるが、本件は、いずれも被告人が同一内容のはがきを郵送したうえで、相手方を訪問して面会し、防犯講演賛助金名下に一、〇〇〇円づつの現金の交付を受けたものであり、相手方の身分、面会の時間、場所、面会の際のやりとりなども極めて似通つていて、態様を同じくすると認められるから、被告人の本件行為が相手方を畏怖させるに足るものであるか否かは、一八個の訴因の各個について、個別的に相手方が畏怖したか否かによつて判断すべきでなく、その全般について本件のような態様の行為が一般に相手方を畏怖させるに足るものといい得るか否かを統一的に判断して決すべきである。そこで、以下に本件行為の具体的事情を検討する。

(一)  本件において、被告人が予め相手方に郵送したはがきは次のような内容である。

「謹啓 公務御多忙の処突然のお願いで甚だ御迷惑とは存じますが、私事宮城刑務所を釈放になりました前科十三犯、獄中生活三十二年、殺人、強盗強姦等兇悪の限りを尽した、秋田県仙北郡角館町生れの通称「ハヤブサ徳」事勝田徳之助で御座います。

私は此の度一看守の親身に勝る指導により深く過去を懺悔し、秋田、山形、福島、郡馬、埼玉、山梨の各警察本部の絶大なる御声援を頂き、国内各地を犯罪体験から得た懺悔防犯講演をしてお願いに廻つて居る者で御座います。何卒近日中お願いに参りますから、せめて当日在庁の方々だけなりとも聞いて頂ければ幸いと存じます。話の内容は、犯罪者側から見た捜査の盲点、犯罪心理、動機、手口、スリ、空巣、忍込みに対する防犯方法、殊に強盗強姦事件の顛末と死刑囚の心理、死刑執行当日の刑場の模様は皆様方の御期待に背かぬ参考資料と存じます。

何卒長さん一片の御同情を寄せられ御賛助を仰がれますならば私生涯の喜びで御座います。尚当日長さん御不在になりましてもどなたか御下命賜わるよう一重にお願い申し上げます。」

このような内容のはがきにおいては、最初の四行に記載された「前科十三犯、獄中生活三十二年」、「殺人、強盗、強姦等兇悪の限りを尽した」という前歴と「通称『ハヤブサ徳』事勝田徳之助」という異名の部分が読む人にもつとも強い印象を与えるものと認められ、別表記載のとおり、この記載部分によつて多くの相手方は、「いやな感じ」「不快な感じ」「不安な感じ」などを受けている。しかし、右文面には、それにつづいて、「深く過去を懺悔し、」「各警察本部の絶大なるご声援を頂き、」「懺悔防犯講演をしてお願いに廻つている者」であるというような長文の記載が存するのみならず、右はがきはいずれも個人あてのものではなく、役所ないし会社あてのものであつて通例は市町村長、助役、総務課長ないし支店長、総務課長などの三名ないし二名の役職名を連記した宛名が記載され、個人の私宅でなく役所や会社に郵送されて、通常の文書接受の取扱いを受け、他の事務上の文書と同様の仕事上の機会に各相手方に閲覧されていて、これを閲覧した者の受けた「いやな感じ」「不快な感じ」「不安な感じ」などは、いずれもごく軽度のものであり、しかも個人的な圧迫感という色彩が極めて薄いことがうかがわれる。このことは、別表記載のとおり、全く不安、不快感などを抱かなかつた者も少くなく(5、10、14、18)、別表18の熊谷組支店の件において、友田総明同様、被告人と応待したことのある高木節子(二一才)はその検察官に対する供述調書において、「変なはがきが来たな位の感じで、特別の感じは受けていない、」と述べていることや、右のように不安、不快感などを抱いた者も、その後さほど気に止めず、忘れてしまつている者が多いことによつても明らかであるといわなければならない。

(二)  被告人が相手方を訪れて面会した場所は別表記載のとおり、いずれも相手方の勤務先である役所ないし会社内であり、時間も日中の執務時間中である。周囲に相手方の上役、同僚、部下などが多数いる事務室内かあるいは他の者といつでも、たやすく連絡できるような、これに準ずる室において、相手方の執務中の機会に接しているのである。

(三)  相手方は、別表記載のとおり、いずれも、二一才から六五才までの男性で、そのほとんどは三〇才から五〇才台の分別盛りの壮年者であり、その地位は、係員二名、係長六名、課長補佐一名、課長八名、助役一名となつている。

(四)  被告人は、当時すでに七〇才に近い老人であり、別表記載のとおり、面会中の態度が極めておとなしく、おだやかであり、言葉づかいもていねいであつたことは相手方の供述が全く一致している。前記の高木節子の受けた印象も、「恐ろしいとか不安を感じさせるものではない。」というのである。

(五)  面会時の被害者側の心理的状態も、別表記載のとおり、不快感、気味悪さを抱いたに止まるものと全くこれらの感じさえ抱かなかつたと認められる者は一〇名(別表1、3、4、6、7、10、11、13、14、18)、畏怖とは認め難い軽い不安危惧を抱いたと認められる者が八名(別表2、5、8、9、12、16、17)であり、一応畏怖と考えられる圧迫感を受けていた者は一名(別表15)に止まる。

(六)  相手方が現金を交付した動機も、別表記載のおり、「乱暴されると思つたから」という一名(別表15)を除くすべての者は、不安、危惧の念を抱かなかつた者はもちろん、一応そのような感情を抱いたと認められる者においてもその不安、危惧の念から交付したというように単純なものではなく、(1) 被告人がそこに坐つていることによつて応待のために時間がさかれ、仕事の邪魔になるので早く帰つて貰うこと、(2) 呼んだわけではないが、わざわざ交通費等もかけて出向いて来たのであるからせめて交通費、食費位は出そうということ、(3) 他の市町村も出捐しているのであるから、広い意味の交際費として、いわゆる「おつき合い」をすること、(4) その町、村内で犯罪など犯しても困るので、その予防的な意味から交通費等を渡し、その町、村から早く出て行つて貰うこと、(5) 被告人が多くの前科をもちながら更生するというのであればその更生の一助になればよいということなどの理由が加わつて出捐している。

(七)  別表11および18を除き、いずれも市町村長交際費、民生費などの公けの資金をその費目から支出しており、いずれも通常の公金支出の決裁方法をとつており、別表18の事実においても、事後に会社に申し出て、会社側がこれを負担している。このことは、はがきの宛先、面会の時間的、場所的状況その他とあいまつて、相手方において、個人的な侵害行為という印象をほとんど受けていないことのひとつのあらわれとみることができる。

(八)  相手方が、いずれも、犯罪の被害を受けたという印象を全く受けておらず、したがつて、一八ヶ所中、自ら被害の届出、申告をしたものは皆無であり、いずれも警察側の照会によつて被害者としての取調を受けるに至つていることは極めて特徴的である。別表15の事実においてさえ、相手方は犯罪によつて被害を蒙つたと考えてはいない。

(九)  被告人は、本件同様の方法によつて、滝川、岩見沢、三笠その他の警察署からも、現金一、〇〇〇円の交付を受けているがこれらの警察署において被告人と応待した各署の署長、次長などの警察の幹部自身、このような行為を抑止すべき違法行為とは考えず、したがつて、被告人が同種行為を反覆することに注意を与えたような事実は全く存せず、むしろ激励したり暖い言葉をかけており、このことは、本件行為の相手方となつた者の心理的な受け取り方をうかがわせる一資料といわなければならない。

以上のべたように、本件行為の相手方においてはただ一名を除いて全く畏怖した者がなく、単なる困惑、不安にさえおちいらなかつた者が多数いるのであつて、前記のような諸事情を考慮すると、このような事情のもとに行なわれた本件行為が、一般的に相手方を畏怖させるに足るものと認めることはとうてい困難といわなければならない。

もとより本件行為は、決して好ましいものではなく、同種行為の反覆は防止されるべきではあるが、その取締目的は、例えば、本件行為後に施行された「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(昭和四〇年北海道条例三四号)五条一項二号などによつて達成すべきものであつて、恐喝罪の規定によつてまかなうべきものではないと考えられる。

よつて、本件公訴事実は、罪とならないから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に無罪の言渡をする。

(裁判官 菊池信男)

(別表)<省略>

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