札幌地方裁判所 昭和40年(わ)91号 判決 1965年4月30日
被告人 山田とよ
明四四・一〇・二七生 無職
主文
被告人を懲役一年六月および罰金二五万円に処する。
右罰金を完納することができない場合、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
ただし、この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。
理由
第一、罪となるべき事実
被告人は、札幌市南四条西五丁目において「おばあちやん」なる屋号で屋台を経営していたものであるところ、昭和三八年一月末頃から同三九年二月初旬までの間、俵谷美知子(当時二五才)を客待ちのため右屋台に待機させ、不特定多数の遊客を相手に同所付近の旅館において性交せしめ、その対償の約三割を取得し、もつて人を自己の指定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業としたものである。
第二、証拠(略)
第三、法令の適用
1 判示所為 売春防止法一二条
2 換刑処分 刑法一八条
3 懲役刑の執行猶予 同法二五条一項
第四、売春防止法一二条違反の罪の成立を認めた理由
一、本件は、俗に「屋台売春」と呼ばれる特異な業態のもとで売春防止法一二条所定のいわゆる「管理売春」にあたる行為が行われていたものであるが、本件のような事例につき「管理売春」の成立を認めうるか否かは、同条の解釈、なかんずく同条にいう「居住」の意義の解釈に関連して問題の存するところであるから、以下、この点に関する当裁判所の判断の骨子を明らかにする。
二、いわゆる管理売春が、売春を助長する一連の周辺行為の中にあつて最高の法定刑をもつて処罰の対象とされている理由にかんがみ、その実体を考察すると、売春婦の売春のための居住場所を管理掌握することにより、直接間接売春婦に対する人的支配関係を確保するとともに、売春に伴う対償の出納計算関係についても何らかの管理可能性を取得し、その結果、特定の売春婦を組織的業態の中にとりいれ、これを統御する状態を設定する管理形態を指称するものと解すべきである。ところで、売春行為そのものを行う場所の提供に関しては、法一一条が、また、売春をさせる契約の締結については、法一〇条がそれぞれ別異の構成要件を設けており、他方、売春婦との間でその人身の自由を拘束するような強制的支配に服せしめる関係をつくりあげる行為に関しては、法七条の規定が存すること等をあわせ考えると、法一二条の構成要件としての中軸をなすものは、売春婦の居住場所の把握にあると言わなければならない。
叙上の観点に立つて、法一二条にいう「居住」の意義を考えるに、一般社会生活にいわゆる居住のごとく、生活の本拠として特定の場所を寝食起居のための場所に用いるというまでの定着性を有することは必要ではないが、管理者の側から見た場合、一定の時間売春婦をして容易に遊客と性交せしめることができる態勢のもとで当該婦女を定められた場所に置き、随時男客と売春するため待機せしめているという客観的状況が必要であるとともに、そのことが、管理者にとつて、売春婦の売春に介入するうえでの中核的要素として評価するに足るものであることを要すると解するのを相当とする。したがつて、単に、売春婦が自らの都合で集まる溜り場にすぎない場合のように、待機場所としての利用がもつぱら売春婦のみの個人的便宜にのみ出るものであるときは、たとえ、その利用の対価として待機場所の指定者に何がしかの報酬が定期的に支払われるという事実があるとしても、指定者の側に能動的・主体的な売春介入の客観的状況が認められないかぎり、これをもつて「居住」ということはできないであろう。
三、そこで、本件について、これを見ると、前掲各証拠を総合すれば、次のような事実を認めることができる。
(1) すなわち被告人は、昭和三二年九月頃から札幌市南四条西五丁目の路上で、「おばあちやん」なる屋号を用いてつぶ焼屋台を経営していた。右屋台は、広さ約一坪ぐらいで、つぶ焼き台と長椅子二脚が置かれているほか、他に特段の設備はない。営業時間は毎日午後六時頃から遅いときで午前一時過ぎ頃まで、早い時で午後一二時頃までで、つぶのほか酒・ビールを用意している。
(2) つぶ焼屋台の収入のみでは比較的少額であつたため、被告人は、昭和三八年一月末頃から婦女を雇い、店の手伝いをさせるかたわら、屋台に出入する男客を相手に付近の旅館で売春させ、その報酬の一部を受けとつていた。
(3) 俵谷美知子は、昭和三八年一月末頃、当時被告人のもとで稼働していた佐藤いく子の紹介で、被告人に右屋台で働かせてほしい旨を申し出で、金に困つているから売春をして働きたい意向を述べたところ、右美知子が従来から札幌市内の薄野かいわいで売春婦をしていることを知つていた被告人はこれを承諾し、その際、「屋台で働くのは、午後六時から午前一時半頃までとする。店に来る客を連れて、旅館で売春し、その稼ぎ高の三割を私によこすこと。売春代は時間で二、〇〇〇円、遊びで一、五〇〇円、できるかぎり一力旅館を使うように」と稼働条件を決め、その後同女は、小樽市内の住居から毎日右屋台に通い、同所に出入する男客を相手方として右一力旅館のほか、北海ホテル、岩崎屋旅館等の旅館を用い、売春を行い、その都度屋台にもどり、売春の報酬の三割だと言つて、金銭を被告人に手渡していた。
(4) 同女は、その後同年四月頃から七月頃までの間内縁の夫安田謙治とともに被告人の当時の居宅たる同市南七条西九丁目の家屋に住みこみ、その際も従来同様右屋台を待機場所として前同様売春をつづけ、被告人に報酬の三割を手渡していた。
(5) なお、同女は、同年七月頃以降右被告人の居宅のすぐ近くにあるアパートに転居し、安田と同棲生活を送る一方、昭和三九年二月初旬頃まで、右屋台に通い、前同様被告人との関係をつづけていた。
(6) その間、被告人は、右屋台の客の中で飲食物のみを注文する客がいると、「うちの店は、酒やつぶを売つて商売しているのではない。女がそばにいれば、それくらいの事はわかるだろう」等と言つて、暗に売春婦と遊ぶ意思のない客を遠ざける発言をしていた。
(7) 右屋台には、美知子のほか、数名の女性が入れかわり雇われて、おおむね美知子と同様の条件で売春婦として働いていた。
右認定にかかる事実関係に徴すると、被告人は、約一年間にわたり、本件屋台を美知子の客待ちの場所として指定し、毎夕定刻に本件屋台に通わせるとともに、売春のため待機せしめたうえ、随時同女と話合いのできた男客との間で売春行為をなさしめ、本件屋台をもつて、同女の売春行為の本拠地たらしめる一方、その報酬の一部をその都度取得していたものであつて、右行為は、まさしく、管理者的な立場において、同女が売春に従事するための居住場所を設定したもの、言いかえると、本件屋台を舞台として展開される組織的売春の業態の中にとりいれていたものと評価することができ、したがつて、これを売春防止法一二条に該当する所為というを妨げないと解すべきである。
四、なお、男客との交渉については、もつぱら美知子がこれにあたり、被告人が直接関与しなかつたこと、男客からの報酬は美知子が受領し被告人が自ら報酬を受取ることはなく、したがつて被告人自身実際の報酬額を了知せず、美知子の差し出す金銭が真実の報酬額の三割以下であつた場合もあること、また、同女は特定のなじみ客との間では直接電話連絡等の方法でおち合つたうえ売春をなし、本件屋台を場所的媒介としなかつた事例のあること前記出勤時刻や稼働時間に関する取りきめが終始厳格にまもられていたわけではないこと、本来の稼働時間中における外出等についてもとくにきびしい制限が加えられていなかつたこと等の諸事実が認められるが、これらの事実は、売春婦の居住場所と売春を行う場所とが異なつていたこと、被告人の美知子に対する人的支配関係に特別の強制的要素が伴つていなかつたこと等の反映にすぎず、前説示の判断に消長を及ぼすに足るだけの事情と見ることはできない。
五、右の理由から、本件につき売春防止法一二条違反の罪の成立を肯定したものである。
そこで、主文のとおり判決する。
(裁判官 角谷三千夫)