札幌地方裁判所 昭和41年(む)924号 決定 1966年8月01日
申立人 森越博史
決 定 <申立人氏名略>
右の者から保釈保証金没取裁判の執行に対する異議の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。
主文
札幌地方検察庁検察官佐藤哲雄が申立人に対し昭和四一年七月一九日付納付告知書をもつてなした保釈保証金の没取金八万円の納付命令による執行はこれを許さない。
理由
一 本件申立の要旨は、要するに、申立人は昭和四一年七月二一日主文掲記の納付告知書の送達を受けたが、申立人は本件保釈保証金没取決定の名宛人でもなければ、その告知を受けたこともなく、しかも、本件保証金はすでに申立人においてその還付を受け、裁判所の保管関係がなくなつているので、一種の執行不能の状態に帰したものと解すべく、いずれにせよ、主文掲記の納付命令による執行は不当であるから、主文同旨の裁判を求める、というにある。
二 そこで、一件記録によると、
(1) 昭和三九年一一月二八日当審において渡辺良雄に対し有価証券偽造・同行使罪により懲役六月の実刑判決宣告
(2) 同四〇年四月一〇日札幌高等裁判所で控訴棄却
(3) 同月二三日同裁判所で右渡辺の保釈許可
同人の弁護人であつた申立人が保釈保証金八万円を納付、右渡辺釈放
(4) 同年一〇月一九日上告棄却
同月二三日前記懲役六月の実刑判決確定
(5) 右渡辺逃走のため、同四一年二月八日札幌地方検察庁検察官から当審に対し前記保証金八万円全額につき没取請求
(6) 同月一四日当審において刑訴九六条三項により右八万円の没取決定
(7) 同日午後九時右渡辺の所在判明収監状執行
(8) 翌一五日札幌高等検察庁検察官において同人に対する刑執行指揮
同日札幌高等裁判所あて右執行指揮通知
(9) 同日同高等裁判所にて右保証金を提出者に還付するため同庁会計課へ支払通知 (10) 同月一七日札幌地方検察庁から当庁へ右刑執行指揮通知
同日前記没取決定謄本が札幌刑務所大通拘置支所在監の右渡辺に送達
(11) 同月二二日札幌高等裁判所にて本件保証金を提出者たる申立人に還付
(12) 札幌地方検察庁検察官佐藤哲雄が同年七月一九日付納付告知書をもつて、申立人に対し右没取金八万円を同月二六日までに納付すべき旨の納付命令を発し、申立人に送達
以上の事実がそれぞれ認められる。
三 よつて、本件申立の当否について考察するに、本件保釈保証金没取決定の名宛人は前記渡辺良雄であり、したがつて、同人に対して告知された以上、右没取決定は外部的に有効に成立したものというべく、申立人に告知されなかつた点を理由とする異議はこれを採用できない。
しかしながら、およそ保釈保証金が現金で納付された場合には、裁判所がその保管にあたるところから、没取決定の執行については、裁判所または裁判官の指揮により、歳入歳出外現金出納官吏たる裁判所事務官が国庫の歳入に転換する処置によるべきものと解するのを相当とし(刑訴四七二条一項但書参照)、現に、実務上もかかる取扱いが慣行として確立していることは、当裁判所に顕著な事実である。ところで、裁判の執行は、一方において行政的合目的性の理念が強く支配する分野ではあるが、他面、事柄の性質上、私人の権利に由々しい影響を与えるおそれの多いものであるから、その執行方法に関し、法的安定性を害するような運用が厳につつしまれなければならないことも、十分留意すべきところであるといわなければならない。ことに、本件没取決定の執行のごとく、純粋な「刑」の執行と異なり、いわば訴訟法的法律関係の延長線上にあるものについては、いつそうこの点に関する配慮に慎重を要するというべきである。
かような見地から本件の場合を考察すると、たまたま本来なされるべき前記裁判所事務官による国庫転換の措置が講ぜられないまま提出者に還付され、裁判所による保管関係から離脱するに至つたからといつて、刑訴四九〇条にしたがい、検察官の命令により執行すべきものとするのは、一種の例外的事情によつて、すでに実務上確立されている叙上のごとき法的慣行の運用をみだし、不適法なものといわなければならない。もとより、確定裁判が正確忠実に執行されねばならないことの要請や受還付者の不当利得を放置・温存することの不合理については、別途これを解決すべき方途が検討されるべきであろうが、それはそれとして、本件検察官の納付命令による没取決定の執行は、先に述べたような理由からこれを不適法なものと解するほかない。
四 以上の次第であるから、本件申立は、結局においてその理由あることに帰し、よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 角谷三千夫)