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札幌地方裁判所 昭和42年(タ)11号 判決 1968年4月16日

原告 金子道代

被告 山下治

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の長女深雪(昭和三七年八月二五日生)の監護人を原告と指定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

1  原告と被告とは昭和三七年一月一八日婚姻の届出をして婚姻し、札幌市北一条東五丁目所在の及川アパートで結婚生活を始めた。被告は同市内のパチンコ店に勤め、夫婦仲も良く、昭和三八年八月一三日には長女深雪(以下深雪という)をもうけた。

2  ところが被告は昭和四〇年三月三〇日突然家を出たまま原告のもとに帰来しない。右被告の出奔については他の女と一緒であつたとの噂もあるが、行方については全くわからず、被告からは何らの音信もないまま現在に至つている。

3  原告は被告の出奔により深雪を抱えて直ちに生活に窮し、パチンコ店や札幌市の清掃部などで働いたが失職し、現在は失業保険金の支給を受けてようやく深雪と二人の生活を支えている。

4  以上のとおりであつて被告は原告を悪意で遺棄したというべきであるから、原告は被告に対し民法七七〇条一項二号に基づいて離婚を求める。

二、被告は公示送達による適式の呼出を受けたが本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

三、証拠<省略>

理由

一、その方式および趣旨により真正に成立した公文書と認める甲第一号証、鑑定人欧竜雲の鑑定ならびに原告本人尋問の各結果によると原告と被告とはいずれも婚姻後も氏を変えることなく婚姻前の氏を称していることが認められるから、原告ら夫婦についてはいわゆる称氏者がない。ところで離婚の訴えは人事訴訟手続法一条により夫婦が夫の氏を称するときは夫、妻の氏を称するときは妻が普通裁判籍を有する地の地方裁判所の管轄に専属するとされているが、本件のごとき夫婦につきいわゆる称氏者のない場合における管轄については何ら規定がない。そこで被告が原告を悪意で遺棄し所在不明である本件のような場合においては(本件では被告所在不明につき公示送達をしている)、公平の原則に則り妻たる原告の普通裁判籍を有する地の地方裁判所が専属管轄を有すると解すべきであるから、当裁判所は本件離婚の訴えにつき管轄権を有する。

二、そこで本案について判断する。

前記甲第一号証、その方式および趣旨により真正に成立した公文書と認める甲第二ないし第五号証の各一、二ならびに原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

1  原告は札幌市に本籍を有する日本人であり、被告は後記認定のとおり朝鮮民主主義人民共和国(以下北鮮という)に本籍を有する朝鮮人であるが、原告と被告とは昭和三六年四月一二日札幌市において事実上結婚し、昭和三七年一月一七日に札幌市長に対して婚姻の届出をして適法に婚姻した。

2  婚姻後原告と被告とは札幌市琴似駅前通四番地で世帯を持ち、被告は同市内のパチンコ店で働き、夫婦仲も普通であつた。原告は被告との間の子を身ごもつてから初めて被告が朝鮮人であることを知つたが、従前どおり結婚生活を続け、昭和三七年八月一三日に長女深雪をもうけた。

3  ところが被告は昭和四〇年三月三〇日、一度勤務先から帰宅した後外出したまま当時原告と被告とが住んでいた札幌市北一条東五丁目所在及川アパート内の自宅に帰来しない。

その後の調査で被告はもと同じ職場で懇ろにしていた某女と一緒に出奔したらしいこと、出奔後被告は神奈川県川崎市小川町二番地一一のパチンコ店猪熊商店に一時働いていたことがあつたが、昭和四一年八月頃同店が閉店になつたため他に転出したことが判明したが転出先やその後の消息はようとしてわからない。

4  原告は被告の突然の出奔に会い、幼な子を抱えて早速生活に窮し、被告が出奔前働いていたパチンコ店に勤めたが、昭和四〇年八月末頃同店にたまたま神奈川県川崎市にいるという被告から電話があり、丁度その場に居合わせた原告に対し現在川崎のパチンコ店で働いている旨を告げたうえ原告の求めに応じ、原告に金員を送ることを約したが、原告のもとに帰る意思のあることを示さず、しかもその後被告からは約束の送金はなく何の音信もないまま消息は全く止絶えた。

そこで原告は病弱な体を励まして職場を転々としながら辛うじて深雪との生活を維持している。

三、ところで渉外的離婚の準拠法は法例一六条によりその原因たる事実の発生した時における夫の本国法であり、夫たる被告の本籍は肩書記載のとおりであるが、朝鮮は本件離婚原因たる事実の発生した昭和四〇年以前から北鮮と大韓民国(以下南鮮という)とに分れていること、そして北鮮と南鮮はそれぞれ独自の法秩序を持ち、いずれも朝鮮半島全域につき朝鮮を正当に代表する政府たることを主張しているが、現実にはいわゆる三八度線の停戦ラインを境としてその南、北の各区域内を統治していることはいずれも顕著な事実であるから右停戦ライン以北にある被告肩書本籍地は北鮮の政府の支配圏内にあるというべきである。そして分割された南、北両支配圏のいずれの法を本国法とするかについては、夫たる被告の本籍ないしは過去の住所が北鮮にある外他に右の基準となるべき特別の事情が認められない本件においては、被告は北鮮の政府の支配圏内に本籍を有することを紐帯として同政府と結ばれ、したがつて、同政府の支配圏内に行われる法規が被告の本国法であると解すべきである。ただ、我国は北鮮を承認していないから準拠法として北鮮の法律を適用することができるか否か問題はあるが、国際私法上適用の対象となる法律は、その法律関係の性質上、その法を制定施行している国家ないし政府に対して国際法上の承認をしているものに限られないと解すべきである。

四、そこで北鮮における離婚の許容性および離婚原因について検討するに、前記鑑定の結果によると、北鮮においても離婚は認められ、人民裁判所がこれを審理するが、離婚原因については、「離婚事件審理に関する規定」第九条に「夫婦関係をそれ以上継続できないとき」として、相対的かつ包括的に規定しているにすぎない。

しかし実際の適用については、離婚は、一時的な家庭の不和、夫婦間の争いについては認められず、それ以上夫婦関係を維持したら家庭生活の健全な発展を阻害するか、または子の養育に悪影響を与えるおそれがある場合にだけ認められるべきものと解されている。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり被告は未だ幼い深雪とあまり体の丈夫でない原告を置き去つて原告らのもとを出奔したまま約三年間原告らの生活については金銭の供与その他何ら適切な措置を講ずることなく放置していたうえこの間一度だけ偶然原告と電話で話す機会を得ながら自己の現住所を詳細に教えることもせず、その後は原告の窮状を知りながら全く音信を絶つているのであるから本件婚姻の解消は前記北鮮における離婚裁判の取扱理念に照して容認されるものと解されるところ、右事実は我国においても民法七七〇条一項二号にいわゆる配偶者から悪意で遺棄された場合に該当することは明らかであるから原告の本訴請求は理由があるものとして認容する。

五、なお前記認定のとおり、原告と被告との間には未成年の長女深雪があるが、前記鑑定の結果によると、親権者の指定は親子間の法律関係というべきであるから法例二〇条により父の本国法が準拠法となり、本件においては父たる被告の本国法は前記のとおり北鮮の法律であるが(親権者の指定を離婚の効果と解しても、離婚の準拠法は本件においては前記のとおり北鮮の法律であるから結果は異らない)、北鮮の離婚事件審理に関する規定には離婚の場合における親権者指定に関する明文の規定はなく、しかも北鮮においては子に対する両親の権利義務は同等と考えられるので、親権者として指定されない他方の親権を根本的に変更するおそれのある親権者指定は明文のない以上これをなしえないと解するので親権者指定はしない。

ところで前掲規定二〇条によれば、裁判所は離婚判決に際して子の養育問題を同時に解決しなければならないとされており、右規定の趣旨は、親の婚姻の解消という事態に際してその子女の保護を全うすべく可及的に適切な措置をとるべきことを定めたものと解されるので、裁判所は子の養育上必要と認められる場合には、親権に対して根本的な変更をきたすおそれのない監護人の指定はこれをすることができるものと解される。そして前記認定のような事情のもとにある本件においては深雪の現在ならびに将来における正当な利益の保護のため監護人を指定すべきものと思料し、しかも被告は深雪を置き去つて久しく所在不明であり、深雪は現に親権者たる原告がこれと同居して手ずから監護養育していることは前記認定のとおりであるから原告を深雪の監護人と指定するのが相当である。

六、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 辻三雄 野田殷稔 岸本洋子)

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