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札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)411号 判決 1967年12月19日

原告 西口義男

右法定代理人親権者父 西口正男

同母 西口テル

右訴訟代理人弁護士 上口利男

被告 明石産業株式会社

右代表者代表取締役 明石道昌

被告 明石好正

右両名訴訟代理人弁護士 水原清之

主文

被告らは原告に対し各自金二〇万円及びこれに対する昭和四二年四月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告ら、その一を原告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限りかりに執行することができる。

事実

(請求の趣旨およびこれに対する答弁)

原告代理人は「被告らは原告に対し各自金三〇万円及びこれに対する昭和四二年四月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求原因)

一、原告は、昭和四一年一一月一四日午後五時四〇分ごろ、夕張郡由仁町字三川二三四番地附近道路上を自転車で進行中、後方から進行して来た被告明石好正(以下「被告好正」という。)の運転する普通乗用車(札五む一二号、以下「被告車」という。)に追突されて転倒し、そのため原告は後頭部打撲傷及び頭血腫、右下腿、右足関節、右腰部打撲の傷害を受け、同日から同月二六日まで入院加療した。

二、右事故は被告好正が、対向車の前照灯に眩惑されて、一時前方注視が困難な状態になったにかかわらず、徐行又は一時停止して事故の発生を未然に防止すべき義務を怠り時速約二五粁に減じたまま漫然進行した過失により生じたものであるから、民法七〇九条の規定により本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、被告好正の運転した被告車は被告明石産業株式会社(以下「被告会社」という。)の保有にかかり、かつ、被告好正は同会社のために被告車を運行し、本件事故を惹起したものであるから、被告会社は自己のためその保有する被告車を運行の用に供したものとして自動車損害賠償保障法三条本文の規定により本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、1 原告は千歳市において農業を営む父西口正男の三男であるが、学業成績優秀であるので将来経理事務員として身をたてるべく岩見沢商業高等学校商業科へ入学した。右負傷当時は同校商業科二年に在学中であったが、その成績は四七〇人中二〇番以内であった。

2 ところが右事故による原告の傷害は、右退院後も頭部外傷性後遺症のため頭痛、全身倦怠感を伴い、続けて授業を受けることができず、一時間授業を受けると次の一時間は休養しなければならない状態であり、又記憶力も減退した。それに加えて外傷性右足関節炎の腫れはひかず、運動もできない状態なので通院加療を続けているが目下のところ右症状は全治の見通しもたたない状況である。

3 そのため原告の学業成績は著るしく低下し、到底将来経理事務員として身をたてることは覚束かないばかりでなく、生涯右後遺症状に悩まされる不安におののいている。この原告の肉体的精神的苦痛に対する慰藉料の額は三〇万円をもって相当とする。

五、よって原告は被告らに対し各自金三〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年四月二一日から完済まで民事法定利率たる年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

請求原因第一項は認める。

同第二項否認。

同第三項は認める。

同第四項の1は認めるが、2、3は否認。

(抗弁)

一、かりに原告主張の請求原因事実を全部認めるにしても、

1  被告好正は昭和四一年一一月二五日原告との間で示談を締結し、

(イ) 原告の入院費として約三万円を病院に支払い、

(ロ) 自転車、衣類等の破損損害金三万四三一一円を原告に支払い、

(ハ) 右の外に金六、〇〇〇円を原告に支払っており、

2  原告は同時に被告らに対し右のほか本件事故に基づく後遺症による治療費以外の請求権を一切放棄した。

二、かりに原告主張の請求原因事実を全部認めるにしても、原告は自転車に乗って本件事故地点を他の一台の自転車と併進し、しかも原告は道路センターライン寄りを進行していたものであるばかりか、原告の自転車には尾灯又は反射鏡がなかったか、又はあったとしても、泥その他によって全くその用をなさない状況であったものであるから、本件事故の発生については原告にも過失がある。

(抗弁に対する認否)

抗弁第一項の事実中1(イ)(ロ)は認めるが、(ハ)は争う。

2 否認

同第二項は争う。

(証拠)≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実(被告車による事故の発生及びこれによる原告の受傷)及び第三項の事実(被告会社は自賠法三条の責任を負うこと)は当事者間に争いがない。

二、原告は被告好正に過失があったと主張し、被告らは原告にも過失があったと抗弁するので判断する。

1  ≪証拠省略≫を綜合すると、被告好正は事故当日午後五時四〇分ごろ、既に日没により真暗になり雨のため濡れた全幅五、五メートルの舗装道路を直進中、前方に対向車を発見したので事故地点の一〇〇メートル位前からヘッドライトを下向きにして、時速約三〇粁で進行していた際、原告は右道路上のセンターラインから約一メートル余り左へ寄った地点を訴外川口のり子と話をしながら同女と自転車を並べて走行中のところ、被告好正は事故地点先道路左脇の屋敷木と原告・訴外川口のり子の衣服がそれぞれ濃紺・黒でその識別が難かしいため、原告を約一〇メートル前方で漸く発見するにいたり、警笛をならし、急ブレーキをかけたが間に合わず、そのまま原告に追突したものであることが認められる。なおその際原告は自転車の後尾に紙の反射鏡をつけていたことは掲記証拠によって認めることができるがこれが効能を失っていたことを認めさせる証拠はない。その他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

2、右認定事実によれば、被告好正にとって右現場における危険の発見はかなり難かしい状況にあったことが窺われるが、その故をもって本件事故のような危険性を客観的に予見しえなかったということはできないし、自動車運転者として常に進路前方の安全を確認しつつ自動車を運転すべき注意義務を尽したものとはいえないから、被告好正において過失の責を免かれることはできない。

3  他方原告は、一般に自動車の往来のある道路において他の自転車と併進すれば本件事故のような危険性があり、自転車利用者としては右のような危険を生じないよう道路左端を一列になって直進し、よって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠った過失を認めることができる。

三、次に原告主張の後遺症の発生と慰藉料の額について判断する。

請求原因第四項1の事実については当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すると、同項2、3のとおりの事実が認められる。

従って右事実によれば原告が多大の肉体的、精神的苦痛を蒙ったことは明らかである。しかしながら前記認定のとおり原告自身にも重々責めらるべき過失が認められるので右精神的損害の評価にはこれを斟酌すべきであり、諸般の事情を考量すれば原告に対する慰藉料の額は金二〇万円をもって相当と認められる。

四、被告好正は原告が被告と示談を締結して、「後遺症による治療費以外の一切の請求権を放棄した」旨抗弁するので判断する。

抗弁第一項1、(イ)(ロ)の事実(示談成立、入院費約三万円、自転車等損害金三万四三一一円支払)は当事者間に争いがない。

右事実、≪証拠省略≫を綜合すると、被告好正は原告の退院直後である昭和四一年一一月二五日「後遺症の治療費を除いて一切貴殿に迷惑はかけない」旨を記入した乙第一号証の念書を自ら作成し、原告宅を訪れてこれを示し、原告の父西口正男が原告の今後の症状不明で、後遺症のおそれがあるため時期尚早であると拒否したにもかかわらず、「俺は大学の法科を出ているので間違ったことはしないし、後で問題になるようなこともしないから大丈夫だ。慰藉料のことについても、後遺症のこともあるが、ともかく俺に委せてくれ。」などと申し述べて、原告の父西口正男をして右契約内容を充分検討する余地もなく、従って両者間で右念書の内容どおりの了解がえられたわけでもないのに、乙第一号証にそのまま署名させた事実が認められ又如上証拠によると右示談ては主として積極損害の負担が問題とされていた事実が認められる。右認定に反する被告好正本人尋問の結果は信用できず、他に右認定をくつがえし原告において右念書によって慰藉料の請求までも一切放棄したものであることを認めさせるに足りる証拠はない。よって被告の抗弁は理由がない。

五、以上のとおりであるから原告の被告らに対する本訴請求は金二〇万円の限度で正当と認められるからその限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅弘人)

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