札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)1979号 判決
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〔判決理由〕一、事故の発生について
<略>まず、発生日時、事故態様および結果について判断する。
<証拠>を総合すると、亡広吉は昭和四三年七月二三日午後三時二〇分ごろ前記の作業現場に停車中の本件大型車の後部荷台の上で他の人夫数名とともに新聞用巻紙の荷揚げ作業に従事中、同車の前方に向かつて右側のアオリから足を踏み外して転落した直後、同車の右後方から進行してきた田村運転の本件加害車に衝突され、左前輪に引きずられたこと、その結果、亡広吉は胸郭ならびに背椎強度挫滅による肝臓破裂ならびに肺損傷によつて同日午後四時二分に死亡したことが認められる。
二、被告の責任原因について
被告が本件加害車を所有し、これを田村に運転させて自己の営業のため運行の用に供していたことは、当事者間に争がない。
三、自賠法三条但書の免責事由の有無について
1 被告の過失の有無について
<証拠>を総合すると、田村は昭和一一年に大型自動車の第二種免許を取得して以来三〇年以上大型貨物自動車を運転してきた経験を有し、被告に雇用されてからも六年間にわたり大型貨物自動車の運転手として勤務してきたこと、田村は本件事故当日身体の調子もよく、とくに心配事もなかつたことが認められる。右事実に前記認定の事故態様を合わせ考えると、被告が田村に対する選任監督上の注意を怠らなかつたことが推認され、右認定を左右するに足りる証拠はない。<略>。
2 運転者田村の過失の有無について
田村が前記埠頭において本件加害車を運転して公共一号上屋の北側の道路を東進し、同建物の東側の道路との交差点を右折して南進中、本件加害車の前輪が亡広吉に接触して本件事故を惹起したことは、当事者間に争いがなく、また亡広吉は本件大型車の後部荷台の上で新聞用巻紙の荷揚げ作業に従事中、同車の前方に向かつて右側のアオリから足を踏みはずして転落したものであることは前記認定のとおりである。
そこで、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。田村は本件加害車を運転して苫小牧港西埠頭の公共一号上屋北側の道路を東進し、同建物東側の道路との交差点にさしかかつた際、同所には一時停止の標識は設けられておらずまた他の交通もなかつたので、一時停止することなく、時速五ないし六キロメートルの速度で右折して南進した。その際、田村は、左前方に本件大型車および同車上の作業員の姿を認め、同車から約二メートルの間隙をあけてその右側を通過できる程度の位置の進路をとり、本件加害車の前部が本件大型車の後部にさしかかつた時点まで本件大型車の方を注視していたが、その危険性のないことを確認したのち、進路の右側の公共一号上屋前付近には当時休憩中の多数の作業員がいて本件加害車の進路上に出てくるおそれもあつたので、むしろ右側に目を向けて警音器は鳴らすことなく進行したところ、間もなく「あつ」というような悲鳴を聞いて直ちに急制動の措置を講じたが、本件加害車は本件大型車の後部荷台の上から身体を横に向けて転落してきた亡広吉に衝突し、同人を本件加害車の左前輪で引ずり、約八〇センチメートル進行して停止した。他方、右衝突地点付近は荷揚げ作業時には、通常車両および人の交通がかなりあり、亡広吉の勤務していた苫小牧栗林運輸株式会社では、新聞用巻紙の荷揚げ作業に従事する作業員には車から転落しないよう、また飛び下りるときには左右を確認するよう注意を与えており、同社の従業中にはいまだ転落事故を起したものはなく、一般的にもこのような転落はきわめて稀なことである。
以上のとおり認められる。<略>。
そこでまず、田村に一時停止義務違反の過失があつたかどうかについて考えるに、一般にはなるほど右折車は直進車の進行を妨げてはならない注意義務があるから、その限りで一時停止義務の生ずる場合もあるのであるが、田村が右折に際し直進車など他の交通のないことを確認して徐行したことは右認定のとおりであるから、同人にはこの点に関する過失はなかつたものというべきである。
次に、田村に徐行義務違反、連絡の安全確認違反、警音器の使用義務違反の各過失があつたかどうかについて考えるに、自動車運転者は右認定の本件事故現場のように道路右側の倉庫の前で多数の作業員が休憩しており、他方左側に停車中の貨物自動車の荷台の上では作業員が荷揚げ作業に従事している道路を通行するばあいには、歩行者が倉庫側の前あるいは停車中の車の前方から自車の進路上に進出してくることも予想されるのであるから、これと衝突する危険を避けるため、前方および左右の安全を確認しながら、かつ、何時でも、停止できるように徐行して進行すべき注意義務があるものというべきであるところ、前記認定の事実からみると、田村が右徐行義務を尽くしたことは明らかである。また、田村が本件大型車の後部と本件加害車の前部とがほぼ一直線上に並ぶに至るまで、本件大型車上の作業員を注視して安全を確認し、その後右側の休憩中の作業員に注意を向けたことは前記認定のとおりであるが、本件加害車が本件大型車の荷台の右側を通過中は本件加害車の左側から歩行者が出てくることはありえず、また作業員が停車中の車の荷台から本件加害車の直前に飛び下りたり、転落してくることは通常予想することができないことであるから、田村が主として右および前方に注意を向けて進行するのは合理的であつて、左右・前方に均等の注意を払わなかつたことをもつて田村の前方・左右の注視義務違反があつたものとすることはできない。さらに、田村が本件大型車の右側を通過するに際して警音器を吹鳴しなかつたことは前記認定のとおりであるが、警音器の使用は法令で使用すべきであると規定されている場合のほかは危険防止のためやむをえない場合のほか使用してはならないのであつて(道路交通法五四条)、前記認定事実の状況のもとにおいては、通常本件事故におけるような突然の転落を予測するのはきわめて困難なばかりでなく、警音器の吹鳴は車上から飛び下りようとする者に対ては、有効といえても、亡広吉の場合のように誤つて転落する者に対してはあまりその効果を期待できないことなどをも考えると、本件事故の際は、運転者が警音器を使用すべき場合に該当しないものというべきであり、運転者にこのような注意義務を課して、その責任を問うのは相当でないと考える。したがつて、田村は、以上のいずれの点からしても本件加害車の運行につき注意を怠らなかつたものということができる。
3 亡広吉の過失の有無について
亡広吉が停車中の本件大型車の後部荷台の上で他の人夫数名とともに新聞用巻紙の荷揚げ作業に従事中、同車の前方に向かつて右側のアオリから足を踏み外して、同車の右後方から進行してきた本件加害車の直前に転落し、同車に衝突されたこと、本件事故発生現場付近は、荷揚げ作業時にはかなり車両の交通があることはいずれも前記認定のとおりである。そして、人がこのように車両の交通のある道路上に転落することはきわめて危険なことであるから、荷揚げ作業員としてはそのようなことのないように自ら身の安全を確保すべき注意義務があるのはいうまでもないところ、右認定の事実によると、亡広吉がこのような注意義務を怠つたことは明らかである。したがつて、本件事故は、亡広吉の過失によつて惹起されたものといわざるをえない。
4 本件加害車の構造および機能の欠陥の有無について
<証拠>によると、本件加害車は田村による本件事故前の点検でもまた警察官による本件事故直後の点検でも、ハンドル、ブレーキその他の装置について故障箇所などが全くなかつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。したがつて、本件加害車には構造上の欠陥ないし機能の障害がなかつたものというべきである。
したがつて、被告の自賠法三条但書にもとづく免責の抗弁は理由がある。(猪瀬慎一郎 加藤和夫 太田昇)