札幌地方裁判所 昭和43年(借チ)2号 決定 1968年9月02日
第五号事件申立人・第二号事件相手方(賃借人) 新庄美恵子
第五号事件相手方・第二号事件申立人(賃貸人) 小林勲
主文
申立人は相手方に対し、別紙目録(一)記載の土地について有する借地権および同目録(二)記載の建物を代金一四〇万円で譲渡することを命ずる。
右代金の支払ならびに登記・引渡の方法を次のとおり定める。
(一) 申立人は相手方に対し前項の建物に存する別紙目録(三)記載の根抵当権設定登記ならびに所有権移転請求権仮登記の抹消を得た上で、右建物の引渡および所有権移転登記手続をなすべく、相手方は申立人に対し、右建物の引渡および所有権移転登記手続と引換えに右代金の支払をすること。
(二) 相手方が金一四〇万円を供託するか若しくは金四〇万円を申立人に支払つたときは、申立人は相手方に対し直ちに右建物の引渡および所有権移転登記手続をしなければならず、この場合相手方は直ちに滌除および代位弁済によつて別紙目録(三)記載の前記各登記を抹消し、その費用を前記代金額若しくはその残額から差引いて申立人に支払わなければならない。
(三) 申立人が金一〇〇万円の担保を供するときは、直ちに右建物の引渡および所有権移転登記手続をしてこれと引換えに前記代金額全額の支払を受けることができ、この場合申立人は直ちに別紙目録(三)記載の各登記を抹消しなければならず、若しその抹消をしないときは相手方において滌除および代位弁済によつてこれを抹消し申立人に対しその費用の償還を請求することができる。
理由
第一、事件の経過と争点
一、申立人の申立の理由
1、申立人は別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)をその所有者である相手方から昭和二二年頃普通建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、その地上に別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有し、その賃料は昭和四一年四月一日以降一ケ月金三、八五〇円(坪当り五〇円)である。
2、申立人は未亡人であり、子供も成人して独立したので札幌市内には身を寄せるところもなく、従来は本件建物を賃貸して生計を支えて来たが老令のためアパート生活も不便が多く、加えて借金も嵩んだため本件建物を換金し負債を整理して静岡県田方郡中伊豆町の娘の下へ移転する予定で、申立外石川重雄から昭和四二年八月一日金九二万六、五〇〇円の借入(最終支払期日を昭和四二年一一月五日とする約束手形三通を振出交付している)をしその債務を担保するため、同人に対し本件建物を目的として代物弁済予約をした。そして右債務の期限も到来したので相手方の承諾を得て右代物弁済予約を完結し本件建物と借地権を右申立外人に譲渡したい希望を有し、相手方にその承諾を求めた。
3、しかして、右申立外人は丸叶証金株式会社営業部長、有限会社丸叶商事の役員の地位にあり、個人で金融業も営んでいて資産は札幌市篠路町篠路八九番地の五に宅地六六一・一五平方米、モルタル塗一部レンガ造二階建居宅兼店舗兼倉庫(床面積延六六一・一五平方米)を有し、これに賃借権を譲渡しても相手方に不利益となる虞はない。
4、しかるに相手方は、名義書換承諾料として金八〇万円ないし一〇〇万円を要求し、これを承諾しないので借地法第九条の二第一項にもとづき、その承諾に代わる許可の裁判を求める。
二、相手方の主張と申立
1、申立人は昭和四二年一一月始頃、本件建物を右申立外人に譲渡し、同年一二月頃より同人がこれを占有して建物の屋根を葺替えたり、内部の修補をしている。
また本件建物には、右申立外人を権利者とする別紙目録(三)記載の仮登記、根抵当権設定登記がなされている。よつて申立人の申立は不適法として却下すべきである。
2、本件賃貸借契約締結の日は昭和二三年九月頃であり、現在の賃料は坪当り金五五円である。その他申立人の主張事実は知らない。
3、相手方は自ら本件建物および賃借権の譲受を希望するから借地法第九条の二第三項にもとづき、申立人が相手方に対し、本件建物および本件土地の賃借権の譲渡をすべき旨の裁判を求める。なお、この裁判にあつては申立人に対し、前記仮登記ならびに根抵当権を抹消の上譲渡すべき旨を命ずべきである。
三、相手方の買受申立の対価についての双方の主張
1、申立人の主張
(一) 本件土地の賃借権の譲渡価額は、鑑定委員会の意見ならびに甲第一号証によつても金一一〇万円程度を相当とする。しかして、相手方は本件土地周辺の大地主であつて第三者に多数賃貸しているので、自ら土地を使用することを必要とする場合はあり得ず、且つ本件建物は今後一〇年を経過しても朽廃することはないのであるから、賃借権の価額の算定にあたり、相手方主張のように、法律上の借地権残存期間を考慮に入れる必要はなく、これを考慮に入れることは却つて正義に反する。
(二) 本件建物の価額は、昭和四二年一〇月三一日現在で金二七万五、三三〇円であつたところ(甲第一号証)、その後同年一二月中に申立人において金三九万二、三八〇円をかけて修理をして価値を付加したものである。その結果現在でも月額金二万円の家賃で賃貸でき得る価値を有している。
(三) 従来申立人としては、相手方に再三話合の機会をもち、客観的な鑑定価額(甲第一号証)よりはるかに低い価額で示談を求めたのであるが、相手方は建物と借地権とを併せて七〇万円という不当に低い価額を固執したので本件申立となつたが、申立人としては、相手方の承諾が得られない以上、本件建物の内部を修理して、月額二万円程度の賃料を取得したく、前記修理をした。しかるにその後、建物の賃借希望者を案内すると相手方から「貸してはならぬ」と申し向けられているうち本件相手方の買受申立がなされたのであつて、申立人としてはこれにもとづく決定があれば本件建物を引渡さざるを得ず、右修理にかけた金員の回収は全く不能となるのであるから、本件譲渡価額の決定にあたつてはこの間の事情を充分考慮すべきである。
2、相手方の主張
(一) 本件建物は昭和一〇年九月頃建築されたもので既に三三年を経過している。一方本件土地の賃貸借契約締結は昭和二三年九月であるから残存借地権存続期間は一〇年であるが、その時点では本件建物は建築後四三年を経過して朽廃し去るべきことは経験則上明白である。従つて甲第一号証による借地権の譲渡価格金一〇八万七、五八〇円は右の点を考慮に入れていないから、その鑑定基礎が正しいとしてもこれをそのまま採用することは不当であり、この点を考慮に入れるとその三分の一の金三六万二、五二七円にしかならない。鑑定委員会の意見一一〇万円も、地価の九割で借地権を買取らせる結果となつて不当である。
(二) のみならず、申立人は本件土地に地代家賃統制令の適用ありとして、従前一ケ月の賃料三、八五〇円(坪五五円)のところ、一ケ月九八九円(坪一四円強)で弁済供託している以上、本件土地の借地権の価額は右申立人が統制賃料算定の根拠とする昭和三八年度固定資産評価額金二五万九、〇〇〇円を更地価額とし、これに減価補正二二パーセント、借地権価額四五パーセントを乗じて得た金額の三分の一である二万七、二七二円としなければ著るしく正義に反する。
(三) 本件建物の価額は最高に見積つても金三一万円を超えない。
(四) 従つて右借地権価額と建物価額とを含め金三四万円が相当である。
第二、裁判所の判断
一、本件申立人の借地権譲渡許可申立を不適法とすべき理由はない。
記録によれば、申立人は既に本件建物を退去して前記静岡県下の娘の下へ行つていて現に空屋となつているが、本件建物は申立人代理人藤井正章の依頼によつて申立外札幌中央不動産株式会社において管理をしており、相手方の主張する修理は、右申立外会社によつて行なわれたものであつて、いまだ申立外石川重雄には占有が移転された事実は認められない。そして、申立人と右申立外人との契約関係は代物弁済の予約がなされたに止り、いまだ所有権の移転があつたとは認められない。よつて、本件申立が既に譲渡後の申立であるとすることはできない。
また本件建物には、前記申立人の右申立外人に対する債務を担保するため、別紙目録(三)記載の(イ)根抵当権設定登記ならびに(ロ)所有権移転請求権仮登記が付されている。しかして、この様な場合、本件のように借地法第九条ノ二の第一項の申立に対し相手方から同第三項の申立がなされ、右相手方の申立を認容することとした場合、右仮登記権利者の権利との調整につき困難な問題を生ぜしめるものではあるが、そのことの故をもつて同第一項の申立自体を不適法とすることはできない。
二、そして、相手方の建物等譲受申立を不適法とすべき事由も見当らないから、これを認容し、相当の対価を定めて譲渡を命ずるべきである。
そこで以下右対価について考える。
1、鑑定委員会の借地権を地主に譲渡する場合の価格を一一〇万円とし、右は第三者に譲渡する場合の価額から承諾料相当額を控除したものである。右は甲第一号証の鑑定結果に照らしてもその基礎とする更地価格その他の算定基準に概ね妥当なものを採用したと推認できるので右客観的借地権価格から承認料相当額を控除する方式が正当である限り右鑑定委員会の意見は概ね相当と考える。
2、ところで、当裁判所は、この場合の算出基準は基本的には次の様なものであると考える。
先ず、第三者に譲渡する場合であれ、地主が取得する場合であれ借地権の客観的価格に相違はない。そして権利の対価である以上、それはその客観的価格と一致してよい筈である。
ところが、借地権価格は常に窮極的にはその時点における更地価格を基礎として定まつてくるものであるから、更地価格の上昇に伴い借地権価格が上昇したことによる利得を借地人のみに独占させるべきではなく、これを地主に還元せしめねばならない。この見地からみるとき、第三者に譲渡する場合にはいわゆる承認料名義の金員を地主が取得し、地主が譲受ける場合はこれと同額を客観的価格から差引かれるべきであるとの考え方は相当であるが、問題は右承認料名義の地主に還元すべき金額の算出根拠である。右の様な見地に立つた場合更地価格の上昇に借地人の寄与する面が大きく、また過去における賃料の増額がよく更地価格の上昇に見合つてなされていた場合には地主に還元さるべきそれは少く、反対の場合ほど大きくならねばならないが通常地代の上昇が厳格に更地価格の上昇に見合つている場合は少いであろうし、また更地価格の上昇に対する借地人と地主の寄与の度合を一概に割切るということも困難であるので、先ずこれを五分五分とみて具体的事例に応じて更にこれを適宜調整するのを相当と考える。
尤も、借地権の客観的価格が残存期間を考慮することなく、更地価格の一定割合をもつて算出されるとき(通常の算定方法)は、右借地人の利得のうち残存期間に対応する部分はこれを借地人に保有せしめ、借地人が借地権を取得してからの経過期間に対応する部分の利得を基準としてこれを地主に分配する方法によるべきである。
すなわち
(借地権の現時点価格-借地人の借地権取得価額)×経過期間/存続期間×0.5
を一応の目安とするものとする。
3、これを本件についてみると、本件借地権の現時点価格は鑑定委員会の意見と甲第一号証に徴し概ね一四〇万円と見積るのを相当と考えるところ、本件借地権設定に当つては権利金等の授受はなかつたから、今これを右客観的価格で取引するとすれば申立人は金一四〇万円の利得を受けることとなる。そして本件賃貸借契約は普通建物の所有を目的とし期間の定めなく(従つて三〇年)昭和二三年九月を始期とするものであるから経過期間は三〇分の二〇である。よつて、一四〇万円の三分の二に当る九三万三、三三二円が地主と借地人とが分配すべき利得である。
本件家屋は鑑定委員会の意見によつても今後一〇年以内に朽廃に至るとは認められず、(後記修理が朽廃を防止して存続期間の延長を図つたと認めるに足る資料はない。)また、期間満了の際相手方において自己使用その他更新を拒絶し得る正当の事由あるとも認められないから、借地権価格を残存期間一〇年のみと考えてこれを減額することは相当でない。そして本件相手方の買受申立も必ずしも土地の自己使用によるものではなく、申立人が譲渡しようとする申立外人石川重雄が金融業者であることによつて相手方がこれを嫌つて対抗的にその申立をなし、本件建物買受後はこれを他に賃貸しようとしているものである反面、申立人においては、本来本件建物を右申立外人に譲渡するときはその負債である九二万六、五〇〇円とこれに対する利息・損害金の合計約一〇〇万円位の代物弁済とされるものであるから、これが客観的価格で取引されるときは相当の利得を生ずることとなる(尤も申立人は代物弁済をした場合でも右申立外人に対し、その客観的価額との差額の精算を請求し得るものではあるが、右申立外人がこれに応じない場合のことを考えると現実的利益はかえつて大きい)ので、右利得の分配に当つてとくにいずれを保護しなくてはならないという強い契機を見出せないので、右の約五〇パーセントに当る四五万円を相手方に還元せしむべきものとする。
従つて、借地権価格一四〇万円から四五万円を控除した九五万円をもつて相手方の借地権の買受価格と定める。
なお、相手方の主張する地代家賃統制令の適用あることを理由に本件更地価格を昭和三八年度の固定資産評価額と同一に見積つてする借地権価格の算出は到底これを採り得ない。
4、本件建物の価額は、鑑定委員会の意見によると三〇万円とされているが、資料によると、昭和四二年一一月以降その材料費だけで二五万円は下らないと認められる修理、改装が施されて、月額二万円ないし二万五、〇〇〇円の賃料を得られる見込のある家屋となつていることが認められるから、これを右鑑定価格のみで譲渡せしめるときはやゝ公平を欠くと考えられるので本件の場合右譲渡価格を金四五万円と定める。
三、以上の次第であるから、申立人は相手方に対し、本件借地権と本件建物を代金一四〇万円をもつて譲渡すべきものとするところ、本件建物には前記のように別紙目録(三)記載の根抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記がなされていて、民法五七六条以下の適用をみる場合であり、その被担保債権は前記のとおり金一〇〇万円前後であると認められるのでその代金の支払および所有権移転登記手続ならびに引渡の義務履行につき主文のとおり決定する。
(裁判官 潮久郎)
(別紙)
(目録)
(一) 土地の表示
札幌市南一一条西一二丁目七九七番地の一
一、宅地 一、二五六・七九平方米の内二三一・四〇平方米
(別紙図面赤斜線部分)
(二) 建物の表示
札幌市南一一条西一二丁目七九七番地上
家屋番号 三七番
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅
床面積一階 六一・一五平方米
二階 一九・八三平方米
(三)(イ) 根抵当権設定登記
原因 昭和四二年一〇月二六日付金融取引契約に基づく同日設定契約
元本極度額 金一〇〇万円
利息 日歩四銭一厘
損害金 日歩八銭二厘
札幌法務局昭和四二年一一月九日受付第八〇三四二号
(ロ) 所有権移転請求権仮登記
原因 昭和四二年一〇月二六日売買予約
札幌法務局昭和四二年一一月九日受付第八〇三四三号
(以上)
図<省略>