札幌地方裁判所 昭和44年(行ウ)28号 判決 1979年5月10日
原告
別紙原告一覧表(一)、(二)
に記載のとおり<略>
原告ら訴訟代理人
彦坂敏尚
外一七名
被告
北海道教育委員会
右代表者
安藤鉄夫
右訴訟代理人
山根喬
外二名
右指定代理人
成田泰一
外五名
主文
被告が原告らに対してなした別紙原告処分一覧表(一)、(二)の各処分欄に記載の各懲戒処分はいずれもこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
主文と同旨
二 被告
(本案前の申立)
原告一覧表(一)番号1、2、29の各原告を除くその余の原告らについてその処分取消を求める訴を却下する。
(本案に対する答弁)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
(原告ら主張の請求原因)
一 当事者
1 原告らは後記懲戒処分の当時別紙原告一覧表(一)、(二)記載の各学校に勤務する地方公務員であつて、それぞれ日本教職員組合(以下日教組ともいう)に加盟している北海道教職員組合(以下北教組ともいう)の組合員である。
2 被告は原告らの任命権者である。
二 本件懲戒処分
1 被告は原告らに対し、別紙原告処分一覧表(一)、(二)の処分欄に記載のとおりに各懲戒処分を行なつた。
2 その処分の理由とするところは、原告らは、昭和四一年一〇月二一日、同四二年一〇月二六日、同四三年一〇月八日(右原告一覧表(一)、(二)記載の該当する日)に一斉に勤務場所を離れて職場を放棄し、またはこれらの行為を企て、あるいはその実行を共謀し、そそのかし、あおつたりしたというものであつた。
三 懲戒処分の違法
しかし、右の各懲戒処分はいずれも正当な理由なくして為された違法な処分である。
よつてその取消を求める。
(被告の本案前の抗弁)
原告一覧表(一)番号1、2、29の各原告を除くその余の原告らに対する処分は、いずれも停職、減給および戒告処分のいずれかであるところ、これら処分の取消を求める訴は、以下の理由から司法審査権の対象とならず、却下すべきである。
即ち、特別権力関係における懲戒処分はその全てが抗告訴訟の対象となる訳ではない。司法権は元来市民法秩序の維持をその使命とするものであつて、一切の法律関係に当然に介入しうるものではなく、特殊的法秩序関係の秩序維持も、それが一般市民としての権利義務に関するものではない限り裁判所は介入すべきでないのである(昭和三五年一〇月一九日最高裁判所大法廷判決、判例集一四巻二六三四頁参照)。従つて原告ら主張の本件懲戒処分についても、罷免処分等被処分者を当該特殊法秩序関係から終局的に排除する処分に該当するものを除き、停職、減給および戒告処分の取消を求める訴は司法審査権の対象とならず、訴を却下すべきである。
(請求原因に対する被告の認否)
一 請求原因第一項1、2の事実はすべて認める。
二 同第二項の事実は認める。
(被告の主張)
一 原告らの争議行為の概要
1 昭和四一年一〇月二一日の争議行為(以下一〇・二一争議行為という)
(一) 一〇・二一争議行為に際し、北教組は「給与改定の実施時期を人事院勧告どおり五月一日にさせる。地方公務員の給与改定に必要な財源を国で完全に措置させる」こと等を闘争の重点目標とし、昭和四一年一〇月二一日各組合員に対して「全組合員は即日、一斉に年次有給休暇請求権を行使して要求貫徹集会を行なうこと、その時間は夜間定時制高校勤務の組合員については右要求貫徹集会参加後その日の始業一時限目の授業終了時までとし、その他の組合員については午後の授業開始時から各勤務する学校の勤務終了時までとする」旨の指示を行なつた。
(二) ところで北海道の公立学校に勤務する教職員(校長を除く)は当時五万一三五二人(小学校二万三一〇〇人、中学校一万六〇六六人、高等学校一万一四三一人、特殊学校七五五人)であり、そのうち約六〇パーセントのおよそ三万人が北教組に加入していた。そこで北教組が職務放棄を指示するとなれば教育活動が阻害される結果となるのは明らかで、被告は同年一〇月三日付および同月一四日付の各教育長通達で同月二一日における各学校の正常な運営と教職員の服務の厳正とを期する様に指示した。
(三) しかして別紙第一目録記載の原告らは前記北教組の指示に従い、同年一〇月二一日一斉に年次給休暇請求をしたうえ、同目録記載のとおりその勤務場所を離脱し、その職務を放棄した。
尚右同日の争議行為の参加者は右原告らを含め合計一万一四九八人で、その内訳は北教組組合員九五四五人(小中学校九一五一人、高等学校三二七人、特殊学校六七人)に高教組組合員一九五三人であつた。
2 昭和四二年一〇月二六日の争議行為(以下一〇・二六争議行為という)
(一) 一〇・二六争議行為にあたり、北教組は一〇・二一争議行為の際と同様の重点目標を掲げ、昭和四二年一〇月二六日各組合員に対し「全組合は早朝勤務一時間について一斉に年次有給休暇請求権を行使し、市町村単位で要求貫徹集会を行なうこと」を指示した。
(二) ところで同年度における北海道の公立学校勤務の教職員(校長を除く)は五万一九三〇人(小学校二万三三九八人、中学校一万六二四八人、高等学校一万一五〇〇人、特殊学校七八四人)であり、このうち北教組に加入している教職員は約三万人、約六〇パーセントを占めていた。そこで全組合員が一斉に職場離脱をするとなれば、その日の教育活動が阻害される結果となるのは明らかで、このため被告は同年一〇月一三日付教育長通達をもつて、同月二六日の各学校の正常な運営と教職員の服務の厳正とを期する様に指示した。
(三) しかして別紙第二目録記載の原告らは北教組の前記指示に従い、同年一〇月二六日、一斉に年次有給休暇請求をしたうえ同目録記載のとおりにその勤務場所を離脱し、その職務を放棄した。
尚右同日の争議行為における参加者は、右原告を含め合計一万四〇四六人で、その内訳は北教組組合員一万三五二六人(小中学校一万三一八四人、高等学校二二三人、特殊学校一一九人)、高教組組合員五三八人であつた。
3 昭和四三年一〇月八日の争議行為(以下一〇・八争議行為という)
(一) 公立学校に勤務する北教組に加入の教職員のうち一万五八六九人(小中学校一万四〇四七人、高等学校一六四一人、特殊学校一八一人)は前同様の警告を無視し、昭和四三年一〇月八日、それぞれ早朝勤務一時間につき一斉に年次有給休暇請求をしてその職務を放棄し、全道的規模において各学校の正常な運営を阻害した。
(二) ところでかかる一〇・八争議行為にあたり、別紙第三目録一および二の原告らは同記載のとおりいずれも北教組本部役員の地位にあり、左記の行為によつて一〇・八争議の遂行につき指導的な役割を果たした。
(1) 昭和四三年四月二二日より三日間の日程で開催された北教組第五三回年次大会で決定した「公務員共闘統一要求、日教組重点要求および北教組独自要求などの実現のため、秋の重要時期にむけて、諸闘争との結合の中で幅広く力強い戦線を組織するとともに公務員共闘の結束を固め、闘議決定期には全国統一実力行使をもつて闘う。」との行動方針に基づき、同年七月二九日の北教組第六一回中央委員会において
ア 「日教組の指令にもとづいて早朝勤務時間一時間カツト(一〇時出勤年休権行使による)の市町村単位の要求貫徹集会を組織して闘う。なお夜間定時制高校の組合員は当日勤務時間終了前一時間カツトする」
イ 「この戦術と八月一〇日頃に予定の人事院勧告をうけての実力行使の目標については、北教組臨時大会(九月一四日)の意思集約にもとづいて、日教組臨時大会(九月一八日・一九日)で最終決定を行なう」
ウ 「日教組臨時大会決定の目標・戦術について、直ちに批准投票を行ない、これを集約して突入指令を確認する」
エ 「支部・支会・分会にいたるまでの闘争委員会を構成し、賃闘成功のための推進をはかる」
オ 「全国統一闘争の前後に各ブロツクごとに弾圧紛砕総決起集会を開催する」
との行動方針を決定した。
(2) さらに、同年九月三日の北教組第六回戦術会議において、北教組各支部の闘争体制について点検すると共に、一〇・八争議行為における行動や集会の態様について討議を重ねた。
(3) 同原告らは同年九月一四日の第五四回北教組臨時大会において
ア 「公務員共闘の統一実力行使として、全組合員が一〇月八日早朝勤務時間一時間の休暇をとり、原則として市町村単位の要求貫徹集会を組織する」
イ 「九月二五日を全員集会による批准投票日として設定し、九月二九日本部開票集計、三〇日日教組本部へ報告する」
ウ 「一〇月一日の全国戦術会議、一〇月二日の全道戦術会議においてその結果を確認し、日教組中央闘争委員長が指令権を発動する」
エ 「実力行使体制の確立のため、幹部・活動家を総動員してオルグ活動を徹底して行なう」
などの本件争議行為を実行するについての戦術を決定するとともに闘争宣言を発した。
(4) そして同原告らは同年一〇月二日の第三九回中央闘争委員会を開き、同委員会において北教組書記長である原告池端清一が本件争議行為を実行する旨の提案をして、提案どおり各組合員に対し争議行為を実行せしめる様指令することを決定した。
(5) 同日の第七回戦術会議において、同原告らは、全国戦術会議の経過報告および同会議において日教組中央執行委員長の発した「一〇・八に最低一時間以上の実力行使に突入する」との争議行為突入指令の受理を確認し、さらに原告らの一人である大野直司北教組中央執行委員長は同席した北教組各支部の代表者らに「一〇・八闘争を北教組第六一回中央委員会および第五四回臨時大会の決定どおり実施する」との争議行為突入指令を発した。
(三) また別紙第三目録三の原告らは一〇・八争議行為の当時同記載のとおり北教組支部役員の地位にあつたところ、同組合員らは右記争議行為突入指令を受け、各支部傘下の組合員に対し昭和四三年一〇月八日の出勤時から一時間にわたる同盟罷業を実行させるべく、右指令の趣旨を伝達するなどの行為を行なつたものである。
(四) 一〇・八争議行為の当時における北海道公立学校教職員(管理職員を除く)は合計四万九三〇九人(小学校二万二二三八人、中学校一万四九七三人、高等学校一万一三二四人、特殊学校七七四人)であり、右争議行為は当日における児童、生徒に対する教育活動に大きな影響を与えた。
4 本件各争議行為が与えた影響
教育は人格の完成を目指し、全人格的な触れ合いを通じて一歩一歩の積重ねによつて適切な効果を上げることができるのであつて、中断されても後に能率を上げれば回復できるような性質のものではない。また争議行為による授業の中断はたとえそれが短時間であつても、国家的祝事を行なうためなどの理由による休校と異なり、児童生徒に対し空白を与えて学習意欲を中断させ、教師ひいては学校に対する全人的な信頼を失わせるなどの悪影響を与えるものである。本件各争議行為は全道的規模で行なわれ、児童生徒らに大きな悪影響を与えた。
二 本件懲戒処分
1 以上の原告らの休暇届提出による職務放棄は、外形上は有給休暇請求の形式をそなえていても、労働基準法第三九条所定の効力を有しないのであつて、第一、第二目録記載の原告らの前記所為は地方公務員法(以上地公法)三七条一項前段に、第三目録記載の原告らの前記所為は同法一項後段に該当する。
2 そこで、被告は同法二九条に基づき、同目録一ないし三の原告らに対し、原告処分一覧表(一)、(二)の各処分欄に記載のとおりの懲戒処分を行なつた。
その処分の基準としたところは次のとおりである。
(一) 一〇・二一争議行為
ア 右争議行為に参加したのみの者は原則として戒告。
イ 昭和四一年五月一三日に行なわれた北海道教職員組合の統一行動に参加するため学校長の承認を得ないで勤務箇所を離脱したことにより訓告、あるいは懲戒処分を受けたにも拘らず再び前記争議行為に参加した者は原則として停職一月。
ウ 管理職の地位にありながら前記争議行為に参加した者は停職三月、ただし、これらの者のうち、事後に反省の情を示した者については、戒告にあたる者は訓告、停職一月にあたる者は減給六月。
〔被処分者北教組組合員二七三七人(小中学校二四九〇人、高校一八六人、特殊学校六一人)高教組組合員一五五九人合計四二九六人〕
(二) 一〇・二六争議行為
ア 右争議行為に参加したのみの者は原則として訓告。
イ 昭和四一年一〇月二一日に行なわれた争議行為に参加して訓告もしくは戒告を受けたにも拘らず再び前記争議行為に参加した者は戒告。
ウ 昭和四一年一〇月二一日に行なわれた争議行為に参加して減給以上の処分を受けたにも拘らず、再び前記争議行為に参加した者は減給六月。
エ 管理職の地位にありながら前記争議行為に参加した者は停職三月。
〔被処分者北教組組合員四〇七三人(小中学校三九二六人、高校一一八人、特殊学校二九人)高教組員なし〕
(三) 一〇・八争議行為
ア 北教組三役は免職 三人。
イ 同組合中央執行委員は停職
一三人。
ウ 同組合支部役員は減給
五五人。
<以下、事実省略>
理由
第一本案前の抗弁について
被告は、地方公務員である原告ら勤務関係の特殊性を指摘し、最高裁判所の判決を引用して、原告一覧表(一)番号1、2、29を除くその余の原告らの訴は抗告訴訟の対象とすることが出来ないと論じ、これら訴を却下すべきであるとする。
しかし、検討するに、請求原因第一項1の事実は原被告間に争いがなく、これら事実によると、右原告らはその勤務関係につき地方公務員法の適用される所謂非現業公務員であることが明らかである。そうすると同法第五一条の二は同法第四九条第一項に定める処分について、人事委員会に対する不服申立とその裁決、決定を経た後でなければ、当該処分に対する取消訴訟を提起しえない旨定めており、ここに停職、減給および戒告の処分を含めて右処分が抗告訴訟の対象となり得べきことを明らかにしていると認められる。従つて、被告らの主張は採用することが出来ないし、また引用に係る最高裁判所判決は本件と事案を異にし、本件事案の解決に適当でないと認められる。
第二本案について
一請求原因第一、二項の各事実は当事者間に争いがなく、また被告の主張第一項1ないし3のとおりに原告らが職場を離脱して職務を放棄し、あるいはこれを指導したこと、および同第二項2のとおりに原告らが懲戒処分を受けたこと(但し被処分者の総数に関する部分を除く)もまた、その法律的評価を除けば、当事者間に争いがない。
ところで被告らは右の職務放棄が地方公務員法第三七条一項の争議行為に該たるとして原告らに右懲戒処分を行なつたのであるが、原告らは同条項は憲法第二八条にてらし違憲無効であるとし、仮に然らざるも右職務放棄は労働者の年次有給休暇請求権の行使である等を理由に地方公務員法第三七条一項に規定する争議行為に該たらない旨主張して、同条項の合憲性を争い、また同処分の適法性を争つている。当裁判所は右の判断を当面留保し、この点について仮に被告主張を肯定するとしても尚懲戒権につき被告の裁量の踰越、濫用があつたか否かの点について、先づ判断することとする。
二懲戒権の踰越、濫用
1 本件各争議行為の目的
本件各争議行為がいずれも人事院勧告の完全実施要求を目的としていたことは当事者間に争いがない。そこで、本件各争議行為に至るまでの右勧告制度をめぐる推移についてみるに、<証拠>を総合すると次の事実が認められ、他に認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 人事院は、昭和二三年に設立され、以来国家公務員給与等の改善につき勧告してきたが(昭和二九年から同三四年までの間は基本賃金改訂についての勧告なし)、政府はこれに従わず、昭和三五年になつて実施に踏み切る様になつた。といつてもその実施は、人事院が五月一日に遡つて改善を勧告したに拘らずこれを一〇月から適用するとして、いわば不完全なものにとどまつた。そして以後毎年出される人事院の勧告についても、右と同様の方法で完全な実施をせず、その結果、昭和三五年から同四一年までを合計して三二ケ月分(公務員平均一人当り金一一万二九五一円相当)が勧告どおりに実施されなかつた。今、本件各争議行為のあつた昭和四一年ないし四三年に限つてみると、人事院はいずれの年度の勧告も五月一日に遡つて実施するよう求めているが、昭和四一年には九月、同四二年には八月、同四三年には七月からと徐々に完全実施の方向に向かつてはいるものの、依然として不完全な実施にとどまつた。尚、これらの詳細な経緯は別紙「戦後の人事院勧告と給与改訂の実施状況一覧表」に記載のとおりである。
(二) もつとも右人事院の勧告は国家公務員に関するものであり、地方公務員である原告らや本件各争議行為の参加者らに直接に関するものではない。地方公務員の勤務条件については条例で決定され、人事委員会が勤務条件、厚生福利制度その他職員に関する制度について絶えず研究を行い、その成果を地方公共団体の議会若しくは長又は任命権者に提出することと定められているからである。しかしながらその実情は、自治省が昭和三五年に発した行政局長通知により地方公務員の給与制度も国家公務員に準ずべきであるとしたこともあり、右人事院勧告とその実施状況が地方公務員の勤務条件改善を事実上規制しているのである。特に原告らの如き教育公務員においては、教育公務員特例法において公立学校の教育公務員の給与の種類及びその額は、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類及び額を基準として定めるものとされ、法的にも人事院勧告及びその実施状況が原告らの勤務条件の規制に結びついていたのである。
(三) この様に人事院勧告が完全実施されない事態が続いたことに関し、国会(衆参両内閣委員会)は昭和三九年、政府に対し人事院勧告完全実施を求める決議をし、以後昭和四〇年、四二年、四三年、四四年と同趣旨の決議を繰り返している。また、人事院もまた勧告の都度、殊に昭和四二年度からは「すみやかに所要の措置をとられるよう切望します」との文言を用いてその完全実施を求め、原告らが加入する北教組もまた北海道人事委員会および被告北海道教育委員会に要望書を提出する等して、同じく完全実施を求めていたのである。
2 人事院勧告の意義
(一) ところで原告らを含めて教育公務員もまた憲法第二八条に規定する勤労者と認められるが、諸般の事情から、その争議権を禁止し、あるいは制限を設ける以上は、そのことによつて不利益が生じないように適当な代償措置の設置が必要である。そして、労働基本権を尊重、保障している憲法の精神にてらして考えると、右の代償措置はただ設置するのみならず、それが適切に機能するように制度上も配慮することが必要であり、そこで採用される具体的な措置(本件に即していうと人事院勧告を指す)については国政上尊重されなければならないと解される。
(二) ところで人事院および人事委員会等の制度は、これらが設置された経緯等に鑑み右にいう代償措置と認められる。しかし、これら制度を仔細に検討するとき、人事院や人事委員会等のする給与その他勤務条件に関する勧告は、その相手機関を法的に拘束する仕組とはなつておらず、勧告者は、単に相手機関の誠実な実施への努力に期待する他はないこと等の事実があり、その点で制度的な問題を残していると考えられる。しかも、その勧告の実態についてみるに、前顕各証を総合すると、人事院は昭和四六年まで勧告の実施時期につき五月一日を指示しているが、勧告を行なうについての資料は各年度四月一日の時点において蒐集していること(同四七年以後は実施時期の勧告も四月一日とされる様になつた)、また勧告に先立ち行なわれる民間給与との比較方式もその較差が比較的小さな数字として表われる所謂ラスパイレス方式が採用されていること等が認められ(他に反する証拠はない)、かかる事実によると、勧告の内容は当該年度のいわゆる「春闘相場」を反映させないものであるばかりか、その実施時期の勧告を基準日より一ケ月間遅らせ、また統計処理上公務員給与が高い数値で表われる方式が採用されていること等が明らかであつて、かかる人事院勧告における勧告内容は、比較的低い数値におさえられていたと判断せざるを得ないのである。
(三) このように人事院はその制度的な問題をかかえており、またその運用の実態も勧告内容が統計上許容される範囲の中で比較的低い水準に押さえている等といつた事実もあるのである。右の様な事情から考えると、人事院勧告の完全実施要求は、公務員として当然の、かつ最小限度の要求であり、国はこれに答えるべきであると認められる。
3 本件各争議行為の与えた影響
(一) 本件各争議行為の規模、態様については被告の主張第一項1ないし3記載のとおりであること当事者間に争いがないところであるが、これら事実によると、北海道公立学校教職員全体に占める右各争議行為参加者の割合は、一〇・二一争議行為で約二二パーセント、一〇・二六争議行為で約二七パーセント、一〇・八争議行為で約三二パーセントと高い割合を示している一方、各争議行為の形態は長くて半日間(短いものは一時限かぎり)の単純な職務放棄であり、それ以上に各公立学校にて行なわれていた教育活動を妨げたり、その他違法な行動に出た等の事実はないと認められる。
(二) ところで<証拠>を総合すると、北海道内各公立学校は各年度に先立ち、各学校ごとにその実情や地域的特性に応じた年間教育計画(カリキユラム)を作成しているが、その作成にあたつては学校教育法施行規則所定の授業時間数が確保されてあり、またいわゆる学習指導要領の規定が参酌されていること、また各学校はかかるカリキユラムに則つて授業計画を立てる等して種々の教育活動を行なつていること、しかして右カリキユラムや授業計画といえども疾病や天災等に基づく臨時休校、担当教員の休暇、出張等の事態があることからみても明らかなとおり不可変更的なものではなく、教育的な配慮による場合も含めて、臨機応変に適当な修正、変更が可能なものであること、が認められる(右認定に反する証拠はない)。そして、この様な事実から判断すると、原告らの本件各争議行為の回数は年一回であり、職場放棄した時間も長い者で半日間であること、各争議行為の当日は各学校で特段の行事が予定されていたとは窺い得ないこと等の事情から考えると、本件各争議行為参加者が前記のとおり多数人であることを勘案してもなお、右カリキユラムや授業計画の大綱において影響を与えることはないことが推認できるのである。
(三) しかし、右カリキユラムや授業計画の遂行ということが教育活動に他ならないとしても、それが教育の全てではないことも同時に指摘しておかねばならない。教育は、人と人、心と心の触れ合いの中で為されるべきもので、単なる知識の切り売りや技能の教示、体力の養成ということにあるわけのものではないからである。このことは、教育基本法が、教育は人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期すことを目的とし、その実現にあたり、教師はあらゆる機会、場所を捉えて教育活動を行なうべく規定しているところから明らかであつて(同法第一、二条)言い換えるならば、教育に携さわる者の片言隻句、一挙手一投足というものは、教育を受ける立場にある生徒、児童の人格形成上重大な影響を及ぼす力を有していると認められるのである。
このような観点から本件各争議行為をみるとき、それが前述の経緯、態様であつたにせよ、教育に携わる立場にある原告らが前記の規模で各争議行為を行ない法に違反してでも(争議行為について被告主張の立場をとる限りにおいては)力で問題を解決しようとの姿勢を示した以上は、それが生徒児童に何らの混乱や動揺を招かなかつたとするのは困難である。そしてまた他にこれを招かなかつたとするだけの的確な証拠はない。
4 処分内容について
(一) 原告らが本件各争議行為で受けた懲戒処分の内容については請求原因第二項1に記載のとおり解雇、停職、減給および戒告であつて、これら事実は当事者間に争いのないところである。しかして<証拠>を総合すると、本件各争議行為に参加あるいは指導して戒告以上の懲戒処分を受けた者は全員、右処分を受けたことを理由として三ケ月ないしそれ以上の期間給与の昇給が延伸されており、右処分を受けなかつた者に較べ給与の上で格差を生ずることとされたが、右格差は特段の事由のないかぎり退職するまで維持せられること、その結果、例えば二等級二三号俸の四〇才になる教師が戒告により三ケ月の昇給延伸になつたものとすると、彼は年間金三万五六四四円、六〇才までに金七一万二八八〇円の格差を生ずる計算になり、これに年々七パーセントの割合で給与増額改訂があつた場合には、右の格差は金九九万八〇三二円にものぼることが認められるのであつて(他に反する証拠はない)、この様な事実にてらすとき、右の各処分を受けるということは、その直接の処分内容に加えて、経済的にも大きな損失を伴なうものであることが認められる。
(二) ところで右懲戒処分の基準とされたところは被告の主張2(一)ないし(三)記載のとおりで当事者間に争いがないところであるが、<証拠>を総合すると、本件各争議行為に参加した者(特に単なる職務放棄をした者)を懲戒処分に付するか否かについては北海道内の各地方教育委員会の間、あるいはその内部でも議論が分れていたこと、そして被告北海道教育委員会は懲戒処分を行なうについて内申を行なわない地方教育委員会に勧告ないし地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基づく措置要求を出したこと、にも拘らず夕張、三笠等の各教育委員会は懲戒処分を求める旨の内申を行なわなかつた結果、その地区の争議行為参加者には懲戒処分が為されなかつたこと、また各地方教育委員会の多くは争議行為参加者に反省文の提出を求め、その提出した者については処分を軽くし、また処分を求める内申から外す等の措置をとり、その結果争議行為参加者の中で処分を受けない者が多数生じたことがそれぞれ認められ(他に右認定を左右するに足る証拠はない)、これら事実によると、処分の是非について教育委員会内部にも重すぎるとする意見が有力に存し、またそのことから右処分の基準は全道的にみて均一な適用はされなかつたものと認められる。
また<証拠>を総合すると、本件各争議行為はそれぞれ日本教職員組合が行なつた指令に基いて為されており、一〇・二一争議行為には全国二三での都道府県教員組合が、一〇・二六争議行為には全国で二九の都道府県教員組合が、一〇・八争議行為には全国で二八の都道府県教員組合が参加し、それぞれ北教組が行なつた本件各争議行為と同様の行動をとつていること、にも拘らず北海道を除いては右争議行為を理由として免職処分の為された者がないこと、の各事実を認めることが出来るのであつて、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
5 懲戒権の踰越、濫用に対する判断
以上認定した事実および右にみてきたところを基礎として、本件懲戒処分について懲戒権の踰越、濫用の有無を判断する。
(一) 懲戒権者がする懲戒権の行使についてみるに、懲戒処分をするか否か、懲戒処分を行なうにつき如何なる種類の処分を選択するかは、懲戒権の性格上、第一次的に懲戒権者の裁量に委ねられていると言うべきであるけれども、右処分が恣意にわたつたり、また社会通念上著しく妥当性を欠くことが許されないのもこれまた当然のことといわなければならない。
(二) そこで本件各争議行為について考えるに、本件各争議行為は、生徒、児童の教育に携わる原告ら教育公務員によつてなされたものであつて、原告ら教育公務員の採つたかかる行動は、前記3(三)において認定したとおり児童生徒に影響があり、自らのするその後の教育活動において、その感銘力なり説得力を弱めさせるものと考えられ、争議行為について被告主張を肯定する前提にたてば特段の事情がない限りは懲戒処分は理由があるとしなければならない。
しかし翻つて本件各争議行為の原因、目的、態様を考慮すると、本件においては右特段の事情が認められる。すなわち、前認定のとおり、国は原告ら公務員の争議行為を禁じた代償措置として人事院や人事委員会等の制度を設け、前掲証拠によれば人事院は、政府、労働者側双方提出の資料も検討したうえで勧告をして来たものと認められるところ、右勧告は当時としては公務員側に不利益な形で問題を含んでいた。とすれば、国として勧告の完全実施は最低限の責務であると言わねばならない。ところが、国は長い間完全実施をせず、国会の内閣委員会からも完全実施を求める決議が為されても、不完全な形のままにしておいたのであつた。これは公務員の勤務条件について著しく不当な取扱いをしていると言えるのであつてこの様な事態を考えるとき、人事院勧告に対して前記1(2)の立場にある原告らが本件各争議行為に出たこと自体は無理からぬ点があつたと認められる。しかも本件各争議行為の態様は前記認定のとおりであつて、その時期、頻度、職務放棄時間、放棄の方法はいずれも年一回、短時間、単純不作為の形態であり、さらにその行なわれた時期等を勘案すると、これら態様は原告らなりに生徒児童への影響を考慮し、比較的小さな規模で行なわれた結果と認められ、争議行為の児童生徒に与える影響を小さな範囲に止めようとの意図が窺われる。
従つて、被告北海道教育委員会はこれらの事情を処分の検討をするにあたり特に配慮すべきものであつた。
しかるところ、被告北海道委員会の行なつた処分は前記のとおりであつて、それは戒告から免職までを含む極めて厳しい処分であつた。このうち免職処分については前認定のとおり他県教育委員会で為した処分との均衡という点で著しく均衡を失する様に認められ、そのことはさておくとしても、右の各処分が前記の事情を配慮したものとは到底認めることが出来ない。
(三) このようにみてくると、被告北海道教育委員会のした本件懲戒処分は、社会通念上著しく衡平を欠き、苟酷な処分と言うべきであつて懲戒処分はすべて懲戒権者である被告北海道教育委員会が懲戒権を濫用した結果であると認められる。
三結論
以上によればその余の点について判断を俟つまでもなく、被告北海道教育委員会のした本件懲戒処分は、いずれも懲戒権の濫用があり、正当な理由なくして為された処分であるから、これを取消すのが相当であり、原告らの請求はすべて理由があると認められる。よつて原告らの請求はすべてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用することとして主文のとおり判決する。
(丹宗朝子 前川豪志 上原裕之)
別紙原告一覧表、「戦後の人事院勧告と給与改訂の実施状況」<省略>