札幌地方裁判所 昭和47年(ヨ)264号 判決 1974年1月30日
債権者
植田義男
右訴訟代理人
森越博史
外一名
債務者
社団法人
天然記念物北海道犬保存会
右代表者
村山豊
右訴訟代理人
山根喬
外一名
主文
一 債権者が債務者の会員たる地位を有することをかりに定める。
二 債権者所有の北海道犬「虎城」が債務者の犬籍を有することをかりに定める。
三 債権者のその余の申請をいずれも却下する。
四 訴訟費用はこれを四分し、その一を債権者の、その余を債務者の各負担とする。
事実
第一 申立
一 債権者
1 主文第一、第二項同旨
2 債務者が昭和四五年一一月一〇日、債権者に対し、債務者会苫小牧支部長合田光憲名義でなした除名処分の効力を停止する。
3 債務者は、債権者が債務者会の会員たる地位にあることをその機関紙「道犬」の最近号に掲示するほか適当の方法により他の会員に通知せよ。
二 債務者
1 債権者の各申請を却下する。
2 訴訟費用は債権者の負担とする。
第二 主張
一 債権者(申請の理由)
1 債務者は、昭和三八年八月一三日設立された天然記念物北海道犬の保存を目的とする社団法人であつて、その事業として北海道犬の犬籍籍登録および血統登録証明書の発行をしていものである。そして、犬籍登録は債務者会の会員でなければできないものとされている。
2 債権者は、苫小牧駅前通りにおいて「幸鳥園」なる商号で北海道犬を主とする畜犬および鳥類の飼育、繁殖および販売業を営み、債務者会設立当初からその会員となり、同時に債務者会苫小牧支部の会員でもあつた。
3(一) 債務者は、昭和四五年一一月一〇日、苫小牧支部長合田光憲名義の通知書をもつて債権者を債務者会の会員から除名する旨の処分をした。右通知書に記載された除名処分の理由は次のとおりである。
(1) 昭和四四年度支部定期総会に於て全員の総意と推挙に依り貴殿が東地区幹事と決定し、その席上貴殿が不在であつた為に、後日その旨を伝言した処、全く受付ける事なく拒否したる事
(2) 昭和四五年当支部第一二回展覧会を行ふについて、広告等の依頼に再三に亘り担当者が出向いているに拘らず、全く無解答であつた事更に大会行事に付いて一切の労力的協力もなく、当日会員としての協力性は全く見る事が出来なかつた事
(3) 貴殿所有犬の虎城(チトセウエダ)の本支部に於ける単独登録に関して、他支部会員より疑義ありとの申し入れを受けて居り、当支部としては単独受付以前の問題は全く関知せざる事として、その内容が真実であるか否かに拘らず、此の様な問題を惹起した会員即ち貴殿が在籍して居る事に依り多大なる迷惑を蒙つた事
以上三点の事項により前回の役員会に於て、支部規約第七条に該当するものとして除名を決議されたものである事を通知致します。<後略>
理由
一債務者が昭和三八年に設立された天然記念物北海道犬の保存を目的とする社団法人であつて、その事業として北海道犬の犬籍登録および血統登録証明書の発行を行つていること、右犬籍登録をすることができるのは債務者会の会員に限られていること、債権者は、苫小牧駅前通りにおいて「幸鳥園」の商号で畜犬、鳥類の飼育、繁殖および販売業を営み、債務者会および同苫小牧支部の会員であつたことは当事者間に争いがない。
二昭和四五年一一月一〇日、債務者会苫小牧支部長合田光憲名義の通知書により、同支部が債権者に対し、申請の理由第3項(一)記載の理由によつて債権者を除名する旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。しかし、債務者が債権者を債務者会から除名する旨の明示的な処分をした事実を疎明する証拠はない。しかしながら、<証拠>によれば、債務者は、その定款により債務者が刊行する機関誌を会員に頒布すべきものとされているのに、債権者に対しては、右苫小牧支部による除名の通知がなされたあとは、機関誌である「道犬」の頒布をしていないことおよび債務者の会費は支部を通じて納付すべきものとされているところ、右除名の通知後は、右苫小牧支部においてのみならず、債務者会自身においても、債権者の会費納人の申出に対し、その受領を拒否していることが一応認められ、これらの事実によると右苫小牧支部による除名の通知がなされた後は、債務者においても、債権者をその会員として処遇していないのであつて、このため、債権者は実質上債務者から除名されて会員たる地位を失つたと同様の地位におかれているものということができる。
また昭和四六年七月一三日、債務者が、債権者所有の北海道犬として犬籍登録されていた「虎城」につき、その登録の抹消をしたことは当事者間に争がない。
三債務者会の苫小牧支部が債権者を除名し、これに基づいて債務者が、債権者を会員とし処遇しないことおよび「虎城」の犬籍登録を抹消したことにつき、債務者が最も重要な理由とするところは「虎城」がもと訴外片山正雄が所有していた「ハチ」と同一犬であるのに、債権者がこれを偽つて登録申請したとの疑いにあることは弁論の全趣旨に徴しあきらかであるから、「虎城」と「ハチ」が同一犬であるかどうかについて検討する。
<証拠>によれば、「ハチ」は、債権者所有の北海道犬リキを父犬とする昭和四二年一二月一三日生れの北海道犬の牡犬であつて、当初は勇払郡鵡川町在住の訴外野脇正義の所有するところであり、のち訴外箕輪光を経て同町在住の訴外片山正雄に譲渡されたが、この間昭和四三年三月一二日、債務者会に犬籍登録されたこと、右片山は、「ハチ」を所有していた間、債務者会の展覧会に「ハチ」を出陳したところ、同年八月行なわれた恵庭展では四席に、同年一〇月行なわれた鵡川展では特良一席、同じころ行なわれた穂別展では三席にそれぞれ入賞したこと、「ハチ」は、毛色が濃くも淡くもない赤色であつて、目は丸型で目と目の間が広く、やや長胴で背中の線は若干緊張が足りないなどの特徴を有していたこと。ところが、右片山が「ハチ」を牝犬と交配させようとしたところどうしても目的を達することができず、また、「ハチ」は狂暴なところがあつて他人には容易になじまない犬であつたので、片山は知人であつた債権者にその処置について相談したところ、債権者が債権者の手許に置けばよくなるかも知れないといつたので、片山は、昭和四四年四月二七日、「ハチ」を債権者に引き渡し、その数日後には、「ハチ」の登録証明書および譲渡証をも債権者に交付したことがそれぞれ一応認められる。
他方、<証拠>によれば、債権者は、「虎城」と称する北海道犬を飼育しているが、債権者の申請により昭和四四年一〇月二八日債務者会になされた「虎城」の登録の記載によれば、「虎城」は、昭和四三年一月三日生れの牡犬であつて、父犬は「北嵐」、母犬は、「幸苫姫」であるとされていること、「虎城」の特徴は、毛色が濃い赤色で胴はややつまり気味であり、性質は従順であつて交配もできること、債権者は、「虎城」を債務者会の展覧会にたびたび出陳したが、昭和四四年六月一五日千歳展において特良二席、昭和四五年二月一日、札幌雪中展において特良一席全犬優勝、同年五月一七日旭川展において特良一席全犬優勝等の抜群の成績を収めたことがそれぞれ一応認められる。
ところで前掲片山、佐藤延宏両証人は「虎城」は「ハチ」と同一犬である旨供述し、債務者会役員らが同一犬であるとの疑いを持つに至つたのも、右両名に端を発したと思われるその趣旨の風評が鵡川町在住の債務者の会員の間に流れたことなどによつたものであることは、右両証人の証言によつて窺われるところである。たしかに、債権者が「虎城」を展覧会に出陳するようになつたのも、また「虎城」の犬籍登録をしたのも、前記片山が債権者に「ハチ」を引き渡した後のことであり、「ハチ」と「虎城」の特徴を比較しても、時と環境を異にすれば体格や顔貌もある程度異なつてくることを考えると、必ずしも別の犬と断定できるほどの差異があるともいい難い。さらに、右片山の証言によると、同人は「ハチ」を引き渡してから間もなくである昭和四四年五月中および同年六月中に行なわれた展覧会の会場で債権者がつれてきた「虎城」を観察したことがあきらかであるので、同人は「ハチ」と「虎城」の同一性についてかなり正確な判断をすることができる立場にあつたということができる。そして、債権者は、「ハチ」は、訴外佐藤如幸の放棄届に基づき千歳保健所において電殺されたと主張し、千歳保健所長が「ハチ」なる犬を電殺した旨の証明書(疎甲第四号証の二)の発行をしたことは同証および右佐藤証人の証言によつてあきらかであるが、「ハチ」と称す犬が電殺された事実があつても、その犬が前記片山が所有していた「ハチ」であることがあきらかにされないかぎり、「ハチ」と「虎城」の同一性を否定する根拠とは必ずしもならないことはもちろんである(もつとも、逆に、「ハチ」が電殺された事実がなかつたとしても、そのことから直ちに、「ハチ」と「虎城」が同一犬であるとの論理的帰結に到達するものでもない。結局、「ハチ」を保健所にひき渡した旨の右佐藤証人の証言の信憑性が問題なのであつて、保健所において「ハチ」なる犬を電殺したかどうかは、右の同一性を決するにつき、必ずしも決定的な証拠となるものではない。)。このようにみると「ハチ」と「虎城」が同一犬であるとの前記片山証人らの証言は、必ずしも根拠のないものとはいえず、債務者会および同苫小牧支部の役員らにおいてそのような疑いを持つ者があつても、これを一概にいわれなき嫌疑を抱いたものというべきではない。
しかし、翻つて考えるに、「ハチ」と「虎城」が同一犬だとすると、短期間に、狂暴であつた犬が従順になり、展覧会での入賞歴があるとはいえ必ずしも抜群の成績をあげたわけではなかつた犬が全犬優勝を重ねるほどの優秀犬となり、さらに交配のできなかつた犬が交配できる犬に変じたことになるのであつて、飼育のプロである債権者の手許に置かれたことを考慮しても、あまりにも著しい変身ぶりといえないこともない。また、前掲伝法証人は、「ハチ」と「虎城」は同一犬ではないとし、それぞれの特徴ないし相違点をこと細かに供述するところ、各犬の特徴につきこの供述とあきらかに牴触する疎明資料はないから、この供述の信憑性は必ずしも低いものではない。「ハチ」を債権者の手許からひき取つたが、狂暴であつたのでこれを保健所にひき渡したとの佐藤如幸証人の証言にも不自然な点があるわけではない。さらに、右伝法証人の証言と債権者本人の供述によれば、前記片山正雄は、本件仮処分申請前である昭和四六年六月ころ、「ハチ」と「虎城」の同一性につき右伝法らと会談した際、別の犬であることを必ずしも否定しなかつたことが疎明される。そして、人の場合であれば、指紋、血液型等により科学的に同一性を確認する方法があるが、本件全疎明資料によつても、犬について科学的に同一性を確認する方法があるかどうかはあきらかでなく、債務者において、これを確認するために何らかの科学的方法を用いたことを疎明すべき資料もない。このようにみてくると、「ハチ」と「虎城」は別の犬であるとする債権者本人の供述も必ずしも首肯できないではない。
右に検討した点を被此総合して考察すると、「ハチ」と「虎城」が同一犬であることを疑わしめる徴表もたしかに存するけれども、これに反する資料も少なからず存するのであつて、結局本件各疎明資料によつては、未だ「ハチ」と「虎城」が同一の犬であると断ずるに足りないというほかはない。なお、前記片山証人は、「虎城」が出陳された展覧会の会場において、債権者が「ハチ」と「虎城」の同一性を認めるかのような趣旨の発言をした旨供述するが、債権者本人の供述と対比すると、債権者の述べたことが必ずしも右の如き趣旨のものであつたとは断じ難い。
四<証拠>によると、債務者の苫小牧支部規約によれば、支部員に支部体面を毀損し秩序を紊すが如き行為があつたときは役員会の決議により除名することができるものとされ(第七条)、債務者会の定款によれば、会員が正当の理由なく会費を滞納したとき、会員としての義務に違反したときおよび債務者の名誉を傷つけまたはその目的に反する行為のあつたときは総会の議決を経て会長が除名することができるものとされ(第一一条)ていることがあきらかである。そこで、右の規約および定款の定めるところに照らし、債務者の苫小牧支部が債権者を除名したことおよびこれに基づいて債務者が債権者を会員として処遇しないことの当否について考察すると、苫小牧支部の処分理由(1)および(2)の各事実についてはこの事実を疎明するに足りる証拠がない。同(3)の事実については、「ハチ」と「虎城」が同一の犬ではないかとの風評が鵡川町在住の会員らの間に広まつた事実があつたことは前認定のとおりであるが、「ハチ」と「虎城」が同一の犬であるとは認め難いこと前述のとおりであるから、右の風評が客観的事実に沿うものということはできず、また右のような風評を生じたことにつき債権者が何らかの原因を与えたことを疎明すべき資料もないから、結局かかる疑惑を生じたことにつき債権者の責に帰すべき事由があつたとはいえない。そして、前記規約および定款記載の各除名事由はいずれも、支部員または会員の責に帰すべき事由によつて生じた事態をいうものと解されるから、右のように債権者の責に帰すべき事由があるものといえない以上、右の風評を生じたことを目して苫小牧支部規約における除名事由があるものとはいえないしまた債務者の定款記載の除名事由があるということもできない。したがつて、前記処分事由(1)ないし(3)のいずれについても、苫小牧支部がなした除名処分および債務者が債権者を会員とし処遇しないことにつき、これを前記規約また定款に適合するものとして肯認するだけの根拠を欠くものというほかはない。したがつて、また、債務者が「虎城」の犬籍登録を抹消したことも合理的な理由がないものというべきである。
ところで、<証拠>によれば、債務者は、「疑わしきは登録せず。」ないしは「疑わしきは罰する。」との方針にしたがい、登録された犬の血統に疑いを生じたときは、債務者は、その犬の登録を抹消し、さらにその所有者たる会員の除名をもなすことができ当該会員は、これに伴う不利益を甘受しなければならないとの立場にたち、かかる観点から苫小牧支部がなした債権者の除名を是認して債権者を会員として処遇せず、債務者自らは「虎城」の犬籍登録を抹消したものであることが看取される。たしかに、北海道犬の血統の純粋さを維持するとの目的のみを強調する観点に立つときは、血統に関する登録事項が虚偽であることがあきらかな場合のみならず、その疑いが存するにすぎない場合においても、当該犬を登録から排除し、登録人である会員にも制裁を課すべきものとすることは、保存会のあり方として必ずしも考えられないわけではない。しかし、新規の登録にあたり、血統の純粋について厳格な証明を要求することは是認できるにしても一たんなされた犬籍登録につき、これを抹消されたり、除名などの制裁を受けることは、会員にとつては、名誉、信用等の点からもまた経済的な面からも極めて不利益であることは本件疎明資料によつてあきらかであるから、血統の純粋を維持する目的に適うからといつて、血統に関する登録の記載が虚偽であることにつき確たる証拠がある場合はともかく、単にこれを疑わせる事情があるにすぎない場合にまでかかる厳格な扱いをすることは、それが会の方針として定款に記載されているとか予め全会員がそのような方針に賛同しているなどの特別の事情がないかぎり原則として許されないものと解さなければならない。そして、前掲規約および定款のいずれにも債務者会または苫小牧支部においてそのような方針のもとに登録を扱い、会員を処遇する旨の記載がなく、また、会員の間でそのような趣旨の明示または黙示の合意が存したことを窺わしめる資料もない。そうとすれば、債務者がなした前記犬籍登録の抹消および債権者に対する除名を、「疑わしきは登録せず。」との観点から是認する余地もないというべきである。
五<証拠>によれば、債権者は、その営業上「虎城」を交配に用いて多額の収入を得ていたところ、右登録抹消および除名により「虎城」の交配による収入を得ることができなくなつたばかりでなく、これにより債権者の営業上の信用を著しく失墜したことが疎明される。そして、犬の寿命がわずか一〇数年であつて交配に用いることのできる期間が限られていることおよび右信用の失墜が債権者の営業収入に影響を及ぼすことを考えると、債権者には、右抹消された「虎城」の犬籍登録を復活させ、かつ債務者からその会員として処遇されることの必要性が存するものということができる。
そうすると、債権者が債務者の会員であることの地位をかりに定めることおよび「虎城」が債務者の犬籍を有することをかりに定めることについては、債権者の申請を認容すべきであるが、債務者自身が債権者に対し除名処分をしたものではないこと前述のとおりであるからその効力の停止を求める点については申請の目的を欠くものといわなければならず、また、債権者が債務者の会員であることを他の会員に通知することを求める申請は、必ずしもその必要性が存するものとは認め難くこれを認容することは相当ではないと判断する。
よつて民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。(橘勝治)