大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

札幌地方裁判所 昭和47年(ワ)614号 判決 1974年9月30日

原告

阿部ムト

外七名

右原告ら訴訟代理人

入江五郎

被告

日本住宅公団

右代表者

南部哲也

右訴訟代理人

大橋弘利

主文

一  被告は、原告阿部ムトに対し金一〇〇万円、同山根吉蔵に対し金九〇万円、同井上平三郎および同米田キノイに対し各金六〇万円、同松浦清治に対し金五五万円、同河合ヨシ子に対し金五〇万円、同前田正美に対し金四〇万円、同菅原勇五郎に対し金三五万円ならびに、右各金員に対する昭和四七年一二月七日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項にかぎり、仮に執行することができる。

五  ただし、被告が原告阿部ムトについては金一〇〇万円、同山根吉蔵については金九〇万円、同井上平三郎および同米田キノイについては各金六〇万円、同松浦清治については金五五万円、同河合ヨシ子については金五〇万円、同前田正美については金四〇万円、同菅原勇五郎については金三五万円の各担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告ら)

被告は原告阿部ムトに対し、金一七一万九、九六四円、同井上平三郎に対し、金一四七万八、八五二円、同前田正美に対し、金一六五万六、二四八円、同山根吉蔵、同菅原勇五郎、同松浦清治、同米田キノイに対し、各金一三五万四、五五二円ずつ、同河合ヨシ子に対し、金六九万〇、一七六円と、右各金員に対する昭和四七年一二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

(被告)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告阿部、同米田は、札幌市豊平区三条一丁目に、原告井上、同前田、同山根、同菅原、同松浦、同河合は、同区四条一丁目に、かねてからそれぞれ別紙第一図面表示のとおり各建物(以下本件各建物という。)を所有し、これに居住している。もつとも、原告河合は、昭和四五年二月九日、石狩郡当別町字春日町に転居した。

2  被告は、昭和四四年二月、本件各建物の敷地の南東側に隣接する札幌市豊平区豊平三条一丁目六番五の土地上に地上一一階建高層ビル(以下、本件ビルという。)の建設工事に着手し、翌昭和四五年六月これを完成させ、爾来その三階以上の部分を所有している。

3(一)  本件各建物の所在地は、札幌市の中心部から東南に向つて、直線距離にして約二キロメートル、バスで約一〇分の距離にあり、主要幹線道路である国道三六号線が附近を通り、商業地域に属し、準防火地域に指定されている。

(二)  しかし、本件各建物の周辺は、商業地域とはいえ、道路は狭く、老朽化した木造建物が密集しており、その殆んどが平屋もしくは二階建であつて、近年三階建以上の堅固な建物が目立つようになつてきたものの、未だ少数の域を出ない情況にある。

(三)  本件ビルは、北東から南西方向に細長い建物であつて、高さが三一メートル、北東端から南東端までの長さが、八〇メートルもあるが、その北西側壁面と原告阿部の建物との間隔は四メートル、原告井上、同山根、同河合の各建物との間隔は、1.4ないし2.2メートル、同菅原、同前田、同松浦、同米田の各建物との間隔は10.3メートルにすぎない。

4  ところで、被告の事務担当者は本件ビルの着工の直前である昭和四四年二月三日、原告らの日照権について十分考慮すると言明しいたにもかかわらず、被告は、その約束を全く果さぬまま本件ビルの建築を進行させた。原告らは本件ビルの完成により、左記のように生活利益を侵害された。

(一) 原告らは、本件ビルが建築される以前は、日の出直後から日没まで日照を享受していたが、建築後の日照は、夏至においてすら日没前二時間程度となり、夏季、冬季を通じ一日中電灯をつけることを余儀なくされている。又このように日照が妨げられているため、建物内部の湿気がひどく、夜具は乾燥屋に頼まなければならないし、庭の草木も育たなくなつた。

(二) 本件ビルは、本件各建物の南東に位置しているため、冬期間においては北西の風が本件ビルに直角にあたつて加速され、原告らの建物の上で渦をまき、あるいは下降する。これが原告らの建物をゆり動かしたり、煙突から強く吹きこみ、ストーブの煙を逆流させて家中に煙や油煙を充満させる等の影響を与えている。

(三) 本件ビルは、前述のように大きくかつ本件各建物に近接しているため、本件各建物の位置からみると、あたかも巨大な壁が前面に立ちはだかつている感があり、このため、本件各建物内からの原告らの眺望は著しく妨げられているばかりでなく、本件ビルがのしかかつてきそうな不快きわまりない圧迫感を感じさせられる。

5  以上述べたとおり、被告が本件ビルを建築所有したことにより、原告らはその生活利益を侵害されたものであり、このことと本件各建物が存在する地域が札幌市の中心部に至近の距離にある商業地域であり、都市計画上高層化がすすめられる傾向にあるものの第3項(二)のとおり平屋ないしは二階建の建物が殆んどを占めている現況の下において右侵害は長期間継続することを総合すると、原告らは被告の本件ビルにより社会通念上一般に受認されるべき限度を超える不利益を強いられているものであつて、被告の本件ビルの建築には違法性があることがあきらかである。

6  被告の右不法行為により、原告らの蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 原告阿部の損害

金一七一万九、九六四円

(1) 電灯料金増大による損害

金六七万六、八七二円

本件ビルによる日照妨害のため、従前に比較して電気料金の出費は月額三、五〇〇円増加した。原告阿部は、右増加した出費の額と同額の損害を蒙つたものであり、このうち同原告が損害賠償を求める分は次のとおりである。

(ⅰ) 本件ビル完成より本訴提起まで二年六カ月間の分

三、五〇〇円×三〇(月)

=一〇万五、〇〇〇円

(ⅱ) 本訴提起後二〇年間の分

4万2,000円×13.616

=57万1,872円

(各原告とも電灯料金および暖房費の増大につき右と同期間の分につき損害賠償を求めるので、以下各原告につきその趣旨で数式のみを記載する。なお、中間利息控除はホフマン式で計算し、円未満切り捨てる。)

(2) 暖房費増大による損害

金一六万一、一六〇円

本件ビルによる日照妨害と風害(すきま風の増大)により、従前に比較して暖房のための燃料代が一年につき一万円増加した。

(ⅰ) 1万円×2.5(年)

=2万5,000円

(ⅱ) 1万円×13.616

=13万6,160円

(3) 慰藉料

金八八万一、九三二円

被告の前記不法行為により、原告阿部が蒙つた精神的苦痛は金銭に評価すると金一五〇万円が相当であるが、本訴においては右のうち金八八万一、九三二円を請求する。

(二) 原告井上の損害

金一四七万八、八五二円

(1) 電灯料金増大による損害

金一九万三、三九二円

電気料金は月額一、〇〇〇円増加した。

(ⅰ) 一、〇〇〇円×三〇(月)=三万円

(ⅱ) 1万2,000円×13.616

=16万3,392円

(2) 燃料費増大による損害

金一六万一、一六〇円

燃料費は年額一万円増加した。

(ⅰ) 1万円×2.5(年)

=2万5,000円

(ⅱ) 1万円×13.616

=13万6,160円

(3) 家屋改造による損害

金一二万四、三〇〇円

原告井上は、昭和四七年三月本件ビルによる被害を軽減するため、居間と西側に窓のある部屋との仕切りを取りはずす工事をなしたが、右工事に要した費用は金一二万四、三〇〇円であつた。

(4) 慰藉料 金一〇〇万円

原告井上の蒙つた精神的苦痛を金銭に評価した。

(三) 原告前田の損害

金一六五万六、二四八円

(1) 電灯料金増大による損害

金二九万〇、〇八八円

電気料金は月額一、五〇〇円増加した。

(ⅰ) 一、五〇〇円×三〇(月)

=四万五、〇〇〇円

(ⅱ) 1万8,000円×13.616

=24万5,088円

(2) 燃料費増大による損害

金一六万一、一六〇円

燃料費は年額一万円増加した。

(ⅰ) 1万円×2.5(年)

=2万5,000円

(ⅱ) 1万円×13.616

=13万6,160円

(3) 家屋改造による損害

金二〇万五、〇〇〇円

原告前田は、本件ビル完成後、居間と西側に窓のある部屋との壁を破つて日照の被害を軽減すべく工事をなしたが、右工事に要した費用は金二〇万五、〇〇〇円であつた。

(4) 慰藉料 金一〇〇万円

原告前田の蒙つた精神的苦痛を金銭に評価した。

(四) 原告山根、同菅原、同松浦、同米田の各損害

各金一三五万四、五五二円

(1) 電灯料金および燃料費の各増大による損害

各金三五万四、五五二円

電気料金および燃料費の各増加額とその算出方法は原告井上と同じである。

(2) 慰藉料 各金一〇〇万円

原告山根、同菅原、同松浦、同米田の蒙つた精神的苦痛を金銭に評価した。

(五) 原告河合の損害

金六九万〇、一七六円

(1) 得べかりし賃貸料喪失による損害

金四九万〇、一七六円

原告河合は、別紙第一図面記載の自己所有建物を訴外竹生某に賃貸している。右建物は、室数等より見て、通常の賃料は月二万五、〇〇〇円が相当であるが、前記日照妨害等の事情により、同原告は、止むなく月二万二、〇〇〇円の賃料をもつて賃貸しているため、月額三、〇〇〇円の損害を蒙つている。

右損害が今後二〇年間継続するとしてその損害額の現価は次のとおりである。

3万6,000円×13.616

=49万0,176円

(2) 慰藉料 金二〇万円

原告河合は、別紙第一図面記載の自己所有の建物に居住したい希望を持つているが、被告のビルによる前記日照妨害のため、請求原因第1項記載の地に居住して通勤の不便をしのんでいる。右精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当である。

7  よつて、被告に対し。原告阿部は金一七一万九、九六四円、同井上は金一四七万八、八五二円、同前田は金一六五万六、二四八円、同山根、同菅原、同松浦、同米田は各金一三五万四、五五二円ずつ、同河合は金六九万〇、一七六円と右各金員に対する不法行為の日の後である昭和四七年一二月七日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実のうち、原告山根、同松浦、同米田、同河合が別紙第一図面記載のとおりそれぞれ建物を所有していることおよび原告河合が転居したことは認める。同図面記載の建物のうち原告井上が居住すると主張する建物の所有者は宗教法人日本基督教会札幌豊平教会であり、原告前田のそれは同人の父の所有、原告菅原のそれは同人の四男他二名の所有である。その余の点は知らない。

2  同第2項の事実中、被告が原告ら主張の日時、場所に訴外株式会社富士興業社と共同で、原告ら主張のビルを建築し、その一部を所有していることは認める。その余の点は否認する。

3  同第3項の事実中(一)は認め、(二)は否認する。(三)は本件ビルの高さの点は認めるがその他は否認する。ビルの長さは78.5メートルである。

4  同第4項の事実のうち、本件ビルと原告阿部の建物との間隔の点は認めるが、その他は否認する。

5  同第5項の事実のうち、原告らの居住地域が札幌市の中心部に至近の距離にある商業地域であること、この地域において都市計画の内容として高層化が盛られていることは認めるがその余は否認する。

6  同第6項についてはいずれも争う。

三  被告の主張

1  被告は、日本住宅公団法第一条で「住宅不足の著しい地域において住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する集団住宅の供給」を目的の一つとして定められており、同法第三一条第一号で「住宅の建設、賃貸、その他の管理」、第三号で「市街地において公団が行なう住宅の建設と一体として商店、事務所等の用に供する施設の建設を行なうことが適当である場合において、それらの用に供する施設の建設賃貸その他の管理及び譲渡を行なうこと」がいずれも業務として示されており、本件ビルもかような住宅の一棟であつて「札幌豊平市街地住宅」と称する。そして、本件ビルは、地下一階付一一階建であつて、北側間口一五メートル、奥行78.5メートル、高さ三一メートルの規模を有する。このうち、被告の専有部分は三階ないし一一階の部分各682.80平方メートルであり、被告はこれを一一六戸の共同住宅とし、昭和四五年七月以降これを賃貸している。また、本件ビルのうち地下一階および地上一、二階は前記株式会社富士興業社の専有部分であつて、右部分は店舗、事務所等として使用されている。

このような市街地住宅は通勤、通学に便利で都市問題解決の大きな使命を担つており、一般の事務所、店舗等の建物に比し公共性が高い。

2(1)  本件ビルの北側は、国道三六号線に面しているが、右国道を隔てた反対側の地域も商業地域である。また、本件ビルの東側は本件ビルに接着して店舗兼住宅が密集し、南側にも店舗、住宅が多数存在している。さらに本件ビルの西側には原告らの本件各建物が存在し、その西側にも店舗、旅館等が並んでいる。そして、これらの地域には、未だ木造二階建の建物が多数を占めているが、国道沿いには本件ビルの筋向いに阿部ビルが存在するのをはじめ、一〇階建から三階建の堅固な建物が建築せられつつあり、国道に沿つていない地域にも高層建物が存在する。かように本件ビル所在の地域は、市の中心からの距離、幹線道路の存在および背後に木の花団地を控えていること等から見て、ますます発展し、高層化していく状況にある。

(2)  都市の発達に伴い大都市の中心部では、昔ながらの木造低層の住宅によつて快適な生活環境を確保することは困難となり、住宅の高層化によつて都市空間の利用効率を高めると共に、住居の外にある公園、運動場、広場等の都市機能の整備、充実をすることによつてはじめて快適な生活が保障されるものである。

3  札幌は北緯四三度附近に存在するため、冬期の気象条件は厳しく、日照時間は一九四一年乃至七〇年の平均で、一二月は月間九四時間、一月が一〇一時間、二月が一二〇時間であり、東京の一二月一七一時間、一月一八六時間、二月一六七時間に較べると著しく短い。これと緯度による日射量の減少が気温の差となつてあらわれ、札幌における前同年間の平均気温は、一二月零下2.3度、一月同5.1度、二月同4.4度であつて、暖房の限界温度を八度とした場合、暖房期間は平均して一〇月二四日から四月二九日となり、右限界温度を一三度とすると一〇月二日から六月一日となる。

以上のことからあきらかなように札幌市においては冬期は、日照があつても暖房を止めることができず、日照に対する依存度が低いのであつて、このことは、冬期の日照時間が短くとも受忍しなければならない限界が大きいことを意味する。

4  日照の享受ないし保護については、一般的な法令は存在せず、わずかに建築基準法において高度制限等がなされているにすぎない。もつとも、公営住宅については、日照につき建築基準が定められているが、これにより原告らが何らかの既得権を有するものではない。

5  本件ビルにより原告ら主張のように「日があたらなくなつた」としても、それは隣地が空地またはそれに近い状態であつた本件ビル建築前と比較してそのようにいえるだけのことであつて、そもそもこの地域は市の中心部に近い商業地域であり、本件ビル建築前の如き状態を期待することはできないものであるから、隣地が空地もしくはそれに近い状態であつたことによつて享受していた利益は、単なる事実上の利益にすぎないものである。

6  本件ビルは建築基準法その他の法令になんら違反していない。

7  被告が作成した本件各建物に対する日影線表(乙第二〇号証、同二一号証)によると、右各建物に対する冬至における日照の始まる時点、中間時点、完了時点(建物全体が日照を受ける時点)は別紙日照時間表のとおりである。なお完了時点以後は日没迄本件ビルによる日照の遮断はない。

右表によると、冬至においては、原告米田を除き、一〇時四〇分に日照が始まり、一四時四〇分には全建物が完全に日照を受ける状態となることがあきらかである。また、本件ビルがかりに四階建であるとしても、原告らが蒙る影響はこれと大差がなく、冬至においては日照開始時が二〇分早くなるだけである。

8  冬期間の風害については市街地では建物その他の工作物があるために風の動きは一様ではないから一律に本件ビルに向つて北西の風が吹くとか、風が本件ビルにあたつた場合、加速されて渦をまくなどと断定することはできない。

建物の形状と気流との関係につき、建物の高さをh、建物の風に面する幅をl、h/lをEとするとE<1のときは気流が建物の頂点を超えて流れると指摘されているので、これによれば、本件ビルをめぐる気流の大部分は建物の壁面から屋上を超えて吹き去るといえる。

又谷間風は、原告ら建物相互間又は第三者の建物との関係からも生ずるものである。

結局、本件ビルによる風害は、因果関係、損害の発生いずれの点もあきらかではないし、かりに本件ビルによつて何等かの影響があるとしても、軽微であつて損害賠償すべき程度のものではない。

9  眺望防害、圧迫感は、大都市の中心部においては、自己が最も高い建物の屋上にでもいない限り不可避の現象である。原告ら各建物の位置から見ることができる天空の面積の、全天に対する割合は、原告らにより差があるが、この割合が小さい者でも天頂部分の天空の五〇パーセント以上の視界が確保されているものである。外国の古い都市の住宅街では一三パーセントから二〇パーセント前後という所も存在するのであるから、本件の場合大都市居住者としての受忍の限度を超えた圧迫感や眺望の阻害は存在しない。

10  以上を総合すると、被告が本件ビルを建築、所有することは、社会通念上妥当な権利の行使であつて違法性がなく、原告らとしても従前に比し多少の日照時間の減少等があつても、受忍しなければならぬ限度内のものである。

のみならず、原告らは損害賠償として、一律に慰藉料および二〇年間の電灯料、燃料費と家屋の改造費用を請求するが原告らの各建物は位置がそれぞれ異なり、日照時間や請求時の年令も相違するものであるから、かかる一律の請求は不当であるのみならず、請求自体札幌の気候を無視して形式的に算定されたものであつて失当である。

四  被告の主張に対する原告らの反論

1  被告主張の別紙日照時間表は、原告らの各建物を平面化して見た上で、その建物の一部に日影線がかかつた時を日照の開始時と考えて作成されたものであつて、原告らの建物の窓の位置などを全く考慮に入れていない。日照の享受については、窓の位置、生活の中心たる居室が建物のどちら側にあるか等の原告らの現実の生活関係との関連性を考慮すべきであり、かかる観点から被害の有無が判断されるべきである。

2  風害の存在は、別紙第二図面表示のおおいがとりつけられたことによつても推認できる。右おおいは、同図面表示の入口ドアの開閉の際、強風により入居者が足に傷害を受けた事故が発生したので、事故防止のため設置されたものである。

3  本件ビルに現実に入居している者の半数は一人住いのホステスであり、この実状からみると、本件ビルは、日本住宅公団法一条の目的に反し、公共性に欠ける。このことは、本件ビルが飲食店、バー等の密集する薄野地区に至近であること、家賃が高いために一般勤労者の入居がむずかしいことより見て、建築前に十分に予測可能であつた。

五  被告の再反論

1  日照の測定にあたつては、対象たる土地又は建物を外形的、客観的に観察して実施すべきであり、個々の建物に付置された入口、窓等についての日照を考慮するのは不当である。ことに本件ビルが存在する地域の如く商業地域であつて各建物の使用目的も区々にわたる場合には、窓等も使用目的、道路、隣接建物との関係等により設置せられ、建物の構造も千差万別であつて、必ずしも日照のみを考慮して建築されていないのであるから、右のことがいつそうあきらかである。

2  被告が原告ら主張の場所におおいを作つたことは認めるが、それは雪と寒気を防ぐために設けたものである。入居者が強風により負傷したことは知らないし、風害があつたことは否認する。

3  本件ビルへの入居については、住宅困窮者であること等の公募条件に該当するかぎり何人でも申込資格があり、職業、年令等は問わないので、仮に申込者がホステスを業としていても入居拒絶の理由とはならない。公募条件のうち、基準月収額(税込年収の一二分の一)は、申込者本人のみの収入による場合は金八五、六〇〇円以上、申込者本人の他に同居者の収入を合算する場合は申込者本人について金五七、〇〇〇円以上であつたから、右公募のあつた昭和四五年度における平均収入から見て、右金額は一般勤労者の入居に困難をきたすものではなかつた。又一人住いのホステスが入居することは、入居資格からみて許されず、現実にも存在しない。

したがつて、本件ビルは、利用の点においても法令の目的に合致し、公共の目的にかなうものである。

第三  証拠<略>

理由

一原告らの居住、生活関係

<証拠>を総合すると、原告河合を除く他の原告らが、本件ビルが建築される以前から引き続いて別紙第一図面記載の位置に存在する各建物に右図面記載のとおりそれぞれ居住していること、これらの建物のうち原告阿部の居住する建物は同人の所有であり、原告井上の居住する建物は日本基督教会札幌豊平分会の所有であり、原告前田の居住する建物は同人の父の所有であり、原告菅原の居住する建物は同人の子の所有であること、原告河合は本件ビルの建築前から前記所有建物に居住していたが、昭和四五年二月、肩書地に転居したことが認められ、これに反する証拠はない。

二被告建物(本件ビル)の状況

本件ビルが昭和四四年二月工事に着工されて翌昭和四五年六月完成されたものであつて、その規模が、北東から南西にかけての長さ約八〇メートル、高さ三一メートルの地上一一階建であり、その北東側が主要幹線道路である国道三六号線に面していることおよび本件ビルが存在する豊平区豊平三条一丁目附近が札幌市の中心部から約二キロの距離にあり、商業地域で準防火地帯に指定されていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件ビルは、被告公団と訴外株式会社富士興業社が共同して建築したものであり、右国道に面した建物の幅が一五メートル、奥行(前述した北東から南西にかけての長さ)が約八〇メーであつて、その平面は細長い長方形をなしていること、被告公団は、各階とも701.28平方メートルの面積を有する本件ビルの三階ないし一一階の部分(被告の専有部分は各682.80平方メートル)を所有していること、本件ビルと原告らの前掲各建物は別紙第一図面記載の如き位置関係にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

三原告らの被害と受忍限度

住宅において日照、採光を確保することが快適で健康な生活のために必要な生活利益であることは何人も否定しえないところであり、昔から現在に至るまで、住宅建設にあたり、事情が許す限り、日照、採光が十分にはかられてきたことは公知の事実であつて、かかる生活利益には人権尊重の立場からも可能な限り法的保護を与えなければならない。また、近接の建物によつて圧迫感を受けたり、極端に眺望を妨げられ、あるいは、自然の通風を著しく上回る強風にさらされることなどのない状態を住居において享受することもまた右と同様の趣旨において生活利益にほかならず、日照、採光ともども保護に価するものというべきである。

そして、土地の使用権者がその地上に建物を建築することは本来適法な行為であるが、当該建物がその規模、構造、用途等から見て近隣の土地の通常の利用方法を逸脱し、ないしはそれとの調和を欠くものであり、かつ築造される建物により、従来他人が享受していた日照、採光等を阻害し、その程度が社会生活上一般に著しいと考えられかつ阻害が長期に亘り、容易に阻害を免れうる手段、方法がなく、これを免れるためには無視しえない負担を蒙る場合には、右の阻害は社会一般に要求される受忍限度を超えるものというべきであつて、かかる建物を建築所有することは、特段の事由がないかぎり違法性を帯び、生活利益の侵害として不法行為を構成するものといわなければならない。

そこで本件につき、これらの点について検討する。

(一)  阻害の程度

<証拠>を総合すると以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる確証はない。

本件ビルの建築前は、その敷地上には、昭和五年ころから平家建の家が並んで建つており、昭和三七年前後から本件ビルが建築されるまでは空地となつていたため、本件各建物は日照、採光ともよい建物であり、特に南東側に位置する原告阿部、原告河合、原告山根らの居住する建物についての日照、採光は極めてよかつた。また、原告らの右各建物において眺望を妨げるものはなく、近隣と比較して右各建物のみが特に強風にさらされる如き状態も全くなかつた。ところが、本件ビルが建築された後は、本件ビルの影が本件各建物を覆うようになり(本件ビルと本件各建物との相互の立体的な位置関係はおおむね別紙見取図のとおりである。)、右建築前と比較すると、本件各建物に対する日照は、夏至においても減少したが、とりわけ冬至においては、おおむね原告菅原方では午前一〇時半まで、同前田、同井上方では午前一一時半まで、同松浦、同山根方では午後一時まで、同米田、同河合方では午後一時半まで、同阿部方では午後二時まで日が全くあたらなくなり、右時刻後は部分的に日照を受けられる状態が始まり、完照状態に至るが、日没(冬至における日没時は午後四時三分)までに完全に日照を享受できる時間は、おおむね原告菅原は、四時間半、原告前田は三時間、原告松浦は二時間半、原告井上、同米田は各二時間、原告山根、同河合、同阿部は各一時間半にすぎない状態となつた。このため、各原告とも冬期は室内の温度が低く、暖房費がかさむようになつた。さらに採光についても、本件各建物は窓が主として東南側にあり、また、本件ビルの壁面との距離は、原告阿部、同河合、同山根、同井上の各建物については約四メートル、同米田、同松浦、同前田、同菅原の各建物については約一二メートルにすぎないために、本件ビルによる遮光の結果、各建物内の採光が著しく減退し、検証を行なつた昭和四八年一〇月二日午前一一時ころから同一一時三〇分ころの間において(検証時の天候曇り)、原告阿部方の東南に面している一階居間兼寝室は二ルックス(部屋中央部で測定、以下同じ)、北西に面している一階子供部屋は二ルックス、東南に面している二階居間は九ルックス、原告河合方の一階南東端の居間は五〇ルックス、一階南東に面している台所が一ルックス、二階南東端の居間が八〇ルックス、原告山根方の南西端の居間は一一ないし八〇ルックスであり、同日午前一一時四〇分から同一一時五〇分の間において(検証時の天候雲の間から陽がさしている。)、原告井上方の一階南西に面した書斉は六五ルックス、一階南東に面した居間は六ルックス、二階南東に面した寝室は一二〇ルックス、原告菅原の一階東に面した居間は一五〇ルックスであり、同日午前一一時五〇分ころから午後一二時二〇分ころにおいて(検証時の天候曇り)、原告前田方の一階南西に面した部屋は三五ルックス、原告松浦の一階南東に面した子供部屋は三八ルックス、二階東南に面した居間は四五ルックス、原告米田の南東端の居間は七五ルックス、右時間内で雲の間から太陽がさしている場合の原告前田方二階南西に面した寝室は一五五〇ルックスであつて、これらの数値は、測定の位置、天候等の相違により顕著に変動するものであるから、標準的数値との比較には慎重を要するが、右測定当日の天候が曇りであつたこと、測定位置の選定が必ずしも画一的ではなかつたこと等を考慮しても、おしなべて、一般に住宅内で必要と考えられている照度七〇ないし一五〇ルックスにかなり不足しているものということができ、このため昼間も点灯することを余儀なくされている部屋が少くない。

眺望については、高さ三一メートル、奥行き約八〇メートルの本件ビルが本件各建物の南東側に前述したわずかの間隔をおいただけで聳えているために、同方向の天空への視界が大きく遮断され、本件各建物とも、南東方向への眺望がほとんどきかない状況にある。これとともに、本件ビルがもたらす圧迫感も軽視できないものがあり、本件ビルが、原告阿部、同河合、同山根、同井上らの各建物にのしかかるような感じでそそり立つているために、右原告らにとつては深い谷間の底から絶壁を見上げる感があるばかりでなく、本件ビルにより反対側の地域から遮断されたような疎外感を受け、その他の原告にとつても疎外意識を払拭することは困難であり、かつ午前中は前記の如く日照、採光が不十分であるため、その圧迫感は倍化されている。風害については、数量的な把握は困難であるが、本件ビル完成前に較べて本件建物をめぐる風の動きが、格段に強くなつていることが看取され、とりわけ、本件ビルに近接しているために前述のように日照の阻害が著しい原告阿部、同河合、同山根、同井上らの各建物において心理的にも無視しえない強度なものとの印象を与えている。

以上のとおり認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右する証拠はない。

なお、<証拠>によれば、模型を用いた実験等により、高層建物の周辺における風の動きにつき、或る程度の法則が発見されていることを認めることができるが、本件ビルにこれをあてはめた場合本件各建物の近辺において、様々な方向から流れてくる気流が現実にどのような動きを示すかは必ずしもあきらかではない。

右事実によると本件ビル建築の結果、本件各建物は、本件ビルの建築前に比し、日照、採光、眺望が著しく阻害され、風害さらには圧迫感がこれに加わつて住居適応性を相当程度欠く結果をきたしており、隣地が空地であることを原告らは期待しえぬまでも、後記の如き付近一般に存在する建物と同程度の建物が仮りに建築されたとした場合と対比すれば、その阻害の程度は著しいと評価せざるを得ない。なお、札幌市においては、冬期間は、日照を十分に享受しても暖房を施さずに生活することはできないが、さればといつて日照に対する依存度が温暖な地方に較べて低いものということは到底できず、むしろ寒冷地においてこそ日照をより尊いものと考えるのが住民の素朴な感情に合致するといえよう。

(二)  地域性

<証拠>を総合するとの本件各建物および本件ビルが存在する位置は、札幌市の中心部である薄野交差点から南東約1.1キロメートルの距離にあり、本件ビルは、札幌市から千歳市をへて苫小牧に通ずる幅員二七メートルの主要幹線である国道三六号線にその北東側が面していること、右各建物が存在する地域およびその近辺は商業地域に属するが、この地域に存在する建物は、国道沿いに若干の二、三階建程度の商店が存在するほかは、一、二階程度の居住用木造建物が大部分であつて、このような低層建物が密集するなかで、高層ビルとしては、前記国道をはさんで本件ビルの筋向いに一〇階建の阿部ビルがあるほか、国道沿いに五階建のフジヤ、メイツレーン裏の七階建マンション、五階建の金谷病院、七階建の大友ビル等が点在していること、しかし、これらの高層建物のなかでも、本件ビルはその規模が大きい点において群を抜いた存在であることが認められる。右事実ならびに当裁判所に顕著な札幌市の住民増等を考慮すると、少くとも右地域のうち国道沿いの区域およびその附近は実質的にも商業地域であり、漸次高層化してゆくものとみられ、他の区域も将来の住宅事情いかんによつてはある程度高層化せざるを得ない地域であるともみられるが、いずれも今後なお相当長期間にわたり木造二階建程度の建物が多数を占めるものと推認される。

右状況からみると、本件ビルの建築はその規模から言つて、当該地域の通常の利用方法をはるかに超えているものといわざるを得ない。かような場合、周辺の建物との間隔を十分に保つことによつて地域との不調和を緩和することが考えられるが、前述した本件各建物との距離からみれば、本件ビルにつき、そのような配慮がなされていないことがあきらかである。

なお、<証拠>によれば、本件ビルが四階建であるとしても、原告らは日照に関しては一一階建の場合と大差のない被害を蒙ることがあきらかである。そこで、かりに本件ビルが四階建であつたとした場合に、これが、この地域の一般の土地利用に適合するものであるとすれば、少くとも日照、採光に関するかぎりでは、被害において大差のない一一階建についても、地域性に関しては、四階建と同列に評価すべきであるとの見解がありえよう。しかし、かりに本件ビルが四階建であつたとしても、その平面積の大きさと原告らの建物との距離関係および検証の結果によつて認められる本件ビルを取り囲む区域に存在する建物の規模およびその密集度を考えると、やはりこの地域の通常の土地の利用方法からみれば異例のものであるというほかはなく、結局本件ビルにつき、四階建の場合との対比において特段に考慮すべき程の問題は存しないというべきである。

(三)  原告らの損害に関する附随的事情

本件各建物はいずれも本件ビルの建築前から存在し、原告河合は転居しており、又原告井上は建物を自ら所有している訳ではないが、原告河合を除く他の原告らが早急に他に移転し、あるいは損失を蒙ることなく建物を買い換えるということは該土地の便益を考慮するとにわかに考え難く、仮に改造して採光をある程度改善しうるにしても、主として西側からの採光によるほかはないから十分なものではなく、又そのための出損も無視しえないものといえる。

そうすると、原告らは、被害を容易に回復ないし回避しえない立場にあるものということができる。

また、原告井上、同前田各本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、同原告らは各居住建物につき、本件ビルによつて減退した日照と採光の若干を回復する目的で窓の設置等の改造を行ない、これによりいずれも改造費用として各主張の金額程度の金員を支出したことを認めることができる。

以上の(一)ないし(三)の各事情を綜合すると、原告らの受けている被害は、程度の差こそあれ、いずれも、受忍限度を超えているものと評価することができる。

(四)  被告側の事情

もつとも被告公団が住宅不足の著しい地域において集団住宅の大規模な供給を行なうことを目的とする法人であり、本件ビルの建築は右事実の一環としてなされたものであることおよび本件ビルはいわゆる市街地住宅であつて、被告は本件ビルのうち三階ないし一一階の各全部を所有し、これを合計一一六戸の賃貸住宅として昭和四五年七月以降一般に賃貸していることはいずれも原告のあきらかに争わないところである。しかして、最近においても住宅に困窮する世帯が少なくないために、公営住宅に対する需要は根強いものがあり、市街地における公営住宅においては入居希望者がとりわけ多い実情にあることは一般に顕著な事実であるから、本件ビルは、かかる社会的需要に対応するものであつて公共性が高く、この点において、もつぱら営利を目的とする建築物とはあきらかに区別されなければならない(この点につき、原告らは、本件ビルには不正入居者が多数おり、本件ビル建築は被告の事業目的に適合していないので公共性に欠ける旨主張するが、本件ビルへの入居資格や入居者選出方法について、被告が建築した他の集団住宅の場合とことさら異なる基準が設定されたことを認めるに足る証拠はなく、かりに被告が設定した基準を潜脱して不正に入居した者があつたとしても、それは運用の当否の問題にすぎないから、そのことの故に本件ビルの公共性が減殺されるものではない。)。

しかし、建物が右のような意味において公共性を有することは、近隣の居住者の私的利益に対する不法行為の成否の問題に関するかぎりでは、当該公共性ある建物の所有者に関する主観的ないし固有の事情の一つにすぎないというべきであるから、かかる公共性の故に日照等の生活利益の侵害につき直ちに責を免れうるものではないこともちろんであり、結局、建物のその地域に対する適合性、侵害の程度等の違法性に関する他の要素からみて一般的には被害が受忍限度を超えていると解される場合であつても、その程度が必ずしも著しいものではなく、右の公共性等の不法行為者側の事情との比較衡量の結果違法性を欠くものと評価される場合がありうるにすぎないというべきである。

そして、本件ビルにつき、右の公共性の点のほか被告側に有利な事情についてみるに、前述したように、本件ビルは、需要の多い市街地の賃貸住宅用に建築されたものであり、前述したその位置および環境からみて、本件ビルの敷地は、このような市街地住宅としての立地条件として不適当なものではないということができる。そして、前述した本件ビル建築の目的および経緯に徴すると、本件ビルの建築行為が原告らに対する害意から出たものでないことは明らかである。さらに本件ビルの建築がその当時の建築基準法および札幌市条例に違反していないことは本多証人の証言および弁論の全趣旨によつてあきらかであり、また、本件ビルの建築もしくは存在につき、民法の相隣関係に関する規定に牴触する点が存在することを認めるに足る証拠はない。そして、<証拠>を総合すると、原告らを含む附近住民が本件ビルの外郭がほぼ出来上つた昭和四五年五月ごろ、被告公団に対して日照妨害等について話合いの申入れをし、善処を求めたのに対し、被告はテレビ等の電波妨害についてはその責任において解決したことが認められる。しかしながら、公共性をはじめとする被告側の右諸事情をもつてしても、原告らに何等かの補償をし、あるいは転居先等につき特段の便宜を供与し、もしくは原告ら住民の同意を得て利害の調整をはかつたという事情が認められない本件にあつては、前述した原告らの受忍限度を超える旨の評価を左右するとまでは認め難く、結局これらの事情は、慰藉料の認定につき斟酌すべき事情たるにすぎないというべきである。

そうすると、被告が本件ビルを建築したことは原告の生活利益に対する違法な侵害であるから、被告は原告らに対し、本件ビルの建築によつて原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。

四損害額

当裁判所は、被告が本件ビルを建築したことにより原告らの法的保護に値する生活利益そのものが侵害されたのであり、原告ら主張の財産権についての損害は、生活利益の毀損に包摂されるものないしはそれが毀損されたことによる反射的不利益にすぎないので、毀損された生活利益そのものの内容を把握してそれに金銭的評価を与えれば足りると考えるものである。すなわち、原告らの主張する数々の財産的損害は生活利益の喪失を知るための間接事実にすぎないとみるのが相当である。

そこで、当裁判所は、侵害された原告らの生活利益(それは原告ら本人だけでなく、その家族も含めて考慮する。)のうち、重視すべき順序として、日照と採光をまず第一に、次に眺望阻害と圧迫感を、第三に風害を位置づけ、かかる生活利益の毀損につき、前述した原告らが蒙つた財産上の諸損害と被告における本件ビルの公共性等の被告に有利な事情を斟酌しつつ金銭的評価をし、これから個別的減額事由として、後記の如き転居していることもしくはその可能性、原告らの建物の位置と周辺の状況および本件ビル建築前の日照阻害状況等を斟酌し、これらの事情を綜合して、以下のとおり慰藉料額を決定した。

すなわち、日照と採光については、原告阿部、同河合、同山根、同米田は各金七〇万円、同井上、同松浦は各金五〇万円、同前田、同菅原は各金三〇万円、眺望阻害と圧迫感については、原告阿部、同河合、同山根、同井上は各金二〇万円、同米田、同松浦、同前田、同菅原は各金一〇万円、風害については、原告阿部、同河合、同山根、同井上は各金一〇万円、同米田、同松浦、同前田、同菅原は各金五万円とし、<証拠>から認められる事情即ち原告河合は、昭和四五年二月、他に転居し、爾来その建物を他に賃貸していること、原告山根は、夫婦共稼ぎをしていて、昭和四八年九月に老母が他に転居してからは、昼間は同人宅には誰もいないこと、原告井上については、同人の居住建物が教会の所有に属するものであり、その地位からみて将来勤務地の変動もあり得るところから、転居の可能性が他の原告らに比較してある程度高いこと、原告米田については、原告阿部所有の家屋および自己所有の倉庫が存在するため、南東方面からの日照がもともと少なく、また、建物が国道に面しているところから、眺望阻害、圧迫感がかなり緩和されていること、原告松浦、同前田、同菅原については、原告河合、同山根、同井上らの各建物が本件ビル建築以前から存在したために、南東方面からの日照がもともと少なかつたこと等の減額事由を斟酌して前述した各原告ら毎の損害の合計額から原告阿部を除く各原告につき減額し、結局、慰藉料として、原告阿部に対しては金一〇〇万円、同山根に対しては金九〇万円、同井上および同米田に対しては各金六〇万円、同松浦に対しては金五五万円、同河合に対しては金五〇万円、同前田に対しては金四〇万円、同菅原に対しては金三五万円が相当であると認めた。

なお、右によれば、原告阿部および同河合については、同人ら主張の額を超えて慰藉料を認容することとなるが、右認容額は、原告阿部および同河合が本件ビル建設による損害賠償として請求する額の総額をいずれも超えるものではない。しかして、一般に不法行為に基づく損害賠償の請求においては、加害行為と被害法益につき、同一性があきらかにされる程度に特定が必要であり、かつそれで充分と考えられ、これに照応して訴訟物の個数も加害行為と被害法益の個数により決定されるといえるから、一個の加害行為によつて侵害された一つの法益につき、財産的損害と精神的損害の各賠償を求める場合においても、請求としては一個であり、結局財産的損害と精神的損害の区別は、一つの不法行為から生ずる損害の算出方法の区別にすぎないと解される。

本件においては、前述のとおり被告が本件ビルを建築したことにより原告らの生活利益が侵害されたものであつて、請求は各原告毎に単一であると解されるから、裁判所が原告ら主張の慰藉料額を超えた額を認容しても、認容額の総額において各原告につきその請求総額を超えない限り、民事訴訟法一八六条違背の問題を生ずるものではない。又、慰藉料額の算定根拠に関する当事者の主張事実は、精神的損害についての当事者の評価の根拠をあきらかにしたにすぎないものであるから、裁判所はかかる主張に拘束されるものではなく、訴訟資料にあらわれた斟酌すべき事情に基づいて適当とする額を定めうるものである。

五以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、右各慰藉料として、原告阿部については金一〇〇万円、同山根については金九〇万円、同井上および同米田については各金六〇万円、同松浦については金五五万円、同河合については金五〇万円、同前田については金四〇万円、同菅原については金三五万円と右各金員に対する不法行為の日以後である昭和四七年一二月七日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行およびその免脱の宣言につき同法一九六条一項、三項を各適用して、主文のとおり判決する。

(橘勝治 佐々木一彦 古川行男)

日照時間表

原告氏名

井上

前田

山根

菅原

松浦

米田

河合

日照の始期

一一時四五分

一一 三五

一三 〇〇

一〇 四〇

一二 四〇

一三 二〇

一三 三五

中間時

一二時五〇分

一二 二五

一三 五〇

一一 三五

一三 〇五

一三 三五

一四 〇五

完照時

一四時〇〇分

一三 一〇

一四 四〇

一二 二五

一三 三〇

一三 五〇

一四 三〇

注 12月20日(冬至)の

日出    7時2分

日入    16時3分

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例