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札幌地方裁判所 昭和49年(わ)558号 判決 1974年12月17日

被告人 志賀和男

昭二八・六・二〇生 無職

主文

1被告人を懲役三年六月に処する。

2未決勾留日数のうち八〇日を右刑に算入する。

3押収してある丸善モーターオイル・四リツトルかん一個(昭和四九年押第一六七号の一)、ポリエチレン容器入りのガソリン(同号の一の二)、濃紺のポロシヤツ様の布切れ三片(同号の二)、マツチ小箱一個(同号の九)、皮ケースつき登山ナイフ一丁(同号の一〇)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、札幌市内の中学校を卒業後、同市内の会社に勤めたり、遊技場や塗装店に勤めたり、或いは自衛隊に入隊したりしたが、いずれも長続きせず、最近は仕事につかず徒食していたものであるが、数年前からアメリカ合衆国とソヴイエト連邦に対し、両国がそれぞれ東洋民族を蔑視し東洋を侵略などしたとして反感をもつとともに、そのころから新聞紙上などで報道されるパレスチナゲリラの行動や連合赤軍などの過激行動に興味、共感をもつようになり、とくにアメリカ合衆国に対しては、同国が太平洋戦争やベトナム戦争などにおいて日本人ら東洋人を多数殺りくしたとして、強い反感をもち、そのため、銃器等の武器を入手して、在日米国軍人を襲撃しようなどと考えたりしていたものであるが、

第一、右のような米合衆国に対する反感を強めたあげく、長崎原爆記念日を期してアメリカ合衆国在札幌領事館に放火して同国に報復しようと考え、昭和四九年八月九日午後一〇時一二分ごろ、札幌市中央区北一条西一三丁目所在の同国領事ステイブン・エム・エクトンらが居住する右領事館(木造トタン葺き一部二階建、延坪数四七八・四平方メートル)の北側ブロツク塀を乗り越えて同領事館内裏庭に侵入したうえ、予め用意して運搬してきた、四リツトル入りオイル缶の中に同量のガソリンを入れたものの上部に直径約五ミリメートルの小穴一六個をあけ、かつ同缶の注入口に点火装置とするための布片を挿入して作つた「火炎びん」の右布片に所携のマツチで点火し、これを同領事館裏玄関めがけて投げつけてガソリンに引火・炎上させて放火し、もつて、「火炎びん」を使用して他人の財産に危険を生じさせるとともに、人の現住する同領事館を焼燬しようとしたが、同領事館従業員に発見されて消しとめられたため、右裏玄関ガラス戸等に油煙を付着させたにとどまり、放火の目的を遂げなかつた、

第二、業務その他の正当な理由による場合でないのに、同月一〇日午前四時三五分ごろ、同区南九条西二三丁目先路上において、刃体の長さ約一四センチメートルの登山ナイフ一丁を携帯した、

ものである。

(証拠の標目)(略)

なお以上の事実のうち、被告人が領事館建物に放火の意思を有していたとの点については、被告人が右に述べたとおりの外形的行動に出たこと自体と、被告人が捜査官の取調べに対し右放火の動機およびその犯意を詳細に供述していることにより十分これを認めることができる。もつとも被告人は公判廷において右犯意を否認し、被告人としては、たんに領事館の邸内の庭にガソリンかんを投げて炎上させ、これによつて米合衆国に対する抗議の意思を表明しようとしたにすぎない、捜査官に対し供述したところは、取調べを早くすまそうと思つて、デツチあげをし、行き当りばつたり、いい加減に述べたにすぎないなどと供述しているが、被告人のこれらの供述はとうてい信用することができない。

(弁護人の主な主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行当時、精神分裂病に罹患しており心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたと主張している。証拠を検討すると、検察官が被告人について最初に依頼した精神鑑定である医師中江孝治作成の鑑定書によれば、被告人は慢性精神分裂病ないし少くとも境界線分裂病と診断されており、これが信用できるとするならば、弁護人の右主張は理由があるものといえる。しかしながら、中江医師の行つた右鑑定は、いわゆる外来鑑定として行われ短時間内の問診や若干の心理テストの結果などに基づくものであつて、必ずしも十分の時間をかけ、多方面から診察したものでないことが窺われ、このことと次に述べる山下格医師の鑑定結果を合わせると、中江医師の右鑑定結果はにわかに信用しがたいものである。山下鑑定書によれば、同鑑定人は被告人を北大病院精神神経科病棟に一五日間入院留置させたうえ、その間、同医師が頻回に被告人に面接するとともに専門の心理学士に依頼して各種の心理テストを行い、また入院期間中における被告人の生活態度、行動状況についても仔細に観察するほか、被告人の父母にも二回にわたつて面接して事情を聴取するなどして診察したものであり、その結果、同鑑定人は被告人について、知能が限界級にあつて思考範囲および知的関心の範囲がかなり狭いこと、性格的にも対人接触面において劣等感がつよく孤独、臆病で絶望感に陥り易い反面、自己顕示、易刺激的で攻撃的行動に出る傾向が強いなどの偏倚が認められるが、犯行当時、精神分裂病その他の精神疾患に罹患していた形跡は認められない旨診断している。山下鑑定人の右鑑定方法は詳細かつ多方面に及び、右診断の理由として説明しているところもすべて十分に首肯するに足るものであり、そこで触れられている被告人の知能、性格特徴に関する具体的叙述も被告人の当公判廷における供述や供述態度などと対比してなんら矛盾するところも認められず、同鑑定人の診断結果は十分に信用しうるものと認められる。とくに中江鑑定人の診断の基礎とされている被告人の精神状況の特徴、すなわち被告人が「周囲を強く感ずる、あたりを甚しく気にする。近所の人や通行人も気にし、人をおそれている」、また「人から蔭でいわれている、父に対しても敵意をもち、いつも悪意にみちた皮肉をいうと考える」などの被害、関係妄想を有していることや、中学生の頃から「いつも不安で落ちつかず、すぐ神経質になり、自我に閉じこもり、他人と協調してゆけなくなる」などの感情、行動の異常性―これは弁護人においてもその論旨の中で大いに強調しているところであるが―についても、山下鑑定人は十分な検討を加えたうえ、結局それは被告人の知能、性格について認められる前述のような諸偏倚に由来して発展したものにすぎなく、精神分裂病に特有な、当該個人の生活歴や生活環境からは理解しがたい、非連続で病的な過程をとつて生じたものとは認められないこと、精神分裂病に不可欠な特徴である感情の鈍麻や察知体験を中心とした病的体験などは、繰返えし検索したが、全くこれを見出すことができなかつたというのであり、以上の諸点に照らすと、被告人について精神分裂病その他の精神疾患の罹患は認められないとした山下鑑定人の鑑定結果は信用すべきものであり、弁護人のこの点の主張は採用できない。

次ぎに、弁護人は、被告人が使用した判示第一掲記のガソリン入りオイルかんにつき、火炎びん処罰法にいう「火炎びん」というためには、ガラスびんに性状が類似し、それと同程度に投てきし易い容器でなければならないところ、右オイルかんはこのような性状を有しないから「火炎びん」に当らない旨主張するが、右オイルかんはいわゆる四リットル入りの容器であり、その大きさ及びこれにガソリンを入れた場合の重量からして、運搬が容易であり、かつ攻撃対象に向けて迅速、容易に投擲しうるものであること、また、それはガラスびんのように破砕性を有しないが、これに判示のような細工をしてガソリンを入れ点火して投擲した場合、内部のガソリンが相当広範囲に流出又は飛散し、ガラスびんを容器に用いた場合に比べなんら遜色のない程度の危険を招来することが認められるから、同法にいう「火炎びん」に該当するものと解すべきであり、この点の弁護人の主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一の住居侵入の点は刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条に、火炎びん使用の点は火炎びんの使用等の処罰に関する法律二条一項一条に、現住建造物放火未遂の点は刑法一一二条、一〇八条に、判示第二の銃砲刀剣類所持等取締法違反の点は、同法三二条二号、二二条にそれぞれ該当するところ、第一の住居侵入の所為と現住建造物放火未遂の各所為の間には手段結果の関係があり、また、火炎びんの使用と現住建造物放火未遂の各所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い現住建造物放火未遂の罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、また、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択するが、第一の罪は未遂であるから同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をなし、右は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、但書、一〇条により重い第一の罪の刑に法定の加重をし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。押収してある丸善モーターオイル四リツトル缶一個(昭和四九年押第一六七号の一)、ポリエチレン容器入りのガソリン若干(同号の一の二)、濃紺のポロシヤツ様の布切れ三片(同号の二)は判示火炎びん使用の犯罪行為を組成したもの、押収してあるマツチ小箱一箱(同号の九)は右現住建造物放火未遂の犯罪行為に供したもの、皮ケース付き登山ナイフ一丁(同号の一〇)は判示第二の犯罪行為を組成したもので、いずれも被告人以外の者の所有に属しないものであるから、同法一九条一項一号、二項により、それぞれこれを没収することとする。

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