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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)284号 判決 1978年1月25日

原告 藤田康春

右訴訟代理人弁護士 佐藤義雄

被告 斎藤勝子

右訴訟代理人弁護士 斎藤忠雄

同 金子利治

右訴訟復代理人弁護士 馬場正昭

同 川村昭範

同 飯野昌男

主文

一  被告は、原告に対し、別紙第三目録記載の工作物を収去して、別紙第二目録記載の土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

主文と同旨。

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  原告の亡父藤田藤太郎は、昭和二一年三月、被告の亡夫斎藤武之助に対し、その所有する別紙第一目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、普通建物所有の目的で賃貸し、その後昭和二九年二月一〇日、右賃貸借につき期間二〇年、賃料月額一、二六〇円とする旨約定した。

二  藤田藤太郎は昭和三六年五月一七日に死亡したので、原告が相続により本件土地の所有権を取得して賃貸人としての地位を承継し、また、斎藤武之助は昭和三三年四月八日に死亡したので、被告が相続により賃借人としての地位を承継した。なお、本件土地の賃料月額は、昭和四七年七月二五日に成立した和解に基づき、現在五、二〇〇円になっている。

三  被告は、本件土地のうち、別紙第二目録記載の土地上に別紙第三目録記載の工作物を、その余の土地上に家屋番号一〇番、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅、床面積一二四・五八平方メートル及び木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建共同住宅、床面積四〇・七九平方メートル(添付図面参照)を所有している。

四  原告は、昭和四八年二月一三日、被告に対し、本件賃貸借を期間満了時に更新しない旨の意思表示をした。

五  原告の右更新拒絶には、少なくとも別紙第二目録記載の土地につき、次のような正当事由がある。

1 原告は、妻及び二児と一緒に国鉄アパートに居住しているが、同アパートは、六畳二間、三畳一間の広さしかなく、そのうち六畳一間は、子供達の勉強部屋として使用している。そのため、原告の住宅は、日常生活上も狭く、これが家庭内に摩擦を生じる原因にもなっていたので、原告は、かねて本件土地上に住宅を建築する計画をしていた。

2 その矢先、原告は、これまで原告の姉夫婦と一緒に生活していた老母を引き取らなければならなくなったが、現在の住宅では母と同居することが困難なので、住宅を建築する時期を早めざるを得なくなった。

3 被告は、第三項記載のとおり本件土地を使用しており、二階建共同住宅を他人に賃貸している。しかも、右共同住宅は、前賃借人斎藤武之助が昭和二七年ころ無断で建築したもので、当時、この事実を知った前賃貸人藤田藤太郎がその収去を求めたが、無視されて現在に至っているものである。このような本件土地の使用状況の下では、被告が別紙第三目録記載の工作物しか存在しない別紙第二目録記載の土地を原告に明け渡しても、被告に格別の損害は生じない。

4 原告が別紙第二目録記載の土地上に建築予定の住宅は、六室を有する二階建住宅であるが、添付図面イ、ロ、ハ、ニ、の各点を順次直線で結んだ赤線よりも南側へ九〇センチメートル離し(この空間は、原、被告の共用とする。)、屋根の傾斜を東側にもうけて、隣接する被告所有建物及びその敷地への落雪防止、通風、採光に格別の注意を払っている。また、右住宅の北面には、被告所有建物のベランダを眺望するような窓を設置しないことにしている。

5 前賃借人斎藤武之助は、子供が学校を卒業するまで本件土地を賃借したい旨申し出たので、同人との間に、遅くとも昭和四九年二月一〇日までには明渡しを受ける約定がある。

六  よって、原告は、被告に対し、別紙第三目録記載の工作物を収去して、別紙第二目録記載の土地を明け渡すことを求める。

〔請求原因に対する認否〕

一  請求原因第一項ないし第四項の事実は認める。

二  同第五項につき、1のうち、原告が妻及び二児と一緒に国鉄アパートに居住していることは認めるが、その余の事実は知らない、2の事実は知らない、3のうち、被告が原告主張のとおり本件土地を使用しており、二階建共同住宅を他人に賃貸していることは認めるが、その余の事実は争う、4の事実は知らない、5の事実は否認する。

三  およそ、住宅に必要な敷地は、単にその建物の存在する敷地部分のみならず、住宅としての機能を十分全うし得るだけの広さを必要とする。物置、犬小屋は、日常生活を営むために必要であり、その敷地部分も同様である。しかも、別紙第二目録記載の土地は、被告所有建物及びその敷地の南側に隣接しており、右土地に二階建住宅を建築することは、被告が現在居住している平家建居宅の日照、通風を妨げることになる。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第一項ないし第四項の事実は、当事者間に争いがなく、かつ、原告が昭和四九年三月二七日に本訴を提起したことは訴訟上明らかなので、原告は、本件賃貸借の期間満了後被告の本件土地の使用継続につき遅滞なく異議を述べたものと認めることができる。

二  そこで、原告の本件更新拒絶及び土地の使用継続に対する異議に借地法所定の正当事由があるかどうかにつき判断する。

《証拠省略》によれば、本件賃貸借の期間が満了する昭和四九年二月一〇日当時、原告は、妻及び小学六年、同四年の男児二人と一緒に国鉄アパートに居住し、国鉄から受ける給料と妻の内職による若干の収入により生活しており、他に格別の資産がないこと、原告は、そのころ、これまで原告の姉夫婦と一緒に生活していた老母を姉宅の家庭事情から引き取らなければならなくなり、同年一一月から母と同居していること、国鉄アパートは、六畳二間(そのうち一間は台所である。)及び三畳一間しかなく、そこで家族五人が寝起きしていること、原告は、かねて本件土地上に住宅を建築する計画をしていたが、自己資金一五〇万円のほか、国鉄共済組合、住宅金融公庫から数百万円の借入れをして、本件土地のうち別紙第二目録記載の土地上に木造二階建住宅を建築することを念願しており、その際には、添付図面イ、ロ、ハ、ニの各点を順次直線で結んだ赤線よりも南側へ九〇センチメートル離して建築し、屋根の傾斜を東側にもうけ、右住宅の北面の窓を曇りガラスにするなど、その北側に隣接することになる被告居住の平家建居宅及びその敷地の日照、通風、落雪防止につき配慮していることが認められる。

次に、本件土地の賃料月額が昭和四七年七月二五日に成立した和解に基づき現在五、二〇〇円になっていること、被告が本件土地のうち別紙第二目録記載の土地上(面積一二二・五二平方メートル)に別紙第三目録記載の工作物を、その余の土地上(面積二九三・九九平方メートル)に家屋番号一〇番、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅、床面積一二四・五八平方メートル及び木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建共同住宅、床面積四〇・七九平方メートル(添付図面参照)を所有していることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、別紙第二目録記載の土地上には、物置、犬小屋の一部のほか、サクラ、オオテマリなどの樹木が植えられていること、本件土地は、地下鉄二十四条駅から数百メートルの近くにあって、付近一帯は住宅が密集しており、札幌市の発展に伴い近年地価が著しく高騰して三・三平方メートル当りの更地取引価格は二五万円ぐらい(昭和四八年度における本件土地の固定資産評価額は、七〇三万九、一〇〇円である。)といわれていること、本件土地の固定資産税及び都市計画税の合計額は、一年につき五万六、〇〇〇円ぐらいであることが認められる。

被告本人尋問の結果によれば、被告は、既に就職している息子一人及び娘一人と一緒に前記平家建居宅に居住し、子供達の給料、亡夫の恩給及び前記二階建共同住宅(昭和三三年建築)を学生に賃貸して得ている若干の賃料収入により生活していることが認められる。

右認定事実を勘案すると、原告は、六畳二間(そのうち一間は台所である。)及び三畳一間しかない国鉄アパートに三代にわたる家族五人が同居しており、国鉄から受ける給料と妻の内職による若干の収入のほか、他に格別の資産もないため、他から借金をしたうえ、自己所有地たる本件土地の一隅(別紙第二目録記載の土地)に住宅を建築したいと念願しており、その希望は、一般サラリーマンとして無理からぬものというべきである。他方、被告は、札幌市の発展に伴い近年地価が著しく高騰し、付近一帯も交通至便で住宅が密集している場所的環境の下において、本件土地の公租公課程度にすぎない低賃料で本件土地(面積四一六・五二平方メートル)を賃借し、その所有する床面積一二四・五八平方メートルの居宅で親子三人が同居しており、原告が本訴で明渡しを求めている別紙第二目録記載の土地上(面積一二二・五二平方メートル)には、物置、犬小屋の一部及びサクラ、オオテマリなどの樹木しかなく、大部分は空地にしているのであるから、その住宅事情は、原告よりもはるかに恵まれていることが明らかであり、このような土地の使用状況に照らし、別紙第二目録記載の土地を原告に明け渡しても、住宅部分には影響がなく、左程の痛痒を感じないものといわざるを得ない。もっとも、右土地上に原告が二階建住宅を建築するときは、被告が主張するように従前に比較してその北側に隣接することになる被告居住の平家建居宅の日照、通風などに支障が生ずることが予想されるけれども、この点については、原告も前認定のようにそれなりの配慮をしているし、札幌市のような大都市において土地を合理的に使用するのは必然の勢いであり、原告の右土地使用の必要性と右土地の場所的環境を考慮すれば、原告が建築を予定している二階建住宅の建築により日照、通風などに若干の支障が生じても、その程度の不利益は、被告として社会通念上受忍すべきものというべきである。

以上の諸事情を考え合わせると、原告の本件更新拒絶及び土地の使用継続に対する異議は、原告が本訴で明渡しを求めている別紙第二目録記載の土地につき、借地法所定の正当事由があるというべきであり(なお、本件土地のうち、その余の土地につき正当事由があるかどうかについては、原告において本訴でその明渡しを求めていないので、この点についての判断を特に示す必要がない。)、右土地についての賃貸借は、昭和四九年二月一〇日をもって期間の満了により終了したものといわなければならない。

したがって、被告は、原告に対し、その地上に存在する別紙第三目録記載の工作物を収去して、別紙第二目録記載の土地を明け渡す義務がある。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるので認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 星野雅紀 裁判官富田善範は、研鑽につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 安達敬)

<以下省略>

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