大判例

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札幌地方裁判所 昭和50年(モ)1204号 決定 1975年8月13日

申立人

上野恵美子

右代理人

森越博史

ほか二名

被申立人

上野久仁男

申立人は、右当事者間の当庁昭和五〇年(ヨ)第二三七号仮処分申請事件の仮処分決定に対し異議を申立て右決定にもとづく執行の停止を求めたもので、当裁判所は申立人に保証として金二、〇〇〇万円(札幌法務局昭和五〇年度金第三二八二号)を供託させ次のとおり決定する。

主文

申立人と被申立人間の当庁昭和五〇年(ヨ)第二三七号仮処分申請事件につき、当裁判所が同年六月一七日になした仮処分決定にもとづく執行は、右異議事件の判決をなすに至るまでこれを停止する。

理由

一本件申立の趣旨および理由

申立人は主文同旨の裁判を求めた。その主張理由は別紙添付の「仮処分異議申立に伴う執行停止申立書」および「仮処分異議申立事件に伴う執行停止申立事件準備書面」と題する各書面記載のとおりであるが、本件申立に関係ある主張は次のとおり要約できる。

1  被申立人を債権者、申立人を債務者とする右当事者間の当庁昭和五〇年(ヨ)第二三七号職務執行停止仮処分命令申請事件について、同裁判所は昭和五〇年六月一七日、「本案判決確定に至るまで債務者は手稲病院(札幌市手穂前田四〇二番地三所在)の管理者の職務を執行してはならない。」との仮処分決定(以下本件決定という。)をした。

2  しかし申立人が、右病院(以下本件病院という。)の実質上、の開設者であり、経営者兼管理者であつて、被申立人は形式上同病院の開設者というにすぎず、同病院の経営権も管理権も有しない。仮に被申立人が本件病院の開設者であり申立人を同病院の管理者として選任した関係にあるとしても、被申立人が申立人にした管理者解任の意思表示は無効であつて、申立人は依然として同病院の管理権者である。

よつて、いずれにしても被申立人は申立人に対し本件病院の管理行為をなすべからずとする不作為請求権を有しない。

3  ところで本件決定によつて申立人が本件病院の管理者としての職務を停止せられるにおいては、申立人が昭和四五年一〇月一日からこれまで整備してきた精神病院たる同病院の医療体制が崩壊しひいては申立人の名誉、社会的信用失墜を招く危険があり、かつ申立人が従前本件病院の経営者兼管理者として収得していた収入の途が閉され、ために申立人の負担において他から借入した同病院の建築資金の返済が不能となるため申立人は経済上破綻するおそれがある。

4  よつて本案裁判をまつにおいては回復し難い損害を被るおそれがあるので本件決定の執行の停止を求める。

二当裁判所の判断

(一)  本件申立事件の基本事件である当庁昭和五〇年(ヨ)第二三七号仮処分事件および当庁同年(モ)第一、〇〇四号仮処分異議事件の記録によれば、被申立人は申立人を債務者とし次の事由をもつて職務執行停止の仮処分申請をし、右は当庁昭和五〇年(ヨ)第二三七号事件として係属したものであるが、当裁判所は同年六月一七日本件決定を発し、同裁判は同月一九日申立人に告知されたことが一応認められる。

イ  被申立人は本件病院の開設者であるところ、昭和四五年一〇月一日申立人を同病院の管理者に指定しその経営を委任し職務を行なわせてきた。

ロ  被申立人は昭和五〇年四月二八日申立人に対し、右管理者たる地位を解任する旨意思表示した。

ハ  右により申立人は同病院の管理者たる地位を失つたに拘わらず、依然として管理者たることを主張し管理行為を行い、ために従業員の中にはその管理者が申立人であるのか被申立人であるのか混乱する者が多く、本件病院の診療業務の遂行に支障を来している。よつて被申立人は申立人に対し同病院の管理行為をなすべきからざる不作為請求権の保全のため本件決定をうる必要がある。

(二)  申立人は本件決定の執行停止を求めるところ、仮処分決定の執行停止については、その仮処分が満足的仮処分であり、その仮処分の執行により債務者に回復することのできない損害を生じさせるおそれがあり、かつ債務者の主張が法律上理由ありとみえ疎明ある場合に限り仮処分決定の執行停止をなしうると解するのが相当である。なお本件決定のごとき不作為仮処分については議論の存するところであるが、他の仮処分の場合と異なり不作為仮処分について執行停止をなしえないとする合理的理由はない。この場合右諸条件が具備する限り仮処分の効力の一時的停止の意味においてその執行を停止しうるというべきである。

(三)  ところで申立人が本件決定によつて不作為を命じられた本件病院の管理行為とは、その主文の内容および仮処分申請理由を総合すれば、単に医療法第一五条第一項および同法施行規則所定の管理行為に止まらず、これを含め本件病院の経営に関する管理行為一切をいうものと解せられる。

さて、前掲記録によれば、被申立人は本件病院の開設者であり経営者であつたところ昭和四五年一〇月医療法に則り申立人を同病院の管理者に指名し、その旨を北海道知事に届出たことになつているけれども、右管理者の指名は形式上のものにすぎず、実体的には右時点以降申立人が被申立人と交替して同病院の経営主体となつているものであつて、ただ開設者名義を被申立人から申立人に変更することなくこれをそのまま利用することにしたため医療法にもとづく手続の必要から形式上申立人を管理者として知事に届出たにすぎないものであること、申立人はその経営主体となつて以降同病院の財務・人事および医療すなわち同病院経営全般を管理し、自らの責任と負担において多額の融資を受け、これを同病院拡張のために投じ同病院の経営によつてうる収益をもつてその負債を弁済し、また精神科専門病院である本件病院の経営者兼管理者としてかつ精神鑑定医として、長期間にわたりその医療方針を樹てるなどしてきたものであつて、被申立人と申立人間に同病院の経営あるいは管理に関し使用者と被用者、委任者と受任者などといつたいわゆる主従の関係がないこと、しかるところ申立人が本件決定により本案判決確定に至るまで同病院の管理行為をなしえないとすれば、たとえ本案判決において勝訴したとしても、同判決に至るまでの間、借入した同病院拡張資金の返済の目途がないため判決時以前に金融機関の信用を失つて病院経営の経済的基盤の崩壊をみるおそれがあり、また判決時まで人事管理をなしえないため精神病院という特殊性ある本件病院の運営のため適切な人的手当をなしえずために人的側面から本件病院の維持を困難にするおそれがあり、更にはこれまで申立人が長期間に亘つて施してきた医療方針が中断されるために同病院の医療体制について社会的不信を招きひいては精神科鑑定医としての申立人の社会的信用を損うおそれがあること、の諸点が一応認められる。

(四)  さて本件決定はその内容に照らし満足的仮処分であることが明らかであるところ、以上認定の事実によれば、被申立人において申立人に対し本件病院の管理行為の不作為を求める請求権がないとする申立人の主張は一応認めることができ、かつ申立人は本件決定によつて回復し難い損害を被るおそれがあるということができる。

(五)  してみれば本件申立は理由があるから認容することとし、民事訴訟法第五一二条、第五〇〇条を準用して申立人に金二、〇〇〇万円の保証を供託させたうえ主文のとおり決定する。

(藤原昇治)

仮処分異議申立に伴う執行停止申立書<省略>

仮処分異議申立に伴う執行停止申立事件準備書面<省略>

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