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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)1104号 判決 1978年1月25日

原告 山口司

被告 国

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は、原告に対し、金二七四万五、〇八〇円を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  主文と同旨

二  原告勝訴で仮執行の宣言がされるときは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

(当事者間に争いのない事実)

一  仮差押え

1 訴外札幌丸三商興株式会社(以下「債権者」という。)は、昭和四二年九月八日、札幌地方裁判所に対し、訴外遠藤重夫(以下「債務者」という。)に対する一八万円の約束手形金請求権を保全するため、札幌市西区発寒一条四丁目三九二番地二九所在、家屋番号三九二番二九、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅、床面積一階三一・七七平方メートル、二階一二・四六平方メートル(ただし、当時未登記。以下「本件建物」という。)を、債務者所有の建物として不動産仮差押えの申請をし、右申請は、同日、同裁判所同年(ヨ)第五六七号事件として受理された。

なお、右申請に際し、本件建物が未登記であつたことから、これが現存すること及び当該建物の所有者が債務者であることを証明する書面として訴外今達夫(土地家屋調査士)作成の建物建築実地調査書、建物図面、札幌市長発行の公課証明書が添附されていた。

2 札幌地方裁判所裁判官は、被保全権利及び保全の必要性が具備されていることを認め、同日保証金四万円、その供託期間を三日間とする保証決定をし、債権者が右期間内に保証金を供託したので、同月一一日、仮差押えを認容する決定をした。

3 右仮差押決定に基づき、同月二二日、本件建物に対する仮差押えの嘱託が札幌法務局にされ、右嘱託は、同局において同月二三日受付第六六、五五四号をもつて受理され、仮差押登記が経由された。

ところで、本件建物については、それが未登記であつたことから、仮差押えの登記を登記用紙に記入する通常の方法によることができず、その前提として、まず、登記用紙中表題部に仮差押嘱託書に掲げてある不動産の表示(前記1に記載したとおり。)を記載し(不動産登記法一〇四条二項、一〇二条)、更に、甲区事項欄に所有者の氏名、住所を記載した後(同法一〇四条一項)、仮差押登記が経由されたのである。

二  強制競売の申立て

1 債権者は、債務者に対する前記仮差押事件の被保全債権について、札幌地方裁判所において債務名義を取得し(昭和四二年(手ワ)第三五一号約束手形金請求事件の判決)、その執行力ある正本に基づき、同年一二月二二日、同裁判所に対し、本件建物の強制競売の申立てをした(同年(ヌ)第一〇五号事件)。

右申立てには、本件建物の所有者が債務者であることを証明する書面として本件建物の登記簿謄本、競売価額決定の資料とするための札幌市長発行の公課証明書が添附されている。

2 札幌地方裁判所裁判官は、強制執行に必要な要件が具備されていることを認め、同日、本件建物に対する強制競売手続開始決定をし、その登記嘱託を札幌法務局にした。

なお、債務者に対する右決定正本の送達は、債務者の住居が不明であつたため、昭和四三年一月八日、公示送達に付されている。

3 右登記嘱託は、札幌法務局において昭和四二年一二月二三日受付第九七、二一一号をもつて受理され、強制競売申立登記が経由された。

三  競落

1 本件建物に対する強制競売は、最低競売価額を三〇万円、昭和四三年五月九日を第一回競売期日と定めたが、右期日に競買を申し出る者がなく、以後、次の経過を経て、昭和四五年二月一二日の第六回競売期日に、原告が一三万九、〇〇〇円で競買を申し出た。

表<省略>

2 原告の右競買申出に対し、札幌地方裁判所裁判官は、昭和四五年二月一七日、競落許可決定を言い渡し、原告は、同年三月一〇日、競落代金の全額を支払つた。

3 同年三月一八日、本件建物に対する所有権移転登記の嘱託が札幌法務局にされ、右嘱託は、同局において同月一九日受付第一八、八九〇号をもつて受理され、同年二月一七日競落を登記原因とする原告名義の所有権移転登記が経由された。

(原告の主張)

一  本件競売手続には、次のとおりの違法がある。

1 原告が競落した本件建物の所有者は、債務者ではなく、訴外鞠子ソデヨであつた。そのため、原告は、本件建物の所有権を取得することができなかつた。

2 右競売手続において、札幌地方裁判所裁判官から本件建物の評価を命じられた鑑定人小畑源三は、その提出した評価書(昭和四三年二月二〇日提出)において、「この建物の真実の所有権者は遠藤(債務者のこと)、鞠子の何れであるか再建築当時の経緯について一応調査し、現在の実所有者の区別を明らかにする要ありと考えられます。」と報告している。

3 右のような報告があつたときは、執行裁判所としてはその段階で競売手続を停止し、当該建物の真の所有者を調査すべき注意義務がある。それなのに、札幌地方裁判所裁判官は、右注意義務を怠り、漫然と競売手続を続行して本件建物の競落許可決定を言い渡した過失により、原告は、本件建物の所有権を取得することができず、第二項に記載する損害を被つたのである。

二  原告が前項の経過によつて被つた損害は、本件建物の時価六五万円、執行費用五万円、原告が支払つた競落代金一三万九、〇〇〇円に対する年一二パーセントの割合による六年分の利息一〇万〇、〇八〇円、公租公課二万円及び原告が得べかりし一か月二万五、〇〇〇円の割合による昭和四五年三月から昭和五一年七月までの本件建物の賃料一九二万五、〇〇〇円、合計二七四万五、〇八〇円となる。

三  よつて、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金二七四万五、〇八〇円を支払うことを求める。

(被告の主張)

一  原告主張事実に対する認否

第一項のうち、1及び3の事実を否認し、2の事実を認める。第二項の事実を争う。

二  本件競売手続は、その経過においてこれを停止・取消又は競落不許にしなければならない事由が全く存しなかつたから、これをしなかつた執行裁判所の行為に違法性はない。

1 およそ、強制執行が迅速かつ画一的に行なわれることは、執行債権者はもとより、執行制度の能率及び信用の上から特に重要である。けだし、執行の遅延は、権利者をして国家の執行制度に対する信頼を失わせ、また、義務観念をゆるめ、信用取引の基礎を危うくするに至るからである。この点から、行動の敏活、勢力的な執行機関を設け、執行の要件を容易にし、その手続を簡単にすることが要求される。

我が国の民事訴訟法において、執行機関は、実体法上の請求権の有無につき確認する権限を認められておらず、他の機関に確定させ、その存在を公証する書面(債務名義)に基づいて強制執行を実施するのであり、また、執行の対象物が実体法上執行債務者の責任財産に属するか否かについては、執行に際し、執行機関にこれを認定する権限を認めるのは不適当であり、その職責を認めると勢い執行を躊躇させる結果になることから、執行手続上では不問に付し、ただ、帰属の蓋然性を認めるに足りる外観・徴表を決定し、その存する限り執行して差支えないことにしている。すなわち、不動産の強制執行については、添附された登記官の認証書又は未登記のときは執行債務者の所有に属することの証明書(民事訴訟法六四三条一項一号、二号)をもつて所有者を確認しなければならず、それをもつて足りる。真の所有者が何人であるかは、受訴裁判所の判断事項であり、執行機関たる執行裁判所としては、登記簿謄本などの記載によつて処理するほかはない。

このように、執行機関には、執行の対象物が実体法上執行債務者の責任財産に属するか否かを認定する職責がなく、また、その権限もないのである。

したがつて、たとえ差押後何らかの資料によつて当該対象物の所有者に疑念が生じたとしても、その帰属については、民事訴訟法五四九条に定める第三者異議の訴えなどによつて受訴裁判所が専ら判断するのであり、また、強制執行を停止ないし制限するには、同法五五〇条所定の書類が執行機関に提出されなければならないのであつて、執行機関としては、強制執行手続を続行するほかはない。

これを本件について考えてみるに、鑑定人小畑源三の提出した評価書に本件建物の所有権の帰属につき疑義がある旨の記載があつても、執行裁判所としては、登記簿謄本上の記載に従うしかなく、その帰属について調査・判断する権限がないのであるから、これを調査すべき法的義務は発生していない。また、右のような記載のある評価書が提出されたことをもつて同法五五〇条に当たる場合と解する余地もないから、執行手続を停止ないし制限すべき法的義務も発生していない。

してみれば、強制執行を停止・制限することなく続行した執行裁判所の手続には、何ら民事訴訟法に違反するところがなく、適法であるから、不法行為の要件たる違法性を欠くといわなければならない。

2 更に、本件競売手続につき競落不許の事由があつたか否かについて検討する。

執行裁判所は、利害関係人の異議の陳述につき理由の有無を調査し、その異議を正当と認めれば競落不許の裁判をし(民事訴訟法六七四条一項)、また、利害関係人からの異議の陳述がなくても、職権で同法六七二条所定の異議事由の存否につき調査し、その結果異議事由が存するときは競落を許さない旨の決定をする(同法六七四条二項)。

ところで、同法六七二条に定める異議事由について考えてみるに、本件に関係があると考えられる同条一号前段にいう強制執行を許すべからざる場合とは、執行の一般要件の欠缺又はその不動産に対し競売のできない場合であることをいい、いずれも執行機関の調査すべき執行法上の事項をいうものであり、同号後段の執行を続行できない場合とは、執行の停止又は取消しの事由、競売申立ての取下げがあるような場合をいうと解されている。したがつて、執行債権の不存在や執行文付与の違法、更には当該不動産が執行債務者に属しないこと(ただし、目的不動産が登記簿上第三者に属する場合を除く。)も、同号に定められている異議事由には当たらない。

これを本件について考えてみるに、前記評価書の提出は、民事訴訟法六七二条一号に定める異議事由に当たらない。すなわち、同法五五〇条所定の執行手続の取消しないし停止原因たる書類の提出があつたものとは認められず、また、登記簿上の所有者は債務者になつていたのであり、他に競落許可についての異議事由を認めるべき証拠もないのであるから、本件競落を許す旨決定した執行裁判所の判断には、何ら違法がない。

第三証拠<省略>

理由

一  本件建物に対する仮差押えから強制競売の申立て及び競落に至るまでの経過は、事実欄の第二、当事者の主張(当事者間に争いのない事実)の項に記載してあるとおりである。

二  不動産強制競売手続において、執行機関たる執行裁判所は、執行手続の簡易・迅速を期するため、執行債権者の競売申立ての添附書類として既登記の不動産については登記官の認証書(民事訴訟法六四三条一項一号)、未登記の不動産については執行債務者の所有に属することを証明する証書(同条一項二号)が添附されていれば、それ以上に当該不動産の実体的帰属について顧慮することなく、これが執行債務者の所有に属することについて証明があつたものとして取り扱い、不動産強制競売開始決定をして競売手続を進行すべきものとされている。それゆえ、たとえ実体法上は当該不動産が第三者の所有に属する場合であつたとしても、その差押えは適法・有効であり、執行裁判所の担当裁判官が、このような差押えによる競落に対し許可決定を言い渡しても、特段の事情がない限り、職務上の過失は存しないというべきである。

三  これを本件についてみるに、第一項の事実によれば、本件建物は、未登記であつたことから、債権者が本件建物に対する仮差押えを申請した際、これが現存すること及び当該建物の所有者が債務者であることを証明する書面として訴外今達夫(土地家屋調査士)作成の建物建築実地調査書、建物図面、札幌市長発行の公課証明書が添附され、仮差押決定に基づき、本件建物に対する仮差押えの嘱託がされたが、仮差押えの登記を登記用紙に記入する通常の方法によることができず、その前提として、まず、登記用紙中表題部に仮差押嘱託書に掲げてある不動産の表示を記載し(不動産登記法一〇四条二項、一〇二条)、更に、甲区事項欄に所有者の氏名、住所を記載した後(同法一〇四条一項)、仮差押登記が経由されたのである。次いで、債権者による本件建物の強制競売の申立てには、本件建物の所有者が債務者であることを証明する書面として本件建物の登記簿謄本、競売価額決定の資料とするための札幌市長発行の公課証明書が添附されている。これによれば、債権者の競売申立ての添附書類は、本件建物の所有者が債務者であることを証明する書面として相当というべきであるから、この点について証明があつたものとして不動産強制競売開始決定をした札幌地方裁判所裁判官の措置は、適法であり、手続上の瑕疵は存しない。

ところで、本件競売手続において、札幌地方裁判所裁判官から本件建物の評価を命じられた鑑定人小畑源三が、その提出した評価書(昭和四三年二月二〇日提出)において、「この建物の真実の所有権者は遠藤(債務者のこと)、鞠子の何れであるか再建築当時の経緯について一応調査し、現在の実所有者の区別を明らかにする要ありと考えられます。」と報告したことは、当事者間に争いがない。そして、原告は、このような報告があつたときは、執行裁判所としてはその段階で競売手続を停止し、当該建物の真の所有者を調査すべき注意義務がある、と主張するのである。

しかし、右評価書(成立に争いのない甲第六号証)の他の箇所には、「本件建物は表示登記上(法務局備付建物公図)二戸建の内の南側部分となつておりますが、現在同建物に居住する鞠子ソデヲ(原文のまま)とその家族の申述によれば、本建物と接続している北側部分(添付建物公図(略)参照、家屋番号三九二番一)と合はせて一棟二戸を昭和三十七年頃某所より解体してきたものをそのまゝ現地に再建築したもので、遠藤と現入居者鞠子との二者による区分所有であつたが、遠藤と鞠子とは親戚の間柄で、遠藤所有の(北側)家屋を保存登記する際鞠子より遠藤に対し、保存登記を行ふのなら鞠子所有の家屋(南側一戸)も鞠子名儀で保存登記の手続をして欲しい旨依頼した処、保存登記は急ぐ必要なしと回答し、未登記のまゝ現在に至つておりますとの申述で、当時札幌市役所の調査の際一棟(二戸共)の建主は遠藤一人であると解釈し、固定資産台帳に記載したことに因り、固定資産税は遠藤名儀で課せられており、其後鞠子側は建築申告の手続、調査の際の立会が行われていないので、建主は遠藤であると認定して固定資産台帳に記載されていることを知らず現在に至つている由であります。」、敷地関係として、「本建物の敷地について地主河森タカ(手稲東在住)の申述によれば昭和三十五、六年頃遠藤重夫との間に本建物及び北側家屋の敷地一括して二八〇・九九平方米の土地の賃貸契約(三・三平方米当り一七円位の割合)がなされているとの事であり、本建物はその内約一三三平方米の敷地を使用しております。」との記載がある。これによれば、なるほど、本件建物については、その所有者が債務者であるか、あるいは訴外鞠子ソデヨであるかについて不明確な点があることは否定し難いけれども、札幌市においても、家屋補充課税台帳にその所有者を債務者として登録し、本件建物に対する公租公課を債務者に課しており、また、その敷地についても、債務者が地主河森タカとの間で賃貸借契約を締結しているというのであるから、これらの事実は、本件建物の所有者が債務者であることを補強する資料というべきであり、右評価書の記載によつても、未だ債権者の競売申立ての添附書類によつて本件建物の所有者が債務者であることについて証明があつたものとした札幌地方裁判所裁判官の判断を不相当とするものとは認められない。そうだとすれば、このような場合、第二項において述べたとおり、執行手続の簡易・迅速を期するため、執行債権者の競売申立ての添附書類によつて当該不動産の所有関係を認定すべく、それ以上にその実体的帰属について顧慮することなく競売手続を進行すべきものとされている執行裁判所としては、当該不動産の実体的帰属については第三者異議訴訟などにおける受訴裁判所の判断に任せるべく、そのまま競売手続を続行しても違法とはいえない。したがつて、前記評価書の提出を受けた後において、札幌地方裁判所裁判官がその後の競売手続を停止せず、これを続行して原告に対し競落許可決定を言い渡したことに違法はなく、手続上の瑕疵は存しないというべきであり、同裁判官の職務上の過失を問題とする余地はない。

四  よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬 星野雅紀 富田善範)

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