大判例

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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)257号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

「原告(小学校一年生)は、日頃の遊び仲間でもあるAほか三名の子供達と一諸に、砂遊び等をしているうち、右子供らの一人が乗つた自転車の車輪が砂に埋まつてしまつたため、右子供らはスレート片を並べてつなぎ、自転車を砂地の外へ出そうと企図し、それぞれスレート片を拾い集めてこれを並べはじめたが、一枚一枚運ぶのが面倒になつたAが、スレート片を二回にわたり投げたところ、その二回目が、たまたま数メートル離れた付近にしやがんでスレート片を並べていた原告の右眼に当り、原告は負傷した」。なお、被告らがAの親権者として賠償義務を負担すべきことについては争いがない。

【判旨】

(一) 本件事故の特質

本件事故は、Aがスレート片をわざと原告にぶつけたわけではなく、不運にも、たまたま投げたものが原告の右眼に当つてしまつたものであるが、このような不慮の事故を絶対に防ぐためには、子供達の親が四、六時中つきつきりで監督していなければならないことになる(尤も、それでも絶対に安全とはいえない。)が、このようなことは事実上不可能であり、また、そもそも子供達は、その成長過程において幾多の危険に遭遇し、それから身を守る術を自ら学び、或いは人から教えられて成長していくわけであり、親が四、六時中つきそい、一切の危険から隔離した生活を子供にさせることは、子供の将来にとつて極めて不幸なことであるといわなくてはならない。このようなことを考えると、本件における被告らの監督責任も、結局は、他人に危害を加えることのないように注意をしなければいけない旨のAに対する教育、しつけの不十分さを問われるものというべきであり、右同様の義務は、いうまでもなく、原告法定代理人においてもこれを負つているのであるから、もし運が悪ければ、立場は逆になる可能性もあつたかもしれないのである。

原告には、前示の後遺障害が残り、今後の原告の将来も考え合わせると、まことに痛ましい限りであるが、本件事故に基く損害額を算定するに当つては、右事故の特質を十分考慮しなければならないものと当裁判所は思料する。

(二) <証拠>を総合すると、次の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、事故後約三年近くを経過した現在も、原告の右眼の視力は、裸眼0.06(明・暗の判断ができる程度である。なお矯正0.3)と固定したまま(ちなみに、右後遺障害は、自賠法施行令別表後遺障害等級表九級二号に該当する。)で、その回復は期待できない状態であり、そのため、いきおい左眼に負担がかかり、疲れ易い等の症状を呈するが、幸い、原告は、学業の成績は大変良く、体育の時間も、平均台、跳び箱等右眼の視力がないため控えている種目もあるが、原則的には、まがりなりにも他の生徒達と一緒に参加している状況であり、ゆつくりであれば自転車にも乗れること、他方、Aは、日頃粗暴な振舞いの目立つ子供ではなく、ごく普通の、むしろおとなしい子供であつたこと、被告らは原告に対し、これまでに治療費、見舞金として合計一三万六〇〇〇円を支払つたことが、それぞれ認められる。

(三) 右認定事実に、前示の、本件事故の態様、本件事故の特質、傷害の部位、程度、通院の期間、その他本件に現われた一切の諸事情を考慮すると、本件事故によつて蒙つた原告の精神的苦痛を慰藉するには、金二五〇万円をもつて相当とする。

(増山宏)

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