札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)3011号 判決 1978年4月20日
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告一ノ渡敏男に対し、金六六六万六、六六六円、原告一ノ渡隆に対し金一六六万六、六六六円、原告一ノ渡慎司に対し金一六六万六、六六六円、及び、これらに対する昭和四九年七月二四日から完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 保険契約の締結
被告東京海上火災保険株式会社(以下被告又は被告会社という)は、一ノ渡英之との間で、普通乗用自動車(札五五ひ一七二八号、以下本件自動車という)につき、保険期間を昭和四九年三月二九日から同五一年四月二九日午前一二時までとする自動車損害賠償責任保険契約(以下本件保険契約という)を締結した。
二 交通事故の発生
訴外一ノ渡英之(以下亡英之という)は、訴外石岡幸雄(以下訴外石岡という)運転の本件自動車の助手席に同乗して、北海道岩内郡岩内町から同瀬棚郡今金町に向け走行中、昭和四九年六月二二日午前一時二〇分ころ、今金町美利河一八五番地先道路上において、訴外石岡が業務上の過失により、本件自動車を道路脇の美利河橋左親柱に衝突させた衝撃で重傷を負い、その結果、同年七月二三日に死亡した(以下本件事故という)。
三 被告会社の責任
(一)(1) 本件においては、次にのべる(イ)ないし(ハ)の事情から明らかなように亡英之による本件自動車の使用は、原告一ノ渡敏男(以下原告敏男という)を媒介として社会的に是認されていたものであるから、原告敏男が、その父子関係に基づき亡英之を通して、実質的かつ第一次的に車を保有していたものであり、亡英之の保有者性は原告敏男の威光による形式的なものであり、希薄であるから阻却されるべきである。
(イ) 亡英之の希望により本件自動車が購入され、専ら亡英之が使用していたものであつても、亡英之は、昭和四九年二月一日自動車運転免許を取得したばかりで、当時一八歳の少年であり、本件自動車の購入、及び、責任保険契約の締結、車の購入費、自賠責保険料その他本件自動車を取得するのに必要な経費は、全て原告敏男が負担していること、したがつて亡英之は原告敏男を媒介にしてはじめて車を購入することが可能となつたこと。
(ロ) 当時亡英之は未成年であり、万一事故を起した場合、その責任は原告敏男にかかつてくると信じていたこと、そして、本件自動車の代金支払責任者である原告敏男は本件自動車の買主を自己名義にする意思を有していたが、自動車のこと、特に保険に関し何も知らないこともあつて「亡英之が成人に達してから改めて亡同人に名義を変更するのは手続が繁雑であり、亡英之も自己の名義の方が気分もよいであろう」との被告代理人訴外平宮勝弘の勧めに従い、本件自動車の買主はもちろん保険契約者、被保険者もすべて亡英之名義にしたものであること。
(ハ) 原告敏男は亡英之に対し、本件自動車の維持管理、運行その他について常日頃から指示注意を与え、度々自己のために運転をさせていたこと。
(2) 又、亡英之の運行供用者性についてみるに、次にのべるように、訴外石岡こそが第一次的な運行供用者であつたとみるべきである。即ち、本件運行は加害者石岡の誘いにのりやむなく始つたものであり、訴外石岡は、日頃から本件自動車を運転したがつており、亡英亡に頼んで何度か運転したこともあり、本件の場合も嫌がる亡英之に無理に頼んで自ら運転したものである。
したがつて亡英之の運行利益及び運行支配が全くなかつたとはいえないまでも、運行供用者性は阻却され得べき程度に希薄であり、かつ運行供用者としての立場を離脱していたものである。
このように本件事故においては、加害者石岡及び亡英之両名は共同運行供用者であると認められるが、右の事実関係からみれば共同運行供用者の一方である訴外石岡こそが事故そのものに直接関係して第一次的運行供用者であると認められるので、このような場合には他方の共同運行供用者である亡英之の運行供用者性は阻却されるものと解すべきである。
以上(1)、(2)でのべたところから明らかなように、亡英之は全く形式的な保有者にすぎず、又、訴外石岡との共同運行供用者であるとしても、訴外石岡が第一次的運行供用者であるので運行供用者性は阻却され、結局亡英之は保有者ないし運行供用者の立場から離脱したものと認められ、したがつて自賠法による保護が与えられると解すべきである。
(二) 仮りに、亡英之が保有者であつたとしても、保有者ないしは運行供用者が被害者となつた場合は、次にのべるように、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条にいう「他人」に該当し、したがつて保有者も自賠責保険によつて保護されているものと解すべきである。
自賠法第三条は責任の主体の範囲につき規定したもので、被保護者の範囲を規定したものではない。つまり自賠法制定以前においては、民法第七〇九条及び同法第七一五条によつていたため、過失の立証責任が被害者側にあつたものを、自賠法が制定されたため、同法第三条により、保有者であるだけで賠償責任の主体とみなされ、保有者が責任を免れるには、保有者の側で過失のなかつたことを立証しなければならなくなつただけのことである。
即ち同条は「他人に損害を与えた車の保有者に対し、保有者であるというだけで賠償責任を認める。」という意味だけであり、被保護者の範囲から保有者及び運転者を除外する趣旨ではない。
同条にいう「運行供用者」は加害者の責任の面からみた概念であるのに対し、同条にいう「他人」は自賠法による救済をどの範囲の人に認めたらよいかという被害者の保護の面からみた概念であつて、両者は同一平面上で相対立する関係に立つものではなく、それぞれ相対的な概念として理解されるべきである。
そうだとすると、自賠法に基づく責任の主体は保有者、及び、運行供用者である(自賠法第三条)が、保護を受ける者(保険金請求権者)は、同法第一条に規定された被害者全員と解すべく、同法第一条は被害者の範囲に限定を加えていないのであるから、同法第三条の「他人」の文言に拘泥して請求権者を保有者ないし運行供用者以外の第三者と限定すべきではなく、保有者若しくは運行供用者自らが被害者となつた場合にも、同法第三条にいう「他人」に含まれ、したがつてこの者にも自賠法に基づく保険制度による保護を与えることができると解すべきである。
これを本件の場合についてみるに、亡英之は、訴外石岡の惹起した本件事故によつて死亡した被害者であり、仮に亡英之が保有者ないし訴外石岡とならんで共同運行供用者であつたとしても、自賠法第三条、第一六条一項による保護を受けることができると解すべきである。
従つて、亡英之及びその相続人は、保険会社に対し同法第一六条に基づき、損害賠償額の支払いを求めることができる。
四 本件事故による原告らの損害
(一) 亡英之の逸失利益と相続
1 亡英之は、死亡前は満一九歳の男子で、株式会社草別組今金作業所に作業員として勤務し、平均日収金五、六六一円を得ていたものであり、少くとも満六七歳まで稼働可能として、亡英之は今後四八年間、現在と同等もしくはそれ以上の収入を得られるはずであつた。
そこで、亡同人の右平均月収を基準として、生活費として五割を控除し、これに稼働可能年数四八年についての新ホフマン係数二四・一二六を乗じて中間利息を控除すると、死亡当日の逸失利益の一時払い額は金二、四五八万三、九一一円となる。
2 原告敏男、及び、亡一ノ渡菊子は、亡英之の相続人(父母)として、それぞれ亡同人の前記損害賠償債権を相続により(相続分各二分の一)承継したが、右金額は、それぞれ金一、二二九万余円となる。
(二) 慰藉料
亡英之の両親である原告敏男、及び、亡一ノ渡菊子は、前途ある亡英之の負傷と死亡により多大の精神的苦痛を被つたが、その苦痛は、各金三〇〇万円で慰藉されるのが相当である。
(三) 亡一ノ渡菊子の損害賠償債権
原告一ノ渡菊子は、昭和五二年一〇月八日死亡し、原告敏男、原告一ノ渡隆(以下原告隆という)、原告一ノ渡慎司(以下原告慎司という)が相続人となつた。
亡一ノ渡菊子は合計金一、五二九万円の損害賠償債権を有していたので、原告らは同女の相続人(夫又は子)として(相続分各三分の一)、右債権を承継したが、本件訴訟においては、右債権のうち、内金五〇〇万円を請求しているので右金額はそれぞれ金一六六万六、六六六円となる。
よつて、原告らは、被告会社に対し、自動車損害賠償保障保険法第一六条第一項に基づき、原告敏男は金六六六万六、六六六円、同隆、及び、同慎司は各金一六六万六、六六六円、並びに右各金員に対する亡英之死亡の日の翌日である昭和四九年七月二四日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求原因に対する答弁)
一 請求原因第一項の事実は認める。
二 同第二項の事実のうち、事故発生時刻は午前一時三〇分頃である、その余の事実は認める。
三 同第三項(一)について
本件自動車の保有者(運行供用者)は、被害者である亡英之である。本件自動車の購入及び自賠責保険の加入に関する契約当事者は亡英之であり、又、同人はその後就職して父母とは別居し、本件自動車も独占的に管理し、もつぱら自己の用途に使用していたのであるから、本件自動車の保有者は亡英之であつて、原告敏男ではない。加害者石岡幸男は、亡英之のため本件自動車を運転した運転者にすぎない。仮りに訴外石岡を運転者と認めることが困難である場合は、訴外石岡及び亡英之は共同運行供用者である。
訴外石岡が嫌がる亡英之に強いて本件自動車を運転させてもらつたとの点、訴外石岡が第一次的な運行供用者であるとの点は否認する。亡英之が運行供用者としての立場を離脱していたこと及び運行供用者性が阻却される程度に希薄であるとの主張は争う。
四 同第三項(二)について、原告の保有者が被害者である場合にも自賠責保険が支払われるべきとの主張は争う。
原告は、自賠法第一条を根拠に、同法第三条の「他人」には保有者及び運転者が含まれないとする従来の判例や保険実務の取扱いを批難し、ドイツ道路交通法第七条の規定や、人間の社会生活が多面性を持つことを引用強調して保有者や運転者が被害を受けた場合であつても保険金が支払われるべきである旨主張する。
しかし乍ら、自賠法第一条は、抽象的に同法制定の目的を明らかにしたにとどまり、同法第三条等の各規定の文理を越えた解釈適用を許すものではない。そもそも同法は、民法の不法行為の原則的規定に対し、責任主体及び証明責任について特則を設け、強制責任保険制度により加害者側の賠償能力を確保し、政府の自動車損害賠償保障事業を創設して、自動車事故による被害者を救済するため制定されたものであるが、保有者及び運転者自身が被害者となる場合を想定して、これを保護救済しようとすることまでは予定されていない。同法第三条、第一一条の文理に照らすと、保有者及び運転者は、損害賠償責任を負う加害者の側に属する者として他の被害者とは明らかに区別されており、保有者について加害者の立場だけを考えていることが明らかである。
従来の判例、学説によつても、保有者(運行供用者)、及び、運転者は、加害者側であつて、たとえ自己が被害者となつた場合でも自賠法上の保護を受けられないとする同法の立て前は、今日においても変更はなく、わずかに、これらの者がその立場から離脱したと認められる場合には、例外的に保護が与えられる余地があるにすぎない。
原告の右のような限界に挑戦する解釈は、自賠法の明白な文理を超越しており、判例や保険業務の集積を覆えすことは困難である。本件は、亡英之が保有者であり、その立場を離脱していなかつたのはもちろん、飲酒遊興の帰途運転を嫌がる訴外石岡に強いて運転を行わせ、その結果本件事故を発生させた点で、事故そのものに直接関与しているから、社会通念上、亡英之に対し従来の解釈や実務を曲げてまで、自賠法による保護を与えるべきではない。
五 同第三項(三)の主張は否認する。
六 同第四項について
(1) 同項(一)1のうち、亡英之の収入額は不知、生活費の割合は認める。就労可能年数が四八年であることは認める。
(2) 同項(一)2のうち、原告敏男及び一ノ渡菊子が亡英之の父母で、各二分の一の相続分を有することは認めるが、逸失利益の額を争う。
(3) 同項(二)の慰藉料の額を争う。
(4) 同項(三)のうち、一ノ渡菊子が昭和五二年一〇月八日死亡し、原告らが相続人となり、原告の地位を承継したことは認める。被告の支払義務の存否を争う。
(被告の主張)
一 亡英之は、本件事故当時瀬棚郡今金町の草別組今金町の作業所に住み込みで勤務し、父親とは別居し、本件自動車も右各住み込み先において管理し、専ら自己の遊興の目的等に使用していたものであつた。
亡英之は、同年六月二一日午後六時三〇分ころ、同僚の訴外石岡を誘つて、同人がトヨタカローラ北海株式会社から所有権留保付割賦販売契約にもとづいて購入した本件自動車を運転し、助手席に訴外石岡を同乗させ前記今金町から、長万部、雷電海岸を経て岩内町に遊びに行き、同町所在のスナツク、ナイトクラブ等で飲食遊興したが、草別組の仕事とは全く関係のない個人的な遊興が目的であつた。本件事故は、右の帰路に起きたものであつて、亡英之は、往路及び復路共に本件自動車を運転していたが、復路の黒松内、長万部間において運転免許証を携帯していないので運転するのを嫌がつた石岡に対し「もしつかまつたら、俺が責任をとるから」といつて執拗に頼み、遂に訴外石岡に運転を交代させ、亡英之は背を倒した状態の助手席で仰向けになつて休息している間に本件事故に遭つたものである。
本件自動車の管理使用状況及び本件事故発生に至る経緯によれば、亡英之が、本件自動車の運行供用者であることは明らかであり、訴外石岡は、亡英之のために本件自動車を運転した運転者にすぎなかつたとみるのが妥当である。
従つて、亡英之は自賠法第三条本文にいわゆる「他人」に該当せず、訴外石岡が運転者であると共同運行供用者であると否とに拘らず、同法同条に基づく責任が発生しない場合である。
二 仮に、被告の右主張が容れられない場合には、予備的に次の事実を主張する。
(一) 賠償額のてん補
原告らは、石岡との間に昭和四九年一二月九日示談契約を結び、同日金五〇万円を受領した外、右以降一五年間に亘つて合計金五五〇万円を年賦払いで受領することとなつている。
(二) 保険金の受領
原告らは、亡英之が被告との間に締結してあつた自動車保険契約(いわゆる任意保険)の搭乗者傷害危険担保特約により、本件事故に基づいて金三〇〇万円を被告から受領している。右金員は、損害のてん補とはいえないが、慰藉料につき斟酌事由となるべきである。
(被告の主張に対する原告らの認否)
一 同主張第一の事実は争う。
二 同第二の事実は認める。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因第一項の事実(本件保険契約の締結)、同第二項の事実(本件事故の発生、及び、これによる亡英之の死亡)は、いずれも当事者間に争いがない。
二 原告らの被告に対する自賠法第一六条に基づく損害賠償の請求(自賠責保険者に対する直接請求)が認められるためには、同法第三条本文の規定による保有者の損害賠償責任の発生がその前提条件であるところ、原告らはこれについて「原告敏男が本件自動車の実質的な保有者であり、亡英之は形式的な保有者にすぎないこと、及び、訴外石岡こそが第一次的な運行供用者であることから、亡英之は自賠法第三条にいう「他人」に該当し、その結果、原告敏男又は訴外石岡に対し同法第三条の規定による損害賠償責任が発生し、したがつて、被告は同法第一六条に基づき、亡英之の死亡により生じた損害を賠償する責任がある。」旨主張するので、この点について判断する。
(1) 本件自動車購入当時、亡英之が満一八歳で運転免許取得直後であつたこと、本件自動車の購入等の実質的な商談は原告敏男が行つたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第六号証、同第九号証、同第一〇号証の三、同第一二号証、乙第二ないし第五号証、原告一ノ渡敏男本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、証人石岡幸雄、同平宮勝弘、同矢田哲夫の各証言、及び、原告一ノ渡敏男本人尋問の結果を総合すると、亡英之は、昭和四九年三月頃は、高校を中退した身で定職もなく、父親の一ノ渡敏男方に同居していたが、すでに運転免許を取得し、その趣味等のため自動車の購入を思い立ち、これをいれて原告敏男が本件自動車購入代金の頭金、保険料、租税等の取得経費合計金五二万五、五〇〇円及び、月賦代金合計金一〇万六、六二〇円を支払つたが、その購入、自賠責保険、及び、任意保険の加入手続、契約がすべて亡英之の名義で行われていたこと、ところが、亡英之は、同年四月から訴外株式会社草別組に就職して、護岸用コンクリート・ブロツクの製造作業に従事し、同月半ばからは、訴外同社の函館市七里ケ浜作業所に、ついで、同年五月一〇日こうからは今金町作業所に転勤し、いずれも住み込みで勤務していたが、就職後も本件自動車を身近に置いて、管理使用するほか、作業所に持ち込んでたりしていたが、昭和四九年五月一〇日から六月二二日までの期間の給料として金二四万九、一一三円を得、右自動車の経費等を負担していたとみられること、以上の諸事実が認められ、右認定に牴触する証拠はない。
以上認定の事実に従えば、原告敏夫が、当初本件自動車を亡英之に買い与えたものであるけれども、亡英之が、購入後数週間を経ずに右自動車を自宅から函館の作業所に持ち込んだ同年四月中旬以降にあつては、亡英之が本件自動車を独立、かつ、直接に管理し、その運行による利便を享受していたと認めることができる。
これに対し、原告らは、原告敏男が亡英之に対し、本件自動車の保有管理運行その他について常日頃から指示注意を与え、度々自己のために運転させていた旨主張するが、同原告が、親権者としての通常の監護以上に特に本件自動車について管理支配を尽くし、かつ、これを及ぼそうとしていたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、同原告が本件自動車の運行による便益を受けていたとしても、それは、子である亡英之の運行支配、運行利益の反射的なもので、間接的なものにすぎないというべきである。
そうしてみれば、本件事故当時、本件自動車の保有者は、亡英之であつたと解するのが相当である。
(2) 次に本件事故の発生に至るまでの状況について検討するに、亡英之は昭和四九年六月二一日午後六時三〇分頃、同僚の訴外石岡と岩内町に遊びに出かけ、そのとき亡英之は本件自動車を運転し、助手席に訴外石岡が同乗したこと、両名は午後九時三〇分頃、岩内町のナイトクラブ「シヤルマン」でダンスをしたり、ビール(両名で三、四本)を飲んだりした後、午後一一時頃スナツク「ジユリアン」に行きビール(両名で二本)を飲んで、六月二二日午前零時頃亡英之が運転して、今金町に向つて帰途についたこと、長万部の市街地から車で五分位手前の地点(黒松内寄り)で、訴外石岡と運転を交替し、本件事故現場にさしかかつたが、当時、風雨が激しく、暗くて見通しが悪かつたにもかかわらず、右石岡は約七〇キロメートル毎時の速度で漫然と進行したため、現場の状況に気付くのが遅れてカーブを曲り切れず、美利河橋の左側親柱に本件自動車の左前部を激突させたこと、以上の諸事実は当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第五号証、証人石岡幸雄の証言、及び、原告敏男本人尋問の結果によれば、本件事故以前、亡英之は本件自動車を大切に扱つており、他人には殆んど運転をさせず、訴外石岡にも仕事の現場内で運転させる程度であり、本件事故当日も殆んど亡英之が一人で運転にあたり、訴外石岡が運転したのは、事故直前に、亡英之の求めによりこれと交替したときだけであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
右の事実によれば、亡英之は、たまたま本件事故発生時点において、訴外石岡と運転を交替していたにすぎず、本件事故発生時、本件自動車につき運行支配権をもち、かつ運行利益を有していたものと解せられ、又、訴外石岡も本件自動車の運行について事実上相当程度の支配力を有していたと解せられるので、亡英之、訴外石岡の両名は共同運行供用者であると認められる。しかし本件の場合、石岡の運行支配は、亡英之の運行支配を介して保持していたものであると認められ、第一次的な運行供用者は訴外石岡ではなく、亡英之であると解せられる。
以上説示したところによれば、亡英之が本件自動車の保有者であり、かつ運行供用者であることが認められ、したがつて原告らの主張は、いずれも採用することができない。
三 次に原告らは自賠法第三条は「他人に損害を与えた車の保有者に対し、ただ保有者であるというだけで賠償責任を認める。」という意味だけであり、被保護者の範囲から、保有者及び運転者を除外する趣旨ではない、つまり、責任の主体の範囲は同法第三条に規定されているように保有者、運行供用者であるが、被保護者の主体は同法第一条にのみ規定され被害者全員であるから、保有者がたまたま本件のように被害者となつた場合も、同法第三条にいう「他人」に含まれ、自賠責保険によつて保護されている旨主張し、亡英之が仮りに保有者であつたとしても、自賠法第一条の被害者である以上、同法第三条にいう「他人」に該当するから、被告は原告らに対し、損害賠償責任がある旨主張する。
そこで、この点について判断する。
自賠法の規定からみるかぎり、保有者及び運転者は損害賠償責任の主体(加害者側)とされ、これらの者が被害者となる場合を保護しようとする規定は設けられていない。
このことは同法第三条本文において、保有者が「他人」に対する人身事故につき同法上の責任を負うことを明記する一方、同条但書において、運転者のみならず保有者も自動車の運行に関し注意を怠らなかつたことを免責事由の一つと挙げていることから、保有者が同法第三条の規定において加害者として扱われていることが明らかであり、又、同法第一一条は自賠責保険契約において、保有者が運転者と共に被保険者にあたるとして被害者と区別しているから、保有者について加害者の立場のみを想定していることからも明白である。
このように自賠法を抽象的にみるかぎり、原則として保有者は自賠法によつて保護されるべき「他人」ではないということがいえる。
ただ例外的に、保有者であつても、直接事故に関与していないような場合(例えば、他に事故に直接関与した運行供用者が存在しているような場合)には、当該事故について保有者としての立場を離脱し、保有者性が阻却されているとして、「他人」として保護される余地があるにすぎないと解される。
したがつて保有者も例外的に自賠法第三条の「他人」として保護される場合があるが、原告が主張するように、保有者も被害者であるからといつて、必ずしも直ちに同条の「他人」に該当するものではなく、「他人」として保護されるべき被害者であるかという吟味がなされるべきである。
そこで本件について検討をすすめるに、亡英之は前記認定のとおり、保有者の立場を離脱していたとは認められず、飲酒遊興の帰途運転を誤り本件事故を発生させたものであり、たまたま事故発生当時、石岡が運転していたが、亡英之は岩内町への往復の走行時間のうち、大半を運転していたことから判断すれば、亡英之は事故そのものの発生に直接関与しているものと解するのが相当であるから、自賠法により保護されるべき「他人」に該当するとはいえない。
仮に、亡英之が保有者ではあるが、被害者として保護される「他人」にあたるとしても、亡英之は被告に対し、自賠法第一六条に基づく損害賠償を請求することはできない。何故ならば自賠法第一六条は被害者の保険会社に対する損害賠償額の直接請求を認めるにあたり、同法第三条の規定による保有者の損害賠償責任が発生したことを前提条件としており、被害者が保険会社に対して直接損害賠償額の支払を求めるには、被害者が自賠法第三条に基づき、保有者に対して損害賠償請求権を有する場合でなければならず、保有者ではなく単なる運行供用者である訴外石岡に対し、被害者である亡英之が同法第三条の損害賠償請求権を有することをもつては足りないからである。
ところで、本件において被害を受けたのは保有者である亡英之及びその遺族であつて、被害者と保有者が法律上同一主体であり、そもそも被害者の保有者に対する損害賠償請求権の成立を認めることができない場合であるから、同法第一六条を適用する余地はなく、いずれにせよ、この点の主張は失当に帰するものといわなければならない。
四 結論
よつて、本件においては、原告らは、被告会社に対し、自賠法第一六条第一項に基づき損害賠償額の支払いを求めることはできず、従つて原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲垣喬 日野忠和 榮春彦)