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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)3015号 判決 1978年3月27日

甲事件原告(甲事件反訴被告)

上山順

乙事件原告

上山保

ほか一名

甲・乙事件被告(甲事件反訴原告)

高沢俊雄

主文

(甲事件について)

被告(反訴原告)高沢俊雄は原告(反訴被告)上山順に対し金一、九五〇万一、五六一円および内金一、八五〇万一、五六一円に対する昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告(反訴被告)上山順は被告(反訴原告)に対し金七一万五、〇〇〇円および内金五八万五、〇〇〇円に対する昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告(反訴被告)上山順および被告(反訴原告)高沢俊雄のその余の請求をいずれも棄却する。

甲事件に関する訴訟費用は、本訴・反訴を通して原告(反訴被告)上山順、被告(反訴原告)高沢俊雄の平等分担とする。

この判決は、原告(反訴被告)上山順および被告(反訴原告)高沢俊雄ともその各勝訴部分に限り仮に執行することができる。

(乙事件について)

被告高沢俊雄は原告上山保および原告上山ユリ子に対し各金五〇万円およびこれに対する昭和五〇年一〇月一三日から右各金員支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告上山保および原告上山ユリ子のその余の請求をいずれも棄却する。

乙事件に関する訴訟費用はこれを五分し、その一部を被告高沢俊雄の負担とし、その余を原告上山保および原告上山ユリ子の負担とする。

この判決は原告上山保および原告上山ユリ子の各勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件について)

〔本訴原告〕

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)上山順に対し、金三、四二〇万五、二八二円及びこれに対する昭和五〇年一〇月一三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項につき仮執行の宣言。

〔本訴被告〕

原告の上山順請求を棄却する。

訴訟費用は原告上山順の負担とする。

〔反訴原告〕

反訴被告(本訴原告)上山順は反訴原告に対し、金四二五万円と内金三五〇万円に対する昭和五〇年一〇月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

反訴に関する訴訟費用は反訴被告の負担とする。

仮執行の宣言。

〔反訴被告〕

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告の負担とする。

(乙事件について)

〔乙事件原告ら〕

被告は、原告上山保、同上山ユリ子に対し、各々金三〇〇万円とこれに対する昭和五〇年一〇月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

第一項につき仮執行の宣言。

〔乙事件被告〕

原告上山保および原告上山ユリ子の請求を棄却する。

訴訟費用は原告上山保および原告上山ユリ子の負担とする。

第二当事者の主張

〔甲事件本訴請求について〕

(請求原因)

一 事故の発生

甲事件本訴原告(甲事件反訴被告)上山順(以下単に原告順という)は、次の事故(以下本件事故という)により傷害をうけた。

1 日時 昭和五〇年一〇月一三日午後五時三〇分頃

2 場所 北海道沙流郡門別町字庫富二九八番地道々三五一号線路上(以下本件道路という)。

3 加害馬 アラブ系当歳馬(以下本件当歳馬という)。

4 管理者 高沢サダ。

5 事故態様 原告順は原動機付二輪車(以下本件車両という)を運転して、本件道路を門別から正和方面へ進行中、同道路とT字形に交叉する農面道路(以下本件農道という)から、本件当歳馬が突然飛び出してきたため、原告順の運転する二輪車が衝突した。なお、本件当歳馬は、他の競走馬九頭とともに、被告の妻サダが、牧場から厩舎に収容する途中であつた。

6 結果 右本件事故により、原告順は右急性硬膜上下血腫、広汎胸挫傷、胸幹損傷、頭蓋底骨折、右耳出血、右橈尺骨々折、全身打撲、クツシング胃潰瘍、麻痺性イレウス、尿崩症、急性肝炎の傷害を負つた。

二 責任原因

甲事件本訴被告(甲事件反訴原告、乙事件被告以下単に被告という)は、本件当歳馬の占有者であるから、民法第七一八条第一項による責任を有する。

三 損害

1 治療費関係 合計金一五五万八、九二五円

(一) 治療費 金一八五万三、〇七一二円

昭和五〇年一〇月一三日より昭和五一年九月三〇日までの入院治療費

なお、原告順は昭和五一年一〇月二四日、重度身体障害者に認定されたため、認定された月の初日、即ち、昭和五一年一〇月一日から入院・治療費について全額国保(七割)及び門別町(三割)により直接医療機関に支払われている。

(二) 近親者付添料 金七万八、〇〇〇円

事故より昭和五〇年一一月一〇日まで三九日間原告の父保及び母ユリ子が原告に付添つた。

2,000円(1日)×39=7万8,000円

(三) 看護料 金一七六万九、一六〇円

(1) 昭和五〇年一一月二一日から昭和五一年九月三〇日まで、専門の付添婦が看護に当つたため、同人に対し金一四八万六、三一〇円を支払つた。

(2) 昭和五一年一〇月一日から昭和五二年四月三〇日まで金二八万二、八五〇円

前記(一)の認定に伴い、付添看護料についても一日当り金三、五七〇円の補助が国保(その七割)及び門別町(その三割)より支給されることになつている。昭和五一年一〇月一日から昭和五二年二月二八日までの付添看護料は金四、八四〇円であり、それ以降は金五、〇六〇円であつた。従つて各々差額の金一、二七〇円及び金一、五一八円が原告の一日当りの自己負担額である。

1,270円×151日=191,770円

1,518円×60日=91,080円 計282,850円

(四) 入院諸雑費 金一七万八、五〇〇円

九〇日までは一日当り五〇〇円とし、以降三〇〇円として計算する。

500円×90日=45,000円

300円×445日=133,500円 計178,500円

(五) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告順は本件訴訟の追行を弁護士畑中広勝に委任し、その費用として金一〇〇万円を支払う約束をした。

2 将来の確実な積極損害

(一) 将来の看護料 金一、〇二八万三、五三九円

原告順は永久に自立しえずその死に至るまで看護を要する。

原告順は現在満一九歳であるから、昭和五〇年厚生省作成簡易生命表によるとその平均余命は五四・二六年となる。

前記のとおり原告の今後負担すべき看護料は一日当り一、五一八円であるからその死に至るまでの看護料は次のようになる(中間利息の控除につきライプニツツ式による)。

1,518円×365日×18.56=10,283,539円

(二) 将来の入院諸雑費 金二〇三万二、三二〇円

前記のとおり原告はその死に至るまで入院生活を余儀なくされるのであるから確実に支出が予定されている。

300円×365日×18.56=2,032,320円

3 逸失利益

原告順は受傷時満一七歳であり、苫小牧工業高校に学んでいた。しかるに原告順は本件事故により、一〇〇パーセント稼働能力を失つた。そこで、昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模の旧中・新高卒男子労働者の年齢計の給与額により計算すると次のようになる(中間利息の控除はライプニツツ式による)。生活費控除は、五〇パーセントとし、就労可能年数は一八齢から六七齢までとした。

133,000円×12+547,900円=2,143,900円

2,143,900円×0.5×17.303=18,547,950円

4 慰藉料 金一、六七二万五、〇〇〇円

原告順の前記障害の部位・程度・入院治療の期間および後遺障害の程度、その回復の見通等を考慮すると、慰藉料としては、金一、六七二万五、〇〇〇円が相当である。

5 原告順の本件事故による過失は三割程度と解すのが相当であり、とすると、原告順の損害は三、六七二万七、二七八円となる。

四1 原告順は、被告より総額金一八二万円を受領している。

2 また、高額医療補助金として、金二五万五、九四九円を受領している。

3 同様に看護料につき、昭和五一年六月分までとして金四四万六、〇四七円を受領している。

五 よつて、原告順は、被告に対し右総損害額金三、四二〇万五、二八二円およびこれに対する本件事故の日である昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一 第一項1ないし4は認める。5のうち、本件当歳馬は、被告の妻高沢サダが、他の九頭の競走馬と共に牧場から厩舎に収容する途中であつたことは認め、その余は否認。6は不知。

本件事故は、原告順の全面的な過失により起きたもので被告には何らの過失はない。

すなわち、本件事故が発生した本件道路は、幅員約六メートル、アスフアルト舗装がなされ、中央に白色でセンターラインが施された見通しの極めて良い直線の道々で、本件事故現場付近は速度規制はない。

ところで、本件事故発生直前、本件当歳馬は、本件農道から本件道路に出て左折し、センターラインに沿つて左側車線上をゆつくり歩行していたもので、本件農道から突然飛び出したものではない。一方、原告順は、門別武諭、藤原弘喜と共に、原動機付二輪車(二五〇CC)に乗り、門別武諭、原告順、藤原弘喜の順で本件道路を門別方面より正和方面に向けて時速約六〇キロメートルの速度で進行していたが、途中、庫富生活館の付近で速度を上げて先頭の門別をセンターラインを越えて追越し、そのまま時速約八〇キロメートルで驀進中、センターラインに沿つて左側車道をゆつくりと対向していた本件当歳馬の右肩から右下腹部に衝突し、右肩裂傷、右下腸部交突大裂傷、胃及び大小腸腹腔外露出の傷害を負わせて即死せしめ、自らも傷害を負つたのである。

このように、本件事故は、原告順が、前方注視義務を怠り、センターライン付近を制限速度をはるかに超える速度で走行したという原告順の全面的な過失にもとづくものであり、被告には責任がない。

二 第二項は否認。

三 第三項1はいずれも不知。2のうち、原告順が、昭和五二年四月当時満一九歳であることは認め、その余は不知。なお、将来の看護料、入院雑費の請求はいわゆる将来の給付を求めるものであり、その旨の訴の利益がない。3のうち、原告順が本件事故による受傷時、満一七歳であつたことは認め、その余は不知。4、5は不知。

四 第四項のうち1は認め、2、3は不知。

(抗弁)

一 民法第七一八条第一項但書の主張。

被告の高沢サダが、本件事故当時、被告に代つて本件当歳馬を保管していたが、親馬二頭に頭絡および手綱をつけ、他の馬に頭絡をつけて本件当歳馬を含む一〇頭の馬を誘導していたもので、その保管につき相当の注意を払つている。

すなわち、馬は、元来、温順な性格で先頭馬に頭絡をつけて誘導すれば他の馬はその後について進行する習性を有しており、又、門別地方においては、軽種馬の産地であつて、牧場から厩舎に往復するに際しては、一般の公道を使用しており、そのため、馬も自動車、オートバイのエンジンの爆音に驚いて暴走するようなことは全く無い。サダは過去六年にわたり、毎日の如く朝夕二回、一〇頭もしくはそれに近い数の馬の移動連行につき、今回と同様、各馬に頭絡をつけ、先頭の二頭を手綱で誘導する方法で移動連行していたが、これまで何らの事故は無かつた。また、一〇頭全部の馬に手綱をつけたのでは誘導することは不可能である。

かように、この地方においては、馬の移動連行について一般に先頭馬を手綱で誘導するだけで行なわれることが慣例の如くなつており、被告もこれに従つていたものであり動物の種類および性質に従つた相当な注意をもつて対拠していたというべきである。

二 過失相殺の主張

請求原因に対する認否における無過失の主張に同じ。

(抗弁に対する認否)

一 第一項は、否認する。被告主張のような馬の移動連行方法が、門別地方で慣例となつていたことはない。

二 第二項は、否認する。本件事故現場には、異常スリツプ痕が認められたのみで、制動により生ずるスリツプ痕がなかつたということは、原告順が、本件当歳馬との衝突の瞬間までその存在に気付かなかつたということである。すなわち、原告順は、前照灯をつけて走行していたのであるから、本件当歳馬が、その進路上に居れば当然視野に入つたはずであり、そうであるとすれば、徐行する等して本件事故を回避する措置をとつていた。そうしたこともなく本件当歳馬と衝突したということは、それが、原告順の進路に突然飛び出して来たということに他ならない。原告順の速度の出し過ぎが、本件事故発生に対する責任の軽重に関係するとしても、その責任は、三割程度である。

〔甲事件反訴請求について〕

(請求原因)

一 事故の発生

被告所有の本件当歳馬タツノホープ号は本件事故によつて即死した。

二 責任原因

本件事故は、原告順の過失によるものである。

すなわち、原告順は、制限速度を上まわる時速八〇キロメートルの速度で本件車両を運転し、また、キープレフトの原則を守らずセンターラインを進行し、さらに前方注視義務を怠つたため、反対車線をセンターラインよりに歩行して来た本件馬に衝突した。

三 損害

(一) 本件馬の所有権喪失による損害

被告は、本件馬の所有権を喪失したことにより金三〇〇万円の損害を蒙つた。

(二) 慰藉料

被告は、本件馬を死亡させたことによつて精神的損害を蒙つた。

右精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用

被告は、本訴の追行を被告訴訟代理人に委任し、その着手金、報酬として金七五万円(着手金として金三七万五、〇〇〇円、報酬として金三七万五、〇〇〇円)を支払うことを約した。

四 よつて、被告は原告順に対し、金四二五万円および右のうち弁護士費用を除いた金三五〇万円に対する本件事故日である昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一 第一項は認める。

二 第二項は否認。原告の主張は、本訴請求原因第一項5に同じ。

三 第三項(一)(二)は否認、(三)は不知。

〔乙事件請求について〕

(請求原因)

一 上山順は、乙事件原告上山保および同上山ユリ子(以下、単に原告保および原告ユリ子という)の二男である。

二 事故の発生

甲事件本訴請求原因第一項に同じ。

三 責任原因

同第二項に同じ。

四 損害

右傷害により、原告らの子息順は、回復不能の損害を蒙り、原告らは深い精神的損害を受けた。右損害の慰藉料としては、各々金三〇〇万円が相当である。

よつて、原告保および同ユリ子は、被告に対し各々金三〇〇万円およびこれに対する本件事故の日である昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一 第一項は認める。

二 第二、第三項は、甲事件本訴請求原因に対する認否に同じ。

三 第四項は、否認。

(抗弁)

甲事件本訴請求における抗弁と同じ。

(抗弁に対する認否)

甲事件における抗弁に対する認否と同じ。

第三証拠〔略〕

理由

第一甲事件本訴請求について

一  原告順が、昭和五〇年一〇月一三日、本件車両を運転して本件道路を門別方面から正和方面へ進行中、同日午後五時三〇分ころ、北海道沙流郡門別町字庫富二九八番地付近において、被告占有の本件当歳馬と衝突したこと、本件当歳馬は、他の競走馬九頭と共に被告の妻サダが、牧場から被告方厩舎に収容する途中であつたことの各事実については当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第七ないし九号証、原告ユリ子、同保(第一、第二回)の各本人尋問の結果によれば、本件事故により原告順が原告ら主張の傷害を負つたことが認められる。

証人高沢サダの証言、被告本人尋問の結果(第一、第二回)および弁論の全趣旨によれば、本件当歳馬は、被告が所有する馬で、現に飼育、管理中であつたことが認められる。

そうすると、原告順の本件受傷が、被告の所有し、占有する本件当歳馬との衝突によつて生じたものであることは明らかであつて、被告は、本件事故により原告順の被つた損害を賠償する義務がある。

二  被告は、本件当歳馬の管理には相当の注意を払つており、これまでも本件事故当日と同様の方法によつて多数の馬を連行移動させていたが何らの事故もなかつたし、門別地方の慣例もこれと同一であつた旨主張する。

成立に争いのない乙第五号証、証人高沢サダ、同藤田実の各証言、被告(第一回)本人尋問の結果によると、高沢サダは、先頭の馬二頭にのみ頭絡および手綱をつけてこれを誘導し、その他の八頭には頭絡をつけたのみで右二頭の馬の後方を追従させて、牧場から被告宅の厩舎まで移動連行させていたこと、これまで、被告らの住む地域では、多数の馬を移動連行するには右のような方法がなされていたが、何らの事故も生じなかつたことの各事実が認められ、これに反する証人国中のぶ、同杉沢豊、同門別武諭、同藤原弘喜、同寺島義典、同船越静雄、同木原勲、同藤本誠二、同原口良の各証言、原告保本人尋問の結果(第一回)は、たやすく採用できない。

被告は、平素前記認定のようにして多数の馬を移動連行して来たのであつて、従来何事も起らなかつたのであるから、本件についても、何らの過失もないと信じていることは推察するに難くない。ところで、民法第七一八条第一項但書にいう「相当の注意」とは、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものでないと解すべきこと明らかである。しかし、本件のように多数の馬を移動連行する場合、平素馬は温順な性格で先頭馬に頭絡をつけ手綱で誘導すれば、他の馬はその後を追従して来る習性があるとしても、右性格や習性は絶対的なものでなく、何らかの拍子に誘導者の制止をきかず右誘導に従わない状況の発生しうることは想像するに難くないところであり、そのような状況においても事故の発生を防止するより万全の措置をとることが、馬の占有者に要請される相当の注意義務というべきである。従つて、本件事故の発生した門別地方において、前記のような馬の移動連行方法でこれまで何らの事故が発生しなかつたとしても、このような事由のみでは、被告が動物の占有者として相当の注意を払つており、本件が不可抗力によつて発生した事故と解することはできない。

三  次に、被告は、本件事故は、原告順の全面的な過失につき生じたものである旨主張し、あわせて過失相殺の主張をするのでこの点につき検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第三、第四号証、証人門別武諭、同藤原弘喜の各証言によれば、原告順は、門別武諭、藤原弘喜と共に原動機付二輪車に乗つて帰宅途中であつたこと、同人らは、本件道路を時速約六〇キロメートルの速度で門別、原告順、藤原の順で一列となつて走行していたが、同町字庫富庫富生活館前付近で被告運転のトラクターを追越した折、原告順がスピードをあげ門別を追越して先頭に立つたこと、その後、門別は、原告順と約三〇メートルの間隔を保つて時速約七〇ないし八〇キロメートルで走行しており、原告順もほぼ同じ程度の速度で左車線のセンターライン付近を走行していたこと、藤原は、被告宅付近で馬とすれ違つたこと、門別は、本件事故現場より約四〇メートル門別寄りの橋付近に差しかかつた折、原告順の本件車両が火花を発したのを目撃して急ブレーキをかけたが、直に停止しえず後記原告順の倒れている個所から二、三メートル正和寄りに至つてようやく止つたこと。門別は、原告順に追越されたころから後は、風圧を避けるため前かがみになつたため、原告順の動静は現認できなかつたことの各事実が認められる。

次に、成立に争いのない乙第一、第五、第一〇ないし第一二号証、証人藤田実、同森田美喜夫、高沢サダの各証言および弁論の全趣旨によれば、本件事故現場は、幅員約四メートルの本件農道(砂利道)と幅員約五・七メートルの本件道路(アスフアルト舗装)とがT字型に交差する交差点であること(以下本件交差点という)、高沢サダは、頭絡および手綱をつけた二頭の親馬を先頭にしてこれを手綱で誘導し、本件当歳馬を含む八頭には頭絡をつけたのみで右親馬の後を追従させて自宅の厩舎に移動連行していたこと、本件農道から本件交差点に差し掛つたところ、門別方面約七〇〇メートル付近を正和方向に向けて三台の原動機付二輪車が走行しているのを認めたので、これらを通過させたうえで、右農道から本件道路に出てこれを左折し、帰宅しようと考え、本件交差点から約四九・二メートル付近の農道上に自己が手綱を引いていた先頭の親馬二頭を停止させたこと、ところが、高沢サダが誘導していた二頭の馬に追従していた親馬二頭が、停止せずそのまま本件交差点を左折して、本件道路左側端付近を被告宅の方に向けて歩いて行つたこと、そのため、本件当歳馬もその後に続き、高沢サダの制止の声にもかかわらず、右農道から本件交差点に進入し、センターライン付近まで至つたこと、丁度、そのころ、原告順は、本件交差点から約四〇数メートル門別寄りにある橋付近を走つており、高沢サダが見た次の瞬間には本件当歳馬と衝突したことの各事実が認められる。

又本件交差点の門別寄りセンターライン〇・八メートル西側の箇所(原告順の進行車線)には長さ〇・五メートルの異常スリツプ痕があり、そこから一・一メートル離れた箇所には約一メートルの異常スリツプ痕と長さ〇・四メートルの擦過痕が路面に刻されていること、さらに二メートル離れて白色の長さ二四・二メートルの線が路面上にあつたこと(これらの本件事故現場の状況については、前掲乙第一〇号証添付の交通事故現場見取図および証人森田美喜夫尋問調書添付の図面参照)、又異常スリツプ痕の認められる箇所付近から本件交差点内には本件当歳馬の馬糞等が路上に散乱していること、そして、本件当歳馬は右異常スリツプ痕から、一六・一メートル正和寄りのセンターライン付近に頭部を門別方向に向け左側を下にした状況で横臥していたこと、本件当歳馬は、右肩部に裂傷があるほか正中線から約三センチメートルの右腹肋骨付近から正中線に沿つて後方に約四〇センチメートルの裂傷が認められ、そこから内臓物が腹腔外に露出していること、そのため大出血を来たし殆んど即死に近い状況で死に至つていること、原告順は、本件当歳馬の後脚部付近に頭部を門別方向にして仰臥していたことの各事実が認められる。

右認定に反する証人国中のぶ、同杉沢豊、同門別武諭、同藤原弘喜、同寺島義典、同船越静雄、同木原勲、同藤本誠二、同原口良の各証言、原告本人尋問の結果(第一回)はいずれもたやすく信用し難い。

(二)  ところで、右認定した本件交差点内に残された異常スリツプ痕、擦痕、馬糞等の散乱状況さらに本件当歳馬の傷害の部位、本件車両の損害の状況等に照らすと、原告順は、左車線のセンターラインより八〇センチメートル付近を走行中、本件当歳馬と衝突したものであり、そのため本件当歳馬は、右肩部裂傷および右下腹部交突大裂傷を負い即死した。ところで、前掲乙第一〇、第一一号証および検証の結果、証人藤田実、同森田美喜夫の各証言によると、本件車両の右側ハンドルが中央部付近より直角に後方に折れ曲つており、前照灯のレンズ等がわれ、ライト枠は縦細に変形しており、右上には馬毛および馬糞が付着していること、本件当歳馬は、原告順の進路に対し平行でなく、やや斜に角度をもつて対峙していたこと、等の諸事実が認められ、これと前記認定した事実を併わせると本件車両の右前部と本件当歳馬の右肩部さらに右下腹部が衝突したことは明らかであり、そうすれば、本件事故直前、本件当歳馬は、原告順の進行車線に少くともその右側部分の身体を進入させていたものと認められるのであつて、これに反する証拠はない。

被告は、叙上のとおり本件当歳馬等の連行移動につき十分な管理責任を果していたとはいえず、そのため、本件当歳馬を原告順の進行車線に進入せしめたものであると認められ、本件事故の責任の一端が後記認定のように原告順にあるとしても、被告の責任を否定する理由とはならない。

(三)  右認定した事実によれば、高沢サダは、本件当歳馬が本件交差点に進入し、センターライン付近で門別方向を向いていたとき、原告順が、これから約四〇メートル門別寄りにある橋を渡つたのを現認しており、又、原告順の後を走つていた門別は、右橋に差し掛つたとき、約四〇メートル前方で原告順の本件車両が火花を発したのを目撃している。そうすると原告順は、本件当歳馬が、本件交差点のセンターライン付近まで進入したとき、それより約四〇メートル門別寄り付近を少くとも時速七〇キロメートルで走つていたものと認められる。

さらに、交差点内に残された異常スリツプ痕、擦過痕、馬糞等の散乱状況さらに本件当歳馬の傷害の部位等からすると原告順は、本件交差点門別寄りセンターライン付近で門別方向を向き、やや道路左側(本件当歳馬の進行方向に対して)を向いていた本件当歳馬の右肩付近に衝突したと認められるが、この間、原告順が本件当歳馬の存在を全く確知していなかつたことは、本件事故現場に制動痕がなく、異常スリツプ跡が認められることからしても明らかであり、原告らもこの点は争わない。

ところで、原告順は、本件当歳馬が、本件農道から急に飛び出して来たから制動措置を講ずるいと間もなく衝突したと主張する。門別武諭の作成した甲第一、第二号証には、その旨の事実摘示が見受けられるが、証人門別武諭の証言によれば、同人は、本件事故の状況を確知したものでなく、単に推測をのべたものであることが明らかであつて、右書面の記載をもつて直ちに原告の主張を採用することはできない。かえつて、証人森田美喜夫、同藤田実の証言によれば、本件当歳馬は、原告順と衝突した際、本件当歳馬は、走つている状態でなく、むしろ、静止に近い状態であつたことが認められる。そして、原告順と衝突後、本件当歳馬が原告順の本件車両によつて正和方向に約一六・五メートルおされて転倒したことを考えると、本件当歳馬が、本件農道から急に飛び出して来たため、原告順において本件当歳馬の動向を確知しうることなくこれに衝突したものとは確認し難い。むしろ、叙上したように、本件当歳馬が本件交差点に進入した状況、原告順の進行の見通しおよびその位置関係、道路状況からすると、原告順が前方の確認を十分にして本件車両を運転していれば、比較的容易に本件当歳馬が本件交差点に進入して来る有様を認めえたはずであり、少なくとも本件交差点内に居る本件当歳馬を確認しうる状況にあつたと認められる(たとえ、本件交差点付近の草木により本件農道に対する見通しが悪いとしても、右の如き本件当歳馬の動静に対する確認の妨げとはならない)。そうであるとすれば、原告順は、かなりの速度で進行していたことと相俟つて、前方の安全確認を怠つていたものと認められ、そのため障害物の発見が遅れ、適切な制動措置あるいは事故回避の措置を何らとることなく、本件当歳馬に衝突したというべきである。

本件事故現場付近の本件道路は、平坦で交通量の少い見通しのよい道路であるとしても、本件事故当時、すでに付近は暗くなつていたのであるから、自動車運転者としては、前方に対する注視・安全運転義務を特に遵守すべきことは勿論、速度も適宜調節し、その他衝突の危険の回避をすべきであるところ、原告順は、指定速度を超える時速七〇キロメートル以上の速度でセンターライン付近を疾走し、しかも前方確認を怠つていたという基本的な過失を犯しており、これが本件事故の発生に寄与していることが認められる。

(四)  先に認定したとおり、被告側に厳しい注意義務を課し、本件事件に対する責任を肯定した反面、原告順も被告側にのみ本件事故の責任を転嫁し、その損害の填補を求めることは公平の理念に合致する所為ではないと解すべきである。従つて、本件事故における原告順および被告の右過失をそれぞれ斟酌すると、被告は、原告順が本件事故により被つた相当の損害額のうち五〇パーセントに当たる金員を賠償すべきものと判断される。

よつて、この限度において被告の前記主張は理由がある。

四  損害

(一)  治療費 金一八四万三、九九五円

成立に争いのない甲第一二号証の一ないし二三、第二〇号証および弁論の全趣旨によれば、原告順は、本件事故当日である昭和五〇年一〇月一三日から昭和五一年九月三〇日までの間合計金一八四万三、九九五円の入院・治療費を支払つたこと、原告順は、同年一〇月、重度身体障害者の認定を受けたので、同月一日以降の入院・治療費については、その全額について関係機関から直接医療機関に支払がなされることとなつたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  付添看護料 金一七六万九、一六〇円

成立に争いのない甲第七ないし九号証、第一三号証の一ないし一三、第一五号証の一ないし一三および弁論の全趣旨によれば、原告順は、入院・治療中付添看護を要すると認められること、昭和五〇年一一月二一日以降看護補助者による看護を受け、同日から昭和五一年九月三〇日までの間合計金一四八万六、三一〇円の看護料等を支払つたこと、前記のように重度身体障害者の認定を受けたため、同年一〇月一日以降は、付添看護料として一日当金三、五七〇円が支給されることになつたこと、同月一日から昭和五二年二月末日までの看護料等は一日当り金四、八四〇円であり、同年三月一日から同年四月末日までの看護料等は一日当り金五、〇六〇円であることの各事実が認められる。

右事実によると、原告順が、(1)昭和五一年一〇月一日から昭和五二年二月末日までの一五一日間に負担した看護料等は合計金一九万一、七七〇円、又、(2)同年三月一日から同年四月三〇日までの六一日間に負担した看護料等は合計金九万〇、八九〇円となる。従つて、被告は、金一七六万九、一六〇円の看護料を負担すべきである(なお、原告順の右(2)に関する請求は、右認定した算定方法と齟齬しているが、請求額において右認定の範囲内であるので、結局、請求全額を相当と認める。)。

(三)  近親者付添料 金七万八、〇〇〇円

前掲甲第七ないし九号証によれば、原告順の入院治療については付添を必要とするものと解せられ、原告ユリ子、同保各本人尋問の結果によれば、昭和五〇年一〇月一三日から同年一一月二〇日までの三九日間、原告順の父母である保、ユリ子が原告順のため付添つたことが認められる。原告順の傷害の部位、程度等の状況に照らし付添看護料は一日金二、〇〇〇円が相当である。

2,000円×39日=78,000円

(四)  入院諸雑費 金一七万八、五〇〇円

原告順の障害の程度、治療の状況等に照らし、入院時から九〇日間は一日金五〇〇円の、それ以降は一日金三〇〇円の割合に相当する入院に伴う諸雑費の出損をしているものと推認される。

(五)  逸失利益 金一、八五四万七、九五〇円

原告順は、本件事故当時、苫小牧工業高等学校二年在学中で満一七歳であつたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第一〇、第一一、第一六ないし第一九号証によれば、原告順は、本件事故による傷害の治療を継続しているが、未だ、精神機能に関しては失見当識記名障害自発性欠除が認められ、又、運動機能は左片麻痺、両側上下肢の均縮性麻痺のため自力による体位変換も不能の状態にあり、更に運動性失語症を有する障害が存していることが認められること、そのため、現状では社会復帰は極めて困難であることが認められる。

原告順は、本件事故に遭遇しなければ、右高等学校を満一八歳で卒業し、然るべき職業について収入を得るところ、現段階ではかかる就職も不可能であり、今後ともその見通しもないと解せられる。就労可能年数は、満一八歳から満六七歳までとするのが相当であり、右事実に照らすと、原告順は、この間一〇〇パーセント労働能力を喪失しているというべきである。

ところで、原告順は、昭和五二年三月、前記高等学校を卒業する予定であるので、その喪失利益を算定するにあたつては、原告ら主張の昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表「パートタイム労働者を除く労働者の年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」旧中・新高卒男子労働者の年齢計の給与によつて算定することは相当であり、原告順の生活費五〇パーセントの控除をいうのでそれに従つて喪失利益を算出すると次のとおりとなる(なお、中間利益の控除は、ライプニツツ方式による)。

(133,000円×12+547,900円)×50/100×(18,225-0.952)=18,547,951円

(六)  慰藉料 金八五〇円

前記認定の傷害の部位・程度、入院期間、後遺症の内容・程度、社会復帰の可否、原告順の家族関係、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮して、原告順の慰藉料を金八五〇万円とするを相当とする。

(七)  将来の看護付添費および雑費 金一、二一二万九、五〇八円

将来の治療費および看護付添費については、被告は、将来の給付を求める訴であり訴の利益がないと主張する。

将来の治療、看護費用等に相当する損害賠償の請求は、逸失利益相当額の損害賠償の請求と異つて、治療、看護の程度、態様が将来にわたつて一定するとは限らず、それに必要な被害者の金銭支出も予め算定された判決認容額とくい違うことが予想され、結局、損害額を確定しえないので、このような将来の治療、看護費等に相当する損害賠償の請求は、出来ないと解されないでもない。しかしながら、被害者の損害は、違法行為による傷害それ自体を治癒することにより本質的に填補されるのであつて、かかる意味において、実際に治療、看護を受けてはじめてその出捐に相当した損害が発生したというものではない。従つて、右傷害を回復するに必要かつ相当な範囲内における費用は、損害額が確定しないという理由でこれを否定することは妥当でない。そうであるとすれば、違法な加害行為によつて身体に傷害を受けた者が、将来にわたつて特定の治療、看護を受ける必要があり、かつ、実際にもその治療、看護を受けることが確実に予想され、そのための相当な費用額がある程度確定的に算出できる場合に、損害賠償義務者が将来これらの費用に相当する損害賠償金を任意に支払わないおそれがあるときは、被害者はこれらの支払を事前に求めることができるというべきである。

そして、成立に争いのない甲第七ないし第一一号証、第一五号証の一ないし三、第一六ないし第一八号証、原告保(第一、第二回)、同ユリ子各本人尋問の結果によれば、原告順は、前記傷害により精神機能障害、失語症、運動麻痺の障害を残し、現在運動麻痺に対する理学的療法が行われていること、本件事故当時から約一年間にわたる入院治療の結果、精神機能障害については、極めて徐々にではあるが快方へ向かつていること、それに反し、運動機能は、左片麻痺を含む四肢の均縮性麻痺のため自力で体位変換もできない状態であり、今後とも症状の好転あるいは社会復帰は困難であると認められること、原告順は、昭和五一年一〇月二四日、重度身体障害者に認定されたため、治療費については全額、付添看護料については一日当り金三、五七〇円の補助を受けていること、昭和五二年四月一日当時の付添看護料は一日当り金五、〇六〇円であるから、原告らが実際に負担すべき金額は一日当り金一、四九〇円となること、の事実が認められる。

右事実によれば、原告順は、ある程度の精神障害の回復は可能であるとしても、その他神経的、肉体的症状については現在以上に治癒、回復することは困難な状況にあり、今後も引続いて死亡に至るまで看護人あるいは近親者による付添看護の必要が認められる。

又、原告順の将来にわたる入院あるいは付添看護にあたつて相当額の雑費の出損も当然予想されることは明らかである。そして、その額は、原告順の現階段までの回復の状況、障害の程度等に照らして一日当り金三〇〇円が相当である。

原告順は、昭和五二年七月一日満一九歳に達することは、当事者間に争いがなく、又、昭和五〇年度簡易生命表によるとその平均余命が五四・二六年であることは公知の事実である。従つて、満一九歳から死亡までの右付添看護料と中間利息をライプニツツ方式によつて控除すると次のようになる。

(1,490円+300円)×365日×18,5651=12,129,508円

(八)  弁護士費用 金一〇〇万円

原告順が、本件事件の訴訟遂行を原告ら代理人に委任したことは明らかである。

本件事件の内容、訴訟遂行の態様、訴訟の経緯、認容額等に照らして、被告が負担すべき弁護士費用は金一〇〇万円とするのが相当である。

五  以上、原告順の被つた総損害額は、金四、四〇四万七、一一四円となるところ、前記双方の過失割合を考慮すると、被告の負担すべき損害額は、金二、二〇二万三、五五七円となる。

そして、被告が、原告順に対し合計金一八二万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告順が、高額医療費補助金として金二五万五、九四九円および昭和五一年六月分までの看護料として金四四万六、〇四七円の支払を受けたことが認められる。

よつて、被告が原告順に対し支払うべき損害額は金一、九五〇万一、五六一円となる。

第二甲事件反訴請求について

一  本件事件、責任原因および被告の抗弁についての判断は、第一、一ないし三に同じである。

二  被告高沢は、本件当歳馬の死亡により金三〇〇万円の損害を生じたと主張する。

そして、被告本人尋問の結果(第二回)によれば、被告は、昭和五〇年九月七日、田中三郎に対し本件当歳馬を金三〇〇万円で売渡す旨約したことが認められ、それに添つた売買契約書(乙第一四号証)を提出するが、右売買契約書は、本件訴訟の提起のために作成されたものであり、原告は、その作成について田中に電話で確認ならびに承諾をえたとするが、被告本人尋問の結果(第二回)によれば、被告は、人を介して右事実の有無の確認を求めたところ被告主張の事実はない旨田中は返答していた事実が認められ、右契約書のみをもつては、直ちに被告主張の損害を認定することはできない。

成立に争いのない甲第二一号証の一ないし三、第二二号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によれば、本件当歳馬は、アラブ系の雌の競走馬であること、昭和五一年度のせり売りの結果によると、門別地方における雌馬は、最高金三三五万円、最低金二〇万円、平均金九五万八、一九一円で売却されており、一方、雄馬は、最高金六七〇万円、最低金四〇万円、平均金二一八万六、九八九円で売却されていること、原告は、これまで一二、三年間にわたつて馬の取引をしているが、その間金五〇〇万円で売却したのを最高に、最低は金三〇万円で売却したこと、雌馬については、金三五〇万円で売却したのがこれまでの最高値格であつたこと、一般的に雄馬が、雌馬に比して高い値格で取引されていること、被告は、自己所有の馬に最高金一五〇万円から最低金四〇万円の範囲内で家畜死廃共済金を掛けており本件当歳馬については、金四〇万円を限度とする右共済金に加入しており、昭和五〇年一一月二八日、本件事故により死亡したとして右金額の共済金の支払を受けたこと、本件当歳馬は、昭和五〇年のせり市には出していないこと、の各事実が認められる。

右事実によると、本件当歳馬が、被告が主張するように金三〇〇万円相当する馬か否か甚だ疑問である。しかしながら、本件当歳馬について、競走馬として身体的欠陥その他の取引を妨げる事由も認められない反面、これが、特に優れた素質等を有している事由も認められないので、ほぼ平均的価値の馬であると認めるのが相当である。そうすれば、これまでの取引事例等に照らして本件当歳馬の本件事故による死亡で被告の被つた損害は、金一〇〇万円と認められる。

三  次に、被告は、本件当歳馬の死亡に伴う慰藉料を請求するので、この点につき検討する。

被告が、馬を飼育、育成してこれを売却等し生計を営んでいるものであることは、被告本人尋問(第一、第二回)の結果より明らかである。本件の場合、被告は、本件当歳馬を丹精こめて育成していたものであり、これが本件事故により不慮の死亡をしたということは、畜産家として大きな精神的打撃を受たと推測するに難くない。とすれば、被告においては、特に財産的損害の填補では償いえない精神的損害がある場合に該当するとして、その限度における慰藉料の請求をなしうると解される。

前記認定の本件事故の態様、被告の被つた損害その他の事情を考慮すると、被告に対する慰藉料は金三〇万円をもつて相当と認める。

四  被告が、乙事件を被告代理人に委任したことは一件記録より明らかである。

本件事件の内容、訴訟の経緯、認容額に照らして、原告順が負担すべき弁護士費用は金一三万円とするのが相当である。

五  よつて、原告順および被告の前掲過失を考慮すると、甲事件反訴請求において認容されるべき被告の被つた損害は、金七一万五、〇〇〇円となる。

第三乙事件請求について

一  本件事故の発生、責任原因、被告の抗弁についての判断は、第一、一ないし三に同じである。

二  原告保および原告ユリ子は、順の父母として同人の受傷に対する慰藉料の請求をする。

ところで、前記認定のとおり、原告保、原下ユリ子の二男順が、本件事故により重傷を受けたが、一年以上にわたる入院治療およびその間の右原告らの献身的な看護によつて、幸いに一命をとりとめ、現在の状態まで回復するに至つたけれども、通常人の身体に比して著しい精神的、身体的障害を残し、社会復帰は困難な状態にあり、将来にわたつて順の看護治療を継続しなければならず、又その身のふり方についても一慮しなければならない等今後ともその精神的苦労が絶えないであろうと認められる。このような事情のもとでは、右原告らが被つた精神的苦痛は、本件事故によつて順の生命が侵害された場合に比して著しく劣るものではないと認めるに難くない。

ところで、本件事故につき、順にも相当の過失が認められることは、前記認定のとおりである。

民法第七二二条第二項が、不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、不法行為によつて損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるべきであるという公平の理念に基づくものであるから、右被害者の過失には、被害者と身分上、生活関係上、一体をなすとみられる関係にある者の過失、すなわち、いわゆる被害者側の過失をも包含するものと解される。

順の両親である原告保および原告ユリ子においても、被告に対しその慰藉料請求権を有すると解されるところ、叙上認定の順の負傷の程度、入院加療の状況、将来の回複の見通および機能障害の程度その他本件証拠にあらわれた諸事情ならびに前記順および被告の過失をも斟酌して、原告保および原告ユリ子に対する慰謝料は各金五〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

(1)原告順の被告に対する甲事件本訴請求については、金一、九五〇万一、五六一円および弁護士費用を除いた内金一、八五〇万五、二五九円に対する昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、(2)被告の原告順に対する甲事件反訴請求については、金七一万五、〇〇〇円および弁護士費用を除いた内金五八万五、〇〇〇円に対する昭和五〇年一〇月一三日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、(3)原告保および原告ユリ子の被告に対する乙事件請求については、各金五〇万円およびこれに対する右各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 星野雅紀)

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